第39章
 グランドクロス

 オペレーション・フューリー。オーブ国内に潜伏していると思われるロード・ジブリールの捕獲を
目的とする、ザフトのオーブ侵攻作戦。大軍を擁するザフト軍に対して、オーブ軍は内戦で疲弊
しており、作戦はすぐに終わるものと思われた。
 だが、オーブ軍の予想以上の奮闘と、(予想されていたとはいえ)ディプレクターの参戦によっ
て、戦況は膠着状態に陥っていた。夜の闇も深くなったが、未だに決着がつかない。業を煮やし
たザフト軍の司令官は、切り札を導入した。
「予備隊を出せ! ロゴスに加担するオーブの死に損ないどもを一掃する!」
 司令官が乗る潜水艦を始めとする艦隊から、次々とモビルスーツが発進する。機種はザクウォ
ーリアとグフイグナイテッド。五十機以上の大軍だが、しかし、いずれのMSの操縦席にも人の姿
は無い。サードユニオンから提供された技術によって作られた、ザフト製のAMS(オートモビル
スーツ)だ。
「AMSか。敵に回せば恐ろしいが、味方にすれば、これ程心強い武器(もの)は無いな」
 そう呟く司令官。彼の言うとおり、恐れもためらいも知らず、命令には絶対服従し、破壊される
まで戦うAMSは非常に優秀な兵器だ。しかし……。



 オーブの領海内に入ったディプレクター艦隊は、ミネルバを始めとするザフト艦隊と激しい戦
闘を行なっていた。ミネルバの相手はアークエンジェルが引き受け、プリンシパリティとドミニオン
が他のザフト艦の相手をする。ビーム砲やミサイルが飛び交い、互いの艦の船体を傷つける。ア
ークエンジェルとミネルバの戦いはほぼ互角。ドミニオンとプリンシパリティは、数で勝るザフト艦
隊を相手に優位に戦っていた。
 MS戦も激しいものとなっていたが、こちらはザフトが優勢だった。
「覚悟しろ、キラ・ヤマト、ムウ・ラ・フラガ。愚かな命を生み出した元凶であるお前達は、俺の手で
葬ってやる!」
「ぐっ、なんて火力だ…!」
「この感じ、やっぱりあのMSのパイロットは白ザクの坊主か。しつこいんだよ、お前は!」
 レイが操縦するレジェンドは、キラのストライクフリーダムとムウのシュトゥルムを見事に押さえ込
んでおり、
「ふん。弱い獲物だ。どうやらつまらない狩りになりそうだな」
「ほっほっほ。こやつらは壊し甲斐が無さそうじゃのう」
「だったら私にちょうだい。こいつら、みーんなまとめて殺してやるわ!」
 デスピアを操るデルタ・エクステンデッド達は、ディプレクター・プラント支部の精鋭、コズミック
ウルフ隊を圧倒していた。プルートの赤いデスピアが放ったチェーンロッドが、カノンのディストラ
イクを襲う。ディストライクはシールドで防ぐが、それでもパワー負けし、弾き飛ばされた。
「きゃあ!」
「大丈夫か、カノン! 無理はするな、こいつら、並の相手じゃない!」
「へ、平気よ、これくらい。ジェット、余計な心配はしないで。私だってザフトのエースだったんだ
から」
「カノン、ジェット君、二人とも前に出過ぎよ! 四人で力を合わせないと、この敵には勝てない
わ。下がって!」
 苦戦するコズミックウルフ。戦う為に作られた存在であるデルタ達に対して、彼らの力は遠く及
ばない。ルミナの言うとおり、四人の力を合わせなければ勝利どころか、生き残る事さえ出来な
いだろう。
 一方、ヴィシアのバンダースナッチは空を飛べないので、プリンシパリティの甲板上から援護射
撃を行なっているが、バンダースナッチのショルダービーム砲は射程が短いため、あまり役に立
っていない。苦戦する味方を助ける事が出来ない。
「くそっ、これじゃあ何の為に出て来たのか分からないじゃないか! せめて敵が近づいてくれれ
ば…!」
 グチるヴィシアだが、ディンやバビなどの敵MSはこちらの攻撃範囲には入ってこない。苛立ち
が募る。それはムウも同様だった。
「このままじゃラチが開かんな。キラ、こいつ(レジェンド)は俺に任せて、お前はオーブへ行け。
俺達の任務はオーブを守る事だ。オーブさえ守り切れば、勝てる!」
「でも、それじゃあムウさんが…」
「心配するな。これでも『エンデュミオンの鷹』と呼ばれた男だ。足止めぐらいはやってみせる!」
 ムウのシュトゥルムは背中の四機のガンバレルを解き放った。シュトゥルム本体と、四機のガン
バレルによる同時攻撃がレジェンドを襲う。
「ちっ、やるな、ムウ・ラ・フラガ。大気圏内で、よくもこれだけの動きを!」
 レイは全てのビームをかわすが、シュトゥルムの猛攻によって、その動きは封じられた。
「今だ、行け、キラ!」
「はい!」
 シュトゥルムに背後を任せ、キラのストライクフリーダムは最高速度でオーブに向かう。そのスピ
ードには誰も追いつけない。と思われたが、
「そうは…」
 ウラノスが乗る黒いデスピアと、
「いかんのう。ほっほっほ」
 ネプチューンが乗る青いデスピアが、ストライクフリーダムの前に立ちはだかった。両機は同時
に腹部を開き、内蔵型高出力集束ビーム砲《ベルーガ》の砲門からビームを発射。二筋の強烈
なビームがストライクフリーダムを襲う。
「!」
 敵の素早い動きに驚いたキラだったが、《ベルーガ》のビームは即座にかわした。その素早い
動きを見たウラノスとネブチューンは、共に微笑を浮かべていた。
「ふん。あの攻撃を避けるとは。ベルリンで戦った時よりも手強くなっているな。さすがは『閃光の
勇者』キラ・ヤマトと言うべきか」
「ほっほっほ。新型のフリーダム、壊し甲斐があるのう。雑魚どもはプルートに任せて、こちらはじ
っくりと楽しませてもらおうか」
 敵を前にして笑う二人。キラは、二人から発せられる異質な雰囲気を感じ取った。嫌な空気だ
った。この敵は、こちらを『敵』として、『人間』として認識していない。単なる『破壊の対象』としてし
か見ていない。
『人間が乗っているとは思えない雰囲気と戦い方だ。でも、AMSにしては強すぎる。この敵は一
体…?』
 キラはベルリンの戦いを思い出した。あの時戦ったデストロイからも同じような雰囲気を感じて
いた。人を人として、命ある者としては見ていない、異質で残虐な雰囲気。
『あのデストロイのパイロット達が生きていたのか?』
 だとしたら強敵だ。キラは気を引き締めて、デスピアに挑む。この難敵を倒さずに、オーブに行
く事は出来ない。ストライクフリーダムは腰の《クスィフィアス3レール砲》で反撃の火を放つ。が、
二機のデスピアは難無くかわした。
「ネブチューン、手を出すな。こいつは俺の獲物だ!」
「ほっほっほ。独り占めは良くないのう。こいつを壊したいのはお前だけではない!」
 二機のデスピアはそれぞれ勝手にストライクフリーダムを襲う。コンビネーションの欠片も無い
攻撃だが、それだけに動きが読みにくい。さすがのキラも苦戦を強いられる。
『くっ、こんなところで苦戦している場合じゃないのに!』
 だが、この危険すぎる敵に背を向ける訳には行かない。ストライクフリーダムは二丁のビームラ
イフルを連結させ、高出力化されたビームを放つ。避けるデスピア。
「アスラン、ダン、オーブを守ってくれ……!」
 オーブの地で戦っているであろう友に望みを託し、キラは難敵に挑む。



