第35章
 CRY(クライ)

 戦いが始まった。
 無数のビーム光が交差し、砲火が唸り、爆炎が空を赤く染める。
 キラのストライクフリーダムはムウのシュトゥルムと共に、ザフトの空戦MSを迎え撃つ。ストライク
フリーダムのビームライフルと、大気圏内でも使用可能となったシュトゥルムのガンバレルが、デ
ィンやバビを次々と打ち落とす。
「! この感じは…」
 今までに何度も感じた事がある奇妙な感覚がムウを襲った。ラウ・ル・クルーゼ? ネオ・ロアノ
ーク? いや、違う。
「キラ、上から来るぞ!」
「!」
 ムウの言うとおり、その機体は遥か上空から現れた。レイ・ザ・バレルが操縦する最新MSレジェ
ンドだ。二年前にラウ・ル・クルーゼが乗り込み、キラ達を苦しめたMSプロヴィデンスの後継機
で、プロヴィデンスと同じく無線式全周囲攻防兵器《ドラグーン》を搭載している。大気圏内では
《ドラグーン》は使えないが、多数の砲門による圧倒的な火力で敵を粉砕する。
「キラ・ヤマトとムウ・ラ・フラガか……」
 レイは因縁を感じていた。ニ年前の戦いでクルーゼと戦い、その命を奪った男達。
「ならば!」
 レジェンドはビームライフルと、背部のバックパックに装備している《ドラグーン》からビームを掃
射した。
「くっ!」
「うおっと!」
 ストライクフリーダムとシュトゥルムはビームを避けるが、レジェンドの攻撃は終わらない。ビーム
を間断なく照射し、キラ達を追撃する。
「くっ、このパイロット、強い……!」
 ストライクフリーダムに乗り慣れていない事もあり、キラの動きは少し鈍い。ストライクフリーダム
のビームシールドで、レジェンドの攻撃を防ぐのが精一杯だ。
「しつこいねえ、まったく! 嫌なところもあいつにそっくりだ。まさかお前さん、あいつのパーフェ
クトクローンなんて言うんじゃないだろうな!」
 ぼやくムウ。シュトゥルムもまた、レジェンドの猛攻に手も足も出ない。
「これも運命というやつかもしれないな。倒させてもらうぞ、キラ・ヤマト、ムウ・ラ・フラガ!」
 レイの執念、いや、憎悪がキラとムウを圧倒していた。二年前から続く憎しみの連鎖は、未だに
繋がっているのだ。



 数で勝るザフト軍は、MSの数に物を言わせて正面から攻撃してくる。空からはディンやバビ、
グフイグナイテッドが、海中からはグーン、ゾノ、アッシュらがディプレクター艦隊を強襲しようとす
る。
 しかし、彼らの攻撃は悉く阻まれていた。海中の部隊は『白鯨』ジェーン・ヒューストン率いるビ
フレスト守備隊と、【ミナモ】を装備したディストライクを駆るコズミックウルフ隊によって、艦に近づ
く前に破壊された。空のMS群も、
「オラオラオラ!」
「これ以上は絶対に行かせん!」
「悪いが、俺達の大天使には近づけさせんよ」
 オルガのジャバウォックと、その背に乗るヴィシアのバンダースナッチ、そしてバルトフェルド率
いるムラサメ隊によって撃墜されていった。
 戦況はほぼ互角。ミネルバの艦長席に座るタリアはため息を付いた。
「『質』が上の相手を敵に回すと、こんなにも厄介だったとはね……。地球軍の気持ちが少し分
かるわ」
 『質より量』を戦略の根幹とする地球軍に対し、数で劣るザフトは兵士やMSの性能を向上さ
せ、『量より質』を推し進めてきた。その結果、地球軍とも互角に戦えるようになったのだが、今回
の戦いでは立場が逆転している。ディプレクターは民間団体ではあるが、MSパイロットは二年
前の大戦を生き抜いてきた凄腕揃い。彼らに鍛えられた若手のパイロット達も侮れない。
「数で押すというやり方は、あまり好きじゃないんだけど、相手がディプレクターではそうするしか
ないわね」
 タリアはそう呟いた後、ミネルバを中心とする艦艇を前面に出した。艦の火砲も利用して、敵軍
を力で圧倒する。そして、一刻も早く、この無意味な戦いを終わらせる。
 2連装主ビーム砲《トリスタン》と42cm3連装副砲《イゾルデ》の砲塔を、ディプレクター艦隊に
向ける。艦を沈めれば、敵の戦力だけでなく、戦意も喪失させるはずだ。
