第4話
 タリア・グラディスの憂鬱な日々

 戦後、私タリア・グラディスはザフト軍を辞めた。
 辞めた理由は一言で言えば「疲れた」からだ。もう本当に色々な意味で。
 あの大戦の中で私は知った。戦う事の空しさと無意味さ、そして自らの無知と非力を。私は軍
人には向いていない。一介の主婦で充分だ。
 ザフトを退職し、育児に励む私の元に、ある日、一人の男がやって来た。彼の名はフルーレ・
サー・リュエル。地球の大手新聞社の記者であり、ディプレクターに従軍して様々な記事を書い
てきた人物だ。
 彼はあの戦争をまとめた記事を書きたいらしく、戦争に関わった人たちの話を聞いて回ってい
るそうだ。ディプレクター陣営だけでなく地球軍やザフト、ムーン・キングダムの人々からも話を聞
いているらしい。
「俺は個人的にはディプレクターびいきですが、記事を書くなら話は別です。色々な人の話を聞
いて、何が正しかったのか、何が間違っていたのか、正確に書きたい。俺自身も知りたいと思っ
ています」
 そう正直に答えた彼に、私は好感を持った。それに私も、あの戦争について考えをまとめたい
と思っていた。私は彼の申し出を受け、過去を思い出してみる事にした。楽しい事、嬉しい事、
辛い事、苦しい事、全てを思い出して、そして記そう。未来の為に。私自身の為に。



 ミネルバの艦長に就任した時、私が最初に感じたのはザフト期待の新造艦の艦長になった喜
びではなく、戸惑いだった。
 私は二年前の大戦では、あるローラシア級戦艦の副艦長をしていた。大戦後は私が艦長にな
ったが、副艦長時もそれ以降も目立った功績は挙げていない。そんな私が新造艦の艦長になっ
た。何かの間違いではないのか?と思うのも当然だろう(実際、私のミネルバ艦長就任にはザフ
ト内でも疑問の声が上がったそうだ)。
 戸惑う私の元へ、ある人物からメッセージが届いた。私の艦長就任を祝うメッセージを送った
男の名は、ギルバート・デュランダル。私の昔の恋人で、現在はプラント最高評議会の議長。私
は瞬時に理解した。この異例の抜擢は彼が行なったのだ、と。
 なぜ?とは考えなかった。いや、考えたくなかった。彼の真意が分からなかったからだ。私がや
るべき事は唯一つ、私を推薦してくれた彼の期待に応えて、素晴らしい艦長になる事。それが彼
の心を傷つけた私に出来る罪滅ぼしだと思った。
 そして迎えたミネルバの進水式の日。栄光の始まりだと思っていたその日は、とんでもない一
日になった。奪われたカオス、ガイア、アビス。破壊される基地。カオス達と戦うスーパーダーク
ネスと、それに加勢するインパルス。逃げ惑う人々。悪夢のようなその光景を見て私は、新たな
戦乱の始まりを予感した。
 ご存知のとおり、その予感は的中する。まったく、どうしていい予感は当たらず、嫌な予感ばか
り当たるのだろう。何かの法則だろうか? 学者の皆さんはこの現象を真剣に研究すべきだと思
う。



 テロの真っ只中での進水式となったが、ミネルバは何とか発進した。避難してきたギルバート
やMSを乗せて、艦はアーモリーワンを出港。カオス達を詰め込んだ敵艦ボギー1(戦後、ガー
ティ・ルーという名前が判明した)を追った。
 慌しい発進となったが、私はそれ程焦ってはいなかった。こちらのクルーは実戦経験は少ない
が、いずれも能力は優秀。そしてシン・アスカ、レイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホーク。この三人の
MSパイロットはザフトの訓練学校を優秀な成績で卒業した、期待のルーキー達だ。
 それにこちらにはザフト最強のエルスマン隊と、『漆黒のヴァルキュリア』ことガーネット・バーネ
ットやコズミックウルフ隊などディプレクターの精鋭もいる。追撃戦はすぐに終わると思っていた。
 だが、それは大きな間違いだった。
 敵は用意周到だった。逃げる為の準備を万全に整えていたのだ。ボギー1を追う私達の前に
現れた敵影。MS、数は十。しかし現れたと思ったら、すぐに消えた。ミラージュコロイドを搭載し
た諜報用MS、NダガーN。噂には聞いていたが、実際に戦う事になるとは思わなかった。
 私はシン達に出撃を命令。エルスマン隊にも出てもらったが、隊長のディアッカはセイバーの
調整が終わっておらず、余った機体も無いので出撃できない。少しでも戦力が欲しい私はディ
プレクターに協力を要請。ガーネットは快く受けて、コズミックウルフ隊の生き残り二人を連れて
出撃してくれた。
 すぐに片が付くと思っていたのだが、敵の中に厄介なMSがいた。目視では確認できるのに、
センサーやカメラアイにはまったく映らない赤いMS。名はテスタメント。『神と人との制約』を意味
するその名が分かったのは戦後の事だ。当時の私には、その赤いMSは神ではなく悪魔に見え
た。悪魔と人が制約を交わして作られたMS。
 この思わぬ強敵によって、エルスマン隊のディス・ロイとヴァネッサ・アーデルハイトのゲイツR
は大きな損傷を受け、シンのインパルスは敵に囲まれ、もう少しで撃墜されるところだった。ガー
ネットの奮戦がなければ、ミネルバも落とされていたかもしれない。さすが『漆黒のヴァルキュリ
ア』、見えない敵と互角に渡り合うとは、腕だけでなく勘も鋭い。
 ガーネットのおかげでテスタメントの部隊は退けた。しかしボギー1にはミラージュコロイドを展
開され、逃げられてしまった。敵は最初から時間稼ぎのつもりだったのだ。こんな単純な策に嵌
ってしまった自分の愚かさに腹が立つ。隣の席に座っているギルバートの視線が痛かった。
 私のミネルバ艦長としての初陣は散々なものだった。私は改めて艦長職の難しさを思い知らさ
れた。



