第45章
 ゼノン

 ムーン・キングダムの首都、アリスタルコス市の政庁パレス。この建物の中には広大な庭園があ
る。無数の木々と花に彩られた広大な庭園は、美しいパレスの建物と共にアリスタルコス市の名
物となっていた。
 この広い庭園で、ステファニー・ケリオンは一人佇んでいた。
 空を見上げる。都市を覆う透明なドームの向こうには、無限の闇が広がっている。その闇の彼
方では、今……。
「ステファニーさん、ここにいたんですか」
「ミナちゃん!?」
 月の女王ミナ・マグナルドがやって来た。衣装は女王らしい豪華な白いドレス。部下も連れず、
一人きりである。
「いいの、一人でこんな所に来て? 仕事がたくさんあるんじゃ…」
「ありますよ。ええ、もうホントにたくさん。私、過労死しちゃいそうです」
 ミナは苦笑した。
 現在、パレスは喧騒の渦に包まれていた。ザフトの攻撃を受けた他の月面都市からの被害状
況の報告(ほとんどの都市でザフトは都市に入る前に撃退されており、市民は地下シェルターに
避難していた為、軍人以外の人的被害は無かった)、オーブとの友好条約の締結、大統領解放
を巡る大西洋連邦との交渉……。やるべき事は山ほどあるし、今も多くの人が働いている。ミナ
も先程まで馬車馬の様に働いていたのだ。
「疲れちゃったから、女王権限で休憩時間にしました。オーブやディプレクターのみんなも疲れ
ていたみたいだし、それに、気分的にそれどころじゃないから」
 そう言ったミナの顔は、暗く沈んだものになった。ステファニーは彼女の心情を察した。ステフ
ァニーも同じ気持ちだったからだ。
「やっぱりゼノンは生きているのね。自分が死んだ事にして、この国を貴方に託した」
「……………」
「ダンもそう思ったみたい。ラクスさんやラミアス艦長に出撃許可を貰って、決着をつけに行った
わ」
「ステファニーさんは行かないんですか?」
「あの二人の戦いを邪魔するつもりは無いわ。そんな事をしたらダンに怒られるし。貴方だってそ
う考えたんでしょう? だから今、貴方はここにいる。貴方はゼノン・マグナルドの最後の戦いを
見届ける事ではなく、あの男の夢を受け継ぐ事を選んだ」
「ダメですか?」
「いいえ、立派だと思うわ。成長したわね、ミナ。そしてあの男も、私が知っているゼノン・マグナ
ルドより遥かに大きく、強くなったわ。貴方の影響かしら?」
「買い被りですよ。私に出来たのはあの人を愛して、見送る事だけだったんですから」
 ミナはため息をついた。
「悔しいです。私ってホントに無力」
「それは私も同じよ。好きな人が命を懸けた闘いに挑んでいるのに、私にはどうする事も出来な
い。あの人を手伝う事も、見守る事も出来ない、許されないなんて…。私達に対してだけじゃない
けど、それでも残酷だわ」
「ステファニーさん……」
 愛する者を戦場に送り出す事しか出来ない者同士。ミナとステファニーは、今まで以上にお互
いに親近感を抱いた。
「ミナちゃんはゼノンとの別れは済ませたの?」
「ええ、済ませました。この戦いに勝っても負けても、あの人の命は尽きますから」
 今、ゼノンの体に埋め込まれたアンチSEED能力者『本物のダン・ツルギ』の細胞は、ゼノンの
肉体に対して拒絶反応を起こしている。ゼノン以外の実験体は、この拒絶反応によって命を落と
した。ゼノンは唯一の成功例と思われたが、他の者より拒絶反応が現れるのが遅かっただけだ
ったのだ。
 拒絶反応が最初に起こったのは、およそ一ヶ月前。自身の寿命を悟ったゼノンは、残り少ない
人生に悔いを残さぬよう、二つの夢の実現に専念した。
 一つは自分の理想国家の建国と、その国を相応しい後継者に譲り渡す事。
 もう一つは、宿敵ダン・ツルギとの決着。ゼノンにとってダンは、自らの運命を狂わせた怨敵で
あり、その力を認めたライバルでもある。
「ええ、そうね。分かっているわ。ダンも決着をつける事を望んでいる。あの二人の因縁は誰にも
邪魔できないし、そして決着はあの二人自身の手で付けなければならない。それは分かってい
るけど、でも…」
 それでもステファニーは悔しかった。そして願った。ダンの勝利と帰還を。
 ミナは哀しかった。それでも彼女は泣かなかった。泣いてもゼノンは帰ってこない。彼女は生き
なければならないのだ。ゼノンが作ったムーン・キングダムを守る為にも。
「!」
「!」
 その時、二人は同時に寒気を感じた。
「ステファニーさん、今の感じは…」
「ええ、虫の知らせってやつかしら? 始まったのね、ついに」
 二人の予感は当たっていた。ダン・ツルギとゼノン・マグナルド。今、この二人の最後の戦いが
始まったのだ。



 ダイダロス基地の地下。激戦による振動によって、わずかに残った空気が振るえ、基地そのも
のも揺れ動く。
 破壊されたレクイエムの発射口。MSも動ける広大な空間を、二機のMSが飛び回っている。
 一方はダン・ツルギのギャラクシード。もう一方はゼノン・マグナルドのディベイン・ヘルサター
ン。どちらも世界最強クラスのMSであり、両者の戦いは熾烈を極めていた。
「はああああああああっ!!」
 ギャラクシードが小刀《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》を振り下ろせば、
「ふん」