 標的はドミニオン。照準を合わせ、
「《トリスタン》、《イゾルデ》、撃てーーーっ!」
 アーサーの号令と共に五つの砲門が火を吹いた。火線は一直線に伸び、ドミニオンの黒い船
体に当たるかと思われた。だが、突然ドミニオンの前方が光に覆われた。光はミネルバの砲撃を
全て防ぎ、ドミニオンを守り切った。
 その光は、ステファニーが乗るMS、ムーンライトが作り出したものだった。独立型光波防御シ
ステム《シャイニング・リフレクター》。十六機の小型ユニットは徹底的に軽量化されている為、大
気圏内でも自由に飛行する。ユニット達はステファニーの指示通りに動き、強固なビームシール
ドを作り、敵の攻撃から味方機や艦を守り抜いているのだ。
 ドミニオンを守ったステファニーだが、その顔には不安の色が浮かんでいた。
「ダン……」
 友との戦いを強いられている彼の事が心配だった。嫌な予感がする。取り返しの付かない事が
起こりそうな気がする。
 しかし、今、この場を離れる訳にはいかない。ザフトの熾烈な攻撃から艦を守らなければならな
い。みんなの帰る場所を守る。それがステファニーのやるべき事だった。
「ダン、みんな、お願い、無事でいて…!」
 そう願うステファニーの前に、新たな敵が現れた。
「あれは……インパルス!?」
 フォースインパルスに乗るルナマリアも、敵機の姿を確認した。ベルリンで自分達を助けてくれ
たMS。ムーンライトという綺麗な名前と姿をしたあのMSは好きだったが、
「あれを落とさないと、ミネルバの攻撃は通らない。だったら…!」
 やるしかない。そう決意したルナマリアは、インパルスの手にビームサーベルを握らせた。
「来るのね……。だったら、戦うしかない!」
 ステファニーも覚悟を決めた。突撃槍《クリスタルジャベリン》を手にしたムーンライトが、インパ
ルスを迎え撃つ。



「ダン・ツルギ!」
「シンか…!」
 天空を舞う二機のMS。
 デスティニーとギャラクシード
 ぶつかり合う刃と刃。
 デスティニーが繰り出す大型ビームソード《アロンダイト》の刃を、ギャラクシードの斬星刀 《ソー
ド・オブ・ジ・アース/α(アルファ)》の刃が防ぐ。高熱を宿した《α(アルファ)》の刃は《アロンダ
イト》のビームの刃を受け止め、ギャラクシードを守り抜く。
 デスティニーは背面のウイングを大きく展開し、ビームウイングを輝かせる。高速で動き回るデ
スティニーに対し、ギャラクシードは防御に専念。《α(アルファ)》とアンチビームバックラーで相
手の攻撃を防ぎ続ける。
 ダンはシンと戦いたくなかった。だから自分からは攻撃をしなかった。
「やめろ、シン! 俺達が戦う理由など無い!」
 と呼びかけるダンだが、それに対するシンの返事は、
「戦う理由ならある! あんたはディプレクターで、ディプレクターはザフトの、デュランダル議長
の敵になった! だったら……あんたも俺の敵だ、ダン!」
 逃げるギャラクシード。追うデスティニー。デスティニーは左背部に装備されている高エネルギ
ー長射程ビーム砲を展開、ギャラクシードに放つ。
「くっ!」
 ギャラクシードはアンチビームバックラーの中央部にあるコロイドフィールド発生器を作動させ
た。コロイドフィールドにより防御力を上昇させたバックラーは、高エネルギー長射程ビーム砲の
ビームを見事に防いだ。
「! なんて防御力……」
 シンはベルリンの戦いを思い出した。あのギャラクシードというMSは、自分達が手も足も出な
かった三機のデストロイを相手に圧勝しているのだ。攻撃、防御共に完成されたMS。一瞬の油
断が命取りになるだろう。
「…………クソッ! どうしてあんなのと戦わなきゃならないんだよ! どうして、俺が、ダンと!」
 最強の敵を前にした恐怖と、友と思っていた男に対する複雑な感情が、シンの心を苛立たせ
ていた。そしてその心の動揺はMSにも伝わり、デスティニーの動きを鈍らせていた。
 一方のダンも苦悩していた。シンとは戦いたくない。殺したくない。殺されたくない。なぜ彼と戦
わなければならないのか?