 初戦で痛恨のミスをしてしまったが、ボギー1をこのまま逃がす訳にはいかない。ミネルバはギ
ルバート達を乗せたまま、再度の追撃を開始した。
 追撃の指示を出す一方で、私はガーネットにシン達の訓練をお願いした。ザフトの軍人の訓
練を他の組織の者に任せるのはどうかとも思ったが、彼女は今、この艦に乗っている者の中で
は一番強いパイロットだ。彼女から学ぶ事は多いはず。
 図々しい提案だったが、ガーネットはあっさり承知してくれた。訓練を受けるレイとルナマリアも
納得してくれたが、シンは不満そうだった。
「訓練ならザフトの人にやってもらうべきじゃないですか? ディアッカさんとかシホさんとか」
 シンの言うとおりだが、シホ・ハーネンフースから聞いた話では、ディアッカは他人を鍛えるとい
う事にはまったく向いていないらしい。そしてシホも仕事を怠けがちなディアッカの監視で忙しい
のだ。
 結局、艦長命令、という事でシンを強制的に参加させた。私も見物させてもらう事にした。
 訓練の場はミネルバのトレーニングルーム。トレーニングウェアに着替えたシンとガーネットが
対決した。最初は女性相手なのでやり難そうにしていたシンだったが、二度、三度と投げ飛ばさ
れる内に目の色が変わった。本気になって襲い掛かるが、足を払われ、あっさり倒された。
「そんなに興奮しないの。闘牛の牛じゃあるまいし、もっと冷静に戦いなさい」
 ガーネットのアドバイスは届かなかったようで、その後もシンは何度も投げ飛ばされた。
 次はルナマリアとレイ。ルナマリアもシンと同じように何度も投げ飛ばされたが、冷静に対応し
たレイは善戦し、最後にはガーネットと互角に渡り合っていた(結局負けたけど)。
 訓練終了後、私はガーネットにシン達について訊いてみた。
「そうねえ。ルナマリアは大胆そうに見えて慎重に行動するタイプね。無理はしないけど、予想以
上の戦果を上げる事は無いと思う。レイは氷みたいな奴ね。恐ろしくなるくらいに冷静だわ。その
分、崩れると脆いかもしれない。時々でいいから気を配ってあげないと、潰れるかも」
 さすがによく見ている。ではシンは?
「問題児ね」
 あっさりした評価だった。
「直情型で激情家。レイとは正反対に、感情のままに戦うタイプね。調子に乗れば強くなるけど、
一旦落ち込むと弱くなる。良くも悪くもお子様だわ。それでいて並のパイロットより強いんだから、
クビにする事も出来ない。ホント、問題児だわ」
 私も同じ評価だった。しかし子供という事は、まだまだ成長する機会はある。私はシンの成長に
期待する事にした。
 さて、そう評価された本人は、
「あの女、すっげー腹立つ。バカ力だし、言う事キツいし。少しは女らしくしろっての」
 と喚いていた。シン、気持ちは分かるけど、その発言はちょっと女性差別入っているわよ。気を
付けなさい。



 ボギー1との二度目の遭遇、そして戦いもあまり思い出したくない。
 デブリ帯での戦いは二年前にも経験している。二年前の敵(地球軍のアガメムノン級戦艦)は
はっきり言ってマヌケな相手で、逃げ場の無いデブリ帯に逃げ込んで自滅した。だが、ボギー1
は違った。執拗に追い続ける私たちを倒す為、この宙域で待ち伏せていたのだ。
 浮遊する岩石に邪魔されて自由に動けないミネルバ。出撃したMS隊はカオス、ガイア、アビ
スの連携攻撃に釘付けにされ、動きが取れない。その隙にMA(機種名はエグザス)とボギー1
がミネルバを襲ってきた。こちらの砲撃を岩石に隠れて防ぎ、的確な射撃で攻撃してくる。ナチ
ュラルとは思えないぐらい凄腕のパイロットだった。私は最悪の事態を覚悟した。
 「こっちも石ころを利用しようぜ」というディアッカの助言が無ければ、ミネルバの航海はここで
終わっていただろう。ミネルバの行く手を塞いでいた岩石に砲撃、その爆圧を利用して船体を立
て直してMAを迎撃。ボギー1にもダメージを与え、退かせた。
 いや、敵は最初から不利になったら、すぐに撤退するつもりだったのだろう。ボギー1はカオス
達を回収した後、ミラージュコロイドを展開させて逃走。実に迅速な動きだった。
 鮮やかに退いた敵に比べて、こちらは無様な戦いをしてしまった。戦いの後、私はギルバート
に艦長を辞めたいと言った。私のようなバカな女が艦長ではこの艦を沈めるだけだ、と思ったか
らだ。しかしギルバートは、
「誰にでも失敗はある。この経験を生かして、次に繋げればいい。君はそれが出来る女だ。君に
もこの艦にも期待している」
 と、優しい声で言ってくれた。その優しさは私の心を包み、昔の愛を思い出させてくれた。
 今から考えれば、あの時の優しさは私を利用する為の詭弁だったのかもしれない。それとも本
心だったのだろうか? あの人は他人に本心を見せない人だった。それがあの人の最大の欠点
だったのだと思う。人に本心をさらけ出すのはとても勇気のいる事だが、それでも……。



 この戦闘の後、ギルバートはガーネットの副官のヴィシア・エスクード(存在感の薄い男だった)
やコズミックウルフ隊の二人と共にプラントに戻った。
 私達はガーネットと共に引き続きボギー1の追撃を行なう。ガーネットもディプレクターのプラン
ト支部長という忙しい立場なのだが、
「このまま帰ったら後味悪すぎるわ。勝つにせよ負けるにせよ結果は見届けたいのよ」
 と言って、残ってくれた。シンは不満そうな顔をしていたが、私は嬉しかった。
 そしてボギー1との三度目の戦闘。敵は戦力を補充しており、カオス達の他に十五機ものズィ
ニアが襲い掛かってきた。こちらも全戦力で対抗する。シンのインパルスはカオスと、レイのザク
ファントムはMAエグザスと、ルナマリアのザクウォーリアはガイアと、シホのザクウォーリアはアビ
スと対決。ズィニアの大群は、ガーネットのスーパーダークネスとミネルバの砲撃で迎え撃つ。
 戦闘の結果は私達の勝利。特にガーネットの活躍は目覚しいものだった。十五機のズィニア
の内、十二機も撃墜してくれたのだ。
 ボギー1にはまたしても逃げられたが、この戦闘後、シンのガーネットに対する気持ちに変化が
見られた。わずかだがガーネットを認めるようになったのだ。そんなシンをガーネットは微笑みな
がら受け入れた。艦内の空気が少し良くなった気がした。
「おいおいガーネット、浮気は良くないぜ。ニコルにチクられたくなかったら飯をおごって…」
 などと言ったバカな男は、戦女神と副官の少女のツープラトンブレーンバスターによってKOさ
れた。息の合った見事なバスターだった。あの二人は女子プロレスラーとしてもやっていけるか
もしれない。
 この騒動の後、ミネルバでは暗黙のルールが出来た。「ガーネット・バーネットとシホ・ハーネン
フースを怒らせるな」。これには私も同意した。
 思えばこの頃が、ミネルバにとっても私にとっても一番幸福な時だったのかもしれない。この後
に私達を待っていたのは苦難と戦いのみだったのだから。



