第44章
 夢、幻の如く

 オーブを飛び立った四隻の艦は、出立から三日後、無事にコペルニクスに到着した。
 コペルニクス市は月面都市の中では最も古い歴史を持ち、規模も大きい。この市はオーブ同
様、中立政策を取っており、その港はあらゆる勢力に対して開かれていた。連合とザフトの艦が
並んで停泊している、という光景も珍しくない。ディプレクターの月支部など重要な施設も多数存
在しており、月の要とも言える都市である。
 ムーン・キングダムの建国に対して、この市は彼らに賛同せず、中立の意志を表明した。これ
に対するムーン・キングダムの武力侵攻が懸念され、一時、市は緊張に包まれた。しかしムー
ン・キングダムはコペルニクス市の中立を了承した為、今は落ち着きを取り戻している。
「それでも、何も無かった訳ではありませんけどね」
 港にアークエンジェルらを出迎えに来たディプレクター月支部の支部長、ジャン・キャリーはそ
う言って苦笑いをした。
 数日前、コペルニクスに正体不明の武装集団が潜入。町の各所で爆発を起こし、MSまで持
ち出してきた。市庁舎や放送局、ディプレクター月支部、そして出産間近のフレイ・ジュールが
入院している月最大の病院などが標的にされたが、思わぬ助っ人の活躍によって撃退する事が
出来た。
「助っ人だと? 一体どこの誰がフレイを救ってくれたんだ?」
 フレイの危機を知り、顔を青くしたイザークだったが、すぐに冷静さを取り戻し、妻を救ってくれ
た恩人の名を尋ねる。ジャンは、
「『西から来た風』ですよ。そう言えばあなたには分かるはずだ、と言ってました」
 と答える。
「! そうか、あいつらか……。まったく、義理堅い連中だな」
 心当たりがあるらしい。イザークは微笑み、そしてガーネットやサイ、ミリアリア達と共にフレイの
見舞いに向かった。
 ラクスやマリューやナタル、キラ、ダン、アスラン、ロンド達はディプレクター月支部のビルに入
る。そして広い会議室に集まり、現在の状況を確認する。
 月軌道上には、戦力の再編成を終えたザフト艦隊が集結。ムーン・キングダムも迎撃態勢を整
えている。両者共に一歩も退く気は無く、激突は時間の問題だった。
 緊迫した状況の中、ナタルが口を開く。
「ムーン・キングダムはレクイエムを使うでしょうか?」
 それは全員が危惧している事だった。ムーン・キングダムは士気は高いが、兵の数ではザフト
に及ばない。一発逆転を狙って、レクイエムをプラントに放つ可能性はある。そうなれば、また数
え切れないほどの人々が死ぬだろう。
 凄惨な光景を想像して、一同の口が重くなる。その雰囲気を払ったのはロンドだった。
「先程、オーブ本国からムーン・キングダムとの同盟締結の条件が提示された。こちらからの条件
は二つ。Nジャマーキャンセラー規正法への正式調印と、全世界の脅威となる可能性が高い大
量破壊兵器レクイエムの破棄。ムーン・キングダムはこれに応じるそうだ」
 と言った。これを聞いてバルトフェルドが、
「それはいい報告ですな。だが、オーブとの同盟はまだ正式なものではない。同盟締結の前にレ
クイエムを使うかもしれない。その一発でザフトを壊滅させた後、レクイエムを破棄する。それなら
同盟の条件には違反しない。その辺についてはどうなんですか、ロンド・ミナ・サハク殿?」
「ゼノン・マグナルドは『現時点ではレクイエムを使うつもりは無い』と言っている。口約束だし、公
式な発言ではないがな」
「現時点では、か。状況次第では使うかもしれない、とも思える発言だな」
「レクイエムを使わせない為にも、オーブとムーン・キングダムは一刻も早く正式な同盟を結ぶべ
きですわ」
 ラクスの言うとおりだ。だが、
「同盟には応じるが、まだ結ぶ気は無いようだ。正式な同盟を組むのはレクイエムを破壊した後
にしてほしい、と言ってきた」
「おいおい、それって…」
「同盟を組む前にレクイエムを撃つ。そういう魂胆なのか?」
 バルトフェルドとアスランは、同時に嫌な想像をする。それは最悪のシナリオだ。
 キラは、黙って話を聞いているダンに話しかけた。
「ダン、君はどう思う? ゼノン・マグナルドはレクイエムを使うと思う?」
 キラの質問にダンは少し考え込む。そして、
「分からない。だが、ゼノンはつまらない嘘をつく男じゃないし、勝算の無い戦いをする男でもな
い。奴がレクイエムを使わないと言うのなら、本当に使わないつもりだと思う。奴はレクイエムを使
う事無く、この戦いに勝利するつもりだ」
「でも、数ではザフトの方が…」
「戦いは数だけでは決まらない。それは俺達が一番良く知っているはずだろう?」
 ダンのその言葉には、誰も反論できず、苦笑した。少しだけ会議室の空気が和む。そんな中
でダンは宿敵に思いを馳せる。
『見せてもらうぞ、ゼノン。お前が何を考え、そして何をするつもりなのかを』



 その頃、ゼノンを始めとするムーン・キングダムの首脳陣はアリスタルコス市の政庁パレスに集
結。ザフトへの対抗策を練っていた。
 メンバーはゼノンと三従士、ミナ、ゲイル、イアン、そして月面六都市の市長達。月軌道上に集
結したザフトの動きを予測し、連中の目論見を打ち砕く為、意見が交わされた。
「敵が攻めてくる前にこちらから攻めるべきだ」
 とエドが提案すると、ルーヴェが頷き、
「レクイエムの中継ステーションの警備部隊を呼び戻し、挟み撃ちにしましょう」
 と言う。しかし、ゼノンは二人の意見を退けた。
「中継ステーションの戦力はそのままだ。警備部隊が宇宙にいる限り、ザフトは背後を気にしなが
ら戦う事になり、こちらに全戦力を向ける事は出来ん。それにステーションから兵を退けば、こち
らにレクイエムを使うつもりが無い事が知られてしまう。それでは本当の意味でレクイエムを使う
事が出来ん。せっかく大量破壊兵器の本来の、そして最も正しい使い方を見せてやろうというの
に」
「レクイエムの最も正しい使い方、ですか?」
 首を傾げるコートニーを横目に、ガーティ・ルー艦長イアンが発言する。
