第37章
 神々の黄昏

 時間は、カガリ達のオーブ上陸より少し前に遡る。
 イザークとフレイを保護したギアボルト達は、小型宇宙船である宙域にやって来た。無数の岩
塊やジャンクが浮遊するこの宙域は、身を隠すのに最適な場所だった。
 ギアボルトの宇宙船は、この宙域の中でも一際大きな岩塊の中に入った。この岩塊はディプレ
クターの秘密工場施設ファクトリーであり、岩塊の隙間からはエターナル級戦艦の二番艦である
『黒いエターナル』、フォーエバーの姿が見える。
 フォーエバーの艦橋では、ガーネットとニコルがギアボルト達を待っていた。二人はイザークと
フレイの無事を祝った後、本題に入る。
「イザーク達を襲ったのはAMSか。やっぱりザフトはサードユニオンと手を組んだみたいね。最
悪だわ」
 ガーネットのその言葉は、イザークを大いに驚かせた。
「バカな! サードユニオンはリ・ザフトやブルーコスモスを利用して、世界を自分達のものにしよ
うとしている組織だぞ! そんな連中とザフトが手を組むなんて…」
「元ザフトのあんたとしては信じたくないでしょうけど、『敵の敵は味方』って事よ。昨日までの敵と
手を組むなんて、人間の歴史でもよくある事じゃない。利害が一致すれば、敵は簡単に味方に
なるのよ。二年前の私達のようにね」
 ガーネットは皮肉を込めて言った。
「た、確かにそうだが……それでも信じられん。大体、ザフトとサードユニオンの一致する利害と
は何だ? 世界の平和を望んでいるデュランダル議長と、世界の混乱を望んでいるサードユニ
オンは目的も何もかも正反対じゃないか」
「ザフトとサードユニオンが手を組む理由は二つ。一つは、どっちも私達ディプレクターが邪魔だ
から。もう一つは、目的が結構似ているから」
「目的が似ている、だと?」
「そうよ。どっちも目指しているのは平和的な世界の統一。ううん、世界征服って言い換えた方が
いいかしら?」
 世界征服。あまりにも陳腐な言葉だが、誰も笑わなかった。ただ一人、記憶を失いつつあるフ
レイだけが、きょとんとした顔をしている。
「あえてバカな言葉を使わせてもらったけど、少なくてもデュランダル議長は、みんなが思ってい
るほど優しい人間じゃないわよ」
 そう言ってガーネットはイザークに一冊のノートを渡した。
「これは何だ?」
「『ターミナル』の連中と、ジェスっていうジャーナリストがメンデルで見つけた物よ。ギルバート・
デュランダルの研究と理論に対する評価ってとこね」
 『ターミナル』とは旧クライン派によって結成された地下組織である。ディプレクターの目となり
耳となり、世界各地の情報を収集している。キラの北米支部や、ガーネットのプラント支部が地球
軍やザフトの襲撃から逃れることが出来たのも、彼らがもたらした情報のおかげだった。
 ノートはボロボロで所々が破れていたが、そこに書かれていた文章は、イザークを再び驚かせ
た。
「デスティニー・プラン……だと?」
 それは人類に永遠の平和をもたらす為の計画。人類を戦いの業から解放し、その欲望を制御
し、全ての人類に穏やかな日々を与える為の壮大な計画。だが、
「ふざけるな!」
 ノートを読んだイザークは、ノートを床に叩きつけた。
「何だ、この計画は! こんな、こんなバカな事を考えているのか、デュランダル議長は!」
「そうみたいね。でも、これってそんなに悪い事かしら?」
 ノートを拾いながら、ガーネットが尋ねる。
「遺伝子によってその人間の適性を判断し、その人間に最も適した職業と生活を与える。人間の
欲望は管理・制御され、戦争だって起こらない。悪くない計画だと思うけど」
「それを本気で言っているのなら、俺は貴様との縁を切るぞ」
「あらら、怒っちゃった。どうして?」
「どうして、だと? 貴様がそれを言うのか。欲望のままに生きる事でザフトを離反し、戦い、ダブ
ルGを倒して、この世界に平和をもたらした貴様が」
「ちょっとヒドい言い方ね。ま、否定はしないけど」
「二年前の俺なら、この計画に賛成したかもしれん。これはある意味、コーディネイター社会の究
極の姿だからな。だが……」
「それでも嫌なの?」
「ああ、そうだ。コーディネイターにとっては理想的な世界だが、ナチュラルにとってそうであると
は思えない。いや、コーデイネイターにとっても素晴らしい世界だとは思えん」
「どうして?」
 ガーネットの質問に、イザークは少し考えた後、答える。
「デスティニー・プランが作る世界には自由が無い。自分の望むままに生きる自由も、戦う自由
も、夢を見る自由さえ存在しない。そんな世界で生きたいとは俺は思わない。それに、そんな世
界で生きている奴が人間だとは思えない」
「自由を無くす代わりに、人は平和と安定した生活を手にする事が出来るわ」
「そうだな。まるで家畜のように」
 イザークはそう言い切った。
「俺達は牛や羊じゃない。俺達は人間だ。平穏と引き換えに自由を失い、誰かの家畜になるな
ど、俺は御免だ」
「デュランダル議長は間違っていると?」
「ああ。そのノートに書かれている事が真実で、それを議長がやろうとしているのならな」
「このノートの記述が真実なのかどうかは分からない。でも、議長が怪しいのは確かよ。ターミナ
ルからの情報によると、アーモリー・ワンの襲撃事件から始まる一連の騒動の裏で、何か大きな
力が動いている。最初はロゴスやサードユニオンかと思ったんだけど違うみたい」
「! まさか、議長が……」
 驚くイザークに、ニコルが頷く。
「僕達の動きを察したから、僕達ディプレクターを潰そうとしているのかもしれませんね。マスコミ
を上手く利用して、ディプレクターの人気を下げています」
「トリニティ・プロジェクトへの協力も自分の真意を隠す為のポーズだったみたいね。完全にやら
れたわ。でも…」
 ガーネットの眼が光る。
「こっちだって、このまま黙ってはいないわよ。バリー、貴方はこのフォーエバーを月まで運んで
ちょうだい。コペルニクスに入港して、月支部のジャン・キャリーに連絡。以後は彼の指示を仰い
で」
「心得た」
「頼んだわよ。ニコルとアヤセ、それからギアちゃんは私と一緒に来て」
「はい」
「分かりました」
「了解しました。でもガーネット・バーネット、いい加減、私を『ちゃん』付けで呼ぶのはやめてくだ
さい。不愉快です」
 顔をしかめるギアボルト。その表情を見たアヤセは微笑む。
「あら、いいじゃない。私は似合っていると思うけど。お子様を『ちゃん』付けで呼ぶのは普通でし
ょ?」
「誰がお子様ですか。人をバカにする貴方の精神こそ子供レベルだと思いますが。アヤセ・シイ
ナちゃん?」
「…………あなたに『ちゃん』付けで呼ばれると凄くムカつくわね。戦場では背後に気を付けなさ
いよ」
「そちらこそ。流れ弾に当たらないように注意するべきだと思います。戦場では『不運な事故』は
よくありますから」
 険悪極まりない二人は放っておいて、ガーネットは艦橋の角にいた三人組にも声をかける。
「ヒルダ、ヘルベルト、マーズ。あんた達も一緒に来てちょうだい」
「了解した」
 右目に眼帯を付けた女性、ヒルダ・ハーケンが頷くと、
「分かった」
「ラクス様の為に、ディプレクターの為に、この世界の為に、全力を尽くそう」
 ヘルベルト・フォン・ラインハルトと、マーズ・シメオンの二人も同意した。この三人は数日前まで
ザフトの一員だったが、実はクライン派で、密かにガーネットと連絡を取り合っていた。そしてディ
プレクター・プラント支部の陥落と共にザフトを除隊し、ディプレクターに合流。ガーネット達と共
に戦う決意をしたのだ。
 それからガーネットは、イザークの方を向いて、
「あんたはバリーと一緒にコペルニクスに行きなさい。あそこは中立都市だから、あんた達を狙う
ような奴はいないでしょう。地球軍のアルザッヘル基地の司令官は話の分かる人だし、バートラ
ム中尉もいるから心配無いわ。月支部の連中にもガードさせるから、フレイと一緒に待っていなさ
い。プラントの一市民、アレックス・ディノとしてね」
「……………」
 イザークは沈黙したまま、傍らのフレイの顔を見た。不安げな表情。こんな顔をした妻を放って
おく事など出来ない。だが、
「アレックス・ディノか。悪くない名前だったんだが……」