 ボギー1との三度目の戦闘から数日後、私達はディプレクターからの援軍、エクシード・フォー
スの第二部隊と合流した。
 部隊長はムウ・ラ・フラガ。隊員にはダン・ツルギ、ステファニー・ケリオン、ミナ・ハルヒノ、オル
ガ・サブナック、ギアボルトなど、今思えば凄いメンバーが揃っていた。
 特にミナ・ハルヒノ。この明るく優しいメカ好きな少女が月の女王になるとは。まったく、人生と
は分からないものだ。だからこそ面白いのかもしれない。
 彼らと共に戦った日々は短かったが、壮絶なものだった。コロニー・ホーエンハイムでのボギー
1(正確にはハリケーンジュピター)との戦闘。そして、ブレイク・ザ・ワールド事件。戦いの中で私
達は自身の未熟さを学び、ほんの少し成長した。
 ユニウスセブンの戦いで私達はユニウスセブンに最後の攻撃を行ない、そのまま地球に降
下。カーペンタリア基地に向かおうとしたが、友好国であるオーブに招かれた。距離的にはカー
ペンタリアより近いし、断る理由も無いので、ミネルバはかの国へ向かった。
 オーブで私達は『ユニウスセブンを破壊した英雄』として、暖かい歓迎を受けた。だが、あまり
喜べなかった。ユニウスセブンは砕いたものの、その破片は世界中に降り注ぎ、多くの犠牲を出
している。私達が、いや、私がもっと的確な指示を出していれば、あるいは……。今でもそう思
う。自分が情けない。
 ミネルバの損傷は激しく、私達はしばらくの間オーブに留まった。オーブにあまりいい思い出の
無いシンは少し複雑な表情をしていたが、それ以外は平穏だった。私もリラックスしていたのだ
が、その間に地球連合はプラントに宣戦を布告。オーブでも大西洋連邦に従おうとする一派が
クーデターを起こし、大統領カガリ・ユラ・アスハを追い出した。
 私達はアスハ大統領を乗せたオーブの空母タケミカヅチや、ディプレクターの戦艦プリンシパ
リティと共にオーブを脱出した。途中、待ち伏せていた大西洋連邦の艦隊と戦闘を行なった。敵
は大軍だったが、ディプレクターのキラ・ヤマト、アスラン・ザラ、そしてシンの奮闘のおかげで撃
退する事が出来た。
 その後、私達はカーペンタリア基地に入港した。ディプレクターとオーブ軍にも入港する様に
進めたのだが、丁重に断られた。シンは不満そうだったが、彼らの政治的な立場を考えれば仕
方ないだろう。
 私は共に戦ってくれた人たちに心の中で敬礼した。この後、彼らと戦う事になるとは夢にも思わ
ず。まったく運命とは残酷で、容赦してくれない。
 カーペンタリア基地では新しい乗員とMSが私達を待っていた。彼の名はハイネ・ヴェステンフ
ルス。新型MSグフイグナイテッドのパイロットで、議長直属の特務隊F・A・I・T・H(フェイス)の
一員。ブレイク・ザ・ワールド事件でも私達と一緒に戦ってくれたザフト兵だ。彼は人懐っこい笑
顔を浮かべて、
「これから世話になる。みんな、よろしくな。ところで俺のねぐら、どこ?」
 と挨拶した。明るい雰囲気を漂わせる好青年だ。艦を降りていたガーネットに代わり、みんなの
まとめ役になってくれるだろうと期待した。この期待は微妙に裏切られる事になるのだが、それは
後に語ろう。
 ハイネは私にギルバートからのプレゼントを持ってきた。上層部からの新たな命令書と、羽を象
ったF・A・I・T・H(フェイス)の紋章。これはギルバートが私を評価したという事? それとも、私
を繋ぐ為の鎖?
 ギルバートの真意は分からなかったが、断る理由も無いので、私は紋章(それ)を受け取った。
そして、今まで以上に過酷な任務につく。ザフトの軍人として働き、心身ともに疲れる日々の始ま
りだった。



