第38章
 世界を嘲笑う男

 夕陽が沈むオーブの空で、ギャラクシードとディベイン・ヘルサターンは激突する。
「はあああああああっ!」
 ギャラクシードは肩の近接防御機関砲《バルザム》を連射しつつ、ヘルサターンに接近。《ソー
ド・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》で切りかかる。
 G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を発動させたギャラクシードとダン・ツルギは、間違いなく世界でも
最強クラスのMSとパイロットだ。しかし、
「小賢しい!」
 ヘルサターンはナノマシンを放出。《バルザム》の弾を防いだ後、ナノマシンでは防げない《ソ
ード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》の刃を素早くかわす。そして《ディカスティス・ビームガトリ
ングライフル》の引き金を引き、無数のビーム弾を放つ。
「ぐっ!」
 ダンはかわそうとするが、何発かのビーム弾はギャラクシードの体に当たった。ギャラクシード
の装甲は熱エネルギーを吸収する特殊金属で作られており、ビームに対しても高い防御力を持
つ。その為、致命傷にはならなかったが、しかし、それでも限界はある。
「つ、強い……」
 ダンの額に脂汗が浮かぶ。彼は改めて、自分の前に立つ男の強さと恐ろしさを思い知らされて
いた。
 ミナの手によって生まれ変わったヘルサターン、ディベイン・ヘルサターンもまた、世界最強ク
ラスのMSだった。機体の性能はギャラクシードに勝るとも劣らない。操縦しているゼノンはミナの
SEED能力を糧とし、アンチSEED能力を発動させているので、互いのパイロットの能力も互
角。そう簡単には決着は付かないし、ダンが押されるのも当然といえば当然だろう。
『……いや、違うな。俺が奴に押されているのは、そういう理由じゃない』
 ダンは焦っていた。苛立っていた。ゼノン・マグナルドという男の強さに焦り、苛立っていた。こ
の男は俺に、デューク・アルストルによって運命を歪められた。俺を憎み、有り余るほどの殺意を
ぶつけてくるはずだ。以前の戦いではそうだった。ゼノンはダンを憎み、ダンもゼノンを憎んだ。
互いに殺意をぶつけ合い、殺し合った。
 今度もそうなるだろうと思っていたのに、今のゼノンからは憎しみの感情は感じられない。激し
い攻防の中から伝わってくるのは、この戦いに対する真摯な想い。そして、
「なぜだ……。ゼノン、お前はなぜ、俺を憎まない! いや、お前はむしろ俺を哀れんでいる。な
ぜ!」
 そう、ゼノンから伝わってくる感情は、ダンに対する哀れみ。そして失望だった。それを証明す
るかのように、ゼノンは戦いを止め、深いため息を付いた。
「ガッカリしたぞ、ダン・ツルギ。ベルリンの戦いを見た時は、貴様が我が宿敵として相応しいくら
いに強くなったのかと思ったのだが……」
 ゼノンはギャラクシードを、そしてその中にいるダンに視線を向けた。その金色の眼に込められ
た感情は二つ。激しいまでの失望と怒りだった。
「今の貴様は戦士としても、人間としても最低だ。ある意味、デューク・アルストル以下の人間だ
よ。よくもこの私の期待を裏切ってくれたな! つまらない戦いをさせてくれたな!」
「な……何だと! それはどういう意味だ! 今の俺がデューク以下だなんて、そんな…」
「そんなはずはない、と言うのか? そんな恥知らずなセリフを本気で言っているのか? ならば
貴様は世界一の愚か者だ」
「なっ…!」
「自分を信じず、自分の中にある全てを恐れているような腑抜けが、この私に、ゼノン・マグナル
ドに勝てると思っているのか? だとしたら、私も随分と見くびられたものだな」
 ゼノンのその言葉は、ダンに衝撃を与えた。
 そう、ダンは恐れている。ゼノンにでも、メレアにでもない。自分自身を恐れている。自分がか
つてはデューク・アルストルであり、償いきれぬほどの罪を犯した男であるという事実を恐れてい
る。その罪の重さに怯えている。ギャラクシードの中から、そして自分の体の中から、自分に怒りと
憎しみと哀しみの感情をぶつけてくる妻と息子を恐れている。
「まったく、無駄な時間を過ごしてしまった。こんなクズに私の計画を邪魔されるとは、我が生涯
最大の失態だ」
 ディベイン・ヘルサターンは空高く飛んだ。そして、ギャラクシードに背を向ける。
「それでも、今回の『戦争』は私の敗北だ。事実を受け入れ、この場を去ろう。もっとも、私が敗れ
たのは貴様にではない。カガリ・ユラ・アスハと、あの女を信じて戦ったオーブの民に敗れたの
だ。ダン・ツルギ、次に会う時までに、少しは強くなっておけ。私が敵と認めるぐらいにはな」
 そう言い残して、ゼノンは去って行った。夕陽の彼方に消えていくヘルサターンの背を、ダン
は見送る事しか出来なかった。
「…………フッ、フハハハハハハ……。敵にさえ、ゼノン・マグナルドにさえ見限られるとはな。ま
ったく、何をやっているんだ、俺は………」
 自分を恐れる男は、自分を笑った。自分の事が滑稽で仕方なかった。



 ダンとの戦いを放棄したゼノンは、ハルヒノ・ファクトリーに帰還した。そしてエド達にも帰還命
令を出す。
「この国はカガリ・ユラ・アスハの手に戻った。長居は無用だ。引き上げるぞ」
 ハルヒノ・ファクトリーはエド達のフォルツァと、カイトのザクファントム、そして生き残っていたA
MSや傭兵達を出来る限り収容。ミラージュコロイドを展開させ、オーブを後にした。
 無事に撤退したものの、エドは悔しそうだった。艦橋に上がり、ゼノンに帰還の報告をした後、
「あーあ、折角これから俺達の反撃タイムが始まるところだったのになあ。ゼノン様は引き際が良
すぎますよ」
 と、ゼノン本人を前にしてグチる。劾との決着が付けられなかったのが心残りらしい。ため息を
付くエドにカイトが苦笑して、
「そうだな。けど、引き際を心得ている奴が一番強いんだぜ。結局、戦争ってのは最後まで生き
残った奴の勝ちなんだからよ」
 と答える。
 コートニーとルーヴェは、特に不満は無かった。二人の心は既に『次』に移っていたからだ。カ
イトもプロの傭兵らしく、過去に心を残さないようにしている。
 ただ一人、艦を操縦しているミナは不安げな様子だった。ミナはゼノンに質問する。
「ゼノン、これからどうするの? オーブの力が無いと、あなたの計画を進めるのはかなり大変な
んじゃ……」
 そう尋ねるミナに、ゼノンは余裕の笑みを見せる。
「確かに、オーブの軍事力とモルゲンレーテを手に入れる事が出来なかったのは残念だ。この
二つがあれば、私の計画は楽に進める事が出来ただろう。これも運命が私に与えた試練なのか
もしれないな。世界の王の座は、そう簡単には手に入らないという事か」
「ゼノン……」
「だが、心配は無用だ、ミナ。たとえオーブの力が無くても、私は戦いを止めない。計画を実行
し、この世界を私のものにしてみせる。そして私が理想とする世界にする。力ある者がそれに相
応しい地位と栄光を手に入れ、全ての人間が己を磨き上げる努力を怠らぬ世界に!」
 敗北はしたが、ゼノンの表情に陰りは無かった。その心も同様で、強く前を向いている。恐れ
ず、臆さず、常に前進し続ける男。それが三従士が慕い、ミナが愛する男、ゼノン・マグナルドだ
った。
 ハルヒノ・ファクトリーは大気圏に達した。目指すは月。ロード・ジブリールが逃れたダイダロス
基地。
 しかし、この時は誰一人として気付かなかった。ハルヒノ・ファクトリーのとある通路。その行き止
まりに隠された部屋の中から、人影が現れた事に。
「…………ふーん。ここがハルヒノ・ファクトリーか。『初めまして』と言うべきか、それとも『今まで
お世話になりました』と言うべきかな?」
 その人物は、真紅の瞳と銀色の髪を持っていた。そして、子供の様に小さな体に、邪悪と正義
に満ちた心を宿していた。