「威嚇、ですか。旧時代の核兵器と同じ使い方ですな」
「そうだ。それこそが敵も味方も殺してしまう諸刃の刃、大量破壊兵器の正しい使い方だ。こういう
兵器は一回だけ使い、その威力を見せ付ける。あとは『その兵器が存在する』という事実だけ
で、敵は勝手に恐れ、何も出来なくなる。これこそ理想的な兵器だ。こういう兵器は人を殺す為
に使うのではなく、人を恐れさせ、無益な戦いを避ける為に使うべきなのだ」
 ゼノンはそう考えていた。彼から見れば、核の封印を解いたブルーコスモスも、ジェネシスで地
球の全生命を殺そうとしたパトリック・ザラも、レクイエムをプラントに向けて撃ったジブリールも、
兵器の使い方を知らない愚か者である。
 レクイエムが存在し、それが使われる可能性がある限り、ザフトは月に全戦力を投入する事は
出来ない。レクイエムによって、一瞬で消滅させられる可能性があるからだ。それにザフトは数で
押し切る戦い方は得意としていない。そして、強引かつ急速にデスティニー・プランを推し進めよ
うとしているデュランダルの思考。その全てを計算に入れて考えれば、おのずと敵の動きは読め
る。
「デュランダルよ。デスティニー・プランなどという軟弱な思想を考えた時点で貴様の敗北は決定
している。このプランを達成する為には強大な力が必要だ。ならば貴様は必ず…」
 ゼノンは微笑んだ。敵の動きを予測した彼は、自軍の勝利を目指して動き出す。作戦内容を
部下達に伝え、配置につかせる。
 三従士も去り、ミナと二人きりになると、ゼノンは妻に語りかけた。
「ミナ、作戦は聞いてのとおりだ。この戦い、私は死力を尽くす。だが、たとえこの戦いに勝っても
私の体はもう限界だ。長くは生きられないだろう」
「…………」
「遅かれ早かれ私は死ぬ。その後にやるべき事は、分かっているな?」
「はい、分かっています。そして、私は何があっても生き延びます。たとえ、あなたを犠牲にして
も」
「そうだ。お前は何が何でも生き延びろ。私の妄想に付き合い、私を手伝ってくれた月の者達の
為にもな。出来れば、お前には戦場には出て来てほしくはないのだが…」
 そう言うゼノンに対し、ミナは首を横に振る。
「それだけは絶対に出来ません。私はあなたの妻になりました。残された時間、一分一秒でも長
く、あなたと一緒にいたいんです。だから…」
「ふっ。物好きな女だな、お前は」
「そういう女と結婚したあなたも、凄く物好きだと思います」
 そう言い合って、ゼノンとミナは微笑んだ。ムーン・キングダムの、そしてこの二人にとっての
『運命の時』は、刻一刻と近づいていた。



 デスティニー・プランに賛同しないロゴスの残党達によって結成された新国家ムーン・キングダ
ム。この国はザフトにとって、いや、デスティニー・プランの執行を目指すデュランダルにとって、
存在する事さえ許してはならない国だった。
 デスティニー・プランはプラントのみが行なっても意味は無い。全世界規模で、そして全ての
人々がこのプランに従わなければならない。なぜなら、プランを受け入れた者と受け入れなかっ
た者の間にはどんな形にせよ必ず『差』が出来、それは新たな争いの火種となる。そうなればデ
スティニー・プランによって作られた『戦争の無い、平和な世界』は崩壊する。デスティニー・プラ
ンが実行された世界では、一度の戦争も起こらないはずだし、起きてはならないのだ。
「人が争わぬ穏やかな世界。それを作る為には力が必要だ。戦火が拡大する前に敵を一瞬で
滅ぼし、誰も我々に逆らおうとは考えない程の、圧倒的な力が……」
 デュランダルはその力を求めた。ディプレクターから入手したトリニティ・プロジェクトのデータを
元にインパルスやデスティニー、レジェンドなどの最新MSを作り上げ、シンやレイなどの優秀な
パイロットを見出し、サードユニオンと手を組んだ。しかし、まだ足りない。世界を平和にする為に
は、もっと強大な力が必要だ。
「レクイエムが欲しいんだね、デュランダル」
 メサイアのコントロールルーム。その中心にある椅子に座るデュランダルに、メレアが話しかけ
てきた。ノーフェイスはゴッドアンドデビルに帰っていたが、メレアはメサイアに残った。理由は不
明だが、特に何かをする様でもないのでデュランダルは気にしなかった(もちろん見張らせては
いたが)。
「君の気持ちは分かるよ、デュランダル。あの強力な兵器があれば君に逆う奴はいなくなる。ム
ーン・キングダムも、オーブも、スカンジナビアも、君の邪魔をする奴らはみーんな、あの光が消
してくれる。便利なオモチャだね。僕も欲しいなあ」
 クスクスと笑うメレア。だが、彼の言うとおりである。レクイエムがデュランダルの物になれば、そ
の絶大な威力によって、全ての敵は消滅する。そしてデュランダルは新世界の頂点に立てるの
だ。
「メレア君。あれを手に入れるには、どうすればいいと思うかね?」
「欲しい物を手にいれる方法は、古来より三つしかないよ。買うか、もらうか、奪うか、だ。そして一
番手っ取り早いのは…」
「私に強盗になれと言うのかね?」
「なるつもりなんだろ? 月軌道上の艦隊の配備は終わったみたいだし。いよいよ総攻撃を仕掛
けるのかい?」
「ああ。だが、そう簡単にはいかないだろう。あちらにはレクイエムがある。迂闊に全ての戦力をつ
ぎ込む事は出来ない」
 レクイエムの放つ光は大軍団を一瞬で消滅させる事が出来る。一箇所に戦力を集中させれば
的になるだけだ。ならば戦力を分散して、各方面の敵を一つずつ攻略するしかない。
 デュランダルは軍を七つに分けた。そして、主力部隊を月最大の軍事拠点であるアルザッヘ
ルに、残り六つの部隊をゼノンに賛同した六つの月面都市の攻略に当たらせる事にした。
「町を戦場にするの? 一般人もたくさん死ぬ事になるよ」
「それは心苦しいが、仕方ないだろう。彼らは私の作る世界には住みたくないそうだからね。なら
ば……」
「滅ぼしてやるのが慈悲、という事か。過激だねえ。でも、逆らう者に対しては一番簡単で有効な