 時は『現在』に戻る。
 オーブの大地は戦火に包まれていた。
 カガリ率いるオーブ正統政府軍と、セイラン家を中心とする現オーブ軍。同じオーブを故国と
する二つの軍は、それぞれの正義をかけてぶつかり合う。
 この戦いの様子は、激しい振動となって、地下牢にまで伝わっていた。牢の中にいるロンド・ミ
ナ・サハクはオーブの為に戦う者達に思いを馳せる。
「この戦いは、オーブが生まれ変わる為には避けては通れない戦い。だが……」
 カガリが勝つにせよ、セイラン家が勝つにせよ、オーブの大地は焼かれ、多くの命が失われる
だろう。攻める側も守る側も、同じオーブの人間。同じ国の人間が敵味方に別れ、殺し合う。あま
りにも馬鹿げた戦いだ。
「これは試練だな。オーブにとっても、そして、我々にとっても。カガリ・ユラ・アスハ。お前はこの
試練を乗り越えられるのか?」
 カガリの事を心配するロンド。その時、
「ロンド・ミナ・サハク様ですか?」
 牢の鉄格子の向こうから、声をかけられた。声をかけたのは女性だった。数人のオーブ兵士を
率いた彼女はロンドに敬礼して、
「オーブ正統政府軍所属、MS師団・第一師団長、アルル・リデェル二佐です。カガリ様とキサカ
様の命を受け、貴方を助けに来ました」
 MSパイロットであるアルルだが、オーブの施設の構造に関しては誰よりも詳しい。また、彼女
はオーブを影から支えるロンドの事を尊敬しており、自らこの任務に志願したのだ。
「なるほど。私にも、まだやれる事があるようだな」
 ロンドはそう言って微笑む。オーブの影の軍神が、再び解き放たれた。



 オーブ共和国は、空も海も大地も戦場と化していた。いずれの戦場も一進一退の攻防を繰り
広げており、予断を許さない状況であった。
 特に、空の戦いは激しいものとなっていた。行政府を目指すカガリが乗るアカツキとアスランの
インフィニットジャスティス、そして二人を守る大統領護衛部隊の前に恐るべき敵が立ち塞がった
のだ。
 GMS−05−D・HS、ディベイン・ヘルサターン。天才整備士ミナ・ハルヒノの手によって全て
の性能が強化され、生まれ変わったヘルサターンである。その操縦席に座るのは、地獄すら統
べる最強の王者。
「ここから先へは行かせんぞ。私がこの国を手にする為にもな」
 ゼノン・マグナルドは戦いの始まりを宣言した。そして、ディベイン・ヘルサターンの背部に装備
された《ヘル・ザ・リング》が放たれる。
「各機、散開!」
 アスランの指示を受け、護衛部隊のムラサメが素早く動く。アカツキも含めた全機が《ヘル・ザ・
リング》の直接攻撃をかわしたが、
「ふっ。甘いな」
 ゼノンは空を舞うリングに思念を送る。同時に《ヘル・ザ・リング》は四個の機体に分離。素早く
動き、大小のビーム砲でムラサメを次々と撃ち落とす。
 ヘルサターン本体同様、《ヘル・ザ・リング》も強化されていた。コートニーがザフトから持ち帰っ
た最新のドラグーン・システムのデータを元に、分離・複数操作を可能としたのだ。《ヘル・ザ・リ
ング/S(セパレート)》。並のパイロットでは、この立体的な攻撃をかわす事は出来ない。
 アスランと、彼に守られたカガリはかわす事が出来たが、ゼノンの攻撃の手は緩まない。《ヘ
ル・ザ・リング/S(セパレート)》をかわした機体には、輪型の独立攻撃ユニット《キリング・リング》
を放ち、切り刻もうとする。
「アスラン!」
「大丈夫だ!」
 カガリを守る為、アスランは己の中のSEEDを弾けさせた。
 そしてアスランの意志を受けたインフィニットジャスティスが奮闘する。近づいてきた四機の《キ
リング・リング》を頭部の17.5oCIWSで一気に粉砕。そして部下達を襲っていた《ヘル・ザ・リ
ング/S(セパレート)》もビームライフルで牽制し、カケルやアサギ達を助けた。
「す、凄い……。さすが隊長……」
 ディストライクに乗るカケルは、アスランの技量に改めて感心する。二年前にダブルGを倒した
ディプレクター三英雄の一人、『誇り高き翼』。その異名は伊達ではない。敵であるゼノンも、イン
フィニットジャスティスの見事な動きに感心していた。
「なるほど。無駄の無い動き、そして正確無比な射撃。ジャスティスに乗っているのはアスラン・ザ
ラか」
 ゼノンは自然に微笑んだ。敵が強ければ強いほど、彼の心は燃える。
「面白い。ディベイン・ヘルサターンの実戦テストには丁度いい相手だ。アンチSEEDの力は使
わん。存分に来るがいい!」
 《ヘル・ザ・リング/S(セパレート)》を再び背部に戻したディベイン・ヘルサターンは、左腕の
盾からツインビームソードを放出。ジャスティスに接近戦を挑むべく突進する。
「来るぞ! カガリ、君は行政府に行き、セイラン家を押さえろ。アサギ、ジュリ、マユラ、カケル、
お前達はカガリを守れ。頼んだぞ!」
 アスランはそう命令すると同時に、インフィニットジャスティスのビームサーベルを抜き、ヘルサ
ターンに立ち向かう。
「アスラン……」
 カガリはアスランの身を案じたが、彼女の腕では足手まといになってしまう。この場はアスランに
任せ、行政府を制圧し、この戦いを一刻も早く終わらせる。それが自分のやるべき事だ。そう再
確認カガリは、カケルのディストライクやアサギ達のムラサメと共に行政府に向かおうとした。が、
「悪いが、ここから先は通行止めだ」
 青と緑に塗られた二機のフォルツァが立ちはだかる。
「君達に恨みはないが、ゼノン様の為、死んでもらう」
 青いフォルツァにはザフトでもトップクラスの技量を持つパイロット、コートニー・ヒエロニムス
が、そして、
「ここから先へは一歩たりとも行かせない。覚悟してもらうぞ」
 緑のフォルツァには元カラミティ・トリオの一員、ルーヴェ・エクトンが乗っていた。いずれも一流
のパイロットであり、カガリ達には手に余る相手だった。