 私達に下った命令は「スエズ方面で戦っているザフト軍の支援」だった。
 あの地域はコズミック・イラ以前も政情が不安定だったが、現代もユーラシア連邦と、ユーラシ
アからの独立を望む勢力との間で激しい戦いが繰り広げられている。独立派はザフトと手を組
み、その悲願を果たそうとしていた。ザフトとしても親プラント政権の誕生は歓迎すべきことだ。支
援するのは当然だろう。
 しかし独立派は独立した後の事はちゃんと考えているのだろうか? 国というのは、作るよりも
作り上げた後の方が大変なのだ。独立してもプラントの傀儡国家になる可能性が高いし、そうい
う政府に反対する勢力も出る。下手をすると支配されていた頃よりも苦しくなるかもしれない。そ
れに、他国の力を借りて独立した政府が、国民の支持を全面的に得られるだろうか?
 当時の私はそんな不安を抱いていた。この不安は戦後に的中する。
 私達はインド洋で待ち伏せていた地球軍の艦隊(カオス、ガイア、アビスの姿も確認された。あ
の強奪部隊も加わっていたらしい)を退け、スエズにたどり着いた。そして地元のザフト軍や独立
派ゲリラと共に、ユーラシア軍の要塞『ローエングリンゲート』の攻略戦に参加した。
 ハイネのグフが前面の敵を引きつけている間に、シンのインパルスが要塞の背後に回りこんで
奇襲攻撃をかけ、要塞の主砲を破壊。要塞を守っていた大型MA(機体名はゲルズゲー。セン
スの悪い名前だ)はシンとハイネの協力攻撃によって破壊され、作戦は成功した。
 地元の人々は要塞の陥落とユーラシア軍の撤退を心から喜び、シンとハイネは英雄として扱わ
れた。けれど私の気は晴れなかった。喜ぶ人々の足元には、逃げ遅れたユーラシアの兵士達
の死体が転がっていた。いずれも私刑(リンチ)を受けた形跡があった。
 地元民の話では、ユーラシアの支配は過酷で厳しいものだった。人々が兵士達に憎しみを抱
くのも仕方の無い事かもしれない。それでも、憎しみを人を殺す理由にしてはいけない。兵士の
言うセリフではないけど(やっぱり私は兵士には向いていないみたいだ)。
 戦後、この地区は独立派が二つに別れ、更にユーラシアの制圧部隊まで参戦。激しい戦いを
繰り広げた。ディプレクターの仲介で現在は戦闘は中止されているけど、無差別テロは頻繁に
起きている。この地区の平和はまだまだ遠いようだが、それでも私は平和を願う。心の底から。



 ローエングリンゲート攻略から三日後、私達は黒海沿岸の都市ディオキアに入港した。
 この風光明媚な都市で、私達は思わぬ人物との再会を果たす。ギルバートが地球に下りてい
たのだ。地球軍との停戦交渉にやって来たそうだが、交渉はあっさり決裂。地球軍は強硬な姿
勢を崩さないらしい。
 私とシン、レイ、ルナマリア、ハイネは議長との会食に招待された。その席で彼はため息混じり
に、
「困ったものだよ。連合側は何一つ譲歩しようとしない。戦争などしていたくはないが、それでは
こちらとしてもどうにも出来んさ。いや、軍人の君達にする話ではないかもしれんがね。戦いを終
わらせる、戦わない道を選ぶということは、戦うと決めるより遙かに難しいものさ、やはり」
 と語った。あの時の彼は本当に苦労しているように見えた。
 私が頷くと、シンが、
「確かに戦わないようにすることは大切だと思います。でも敵の脅威がある時は仕方ありません。
戦うべき時には戦わないと、何一つ、自分達すら守れません。普通に、平和に暮らしている人達
は守られるべきです!」
 と熱く語った。その言葉には、戦争によって家族を亡くした彼の思いが込められていた。
 けれど私は、彼のその思いに危うさを感じた。以前、ガーネットがシンについて言った事を思
い出す。
 直情型で激情家。
 良くも悪くもお子様。
 そのとおりだと思った。この子は自分の心を抑える術を知らないし、抑えようとしない。その考え
の是非はともかく、誰かが彼を制しなければならない。でないといつか取り返しの付かない事を起
こすかもしれない。
 不安を抱いた私は、少し大きな声で反論した。
「でもね、シン。そうやって戦いを繰り返していては、いつまで経っても戦争は終わらないわ。二
年前、ディプレクターは戦争を影から操っていたダブルGを倒してくれた。それなのに私達は今
でも戦争をしている。戦う事だけでは本当の平和は訪れないのよ」
 ダブルGを倒した事が間違っていると思わないし、戦後のディプレクターの努力を否定するつ
もりも無い。けど、それでもまた戦争が起こってしまった。私達にも、ディプレクターにも、何かが
足りないのかもしれない。
「偉そうな事を言ったけど、そういう私も、どうすればいいのか分からないのよ。だから私は戦場
にいるのかしら。子供がいるのにね」
 そう苦笑した私に続いて、ギルバートが発言した。
「グラディス艦長の言うとおり、問題はそこなのだ。何故我々はこうまで戦い続けるのか。何故戦
争はこうまでなくならないのか。戦争は嫌だ、といつの時代も人は叫び続けているのにね。君は
何故だと思う? シン」
「えっ? それはやっぱり、いつの時代も身勝手で馬鹿な連中がいるからじゃ…。ブルーコスモ
スやリ・ザフトの過激派や大西洋連邦みたいに。違いますか?」
「いや、まあそうだね。それもある。誰かの持ち物が欲しい。自分たちと違う。憎い。怖い。間違っ
ている。そんな理由で戦い続けているのも確かだ。だが、もっとどうしようもない、救いようのない
一面もあるのだよ、戦争には。『産業』という側面がね」
 それからギルバートは、戦争によって如何に多くの兵器や物資が消耗されるか、それによって
どれだけ多くの資産が動くかについて説明した。そして、戦争によって私服を肥やす武器商人
達の組織、ロゴスの存在を教えた。
 ロゴス。私も名前だけは聞いた事がある。ブルーコスモスの母体でもある巨大組織。世界各国
の政府に多大な影響力を持ち、その命令には一国の大統領さえ逆らえないという。
 けれど、これはあくまで噂だ。確かに大きな勢力を持っているようだが、実際のところ、軍需産
業とはあまり儲からない商売らしい。ロゴスのメンバーの企業は軍事も手がけているが、主力商
品は民間の方だ。『軍産複合体が金儲けの為に戦争を起こす』というのは、一種の都市伝説の
ようなものだと私は考えていた。
 だからギルバートがロゴスを悪の秘密結社のように言った事には驚いた。彼はたとえ敵に対し
ても、こんな一方的な決め付けをするような人じゃなかった。それに今の自分の立場、プラント最
高評議会議長の言葉の重みも知っているはずだ。ギルバートがそう言ったせいで、シンやルナ
マリアはロゴスこそ悪の根源だと信じ込んでしまったようだし、レイとハイネも反対はしない。どう
にも嫌な空気が流れる。
 思えば、この時既に彼の頭の中ではシナリオが完成しており、動き出していたのだろう(あるい
はもっと前から?)。ロゴスは、ギルバートの理想を完成させる為の生贄として選ばれたのだ。哀
れな組織である。