手段だ。心優しい神にも、非情な悪魔にもなれる。君のそういうところが好きだよ、デュランダル。
で、ダイダロスはどうするの? 放っておくのかい?」
「もちろん攻撃する。だが、レクイエムは無傷で手に入れたい。ダイダロスの軍がアルザッヘルや
他の都市へ救援に向かう隙をついて、少数精鋭による奇襲攻撃を仕掛け、一気に基地を制圧
する」
「なるほど。じゃあ僕も手伝ってあげるよ。レクイエムのビーム変更ステーションの防衛隊は僕の
組織のAMSが抑えておく。月とステーションの軍による挟み撃ちは防いであげるから、君たちザ
フトは月に集中しなよ。あ、でもレヴァストとウラノス達はこっちに返してもらうよ。AMSの指揮を執
ってもらいたいから」
「分かった。協力に感謝する」
「いいよ。でも、ダイダロス基地の軍は動くのかな?」
「動くさ。動かなければ、月の六都市は焼き尽くされる。そうなればムーン・キングダムは自分の
国の民によって滅ぼされるだろう」
 新国家であるムーン・キングダムにとって、『民衆の支持』は国を支える重要な柱だ。町が攻撃
されれば、人々は敵だけでなく、自分達を守ってくれない味方も恨み、憎むようになる。そうなれ
ばムーン・キングダムは終わりだ。彼らは絶対に民衆を、町を守らなければならないのだ。
「もっとも、それは私も同じだがね。民衆というのは御しがたいようで、怖い存在だよ」
 そう言ってデュランダルは苦笑した。
「確かに民衆は怖いね。だからこそ僕達が管理して、幸せにしてあげなきゃ。で、ダイダロスへの
攻撃部隊は、やっぱり彼らなのかい? だったらレヴァスト達をこっちに戻しちゃうのはマズいか
な?」
「いや、レヴァスト君たちがいなくても、彼らはやってくれるよ。私は彼らには期待している」
 この会話の一時間後、デュランダルはザフト全軍に攻撃命令を下した。世界の命運を賭けた
戦いの幕が上がった。



 ザフトとムーン・キングダムの開戦の報は、ただちにコペルニクスのディプレクター月支部に伝
えられた。世界中のテレビやラジオからは、ザフト、ムーン・キングダムそれぞれの公式放送が流
され、「我々は和平を望んだが、相手はまったく耳を貸さなかった。よってここに開戦する」という
よく似たメッセージを報じた。
 どちらも事実であり、どちらも間違っているのだろう。肝心なのは、これからの戦いだ。物量では
ザフトが有利だが、ムーン・キングダムの士気は高いし、何よりレクイエムがある。あれを使えばザ
フトの主力部隊を壊滅させ、勝利を手にする事が出来るだろう。
 もっとも、そんな事をすればムーン・キングダムは『危険極まりない国家』として、ザフトだけでな
く、オーブや地球各国も敵に回す事になる。そんな愚行をゼノンがするとは、ダンには思えなか
った。
 ダンは、ギャラクシードの操縦席に座って考える。あの男、ゼノン・マグナルドはザフトには決し
て屈しないだろう。あの男が倒れる時があるとすれば、
『それは俺があいつを倒した時か、あるいはあいつが俺を倒した時、だろうな』
 ダンは戦いの時が迫っている事を感じた。それは絶対に避けられない、いや、避けてはならな
い戦い。
 一方、オーブ及びディプレクターは、この戦いを静観する事を決定した。オーブは正式にはム
ーン・キングダムと同盟を結んでいないし、ムーン・キングダムからもゼノン直々に『助太刀無用。
ザフト如き、我らだけで充分』という内容の通信が送られてきたのだ。
 それでも万が一に備え、出撃準備を整える。トダカ一佐率いるオーブ軍は、オケアノス級アトラ
ンティスから、コペルニクスの港に停泊していたクサナギに乗り換え、ラクスはエターナル級二番
艦フォーエバーの艦長席に座る。その艦の砲門が向けられる先にあるのは、ザフトか、それとも
ムーン・キングダムか。それはまだ、誰にも分からない。



 アルザッヘル基地に進攻するザフトの主力部隊。六つの大部隊も月の六都市を目指して降下
していく。迎え撃つムーン・キングダム軍。各地で戦火が上がる。
 その一方で、月の裏側を目指す三隻の艦があった。ザフト最強の艦ミネルバと、それを支援す
る二隻のナスカ級高速戦闘艦『ヘルダーリン』と『ヴォルテール』。守りが手薄になると予測される
ダイダロス基地を目指し、三隻の艦は静かに進攻する。
「また厄介事を押し付けられたわね」
 ミネルバの艦長席に座るタリアは、そう呟いた。隣に立つアーサーがこれを聞いて、
「それだけ頼りにされているんですよ、我々は。嬉しく思うべきじゃないですか?」
 と模範的な回答をする。タリアは苦笑して、
「それは分かっているわ。レクイエムを何とかしなければ、またプラントが危機に晒されるかもしれ
ない。だから抑える。その理屈も分かるんだけど……」
 デュランダルの言っている事は間違ってはいない。だから彼を信じ、支持する人は多い。噂で
は、既にプラントや地球の一部ではデスティニー・プランの執行準備を整えているそうだ。この戦
争が終われば、デスティニー・プランは執行され、世界は生まれ変わるだろう。
『でも、新しいものが必ずしも素晴らしいものとは限らない。ギルバート、あなたは本当に自分が
正しいと思っているの? それとも、そう思い込もうとしているの?』
 正しいはずのデュランダルの行いだが、タリアは彼の行動や思想に納得できなかった。特にデ
スティニー・プランに対しては、個人的には疑問視している。遺伝子によってその人の全てを解
析し、その能力に相応しい職業に就かせる。理想的なプランだ。だが、
『人の全てを遺伝子だけで判断する。それは正しい事なのかしら?』
 デュランダルは遺伝子という存在に頼りすぎているのではないだろうか? 確かに、遺伝子は
人体の設計図のようなものであり、それを組み換える事によって、コーディネイターという新たな
人類が生まれた。タリアもコーディネイターである。遺伝子の力そのものを否定するつもりは無
い。だが、それに頼りすぎる事は正しい事なのだろうか? デュランダルは、そして私達コーディ
ネイターは人として、何か大切な事を忘れているのではないだろうか?