 その頃、オーブの夜空では、六体のMSが凄まじい戦いが繰り広げられていた。
「この!」
「はっ、単純な攻撃だな!」
 ルナマリアのフォースインパルス対スティングのネオストライク。
 インパルスのビームライフルから放たれたビームを、ネオストライクはシールドで防ぎ、ビームラ
イフルで反撃。インパルスの左足に命中し、これを破壊する。
「ああっ!」
「そんな腕で俺を殺れると思ってんのか? 甞めるな!」
 ネオストライクの連続射撃。インパルスはシールドで防ぐのがやっとだ。状況はネオストライクが
優勢だった。
「ステファニー・ケリオン、今日こそお前を!」
「くっ、なんて執念…!」
 レヴァストのタイラント対ステファニーのムーンライト。
 胸部の《スキュラ》や両腰のレールガン《エクツァーン2》を連射して、猛攻を仕掛けるタイラント
に対して、ムーンライトはその攻撃を《シャイニング・リフレクター》で防ぐのがやっとの状態。レヴ
ァストの執念が、ステファニーの技量を上回っているのだ。
「そらそら、どうしたのよ、ステファニー! あんたの力はそんなものなの? 私を失望させないで
よね!」
「ぐっ……。守ってばかりじゃダメだわ。何とかしないと……」
 そう考えるステファニーだが、タイラントの攻撃は激しく、こちらに反撃の機会を与えてくれな
い。今は耐えるしかないのだ。
 そして、この四機が戦っている空域から少し離れた空では、ディプレクターとザフトのトップエー
スが激突していた。ダン・ツルギとシン・アスカ。ギャラクシード対デスティニー。
「うおおおおおおおおっ! ダン・ツルギ、今日こそお前を倒す!」
 心に怒りを宿したまま戦うシンは、デスティニーに己の怒りを注ぎ込む。その眼にSEEDの光
を宿しながら。
「シン、お前は……」
 修羅と化して戦うシンを見たダンは、その姿にある人物を重ねる。罪の記憶に捕らわれ、心座
溜まらぬままに戦い続けていた、かつての自分を。
 デスティニーは両肩の《フラッシュエッジ2ビームブーメラン》を放ち、ギャラクシードの体勢を崩
す。その隙をついて、高エネルギー長射程ビーム砲で狙撃。並の相手なら撃墜されていただろ
うが、しかし、ギャラクシードはこの攻撃を全てかわす。
「くっ、どうして!」
 倒せない。逃げられる。かわされる。避けられる。全ての攻撃がことごとく。この事実はシンのプ
ライドを傷付け、彼の心を頑ななものにする。
「シン、やめろ! この戦いに何の意味がある!」
 ダンは通信の周波数を合わせて、シンに声を送るが、
「うるさい! 何もかもお前のせいだ! お前のせいで、俺は……」
 シンの脳裏に忌まわしい光景が浮かび上がる。ダンとの戦いを邪魔するムラサメ。邪魔者を排
除する為に振り下ろされる《アロンダイト》。上半身と下半身が両断され、海に落ちていくムラサ
メ。その操縦席に座っていたのは、シンが守りたかった少女。
「お前の、お前のせいで俺はステラを…………うおおおおおおおおおっ!!」
 自分の刃がステラを殺してしまった。そう思い込んでいるシンに、ダンの声は届かない。
「待て、シン! ステラは……」
「うるさい! もうお前の声なんて聞きたくない! 倒す、お前はここで、俺が倒す!」
 《アロンダイト》が抜かれる。デスティニーの光の翼が輝き、超スピードでギャラクシードに向かっ
てくる。
「くっ!」
 ギャラクシードは小刀《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》で《アロンダイト》の刃を防ぐ。
ぶつかり合う光。SEEDとアンチSEED。戦い、殺し合う事がこの二人の運命なのか?
「……いや、まだだ! 俺はシンを殺したくない。だから……戦う! シンと、G・U・I・L・T・Y(ギ
ルティ)と、そして、俺自身と!」
 ダンは決心した。シンと戦う事を。G・U・I・L・T・Y(ギルティ)と戦う事を。そして、自分自身と
戦う事を。シンの心に自分の声と真実を届ける為には、シンに勝たなければならない。止めなけ
ればならない。ならば戦おう。シンと、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)と、そして自分と。辛く苦しい戦
いだが、絶対に勝利しよう。シンの為に。そして、自分自身の為に。
 ダン本人は気付いていなかったが、そう決意した彼の金色の両眼は、今まで以上に美しく輝い
ていた。



 無数の砲火と閃光がオーブの夜の闇を裂く。海上でも陸上でも一進一退の攻防が続いていた
が、全体的な戦況はオーブ軍が優勢だった。だが、ザフトはザクやグフによるAMSの大部隊を
導入。その激しい攻撃によって、戦況は一変した。
 連戦により疲労していたオーブ軍はAMSによって容易く撃破され、AMSの攻撃は市街にま
で及んだ。ビルや家屋は次々と破壊され、オーブの大地は無残に焼かれていく。
「やめろ! もう、これ以上は!」
 アスランのインフィニットジャスティスを始めとする大統領護衛部隊が、市外に入ったAMSを殲
滅する。しかし、それでも市街には大きな被害を与えてしまった。瓦礫の隙間には、逃げ遅れた
人々の死体が転がっている。
「くっ……」
 アスランは唇を噛み締める。AMSの攻撃には情けも躊躇も無い。敵は全て殺す。破壊あるの
み。あまりにも効率的に人を殺す兵器。アスランはAMSを心の底から嫌悪していた。
「これ以上は絶対にやらせない……。みんな、オーブを守り抜くぞ!」
「はい!」
 アスランの叫びに、ディストライクに乗るカケル・シラギを始めとする部下達が答える。決意を固
める彼らの前に、新たなAMS部隊が現れた。戦いはまだ終わらない。



 AMS部隊によるオーブ本土への攻撃は、ミネルバにも伝えられた。その報告を聞いたタリア
は心底から驚いた。彼女はAMS部隊の存在を知らなかったのだ。その事を司令官に問い詰め
ると、
「敵を欺くにはまず味方から、と言うではないか。それにAMSの使用はデュランダル議長の許
可は得ている。一戦艦の艦長に過ぎない君に、とやかく言われる筋合いは無いな」
 と、開き直られてしまった。
 タリアはAMSが嫌いだった。兵器としては優秀だし、人的資源が不足しているプラントにとって
は待望の兵器だろう。だが、あれは兵士から誇りと責任感を奪う物だ。機械に戦わせて、殺させ
て、壊させて、『人を殺す』という兵士の宿命とも言うべき罪悪を誤魔化している。そんな『弱い兵
器(もの)』に頼って、強い心を持った人間(あいて)に勝てると思っているのか? 罪を背負う覚
悟も無く、戦場に立とうというのか? 人殺しの罪を機械に背負わせる事が正しい事だと思ってい
るのか? 殺戮の為に作られた機械に殺される人々がどういう気持ちで死んでいくのか、考えた
事があるのか?
「AMSなんて使って、それでもまだ自分達が正しいと思っているの? ギルバート……」
 かつての恋人の名前を呟くタリアの顔は、迷いと焦燥に満ちていた。戸惑う彼女に、索敵を担
当するブリッジ要員、バート・ハイムが急報を告げる。
「上空より接近する物体あり! MSが一、MS用の降下ポッドが二、いずれもザフトの物ではあり
ません!」
「何なの?」
 そう叫んだタリアは奇妙な予感を感じた。敵にせよ味方にせよ、この混沌とした状況を救う存在
が来たように感じたのだ。そして、彼女の予感は的中する。