 ヘルサターンは、あっさりとこれをかわす。そして両肩部のバニッシュメント高エネルギービー
ム砲からビームを発射。かわしたギャラクシードに《ディカスティス・ビームガトリングライフル》から
のビームの雨を浴びせる。
「くっ!」
 かわし切れない、と判断したダンは、ギャラクシードの頭部をアンチビームバックラーで防ぎ、
残りのビームは耐え凌ぐ。ギャラクシードの装甲に使用されている特殊金属は熱エネルギーを吸
収する事が出来る。その為、低出力のビームでは破壊する事は出来ない。ヘルサターンの《デ
ィカスティス・ビームガトリングライフル》は連射性を重視した結果、ビーム一発の威力は低下して
いる。操縦席などの致命的な箇所にさえ食らわなければ、ギャラクシードなら、ある程度は耐える
事が可能だ。
 ダンはそう判断し、その判断は間違っていなかった。ギャラクシードはビームの雨を何とか耐え
抜いた。
 それからギャラクシードは後ろに下がり、ヘルサターンとの距離を開けた。そして小刀を収め、
ビームライフルと、背部ウィングユニット内に収容されていた《スーパーノヴァ》二門を展開。三筋
の光をヘルサターンに向かって放つ。
 しかし、ヘルサターンはビームを避けない。三筋のビームはヘルサターンの命中する寸前で
大きく曲がり、それぞれ別方向に向かっていった。ビームは基地の壁に命中し、大爆発。再び
基地を揺らす。
「忘れたのか、ダン? このヘルサターンに遠距離からの攻撃は通用しない」
 既にヘルサターンの周囲には、極小サイズのナノマシンによる防壁が形成されていた。ビーム
偏向機能を持つこのナノマシンがある限り、ヘルサターンを長距離からのビーム攻撃で倒す事
は不可能。
「やはり無理か……。ならば!」
 ダンはギャラクシードにビームライフルを捨てさせた。《スーパーノヴァ》をウィングユニットに収
容し、再び《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》を抜く。そして、アンチビームバックラーのツ
インビームソードを展開。接近戦を重視した武装をした。
「来るか……」
 ゼノンは微笑んでいた。今までのはお互いに様子見。本当の戦いはこれからだ。激闘の予感
に胸が高鳴る。
 自分がその実力を認めた強者との戦い。ゼノンの心は歓喜と恐怖に打ち震えていた。
『ふっ。我ながら壊れた心だな』
 そう自覚しながらも、ゼノンは自分の心を否定しなかった。自分の命の炎が燃え尽きようとして
いるのが分かる。どうせあと数時間の内に尽きる命。ならば、己の思うがままに戦うのみ。そして
目の前にいるこの相手は、自分の全てを受け止め、戦ってくれる!
「来い、ダン・ツルギ! この私を倒せるものならばな!」
 宿敵との戦いを望むゼノン。ダンの体も震えていた。だが、その震えはゼノンのものとは違い、
歓喜や恐怖によるものではなかった。彼の体を震わせているものは、罪深き過去への悔恨と、そ
れでもなお揺るがぬ闘志と決意。
「……行くぞ!」
 ダンは戦う。この戦いに勝利して、その先にある未来を掴み取る為に。
 ゼノンも戦う。己の人生を全うし、生きた証を残す為に。



 アルザッヘル基地の司令室で働くエドワード・ハレルソンとルーヴェ・エクトンの元には、懐かし
い面々が訪れていた。この二人と共に戦った傭兵コンビと、その仲間たちだ。
「げっ、冗談じゃありません。ギアボルトと仲間だなんて」
「俺も気乗りしねーな。カラミティ・ファイブって名前もダサいし」
「ステラは別にいいよ。ステラ、シンやステファニーの事も好きだけど、オルガとギアボルトも好き
だから」
 新入り(?)三人の意見を無視して、オルガとギアボルトは懐かしい顔を睨む。
「こうして面を付き合せるのは久しぶりだな。元気だったか、『南米の英雄』?」
 オルガにそう尋ねられたエドは苦笑して、
「おかげ様で。楽しい毎日を送っているよ。そっちは色々と大変だったみたいだな」
「ああ、腕を一本失った。けど、こっちはこっちで人生を楽しませてもらっているよ。難攻不落と思
っていた女(ターゲット)も、ようやく攻略ルートが見えてきたし」
「そいつは何より。残念ながら俺の方は成果はゼロだ。こっちの職場は女っ気が全然無いし、よ
うやく女神様が現れた!と思ったら、その女神様はゼノン様のモノだし」
「昔の女に声をかけたらどうだ? 待ってるみたいだぜ」
「今更、だな。まあ挨拶代わりに連絡ぐらいは入れてみるつもりだけど…」
 敵として対峙した事もあるのに、あっさりと和むオルガとエド。二人とも幾多の戦場を潜り抜けて
きた者同士。昨日の敵が今日の友になる、という事を半ば日常として過ごしたきた。だから昔の
事は気にしない。今が全てだ。
 と、オルガとエドは割り切っているが、そう簡単に割り切れない者もいる。
「…………」
「…………」
 ギアボルトはルーヴェを黙って睨んでいる。その鋭い視線からルーヴェは眼を逸らさないが、
口も開かない。重い空気が漂う。
「…………」
「…………」
 あまりに重い空気に、当人達ではなく観客の方が耐えかねた。アヤセが二人の間に割って入
る。
「ギアボルト、いい加減にしなさいよ。この人が昔はあんたの仲間で、あんた達を裏切って許せな
いのは分かるけど、今は…」
「許しません」