「艦長、間もなくダイダロス基地です」
 オペレーターのアビー・ウィンザーの声によって、タリアは現実に復帰した。考えるのは戦いが
終わってからにしよう。今、ザフトの軍人としてやるべき事は、あの基地を落とす事。
「シンとレイに出撃準備をさせて。ヘルダーリンとヴォルテールのMS部隊も、いつでも出られる
ようと伝えてちょうだい」
「了解!」
 ミネルバにはデスティニーとレジェンド、二隻のナスカ級にはそれぞれグフが二機、ザクが五
機ずつ搭載されている。レヴァスト達がいれば心強かったのだが、今はこの戦力で何とかするし
かない。タリアは気を引き締める。



 アルザッヘル基地の上空では、激しい戦闘が繰り広げられていた。ザフトもムーン・キングダム
も共に大軍かつ精鋭を揃えており、両軍一歩も退かない。
 ディアッカ率いるエルスマン隊も、アルザッヘルの攻撃に参加していた。シホのバスター・イン
フェルノが、ディスのスラッシュザクウォーリアが、ヴァネッサのガナーザクウォーリアが、それぞれ
敵のウィンダムやフォルツァを迎え撃ち、撃墜する。ディアッカのセイバーも、ザムザザーの陽電
子リフレクターを掻い潜り、その額をビームサーベルで貫く。しかし、
「ちっ、キリが無いぜ。予想以上に戦力を集めてやがる」
 ディアッカの額に汗が浮かぶ。長期戦はザフトに不利だ。戦線が延びきったところをレクイエム
で撃たれたら、ひとたまりも無い。その光景を想像し、顔を青くするディアッカ。その時、彼が乗
るセイバーに一機のMSが近づいてきた。
「あれは……ザマー!? どうして月の連中があんな物を持ってるんだよ?」
 ディアッカの言うとおり、黒色に塗られたその機体は、間違いなくザマーだった。飛行機形態に
変形するリ・ザフトの可変型MS。イザークやデスフレイム隊など、リ・ザフトのエースパイロット達
が乗り込み、ディアッカ達を大いに苦しめたMSだ。
「リ・ザフトの残党も混ざっているのか? ったく、ムーン・キングダムってのは懐が広いねえ!」
 ディアッカはセイバーのビームライフルの引き金を引く。連続して放たれるビーム。だが、ザマ
ーは軽やかにこれをかわした。その動きを見たディアッカは瞬時に判断した。このパイロットは凄
腕だ。自分と同等、あるいはそれ以上の腕の持ち主。油断は出来ない。
「ちっ、しゃーねえな。デュランダル議長のプランには正直納得できねーけど、ここで死ぬ訳に
はいかないからな。マジに戦るか!」
 気を引き締めるディアッカ。
 一方、ザマーのパイロット、ゲイル・バートラムはセイバーの正確な射撃を見て、微笑んでい
た。
「あの赤いMS、セイバーとか言ったな。パイロットはディアッカ・エルスマン。ブレイク・ザ・ワール
ド事件以来だが、腕は衰えていないようだな」
 ゲイルはブレイク・ザ・ワールド事件の際にディプレクターに協力し、ユニウスセブンの破砕作
業を行なった。あの時はザフトのミネルバやエルスマン隊も手を貸してくれた。かつては地球を
守る為に共に戦った戦友だが、今は敵だ。倒さなければならない。
「悪いな、ディアッカ・エルスマン。お前さんに恨みは無いが、これも我らが王の為。お前さんは
潰させてもらうぞ!」
 ゲイルはザマーをMA形態に変形させた。元々戦闘機乗りであるゲイルには、MS形態より、
飛行機に酷似したこの形態の方が扱い易い。つまり、本気で戦う、という事だ。
「リ・ザフトの残党さんからのプレゼントだ! 腹が膨れるまで食らわせてやるぜ!」
 黒いザマーの下部に接続されたビームライフルが、閃光を放つ。
「ちっ、そう来るかよ!」
 ディアッカもセイバーをMA形態に変形させ、ザマーの攻撃をかわす。黒と赤、二機の戦闘機
が月の空を駆け巡る。
「このゲイル・バートラムにドッグファイトを挑むつもりか? 命知らずにも程があるぞ!」
「やってやるさ! こんなところで死にたくはないからな!」
 眼にも止まらぬ高速の死闘。両者一歩も譲らず、戦闘はこう着状態に陥った。



 戦闘開始から数時間が経過。戦況は互角で、メサイアのデュランダルの元には、あまりいい報
告は届いていなかった。
 アルザッヘル基地には予想以上の敵戦力が集められており、ザフトの主力部隊と互角以上に
渡り合っている。一方、アリスタルコスやシッカルドなど月の諸都市を制圧に向かった部隊も、敵
軍の予想以上の抵抗に合い、町に入る事さえ出来ずにいた。
『敵の数が予想されたものよりも遥かに多いな。敵の情報収集を怠った諜報部のミスか?』
 厳しい表情をするデュランダル。一方、彼の隣に立つメレアは平然としている。
「月の連中もなかなかやるねえ。ま、それも当然か。ここで負けたら、連中にはもう後が無いから
ね」
「士気の高さは予想していた。だが、この数は予想外だ。一体、どこにこれだけの戦力を隠して
いたのか…」
「うーん、隠していた訳じゃないと思うよ。恐らく、ダイダロス基地の防衛軍を導入しているんだよ」
 メレアの答えは、デュランダルも想定していたものだった。それならば説明はつく。だが、それ
にしても数が多すぎる。防衛軍の一部を回した程度では、この数は……。
「! まさか、防衛軍の全軍を使っているのか? バカな、そんな事をすればダイダロス基地は
無防備になる。奴らはレクイエムを放棄したのか?」
「いや、そうじゃないよ。なかなかやってくれるね、ゼノン・マグナルド。こちらの作戦を読んだ上
で、最も大胆で、最も有効な手を打ってきた。こちらが最強のカードを切ったように、向こうも最
強のカードを使ったんだ」
「……なるほど。だが、何という大胆さだ。彼は自分の命が惜しくないのかね?」
「惜しくないんだろうね。どうせあいつはもうすぐ死ぬから。死を覚悟した奴は強いよ。レヴァスト
達を援護に向かわせようか?」
 メレアの提案は魅力的だった。だが、デュランダルは、
「気持ちはありがたいが、今回は我々に任せてくれ。レクイエムは我々の手で確保する」
 と断った。ここでメレアに借りを作れば、それを理由にレクイエムを奪われる可能性がある。デ
ュランダルはメレアをまったく信用していなかった。



 ミネルバ率いる奇襲部隊は、ついにダイダロスに到着した。だが、予想された基地からの迎撃
は無く、ダイダロス基地の一帯は静寂に包まれていた。