 ゼノン軍の撤退により、オーブ共和国はカガリの元に戻った。カガリは直ちに緊急放送を行
い、自身の大統領職への復帰と、セイラン親子の捕縛を発表。抵抗を続けていたセイラン派の
者達に降服を呼びかけた。
 指導者を失ったセイラン軍は、カガリの申し出にあっさり応じた。ここにオーブの内戦は終結し
たのである。
 だが、それを待っていたかのように、オーブ沖に駐留していたビフレストから急報が届いた。
「! カーペンタリアの艦隊がオーブに向かっているだと? しかも我が国に宣戦布告? バカ
な、どうしてこんな事に…」
 事態の急転に戸惑うカガリらオーブ首脳陣は、行政府の会議室に集まり、今後の対策を検討
する。そこへザフトからの正式な要求が伝えられた。

 オーブ国内に潜伏しているブルーコスモス代表ロード・ジブリールの身柄を引き渡す。
 オーブ現政権の即時退陣。
 国軍の武装解除及び解体。
 ザフトと敵対しているディプレクターとの関係を断絶。
 モルゲンレーテ社の施設及び全ての兵器のデータの提供。

「な、何だ、これは。二年前の大西洋連邦とほとんど同じ要求じゃないか!」
 カガリの言うとおり、これはオーブにとって最後通告にも等しい要求だった。二年前と違うのは
ジブリールとディプレクターに関するものだけだ。こんな要求、独立国家である以上、呑める筈が
ない。
 この要求に対し、カガリの隣に立つアスランが意見を出す。
「デュランダル議長も、こんな要求が通るとは思っていないだろう。議長はオーブを見せしめにす
るつもりなのかもしれない」
 アスランの言葉にロンド・ミナ・サハクが頷く。
「なるほど。ロゴスと戦う自分達は正義だ。ロゴスに組する者がどうなるか、正義に逆らえばどうな
るか、世界中の人々や国家に見せるつもりか」
 元帥職に復帰したゴート・フェリッチェも、アスランとロンドに同意した。
「ロゴスに加担する勢力は沈黙し、オーブという厄介な存在も消せる。大西洋連邦もユーラシア
も混乱の極みにあり動けない今、小国一つ潰す事でザフトは地球の覇権を手にする事が出来
る。一石二鳥、いや三鳥、四鳥にもなる見事な作戦ですな」
 ゴートの言うとおりであった。そしてそれは、オーブを支援してくれる国が存在しない事も意味し
ていた。オーブに協力するという事は、ロゴスに協力するという事でもあるのだから。
 カガリは悩んだ後、アスランに命令した。
「アスラン。セイラン親子を牢から連れ出してくれ。訊きたい事がある」
 アスランは頷き、会議室を後にした。そして数分後、兵士達と共に、手枷を嵌めたセイラン親子
を連行してきた。
「カ、カガリ……」
 情けない声と涙目で醜態を晒すユウナ。一方、父親のウナトは落ち着いた様子で、
「今更、敗者に何か御用ですかな、カガリ様? それとも我々の首を刎ねる日時が決まったので
すかな?」
 と皮肉を込めて尋ねる。
「く、首を…ハネ?」
 パニックを起こしかけるユウナ。実に分かりやすい反応をする男だ。
 カガリはウナトの皮肉を無視し、録画されていたデュランダルの演説を見せる。そして、
「この放送でデュランダル議長は、ジブリールの身柄について『事を荒立てないように秘密裏に
引渡しの要求をしたが、断られた』と言っている。これは事実なのか?」
 と尋ねた。ウナトは首を横に振った。
「そんな要求はされていません。少なくとも、私の元には届いてません」
「本当か?」
「ええ。もしそんな要求をされていたら、プラントに気付かれないようにジブリール氏を逃がしてい
ましたよ。ジフリール氏には借りがあるし、私は欲深い男ですが、ザフトと正面からやり合う程、バ
カではない」
 ウナトはそう答えた。カガリはユウナに視線を移す。ユウナは首を大きく、激しく、縦に振った。
「ち、父上の言うとおりさ! ぼ、僕だってこんな要求は知らないし、聞いてないよ! 本当だ、信
じてくれよ、カガリ! 僕達は元・婚約者じゃないか!」
 元・婚約者。その単語を聞いたカガリは、深いため息を付いた。
「ああ、そうだな。そしてそれは、私にとって人生でもトップクラスの汚点だ」
 カガリはユウナと自分を婚約させた父ウズミを呪った。子供の頃のユウナは、もう少しマシな人
間だったように思うのだが、人は変わるという事だろうか。
 いや、今は昔を懐かしんでいる場合ではない。カガリは椅子から立ち上がり、オーブの首脳陣
に命令を下す。
「プラント最高評議会にジブリールがもう逃亡した事を伝えて、停戦交渉を持ちかけろ。国内の
全都市に非常警戒警報を発令。万が一、交渉が決裂した場合に備えて、軍はオーブ領海内に
艦隊を配備。MS部隊の発進準備も行なうように。我々の命に代えてもオーブを守り抜く!」
「はっ!」
 ゴート、ロンド、キサカ、そして新たなオーブの大臣達はカガリに敬礼し、会議室を出て行っ
た。アスランもセイラン親子を牢に戻す為、親子と一緒に部屋を出て行こうとする。だが、
「待て」
 カガリが呼び止めた。カガリはウナトに近づき、
「ウナト。お前がお前なりにオーブの行く末を案じ、大西洋連邦と手を組んだ事は分かる。だが
……」
「間違い、でしたな。今なら良く分かりますよ。自分の思慮の無さがね」
 ウナトは自嘲気味に笑った。見ていると少し哀しくなる笑いだった。
「勝ち馬を見極められなかった私のミスです。プラントと手を組むべきでしたな。そうすれば…」
「そうすれば、今度は地球軍を敵に回していただろうな」
「…………」
「ウナト。この国を離れて、短い間ではあったけど世界を見て、私は分かった。人と人の関係と、
国と国の関係は違う。誰かに手を貸せば、誰かを傷付ける。そして敵を増やしてしまう。お父様
はオーブの民に戦渦を広げる手助けをさせたくなかったから、中立を選んだんだ。理屈では分
かっていたが、今、本当の意味で『分かった』よ。お父様の気持ちが。オーブの全てを愛してい
たお父様の心が」
 カガリは亡き父に思いを馳せた。そして、
「私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハだ。父の遺志を継ぎ、理不尽な侵略からオー
ブの大地と民を守る。それが父上の願いであり、私自身の願いだ」
「その為ならばザフトを、世界を敵に回すと言うのですか?」
「そうだ。力の強い者に従う事も、国を守る方法の一つだ。だが、ザフトがオーブを潰そうとしてい
るのならば、それに屈する事は出来ない。今は戦わなければならない。力無き者を力で押さえ
つけるのがザフトの、デュランダル議長のやり方ならば、オーブは絶対にそれに屈してはならな
い。この国を守る為に戦って、散っていた全ての命の為に。この国を愛する民の為に」
「カガリ……」
 カガリのその言葉に、アスランは驚き、そして頷いた。カガリは覚悟を決めている。ならば自分
も覚悟を決めよう。この勇ましくも優しい少女を守る為に戦おう。
 そしてウナトも覚悟を決めた。
「……力こそが正義。力ある者に従う事で平和が守れるのならば、それでいい。私はそう思って
いましたが、もうそんなやり方は通用しない時代なのですね。明日の平和を掴み取る為に、戦わ
なければならない時がある。そして今がその時、か」
 ウナトは再び笑った。今度の微笑みは自嘲めいたものではない、清々しい微笑みだった。
「カガリ様、ご武運を。オーブの未来を貴方様に託します」
 ウナトは手枷をしたまま、カガリに敬礼した。
「ああ。この国は必ず守る。絶対に!」
 カガリは力強い言葉で答えた。今、名実共にカガリはオーブの真の主となったのだ。
「カ、カガリ、僕にも何か一言…」
 と言うユウナを軽やかに無視し、カガリはアスランと見つめ合う。
「アスラン……」
「大丈夫だ、カガリ。俺は死なない。そして必ず守る。君が愛するこの国と、この国に生きる人達
を」
「頼んだぞ、アスラン。そして、死ぬな。絶対に死ぬなよ」
「ああ」
 アスランもまた、清々しい笑みを浮かべた。そしてウナトとユウナの連行を兵士に任せ、行政府
を後にした。インフィニットジャスティスに乗る為に。オーブを守る為に。
 夕陽は沈み、空には星が瞬いていた。