 同じ頃、オノゴロ島の北の海岸では、最強の傭兵達の戦いが繰り広げられていた。
 ゼノンに雇われた傭兵カイト・マディガンに挑むのは、カガリ達に協力する叢雲劾とイライジャ・
キール。カイトのザクファントムは、劾のブルーフレーム・セカンドLとイライジャのザクファントムを
相手に互角に戦っていた。
『とはいえ一対二だ。このまま戦い続けたら、俺の負けだな』
 カイトは冷静に判断した。しかし、この二人、特に劾を相手に背を向ける訳には行かない。隙を
見せれば確実に倒されるだろう。
 自軍のAMSは半数以上が倒されてしまった。最新のプログラムを施されたとはいえ、AMSで
はこの二人を止める事は出来ない。
「ったく、せめてもう一人味方がいてくれれば、何とかなるんだが……」
 グチを言っても仕方がない。カイトはため息を付いた後、戦い方を変える事にした。その気配
を察した劾は、気を引き締める。
「行くぞ、カイト・マディガン」
 劾のブルーフレームが動いた。イライジャの援護射撃を受け、剣状にした《タクティカル・アー
ムズ》でカイトのザクファントムに切りかかる。
 しかし、カイトはこの攻撃をかわした。劾は剣で追撃するが、カイトは反撃しようとしない。劾達
の攻撃をかわす事に専念している。
『逃げ続ける事で相手の焦りを誘い、隙を見出す。セコいやり方だが、俺が勝つにはこれしか無
い』
 プライドを捨てて、勝利を求めるカイト。しかしその作戦は劾に読まれていた。
「甘い!」
 ブルーフレームは《タクティカル・アームズ》をガトリング形態に変形させる。そして、カイトのザク
ファントムの足元に正射。その動きを止める。
「くっ!」
 一瞬の隙。だが、それが致命的だった。レーダーが敵機の接近を告げる警報を鳴らす。いつ
の間にかカイトのザクファントムの背後には、イライジャのザクファントムが回りこんでいた。
「! しまった!」
 カイトの反応が一瞬遅れる。その隙にイライジャのザクはビームトマホークを振りかざす。そして
そのままカイトのザクファントムの頭部を破壊しようとするが、
「ちょっと待ったあああああああっ!!」
 大声を挙げて、赤いフォルツァが戦場に乱入してきた。イライジャのザクにアックス・ビームライ
フルからのビームを放ち、手に持っていたビームトマホークを破壊。イライジャのザクを退かせ
る。
「苦戦しているようじゃないか。助けてやろうか?」
 赤いフォルツァのパイロット、『切り裂きエド』ことエドワード・ハレルソンがカイトに声をかける。
「ああ、頼む。俺だけじゃ無理だ」
「おいおい、随分あっさり認めるんだな。プライドが無いのかよ?」
「そういうのに拘っていられる相手じゃないんでな。南米の英雄に助けてもらえるのなら心強い」
「感謝するなら俺よりゼノン様にしなよ。あんたの助っ人に行け、って言ったのはあの人なんだか
らな」
「そうだな。勝って帰れたら感謝しよう」
 軽口を叩き合った後、エドとカイトの心は戦鬼に戻った。戦闘態勢を整えるフォルツァとザクフ
ァントムに、劾とイライジャも気を引き締める。
「気を付けろ、イライジャ。あの赤いMSのパイロットはかなりの腕だ」
「分かっている。そっちも気を付けろよ」
 睨み合う四機のMS。そして数秒後、戦闘再開。