 それから五日後、私達はディオキア基地を後にし、ジブラルタルに向かった。ジブラルタルの
戦力と合流し、東欧方面のザフト軍と共にユーラシア軍の侵攻を止める為だ。
 しかし敵はこちらの動きを読んでいた。地中海で私達は地球軍の艦隊と遭遇。戦闘になった。
 地球軍艦隊の中には、オーブの軍船の姿もあった。アスハ大統領が国を追われた後、オーブ
は大西洋連邦に尻尾を振るセイラン派が牛耳っているらしいから、この展開はある意味当然だ
ろう。納得は出来ないが。
「お世話になった国の人達と戦うなんて、ちょっと複雑ですね……」
 アーサーの言うとおりだが、艦長である私が泣き言を言う訳にはいかない。私はあえて心を鬼
にした。アスハ大統領には恨まれるかもしれないが、ここで死ぬ訳にはいかないのだ、と。
 しかし、私の決意は思いっきり空回りした。オーブ艦隊はミネルバを取り囲みながらも、まった
く゜攻撃を仕掛けてこなかった。オーブの新型MSムラサメも、空を飛んでいるものの、こちらに銃
口を向けていない。ただ飛んでいるだけだ。
「何だありゃ? やる気あるのかよ?」
 グフの操縦席に座るハイネが首を傾げる。シンやルナマリアも同様だ。
 敵の作戦か?と思ったが、そういう気配も無い。私はオーブ軍を無視して、ミネルバを前進さ
せた。前方を防いでいたオーブ艦はあっさり道を開け、ミネルバを通してくれた。追撃もしてこな
い。
 結局、私達の相手は大西洋連邦軍のみとなった。例の強奪部隊もおり、カオス、ガイア、アビ
スが出てきたが、シンとハイネがこれを迎え撃ち、残りの敵はレイとルナマリアが撃墜。ミネルバ
は包囲網を突破して、ジブラルタルへの進路を取った。
 オーブ軍と戦わなかった事に、シンは少しホッとしているようだった。捨てたとはいえかつての
故国、戦うのは嫌だったのだろう。その気持ちは良く分かった。
「でも艦長、どうしてオーブ軍は我々を通してくれたんでしょう? そんな事をしたらマズいんじゃ
ないですか?」
 マズいなんてものじゃない。あれはオーブ政府の意向ではなく、艦隊司令官の独断だろう。下
手をすれば反逆罪に問われるかもしれないのに、とんでもない事をするものだ。
 その指示に従う兵士達も凄い。臆病者の汚名を被るかもしれないのに、彼らは戦わない道を選
んだ。司令官を信頼しており、また兵士達自身もそう思ったのだろう。
 罪人になる覚悟で、彼らは私達を通してくれた。彼らの行動からは、大西洋連邦には従わない
という意地と誇りが感じられた。
「あの艦隊の司令官に会ってみたいわね。きっといい人よ」
 残念ながら、私のこの望みは未だ果たされていない。専業主婦は忙しいのだ。



 地中海の戦闘を潜り抜けたミネルバは、無事ジブラルタル基地に入港した。が、ジブラルタル
の部隊の準備が遅れており、私達はしばらくの間、暇を潰さなければならなくなった。
 シンとルナマリアはメイリン、ヴィーノ、ヨウランと一緒に基地の外へ出かけた。レイは自分の部
屋で休み、他の乗員は溜まっていた仕事を片付ける。特にアーサーは一日中机から離れられ
なかった。まったく。
 私はいち早く仕事を終え、基地の休憩室で一人でワインを飲んでいた。まだ昼間だったが、明
るい内に飲むお酒というのも美味しいものだ。
 一人で楽しんでいると、ハイネがやって来た。シン達と一緒に出かけたと思っていたのだが、
「どうもそんな気になれなくて」
 と言って、私の隣の椅子に座った。そしてお酒ではなく、ミネラルウォーターを飲む。
 ミネルバに乗って以来、彼はシン達の中心にいた。明るく、物怖じしない性格はみんなから慕
われ、信頼されていた。戦闘でも活躍しており、私も彼については高く評価している。さすがは
F・A・I・T・H(フェイス)だと。
 でも彼は、シン達に対して一線を引いていた。ある程度までは仲良くなるが、そこから先へは
踏み込もうとしない。だからシン達とは『仲間』ではあるが『友人』ではない。彼は自ら望み、そん
な境界を作っていた。
 その理由は何となく推測できた。この機会に訪ねてみることにした。
「デュランダル議長への報告は済んだの?」
 私のストレートな問いにハイネは苦笑して、
「やっぱり気付いてましたか。さすがは艦長、人を見る目がありますね」
「確証は無かったわ。でも、あの人ならそういう事をやりそうだと思ったのよ」
 私の推測どおり、ハイネはミネルバの監視役だった。ザフト屈指の戦力を持つミネルバの行動
を逐一報告していたのだ。
「それがF・A・I・T・H(フェイス)の本当の任務なの?」
「F・A・I・T・Hの全員がそういう仕事をやってる訳じゃありませんよ。貴方みたいに、こういう仕事
にまったく関わっていない連中の方が多い」
 そういえば私もF・A・I・T・Hだった。まったく自覚していないのだが。
「あの人はかなり私達の事を気にしているみたいね。レイだけじゃ監視しきれないと思っているの
かしら?」
 レイはギルバートを実の父親のように慕っている。確証は無いが、彼にミネルバの事を報告し
ているだろう。二人の関係を考えれば、その方が自然だ。
「監視役が二人というのは、それだけ貴方やミネルバが高評価されている証拠ですよ。エルスマ
ン隊にも二人いますし」
「それは光栄ね。ザフトの最強部隊と同じ扱いだなんて」
「まあ議長が慎重なのは確かですけどね。あの人は昔からああだったんですか?」
 ハイネの質問に私は少し暗い気持ちになる。昔のあの人は、少し臆病なところもあったけど、
基本的には誠実で、人を疑ったり見張ったりする事を失礼だと考える人だった。
 でも、今の彼は違う。変えたのは恐らく私だ。私が彼を捨てたから。愛していたのに捨てたか
ら。我ながらバカな女だと思う。でも、それによって生まれた命もある。だから私には昔のバカな
私を否定する事は出来ない。そうしたらあの子も否定する事になるから。
「シン達と距離を置いているのは、仕事のせい?」
 私は話題を変えた。ハイネは私の気持ちを察してくれたのか、
「まあ、そんなところですね」
 と、あっけらかんと答えてくれた。
「あいつらは純粋ですね。特にシンは、人を疑うって事を知ってるようでまったく知らない。スパイ
の真似事をやっていると、ああいうタイプは苦手になるんですよ。困った困った」
 苦笑するハイネ。さすがのスパイも、お子様には敵わないらしい。
 私達の会話はこれで終わった。これ以上、話す事は何も無いし、私はハイネをどうこうするつも
りも無い。彼がどんな仕事をしていても、今のミネルバには必要な人間だ。
 去り際にハイネは、
「艦長、ありがとうございます。そして、お世話になります」
 と言って、休憩室を出て行った。
 ハイネ・ヴェステンフルス。スパイというにはお人好しで、少し面白い人物だった。