 ギアボルトはアヤセの後ろにいるルーヴェにそう言った。冷たい、怒りに満ちた口調だった。
「ルーヴェ・エクトン、私はあなたを許さない。今は見逃しますが、私やオルガ先生を裏切った罪
は償ってもらいます。場合によっては、あなたの命で。この戦いが終わったら、私があなたを殺
すかもしれません」
 その宣言にはルーヴェ本人ではなく、アヤセの方が驚いた。
「ちょっ、ちょっと、ギアボルト! 幾らなんでも言いすぎ…」
「分かった。こっちは逃げるつもりは無い。いつでも殺せ」
「って、ええっ!?」
 あっさりとギアボルトの言葉を受け入れたルーヴェに、再び驚くアヤセ。ギアボルトは顔色一つ
変えずに、
「分かりました。いずれ、また」
 と言って、司令室を後にした。その後ろ姿を見たスティングが、
「はっ、女ってのは怒らせると怖いねえ」
 と呟いた。彼の言葉を立証するかのように、アヤセが顔を赤くしている。
「あー、もう! 何なのよ、これは! オルガさん、あなた、部下の教育がなってないんじゃないで
すか? 仲間同士で殺すだの殺されるだの!」
 リ・ザフト時代から仲間を大切にしてきたアヤセにとって、ギアボルトとルーヴェのやり取りは納
得できるものではなかった。だから怒っているのだ。そんな彼女を見て、ルーヴェは戸惑い、オ
ルガとエドは苦笑し合い、ステラは、
「アヤセが怒っている……。でも、ギアボルトも怒っているように見えた。ギア、どうして怒ってたん
だろう?」
 ステラはギアボルトの様子を思い出す。オルガがエドと話をしていた辺りから、ギアボルトが不
機嫌になったように思った。話の内容は……何だったっけ? ステラは首を傾げた。



 ダイダロス基地内部。
 空中で激突するギャラクシードとディベイン・ヘルサターン。《ソード・オブ・ジ・アース/α(アル
ファ)》の灼熱の刃によってナノマシンの防壁が破られ、続けて振るわれたツインビームソードが
ヘルサターンの頭部を襲う。
 しかし、ヘルサターンは左腕のシールドでツインビームソードを防ぎ、胸部の大出力複列位相
エネルギー砲《ハイコート・クロノスサイズ》の発射口を開ける。
「! この距離から撃つだと!?」
 ダンは驚いた。高出力のビームをこんな至近距離で放てば、ヘルサターンもビームの余波を
受け、無事では済まない。
 危機を察したダンは、即座にその場を飛び退く。驚きつつも冷静かつ迅速な判断だった。
「ふん。さすがに簡単には殺されてはくれないか」
 微笑むゼノン。一方のダンは戦慄を感じていた。ゼノンは本気だった。あの男はこの戦いに命
を捨てて挑んでいる。たとえ自分の命を失う事になっても、ダンに勝つつもりだ。
『そこまでこの俺が憎いのか?』
 そう思ったダンは、思わず苦笑した。ゼノンが自分を憎むのは当然だ。ダン、いや、デューク・
アルストルこそゼノンの運命を狂わせた張本人なのだから。
「ゼノン」
 ダンはヘルサターンに通信を送った。
「お前が俺を憎むのは分かる。だが、俺はお前に倒されるわけにはいかない。俺にはまだ、やる
べき事があるからな」
 実の父であるメレア・アルストルとの決着。あの男だけは絶対に倒さなければならない。
 そう決意するダンに、ゼノンは予想外の返答を返した。
「私が貴様を憎む、だと? 勘違いをするなよ、ダン・ツルギ。私は別に貴様を憎んでなどいない
ぞ」
「!?」
「ダン、いや、デューク・アルストルよ。貴様には色々と世話になった。確かに貴様によって、私
の人生は大きく歪められた。貴様は私に力を与えてくれたが、それによって私の命は間もなく尽
きようとしている」
「…………やはり、拒絶反応が起こっているんだな」
「そうだ。他の奴ら同様、『本物のダン・ツルギ』は私の体もお気に召さなったらしい。まったくワガ
ママな子供だ。貴様によく似ているよ。そして身内には甘いようだ。貴様には拒絶反応は起こら
ないようだな。さすが親子、細胞の相性はいいようだ。少し羨ましいぞ」
 こうして話をしている間にも、ゼノンの体には激痛が走り、彼の命を確実に縮めている。それで
もゼノンは話を続ける。
「貴様は私に力と、新しい名と、そして残り少ない命を与えてくれた。最後の一つは迷惑なプレゼ
ントだが、あれだけの力の代償と思えば仕方が無い。納得できる。それに私に貴様の事を非難
する資格は無い。貴様と同様、私の手も血で汚れすぎたからな」
 コロニー船リティリアの人々、ブレイク・ザ・ワールド事件の犠牲者、そしてこの戦争によって命
を落とした者達……。償いきれぬ程の罪を犯しているのは、ゼノンも同じ。ゼノンもデュークも、
人として生きるには罪を犯しすぎた者。二人は似た者同士だった。
「だから私は貴様を憎まない。正直に言えば、昔は憎んだ時もあったが、今はもうそんな気は起
こらない。私のような外道に他人を憎む資格は無いし、他人を憎んでいる暇は無い。私にはやる
べき事が、いや、やりたい事がある。それをあの女が改めて教えてくれた」
 ミナと出会ってから、ゼノンは変わった。自分の夢を改めて自覚し、それを実現させる為に戦っ
た。そして二つの夢の内、一つを叶えたのだ。
「『憎しみからは何も生まれない』という陳腐なセリフがあるが、あれは真実だな。誰かを憎んでい
る暇があったら、一歩でも前に進むべきだ」