「最悪の展開だな。それとも、これもSEEDを持つ者とアンチSEEDの宿命だというのか?」
 ダンは苛立っていた。こんなバカげた戦いを挑んできたザフトに。そして、自分を殺そうと襲い
掛かってくるシンに。
「こっちの気持ちも知らないで……。だからガキは嫌いなんだ!」
 それは、普段のダンならば言うはずもない言葉だった。自分でも気付いていなかったが、ダン
の心は少しずつ、冷たいものになっていった。そして、その冷たさはダンにとっては、とても懐か
しいものだった。



 オレンジ色のフォースインパルスが空を翔ける。ミネルバのMS部隊の隊長を勤めるハイネ・ヴ
ェステンフルスの専用機だ。
 ハイネはシンやルナマリア同様、ディプレクターとの戦いには乗り気ではなかった。しかし、彼
はザフトの軍人であり、その事に誇りを持っていた。軍人として、与えられた任務は確実にこな
す。それが戦場で生き残る唯一の手段だと考えていた。
 それに自分は『隊長』だ。人の上に立つ者は、部下を守り抜く義務がある。部下達を守り、この
戦いを一刻も早く終わらせる為には、戦うしかない。勝つしかない。
「ああ、分かってるさ。やるしかないって事はな!」
 ハイネのインパルスは正確な射撃で、デイプレクターのムラサメやディストライク達を次々と落と
していく。もう彼の心に迷いは無かった。迷いを断つ為にも、彼は戦い続ける。



 ディプレクターとザフトの激戦は、ビフレストからも目視で確認できた。空の彼方で繰り広げられ
ている戦いを、スティング・オークレーは窓から眺めていた。
「おーおー、派手にやっちゃって。ま、どっちが勝っても負けても、俺には関係ないけどな」
 地球軍から離れたスティング達は、現在ディプレクターに保護されている。しかしスティングは
ディプレクターに手を貸す気は無かった。彼の体は治療がまだ終わっていなかったし、体が万
全の状態だとしても、ディプレクターの一員として戦う気にはなれない。
「カオスもやられちまったし、『正義の味方』なんて俺のガラじゃないしな」
 そう呟いたスティングは、不意にある男の顔を思い出した。金髪で、どこか自分と似たような感
じのする、クソ生意気な男。
「オルガ・サブナックか……。あの野郎もあそこで戦っているのか?」
 自分と似た感じのする男が、自分とは違う道を選び、戦っている。あいつはなぜ戦っているの
だろう? スティングの心に、ほんの少しだが他人への興味が沸いた。それは彼にとって、生ま
れて初めての経験だった。



 ダンとシンの戦いは、決着の時が見えないまま続いていた。
 シンのデスティニーはビームライフルや《アロンダイト》などで連続攻撃を仕掛けるが、ダンのギ
ャラクシードはその全てをかわし、あるいは防いでいる。シンの心の動揺もあり、デスティニーの
攻撃は精彩を欠いていた。ヘブンズベースでの戦いで五機のデストロイを倒した時とは、まった
く別のMSのようだった。
「クソッ、クソッ、クソーーーーッ!」
 シンの心は大いに乱れていた。平和を訴えるデュランダル議長への尊敬の念と、ダン達に対
する友情がぶつかり合い、彼の心をかき乱していた。
「どうして降伏してくれないんだ、あんた達は! そうすればこんな戦いをしなくてもいいのに!」
 ビームライフルを乱射するデスティニー。しかし、乱れた心で放つ攻撃も、また乱れたものとな
る。照準を定めらぬままに放たれたれビームは全てかわされた。
 一方、ギャラクシードの操縦席に座るダンの心も乱れていた。シンに対する怒りと苛立ちは、な
ぜかダンの心を冷たいものに変えていき、その冷たさが心地よく、そして、怖かった。