 ミネルバが察知した三つの物体は、闇夜の空を割って、オーブの空に姿を現した。MSが一
体と、MS用の降下ポッドが二機。
 まずは先頭を飛んでいたMS、白き翼を宿し、十文字槍を手にしたスーパーダークネスが着地
する。続いて、地に付く直前でポッドの扉が開き、それぞれのポッドから三機ずつ、MSが発進、
大地に降り立った。
「うーん、久しぶりの地球だわ。でも、相変わらず騒がしいわね」
 スーパーダークネスに乗っているガーネット・バーネットはそう言って、周辺を見回す。右側に
はM1アストレイやムラサメ。左側にはジンやザクウォーリア。スーパーダークネスを始めとする七
機のMSは、ザフトとオーブ軍が争っている戦場のど真ん中に降りたのだ。しかし、
「そうですね。僕達が行く所って、どうしていつもこう騒がしいんでしょう?」
 と、ゴールドフレーム尊(ミコト)に乗るニコル・アマルフィは平然としている。他の面々も同じだ
った。
「日頃の行いが悪いからです」
 チェシャキャットのギアボルトも、
「あんたねえ……。仮にも支部長と副支部長に向かって言うセリフじゃないわよ。まったく、礼儀
知らずなんだから」
 赤いブレイズザクファントムに乗るアヤセ・シイナも、
「あははははは! いいじゃないか、肝が座ってて。支部長はどうか知らないけど、私は好きだ
よ、あんたみたいな奴。どう、ヘルベルトかマーズをクビにするから、私達の仲間にならない?」
「おいおい、そりやないぜ、ヒルダ姉さん」
「我慢しろ、マーズ。男は辛抱だ」
 新型MSドムトルーパーに乗るヒルダ、ヘルベルト、マーズの三人も、冗談を口にする程の余
裕を見せていた。
「はいはい、みんな、お喋りはそこまでだよ」
 ガーネットが一同にそう言うと、全員の顔付きが変わる。一流の戦士の顔だ。
「ニコルはAMSを頼むわ。ヒルダ達はオーブ軍の援護をして」
「はい、分かりました」
「了解。さあ行くよ、野郎共!」
「おう!」
「ラクス様の為に!」
 ゴールドフレーム尊(ミコト)は空に、三機のドムトルーパーはホバー走行で地を駆ける。どちら
もザフト軍のMSの攻撃をかわし、戦場に切り込んでいく。
「さすがね。さて、ギアとアヤセは臨機応変にやってみなさい。刻一刻と変化する戦況を見極め
て、自分のやるべき事をやる。これが出来るようになれば一人前のパイロットよ」
「了解しました。でも、それって投げっ放しって言いませんか?」
「信用してるのよ。それから…」
 ガーネットはアヤセのザクファントムに通信を送る。正確には、アヤセと一緒にザクファントムに
乗っている男に、だ。
「イザーク、大丈夫? 二人乗りってキツくない?」
「問題無い。俺もアヤセも無事だ」
「私も大丈夫です。この状況でイザーク様を下ろすのは危険なので、このまま戦闘に入ります」
 イザークとアヤセはそう返事をした。少し狭いが、不自由ではない。アヤセの言うとおり、戦闘も
出来るだろう。
「OK。でも、無理するんじゃないよ」
「そう言うのなら、俺のMSぐらい用意しておけ。俺はともかく、アヤセが迷惑だ」
「い、いえ、そんな事は…」
「こっちも戦力不足なのよ。贅沢は言わないで」
 謝るガーネット。二機の間で交わされている通信に、ギアボルトが割り込む。
「イザークさんがアヤセと交代すればいいと思います。その方が生存確率は飛躍的に向上する
でしょうから」
「…………ザフトと戦う前に、倒すべき敵がいるみたいね。イザーク様、しっかり掴まっててくださ
い」
「落ち着け、アヤセ。戦場で公私混同するな。それにブランクがある俺より、リ・ザフト壊滅後も戦
い続けてきたお前が操縦した方がいいんだ。俺の命、お前に預けるぞ」
「は、はい、分かりました。命に代えても、お守りします!」
「おバカなパイロットだけが、ご臨終するなら大歓迎なんですけどね」
「ギアボルト、後で殺す。必ず殺す」
「はいはい、じゃれ合いはそこまで。そろそろ行くわよ!」
 ガーネットはそう言って、スーパーダークネスを闇の空に飛び立たせた。残されたチェシャキャ
ットとザクファントムも動き出す。
「私の足を引っ張らないでくださいね、アヤセ・シイナさん。妙な真似をすると、撃ちますよ?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ。生意気なギアボルトさん」
「……………」
 末期的に仲の悪い二人の少女を見て、イザークは密かにため息を付いた。この二人に俺の命
を預けて、本当に大丈夫なんだろうか? イザークは己の不安が消えてくれる事を願った。