 夜の闇の中、キラやラクスなどディプレクターの幹部達は、アークエンジェルの艦橋に集まって
いた。そして、今後の行動について話し合う。
 オーブと共にザフトと戦うか、否か。
 オーブに対するザフトの要求は、あまりにも理不尽だ。オーブが、カガリがこんな要求を受け入
れるはずは無い。それはカガリと面識のあるデュランダルも分かっているはずだ。それなのに、
なぜ?
「オーブを見せしめにする気なのかもな。自分達に逆らえばどうなるか、日和見している国に教え
るつもりなんじゃないのか?」
 ムウの推理は、アスランと同じものだった。そしてそれは『正解』と言ってもいいだろう。
 ロゴスに加担するオーブへの侵攻は世界中に『正義の軍事行動』として伝えられている。この
機会にプラントに擦り寄る国もいる。ロゴス打倒は、世界にとって絶対の正義、錦の御旗となりつ
つあった。
「危険ね。これはロゴスという組織を口実にした魔女狩りだわ。デュランダル議長が『その国はロ
ゴスと関係がある』と言うだけで、その国は世界の敵になってしまう。私達やオーブのように」
 マリューの言葉に、一同は頷く。世界は今、たった一人の人間の思うがままに動いている。この
ままでは世界の全てがデュランダルの意のままになってしまう。いや、そうなりつつある。
 デュランダルが正しい心の持ち主ならば、それはいい事なのかもしれない。だが、オーブやデ
ィプレクターなどに対して無実の罪を擦り付けたり、敵対する者への容赦ない対応などは、彼の
心の闇の深さを物語っているような気がする。
 バルトフェルドが、
「議長の真意は分からん。だが、言いがかりをつけて一つの国を潰そうとしている奴の言う事なん
て、俺は信じる事は出来ん」
 と言うと、キラが頷き、
「そうですね。僕達はザフトと戦うつもりなんてないけど、彼らは銃を向けてくる。デュランダル議
長の理想とする世界に、僕達は邪魔なんでしょうね」
 と言う。
「邪魔者は消せ、か。単純だが効率はいいな。もっとも、我々も黙って消されるつもりはないが」
 ナタルの意見にはその場にいた全員が頷いた。ただ一人、ラクスを除いて。
「ザフトの人達も、平和を願って戦っています。出来る事なら、彼らとは戦いたくはありません。で
すが、二年前からわたくし達を支援してくださったカガリさんを始めとするオーブの方達を見捨て
る事も出来ません。友の窮地を見捨てる者に、世界を救う事など出来ません」
 国家間の争いには関与しない。それがディプレクターの方針であり、だからオーブの内戦にも
積極的には関わらなかった。だが、
「今のザフトは明らかに暴走しています。わたくし達に対する疑惑や攻撃、その上、今回のオー
ブに対する要求。わたくし達の声も聞かず、一方的に攻撃を仕掛けてくる。これはあまりにも理
不尽な行為であり、放っておく事は出来ません。ディプレクターはザフトの暴走を止める為、オ
ーブと共に戦います」
 ラクスはディプレクター代表として、そう宣言した。
「オーブにいるダンさん達に連絡を。あなた方三人はそのままオーブ軍と共に、オーブを防衛し
てください。武器の使用も許可します。こちらも全艦、発進してください。エクシード・フォースを始
めとするMS部隊も出撃準備をしてください」
 この宣言を聞かされたディプレクターの面々の反応は様々だった。困惑する者、仕方が無いと
諦める者、ザフトに対して闘志を燃やす者。それぞれの思いが交差した結果、十二名の元地球
軍軍人やザフトの軍人がディプレクターを去っていった。その中には、先日ドミニオンの艦長に
就任したピエルト・ギィルの姿もあった。
「ディプレクターの戦いを否定はしません。ですが……正しい事とも思えません。今のディプレク
ターに私の居場所は無いように思います。お世話になりました」
 かつての上司であるバルトフェルドにそう言い残し、ピエルトはディプレクターを去った。バルト
フェルドは別れの言葉を送らなかった。彼とはまたいつか、必ず会えると思ったからだ。
 そしてアークエンジェル、プリンシパリティ、ドミニオンの三艦はオーブに向かう。夜の闇は更に
深まり、嵐の前の静けさを演出していた。