「ちっ……。こんな事で戻ってたまるか! 昔の俺になど戻ったりはしない、絶対に!」
 何かを思い出しつつある自分への恐怖。それがダンの心を乱し、ついに、
「いい加減にしろ、シン!」
 攻撃を開始した。
 ギャラクシードは右腕の指先から五本のアンカー付きワイヤーを放つ。《スパークフィストR》。
敵の機体に強力な電撃を流し込み、コンピューターなどを破壊、敵機を無力化させる特殊装備
だ。これを使えばシンを殺さずにすむ。
 だが、デスティニーの動きも速かった。向かってくるワイヤーに対して、その掌を向ける。途端
に強烈な閃光が走り、五本のワイヤーを消滅させた。
「!?」
 驚くダンの眼前で、デスティニーの掌が光り輝いている。《パルマフィオキーナ》。デスティニー
の両掌に搭載されたビーム兵器で、その手に掴んだ物を強力なビームで破壊する。『掌の槍』と
いう呼び名に相応しい武器だ。
「そんな武器(もの)を隠し持っていたとは……面白いじゃないか、シン」
 ダンの心が、また少しだけ変化する。強い敵に対する興味。そして、わすがな殺意。



 ステファニーのムーンライトがルナマリアのフォースインパルスと戦っている横を、オレンジの影
が通り過ぎて行った。ハイネのフォースインパルスだ。
「! いけない!」
 ステファニーは後を追おうとするが、
「そうはさせないわ!」
 ルナマリアのインパルスがビームサーベルで切りかかってきた。
 その斬撃をかわしている間にも、ハイネのインパルスは艦に接近していく。ハイネの標的は緑
色の天使、プリンシパリティだ。
「艦を落とせばこっちが有利になる。悪いが、勝たせてもらうぜ!」
 迫る敵機に対して、プリンシパリティのナタルは、
「迎撃! 急げ!」
 と指示を出す。プリンシパリティはミサイルや《イーゲルシュテルン》でインパルスを牽制しようと
するが、PS装甲のインパルスに実体弾は効果が無く、PS装甲も貫ける《ゴットフリート》による砲
撃はあっさりかわされてしまった。
 ムーンライトは《シャイニング・リフレクター》をプリンシパリティに向かわせるが、わずかに間に
合わなかった。ハイネのインパルスはプリンシパリティの目前にまで接近、艦橋にビームライフル
の銃口を向ける。
「!」
 表情を凍りつかせるナタル。
 一方、操縦桿を握るハイネの手の動きが止まった。ほんの一瞬だが、彼は引き金を引く事を躊
躇してしまった。プリンシパリティは短い間とはいえ、一緒に戦った戦友達の艦。それを自分が
破壊する事が信じられなかったし、やりたくなかった。
「ちっ、我ながら甘い事を……!」
 気持ちを切り替え、ビームライフルの引き金を引こうとしたその時、
「させるかあっ!」
 上空から二つの影が降下してきた。ドラゴン型MAに変形したジャバウォックと、その背に乗っ
ていたバンダースナッチだ。
 ジャバウォックの背から飛び降りたバンダースナッチは、そのまま落下し、《ツイン・アサルトリッ
パー》でハイネのインパルスを切り裂こうとした。これは勘のいいハイネにかわされたが、
「まだだ!」
 逃げたインパルスをジャバウォックが追撃する。ドラゴンの口内に宿した《スキュラ》でインパル
スのシールドを破壊した後、両腕の三連装ヒートクローで襲い掛かる。高熱を宿したこの爪はPS
装甲さえ粉砕する。
「くっ!」
 何とかかわすハイネだが、ジャバウォックの攻撃は止まらない。オルガは怒っていた。
「てめえ、よくも! よくも俺の惚れた女を殺そうとしやがったな! 許さねえ、絶対に許さねえ
ぞ!」
 執拗な攻撃に追い詰められるインパルス。ビームライフルを向けるが、これはヒートクローによ