 オーブ沖の上空で、ジェット・フライハイト率いるコズミックウルフ隊は、プルートが乗る赤いデス
ピアと戦っていた。四体のディストライクと一体のデスピア。数の上ではコズミックウルフの方が有
利だが、相手はパイロットの力量でも、MSの性能でも大きく上回っている。一瞬たりとも油断は
出来ない。
 それでも、コズミックウルフ隊は巧みなコンビネーションを見せた。ジェット機とクリス機がビーム
サーベルと【ヒエン】の高出力ビームサーベルによる接近戦を仕掛け、敵の体勢を崩す。その隙
にルミナ機とカノン機が、ビームマシンガンと【ヒエン】のビームキャノンで射撃。これはかわされ
るが、攻撃の手を緩めず、プルートに息を付く間も与えない。
「ああ、もう、イラつくわね! 大人しく私に殺されなさいよ!」
 ビームアサルトライフルを乱射するデスピア。攻撃が散漫になってきた。今こそジェット達が待
っていた好機だった。
「よし、行くぞ! フォーメーションA−4、散開しつつ攻撃!」
「了解!」
「ええ、分かったわ!」
「分かりました、隊長! ボクに任せてください」
 ジェットの指示を受け、カノン、ルミナ、クリスの三人が空を飛ぶ。プルートのデスピアと距離を
取り、ビームマシンガンと【ヒエン】のビームキャノンを同時に正射。ビームの嵐がデスピアを襲
う。
「はっ、この程度の攻撃で私を倒せると思ってるの?」
 しかしプルートも只者ではない。上空に飛んでこの嵐をあっさりとかわし、胸部のビーム砲《ベ
ルーガ》で反撃しようとする。が、
「えっ!?」
 プルートの眼前に、ディストライクから分離した四機の【ヒエン】が飛んで来た。ディストライクの
スピードに慣れさせられていたプルートは、これをかわす事が出来ず、一機の【ヒエン】がデスピ
アの腹部に命中。体勢を大きく崩した。
「ぐあっ! こ…の!」
 怒りに燃えるプルートは直ちに反撃しようとするが、既に遅かった。ジェットのディストライクがビ
ームサーベルを抜き、デスピアに迫る。プルートは避けようとするが間に合わない。ビームサー
ベルの刃はデスピアの操縦席を貫き、プルートの体ををビームの熱で蒸発させた。
 ディストライクがビームサーベルを抜くと同時に、赤いデスピアは爆発。鉄の破片が海へと落ち
ていく。
「やったあ!」
「やりましたね、ジェット隊長。お見事です! ボク、隊長の事、見直しました!」
 喜ぶカノンとクリス。ジェットはクリスの言葉に釈然としないものを感じたが、それでもこの勝利を
喜ぶ事にした。ホッと一息つくジェット。
「! ジェット君、後ろ!」
 ルミナの叫び声を聞き、ジェットはディストライクの後方を映すカメラの映像を見る。そこには、
数秒前に倒し、爆発したはずの赤いデスピアがいた。その操縦席には、
「よくも殺ってくれたわね……。お返しよ、殺してやる!」
 怒りと殺意を漲らせたプルートが乗っていた。死の国から蘇った少女は、デスピアのメガビーム
スピアー《アルクトス》の刃を、ジェットのディストライクに向ける。そしてそのまま、ディストライクの
腹部を貫こうとしたが、
「ぐはあああっ!」
 女性らしからぬ絶叫と共に、デスピアは遠くに飛ばされた。
 まさに危機一髪だった。突然現れたMSがデスピアを殴り飛ばさなければ、ジェットはビームの
熱で消滅していただろう。彼を救ったのは、漆黒の体と白い翼、十字の槍を手にしたMS。
「久しぶりね、みんな。無事で何よりだわ」
「支部長!」
「ガーネットさん!?」
 スーパーダークネスの操縦席に座るガーネット・バーネットは、部下達に再会の挨拶をした。そ
の突然の登場には、声を上げたジェットもカノンだけでなく、ルミナとクリスも驚いている。
「ジェット、あんたには教えたはずよ。強敵に勝利した直後にこそ注意すべし。気を抜いて、一
番、隙が生まれやすいからね。死にたくなかったら、銃を構えて戦いなさい。一瞬たりとも気を抜
かずにね」
「は、はい、すいません、支部長。でも、支部長がどうしてここに?」
「色々と伝えたい事があってね。それに、こっちは大ピンチみたいだし」
 ガーネットはそう言って、敵の方に目を向ける。殴り飛ばされたデスピアが、怒気を漲らせてこ
ちらを見ている。
「支部長、あいつは強い。油断しないでください。でも、おかしいんです。あいつは確かにさっ
き、俺達が倒したはずなのに…」
「ふーん。倒したはずの敵が再び現れて、襲って来た、か。ミラージュコロイドで隠れていた同型
機、というだけじゃなさそうね。このMSはパイロットも含めて、ヤバい奴みたい。ジェット達はアー
クエンジェルの援護に行って。こいつは私が何とかするから」
 ガーネットはデスピアと、それに乗っているプルートの強さを瞬時に理解し、味方を後方に下
がらせた。一方のブルートは、
「槍を持った黒いMS……。ふーん、そう。あれがスーパーダークネス。二年前の大戦で大活躍
した『漆黒のヴァルキュリア』ガーネット・バーネットか……」
 プルートの唇が不気味に歪む。もうコズミックウルフの面々は、彼女の眼には入っていなかっ
た。プルートの眼に映っている敵は唯一人。自分を殴り飛ばした、あの忌々しいMSのみ。
「いいわ、殺してあげる。私があんたを殺してあげる。何度でも生き返って、あんたを殺してあげ
るわ。ガーネット・バーネット!」
 メガビームスピアー《アルクトス》を振るい、デスピアがダークネスに襲い掛かってきた。
「殺る気満々ね。いいわ、あんたのトリックの種は分からないけど、受けて立つ!」
 スーパーダークネスも愛槍《トレジャー・ウェアハウス》を振りかざし、デスピアを迎え撃つ。不死
身の魔女と、漆黒の戦女神の壮絶な戦いが始まった。



 デスティニーとギャラクシード。オーブの夜空を舞台とする二機の激闘は、傍目には一方的な
展開となっていた。
 ビームライフルや高エネルギー長射程ビーム砲、ビームソード《アロンダイト》や掌のビーム砲
《パルマフィオキーナ》で激しく攻め立てるデスティニーに対し、ギャラクシードは防戦一方。デス
ティニーの攻撃を避けたり、アンチビームバックラーで防ぐのが精一杯だ。
 そう、ギャラクシードは防いでいた。デスティニーの、シンの猛攻を完全に防ぎ、かわしているの
だ。それは見事な動きだった。
 とはいえ、シンも只者では無い。相手の動きを読み、ビームライフルのビームを一度か二度、
ギャラクシードの体に命中させた。だが、致命傷にはならなかった。ギャラクシードの装甲は熱エ
ネルギーを吸収する特殊合金が使用されており、ビームの熱を吸収してしまうのだ。もちろん何
十発もビームを受ければ、熱エネルギーを吸収しきれず壊れるだろうが、ギャラクシードの動き
は速く、そう簡単には当たってくれない。
「くそっ、くそっ、ちくしょう! 何で避けるんだよ! 何で落ちないんだよ、あいつは!」
 ほとんどの攻撃はかわされ、ようやく当たった攻撃も致命傷にはならない。思っていた以上に
強力な敵を前に、シンの心は焦り、乱れていた。
 一方のダンは落ち着いていた。自分に敵意と殺意をぶつけてくるシンを見ていると、なぜか心
が冷静になっていく。いつもと同じようにG・U・I・L・T・Y(ギルティ)は使っているし、そこから嫌
な力を感じる。憎しみと殺意が自分の心の中で膨れ上がる感覚も、今までと一緒だ。
 だが、それなのにダンの心は冷静だった。殺意をぶつけてくるシンと、G・U・I・L・T・Y(ギル
ティ)によって殺意を膨れ上がらせているダン。その双方を冷静に、客観的に見つめている自分
がいた。
 ダンの頭の中に声が響き渡る。女と子供の声。以前、悪夢の中で聞いた声だ。