 デスティニーとレジェンドも出撃するが、敵の姿は無い。不気味だ。デスティニーの操縦席の中
で、シンは正体不明の悪寒を感じていた。
「レイ、これってもしかして…」
「ああ、罠だな。どうやらこちらの作戦は完全に読まれていたようだ」
 レイがそう答えると同時に、レーダーに反応があった。ダイダロス基地の上空に、突如一隻の
戦艦が現れた。それはミネルバの面々にとって、因縁の相手だった。
「あ、あれはボギー1!?」
 口をあんぐりと開けて驚くアーサー。タリアも驚いていた。あの艦はアーモリーワンでカオスらを
奪った部隊の母艦。何度も追い詰めながら、その度に逃げられ、時に手痛い反撃を受けた艦。
ミネルバの仇敵とも言うべき艦、その名はガーティ・ルー。
 ガーティ・ルーの艦長席に座るイアンは、因縁の相手を前に震えていた。恐怖による震えでは
ない。武者震いというやつだ。
「ミネルバか。やはり貴様らとは、どちらかが沈むまで戦うしかないようだな。ならば、今日こそ沈
めさせてもらうぞ。MS隊発進! ミサイル発射管、1番から4番、発射! 主砲照準、ミネルバ及
び敵戦艦、撃てい!」
 イアンの号令と共に、ガーティ・ルーから四発のミサイルが発射された。ミネルバは回避した
が、後方にいた二隻のナスカ級は対応が遅れ、かわし切れなかった。ヘルダーリンに一発、ヴ
ォルテールには二発のミサイルが命中。致命傷こそ避けたものの、船体の一部が爆発し、その
足を止めた。
「か、艦長、ヘルダーリンとヴォルテールが!」
「救援をしている暇は無いわ。シンとレイはボギー1から出てくる敵MSを迎撃、当艦はボギーワ
ンを攻撃目標とします。ヘルダーリンとヴォルテールからもMSを出させて!」
 タリアは味方の艦を見捨てる事を選んだ。苦渋の選択だが、あのボギー1に隙を見せる訳には
いかない。こちらの最大戦力で迎え撃たねば、ミネルバが沈められる。
 先制攻撃に成功したガーティ・ルーは、五機のMSを出撃させた。まず現れたのは、赤、青、
そして緑のフォルツァ。ゼノンに忠誠を誓う三従士、エド、コートニー、ルーヴェの機体だ。
「へっ、ゼノン様の読みどおりだな。少数の精鋭部隊による奇襲攻撃。作戦としては悪くないけど
よ」
「奇襲は相手の意表を付くからこそ奇襲足りえる。作戦を読まれた時点でお前達の負けだ」
「ゼノン様の夢の為、ムーン・キングダムの為、ここで倒させてもらう。覚悟しろ、ザフト!」
 意気上がる三従士。彼らが乗るフォルツァは、いずれも新型のバックパックを背負っていた。
 コートニーのフォルツァは、プロヴィデンスやレジェンドと酷似したドラグーンを搭載したバック
パックを装備し、『ドラグーンリッター』と呼ばれるタイプ。エドとルーヴェのフォルツァは、ビーム
シールドと巨大な二振りの剣を装備したバックパックを背負った『ツヴァイグリュンゲ』と呼ばれる
タイプ。どちらも各パイロットの能力を最大限に発揮させる装備であり、更に動力には無限発電
機関《ストロングス》を使用。三従士のフォルツァは、通常のフォルツァを遥かに上回る高性能機
として生まれ変わったのだ。
 この三機に続いて現れたのは、ミナ・ハルヒノ、いや、ミナ・マグナルドが操縦する修理用MSリ
ペイア。そして、彼女の夫であり、ムーン・キングダム国王ゼノン・マグナルドが操縦するディベイ
ン・ヘルサターン。その威容を見て、タリアは呟く。
「なるほど……。精鋭には精鋭、それも最強の戦力をぶつけてきた訳ね」
 デュランダルの作戦を読んだゼノンは、ザフトの精鋭は数では止められないと判断。ならばこち
らも少数精鋭で迎え撃つべし、と考え、自分自身と三従士、そしてサポート役にミナ、という布陣
を揃え、ダイダロス基地の防衛を担当。基地の防衛軍をアルザッヘルや各都市の守備に回した
のだ。自分の力に絶対の自信を持ち、不敗の覚悟をした男が考えた、恐るべき作戦。一歩間違
えば自分の死と、完全なる敗北を招きかねない。しかし、
「ふっ、ようやく来たか。待ちくだびれたぞ、デュランダルの忠犬どもめ」
 ゼノンの表情にも、その心にも、死の恐怖は無い。自分が敗北する事など考えてないし、想像
さえしていない。彼は、自分にも他人にもそう確信させるほどの力を持っていた。
「エド、コートニー、ルーヴェ。お前たちはその灰色のを殺れ。私はこいつを片付ける」
 ゼノンはデスティニーを睨んだ。ある男からの情報で、この機体のパイロットがかつてインパル
スのパイロットだった事を知った。ユニウスセブンで自分の前に立ちはだかった、非力だが勇敢
だった男。それが今ではザフト最強のパイロットだという。身震いする。
「あれから随分と腕を上げたようだな。ならば、期待させてもらっても構わないのだろうな、シン・ア
スカ!」
 ヘルサターンの背部から《ヘル・ザ・リング/S(セパレート)》が分離する。リングは更に四機に
分離し、デスティニーを取り囲み、四方からビームを放つ。
「!」
 シンはデスティニーの出力を最大にした。背部のウイングバインダーから『光の翼』が放出さ
れ、デスティニーに超絶的なスピードを与える。
「ムーン・キングダムの王、ゼノン・マグナルド! お前さえ倒せば、この戦いは終わるんだ!」
 叫ぶシン。記憶は失ったが、戦争の無い世界を望む彼の願いは失われていなかった。だから
彼はデュランダルを信じ、彼の理想を実現させる為に戦うのだ。
 デスティニーは対艦刀《アロンダイト》を抜き、『光の翼』で加速して、ヘルサターンに切りかか
る。速い。が、
「甘いな」
 ゼノンはその斬撃をあっさりかわした。そしてヘルサターンの両肩にある《バニッシュメント高エ
ネルギービーム砲》からビームを放つ。
「!」
 命の危機を感じたシンのSEEDが弾けた。デスティニーのビームシールドを素早く展開させ、
ヘルサターンのビームを防ぐ。
「この感じ……SEEDを発動させたか。ふっ、やはり『SEEDを持つ者』とアンチSEEDは戦う運
命にあるようだな」
 ダンとは違う『宿敵』の登場に、ゼノンの心が沸き立つ。
「だが、甘ちゃんのダン・ツルギはお前を殺さないだろう。ならば私が殺してやる。光栄に思え、
シン・アスカ。ミナ、お前の力を貸せ!」
「はい!」
 ゼノンの呼びかけにミナが応える。自らのSEEDを覚醒させ、ゼノンに力を与える。ゼノンの黄
金の瞳が輝きを増し、シンのデスティニーを見据える。