 それを気付かせてくれたのが、ミナだった。両親を失い、故国を離れ、失恋して、仲間とも離れ
離れになり、それでも彼女は生きる事を諦めなかった。どんな苦境に立たされても前を見続け、
人を愛し、信じた。彼女の心がゼノンを変えたのだ。
「デューク・アルストル。私は貴様を憎んでいた。私は貴様が嫌いだった」
 それは真実。だが、
「だが、今の私は貴様に感謝している。貴様によって与えられた『ゼノン・マグナルド』という名前
が好きになった。私の喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、愛も、希望も、絶望も、死も、全ては
貴様から始まった。だから私は貴様に感謝する。私の人生を大いに盛り上げてくれた男、デュー
ク・アルストルよ。私は貴様に礼を言う。そして…」
 ヘルサターンが再び動き出した。背部の《ヘル・ザ・リング/S(セパレート)》が飛び立ち、四つ
に分離する。
「貴様と戦いたい! この命と力の尽きるまで、存分にな!」
 それがゼノンの最後の願い、そして最後の夢。この叫びに対するダンの返答は……。



 エターナル級二番艦、『黒いエターナル』フォーエバーのMS格納庫には、キラとアスラン、ラ
クスとガーネット、ニコルの五人が集まっていた。ストライクフリーダムとインフィニットジャスティス
の点検を行なっていたキラとアスランの元に、ラクス達三人がやって来たのだ。
 キラとアスランは手を休めて、三人と話をする。しぱらく雑談を交わした後、ガーネットが本題に
入る。
「ダン・ツルギはギャラクシードで偵察に出たそうだけど、それってやっぱり…?」
「ええ、ガーネットお姉さま。彼はゼノン・マグナルドとの決着をつけに向かいました」
 事情を知っているラクスが答える。大声で言う事ではないが、特に秘密にする事でもない。ダン
自身もそう言って、出撃したのだ。
「一人で行ったのか?」
 アスランが尋ねる。ラクスは頷き、
「ステファニーさんやミナさんも、ここに残るように言われたそうです。わたくし達にも一切の手出
しは無用、と」
「そんな……」
 アスランはオーブでのゼノンとの一戦を思い出す。ゼノンの強さは圧倒的だった。アスランの乗
機が最新鋭のインフィニットジャスティスでなかったら、間違いなく負けていた。ダンの強さはアス
ランも知っているが、それでも勝てる保証は無い。
 ダンの身を案じるアスラン。その肩を、キラが優しく叩く。
「アスラン、君がダンの事を心配する気持ちは分かるよ。僕だって心配だ。彼とは色々あったけ
ど、今では仲間だし、友達だと思っている」
「キラ……」
「でも、だから僕は彼を信じているんだ。彼は、ダン・ツルギは、デューク・アルストルは許されな
い程の罪を犯した人だけど、その事を心の底から悔いて、新しい道を歩こうとしている。アンチS
EEDの宿命も乗り越えて、前に進もうとしている」
 『SEEDを持つ者』とアンチSEED。共存など出来ない、どちらかが死ぬまで戦うしかない、と
思われた存在。だが、キラとダンはその運命を乗り越え、友となった。
「彼は自分の運命に負けない、どんな過酷な道でも前に進もうとする人だ。だから僕は彼を信じ
る。彼は、ダンはここにきっと帰って来る、って」
 キラは心の底からダンを信じていた。それはラクスも同様だった。
「運命とは、自らの意志と力で作り、切り開くものです。ダンさんはそれが出来る人だから、過去
の罪の重さに押しつぶされる事無く、今まで戦ってこられたのでしょう。どんなに過酷な運命にも
屈せず、立ち向かい、未来を見続ける。そんな心の強さこそ、運命に対する最大の武器なので
す。わたくし達も心を強くしないと」
「……そうだな。俺達の戦いはこれからだ。そしてその戦いには、必ずダンがいる。キラ、俺も彼
を信じる。そして一緒に戦う。この世界の未来の為に」
「アスラン……。ありがとう、彼を信じてくれて」
 頷き合うキラとアスラン。それを見たニコルは微笑み、
「僕も戦います。皆さんやガーネットさんと一緒に。本当はガーネットさんには戦ってほしくないん
ですけどね」
「ニコル、私だけ仲間ハズレにするなんて、いい度胸してるわね?」
「そんなんじゃありませんよ。でも、もしガーネットさんの身に万が一の事があったらと思うと…」
「大丈夫。私は死なないし、ニコルだって死なない。みんなに報告したい事や、やらなくちゃなら
ない事がたくさんあるし」
 そう言ってガーネットは、今、宿敵と戦っている男に思いを馳せる。父アルベリッヒ・バーネット
の協力者であり、多くの命を奪いながらも、今は多くの命とその未来を守る為に戦っている、ガー
ネットの仲間。
『生きて帰って来なさいよ、ダン・ツルギ。あんたには訊きたい事や、こっちから報せたい事が、
たくさんあるんだから』



 ダイダロス基地の地下での死闘は、まだ続いていた。
 ギャラクシードの前後左右を、四機に分離した《ヘル・ザ・リング/S(セパレート)》が取り囲む。
そして同時にビーム砲を連射。
「当たるかっ!」
 かわすギャラクシード。だが、四機の追撃は止まない。四機合わせて32門の小型ビーム砲から
次々とビームを放ちながら、逃げるギャラクシードを追いかける。
 そしてギャラクシードの行く手には、
「逃がさん!」