 あなたが憎い。
 パパなんて嫌いだ。

「……違う」

 許せない。
 許さない。

「ようやく分かった」

 あなたを殺したい。
 パパを殺したい。

「憎しみに駆られるままに戦うバカな自分と他人を見て」

 ああ、でも今の私には。
 けど、今の僕には。

「この声の正体が」

 あなたを殺せる力は無い。
 パパを殺す力は無い。

「分かったよ」

 だから、せめて。
 それなら、せめて。

「この声はヤヨイのものでも、ダンのものでもない」

 あなたを憎もう。
 パパを呪ってやろう。

「この声は俺が望んだもの」

 憎い。
 憎い。
 嫌いだ。
 嫌いだ。

「俺が俺を罰する為に、俺が俺の心に聞かせていたもの」

 死ね。
 死ね。
 死んでしまえ。
 死んでしまえ。

「幻聴。願望。偽善。そして愚劣な心の結晶」

 地獄へ落ちろ。
 地獄の底の、更なる底へ。

「自分を苦しめる事で罪の重さを少しでも軽くしようとする、俺の浅ましい心そのもの」

 落ちろ。
 落ちろ。

「ああ、そうだ。俺はあの二人を殺した。あの二人は死んだんだ」

 死ね。
 死ね。

「死んだ人間は何も語らない。望まない。伝えない。呪う事さえ出来ない」

 許さない。
 許さない。

「この声は、苦しみは、全て俺が自分で作っていたもの」

 呪ってやる。
 呪ってやる。

「全ては俺が自分で作り出していたもの。過去の罪に捕らわれ、現在を生きる事を罪と考え、未
来を拒んだ俺の心が作った幻」

 あなたが死ぬまで。
 パパが死ぬまで。

「生きる事を罪と考えていた。償い切れない罪を犯したと思っていた。その罪の重さに耐えかね
て、自分の心を弱くしてしまった。だが……」

 呪い続けてやる!

「もう俺は逃げない。生きる事が罪ならば、その罪を背負う。そして戦い続ける。自分の弱さと戦
って、罪を償う為に生きる。生き続けてやる! 戦い続けてやる! それが浅ましい俺の罪であ
り、受けるべき罰であり、人生なんだ。デューク・アルストルとして、ダン・ツルギとして、俺は生き
続ける!」

 過去に捕らわれ、未来を見る事が出来なくなっていた男は、ようやくその眼を開いた。
「さあ、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)、俺に力を貸せ! 俺と同じように過去に捕らわれ、未来を見
失った男を救う為の力を! どんな力でも俺は受け止め、そして、その力で未来を切り開いてや
る!」
 ダンの決意に呼応したかのように、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)はダンに力を与えた。それは今
まで以上に深く暗い力。人の心を悪意で満たす為の力。しかし、
「うおおおおおおおおおおっ!!」
 ダンはその力を受け止めた。G・U・I・L・T・Y(ギルティ)が放つ悪意を受け止め、己の心の強
さで昇華し、純粋な力に変える。そして、自らの中に宿るアンチSEEDの力を全て解放する。
 SEEDの力とアンチSEEDの力。相反するはずの二つの力は共鳴し、その力を更に増大させ
ている。ダンの両眼の輝きは更に増し、太陽のような黄金の光を放っている。
 これこそがデューク・アルストルが考案したアンチSEED能力増幅システム『G・U・I・L・T・Y
(ギルティ)』の真の効果だった。今のダンは肉体や神経、精神の限界さえも超え、全てを凌駕す
る存在となった。
「あ……ああ……」
 眼前の敵の変化を、シンは敏感に感じ取った。彼の中のSEEDが、ダンを恐れている。そして
シンに警告している。逃げろ。逃げろ。ここから逃げろ。お前の負けだ。あいつには絶対に敵わ
ない、と。
「う……うるさいうるさいうるさーーーーーい!! 俺は、俺は、ステラの仇を!!」
 心の声を振り切り、シンはギャラクシードに挑む。光の翼を大きく輝かせ、超スピードで切り込
み、《アロンダイト》で一刀両断。シンが最も得意とする戦法だった。
 しかし、ダンはその攻撃を読んでいた。いや、『分かった』のだ。シンがどういう攻撃をしてくる
のか、シンが今、何を考え、誰を憎んでいるのか、手に取るように分かる。全てが分かる。ごく自
然に理解できる。これがアンチSEEDの力の到達点なのか?
 ダンはギャラクシードの操縦桿を動かした。ギャラクシードはダンに操られるままに動き、デステ
ィニーの必殺の一撃をあっさりかわした。それは一切、無駄の無い動きだった。
「なっ……」
 全てを込めた攻撃がかわされ、動揺するシン。彼はその直後、ギャラクシードがツインアイ保護
シールドを下ろした事にも、長刀《ソード・オブ・ジ・アース/Ω(オメガ)》を抜いた事にも、それを
《α(アルファ)》と連結させた事にも気付かなかった。気付いた時には、
「!」
 赤く輝く刃が、デスティニーの両腕を切断していた。
 これで、ダンとシンの戦いは終わった。
「あ………ああ……」
 負けた。完全に負けた。シンは自分の敗北を受け入れた。
 シンの瞳からSEEDの光が消えていく。同時に、彼の心で渦を巻いていた憎しみや怒りの感情
も霧散していく。
「俺は……お、れは……」
 自分が次に何を言うべきなのか。今のシンは、それさえも分からなくなっていた。彼に代わっ
て、ダンが口を開く。
「シン。ステラは生きているぞ」
「!」
 シンは心の底から驚いた。それは彼が密かに望んでいた奇跡だった。だから信じられなかっ
た。あまりにも虫が良すぎる話だから。自分の罪を全て消してくれる、あまりにも愚かな夢物語だ
から。だが、
「本当だ。重傷を負ったが、彼女は生きている。医者の話では、もうすぐ目を覚ますそうだ」
 ダンはこの奇跡を肯定した。
 先程までの憎しみと罪の意識によって自分を見失っていたシンだったら、この言葉は信じられ
なかっただろう。しかし、今のシンはダンの言葉を信じる事が出来た。
「シン。お前は俺に似ているな」
 ダンの言うとおり、この二人は良く似ていた。過去の記憶に苦しみ、罪悪感によって自分を見
失い、大切な仲間を、自分自身さえも傷付けてしまう。そんな二人の愚か者。
「シン。もう俺はお前とは戦わない。俺達が戦う理由など無いんだ。お前は確かに強くなった。で
も、それは哀しみから生まれた力による強さだ。そんなものを手に入れても、本当に強くなった事
にはならないんだ。俺の力もそうだった。哀しみと苛立ちが、俺を強くした。でも、俺はもう、そん
な力はいらない。俺は俺の心の弱さを認め、改めて強くなろうと思う。未来を生きる為に。こんな
俺を信じてくれる仲間の為に」
 そう言ってダンは、ギャラクシードを飛ばし、戦場を去った。シンはその後を追わなかった。彼
の眼からは大粒の涙が溢れていた。
「うっ……ううっ……うわああああああああああ………」
 シンは泣いた。ここが戦場である事も忘れ、みっともなく、大声で泣いた。それはまるで赤ん坊
の泣き声だった。