 オーブの戦いの様子は、無人偵察機から映像通信が送られ、アークエンジェルやプリンシパリ
ティ、ドミニオンのモニターに映し出されていた。
 アークエンジェルの艦橋。ゼノンや三従士らに苦戦するアスラン達を、キラやダン達は歯がゆ
い思いで見ていた。
 特にダンは複雑な心境だった。彼の心の中ではゼノンとの決着をつけたい気持ちと、ディプレ
クターの一員として軽率な行動は出来ないという冷静な判断がせめぎ合っていた。
 いや、もう一つ、ダンの心を揺れ動かしている気持ちがある。それは恐怖。ゼノンに対しての恐
怖ではない。自分と、ギャラクシードに対する恐怖だ。
 ゼノンの新型ヘルサターンは強い。あのMSと互角に渡り合うには、ギャラクシードの力が必要
だ。だが、今の自分にギャラクシードが使いこなせるのか? 破壊神の力を振るう事に迷い、恐
れている今の自分に。
『何を、バカな事を! この迷いも苦しみも俺の贖罪なんだ。恐れを抱く前に行動すべきなんだ。
それなのに、なぜ……』
 恐怖がダンの心と体を止める。自分はどうするべきなのか、何をすればいいのか。ダンは分か
らなくなりつつあった。
 そんなダンにステファニーは何も言わなかった。今のダンは、自分が生きている事そのものを
嫌悪していた、かつてのステファニーと同じ。他人の言葉は届かない。特に、優しさに満ちた言
葉は。苦しくても自分で答えを探して、見つけるしかないのだ。そしてステファニーは信じるしか
ないのだ。ダンなら必ず正しい答えを見つけてくれる、と。
 モニターの向こうでは、戦いが更に激しさを増していた。アスランとゼノンの死闘はほぼ互角。
ディベイン・ヘルサターンのツインビームソードを、インフィニットジャスティスがシールドで受け止
め、右足の脛(すね)に装備された《グリフォンビームブレイド》を使った回し蹴りを放つ。しかし、
ヘルサターンの周囲には極小サイズのナノマシンによる防壁が張り巡らせれていた。ナノマシン
はジャスティスの蹴りを受け止め、ヘルサターンを守る。
 映像が切り替わった。カガリとカケル達vsコートニー&ルーヴェの戦闘だ。機体性能、パイロッ
トの力量、機体の性能、共に上回る相手に対して、カケルやアサギ達は奮闘していた。《ヒエン》
を装備したディストライクが敵に切り込み、隙を生じさせる。そこをアサギ、ジュリ、マユラのムラサ
メがビームライフルで狙撃。敵フォルツァからのビーム攻撃は、カガリのアカツキが盾となって防
ぐ。アカツキの特殊装甲はビームを反射させ、味方を守り抜く。
 見事なコンビネーションだが、カガリがこの場に釘付けになっている事に変わりはない。このま
ま持久戦になれば、物量で劣るカガリ達が不利だ。
「ラクス……」
 キラは隣に立つラクスの顔を見る。哀しげな表情を浮かべていたラクスは、キラの顔を見た後、
首を横に振る。
「キラの気持ちは分かります。わたくしもカガリさん達を助けてあげたい。ですが、これはオーブ
の内戦です。どちらにも正義があり、どちらにも正義が無い戦い。ディプレクターが介入する事は
出来ません」
 ラクスがそう答えるのは分かっていた。本人の意思は違うのだが、ディプレクターの代表として
はこう答えるしかない。その答えはキラを苦しめ、ダンを少し安心させた。
『!? 俺は……なぜ安心している。仲間が苦戦しているのに、それを助ける事が出来ないの
に、なぜ?』
 それはダンが戦う事を恐れているから。ギャラクシードの力を使う事を恐れているから。
『くっ……。情けない! 情けなさ過ぎるぞ、ダン・ツルギ! これでは俺は永遠に……』
 自分の弱さに呆れ果てるダン。友を助ける事が出来ず、苦悩するキラとラクス。マリューやバル
トフェルドなど他の面々も同じ気持ちだった。アークエンジェルの艦橋は、重く暗い空気に包ま
れていた。
 そんな艦橋の様子を、扉の隙間から覗き込んでいる男がいた。暇を持て余していたスティン
グ・オークレーだ。
「……ちっ、くだらねえ。どいつもこいつも、くだらねえぜ」
 そう呟いた後、スティングは歩き出した。その足は普段歩く時よりも速く、やがて駆け足となっ
た。
 スティングはオルガの顔を思い出していた。そしてステラとアウルの顔も。他人の為に命を投げ
出して戦ったバカ野郎ども。俺はあいつらとは違う。他人の為になんて戦えない。俺が戦うのは
自分の為だ。自分が戦いたいから戦う。そう、それだけだ。
「あんなくだらねえ連中の為になんか戦ってやらねえよ。俺が戦うのは自分の得になるからだ。あ
あ、そうさ。それだけさ」
 そう言うスティングは、かなり苛立っているようだった。何に対して苛立っているのか? ディプ
レクターに? オルガに? それとも、自分自身に?
 兵士として鍛えられたスティングの足は速く、あっという間に目的の場所にたどり着いた。アー
クエンジェルのMS格納庫。ギャラクシードやストライクフリーダムなど、ディプレクターの主戦力と
なるMSが並んでいる。
 スティングはその中の一つの前で足を止めた。そのMSはマードックとエミリア・ファンバステン
による修理を終えたばかりで、操縦席のハッチも開いていた。
「ほう、ツイてるな。いや、ツイてなかったと言うべきかな?」
 苦笑したスティングは、誰にも気付かれないように、こっそりとそのMSに乗り込んだ。操縦席に
はゴミ一つ無く、計器もピカピカに磨かれている。
「ふん。アーモリー・ワンを思い出すぜ」
 初めてカオスに乗ったあの日の興奮は今でも忘れない。あれから色々な事があった。地球軍
のエースパイロットだった自分が今、偽善者の集まりと軽蔑していたディプレクターのMSに乗り
込んでいる。信じられない話だが、だから人生は面白いのかもしれない。
「それじゃあ行くか。戦えない連中の代わりに、俺が戦ってきてやるよ!」
 叫ぶスティング。彼を乗せたネオストライク1号機はゆっくりと歩き出した。
「なっ!? ど、どうしてネオストライクが動いているんだ?」
「ちょっと、誰が乗ってるのよ! 修理が終わったばかりなのに!」
 いきなり動き出したネオストライクに、マードックもエミリアも、いや、格納庫にいた全ての人々が
驚かされた。スティングはネオストライクにビームライフルとシールドを持たせて、
「こいつは借りるぜ。上手く使ってやるから、ありがたく思え!」
 と言って、ネオストライクをカタパルトデッキに向かって歩かせた。
「ハッチを開けて、俺を外に出せ。でないと、この艦、沈めるぞ?」
 もちろん唯の脅しだったが、パニックになりかけていたマードック達には効果大だった。恐怖し
たマードックは艦橋にいるマリューに事態を報告した。
 報告を聞いたマリューは顔を青くさせる。
「そんな、よりにもよってこんな時に……」
「困った事になりましたね」
 マリューとラクスは迷った後、
「艦を沈める訳には行きません」
 と結論を出した。
 ハッチが開き、カタパルトが起動。スティングを乗せたネオストライクが大空に向かって放たれ
る。ネオストライクは全速でオーブに向かって飛ぶ。その様子はオペレーターのミリアリアから皆
に伝えられる。
「ネオストライクはオーブに向かっています!」
「何ですって? まさか、戦いに参加するつもりなの?」
 マリューは驚いた後に考える。スティングはディプレクターの一員ではない。誰とどこで戦おう
が彼の自由だ。しかし、あの男はディプレクターのMSであるネオストライクに乗っている。放って
おく訳にはいかない。だが、今、彼を追えばオーブに行く事になり、そうなれば否応なしに戦い
に巻き込まれる事になる。どうすればいい?
 考えがまとまらないマリューの横から、ラクスが命令を下した。
「ネオストライクを放っておく訳には参りません。直ちに追撃し、捕獲します。ですがオーブの戦
闘の事もありますので、追跡は最低限の者だけで行います」
 そう言ってラクスは二人の人物に目をやる。
「ダン・ツルギさん。そして、ステファニー・ケリオンさん。どうかよろしくお願いします」
 ディプレクターはオーブの内戦には関与しない。そのルールを守る為、カガリ達を助けて戦う
事は出来ない。目的はネオストライクの奪還のみ。戦闘は出来る限り避ける。敵パイロットの殺傷
は断じて認めない。この条件をクリアできるのパイロットやMSは少ない。ラクスはその数少ないメ
ンバーの中から、ダンとステファニーを選んだ。
 選ばれた二人は一瞬呆然としたが、ステファニーはすぐに顔を引き締めた。
「分かりました。直ちにネオストライクを追跡し、捕獲します。誰も傷付けず、出来る限り戦わず
に、迅速に任務を行ないます」
 過酷な任務だった。しかしステファニーは承知し、ダンも、
「……分かりました。やってみます」
 と引き受けた。ギャラクシードの力を恐れながら、それでもダンは戦う事をやめようとはしなかっ
た。それがダン・ツルギという男だった。