 ヘルサターン本体が立ち塞がる。盾の裏から独立攻撃ユニット《キリング・リング》を四機全て発
射。合わせて八機、いや、ヘルサターン本体を含めて十機の凄まじい攻撃が、ギャラクシードを
追い詰めていく。
「ぐっ!」
 《キリング・リング》の斬撃を《ソード・オブ・ジ・アース/α》で受け流し、《ヘル・ザ・リング》の砲
撃をバックラーで防ぎ、ヘルサターンの《ディカスティス・ビームガトリングライフル》による銃撃を
かわす。致命傷こそ防いでいるが、ギャラクシードは防戦一方だ。
「どうした、ダン。逃げて避けて防ぐだけか? ならば、それさえも出来ないようにしてやる!」
 ゼノンはナノマシンに指令を送る。ヘルサターンの周囲を漂っていたナノマシンは一斉に動き
出し、ギャラクシードに向かって突っ込んで行く。
「!」
 危険を察知したダンは、ギャラクシードを素早く動かす。だが、わずかに間に合わなかった。ギ
ャラクシードの左足はナノマシンに覆われ、そして、一瞬で消滅してしまった。
「なっ……!」
 驚くダン。ヘルサターンがディベイン・ヘルサターンに生まれ変わった際、搭載されているナノ
マシンも改良されていたのだ。新型のナノマシンは一つ一つが風車状の刃を持っており、その
刃によって敵の機体を削り取る。PS装甲ではないギャラクシードには、無数の刃による直接攻
撃は防げない。
「もらったぞ、ダン・ツルギ!」
 勝利を確信したゼノンが吠える。ナノマシンと四機に分離した《ヘル・ザ・リング》、そして四機の
《キリング・リング》とヘルサターン本体からの《ディカスティス・ビームガトリングライフル》。損傷し
たギャラクシードに、この一斉攻撃をかわす事は出来ない。
 しかし、天運はダンの方にあった。ピピッという音が、彼の耳に聞こえた瞬間、ダンの表情に笑
みが浮かぶ。
「ようやくか……。思った以上に分析に時間が掛かったな。行くぞ!」
 ギャラクシードの左腕が動く。その掌が開かれ、掌の中央にあるファンが激しく回り出す。
「吹けよ、嵐!」
 ダンの叫びと共に、ギャラクシードの左腕から暴風が放たれた。その風はヘルサターンのナノ
マシンを全て吹き飛ばし、《キリング・リング》を消滅させた。よく見れば、吹き飛ばされたナノマシ
ンも消滅していた。
「! いかん!」
 四機に分離した《ヘル・ザ・リング》は危機を感じたゼノンの精神波を受け、素早く動く。が、そ
れでも間に合わず、四機の内の二機が風に飲まれ、消滅した。
「ちっ、そう簡単には終わってはくれないか……」
 唇を噛み締めるゼノン。彼は、敵の戦力分析を侮った自分に腹を立てていた。
 ギャラクシードの左腕は、特殊兵装マニピュレーター《ストームフィストL》。戦闘中に回収してい
た敵機のわずかな破片から、敵機の金属組成を分析し、その分子結合を崩壊させる化学物質
を含んだケミカルストームを噴射する。このダイダロス基地のように空気のある所でしか使えない
という欠点があるが、その威力は絶大。
 形勢逆転を果たしたダンだったが、その顔に喜びの色は無かった。出来ることならヘルサター
ン本体の金属組成を分析し、一発で決着をつけたかったのだ。だが、回収できた破片が少なか
った上、分析できたのは武器やナノマシンに使用されている金属のみ。状況が状況だった事も
あり、やむを得ず使ったのだが、その代償は大きいかもしれない。
『いや、あの男を相手に風一発で決着をつけようとするなんて侮辱だな。武器の金属分析が間
に合っただけでも幸運だ』
 基地内の空気は時間が経つに連れて少なくなっているし、ゼノンは同じ手は二度と食わないだ
ろう。《ストームフィストL》の風をヘルサターンに当てる事は不可能と考え、新しい手を考えるべ
きだ。
 ギャラクシードの背部から巨大な剣が抜かれる。ギャラクシードの最大にして最強の武器、《ソ
ード・オブ・ジ・アース/Ω(オメガ)》だ。右手にΩ(オメガ)、左手にα(アルファ)。長短二本の
《ソード・オブ・ジ・アース》を手に持ち、ギャラクシードが反撃態勢を整える。左足を失ってはいる
が、その姿は威風堂々。敵であるゼノンでさえ、思わず見惚れるほどだ。
 ダンはもう迷わない。今、目の前にいる男は最強の敵だ。迷いや戸惑いは死に繋がる。今は
ただ、死力を尽くして戦うだけだ。
「勝負だ、ゼノン! この俺、ダン・ツルギの、デューク・アルストルの、持てる力の全てを出して、
貴様を倒す!」
 その叫びを聞いて、ゼノンは嬉しくなった。そして、同時に寂しくもなった。お互いが死力を尽く
す事を決意した今、この戦いは間もなく終わる。それがたまらなく寂しかったのだ。
『いや、くだらない感傷だな。生き残った者が前に、未来に進む為にも、この戦いは終わらせな
ければならないのだ』
 ヘルサターンの盾からツインビームソードが放出される。残った二機の《ヘル・ザ・リング》も攻
撃態勢に入る。ナノマシンはもう使わない。背部のタンクで新しいナノマシンを作る事が出来る
が、作っても《ストームフィストL》が出す風に吹き飛ばされて、消滅するだけだ。
 ゼノンはナノマシンを造るエネルギーをヘルサターンに回した。全ての力を出す為に。一切の
悔いを残さない為に。
「……ふっ。では、行くぞ、ダン・ツルギ!」
「来い、ゼノン・マグナルド!」
 再び揺れるダイダロス基地。ギャラクシードとディベイン・ヘルサターンは同時に加速し、空を