って破壊された。
「な、何て奴だ…!」
 ハイネの背筋に冷たいものが走る。彼はオルガという龍の逆鱗に触れてしまったのだ。



 激闘が繰り広げられている戦場の片隅で、両軍のエース同士が激突していた。だが、その戦
いはどちらも決め手にかけるものだった。
「でやあっ!」
 剣を振るい、攻撃をするシンも、
「くっ!」
 それをかわすダンも、どちらも相手を倒す事をためらっていた。戦いたくない相手だった。
 しかし、どちらも退く訳にはいかない。それぞれが信じる正義の為に、この戦いは勝たなければ
ならない。たとえその結果がどんなものになろうとも。
 と、頭では理解しているつもりだった。しかし、いざ戦ってみると、やはり気が乗らない。友を敵
として戦う事が、こんなにも辛く、苦しいものだったとは。
「クソッ、いい加減にしろよ、ダン!」
 苦しみから逃れたくて叫ぶシン。
 一方のダンも苦しんでいた。友(シン)と戦う事も苦しいのだが、それ以上に彼を苦しめていた
のは、自分の心の中から湧きあがってくる冷たい感情だった。心地よい冷たさは危険なものであ
り、それに身を委ねれば大変な事になる。そんな気がしたダンは、自分の心と懸命に戦ってい
た。
 もちろんシンはそんな事は知らない。苦悩しながらも攻撃をし続けるシンに、ダンは苛立ってい
た。どうしてこいつは、俺の苦しみも知らずに攻撃を仕掛けてくる? お前が攻撃をすればする
ほど、俺は……!
 互いを苦しませる戦いを続ける二人の前に、二機のMSが現れた。オレンジ色のインパルス
と、漆黒の竜。ハイネの専用インパルスと、オルガのジャバウォックだ。
「ハイネ!」
「オルガ!」
 仲間の名を呼ぶシンとダン。しかし、彼らの声はハイネとオルガには届かなかった。ハイネはオ
ルガの猛攻をかわす事に専念していたし、オルガは怒りのあまり我を忘れていた。
 逃げるインパルスと追うジャバウォック。だが、ついに決着の時が来た。
 ジャバウォックが腰のプラズマレールガンからビームを発射。それをかわそうとして体勢が崩れ
たインパルスに、ジャバウォックのヒートクローが炸裂。インパルスの上半身を粉々に粉砕した。
「ちいっ!」
 ハイネはコアスプレンダーを分離させ、爪の一撃からは逃れる事が出来た。だが、オルガの怒
りは収まっていなかった。竜の口が開かれ、光が集まっていく。
「! やめろ、オルガ! 勝負はもうついた…」
 ダンの叫びは間に合わなかった。ジャバウォックが放った《スキュラ》の光は、オレンジ色のコ
アスプレンダーを包み込んだ。
 光の中でハイネは自分の死を受け入れた。他人には「割り切れよ」と言っておきながら、自分
は割り切れなかった。ディプレクターを『敵』として見る事が出来なかった。それなら、ここで死ぬ
のは当然だ。戦場では、心の弱い奴から死ぬのだから。
「シン、ルナマリア、レイ、お前達は強く生き…」
 遺言を言い終える前にハイネの命は尽きた。爆砕するコアスプレンダー。ハイネの命と体は炎
の中に消えた。
「……………ハ、ハ、ハイネーーーーーーーーーーッ!!」
 シンの叫びが戦場に響き渡った。その声は哀しみと怒りに満ちていた。陽気で優しい仲間だっ
たハイネの死に対する哀しみと、ハイネを殺した者への怒り。その二つの激情によって、シンのS
EEDが目覚める。
「お前、お前ら……よくも、よくも、ハイネをーーーーーーーっ!!」
 シンの眼は二体のMSに向けられた。ハイネを殺したジャバウォックと、自分の邪魔をし続けた
ギャラクシード。こいつらは敵だ。敵だ。敵だ! だから……倒す!