 オーブを目指すザフト艦隊の士気は高かった。全員がデュランダルの言葉を信じており、彼こ
そが世界に平和をもたらす人物だと確信していた。そして、デュランダルに逆らうオーブは悪だ
と思っていた。
 いや、『全員』ではない。わずかだがそうは思っていない人間もいる。艦長のタリア・グラディス
を始めとするミネルバの一同だ。
 ブレイク・ザ・ワールド事件の後、わずかな間だが、彼らはオーブに滞在していた。タリアはナタ
ルやカガリと出会い、彼女らが決して私利私欲で動く人間ではない事を知った。オーブからの脱
出時には共に地球軍と戦い、危機を潜り抜けた。タリアはディプレクターやオーブの面々を戦友
のように思っていた。
 だから、ディプレクターを敵とするデュランダルのやり方には疑問を抱いていた。先の戦いでデ
ィプレクターに対する攻撃の手が緩かったのも、それが原因だった。その結果、ハイネを失って
しまったが、それでもタリアはディプレクターを憎む事が出来なかった。
『自分でもお人好しだとは思っていたけど、想像以上だったわね。ここまでいくと病気だわ。議長
が彼らを敵と判断した以上、従うしかないのに……』
 艦長席に座るタリアの心は、未だ迷いの中にあった。彼女の頭の中では、プラントに残してき
た息子と、かつての恋人であるデュランダルの顔が浮かび、消えていく。
『私はどうすればいいの? 何をしたいの? 誰を信じればいいの?』
 迷い、戸惑っているのはタリアだけではなかった。ルナマリアとメイリンの姉妹もまた、戸惑って
いた。メイリンは休憩を終えて艦橋に戻る途中、ルナマリアはMSパイロットの控え室に行く途中
で、二人は顔を合わせた。二人は通路を歩きながら、会話をする。
「お姉ちゃん、私達、これからオーブと戦うのよね?」
 メイリンの質問に、ルナマリアは複雑な表情を浮かべた後、
「ええ、そうよ。あの国はジブリールを匿った。オーブはロゴスの陣営なのよ。だったら倒すしかな
い。そして、ジブリールを捕まえて、この戦争を終わらせるの。こんなバカな戦争、一日でも早く
終わらせるのよ」
 ルナマリアの脳裏に、シンの顔が浮かび上がった。
 先のディプレクターとの戦闘の後、帰還したシンは誰にも会わず、何も言わず、自室に閉じこも
ってしまった。レイやルナマリアの呼びかけにも応じず、二日間、部屋に閉じこもった。
 シンの身を案じたタリアは艦長権限で部屋の鍵を開け、アーサーらに命じて、シンを中から引
きずり出した。その時のシンの表情は、ルナマリアには忘れられないものだった。生きているの
か死んでいるのか区別が付かない程に暗く、沈んだ表情。眼の輝きは失せ、死にかけた老人の
ようだった。とても十代の少年の顔とは思えない、見ているだけで哀しく、沈んだ気持ちになって
しまう表情だった。
「そう、この戦争を終わらせる。もう誰も哀しませたくないから」
 ルナマリアは決心を固める。死んだハイネの分も、そして何があったのかは知らないけど、絶
望の底に堕ちたシンの分も頑張る、と。
「お姉ちゃん……」
 姉の固い決意を前にして、メイリンは何も言えなくなった、彼女もタリアと同様、オーブやディプ
レクターの人々は嫌いではなかった。彼らが悪人とは思えなかったし、間違っているのは自分た
ちなのではないか?とも思った。
 だが、そんな事を今のルナマリアに言っても、彼女の闘志を鈍らせるだけだ。そう思ったメイリ
ンは黙ってルナマリアと別れた。しかし、彼女の心は晴れなかった。
 メイリンと別れた後、ルナマリアはMSパイロット専用の控え室に向かった。控え室には既に先
客がいた。それも四人。彼らの顔を見たルナマリアは思わず、
「うっ」
 と声を挙げてしまった。この四人は戦死したハイネに代わるミネルバの新たなMSパイロットとし
て、カーペンタリアから乗船してきた。デュランダル直々の推薦であり、四人の内の一人はシン
やレイと同様、特務隊F・A・I・T・Hのエンブレムを付けている。
 しかし、ルナマリアはこの四人が好きにはなれなかった。はっきり言って嫌いだった。彼らが何
かをしたという訳ではない。ただ、どうしても気が許せない。油断できない。味方のはずなのに、
敵のような感じがするのだ。
 苦手な四人を前にして、部屋に入れなくなったルナマリア。引き返そうかな、とも考えていたそ
の時、
「どうした、ルナマリア。そんな所に立っていられると、俺達が部屋に入れないんだが」
 と背後から声をかけられた。いつの間に来たのか、ルナマリアの後ろにはレイとシンが立ってい
た。
「あ、ご、ごめんなさい」
 ルナマリアは謝った後、先に部屋の中に入った。シンとレイもその後に続く。
 ミネルバに乗船している七人のMSパイロットが集合した。新メンバーの一人、緑色の髪をした
少女が口を開く。
「はーい、先輩達。ご機嫌いかが? って、見れば分かるわね。シン先輩は相変わらず暗いし、
ルナマリア先輩はご機嫌斜めみたい。さっき私達の顔を見て、悲鳴を上げていたし」
 少女はニヤニヤ笑いながら、そう言った。見る者を不快にさせる、嫌な笑顔だ。
「ほっほっほ。まあ仕方あるまい。決戦を前に気が高ぶっておるのじゃろう。未熟な者にはよくあ
る事じゃよ」
 そう言ったのは新メンバーの一人、長い髭を生やした中年男だ。この男も嫌な空気を漂わせて
いる。外見は紳士っぽいのだが、どうも油断できない。
「ふん。緊張するのは貴様らの勝手だが、こちらの足を引っ張るような事だけはしないでほしいも
のだな。折角の狩りを邪魔されるのは不愉快だ」
 新メンバーの一人、額に十字傷を付けた男も、ルナマリア達をバカにしたような発言をする。
 先程も述べたが、ルナマリアはこの三人が嫌いだった。この三人は普通の人間ではない。ナ
チュラルともコーディネイターとも違う、異質な空気を漂わせている。まるで遠い星から来た宇宙
人、いや、未知の怪物のような感じがするのだ。
「ウラノスもネブチューンもプルートも、からかうのはその辺にしなさい。仮にも先輩に対して失礼
よ。この艦では私達の方が新米なんだから」
 そう言ったのは四人の新メンバーの一人、青い髪の独眼の女性だった。その胸にはFAITH
のエンブレムが光り輝いている。
 ルナマリアは、この女性の事はそれ程嫌いではなかった。少なくとも、ウラノス達よりは人間らし
さを感じさせた。
 彼女の名はレヴァスト・キルナイト。『独眼竜』の異名を持つ、元ザフトのエースパイロット。戦後
はディプレクターに入ったが、後に出奔。サードユニオンの一員として、ガンダムアクアマーキュ
リーのパイロットとなり、ダンやステファニーと死闘を演じていたのだが、その事はルナマリア達に
は知らされていなかった。
「もうすぐオーブに着くみたいね。そうすれば私達の出番だわ。久しぶりに暴れてやりましょう」
 レヴァストのその言葉に、ウラノス達三人は歓喜の声を上げた。
「おお、久しぶりの狩りだ。存分に楽しもう」
「オーブには歴史ある建造物が多いからのう。壊し甲斐がありそうじゃわい。ほっほっほ」
「うふふふふふふふふ♪ 楽しみ、楽しみ、すっごく楽しみ〜〜〜♪ ああ、早くオーブに行きた
ーーい。そして、オーブの連中を……うふふふふふふふふふ♪」
 ルナマリアはこの三人に恐怖を感じた。こいつらはマトモな人間じゃない。もしかしたら本当に
宇宙人か怪物なのかもしれない。
 そう考えるルナマリアを無視して、レヴァストはシンに眼を向ける。
「シンとか言ったわね。あんた、戦えるの?」
 レヴァストがそう尋ねるのも無理は無い。ディプレクターとの戦闘後のシンの落ち込みぶりは異
常だった。誰が何を言っても答えてくれず、食事もほとんど食べなかった。もしかしたら、このまま
死ぬんじゃないか?と噂する者もいた程だ。
 しかし、今のシンは普通だった。ルナマリアが良く知っている、かつてのシンだった。
「ああ、大丈夫だ。俺はもう戦える。あんた達こそ、俺の足を引っ張らないでくれよ」
 シンの挑発めいた言葉に、ウラノスとプルートの表情が変わる。
「ふん。生意気な小僧め…!」
「あらあら、言うじゃないの。さすがミネルバの、ううん、ザフトのエースパイロットってところかしら?
 でも、ちょっと生意気ー」
 怒る二人とは正反対に、ネプチューンとレヴァストは冷静だった。
「ふむ。ほっほっほ。いや、若い内はそれくらい元気な方がいい。結構結構」
「ネプチューンの言うとおりね。分かったわ。私達はミネルバのクルーとしては新人だし、あんた
達の邪魔はしないようにする。この三人の管理は私に任せて、あんた達は好きにやりなさい」
「ああ、あんたに任せるよ。せいぜい頑張ってくれよ」
 少し生意気な口調も、かつてのシンのものだった。理由は分からないが、シンは地獄の底から
復活したのだ。
「シン……」
 ルナマリアは嬉しかったが、同時に少し心配になった。あの死人のような状態から、どうして復
活できたのだろう? 疑問に思うルナマリアに対して、シンは、
「大丈夫だ、ルナ。俺は戦うよ。そしてこんな戦い、早く終わらせてやる。そう、俺が、早く…」
 と答える。その決意はルナマリアと同じものだった。だが、何かが違う。自分とは何かが、決定
的な何かが違う。ルナマリアはそう感じた。
 騒がしい控え室の隅で、レイは一人、一同の様子を見ていた。いや、彼が見ているのはただ一
人、シン・アスカだけだ。
『立ち直らせるのに時間はかかったが、何とかなったようだな。シン、お前はあんな事で終わって
はダメなんだ。あんな、つまらない事で終わってはな……』