 オーブの各地で戦いが続く中、ロード・ジブリールはセイラン家が秘蔵しているシャトルに乗り
込んでいた。この事はウナトもユウナも知らされていない。ジブリールは彼と、彼に従うわずかな
部下と共に、勝手にシャトルに乗っているのだ。
「カガリ・ユラ・アスハか、セイラン家か。どちらが勝つにせよ、こんな騒ぎが起きてはザフトもオー
ブに目をつけるだろう。長居は無用だな」
 そう判断したジブリールは、セイラン親子を残して、宇宙へと旅立った。この男、逃げる事に関
しては天才かもしれない。
 セイラン家の秘密の発着場から、ジブリール達を乗せて、空の彼方へ消えていくシャトル。それ
を見送る者がいた。銀色の髪と赤い瞳が特徴的な少年と、銀の仮面で顔を隠す男。二人は小
高い丘の上に立ち、空へ上っていくシャトルを見送った。
「行っちゃったか。自分に火の子が及ぶ前に逃げ出すとは、さすがはロード・ジブリールと言うべ
きかな?」
「確かに。見事なまでの逃げ足の早さです」
 銀の仮面の男、ノーフェイスは主である少年に頭を下げる。少年、メレア・アルストルは優しく微
笑み、
「でも、これでますます面白くなってきたね。この戦いは、もっともっと激しくなってもらうよ。そして
グランドクロスを完成させるんだ。この救い難き世界に永遠の平和を、静かなる福音をもたらす
為に。その為なら、オーブが焼け野原になっても構わない。大事の前の小事ってやつだね」
 メレアは本気でそう思っていた。グランドクロスを完成させる為ならば、国の一つや二つ消して
も構わない、と。
「御意」
 ノーフェイスは、ただそう言うのみである。運命の時は近い。



 ジブリールが逃走した事も知らず、戦士達は戦い続けていた。
 正統政府軍も奮闘しているが、戦況は彼らが不利になりつつあった。アスランはヘルサターン
のナノマシンの防壁を破る事が出来ず、カガリとアサギ、カケル達はコートニーとルーヴェの巧
みな攻撃に追い詰められていた。劾とイライジャも、エドとカイトのコンビを攻めきれずにいた。ト
ダカ率いるタケミカヅチ艦隊はズィニアらAMSによってその進攻を妨げられ、MS部隊を支援
する事が出来ない。キサカ率いるMS部隊も大量のAMSに大苦戦。正統政府軍は確実に追い
詰められていた。
 この状況を覆すには、敵の中枢を抑えるしかない。カガリは何とか行政府に向かおうとするが、
コートニーとルーヴェのフォルツァがそれを許さない。
「このーっ!」
「カガリ様を通しなさいよ!」
 アサギとジュリのムラサメがビームサーベルを抜き、フォルツァに切りかかるが、アックス・ビーム
ライフルの刃によって、あっさりと両腕を切り落とされた。
「アサギ! ジュリ!」
「くっ、このーっ!」
 マユラのムラサメとカケルのディストライクが同時攻撃。ムラサメのビームライフル《イカヅチ》と、
ディストライクのビームマシンガンがフォルツァを狙うが、ビームは全てかわされる。実力が違い
すぎる。
「焦っているな。強敵に会って動揺する気持ちは理解できるが、射撃に焦りは禁物だ」
 コートニーはカケルとマユラの心理を冷静に分析した。
「ふん。そんな甘い射撃で、俺達を倒せると思ったのか?」
 ルーヴェは少し怒っていた。敵は戦士としてはまだまだ未熟。こんな連中が戦場に出てくる事
は間違っている。だが、敵として相対した以上、倒さなければならない。
「……死ね!」
 ルーヴェ機のアックス・ビームライフルが光を放った。狙いはディストライクだ。避けようとするカ
ケルだが、間に合わない。
「カケル、危ない!」
 そう言ってカケルの危機を救ったのは、カガリだった。アカツキの全身に施された対ビーム防
御・反射システム《ヤタノカガミ》でビームを防ぎ、放ったルーヴェ機に反射する。
「ちっ、またか!」
 反射されたビームをかわしながら、ルーヴェは苛立ちを口にした。もう何度も必殺の一撃を放
っているのだが、アカツキの装甲によって全て防がれているのだ。
「す、すいません、カガリ様。また助けてもらって……」
 カケルは恐縮していた。カガリを守るはずの立場なのに、カガリに助けてもらっている。男として
も、戦士としても、少し悔しい。そんなカケルにカガリは、
「気にするな。仲間を守るのは当然の事だ」
 と、あっさりと言った。彼女にとってカケル達は単なる部下ではない。共に戦う仲間であり、守る
べき民の一人でもあるのだ。
 カガリは二機のフォルツァを睨む。強敵だが、この二機を倒さずして、先へは進めない。
「アサギとジュリは後方へ下がれ。マユラとカケルは私と一緒に戦ってくれ。何としてもこいつらを
突破して、行政府に向かう」
「なるほどな。だったら俺が手伝ってやるぜ」
「!?」
 驚くカガリの元に、白いMSが現れた。GAT−NX105、ネオストライク。かつてキラ・ヤマトが
乗り、彼の剣となって戦ったMS。しかし今、このMSに乗っているのはキラではない。
「俺はスティング・オークレーだ。カガリ・ユラ・アスハ、あんた達に手を貸すぜ」
 スティングはそう言って、ネオストライクのビームライフルの銃口をフォルツァに向けた。そして
引き金を引く。フォルツァ達はかわすが、スティングの射撃は止まらない。ビームライフルを連射
して、フォルツァを追い立てる。
「お、おい、お前はディプレクターだろ。私達に協力してもいいのか?」
 カガリはディプレクターの微妙な立場を理解していた。だから先の対ザフト戦ではディプレクタ
ーには協力しなかったし、今回の戦いでディプレクターの援護を受けるつもりは無かった。ラクス
もその事は承知していると思っていたので、この突然の助っ人の出現には驚いていた。
 そんなカガリに対して、スティングは、
「ああ、気にするな。俺はディプレクターじゃないからな。このMSは盗んだ物だし」
 と自供した。
「ぬ、盗んだって、お前」
「あー、ゴチャゴチャうるせえんだよ! こいつらは俺が食い止めてやるから、お前達は行政府に
行け! そうしないとヤバいんじゃないのか?」
 確かにスティングの言うとおりだ。彼の言動は気になるが、ここは彼に任せるのが最良の手だろ
う。
「……分かった。ここはお前に任せる。後で問題が起きたら、私が責任を取る」
「気にするな。てめえの尻拭いは、てめえでするさ。行け!」
 スティングにそう言われたカガリは、マユラとカケルと共に行政府に向かった。
「ちっ、逃がさん!」
「待て!」
 コートニーとルーヴェはカガリ達の後を追おうとするが、スティングのネオストライクが放つビー
ムが、それを邪魔する。
「おおっと、てめえらは行かせねえよ。俺と一緒に遊んでもらうぜ!」
 久しぶりの戦闘に、スティングは少し興奮していた。彼は戦う事は嫌いではなかった。強い敵と
戦う事は好きだったし、強い敵に勝利する事は大好きだった。