「!」
 その時、ビフレストの一室にいたステラは、なぜか悪寒を感じた。
 嫌な感じだった。とても悲しくて、とても辛い事が起きたような気がする。そしてこれからもっと辛
い事が起きる予感がする。
 ステラは勘の鋭い少女だった。百発百中という訳ではないが、彼女の『嫌な予感』は必ず当た
っていた。薬物投与をするようになってからはこんな予感はしなくなったのだが、治療の成果な
のか、彼女の人間としての感覚がわずかに蘇ったのだ。
 ステラの脳裏に三人の人間の顔が浮かぶ。一人は、ディオキアの洞窟で「君(ステラ)を守る」と
言ってくれた少年。一人は、ベルリンの町でデストロイに殺されかけたステラを助けてくれた女
性。そして最後の一人は、ステラを助けてくれた女性が愛する男。デストロイを倒して、ステラを
の命を救ってくれた男。
 その三人が苦しんでいる。そして、これからもっと苦しくなろうとしている。このままでは……!
「……ダメ、みんな、ダメ! シンもステファニーもダンも、それ以上はダメ!」
 ステラは部屋を飛び出し、全力で走った。大好きな人達を救う為に。自分の事を助けてくれた
人達を、今度は自分が助ける為に。



「うおおおおおおおおっ!!」
 シンの怒りと憎しみを乗せ、デスティニーが飛翔する。肩に装備された《フラッシュエッジ2ビー
ムブーメラン》の一つをジャバウォックに放ち、その翼を傷付ける。
「ぐっ!」
 怯んだジャバウォックに、デスティニーは《アロンダイト》を構え、突撃しようとする。だが、
「やめろ、シン!」
 背後からダンのギャラクシードが接近する。
「邪魔を……するなあ!」
 シンは残されたもう一つの《フラッシュエッジ2ビームブーメラン》を放つ。ギャラクシードがブー
メランをかわしている隙に、デスティニーはジャバウォックに襲い掛かる。デスティニーの光の翼
は驚異的なスピードを生み出し、ジャバウォックに一気に接近。そして、
「だああああああああああっ!!」
 《アロンダイト》の鋭い切っ先が、ジャバウォックの胴体を貫いた。ジャバウォックの操縦席で爆
発が起き、オルガに衝撃と苦痛を与える。
「ぐわああっ!!」
 オルガの声と共に、ジャバウォックは海上に落下。その姿が水中に没すると共に爆発した。凄
まじい爆音と共に、長大な水柱が上がる。それはまるで、ジャバウォックの墓標のようだった。
「オ、オル……ガ?」
 ブーメランをかわしたダンがオルガを助けようとした時、全ては終わっていた。空にジャバウォ
ックの姿は無く、大きな水柱が上がり、その先には《アロンダイト》を手にしたデスティニーがいる
だけだった。
「シン……。お前、オルガを殺したのか?」
 ダンの心が冷たくなっていく。
 オルガはダンが旅を始めてから、ずっと一緒にいてくれた男だった。戦い方を教えてくれた男
だった。辛い過去に負けない強さを教えてくれた男だった。大切な仲間だった。それを、この男
は、シンは殺したのだ。俺の仲間を、シンは殺した!
「………………」
 心が更に冷たくなっていく。いや、ダンはあえてそうした。
 不思議だ。先程まではその冷たさが恐ろしかったのだが、今はとても気持ちいい。心が冷たく
なる度に、自分の体の中から力が溢れてくる。そして、戦う上で絶対に必要なものも生まれてくれ
た。それは敵に対する怒り。憎悪。そして、殺意。
「分かった。もういい。お前は俺の仲間を殺した。それでいい。それだけで充分だ。俺とお前が
殺し合うのにはな」
 ダンは微笑んでいた。もっと早く、こいつを殺しておけば良かった。そうすればオルガは死な
ずに済んだ。全ては俺の甘さが原因だ。ならば殺す。こいつを、シン・アスカを、俺の戦友を殺し
てやる。この俺が、ダン・ツルギが、デューク・アルストルが殺してやる!