 ストライクフリーダムの調整を終えたキラは、ラクスと一緒にアークエンジェルの通路に立ってい
た。通路には二人の他には誰もおらず、静かな世界が作り出されている。
「トリィ!」
「ハロ! ラクス、ハロ?」
 騒いでいるのはラクスの肩に止まっているロボット鳥と、彼女の手の中にいるボール型ロボット
のみ。キラとラクスは何も言わず、窓の外をじっと見ていた。
「暗いね」
 長い沈黙を破り、キラがポツリと呟いた。窓の外にある闇夜の海は、不気味すぎるほどに静か
で、暗かった。アークエンジェルからのわずかな灯りが、海の表面を照らすのみ。
「そうですわね。まるでわたくし達の行く道そのもののようですわ」
「ラクス……」
 珍しくラクスが弱音を吐いた。それだけ疲れているのだろう。
 普通ならここで話題を変えるのだろうが、キラはあえてラクスが今、一番気にしている事を話題
にした。逃げる事は出来ないのだから、正面からぶつかり、打破するしかない。
「バルトフェルドさんがさっき教えてくれたけど、もう離脱者はいないって。みんな、ザフトと戦う覚
悟を決めたみたいだね」
 その報告はラクスを喜ばせるものではなかった。彼女はため息を付いて、
「そうですか。ディプレクターという組織の長としては喜ぶべき事なのでしょうが……。キラ、わたく
しの判断は正しかったのでしょうか? ディプレクターの信念を曲げるような事をして」
 ディプレクターの信念。それは世界の正義であり続ける事。戦争によって苦しむ人々を一人で
も多く救う事。無益な戦いを終わらせる事。人々の自由と平和を守る事。
 国家間の戦争には介入せず、中立を守り続けてきたのは、戦争に正義は無いからだ。どちら
にも正義があり、どちらも間違っている。世界中の人々から信頼されているディプレクターが一方
に介入すれば、もう一方は悪と決め付けられてしまい、更なる悲劇を起こす可能性がある。
 ラクスはこのルールを守り続けてきた。南米の独立戦争に介入しなかったのも、オーブの内戦
に極力関わろうとしなかったのも、更なる戦乱を起こしたくなかったからだ。
 だが、ラクスの努力も空しく、世界は再び戦火に包まれてしまった。そして今、ディプレクターは
自ら定めた禁を破ろうとしている。
 確かにザフトのやり方は横暴だし、オーブを救いたいとは思っている。だが、それは本当に正
しい事なのだろうか? ザフトを敵とし、オーブに味方する事は、間違っていないのだろうか?
 迷い続けるラクスに、キラが話しかける。
「ディプレクターの目的は、この世界の平和を守る事だよ。ラクスはデュランダル議長のやり方が
正しい事とは思えないんだろう? 僕も、ううん、今、ディプレクターにいる人達はみんなそう思っ
ている。ディプレクターがザフトと戦う、そう決めたのはラクスだけど、そんなディプレクターにいる
事を選んだのは僕達だ。戦う事を選んだのは僕達なんだ。だから気にしないで」
「キラ……」
 キラの声は優しく、決意に満ちていた。戦う事が正しいとは思っていないが、だからといって戦
わない事が正しいとも思わなかった。矛盾した考えだが、今は戦わなければならないと思ったの
だ。オーブを、ディプレクターを、ラクスやカガリら大切な人達を守る為に。
「ザフトはオーブからの停戦交渉を完全に無視している。だったら、戦うしかないよ。僕達はオー
ブを失う訳にはいかない。あの国は、議長のやり方に異を唱える人にとって、最後の希望の地に
なるかもしれないんだ」
 何が正しくて、何が間違ってるのか。それは誰にも分からない。だからこそ、人は道を作り、選
ぶ自由を持たなければならない。より良き道を選び、未来へと繋げる為に。
「……平和を願う心で、武器を手に取る。わたくし達は本当に愚かなのかもしれません」
 しかし、今はそうするしかない。かすかな希望を未来に繋げる為にも、ここで死ぬ訳にはいかな
い。友を見殺しにする訳にはいかない。
「それでも、今は戦いましょう。理不尽な力に屈しようとしない、わたくし達の友の為に」
 ラクスのその言葉に、キラは頷いた。
「トリィ!」
「ハロ、ラクス、ガンバレ、ハロ!」
 トリィとハロも、ラクスを励ましているかのように声を出す。ラクスの顔に少しだけ安らぎの表情が
浮かんだ。
 だが、決戦の時は静かに、そして確実に迫っていた。



 午後九時。ついにザフト艦隊はオーブの領海内に侵入した。
 日は完全に落ち、オーブの大地は闇に覆われていた。国民の避難作業は急ピッチで進めら
れていたが、それでもまだ完了していない。カガリは戦争を避ける為にザフトやプラント政府に停
戦を呼びかけるが、ザフト側はまったく応じなかった。
「オペレーション・フューリー、開封承認。デュランダル議長直々の指令だ。ロゴスに加担し、世
界の平和を乱すオーブ共和国を殲滅せよ!」
 午後九時七分。艦隊司令の命令がミネルバを含む全艦に伝えられた。そして各艦から大量の
MSが発進される。空からはグフイグナイテッド、ディン、バビが、水中からはグーン、ゾノ、アッシ
ュが迫り、イザナギ海岸からオーブ本土に上陸せんとする。
 そしてミネルバからもMS部隊が出撃する。シンのデスティニーと、ルナマリアのフォースインパ
ルスが発進。更に、
「レヴァスト・キルナイト、タイラント、出るわよ!」
 レヴァストがアクアマーキュリーに代わる新たな愛機タイラントで出撃する。このMSはザフト製
ではない。彼女の真の主がプレゼントとして与えた物である。その性能はアクアマーキュリーに
勝るとも劣らない。
 デスティニー、インパルス、タイラントの三機は空を飛び、オーブに接近する。イザナギ海岸に
は多数のムラサメやM1アストレイが配備されていたが、デスティニーとインパルスのビームライフ
ルと、
「久しぶりの戦闘だけど、あんた達なんて敵じゃないのよ!」
 タイラントの腰に装備された88oレールガン《エクツァーン2》によって、次々と撃墜された。
 デスティニー達の活躍によって、イザナギ海岸の防衛線に大きな穴が開いた。そこからザフト
のMSが次々と侵入する。戦艦に乗っていたザクウォーリアやジンなども上陸した。
 数の上ではザフト軍が優勢。加えてオーブ軍は、つい先程まで行なわれていた内戦による損
傷と疲労が癒えていない。オーブの陥落は時間の問題かと思われた。
 だが、それを許さない者達がいた。上空から接近する機影。数はニ十。アスランが乗るインフィ
ニットジャスティスが率いる、オーブの大統領護衛部隊だ。アサギ達のムラサメとカケルのディスト
ライクの他にも、
「オーブもカガリ様も、私達が守ってみせる!」
 アルル・リデェルが操縦するブルーカラーのムラサメと、
「我が愛する祖国を、貴様らなどに踏みにじらせはしない!」
 ロンド・ミナ・サハクのアストレイ・ゴールドフレーム天(アマツ)が加わっている。
「これ以上、オーブを荒らさせはしない! みんな、行くぞ!」
 アスランのその声と共に、護衛部隊のムラサメが一斉に攻撃を開始する。ビームの雨が地上の
ザフト軍に降り注ぐ。
 そして、ディンやバビなどの空からの敵に対しては、
「行くぞ、カケル、アルル、ロンドさん!」
「はい、隊長!」
「落としてみせます!」
「ふっ……。任せろ」
 インフィニットジャスティス、カケルのディストライク、アルルのムラサメ、ゴールドフレーム天(ア
マツ)が対応する。
 わずか四機だが、その戦闘力は侮れない。アスランのジャスティスは背部のリフターとの巧み
なコンビネーションで、カケルとアルルは、接近してきた敵をディストライクが、遠距離の敵はムラ
サメが倒すという即席とは思えない見事なコンビネーションで、天(アマツ)は特殊装備《マガノイ
クタチ》の能力で敵MSのエネルギーを吸い取り、無力化して、敵機を次々と撃墜する。
 地上のザフト軍に対しても、強大な壁が立ち塞がった。幾多の戦場を駆け抜けた、青き死神と
その相棒。
「カイト・マディガンは逃したが、貴様らは逃さん。サーペントテールはディプレクターと共にオー
ブを守る。行くぞ、イライジャ」
「おう!」
 劾の操るブルーフレーム・セカンドLと、イライジャのザクファントムはザフト軍との戦闘を開始す
る。M1アストレイを中心とするオーブ軍も、この二機を援護する。
 数では勝るザフト軍だったが、オーブ軍の必死の反撃によって形勢は逆転。タイラントの操縦
席に座るレヴァストは呆れて、
「やれやれ、何やってるんだか……。しばらく留守にしていた間に、ザフトの兵の質はかなり落ち
たみたいね」
 と言った。そして不甲斐ない地上軍の援護に向かおうとするが、
「!」
 感じ取った。レヴァストにはSEEDなどの特殊能力など無いが、それでも感じ取った。分かった
のだ。そして狂喜した。来る。奴が来る。あの女が来る!
 そしてシンも、新たな敵の接近を感じ取っていた。
「このプレッシャーは……あいつか!」
 かつては友と思っていた男。命を救われた事もある。共に戦った事もある。だが、今は敵だ。
 シンの脳裏に、レイの言葉が思い浮かぶ。それはシンを絶望の淵から立ち直らせた、魔法の
言葉。