「さあ、始めようか、シン・アスカ。力を出させてやるから、死力を尽くしてかかって来い」
「うおおおおおおおおおおっ!!」
 鬼の形相で立ち向かうシン。迎え撃つゼノン。SEEDを巡る因果が、二人の戦いを熱く、激し
いものにしていく。
 一方、三従士はレイのレジェンドと交戦していたが、ヘルダーリンとヴォルテールからザクとグフ
の部隊が発進した為、エドとルーヴェがこれを迎撃。レイにはコートニーが立ち向かう事になっ
た。
「ギルの理想の邪魔をする奴は、俺が許さない!」
 レジェンドは背部のドラグーン十機の内、小型の八機を発射。コートニーのフォルツァを包囲し
ようとする。しかし、
「悪いが、ドラグーンの使い方に関しては、こちらも素人ではないのでね」
 コートニーのフォルツァ・ドラグーンリッターも、背部のドラグーンを放つ。この機体に搭載され
ているドラグーンは、大型が二機、小型が六機。コートニーは小型のドラグーンのみを放つ。
 六対八。数で劣るコートニーのドラグーンだったが、巧みな動きで相手の攻撃をかわしつつ、
レジェンド本体にビームを放つ。レジェンドはビームシールドで防ぐが、コートニーのドラグーン
はいつの間にか背後に回りこんでいた。
「なっ!」
 驚きながらも、攻撃をかわすレイ。ドラグーンの数の差を、コートニーは技術で埋めている。
「なるほど。さすがはコートニー・ヒエロニムス。惜しいな。その力、議長の元で使えば、最強の戦
士として幸福になれたものを…」
 レイの声は通信としてコートニーに伝わった。コートニーは苦笑して、
「君の考えでは、デュランダル議長に評価され、認められる事こそが人間にとって最高の幸福ら
しいな。だが、私の考えは違う。人の価値観はそれぞれ違う。デュランダル議長に従う事を幸福
とする者もいれば、その逆もいる」
「そうだ。そして、そういう輩がこの世界に戦乱を招くのだ。議長の、ギルの理想を知ろうともせ
ず、非難して、戦いを挑む! そういう愚かな連中は排除しなければならない。そうしなけば、こ
の世界に平和は訪れない。だから俺は!」
「君の忠誠心は立派だ。昔の私だったら、デュランダル議長の言う事を信じて、君の言うとおりだ
と頷いただろう。だが、今の私は違う。君の考えに賛同する事は出来ない」
「なぜだ?」
「ゼノン・マグナルドという男を知ったからだ」
 コートニーがゼノンと出会ったのは二年前の終戦直後。平和に浮かれる人々を横目に、公園
をぶらついていた所を声をかけられたのだ。
『退屈そうだな、コートニー・ヒエロニムス。そんなに退屈ならば私について来い。お前に面白い
ものを見せてやる。世界が壊れ、新たな世界が生まれる瞬間を。そして、その世界を統べる王が
誕生する瞬間をな』
 挫折を知らず、退屈な日々を送っていたコートニーは、ゼノンの言葉に魅了された。それ以
来、コートニーはザフトのテストパイロットとして忙しい日々を送りながら、ゼノンにザフトやプラント
の情報を送り、今に至る。
「あの人は偉大な人物だが、完璧ではない。とてつもなく冷酷になる反面、悪魔になり切れない
甘さを持っている。策謀に関してはデュランダルやメレア・アルストルには及ばない部分もある。
そんな未熟な男が、世界の王になろうと努力し、戦い続けてきた。その姿は、私にはどんな美術
品よりも美しく見えた。自らの夢を叶える為に努力するあの人の生き様は、どんな理想よりも輝い
ている。あの人は言葉ではなく、自らの行動で道を示した。だから私はあの人を信じる。自らの
命が尽きようとしているこの瞬間にも戦い続ける勇敢なあの人の事を。そして、あの人も私達を信
じてくれる。自分を信じる人を信じている。他人を利用して、世界の人々を自分の理想の中には
め込もうとするデュランダル議長とは違うのだよ」
「………貴様は! ギルを、デュランダル議長を認めないというのか! あの人はこの世界の事
を真剣に考えて!」
「それはこちらも同じだ。だから戦うのだろうな、私達は。自分が信じる人の正義と理想の為に」
 それはとてつもなく愚かな行為。あまりにも空しい戦い。それでも彼らは戦うしかない。自身の
敗北は、信じる人の理想の敗北でもあるのだから。
 この戦いの空しさを一番感じ取っているのは、ミナであろう。勝っても負けても、彼女は大切な
人を失うのだから。
「ゼノン……。私は……」
 戦場から少し離れて、戦いを見守るミナ。彼女の目の前で、戦士達は死力を尽くして戦い続け
る。エドとルーヴェのフォルツァ・ツヴァイグリュンゲは、二振りの対艦刀《ツイン・アサルトリッパ
ー》を振るい、ザクやグフと交戦。その体を両断する。
 ガーティ・ルーとミネルバ率いるザフト艦隊は激しい砲撃戦を繰り広げている。だが先制攻撃
で負傷したヘルダーリンは、ついに沈黙。ヴォルテールも撃沈寸前だ。
 コートニーとレイ、ドラグーンを使う者同士の戦いは五分と五分。いや、わずかだがレイの方が
押し始めていた。コートニーのドラグーンの使い方を『見て』、学んでいるようだ。学習能力の高さ
は、さすがは赤服と言うべきか。コートニーのドラグーンがレイのドラグーンに動きを見切られ、撃
ち落とされていく。
 シンとゼノンの戦いは、ゼノンが押していた。SEEDを覚醒させたシンも頑張るのだが、アンチ
SEEDの能力を使うゼノンはシンの攻撃を全てかわした。ナノマシンによる防御壁を使うまでも
ない。ヘルサターンがデスティニーを殴り、蹴り飛ばす。圧倒的な強さだった。
「くっ……。こんなに強い奴がいたなんて……」
 シンは焦っていた。これ程の苦戦は生まれて初めてだった。ゼノン・マグナルド。この男は強
い。今まで戦った誰よりも強い。あの男、ダン・ツルギよりも。
「!? ダン・ツルギ…よりも? ああ、そうだ、こいつはダンよりも強い。けど…」
 何かが違う。ゼノンとダンの強さは似ているが、決定的な何かが違う。ダンの強さは哀しい強さ
だった。戦う相手も哀しくする強さ。ゼノンの凄まじい強さとは違う。
 いや、待て。どうして自分はそんな事を思うのだ? ダン・ツルギは敵だ。それ以上でも以下で
もない。あの男の事など、他に何も知らない。知らない。知らないのだ。知らない…………はず
だ。そのはずだ。
「そうだ。けど、いや、違う。俺はダンの事なんて、何も、知ら、ない…」