 シンとダンの戦いに決着がついた頃、各地の戦いも収束に向かっていた。
 ザフトが切り札として放ったAMS部隊は、
「これ以上は行かせません。みんな、僕の言うとおりに動いてもらいますよ!」
 ニコルのゴールドフレーム尊(ミコト)によって、半数が操られ、同士討ち。あっさり全滅した。
 有人機によるMS部隊も、ヒルダらドムトルーパー部隊の三位一体攻撃と、ギアボルトとアヤセ
(イザーク)の意外と息の合ったコンビネーションによって、次々と撃墜。更に、援軍の登場に勢
いづいたオーブ軍の大反撃をくらい、命からがら撤退した。
 地上、空中、共に敗戦。この事実にザフトの司令官は顔を青くする。そこへ更なる凶報。司令
官が乗る潜水艦セントヘレンズを、ジェーン・ヒューストンのディープフォビドゥン部隊が強襲。予
備部隊まで前線に出してしまった為、迎撃もままならず、司令官はセントヘレンズと共に海の藻
屑となった。
 司令官の戦死によって、艦隊の指揮はミネルバに委ねられた。アークエンジェルとの激しい砲
撃戦の中で、タリアは即断する。
「旗艦撃沈に伴い、これより本艦が指揮を執る。信号弾、撃て! 一時撤退する!」
 ジブリールの居所は依然として不明な上、状況はこちらに不利だ。タリアの判断は正しいもの
だった。
 撤退の命令を受けて、MSも次々と帰還する。三機のデスピアとタイラント、レジェンド、そしてイ
ンパルスとデスティニー。いずれの機体も深く傷付いており、激戦を物語っている。
「クソッ、もう少しだったのに……!」
 レヴァストは苛立っていた。ステファニーとの戦いは、レヴァストが有利に進めていた。あと一歩
でステファニーを仕留める事が出来たかもしれないのだ。それなのに、ああ、どうして自分はこん
なにも運が無いのだろう。
『まあ、いいわ。機会はいずれまた、必ずある。その時こそは……!』
 レヴァストと同じ事を、レイも考えていた。
『ムウ・ラ・フラガとキラ・ヤマト。奴らとの決着は必ずつける。俺の命が尽きる前に、必ず……』
 デルタ・エクステンデッドの三人も浮かない表情だった。ウラノスとネプチューンは二人がかりで
もキラを倒す事ができなかったし、プルートは一度死んだ上に、ガーネットを殺せなかったのだ。
三人とも欲求不満だった。
「おのれ、次こそは!」
「次の戦場ではもっと壊す。何もかも壊す。壊してやる。ふふふふふ」
「殺す。殺す。必ず殺す。絶対に殺す。絶対、必ず、殺してやる。みんな殺してやる……」
 いずれのパイロットも、戦いが終わったのに殺気と怒気に満ち溢れていた。しかし、例外もい
た。ルナマリアとシンだ。ルナマリアのフォースインパルスは、スティングのネオストライクとの戦い
では劣勢に追い込まれたが、何とか逃げ延びた。彼女は自分と仲間の無事を、素直に喜んで
いた。だからシンに、
「シン、お疲れ。ケガは無い?」
 と、声をかけたのだが、
「うるさい」
 シンは冷たい返事を返した。彼の心には、まだ哀しみの嵐が吹き荒れていた。その嵐はシンに
自分の行く道を見失わせていた。
『ステラが生きている……。ダンはもう俺とは戦わない……。じゃあ俺は、これからどうすればいい
んだ? 誰の為に、何と戦えばいいんだ?』
 答えを見つけられないシンを乗せて、ミネルバは残存艦隊と共に引き上げる。水平線の彼方
から、朝日が昇り始めていた。



 オーブの遥か上空を、巨大な物体が飛んでいた。ミラージュコロイドによって姿を隠したその物
体の形状は、一言で言えば『城』。あるいは『十字架』。十字型の巨大な機械の中心点、線と線
が交わる部分に、西洋の城が置かれている。航空力学を完全に無視した形状をしたその物体
は、誰にも知られる事無く、オーブの空を悠然と飛んでいた。
 この城の名は、ゴッドアンドデビル。人の手によって造られた、神と悪魔が共に住まう聖なる魔
城。その玉座に座るのは、神も悪魔も凌駕する男。二百年の時を経て生き続ける心優しき怪
物、大総裁メレア・アルストル。玉座に座る彼は、忠実な部下からの報告を聞いていた。
「オペレーション・フューリーは失敗か。オーブもなかなかやるね。プルートとデスピアを一体ず
つ消耗したか。彼女は腕は立つけど、自分の命も粗末にするからなあ。ま、想定内だけどね。新
しいプルートとデスピアを控えさせておいて正解だったね」
「はっ。大総裁のご明察ぶりには、このノーフェイス、改めて感服いたしました」
 銀の仮面を被った男は、恭しく頭を下げる。
「当然の事だよ。部下の動向を予測し、把握するのは、上に立つ者として当然の事さ。でも、出
来ればプルートにはもう少し大人しくしてほしいね。パーフェクトクローンを造るのには、結構な
手間とお金が掛かるんだよ」
「伝えておきます」
「よろしく頼むよ。無駄だろうけどね。まあ、いいさ。今回の戦いで、グランドクロスはいよいよ最終
段階に入ったみたいだし」
「我々にとっては僥倖でしたな。では、いよいよ……」
「ああ、そろそろ引き取りに行こうか。グランドクロスの要、本当の『僕』をね」
 メレアは玉座から立ち上がった。その顔は歓喜の感情で満ち溢れていた。
「いよいよだ。いよいよこの時が来た。二百年間、僕はこの時を待ち望んでいた。僕の人生はこ
の時の為にあったんだ。さあ、始めよう。人類にとって最大の祝福、静かなる福音を。今こそ、グ
ランドクロス生誕の時だ!」
 メレアのその叫びと共に、ゴッドアンドデビルは降下する。誰にも知られる事無く、オーブへと
向かう。最悪の敵が迫りつつある事を、ダン達はまだ知らない。



 朝日に照らされるオーブの各地では、早速復興作業が行なわれていた。つい先程まで兵器と
して使われていたMS達が、瓦礫を取り除いたり、大きな岩や救援物資を運んだりと、新たな町
を作る為に働いている。なぜか少し嬉しくなる光景だった。
 キラとアスランはガーネット達と合流し、再会の挨拶を交わした。遅れてやって来たラクスやカ
ガリ達も含めて、勝利とお互いの無事を祝った。
 プラントにいるはずのイザークがこの場にいる事には、皆が驚いた。ガーネットは事情を説明
し、そしてラクスに一冊のノートを渡した。
「このノートにはデュランダル議長の真の目的が書かれている。読んで、どう判断するかはみん
なに任せるわ」
 余計な先入観を与えるような事は言わず、ガーネットは決断を各自に任せた。これからの戦い
は、他人に強制されたり、場の雰囲気に流されて戦うものではない。強い意志を持って、自分の
意志で決めなければならない。
「戦う事なんて誰も望まない、か……。確かにそうだけど、でも、そうだとしたら私達は、ううん、全
ての人間はどうして戦うのかしら? 生きる為に戦う事も間違っているのかしら?」
 ガーネットの呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。聞こえたとしても、答えられる者はいなか
たっだろう。