「シン。いくらお前が嘆き悲しんでも、お前が殺してしまったあのステラという少女の命は帰ってこ
ない。あの少女を殺してしまったお前の罪も消えない。罪を償いたいのなら、ステラの魂を救いた
いのなら、戦え。そして全ての元凶を断て。お前にステラを殺したのはなぜだ? ステラがあの男
を庇ったからだ。あの男がいなければステラは命を投げ出すような事はしなかった。あの男こそ
お前がステラを殺した原因であり、元凶なんだ。シン、あの男を、ダン・ツルギを殺せ。それがス
テラの為にお前が出来る唯一の事であり、贖罪となるんだ」

「ダン……。ダン・ツルギ!」
 シンは敵の名を叫ぶ。新たに接近してきたMSの数は三。三機とも、シン達には見覚えのある
機体だった。そしていずれも強敵だ。ルナマリアは少し恐怖した。
「ギャラクシードにムーンライト、それにネオストライクまで……。やっぱりディプレクターはオーブ
に味方するのね。予想はしていたけど……」
 やりきれない思いと共に、ルナマリアはインパルスのビームサーベルを抜いた。それに応じる
かのように、ギャラクシード達も戦闘態勢に入る。ギャラクシードは《ソード・オブ・ジ・アース/α
(アルファ)》を抜き、ムーンライトは《クリスタル・ジャベリン》を、ネオストライクはビームサーベル
を構える。
「ディプレクターの本隊が来るまで、私達でオーブを守るわよ。ダン、スティング君、準備はい
い?」
「俺はいつでもいいぜ。インパルスは俺に任せろ。あのMSには借りがあるからな」
 勇ましい言葉を吐くスティング。一方、ダンは沈黙していた。ゼノンとの戦いが終わってから、彼
は誰とも喋ろうとしなかった。
「ダン……」
 心配するステファニーにも、ダンは答えない。無言のまま、シンのデスティニーに挑む。
「来るか、ダン・ツルギ! お前さえいなければ、ステラは!」
 怒りのままに応戦するシン。デスティニーは《アロンダイト・ビームソード》を抜き、その刃でギャ
ラクシードの《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》を受け止める。高熱の刃同士の衝突。
 その衝突をスティングは横目で見た後、視線を前に向ける。そこにいるのは、カオスに乗って
いた頃に多くの苦渋を味合わされた、因縁の相手。
「インパルス、パイロットはシンって奴じゃないらしいな。それでもテメエには色々世話になったん
だ。借りは返させてもらうぜ!」
 ビームサーベルで切りかかる。ネオストライク。
「速い……でも!」
 かわすインパルス。ルナマリアは立ち直ったシンの事が気になっていたが、今は敵を倒す事に
集中する。全ては生き残ってからだ。
 一方、ステファニーにも彼女の宿敵が襲い掛かっていた。
「待っていたわよ、この時を……。あんたに敗北の屈辱を与えて、殺せるこの日、この時、この瞬
間を! さあ、殺し合いましょう、ステファニー・ケリオン! 私とこのタイラントが、あんたを地獄に
送ってあげるわ!」
 タイラントは破砕球《ミョルニル・ゼロ》を振り回し、ムーンライトを襲う。ムーンライトは《シャイニ
ング・リフレクター》の防御壁でこれを防ぐが、
「まだまだあっ!」
 タイラントの攻撃は止まない。胸部の《スキュラ》を防御壁に放射。連射。連続で放たれた高出
力のエネルギーを防いだ《シャイニング・リフレクター》は、防御壁を張るエネルギーを失い、ム
ーンライト本体に戻った。再び防御壁を張る為には、エネルギーチャージの為に一定の時間が
必要だ。
「さあ、これからが本番よ。たっぷりと戦いましょう! そして、私に殺されなさい!」
 執念と共に襲い掛かるレヴァスト。彼女のたった一つしかない眼は、ギラギラと輝いていた。そ
れはSEEDの光ではない、狂気と殺意に満ちた光。
「くっ、これじゃあダンを助けに行けない……!」
 ステファニーは焦っていた。今のダンの精神は不安定なものになっている。何かがあれば彼の
心は砕け散り、二度と立ち直れなくなるかもしれない。しかし、ステファニーはレヴァストの猛攻の
前に防戦一方。他人の心配をしている暇は無い。
『自分の心から生まれた迷いは、自分の心で解決するしかない。ダン、お願い、蘇って!』
 ステファニーの願いが届くかどうかは、神のみぞ知る。いや、神ですら分からないかもしれな
い。人の運命を切り開くのは神ではなく、人の強い意志なのだから。