 ダンとステファニーは、それぞれギャラクシードとムーンライトに乗り込み、スティングのネオスト
ライクを追った。オーブの領内に入った二人をフォルツァとズィニアが襲うが、
「防ぐ!」
 ムーンライトの《シャイニング・リフレクター》が全ての攻撃を防ぎ、
「……邪魔だ!」
 ギャラクシードの《ストームフィストL》から放たれたケミカルストームが敵の機体を融解。戦闘不
能にする。
 完璧な防御壁を作るムーンライトと、ケミカルストームによってパイロットを傷つける事無く敵を
倒す事が出来るギャラクシード。ラクスがこの二機を出撃させたのは間違いではなかった。
 しかし、ダンの心は晴れなかった。
『くっ……。何だ、この不快な気分は?』
 ギャラクシードで戦う度に、心の中で何かが騒ぐ。何かが叫ぶ。
 戦え、と。
 戦うな、と。
 敵を殺せ、と。
 敵を殺すな、と。
 自分を殺せ、と。
 自分を救え、と。
『ぐっ!』
 問い続け、拒み続け、戦い続ける。それがダン・ツルギの、いやデューク・アルストルの贖罪で
あり、戦いなのだ。それを忘れてはならない。決して忘れてはならない。
『分かっている、分かっているさ。だが!』
 罪の重さに屈してはならない。潰れてはならない。罪を償う事と、罪に押し潰される事は違うの
だから。
 ダンの最大の敵は、自分の過去。そして、その過去が作り出したモノが彼の前に現れた。
 ディベイン・ヘルサターン。アスランのインフィニットジャスティスを苦しめるこの機体に乗ってい
る男は、デューク・アルストルによって全てを奪われた男。ギャラクシード同様、デュークの罪の
象徴であり、決して避けては通れぬ相手。
「ゼノン・マグナルド……!」
 すぐ近くでスティングのネオストライクが二機のフォルツァと戦っているのだが、ダンの眼にその
光景は入らなかった。ステファニーが通信機で何か言ってきているが、その声もダンの耳には届
かない。彼の眼に、心に映っているのは己が宿敵のみ。
 そしてそれはゼノンも同様だった。ジャスティスの攻撃をナノマシンの防壁で防ぎつつ、彼は
待ち望んだ相手の登場に心を弾ませた。
「来たか、ダン・ツルギ。私が認めた唯一にして最大の敵。さあ、今度こそ力の限り戦おう。そし
て、どちらかが死のう。それが貴様と私の決着だ。それ以外の決着など認めないし、絶対に有り
得ない!」
 ゼノンはダンを殺すつもりだった。ダンもゼノンを殺す気になった。ならば後は戦うだけだ。デ
ィベイン・ヘルサターンはインフィニットジャスティスを無視して、ギャラクシードに襲い掛かる。ギ
ャラクシードも背中の小刀《ソード・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》を抜く。
「行くぞ、ダン・ツルギ! 今日こそ貴様を殺す!」
「ゼノン・マグナルド! 貴様だけは!」
 衝突する魔神と破壊神。ダンにとっては自分自身との戦いの始まりでもあった。