 混乱するシン。その隙を見逃すゼノンではなかった。
「戦場の真ん中で呆けるとは、自殺するつもりか? ならば…」
 ヘルサターンは《ディカスティス・ガトリングビームライフル》の銃口をデスティニーに向ける。し
かし、そこでヘルサターンの動きが止まった。
「…………ぐあっ!」
 悲鳴を上げるゼノン。体が痛い。頭が割れる。激痛が全身を襲う。
 これは数日前、ミナと一緒に寝ていた時に彼の体を襲った症状。体が震え、血管が全身に浮
き出て、汗が止まらない。痛みのあまり失神しそうだ。
「きょ、拒絶反応か、こんな、時に…!」
 最悪のタイミングだった。もう戦闘どころではない。今のゼノンには声を上げる事さえ苦痛だっ
た。喉や舌を動かすだけで激痛が走る。
 拒絶反応による痛みは、実は以前からあった。だが、ここまで酷いのは初めてだ。
『そ、そうか、いよいよ時が近い、という、わ、けか……。ぐあっ!』
 考えをまとめる前に痛みが襲ってくる。意識が薄れていく。失神寸前だ。
 遠くで誰かが自分の名を呼んだ気がした。しかし、それが誰の声なのかは分からなかった。
 一方、混乱していたシンの耳には、友の声が飛び込んできた。
「何をしている、シン! 敵の動きが止まった。今がチャンスだ、撃て!」
 コートニー機のドラグーンを全て破壊したレイの声によって、正気を取り戻すシン。正面を見る
とレイの言うとおり、ヘルサターンの動きが止まっている。デスティニーに銃口を向けたまま、ピク
リとも動かない。
 考えるより先に体が動いた。シンが操縦桿を動かすと同時に、デスティニーの右の掌が光を放
つ。接近戦用の小型ビーム砲《パルマフィオキーナ》。これを受ければ、いかにディベイン・ヘル
サターンとて無事ではすまない。ナノマシンも動く様子は無く、ヘルサターン本体も動かない。千
載一遇の好機だった。
「これで、これで、戦いが終わる……。終わるんだ! 何もかもが!」
 戦いを終わらせる。その一心で、シンは最後の一撃を放った。デスティニーの右掌がヘルサタ
ーンの腹部に迫る。
「ゼノン!」
 愛する夫の異変を察知したミナが、リペイアを飛ばす。だが、わずかに遅い。間に合わない。
 終わった。
 ゼノンの最期だ。
 シンとレイがそう思ったその時、デスティニーとヘルサターンの間に、青い機影が割り込んだ。
コートニーのフォルツァだった。レイとの戦いでドラグーンを失った為、デスティニーを撃ち落す
事は不可能だと判断したコートニーは、その身をもってゼノンを守ろうとしたのだ。
 青いフォルツァの腹部が灼かれ、巨大な穴が開く。身を焦がす炎熱の中で、コートニーは微笑
んでいた。
「ゼノン様、一足先に…」
 その後は続かなかった。彼の肉体は文字通り消滅し、フォルツァは爆発。その衝撃によって、
デスティニーとヘルサターンは大きく後方に飛ばされた。
「うわあああああああっ!」
「ぐうっ…!」
 両機は、共に月の大地に落ちた。
 ゼノンの体の痛みは治まった。コートニー機の爆発の衝撃が、体に何らかの影響を与えたのだ
ろうか? だとしたら幸運だが、その代償はあまりに大きなものだった。
 コートニーの最期はミナとエド、ルーヴェも見ていた。三人の心は衝撃と哀しみに支配されてい
た。
「コートニーさん、そんな、そんな……」
 ミナは優しかったコートニーの笑顔を思い出していた。よくMSの整備を手伝ってくれた。とても
いい人だった。友達だと思っていた。
「バカ、バカ野朗! やっと俺達の夢が、ゼノン様の夢が実現したのに、これからなのに死にや
がって!」
 エドとコートニーは、何度も共に戦った仲だった。ナチュラルとコーディネイターという垣根を越
えた戦友だった。
「人はいつかは死ぬ。ゼノン様の為に死ねたあなたを羨ましく思う。けど……」
 ルーヴェとコートニーは、あまり仲は良くなかった。それでもルーヴェはコートニーの力量は認
めていたし、コートニーも同じ気持ちだった。一目置き合う仲だった。
 そして、最も強く、深く、コートニーの死を悼んだのは、
「コートニー……。バカ者が。私に仕える身でありながら、私より先に死ぬとは…」
 部下の死を悼むゼノン・マグナルド。その眼から涙は出ていなかったが、体は哀しみで震えて
いた。震える手で、ゼノンは通信機のスイッチを入れる。
「ミナ、エド、ルーヴェ、ガーティ・ルーに戻れ。手筈どおりに事を進める」
「ゼノン……。コートニーさんが、コートニーさんが……!」
「奴の死は計算外だった。だが、だからこそここで立ち止まる訳にはいかない。奴が命を捨てて
まで守ってくれたもの、私の夢の為にも、私の夢を、幻にさせる訳にはいかないのだ!」
 ゼノンの声は強く、哀しいものだった。ミナは彼を止めなかった。レジェンドの砲撃を光波防御
シールド《ヨロイ》で防ぎつつ、エドやルーヴェと共に艦に帰還した。そして夫に別れを告げる。
「ゼノン…………。さようなら」
「ミナ、お前と一緒に過ごせた時間は、実に面白く、楽しいものだった。後は頼んだぞ」
 それはゼノンの『遺言』だった。ミナは涙を流しながら頷き、彼の意思を継ぐ決意をした。
 ガーティ・ルーはミラージュコロイドを展開。その身を隠し、ダイダロス基地から撤退した。その
鮮やかな引き際と、ヘルサターンだけ残った事にタリアは嫌な予感を感じた。
「! まさか……。デスティニーとレジェンドを帰還させて! 二機を収容次第、ただちに撤退し
ます。ヴォルテールにもそう伝えて!」
 タリアの命令は直ちに伝えられ、撤退の準備に入る。敵基地を目前にしながらの撤退に不満を
口にする者もいたが、自軍の疲弊も激しかったので、命令に従った。
 レイのレジェンドは、倒れたまま動かないデスティニーに肩を貸し、共にミネルハに帰還した。
デスティニーの操縦席では、シンが空ろな眼をして呟いていた。
「何であいつはゼノンを庇ったんだ? あいつは議長に逆らう悪い奴なのに、どうして庇ったん
だ? どうしてあんな奴を、悪い奴を、ゼノンを、ダンを庇ったんだ? あいつは、ステラは、どう
して……」
 シンの脳裏には、かつての忌まわしい戦いの記憶が蘇りつつあった。友と戦い、愛する少女を
殺しかけた、思い出したくも無い壮絶な戦いの記憶が。
 ザフト軍は速やかに撤退した。それを見届けたゼノンは、苦笑いをする。