 午後九時四十六分。オーブ沖で待機していたミネルバのレーダーが、接近する三隻の艦の影
を捉えた。機種はアークエンジェルとドミニオン、そしてプリンシパリティ。
「やっぱり来たわね。正義の味方の天使さん達が」
 タリアは自嘲するように笑った。そして、
「艦隊司令に連絡。これより本艦はディプレクター艦隊を迎え撃つ。離水上昇急げ! 面舵1
0、攻撃目標、敵旗艦アークエンジェル。MS部隊は全機、発進!」
 タリアは冷静かつ的確に指示を出す。ザフトや議長のやり方に疑問を感じていても、それでも
彼女はザフトの軍人なのだ。その誇りにかけても、この戦いは負けられない。
 タリアの指示を受け、待機していたMS部隊が発進する。レイのレジェンドに続いて、レヴァスト
が連れてきたデルタ・エクステンデッド達も新型MSに乗り込む。
「さあ、狩りの時間だ。ウラノス、デスピア、出るぞ!」
「ほっほっほ。ネブチューン、デスピア、敵を破壊しに参る!」
「プルート、デスピア、行くわよ! キリングタ〜イム、スタート!」
 灰色と青、そして赤く塗られた三機の同型機がミネルバから飛び立った。タイラントと三機のデ
スピアはザフト製のMSではない。レヴァストらの本来の主が、彼らの為に造り、与えた機体であ
る。その性能は量産機などとは比較にならない。
 ミネルバだけでなく、後続艦からもグフやディン、バビなどが出撃する。その数はおよそ三十。
 ディプレクター側もザフト軍の動きを察知していた。アークエンジェル艦長マリュー・ラミアス、プ
リンシパリティ艦長ナタル・バジルール、そしてピエルトに代わりドミニオンの艦長に就任したアン
ドリュー・バルトフェルドの三名は、同時に指示を出す。
「対艦戦、対MS戦、用意!」
「MS部隊、全機発進!」
「攻撃目標、ミネルバ及びザフト艦隊! オーブへの道を切り開け!」
 各艦の砲門と、MS発進デッキのハッチが開く。そして、
「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」
「ムウ・ラ・フラガ、シュトゥルム、出るぞ!」
「ヴィシア・エスクード、バンダースナッチ、出る!」
 など、エクシード・フォースの主力MSが出撃。続いてコズミックウルフ隊のディストライクや、ム
ラサメなども出撃する。
「新型のフリーダムとシュトゥルム……。キラ・ヤマトとムウ・ラ・フラガか」
 接近するストライクフリーダムとシュトゥルムの姿を見て、レイは高揚と憤怒の感情に包まれてい
た。この二機こそ、この二人こそ、彼にとっては運命の宿敵。この命が尽きる前に倒さなければ
ならない存在。
「お前達は俺が倒す。いや、倒さなければならない。俺が運命を乗り越える為には!」
 レイのレジェンドが空を駆ける。その後をウラノス達のデスピアが追う。
「あらら、レイ君、張り切ってるわね。そんなにあいつらを殺したいのかしら?」
「それは困るな。獲物が少なくなる。行くぞ、プルート、ネプチューン」
「ほっほっほ。ちっこいMSは君達に任せる。わしは壊し甲斐のある大きな獲物をいただくとしよ
う」
「勝手な事を……。まあいい、好きにしろ。たとえ死んでも、貴様の代わりなど幾らでもいるのだか
らな」
「ほっほっほ。それはお互い様じゃ」
 艦に迫り来るデスピア。その前にコズミックウルフ隊が立ちはだかる。
「ここから先へは通さない! ルミナ、カノン、クリス、気合を入れろよ!」
 ジェットの檄に三人の少女は、
「ええ、分かったわ。サイが乗っているアークエンジェル、落とさせはしない!」
「オーブで頑張っているアスラン様の為にも、絶対に負けない!」
「まだまだ未熟だけど、ボクも頑張ります!」
 と力強く答える。
 それぞれの運命と殺意が交差し、今、死闘の幕が上がった。



 シンのデスティニーは、ダンのギャラクシードとほぼ互角の戦いを繰り広げていた。いや、わず
かにギャラクシードが押されている。ビームライフルによる射撃も、《アロンダイト》を駆使した剣戟
も、シンの攻撃は凄まじく、ギャラクシードは反撃する間さえ無い。
「あんたは! ここで! 終わるんだよ!」
 怒りと共にシンのSEEDが覚醒した。攻撃の手は更に激しさを増し、ビームが数発、ギャラクシ
ードに命中する。熱を吸収する特殊金属の効果で大破は免れたが、このままではいずれ撃墜さ
れるだろう。
「ぐっ……。シン、こいつ、強くなっている…!」
 ダンは動揺していた。宿敵ゼノンに見限られた上、友と思っていた男に殺されようとしている。
地獄のような状況だ。どうすればいい? 俺は何をすればいい? それとも俺はここでシンに殺
されるべきなのか? そうすれば俺の罪は……。
「ダン・ツルギ! あんたはーーーーーっ!!」
 襲い掛かるデスティニー。その掌に搭載された《パルマフィオキーナ》が光を放つ。この高出
力ビームをまともに受ければ、ギャラクシードの装甲も危うい。
「ちいっ!」
 ダンは操縦桿を素早く動かし、デスティニーの必殺の一撃をかわした。
『まだだ! 俺はまだ、死ぬわけにはいかない! 罪を償っていないのに、死ぬわけには!』
 ダンはG・U・I・L・T・Y(ギルティ)の起動ボタンに指を伸ばす。SEEDが覚醒している今のシ
ンに勝つには、これを使うしかない。それは分かっている。だが、
『……怖い』
 G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使うのが怖い。
 G・U・I・L・T・Y(ギルティ)の力が怖い。
 G・U・I・L・T・Y(ギルティ)の中にいる女に責められるのが怖い。
 ……いや、違う。本当に怖いのは、俺が本当に恐れているのは、
「もらった!」
 再びデスティニーの掌が迫る。今度はかわせない!
「!」
 死の際に立たされたその時、ダンは自分の恐怖の根源を知った。『死』という最大の恐怖の前
にして、ようやく自分を誤魔化す事をやめたのだ。
 ダンが恐れていたのはG・U・I・L・T・Y(ギルティ)という、自分の罪の証そのもの。そして、そ
の罪を認める事が出来ない自分自身の弱さ。
 そう、ダン・ツルギという男は弱い。自分の過去を受け止める勇気も無い。死を恐れ、自分を恐
れ、『贖罪』を言い訳にして生き続けて、戦い続けて、逃げ続けてきた。
 だが、それでは駄目なのだ。もう無理なのだ。自分の罪を誤魔化して、逃げ続けても、決して
逃れる事は出来ない。それでも逃げ続けようとすれば、
「うおおおおおおおっ!! 今度こそ終わりだ、ダン・ツルギ!」
 こいつのようになってしまう。自分の罪を認められず、他人に全てを押し付けているこの心弱き
少年、シン・アスカのように!
「駄目だ! そんな事をしても誰も救われない! 俺も、お前も、救われない、未来に行けないん
だよ、シン!」
 デスティニーの掌の前に、《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》が立ち塞がる。その刃は
赤く、熱く、激しく輝いていた。自分の弱さと罪深さを受け入れ、それでも前に進もうとするダンの
心のように。