翔び、そして、激突する。
 ヘルサターンは《ディカスティス・ビームガトリングライフル》を最高出力で発射。強烈なビーム
がギャラクシードを襲うが、ギャラクシードはこれを全てかわした。かわしながらヘルサターンに接
近し、《ソード・オブ・ジ・アース/Ω(オメガ)》を振り下ろす。
 かわすヘルサターン。追撃するギャラクシード。右足の踵(かかと)に隠された大型のアーマー
シュナイダーを展開、回し蹴りの要領でヘルサターンに向かって放つ。
 アーマーシュナイダーは《ディカスティス・ビームガトリングライフル》を両断、破壊するが、姿勢
を崩したギャラクシードに二機の《ヘル・ザ・リング》が襲い掛かる。一機はビーム砲で遠距離から
攻撃、もう一機はビームサーベルを展開し、突撃してきた。
「くっ!」
 二機の《ヘル・ザ・リング》の攻撃の内、ビーム砲の攻撃はかわしたが、ビームサーベルはかわ
しきれなかった。サーベルは右足の先に直撃し、足先をアーマーシュナイダーごと破壊した。
 両足の損傷によって、ギャラクシードは機体のバランスが取れなくなった。宇宙などの無重力
空間や、月のような低重力空間での戦闘では、人型のMSは全身がバランサーとなって、機体
の安定を保つ。特に脚部は重要であり、この部分を失うと普通に飛ぶ事さえ困難になる。大型ス
ラスターを搭載していないMSにとっては、足は『飾り』ではないのだ。
 ギャラクシードは一般のMSに比べて、スラスターは大きく、飛べない事は無い。だが、機体の
安定度は大幅に低下した。長期戦は不利だ。一気に決着をつけなければならない。
「終わらせるぞ、ゼノン!」
 ダンは二本の《ソード・オブ・ジ・アース》を連結させた。それを左手に持つと、右手の指先から
五本のアンカー付きワイヤーを放出。そのワイヤーで最後の《ヘル・ザ・リング》を捕らえ、
「走れ、稲妻!」
 その叫びどおり、強烈な電流を走らせる。《ヘル・ザ・リング》には耐電装備が施されていたが、
それも役に立たないほどの高電流だった。雷を放つ特殊兵装マニピュレーター《スパークフィス
トR》。相変わらず絶大な威力だ。
 これでヘルサターンは、《ヘル・ザ・リング》を始めとする主武装のほとんどを失った。残ってい
るのは盾と、機体の固定武装のみ。
 しかしギャラクシードの損傷も激しい。左足を失い、右足先も破壊された。それ以外にもヘルサ
ターンの猛攻によって、機体の各所に細かい損傷がある。
 操縦者の気力と体力も限界に近い。次の一撃が最後になる。ダンもゼノンもそう感じた。
 ならば小細工は無用。する気も無かった。自分の力を全て出して、戦い、そして倒す。二人の
戦士は、それだけしか考えなかった。
 睨み合う二機。ギャラクシードは連結した《ソード・オブ・ジ・アース》を右手に持ち替え、ディベ
イン・ヘルサターンは胸部の《ハイコート・クロノスサイズ》にエネルギーを集める。
「…………」
「…………」
 静かな時が流れる。時間にして、ほんの数秒。だが、対峙する二人にとっては永遠にも等しい
時間だった。
 ゼノンは喜んでいた。最高の女と愛し合い、最良の部下に恵まれ、最強の敵と力の限り戦える
機会を与えてくれた、己の人生に満足していた。
 ダンは哀しかった。妻を、息子を、死に追いやったこの手で、この心で、また一人、葬らなけれ
ばならないのか。そうしなければならないのか。苦しみながらも彼は決断した。新たな罪を背負う
事を。それでも生きていく事を。
 そして、二人の戦士は動き出す。
 高ぶった闘志を、より高ぶらせて。
 深い哀しみを心に宿しながら、それでも未来を諦めないで。
 両雄は吠えた。
「ダン・ツルギーーーーーーーーーーーーッ!!」
 誰よりも冷酷で、誰よりも強大な世界の王になろうとした男は、獅子の如く。
「ゼノン・マグナルドーーーーーーーーーッ!!」
 罪の記憶に押し潰されそうになりながらも、それでも未来を目指す男は、竜の如く。
 互いに吠えて、そして、戦う。
 ヘルサターンは《ハイコート・クロノスサイズ》とバニッシュメント高エネルギービーム砲を同時に
発射。ギャラクシードはバニッシュメント高エネルギービーム砲のビームをかわしつつ、《ハイコ
ート・クロノスサイズ》の強力なビームを《ソード・オブ・ジ・アース》の刃で受け止め、防ぐ。
 勝負は接近戦に持ち込まれた。ディベイン・ヘルサターンのツインビームソードが、ギャラクシ
ードに向かって突き出される。
 ギャラクシードはアンチビームバックラーでこれを防ぐ。が、バックラーは耐え切れず、ビームの
刃に貫かれた。
 しかし、ギャラクシードの突進は止まらない。バックラーをわざと自爆させて、ヘルサターンの突
進を止める。直後に《ストームフィストL》から凄まじい強風を放ち、ヘルサターンの体勢をわずか
に揺るがせる。
「!」
 この風が勝敗を決した。至近距離にもかかわらず、バニッシュメント高エネルギービーム砲を
放とうとしたヘルサターンだったが、機体が揺らいだために照準が付けられず、対応が遅れた。
 そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 ダンの叫びと共に《ソード・オブ・ジ・アース》の刃が、ディベイン・ヘルサターンに向かって振り