「ダン、私達の任務はスティングを連れ戻す事よ。戦ってはダメ!」
 ステファニーは何度も呼びかけるが、ダンの返事は無い。
 いや、こうなる事は予想していた。ダンとゼノン。この二人が戦場で相対して、無事で済むはず
が無い。この二人の因縁は、他人が思っている以上に深く、そして辛いものだから。
 この二人の戦いは、もう誰にも止められない。苦悩するステファニーにアスランからの通信が入
る。
「ステファニー、どうして君達がここに?」
「……アスラン、あなたは一刻も早くここから離れて。あなたがここにいたら、ゼノンにアンチSEE
D能力を使わせてしまうかもしれない」
 ダンとゼノンは互角の攻防を繰り広げているが、ダンがG・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使えば、
ゼノンもそれに対抗してアンチSEED能力を使うだろう。そうなれば戦いはますます長引く。ダン
の不利になるような事は避けなければならない。
「分かった。ここは任せる」
 そう言って、アスランはインフィニットジャスティスで飛び去っていった。行く先はカガリと同じオ
ーブ行政府。
 残されたステファニーは状況を確認する。ダンはゼノンと、スティングはコートニーとルーヴェと
それぞれ戦闘中。スティングを保護して連れ帰るのが彼女の任務だが、ダンを放っておく訳に
はいかない。ならば、
「!」
 瞬間、ステファニーは背筋に寒気を感じた。ギャラクシードから伝わるこの冷たくも激しく、得体
の知れない感覚。憎悪、嫉妬、恐怖、愛情、殺意、敬意、その他様々な感情が入り混じってい
る、まるで怪物のような感じ。ギャラクシードが、いや、ダン・ツルギが怪物になったかのように思
える程に嫌な気配。
「G・U・I・L・T・Y(ギルティ)……」
 ついに、というか早々と使った。ギャラクシードの力に怯えていたダンだったが、宿敵を前にし
て気持ちを吹っ切ったのだろうか?
『いいえ、違うわね。恐らく彼は怯えているんだわ。これ以上、戦えば自分が変わってしまうような
気がして』
 そういう気持ちになった事は、ステファニーにもあった。ダンとの決戦で彼女は自分の本当の
心と向き合わされた。それはとても楽しかったが、同時に凄く恥ずかしかった。
 闘志と恐怖は紙一重。ゼノンに対するダンの激しい闘志は、ダンがゼノンを誰よりも恐れてい
る証だ。自分の罪と力に怯えているダンは、これ以上、『恐怖』を増やしたくないのだろう。
『でも、ダン、怖い事から逃げているだけじゃダメなのよ。それが分からない貴方じゃないはず
よ!』
 ステファニーはダンを止めたかった。この戦いを止めたかった。しかし、それは出来ない。ここ
でダンを止めるという事は、ダンが自らの罪と向き合い、戦う事を止める事でもある。ゼノンとの戦
いはダンにとって最大の試練であり、が自らの意志で乗り越えなければならない。
 唯一の救いは、この場にSEED能力者がいない事だ。アンチSEED能力は、SEED能力者
がいなければ発動しない。ならばG・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使っているダンの方が有利だ。
 G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を発動させたダンのギャラクシードが、今まで以上のスピードで飛
ぶ。そのスピードでゼノンを翻弄し、一気に突進。ヘルサターンの操縦席を貫こうとする。
 ビームを偏向するナノマシンの防壁も、超高熱の刃である《ソード・オブ・ジ・アース》の前では
無力。ビームのように曲げる事も、ミサイルのように物理的に防ぐ事も出来ない。
 これで決着、と思われたその時、ヘルサターンの姿が消えた。
「!?」
「えっ?」
 ダンもステファニーも驚く。ヘルサターンは驚異的なスピードでギャラクシードの攻撃から逃れ
ていた。そのスピードはギャラクシードと同等、いや、もしかしたら……?
「行くぞ」
 ショックを受けたままのダンに、ゼノンが襲い掛かる。背部の《ヘル・ザ・リング/S(セパレー
ト)》を放ち、四機に展開。自機と合わせて五機による連続攻撃でギャラクシードを追い詰める。
そのパワーとスピードはギャラクシードと互角か、それ以上。ギャラクシードはかわすのが精一杯
だ。
「そんな……有り得ないわ! G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使っている今のギャラクシードと互角
に渡り合うなんて……」
 いや、一つだけ可能性がある。だが、だとしたら『それ』は一体誰が? そしてどこにいる?
 ステファニーは《シャイニング・リフレクター》を四方八方に飛び散らせた。十六機のユニットは
ステファニーの指示通りに動く。そして、その内の一機が何かに触れた。何も無いはずの空で。
「そこね!」
 原始的だが、ミラージュコロイドで隠れた敵を探すには効果的な方法だった。ムーンライトの
《ディメンション・ビームライフル》がその空域に向けられると、敵はその姿を現した。
 その敵は、ステファニーが良く知っている相手だった。空を飛ぶ巨大な空母。つい先日まで、
ステファニーはこの艦に乗っていた。ダンも、オルガも、ギアボルトも、ルーヴェも、この艦に乗っ
ていた。そして彼女も。
「バレちゃいましたか。お久しぶりです、ステファニーさん」
 そう挨拶したミナ・ハルヒノの瞳は、鈍い光を放っていた。それはキラやアスラン、ラクスやカガ
リと同じSEEDの光だった。



 セイラン家に組するAMSの攻撃を退け、カガリ達は行政府にたどり着いた。少し遅れてアスラ
ンのジャスティスも到着。カガリとアスラン、そしてカケルとマユラの四人は銃を手にして、行政府
の扉を開けた。
 そして彼らは驚くべき光景を眼にする。
「あ、が……」
「……………」
 ユウナとウナトの親子が縛られ、床に転がされていた。誰かに殴られたのか、ユウナの頬には
痣が出来ている。
 そしてこの二人を見下ろしているのは、オーブ軍の兵士と、
「遅かったな、カガリ・ユラ・アスハ。お前が来る前にこのバカ親子は片付けておいたぞ。ジブリー
ルには逃げられたがな」
 地下牢から脱出したロンド・ミナ・サハク。そして、
「お久しぶりです、カガリ様。しばらく見ない間に、ご立派になられましたな」
 ロンドと同じくアルルによって救出されたゴート・フェリッチェだった。
 コズミック・イラ73、11月10日。カガリ・ユラ・アスハはオーブに帰国した。この国の正統な主と
して。



 日が傾き始めていた。
 行政府の陥落と、セイラン親子の捕縛は直ちにオーブ全土に伝えられた。カガリは抵抗を続
けるセイラン軍に停戦を呼びかけ、無益な戦いを止めるように申し入れる。
 元々セイラン家に心から従っていた者は、非常に少なかった。ほとんどの国民はカガリこそオ
ーブの真の主だと認めており、その帰国を待ち望んでいた(もちろんこれは抵抗運動を続けてき
たロンドや、それを支援していたゴートの働きがあってこそだが)。セイラン軍の兵士達は次々と
銃を捨て、カガリに従った。
 しかし、まだ戦い続けている者もいた。ゼノン・マグナルドの一派と、彼らに操られているAMS
だ。
「ちっ、ユウナとウナトめ。無能だとは思っていたが、こうもあっさり捕まるとは。所詮、クズはクズと
いう事か」
 そう呟くゼノンだが、一方で彼は自分の非も認めていた。ロンドとゴートを早々に殺さなかった
事と、カガリの影響力を甘く見ていた事、オーブ軍を完全に掌握できなかった事。これらは完全
にゼノンのミスだ。
『せめてもう一ヶ月、いや、半月あれば、オーブ軍を俺のものに出来たのだが……。いや、ここは
迅速に行動したカガリ・ユラ・アスハの決断力を褒めるべきか』
 計画は失敗した。一から出直さなければならない。だが、その前にやるべき事がある。
「そう、我々の決着だ! もう少し付き合ってもらうぞ、ダン・ツルギ!」
 そう叫ぶゼノンの黄金の瞳は、今まで以上に光り輝いていた。当然だろう。今、ゼノンの瞳を輝
かせている者は、ゼノンがこの世界で最も信頼し、愛している女なのだから。
 一方のダンは、
「ぐ……ああ……ぐうっ!」
 耐え難い苦痛と苦悩の嵐の中にいた。自分に迷い、苦しむ者にG・U・I・L・T・Y(ギルティ)は
容赦なく襲い掛かる。
「俺は……俺は……俺は!」