 オーブの町外れに立つギャラクシード。その足元には、ダンが佇んでいた。暖かな朝日が彼の
顔を照らし、金と黒の瞳の輝きを深いものにしている。
 ダンは空を見上げた。青く、明るい空。美しい空だった。しかし、この空の向こうには、
「ダン、何を考えているの?」
 突然、ステファニーが声をかけてきた。少し驚いたダンに、ステファニーは微笑を見せる。
「空の向こうに何かあるの? 私には何も見えないけど、ダンにはそれが見えるのかしら?」
「別に、何かを見ていた訳じゃない。ただ、何となく空を見たくなっただけだ。空とか雲とか、子供
の頃から好きだったからな」
「子供の頃から?」
「ああ。子供の頃からだ」
 ダンはそう言って微笑んだ。その微笑みにステファニーは驚いた。初めてだった。ダンが昔の
事を懐かしみ、微笑んだのは、今、この時が初めてだったのだ。
「ダン……。そう、ようやく始まるのね。あなたの、ダン・ツルギの本当の人生、本当の戦いが」
「ああ。随分と遠回りしたような気がする」
「そんな事無いわよ。私なんて自分の弱さと本当の心に気付くのに、二年もかかったんだから。
私と比べたら、あなたは凄く早いと思う。うん、よく出来ました」
 ステファニーはそう言って、ダンの頭を優しく撫でた。暖かい手だった。ステファニー・ケリオン
という女性の暖かい心と、ダンに対する深い愛情が伝わってくる。気のせいではなく、なぜかそう
確信した。
「ステファニー。お前は俺の事を本当に愛しているんだな」
 藪から棒にそんな事を言うダン。ステファニーは驚き、顔を赤く染めた。
「い、いきなり何を言うのよ! そりゃあ、まあ、そのとおりだけど……」
 照れるステファニーに、ダンは微笑みを返す。ステファニーがダンを愛してくれるように、ダンも
またステファニーを愛していた。感謝していた。
「ありがとう。俺が自分の弱さに気付くまで、お前は黙って見守ってくれた。こんな俺を信じてくれ
た。本当にありがとう」
「ダン……」
 辛い戦いだった。傷付き、迷うダンを、ただ見守る事しか出来ない日々。それでもステファニー
はダンを信じた。自分を暗闇の底から救ってくれたこの人なら、きっと迷いの中から抜け出してく
れる、と。罪の記憶を受け止め、苦しみ、それでも未来を目指してくれる、と。
「ダン、あなたは強くなった。そして今、こうして私の側にいる。それだけで私は嬉しい。本当に嬉
しいの。私にとって、それが一番の喜び。あなたを信じて、愛して、本当に良かった。こんな素敵
な気持ちを与えてくれるなんて……」
「ステファニー……」
 見つめ合う二人。互いの唇がごく自然に接近する。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、ラブシーンは後にしてくれないかな?」
「!」
「!」
 その声を聞いた瞬間、二人の心は戦慄する。声の主は、二人のすぐ側にいた。子供の体、赤
い瞳に銀色の長髪。そしてこの世の誰よりも純粋で、危険な心を持った男。
「メレア・アルストル! 貴様、どうしてここに?」
 名前を呼ばれたメレアは、ククッと笑った。それは相手を馬鹿にする笑い、嘲笑だった。
「どうして、だって? デューク、僕が君の前に姿を現す理由なんて、たった一つしかないじゃな
いか。親不孝者の馬鹿息子に絶望と地獄を見せてあげる為だよ」
「絶望と地獄、だと?」
「そうさ。喜んでくれ、デューク。君がゼノンに取られた部分を取り戻したんだ。そして、ついに完
成した。いや、正確には完成の一歩手前かな? とにかく、いよいよ生まれるんだよ。僕と君が
心血を注ぎ込んだ、人類の知恵と知識の集大成。この世に静かなる福音をもたらす存在がね」
 静かなる福音。その単語にダンは衝撃を受ける。蘇った記憶の更に奥底に封じられていた、
忌まわしくも懐かしい記憶が蘇る。
「グランドクロスが……完成したというのか! だが、あれは……」
「そう。あのシステムを完成させる為には準備と手間が必要だ。苦労したよ。でも、その苦労の甲
斐はあった。予想外のトラブルも起きたけど、それでもついに完成した」
 メレアは懐から小さな機械を取り出した。その機械には、たった一つのボタンしかない。だが、
ダンは思い出した。そのボタンが押される時こそ、全てが始まり、全てが終わる時だと。
「じゃあ始めようか。そして、見届けるんだ、デューク。君が作り上げた最高の機械にして、創世
の力となる存在、グランドクロスの誕生の瞬間を」
「やめろ、メレア! そのボタンを押すなあああああああああ!」
 絶叫を上げて、メレアに飛びつくダン。しかし、その絶叫は空しく空に響いた。ダンがメレアに
飛びついた瞬間、メレアはボタンを押していたのだ。
 そして、悪夢が始まった。
 ギャラクシードの背中から、コアファイター《ブレイブハート》が分離する。そして機種の先端が
開き、そこから小さな箱が姿を現した。上空に浮かぶその箱は、人の頭より少し大きかった。
「あの箱は……」
 ダンは思い出した。あの箱の中に何があるのか。悪夢の始まりを見て、言葉を失ってしまった
ダンに代わって、メレアが説明する。
「あの箱の中には僕がある。僕、メレア・アルストルの頭脳がある。二百年間、学び、鍛え続け、
『イオの輝き』によってアポトーシスを防いだ為に肥大化してしまい、人間の頭蓋骨には納まらな
くなった、僕の頭脳がね」
 真実を知ったステファニーは驚愕する。
「あ、あなたの頭脳が、ギャラクシードの中に? そんな……」
「その言い方は正確じゃないな、ステファニー・ケリオン。正確には、僕の頭脳が収められていた
のはコアファイター《ハート・トゥ・ハート》の中さ。ダンがサンライトに乗って戦っていた頃からずっ
と、僕の頭脳は君達と共にあった。そして、《ハート・トウ・ハート》が《ブレイブハート》に改修され
た時に、あの箱も移し変えた。君達と共にある為にね」
 箱はしばらくの間、空に浮かんでいたが、やがて、天空へと飛び上がった。
「ダンだけじゃない。僕は他のみんなの側にもいたんだよ。レヴァスト・キルナイト、クルフ・ガルド
ーヴァ、ノイズ・ギムレット、そしてステファニー・ケリオン、君の側にも僕はいた。そして君と一緒
に戦ったんだよ。黄金の女神の右足の中でね」
「!」
 ステファニーはかつての愛機サンダービーナスの姿を思い出す。そして、他の機体の姿も思
い出す。マーズフレア、ハリケーンジュピター、アクアマーキュリー、そしてサンライト。全てが一
を宿していた。一は二となり、三となり、四となり、そして、今日、ここに完成する。
 全てはこの為にあったのだ。六体のMSを戦わせるというバカげたゲームも、その戦いによって
生まれた多くの喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、苦しみも、痛みも、全て。
「肥大化した脳を五つに分けるなんて、我ながらとんでもない事をしたものだよ。しかもそれをM
Sの中に入れて、戦わせようなんてね。体はパーフェクトクローンで何体でも作れるけど、二百年
間鍛え続けた脳は、そう簡単にはクローニング出来ない。ホント、バカな事をしたよ。自殺行為と
言ってもいいね」
 メレアは自分を戒めるように語る。いや、その言葉は本気のものではない。
 上空に巨大な物体が現れた。十字架だった。戦艦、いや、それ以上の大きさを誇る十字架だ
った。謎の箱は十字架の中に入り、消えて行った。
「こんな命がけのバカをやったのも、全ては今日この日この時この瞬間の為さ。もうすぐだ。もうす
ぐ生まれるよ。デューク、僕と君が全てを注ぎ込み、作り上げた究極の存在が! アハハハハハ
ハ、アハハハハハハハハハ!」
 大笑いした後、メレアは懐から銃を取り出した。そして、自分で自分の頭を撃った。飛び散った
肉片の中に、脳の部分は無かった。
「これは……」
 おぞましい光景に口を押さえるステファニーに対し、ダンは冷静に答える。
「こいつはメレアのパーフェクトクローンだ。ソウルシンクロ現象を防ぎ、思考を統一化する為に
脳を取り除いてある。人の血肉を持ってはいるが、こいつはメレアの操り人形に過ぎない。奴にと
っては自分の体も脳も、自分の理想を実現させる為の道具でしかないんだ」
「そんな、そんなのって……変よ。間違ってる! 自分を大切にしない人が、他人を大切に出来
るはずない。一体、メレア・アルストルは何をしようとしているの?」
「グランドクロス・プロジェクトの最終段階。この世界に静かなる福音をもたらす気だ」
「静かなる福音? それって、一体……」
「説明は後だ。キラ達にも連絡して、出撃してもらう。あの城、ゴッドアンドデビルに突入して、グラ
ンドクロスが完成する前に破壊するんだ!」
 ダンの表情には、余裕の色は無かった。彼は今までに無い程に動揺し、焦っていた。
 その様子に只ならぬものを感じたステファニーは、急いで艦に戻る。ダンは、着陸していた《ブ
レイブハート》に乗り込んだ。謎の箱は失われたが、操縦系統や各種機能に異常は無い。
「これなら行ける。グランドクロス、あれだけは何としても……!」
 《ブレイブハート》がギャラクシードの背に合体する。ギャラクシードの両眼が輝き、背中のウイン
グユニットを大きく開き、大空へと飛ぶ。
「グランドクロスは俺が破壊する。それが俺の、本当の『贖罪』なんだ!」