下ろされた。ディベイン・ヘルサターンの右肩から斜め下に一閃! 地獄の王と呼ばれ、それに
相応しい力を持つMSを二つに裂き、戦闘不能にした。
 ヘルサターンの操縦席は首の付け根にある。その為、ゼノンは無事だったが、彼にもう戦う意
志は無かった。火花が散る操縦席の中で、ゼノンは自らの敗北を悟った。
「……………ふっ。負けたか」
「ああ。俺の勝ちだ」
 ダンはあえて自分の勝利を宣言した。それが勝者の礼儀であり、この戦いを終わらせる言葉だ
と思ったからだ。
 ゼノンは静かに血を吐いた。ギャラクシードの攻撃によるものではない。ついに肉体の限界が
訪れたのだ。
 いつの間にか、もう痛みも感じなくなっていた。ゼノンは微笑みながら、勝者となったダンに尋
ねる。
「貴様、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使わなかったな。あれを使えば、もっと楽に勝てたかもしれ
ないだろう。なぜ使わなかった? 私に手加減をしたつもりか?」
 だとしたら、それはゼノンに対する最大の侮辱である。それでもゼノンは聞かずにいられなかっ
たのだ。死に行く者の最後の願いとして。
 ゼノンの最後の問いに対して、ダンは、静かにこう答えた。
「そんなつもりは無い。この戦いは俺の、いや、俺達『だけ』の戦いだ。だから、ヤヨイやダンの力
を借りたくなかった。それだけだ」
 ワガママ。下らないプライド。そう言われれば、そうなのかもしれない。だが、
「……ふっ。なるほど。貴様らしいといえばらしい答えだ」
 ゼノンは嬉しかった。そう、これはダンとゼノンの二人だけの戦い。他の何者もこの戦いに介入
する権利は無いし、資格も無い。ダンもゼノンも自分だけの力で戦う事に拘った。お互いに、そ
れが罪深き者同士の戦いに対する最低限の礼儀だと考えたのだ。
 だからゼノンもミナを連れて来なかった。アンチSEEDの力を使わなかった。自分を倒した男
が、自分と同じ思いを抱いていた。それがゼノンには嬉しかった。
「デューク・アルストル、いや、ダン・ツルギ。罪深き男、私の人生を狂わせた男、そして私を殺し
た男。憎むべき敵、許されざる者」
 それはダンにとっても同じだった。ゼノンは彼にとって、過去の自分(デューク・アルストル)が
犯した罪そのもの。逃げたくても逃げられない宿敵だ。
 憎み合い、傷付け合い、殺し合ってきた者同士。それがダン・ツルギ、いやデューク・アルスト
ルとゼノン・マグナルドの関係の全てだった。しかし、
「だが、私は貴様を許す!」
 最後の力を込めて、ゼノンは高らかにそう宣言した。
「私は多くの命を殺め、世界を壊し、人々に災禍を振り撒いた。だが、そんな私を信じてくれる奴
らがいた。愛してくれる女がいた。彼らは私の人生を変えてくれた。私の人生を素晴らしいものに
してくれた」
 ゼノンの脳裏に、思い出深き人々の顔が浮かぶ。忠実な部下であるエド、コートニー、ルーヴ
ェ、イアン、ゲイル、そして……。
「人の人生は変える事が出来る。定められた人生や運命など存在しない。運命(そんなもの)に
頼らなくても、人は変わる事が出来る。貴様がそれを証明している。他人を許し、理解し、自らを
律し、高める努力をし続ければ、人は幸福になれる。まあ、それが一番難しいのだがな」
 だが、それは決して不可能な事ではない。かつてのデューク・アルストルであるダンも、そして
ゼノンも変わる事が出来た。
「デューク・アルストル、いや、ダン・ツルギよ。お前は私に運命を与えてくれた。同時に、私に人
は変わる事が出来るのだという事を教えてくれた。だから私はお前を許す。お前が私にした事を
全て許す。だからお前は未来へ行け。私やお前が変わった様に、人は自らを変えて、素晴らし
い未来を築く事が出来るはずだ。デスティニー・プランやグランドクロス・プロジェクトなどに頼らな
くても!」
「ゼノン……」
「ダン・ツルギ、デスティニー・プランを、グランドクロス・プロジェクトを潰せ! あの二つの計画は
人から無限の可能性を奪い、未来を殺す為の計画だ。あんな愚かな計画に頼らなくても、人は
自らの力で幸福になれるし、世界を平和にする事が出来る。私はそう信じている。人間の可能性
を信じている!」
 ゼノンに他人を信じる心を与えたのは、一人の少女。彼女のおかげでゼノンは変わった。だか
らゼノンは考え、そして結論を出したのだ。彼女のような人間が育ち、生きている限り、人類を見
限るべきではない、と。
「ゼノン、お前は……」
 ダンが何か言おうとした時、半分になったヘルサターンの各所が爆発を始めた。肩が吹き飛
び、腕が落ちる。
「ゼノン!」
「ふっ……。長話が過ぎたようだな。さあ、行け、ダン・ツルギ。悪党である私の死に顔は醜いだ
ろうからな。人に見られたくないし、見ても楽しいものではない」
「………………」
「行け、ダン・ツルギ! そして、勝て! ギルバート・デュランダルに、メレア・アルストルに、そし
て自分自身の罪に!」
「………分かった。さらばだ、ゼノン・マグナルド」
 ダンはゼノンに向かって敬礼をした。そして、全速力でギャラクシードを飛行させ、ダイダロス
基地を後にする。
 残されたヘルサターンは、操縦席も爆発を始めた。同時にゼノンが再び血を吐いた。体中の