 ここで少し、時計の針を戻す。
 オーブにザフト軍が侵攻する少し前。成層圏を抜けたハルヒノ・ファクトリーを突然、衝撃が襲
った。
「キャア!」
「うおっ!」
 船体が激しく揺れる。衝撃と同時に、遠くから爆音が聞こえた。船内もしくは船外の至近距離で
何かが爆発したらしい。
 敵襲か?と思い、ミナはレーダーを見たが、何の反応も無い。
「ミラージュコロイド? ううん、ミラージュコロイド・デテクターには何の反応も無い……。どういう
事?」
 ミラージュコロイド・デテクターとは、現時点でミラージュコロイドを感知する事が出来る唯一の
レーダーシステムである。オーブに滞在中に搭載したこの新装備は、相手の正確な位置までは
割り出せないが、敵の接近ぐらいは感知する事が出来る。ハルヒノ・ファクトリーに搭載されてい
る同システムはミナの手によって改良され、軍用の物より優れた感知能力を備えている。それな
のに、反応はまったく無い。なぜ?
「首を傾げている暇は無い。爆発箇所の確認を急げ! 私も行く」
 ゼノンは三従士を引き連れて、爆発があったと思われる場所に向かう。
 そこはMSの部品を収容している倉庫だった。ハルヒノ・ファクトリーの施設の中では、MSの整
備デッキに次ぐ広さを誇る場所だ。
 ミナは監視カメラで倉庫の内部を確認しようとした。が、監視カメラは全て破壊されており、中の
様子は分からない。
「ふん。どうやら客が来たようだな」
 ゼノンと三従士はノーマルスーツを着て、倉庫の扉を開けた。倉庫の壁には大きな穴が開いて
おり、そこから一体のMSが入り込んでいた。黄色い角を生やし、その顔付きはどことなく、ストラ
イクなどの『G』と呼ばれるMSに似ている。
 正体不明のそのMSは、金属製の巨大なコンテナの中に、何かを詰めている最中だった。どう
やらこの倉庫から、何かを盗み出そうとしているらしい。
「私の艦に盗みに入るとは。命知らずにも程があるぞ!」
 ゼノンは本気で怒った。引き返してヘルサターンで謎のMSを破壊しようとするが、
「おっと。そうはいかないよ。君達にはここでじっとしていてもらう」
 ゼノン達の前に人影が立ちはだかった。
「なっ!」
「何……?」
「そんな、バカな…!」
 その人物の顔を見た三従士は、驚きのあまり動けなくなってしまった。その人物はノーマルス
ーツも着ていないのに、空気がほとんど無い部屋の中で平然としていた。背丈は子供のように小
さいが、しかしその眼は恐ろしいまでに冷酷な光を漂わせている。その人間はゼノンが良く知る
人物だった。ほんの少し前に彼が殺したはずの人物だった。
「貴様は……生きていたのか! いや、そんな筈は無い。あの状況で生き延びられるなど、そん
な筈が…」
「ああ、そうだ。あの状況で生き延びられる筈が無い。心の準備をしていた君と違って、完全に不
意を突かれたからねえ。まさか艦一隻、丸ごと落としてくるとは……。いやあ、大したものだよ。さ
すがはゼノン・マグナルド。褒めてあげるよ。デューク・アルストルの父親として、そして君の中に
あるダン・ツルギの細胞の祖父としてね」
 メレア・アルストルはそう言った後、ニヤリと微笑んだ。嫌な微笑だった。
「あの時の貴様はパーフェクトクローンだったのか……」
「いいや、違う。あの時殺した僕は本物の僕だよ。もっとも、今、ここにいる僕も本物の僕だけど
ね。そして同時に、どちらも偽物でもあるのさ」
 まるでクイズのような不可解なセリフだった。
 そうこうしている間に、謎のMSは作業を終えていた。コンテナの蓋を閉め、外へ出て行こうと
する。その後ろ姿に向かってメレアは、
「ご苦労様。ミス・マティスにはよろしく言っておいてね。『協力、感謝する』ともね」
 と言った。その伝言を受け取ったのか、謎のMSは軽く頭を下げた後、倉庫から飛び去ってい
った。その様子を見ていたコートニーは、記憶の片隅にあったデータを思い出す。
「まさかあの機体は、ZGMF−X12A…?」
「ご名答。さすがは元ヴェルヌ設計局の一員。詳しいね。そう、あれはZGMF−X12A、テスタメ
ントさ。新型のステルスシステムを搭載した、なかなか面白いMSだよ。ミス・マティスもいい手駒
(オモチャ)を持っているねえ。でも僕のオモチャの方が面白いかな? 僕のオモチャはこの体そ
のもの。殺しても死なない、絶対に壊れない最高のオモチャさ」
 自分自身をオモチャだと言い切るメレア。不気味で異常な発言だったが、しかし、ゼノンはその
言葉の真の意味を察した。
「そういう事か。貴様があの時、私の前で見せた人間離れした動き。脳の発達だけでは説明し切
れないと思っていたが……。なるほど、あの時の貴様も今の貴様も、どちらも本物のメレア・アル
ストルの『肉体』であり、操り人形という事か」
「ピンポーン♪ ご名答。正解の賞品は何がいい?」
 おどけて答えるメレアに、ゼノンは拳銃の銃口を向けた。
「質問に答えてもらおう。本物の貴様はどこにいる? どこかに隠れて私達を、いや、この世界そ
のものを嘲笑っている貴様はどこにいる?」
「失礼な事を言うなよ。僕はこの世界を嘲笑ってなんかいない。誰よりもこの世界の事を考え、愛
しているんだ。それに『僕』の居場所を知ってどうするの? また僕を殺すの? 無理だね。この
二百年、君みたいな奴は大勢いた。僕はそんな連中と戦い、そして、常に勝利してきた。この意
味が分かる?」
「分かるさ。貴様はゴキブリ並に、いや、それ以上にしぶとい奴だという事がな。だから今度こそ
確実に殺す。脳細胞の一片に至るまで潰して、息の根を止めてやる」
「意気込みはいいねえ。でも、それはやっぱり無理だね」
 そう言ってメレアは、懐から素早く銃を取り出した。そして、
「そう焦らなくても、本物の僕とはすぐに会えるよ。僕はずっと、彼のすぐ側にいるから。今もね」
 と言って、笑顔を浮かべた。そして銃口を自らのこめかみに当てて、引き金を引いた。
「!」
 メレア・アルストルの頭は粉々に砕け散った。血や髪の毛、無残な肉片が散乱する。だが、そ
の肉片の中には、あるべきはずの物が無かった。
「なるほど。名実共に本物の『人形』だったというわけか。こんな能無し、いや『脳無し』を私の元
に差し向けるとは、ふざけた真似を……」
 ゼノンは激しい怒りを感じていた。この怒りを静める方法は唯一つ。自らの計画を成功させた
後、メレアを殺すしかない。
「月へ行くぞ。そこで全ての決着をつける!」
 ゼノンの命令によって、ハルヒノ・ファクトリーは本来の目的地である月に向かう。そこに彼らの
求めている物があるのだ。ゼノン・マグナルドが世界を手にする為に必要な力が。



 時は『現在』に戻る。
 オーブ郊外の小高い丘の上に、一機のMSが着陸した。このMSの存在にはザフトもディプレ
クターもオーブ軍も気付いていなかった。
 テスタメント。『神と人との制約』という意味の名を持つそのMSは、依頼主に頼まれた荷物を渡
していた。ハルヒノ・ファクトリーから持ち出したコンテナ、正確にはその中身を。
「ご苦労様。ミス・マティスにはよろしく言っておいてくれ。『協力、感謝する』ともね」
 宇宙にいた自分と全く同じ言葉で、メレア・アルストルはテスタメントのパイロットを労った。パイ
ロットは何も言わずに、テスタメントで飛び去って行った。
 メレアはコンテナの方に視線を向けた。その赤い瞳は、これまで以上に爛々と輝いている。そ
して隣に立つノーフェイスに、
「いよいよだね」
「はい。いよいよです」
「時は来たのかな?」
「もう少しだけお待ちください。計算では本日中には完成するかと」
「そうか……。ああ、ついにその時が来るのか! 二百年間、僕はこの時を待ち望んでいた。世
界に永遠の平和をもたらすこの日が来る事を。僕の全てはこの時の為にあったんだ。ああ、待ち
遠しいよ。ついにこの時が来た。この騒がしき世界に静かなる福音を! そして世界に永遠の平
和を!」
 平和を求めるメレアの想いは純粋なもので、決して間違ってはいなかった。だからこそ厄介な
のだ。
「もう少しだけ待っていてよ、グランドクロス。もうすぐだから、もうすぐだからね」
 コンテナに頬擦りするメレアから視線を外し、ノーフェイスは空に顔を向けた。
 天空の彼方で戦う二体のMS。ギャラクシードとデスティニー。この二体の戦いが人類の未来に
大きく関わるものであると知っていたのは、メレアとノーフェイスだけであった。
 鋼の体の中で、『それ』は静かに時を待つ。真なる目覚めの時を……。

(2005・9/30掲載)

次回予告
 激しさを増す戦いを止める者は、神か、悪魔か。
 戦いの無い世界を作る。その甘美な言葉は新たな戦いを呼び、メレア・アルストルに決
断の時を急がせる。
 そしてついに、神をも超える存在が覚醒する。人も機械もひれ伏させ、新たな世界を創
る創世主が。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「グランドクロス」
 偽りの静寂を呼ぶ者を、撃て、ギャラクシード!

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