 ジブラルタルで私達が休んでいた頃、ユーラシアの東部では恐るべき殺戮劇が行なわれてい
た。町を破壊する三体の巨人。地球軍の破壊兵器デストロイだ。全身に武器を搭載した巨人達
は町を徹底的に破壊して、人々を殺していった。
 各都市のザフト駐屯軍は悉く全滅。ついに私達にも出撃命令が下った。
 決戦の地はベルリン。私達が駆けつけた時には町の半分以上が破壊されていた。まさに地獄
絵図。今、思い返しても胸が痛くなる。あんな光景は二度と見たくない。
 私達が到着した時、先にデストロイと戦っている部隊がいた。その機体を見て驚いた。カオスと
ガイア、そしてインド洋や地中海で戦った赤紫色のウィンダム。アビスはいないが、間違いなくあ
の強奪部隊だった。
 彼らは地球軍のはずだ。ならデストロイとは仲間同士のはず。それがなぜ戦っているのか。疑
問に思ったが、それに結論を出している暇は無い。私はミネルバの全MSを出撃させて、三機
のデストロイに対抗した。
 しかし敵の力は圧倒的だった。ルナマリアとレイのザクは半壊して戦闘不能になり、カオス、ガ
イア、ウィンダムも歯が立たなかった。インパルスとグフも相手にならない。
 ディプレクターの大部隊も駆けつけてくれた。ネオストライクなどの強力MSが一緒に戦ってく
れたが、それでもデストロイは倒せなかった。逆にデストロイの圧倒的な火力に追い詰められて
いく。
 死を感じたその時、私達の前に魔神が舞い降りた。オーバーな表現だが、当時の私は本気で
そう思った。突然現れた一機のMS。三機のデストロイを一刀の元に切り伏せたその戦闘力は、
神にも悪魔にも見えた。
 そのMSの名はギャラクシード。操縦者は、以前私達と一緒に戦ってくれた少年、ダン・ツル
ギ。素晴らしい活躍をしたが、その代償なのか戦闘後に気絶してしまった。私は彼に感謝の言葉
を残して(シンも礼を述べていた)、ベルリンを後にした。
 余談だが、戦闘不能になったカオスとガイア、ウィンダムのパイロットはディプレクターに保護し
てもらった。カオスとガイアのパイロットは、シン達と同じ年代の少年と少女だった。一緒に戦って
くれた彼らを捕らえ、ザフトに渡すのは忍びなかった。あんな殺戮劇を見た後では、敵とはいえ
殺す気にはなれなかった。甘いかもしれないが、私はそういう人間なのだ。
 ジブラルタルに戻ると、世界を揺るがす演説が行なわれていた。ギルバートのロゴス打倒の演
説によって、私達の戦いは激変する。



 ギルバートの演説によって、ロゴスは世界の敵になった。世界各地でロゴス関係者への襲撃が
行なわれ、多くの血が流れた。
 一部の地球軍はザフトに賛同して、共に戦ってくれる事になった。ジブラルタルにも地球軍の
艦船が入港し、賑やかな様子を見せた。アーサーは驚きつつも嬉しそうだったが、私は不安だ
った。あの人は、この強大な力をどう使うつもりなのか。ロゴスを倒した後、この世界をどうするつ
もりなのか……。
 喧騒の中、新たな情報がもたらされた。ブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールを始めとする
ロゴスの幹部達が、アイスランドにある地球軍の基地ヘブンズベースに逃げ込んだのだ。
 ギルバートはヘブンズベースにジブリールらの引渡しを要求したが、あっさり拒否された。ザフ
トはヘブンズベースへの攻撃を決定。私達にも出撃命令が下り、ミネルバは大艦隊と共にヘブ
ンズベースに向かった。
 今回の作戦の前にミネルバには新たなMSが搭載された。ZGMF−X42Sデスティニーと、Z
GMF−X666Sレジェンド。デスティニーにはシンが、レジェンドにはレイが乗り込んだ。二人とも
ギルバートから期待の言葉をかけられ、嬉しそうだった。
 シンが乗っていたインパルスにはルナマリアが乗る事になった。また、新たにもう一機インパル
スが搭載され、こちらはハイネの新しい機体になった。
 戦力を増強したミネルバは、ヘブンズベースでの戦いで大活躍した。ヘブンズベースには、ベ
ルリンで私達を苦しめたあのデストロイが五機もいたが、ベルリンで戦った三機よりパイロットの
腕は劣っており、デスティニーに容易く懐に潜り込まれて、撃墜された。
 ヘブンズベースの戦いは私達の圧勝だった。ロゴスの幹部達は全員逮捕され、裁判にかけら
れる事になった。
 しかし、ジブリールは基地陥落前に逃走していた。戦いはまだ終わらない。そして私達には今
まで以上に辛く激しい戦いが待っていた。
 ヘブンズベースの戦いの直後、私達は休む間もなくカーペンタリアに向かった。そして基地に
到着した私達を待っていたのは、ギルバートからの非情な命令だった。
『ミネルバ及びザフト・カーペンタリア基地に所属する艦隊は、総力を挙げて、赤道連合に向か
っているディプレクター艦隊を撃破し、彼らが不法占拠しているビフレストを解放せよ』
 軍人である以上、命令には逆らえない。それでも私は不満だった。この大変な状況で、どうし
て敵を増やす必要があるのか? ギルバートの考えが分からなかった。
 そういう迷いや、顔を知っている相手と戦う事へのためらいは、私だけでなくミネルバの全クル
ーが抱いていた。当然だろう。みんな『兵士』であっても『人殺し』ではないのだ。
 いや、一人だけ例外がいた。レイ・ザ・バレル。ギルバートを父のように慕い、彼からも信頼され
ている少年。詳しい事情は知らないが、彼にとってギルバートは父であり、神にも等しい存在だっ
た。だから彼はためらわなかった。ギルバートの願いを叶える事、それが彼の全てだからだ。命
令が下れば艦長の私や、友人のシンでさえ殺しただろう。
 ディプレクターとの戦闘は、想像以上に過酷なものだった。ためらいと戸惑いを感じているのは
相手も同じ。私達は望まない戦いを強いられ、そして、悲しい犠牲を生んだ。
 ハイネ・ヴェステンフルス。お人好しで優しい監視役は、この戦いで命を落とした。彼の死はシ
ンの怒りを生み、新たな悲劇を作る。
 形勢不利と判断した私は、撤退命令を下した。私達は負けた。ハイネを失っただけでなく、他
に何か大切なものを失った気がした。それが何なのかは、今でも分からない。