「驚いたわ。ミナちゃん、貴方がSEED能力者だったなんて。でも、それ以外は、何となくだけ
ど、こうなるんじゃないかなって思ってた。もしかしたら貴方はゼノン・マグナルドを好きになるかも
しれない、って」
 ハルヒノ・ファクトリーの艦橋に立つミナに向かって、ステファニーは通信を送る。その声は少し
呆れているような、でも、優しさに満ちた声だった。ミナは苦笑して、
「私の行動パターンを把握していたんですか? 私って、そんなに惚れっぽいのかな?」
「そうじゃないわ。私はサードユニオンにいた頃、ゼノンと会った事がある。あの男とダンはよく似
ている。だからダンを愛した貴方が、ゼノンを好きになっても不思議じゃない」
「そうですね。確かにダンとゼノンは良く似てます。ちょっと頑固なところとか、でも、目標を決めた
ら最後まで突き進むところとか。でも…」
 ミナは窓の外を見た。ステファニーが乗っているムーンライトを見た。彼女と向き合い、そして、
はっきりと言う。
「私はゼノンがダンに似ているから好きになったんじゃない。ゼノンがゼノンだから好きになった
んです。ゼノンは誰よりも強くて、逞しくて、冷酷で、残酷な人です。でも、そんな彼だから私は好
きになったんです。私に無いものを全て持っていて、私を守って、受け入れてくれたから、だから
私は彼の事が好きになった。愛してしまった。この気持ちは本当です。そして、これからも絶対に
揺るぎません」
 それはミナの愛の告白。そして、ダンやステファニーとの決別の挨拶だった。
 ステファニーは驚かなかった。哀しかったが、現実を受け入れた。今のミナは敵であり、ゼノン
に力を与えるSEED能力者なのだ。深いため息を付いた後、ステファニーはこう言った。
「ミナ。貴方は私達の敵になった。でも、私は貴方を殺さない。貴方を殺したらダンが哀しむし、
私も哀しいから」
「いいんですか? 私がいる限り、ゼノンは強いままですよ。そして私もステファニーさんに銃を
向けるかもしれませんよ?」
「ゼノンの事はダンが決着をつける事よ。それに貴方は銃を人に向けて撃つ事なんて出来ない
わ。たとえそれが愛する人の為でもね」
「どうしてそんな事が分かるんですか? 昔の私はそうだったかもしれませんけど、今の私は出
来るかもしれませんよ?」
 敵として会ったならば銃を向けあうしかない。ステファニーもそれが戦場では正しい事だと思っ
ている。だが、ステファニーはミナに銃を向ける事は出来なかったし、したくもなかった。なぜな
ら、
「友達だから」
 ステファニーは自分の正直な気持ちを告白した。そう言われたミナは、とても嬉しくて、でも、と
ても哀しかった。ステファニーも同じ気持ちだった。
「ズルいです、ステファニーさん。そんな事言われたら、私、何も出来ません。本当にズルいです
……」
「ズルくなんてないわよ。だって本気でそう思っているんだもの」
 二人の女はそう言って、微笑み合った。そして静かに待つ。それぞれが愛する男達の決着の
時を。



 夕暮れに染まるオーブ。この国の内戦は終結しつつあったが、ディプレクターはオノゴロ島を
目指す艦隊を発見した。それはカーペンタリア基地から派遣されたザフトの艦隊だった。先の戦
いでディプレクターを苦戦させたミネルバの姿も確認された。
 同時刻、ギルバート・デュランダルが全世界に驚くべきニュースを発信した。ヘブンズベースか
ら逃れたジブリールがオーブに潜伏している事。事を荒立てないように秘密裏に引渡しの要求
をしたが、オーブ政府はそれを拒否した事。
「オーブ政府の回答は、私を大いに失望させるものでした。我々は無益な戦いは望みません。
ですが、我等の想いにこのような誠意なき返答を以て応ずるというのなら、私は正義と切なる平
和への願いを以て、断固これに立ち向かう! 我々ザフト及び反ロゴス同盟軍は、ロード・ジブリ
ールに組するオーブ政府に対し、宣戦を布告する!」



 オーブのとある丘の上。小型テレビから発せられるデュランダルの宣戦布告を聞いて、メレア
は微笑を浮かべた。
「いいねえ。彼は本当に僕を楽しませてくれる。これでますます戦いは激しくなるよ」
 メレアは空を見上げた。暁の空でぶつかり合う二体のMS。ギャラクシードとディベイン・ヘルサ
ターン。ダン・ツルギとゼノン・マグナルド。
「そうだ。戦え、戦うんだ、ダン・ツルギ、いや、デューク・アルストル! もう少しだ。もう少しで
『僕』は完成する。全てを知り、そして、誕生するんだ。この騒がしき世界に静かなる福音をもたら
す存在、グランドクロスとして。デューク、君は僕の為に戦い、僕の夢を叶えるんだ! それが親
不孝者の君に出来る、たった一つの贖罪なんだよ!」
 我が子に向けて冷酷な言葉を放つメレアを、ノーフェイスは黙って見守っていた。
 空を見上げる。赤い空だった。ヤヨイが好きな夕焼けの空だった。
『我が妹よ。ギャラクシードの中で、お前は何を望んでいるのだ? ダン・ツルギの、デューク・ア
ルストルの破滅か、それとも…?』

(2005・9/16掲載)

次回予告
 混迷深まる戦場で、屈する事、沈黙する事よりも、戦う事を選んだ。
 それは間違った選択なのかもしれない。しかし、その道を選んでしまったからには、戦う
しかない。
 そうだと分かっていても、ダンの剣も、シンの剣も沈黙を続ける。そんな二人を笑う声は
誰が発しているのか?

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「世界を嘲笑う男」
 その刃、振り下ろせるのか、デスティニー。

第38章へ

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