 突然、オーブ上空に現れた巨大物体に対して、オーブ軍は非常警戒警報を発令。平和が戻
ったはずのオーブは、再び緊張に包まれた。
 アークエンジェルに帰還したステファニーは、キラやラクス達に、ダンから聞いた話を簡単に説
明する。話を聞いた一同はさすがに驚き、戸惑ったが、
「ダンがそんなにうろたえるなんて、そのグランドクロスというのは本当に危険な存在みたいだ
ね。僕はダンの事を信じる。グランドクロスが完成する前に破壊しよう」
 と、キラが決意する。ラクスも頷き、
「サードユニオンは世界の動乱を影から操ってきた、危険極まりない組織です。放っておく訳に
は参りません。真実を知る為にも、あの城へ向かいましょう」
 アークエンジェル、プリンシパリティ、ドミニオンは発進体勢に入った。キラやステファニー達
も、各自MSに乗り込む。だが、艦が発進しようとした時、異変が起こった。
「!? そんな、これは……」
「エンジンの出力が上がらないだと? 整備不良か?」
「艦の制御コンピューターも動作不良になっている。これではドニオンは飛べんぞ。何、ドミニオ
ンだけでなく、アークエンジェルもプリンシパリティも動かないのか? そんな馬鹿な!」
 各艦の艦長が慌てふためく。しかも、異変はこれだけでは終わらなかった。艦だけでなく、スト
ライクフリーダムやムーンライトなどのMSも動かなくなってしまったのだ。
「これは……一体、どうなっているんだ?」
 さすがのキラも原因が掴めない。コンピューターで異変の原因を探ろうとするが、そのコンピュ
ーターも停止しているのだ。
 更に異変は広がっていく。艦とMSだけでなく、通信機、整備車両、フライトシュミレーター、ラ
ジカセ、空調機に電子レンジ、そしてテレビやビデオなどの日常品に至るまで、艦の中にある全
ての機械が停止してしまった。
 いや、艦の中だけではない。艦の外の機械まで、次々と停止していく。動かなくなったダークネ
スを降りたガーネットは、この様子を見て、昔の事を思い出す。
「この現象は、まさかダブルGの?」
 二年前、人類絶滅を企んだ邪神ダブルGは、地球軍とザフトのMSや各施設にウィルムプログ
ラム《バグ》を忍ばせ、それを一斉に発動。両軍を無力化し、多数の犠牲者を出した。
「いえ、違います、ガーネットさん」
 ガーネットの推理は、キラによって否定された。
 二年前のダブルGとの決戦の後、各軍はそれぞれの機動兵器や施設のコンピュータープログ
ラムを徹底的に見直し、改良した。いくらサードユニオンの科学力が優れているとはいえ、徹底
的に改良されたプログラムに難無く侵入できるとは思えない。
「それに、ウィルスを使ったのなら全ての機械を一斉に支配下に置くはずです。その方が効率が
いいし、こちらに与える精神的なダメージも大きい。でも、この異変はまるで伝染病のように少し
ずつ広がっています。これは効率が悪すぎると思いませんか?」
「確かにそうね。でも、だとしたら、これは一体……」
 首を傾げるガーネット。その質問にはキラも、誰一人として答える事が出来なかった。
 しかし、ステファニーには思い当たる事があった。ダンとメレアが口にしていた、ある単語。
「静かなる福音、これがそうだって言うの?」



 オーブの異変の様子は、潜入させていたアルゴス・アイを通じて、ゴッドアンドデビルの格納庫
にいるメレアの元にも伝えられていた。メレアは動かなくなった機械を何とか動かそうとする人々
の映像を見て、哀れみの表情を浮かべる。
「バカな事をしているね。これこそが人類にとって、永遠の幸福の始まりとなるのに」
 ため息を付くメレアに、隣に立つノーフェイスが声をかける。
「いつの時代も愚かな者は賢き者の考えを理解できないのです。そんな彼らを導き、幸福にする
者こそが真の賢者。そしてそれは大総裁、貴方の事です」
「おだてるなよ。まあ、僕はそのつもりだけどね」
 メレアは自分の背後にそびえる巨大な影に眼を向けた。
 そびえ立つ紫色の巨人。それは、メレア・アルストルの二百年の夢の結晶だった。
 サンライトにその胴体を、アクアマーキュリーに右腕を、マーズフレアに左腕を、サンダービー
ナスに右足を、ハリケーンジュピターに左足を分け与え、メレアの頭脳と共に五つに分かれた存
在。それが今、一つとなったのだ。単眼を宿し、一角獣のような一本角を付けた新たな頭部を得
て、そのMSはついに完成した。
「さあ、始めようか、グランドクロスよ。目覚めよ、そして動き出せ! 僕の夢を叶える為に。この騒
がしくも愛しき世界に静かなる福音をもたらす為に。そしてこの世界に永遠の平和を! 世界の
影に隠れ、人の眼に触れぬ黒き歴史を紡いできた我が組織の悲願を、今こそ!」
 グランドクロスの一つ眼(モノアイ)が光った。メレアの願いを叶える為に。この世界に『静かなる
福音』という名の恐怖をもたらす為に。

(2005・10/14掲載)

次回予告
 それは新世界の創造主。
 それは全ての機械の支配者。
 それは人の夢の到達点。
 それは平和への扉そのもの。
 否。断じて否、とダンは叫ぶ。彼は知っているから。あまりにも異質な力の意味と、その
恐ろしさを。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「静かなる福音」
 神か悪魔か、それともそれ以上のモノなのか、グランドクロス。

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