 ハイネを失った私達だったが、ザフト上層部はすぐに新しい兵士を送ってくれた。迅速な対応
だったが、少し腹も立った。
 新しいパイロットは四人。そのリーダー格はザフトからディプレクターに入り、またザフトに戻っ
てきた女性パイロット。特務隊F・A・I・T・Hの新メンバー、『独眼竜』ことレヴァスト・キルナイト。
 そして彼女の部下だという三人の男女。額に十字傷を宿した青年と、髭が似合う中年男、そし
て緑の髪の美少女。三人はそれぞれウラノス、ネプチューン、プルートと名乗った。苗字は名乗
らなかった。本部から送られた書類にも載っていなかった。とても不気味に感じた。上層部で、い
や、あの人の周りで何かが起こっている気がした。
 不安に思う私の元に、新たな命令が下された。オーブ共和国に逃げ込んだロード・ジブリール
の捕獲と、それを妨害すると思われるオーブ軍の排除。私は更に憂鬱になった。
 オペレーション・フューリー。ザフトのオーブへの攻撃は、結論から言えば失敗に終わった。こ
の戦いは私達にもオーブにも、何の利益ももたらさなかった。
 ザフトはどこから手に入れたのか、AMS(オートモビルスーツ)まで持ち出してオーブとディプ
レクターを叩こうとしたが、数だけ集めれば勝てるというものではない。AMSはディプレクターの
黄金のMS(ゴールドフレーム尊(みこと))に操られ、シンのデスティニーもダンのギャラクシード
に敗退。ザフトの司令官は戦死した。
 指揮を引き継いだ私は全軍に撤退命令を下した。形成は不利だし、こんな戦いは一刻も早く
止めたかったからだ。軍法会議も覚悟していたが、逃げ帰った私達に対してギルバートは寛大
だった。
「君は優秀な軍人だ。その君が撤退すべきと判断したのだ。私は君を信じるよ」
 そう言ってくれた彼の目は、暗く深いものだった。彼の心がますます分からなくなった。



 オペレーション・フューリーの後、ミネルバはジブラルタルに寄港した。そして新たな命令を待
っている間に、とんでもない事件が起きた。
 ルナマリア・ホークと妹メイリンの脱走。二人はロゴスのスパイだった。追撃に出たシンはルナ
マリアが乗るインパルスに撃墜され、ホーク姉妹は逃走したという。
 信じられなかった。あの二人が私達を裏切るなんて、ロゴスのスパイだなんて、そしてシンが仲
間の手によって重傷を負ったなんて!
 艦長として私も詰問されたが、何を訊かれたのか、どう答えたのか、今でも思い出せない。それ
程ショックを受けたのだ。動揺するアーサーや乗員達の前では冷静に振舞ったが、私の心は激
しく乱れていた。
 あの明るい姉妹が私達を裏切った? なぜ? どうして? 分からない。何もかも分からない。
 動揺する私に、レヴァストが言う。
「もうすぐロゴスとの決戦が始まり、忙しくなります。余計な事を考えている余裕なんて無くなるくら
いにね。仕事に没頭すれば、過ぎ去った過去の事なんて忘れますよ」
 そう言ったレヴァストの冷静さが印象に残った。何も知らないはずのあの女は全てを知っている
かのように振る舞い、動揺を隠す私を嘲笑っていた。あの時の彼女の目、他人を完全に見下し
た目は今でも忘れられない。
 彼女の言うとおり、私達は再び激戦の日々に忙殺される事になった。シンもすぐに復帰して、ミ
ネルバに戻ってきた。
 けれど、戻ってきたシンは以前の彼とは違っていた。暗く冷たい目をしており、レイとしか会話
をしなくなった。
 仲間と信じていた少女に裏切られ、殺されかけたのだ。無理も無いだろう。そっとしておこう。
私はそう考え、シンの事はレイに任せた。何てバカな判断。今でも悔やまれる。どうして気付かな
かったのか。レイもシンと同じ目をしていた事に。