力が抜けていく。何かを考える事さえ出来なくなってきた。
「………悪くない。本当に悪くない人生だったな」
 ゼノンは本気でそう思った。多くの人を殺した悪党の末路にしては、あまりにも充実した人生で
あり、望んだとおりの最期。いや、一つだけ心残りはある。自分が死んだら、あの女は絶対に泣く
だろう。あの女を悲しませたくない。
「ミ……ナ………」
 最後の瞬間、ゼノンが思い浮かべたのは、ミナの笑顔だった。
 大爆発するディベイン・ヘルサターン。ゼノン・マグナルドの体は髪の毛一本さえ残らず、炎の
中に消えた。
 ゼノン・マグナルドは死んだ。体を改造され、生きる時間を縮められ、本当の名も、本当の自分
も思い出す事無く、戦いに敗れ、そして、たった一人で死んだ。
 しかし、彼は幸福だった。



 決戦から数時間後、ギャラクシードはアリスタルコス市に帰還した。ギャラクシードはアークエン
ジェルの格納庫に搭載され、直ちに修復作業が行なわれた。
 ヘルメットを取り、操縦席から降りたダンを、キラやアスラン、ガーネット、ニコル、そしてラクスが
出迎えた。庭園の散歩を終えたミナやステファニー、そしてアルザッヘル基地から戻ったオルガ
とギアボルト、エドとルーヴェもいる(スティングとステラ、アヤセは自室に戻っていた)。
「……………」
 沈黙するダン。その表情は暗く、その顔を見たら誰も口を開く事が出来なかった。
 だが、一同の中からミナが前に出た。そしてダンの顔を見て、
「勝ったんですね?」
 と尋ねた。
「ああ」
 ダンはそれだけしか言わなかった。
「あの人は、ゼノン・マグナルドは死んだんですね?」
「ああ」
 ミナは泣かなかった。エドとルーヴェも冷静だった。
「ダン。ゼノンはどんな人だった?」
 キラが質問する。ダンは真剣な口調で答えた。
「ゼノン・マグナルドは世界の平和を乱した悪党で、俺の最強の敵だった」
 それは誰もが認める事実。だが、ゼノンという男は、それだけの人物ではない。
「でも、あいつをあんな風にしたのは俺だ。あいつは俺の罪の証だ。それなのにあいつは、ゼノ
ンは、俺を許すと言ってくれた。そして、自分自身の罪に勝てって……」
 そこから先は言葉にならなかった。
「うっ………うああああああああああああああああ!!」
 ダンは泣いた。涙が止まらなかった。声の限り泣き喚いた。立つ事も出来なくなり、泣き崩れ
た。
 ダンはまるで赤子のように大声で泣いた。そんな彼に対して、ミナは一礼をした後、その場を
後にした。泣き止まないダンを、ステファニーが優しく抱きしめる。
「あいつは、あいつは……。俺は、おれ…は………」
 声にならず、意味も分からない叫びを、ダンは続けた。ステファニーは黙ってダンを抱き締め
た。他の面々は何も言わず、泣き叫ぶダンを見守った。ダンでもゼノンでもない彼らには、そう
する事しか出来なかった。



 ダン達と別れたミナは、再びパレスの庭園にやって来た。そこには先客がいた。もう一人の『ミ
ナ』、ロンド・ミナ・サハクである。
「ロンド様、どうしてここに?」
「休憩だ。お前こそどうした。ダンを迎えに行ったのではなかったのか?」
 ミナはロンドにダンの帰還と、ゼノンを死んだ事を教えた。
「そうか。あの男が死んだのか……」
 ロンドは複雑な心境になった。ゼノンはリティリアの人々を殺した憎むべき男だ。が、親友ミナ
の夫でもある。夫を喪ったミナに、何を言えばいいのか分からない。
「ロンド様、お気を使わずに。私は大丈夫ですから」
 ミナの言葉は強がりではなかった。ダンからゼノンの死を聞かされたミナは泣かなかった。ゼノ
ンに拒絶反応の事を明かされてから、こういう日が来る事は覚悟していた。だから泣かなかった。
泣いたらゼノンが悲しむから。
「そうか……。お前は強いな、ミナ」
 ミナの気持ちを知ったロンドは、ようやくゼノンを許した。これ程の娘に心から愛されるような男
が、単純な悪党であるはずがない。それに死んだ人間を悪く言いたくはない。せめて今は、今だ
けは、親友の夫の冥福を祈ろう。
 二人の『ミナ』は揃って黙祷した。涙は流せない。だからミナは心で泣いた。目に見えない涙を
心の中で流し続けた。それはきっと、これから一生流し続ける涙。
 黙祷を終えた二人は、静かに目を開ける。そしてミナは空を見上げて、
「さようなら、ゼノン・マグナルド……」
 と呟いた。それは別れの言葉ではない。『ゼノンの夢を受け継ぐ』という誓いの言葉だった。
 心強き少女の頭を、ロンドは優しく撫でた。その手から伝わる優しい温もりは、ミナの心を慰め
てくれた。

(2006・1/6掲載)

次回予告
 壮絶な光が宇宙を切り裂き、決戦が始まる。
 各々が胸に描く未来の為、死力を尽くして戦う。
 過去を無くした男に、未来を守る事が出来るのか。
  過去に縛られていた男に、未来を夢見る資格はあるのか。
 激突するシンとダン。それを見守る者達の哀しみも知らずに……。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「メサイアの火」
 忘却の記憶を取り戻せ、デスティニー。

第46章へ

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