「ふん。基地の中に入ってくれば道連れに出来ると思ったのだが、さすがはザフトの歴戦の艦
だ。勘が鋭いな」
 ゼノンはヘルサターンに乗ったまま、ダイダロス基地の奥に入る。そして、壁を数枚壊した後、
たどり着いた部屋の前でMSから降りて、部屋の中に入る。
 その部屋は、本来、この基地の司令官のみが入る事が出来る秘密の部屋だった。複雑な通路
と面倒な手続きを行なわなければ入れない部屋なのだが、ゼノンはヘルサターンを使って強引
に扉を開けて、部屋の中に降り立った。
 部屋の中心には金属製の台が置かれていた。台にはガラスケースに包まれた赤いスイッチが
あった。
 全ての手続きは既に終了している。後はこのスイッチを押すだけだ。ゼノンの右腕が大きく振り
上げられる。そして、
「さらば、ムーン・キングダム、我が新たなる祖国よ。お前という国を作り、次に受け継がせる事が
私の夢だった。願わくばお前が人類の歴史にとって、素晴らしき存在である事を!」
 ゼノンの腕は振り下ろされ、ガラスを割り、スイッチを強く押した。
 数分後、ダイダロス基地は凄まじい爆炎に包まれた。それはゼノン・マグナルドの夢の終焉を
告げる弔いの火。そして、新たな夢の始まりを告げる祝砲でもあった。



 ダイダロス基地の自爆によって、レクイエムを始めとする同基地の全ての施設は崩壊した。ム
ーン・キングダムは基地の自爆と、それが国王ゼノン・マグナルドの仕業である事、そしてゼノン
の死を同時に発表し、世界に衝撃を与えた。
 この事実を知らされたデュランダルは、自軍の損傷が激しい事もあり、ザフトを月から撤退させ
た。しかし、ザフトの機動要塞メサイアは月の目前に迫っており、未だ予断を許さない状態であっ
た。
 それでもムーン・キングダムは自国を守り抜いた。コートニーを始め、戦死者も少なくはなかっ
たが、彼らの死は無駄ではなかった。世界の人々はザフトを退けたムーン・キングダムに注目
し、自らの命と引き換えにレクイエムを破壊し、自国の平和思想を現したゼノン・マグナルドの死
を悼んだ。
 ムーン・キングダムの新国王には、ゼノンの妻ミナ・マグナルドが即位。異論を挟む者は無く、
ここに童話の世界にしか存在しなかった『月の女王』が誕生した。
 ミナはオーブやスカンジナビアとの同盟締結を求め、二国はこれに応じた。カガリの意を受け
たロンド・ミナ・サハクはミナと対面し、正式に同盟を締結。スカンジナビアの大使もムーン・キン
グダムを訪れ、同盟を締結。ここにオーブ、スカンジナビア、ムーン・キングダムの三国間同盟が
成立したのである。
 ディプレクターもこの同盟の成立に影ながら協力した。同盟成立後、ラクス・クラインのオーブを
支持する演説が放送されると、地球だけでなくプラントの人々にも動揺を与えた。デュランダル
の計画は静かに、だが確実に崩壊の兆しを見せ始めていた。



 ダイダロス基地の崩壊から四日後。一体のMSがダイダロス基地に降り立った。崩れた壁を更
に崩して、強引に道を切り開き、そのMSは基地の奥へ足を進める。
 やがてMSは広大な空間にたどり着いた。そこはレクイエムの発射口だった。壁は崩壊寸前
で、ほんの僅かな衝撃でも崩れるだろう。MSに乗っていても、危険な場所だ。
 MS、いや、正確にはこのMSに乗っている男は、周囲を見回した。何かを探しているようだ
が、特に何も見当たらない。あるのはひび割れた壁と壊れた機械だけだ。空気もほとんど残って
いない。音一つしない、静か過ぎる場所だった。だが、
「ふっ。やはり来たか」
 静寂に包まれていた世界に、男性の声が響き渡る。
「地獄へようこそ、ダン・ツルギ。そしてギャラクシード。来ると思っていたぞ」
 自分の名を呼ぶその声を聞いても、ダンは驚かなかった。彼は確信していたのだ。
「お前が死ぬとは思えなかった。そして、生きているのなら、まだここにいると思った。俺を待って
いたのか?」
「ああ、随分と待ったぞ。痛みに耐えながら、お前が来るのをじっと待っていた。余計な力を使い
たくなかったからな」
「そうか。待たせて悪かった。だが、この茶番劇はいつから考えていた? 最初からミナに全てを
譲り渡すつもりだったのか?」
「最初から、ではない。昔は全て自分でやるつもりだった。全てを自分で支配して、世界の頂点
に立つつもりだった。だが、あの女のせいで気付かされた。自分が今までやってきた事が実にく
だらない、愚かな行為だったという事にな。こんな人間が王になっても、すぐに国は滅ぶ。だから
…」
「その前に自分を殺して、後継者に譲り渡す、か。見込まれた方は大変だな。ミナに言い残す事
は無いのか?」
「遺言はもう告げた。何も言い残す事は無い。後はただ、最後の夢を叶えるのみ。貴様との決着
をつけるという最後にして最高の夢をな!」
 壁が割れた。その中から現れたのは、ダン・ツルギの宿敵が乗る聖なる魔神、ディベイン・ヘル
サターン。
「シン・アスカも強かったが物足りなかった。やはり私の最後の相手に相応しいのは貴様だ。私の
人生を奪い、生命を奪い、しかし、私に新しい名前と人生を与えてくれた男、デューク・アルスト
ル、ダン・ツルギ! さあ、戦おう。誰にも知られず、誰に気兼ねする事も無く、存分に、力の限り
を尽くして!」
「…………ああ、戦おう、ゼノン・マグナルド。俺はその為にここに来た。俺の罪の証であるお前
と戦い、決着をつける為に!」
 運命に翻弄された王と、その運命を与えた男。この戦いは誰にも止められない。止めてはなら
ない。これは二人が、自分と相手の未来を切り開くための戦いなのだから。

(2005・12/23掲載)

次回予告
 もはや言葉は不要。
 宿命と因縁に翻弄されてきた二人が、今、自らの意志で雌雄を決する。
 彼らの戦いは、あまりにも激しく、哀しく、そして美しい。
 この戦いを眼にする人々よ。どうか覚えていてほしい。己の運命と冷酷に、されど堂々と
戦い抜いた、一人の哀れな男の事を。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「ゼノン」
 宿命に終止符(ピリオド)を打て、ヘルサターン。

第45章へ

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