 ミネルバが宇宙に上がって間もなく、月のダイダロス基地から破滅の光が放たれた。
 レクイエム。それは鎮魂の歌ではなく、強烈な光で全てを焼き尽くす悪魔の兵器。その光はプ
ラントの一部を破壊し、多くの犠牲を出した。
 その凄惨な光景はミネルバにも中継された。破壊されたプラントを見て絶句する者、悲鳴を上
げる者、怒りに身を震わせる者、様々だった。
 私は絶句しつつも決意を固めていた。プラントには私の大事な子供がいる。プラントに災いをも
たらすあの兵器は破壊しなければならない。
 私達は直ちに月へ向かった。月ではザフトと地球軍の激しい戦いが繰り広げられていた。ミネ
ルバもそれに参戦し、ダイダロス基地に迫る。
 だが、この戦いは予想外の結末を迎えた。
 ダイダロス基地でクーデターが発生。アルザッヘル基地でも兵士達が蜂起。ジブリールは射
殺され、大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドは拘束された。
 そして、ゼノン・マグナルドのムーン・キングダム建国宣言。テレビには威風堂々、という言葉が
良く似合う男が映し出された。彼を王と呼び、たたえる人々。その熱狂と興奮は、私にはとても素
晴らしいものに思えた。
 結局、またしても私達は勝てなかった。勝ったのはゼノン。ザフトは、ギルバートはゼノンの新
国家建設に利用されたのだ。
 少し腹立たしかったが、同時に感服していた。ゼノン・マグナルド。あのギルバートを利用する
とは大した男だ。私は予想外の展開に動揺するギルバートの様子を想像して、苦笑した。
 数日後、ゼノンとミナ・ハルヒノの結婚式が全世界に放映された。花嫁となったミナは本当に幸
せそうだった。彼女はゼノンの事を本当に愛しているのだと、見ただけで分かった。
 私はミナが羨ましくなった。彼女は心から愛する人の妻になった。これから先、ゼノンの行く手
には想像を絶する苦難が待っているだろう。それでもミナはゼノンの妻になる事を選んだ。彼と
共に苦しい人生を歩く事を選んだのだ。その勇気と愛が眩しかった。私には絶対に出来ない生
き方だからだ。子供を得た事を後悔はしていない。でも……。



 ムーン・キングダムの建国にざわめく世界を沈めようとしたのか、ギルバートは彼の抱いていた
理想を全世界に向けて発表した。デスティニー・プラン。人の欲望、未来を遺伝子によって選
別、確定し、平和を約束する世界。
 この計画の発表は、世界を沈めるどころか、更に大きく揺り動かした。プランを拒絶する者、受
け入れようとする者、それぞれが互いの正義を語り、戦いの準備をし出した。
 オーブとムーン・キングダムは、デスティニー・プランを完全に否定した。ザフトはムーン・キン
グダムを危険な敵性国家と判断し、攻撃を行なう事を決めた。
 戦後に分かった事だが、プラントの議会は慎重論が大半を占めていたのだが、ギルバートは
彼らの意見に耳を貸さず、攻撃を強行したそうだ。彼らしからぬ振る舞いだが、私には何となく理
解できる。彼も私と同じ気持ちを抱いたのだろう。
 ゼノンとミナ、あの二人は遠い昔、私達が夢に描いていた『二人』そのものだ。眩しい。羨まし
い。だから認めたくない。消し去りたい。いや、消さなければならない。今の自分を守る為に。
 ムーン・キングダムへの攻撃命令は、ギルバートの私情を感じさせるものだった。少なくとも私
にはそう思えた。だから私は納得できなかった。デスティニー・プランといい、この攻撃命令とい
い、彼が何を考えているのか、どんな未来を描いているのか、まったく分からなくなった。
 そんな状態で指揮をすれば、勝てる戦いも勝てない。私達はまたも敗北した。ダイダロス基地
のレクイエムは月の王と共に爆発。ゼノンの死後、王国は妻のミナが受け継ぎ、彼女は月の女
王となった。
 虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。古いことわざだが、ゼノンは名だけでなく王国を残
したのだ。そして妻がそれを受け継ぐ。ミナはゼノンの意志を継ぎ、彼の理想と王国を守っていく
だろう。羨ましい。眩しすぎる。
 その愛がギルバートを更に苛立たせたのだろうか。彼はムーン・キングダム、オーブ、スカンジ
ナビアの連合軍に対して攻撃を命令。私達は休む間もなく決戦に望む事になった。
 ミネルバは奮戦した。本当にみんな、よく頑張った。それでも、一度狂った歯車は直せなかっ
た。機動要塞メサイアの陥落とギルバートの死。それで私の戦争は終わった。かつて愛した人の
死に顔は見れなかった。



 「戦争は終わった」と書いたが、私はこの後のディプレクターとサードユニオンの最終決戦にも
参加している。裏切ったと思ったルナマリアやメイリンとも再会し、シンの目は明るいものに戻っ
た。レイの表情は暗かったが、彼とギルバートの関係を考えれば仕方ないだろう。
 ミネルバはアークエンジェルや黒いエターナル(フォーエバー)らと共にサードユニオンと戦
い、勝利した。戦乱の時代はようやく終わったのだ。
 でも、私の心は晴れなかった。平和が訪れたのは嬉しいし、勝利したのも嬉しい。でも、この世
界に彼はいない。細心で、臆病で、他人に嫌われたり軽蔑される事が大嫌いで、だから人一倍
頑張って、幸せになろうとして、私を心から愛してくれた男は、もう、どこにもいないのだ。
 戦後、私はザフトを辞めた。上層部からは「人材不足なので残ってくれ」と頼まれたが、もう戦
場に立つ気にはならなかった。
 今回の戦争では、私は何も守れず、何も出来ず、何も知ろうとしなかった。自分の愚かさだけ
を思い知らされた日々。こんなバカな女が力を持ってはダメだ。
 私はギルバート同様、新しい時代の輝きに戸惑い、嫉妬した人間。ならばせめて新しい時代を
見守って、その時代で生きる子供を育てる事にしよう。それがかつて愛した男を救えなかった私
に出来る唯一の事だ。
 そう思った私は、ザフトを去る事にしたのだ。
 退任の日、シンとルナマリア、メイリンがお別れの挨拶に来てくれた。アーサー達も一緒だっ
た。レイはいなかった。彼の姿は戦争が終わってから見ていない。どこへ行ったのか、今何をし
ているのか、誰も知らない。少し心配だが、あの戦争で彼は強くなった。命ある限り生き続けるだ
ろう。
 そして私も生き続ける。軍を辞めても、私の人生は終わらない。色々な事に頭を悩ませ、後悔
する憂鬱な日々は、恐らく私が生きている限り続くだろう。でも、それでいい。それが『生きる』と
いう事なのだから。そして恐らく、あの人もそう生きたはずだから。
 私は今来た道を振り返った。そして静かに呟く。
「さようなら、ギルバート・デュランダル」
 これは過去との決別の言葉じゃない。この言葉の意味を知るのは私とあの人だけ。それでい
い。それで。

(2006・8/25掲載)
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