 ダンの右目が黒から金色に変わる。それはアンチSEED能力が解放された証。そして、ギャラ
クシードの中にいた女神も目を覚ます。
「力を貸せ、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)。いや、ヤヨイ・ツルギ。こいつを殺す為の力を!」
 自分を求める声に対し、ヤヨイは返事を出した。ギャラクシードの全機能が目覚める。敵を倒す
為に。自らを絶対無敵の破壊神とする為に。
「さあ、殺し合おうぜ、シン・アスカ。そして地獄へ落ちろ!」
 一方、シンの心の中も憎悪の感情で満たされていた。それはSEEDを持つ者の、アンチSEE
Dに対する本能。天敵に対する当然の激情。
「ダン・ツルギ……。お前を殺す。殺してやる!」
 もうこの二人を止められる者はいない。二人は憎悪の化身と成り果て、そして、激突する。



「!」
 ルナマリアのインパルスと戦っていたステファニーは、突然、悪寒を感じた。理由は分からな
い。だが、嫌な予感がする。とても嫌な事が起きそうな気がする。
 一方、ルナマリアも、ステファニーと同様の悪寒を感じた。こちらも、なぜそんな悪寒を感じたの
かは分からない。だが、悪寒は消える事は無く、二人の女の体を震わせ、心を不安で満たして
いく。
「ダン……?」
「シン……?」
 二人はそれぞれ、男の名前を呟いた。途端に悪寒が倍増する。
 女の勘、という表現は陳腐かもしれないし、非科学的だ。しかし、今この二人が感じている悪寒
は、そういう言葉でしか説明できないものだった。
 何かが起きている。それに二人の知っている人間が関わっている。ステファニーもルナマリア
も、なぜかそう確信した。ならば、一刻も早く駆けつけなければならない。
「でやあーーーーっ!」
 決着を焦るルナマリアはビームライフルを連射する。狙いは正確だったが、ムーンライトは《クリ
スタルジャベリン》に装備された小型の盾でこれを防ぐ。特殊な鏡面加工が施されたこの盾は、
ビームに対して絶大な防御力を誇っている。ビーム兵器でこの盾を破壊するのは、不可能に近
い。
「ウソッ? どうしてあんな小さな盾に?」
 動揺するルナマリア。隙が出来たその瞬間を、ステファニーは見逃さなかった。
 ムーンライトの背部の翼が上下に開く。そして中から六枚の翼が現れた。水晶のように美しく透
き通っているこの翼の名は、光粒子加速・飛行装置《ヘリオスウイング》。太陽光を吸収し、一瞬
で爆発的なエネルギーを生み出し、加速する為の装置だ。
「悪いけど時間が無いの。舞わせてもらうわ!」
 ステファニーはそう言って、加速装置のスイッチを押した。
 途端にムーンライトの姿が消えた。
「!?」
 驚くルナマリア。ミラージュコロイドでも使ったのか? いや、動きがあまりに速すぎて、インパル
スのカメラが捉え切れないのだ。そうルナマリアが察した瞬間、勝負は決していた。
「きゃあっ!」
 背部から衝撃。いつの間に回りこんだのか、ムーンライトはインパルスの背後にいた。
 《クリスタルジャベリン》の刃先がフォースシルエットの片翼を貫いている。これでは飛行するこ
とさえままならない。勝負ありだ。
 ステファニーは世界共通の国際救難チャンネルで、ルナマリアに通信を送る。
「命だけは助けてあげる。短い間だったけど、一緒に戦った仲間だったんだから。ミネルバに帰
りなさい。それぐらいの事なら出来るはずよ」
「くっ……」
 完敗を喫したルナマリアだが、不思議と悔しくは無かった。もしかしたら、心のどこかでこういう
決着を望んでいたのかもしれない。こんな無意味な戦いには、こういう決着こそ相応しい。そんな
気がする。
「分かりました、ステファニーさん……。でも、一つだけお願いしてもいいですか?」
「何かしら?」
 ルナマリアは少し考える。敵であるステファニーにこんな事を頼んでもいいのだろうか? で
も、他に頼める人はいない。ルナマリアは決意して、
「シンの事を、よろしくお願いします。殺さないで、とは言いません。これは戦争なんだし、仕掛け
てきたのは私達の方だから。でも…」
 と頼む。最後まで言わなくても、ステファニーにはルナマリアの気持ちが分かった。大切な仲間
の身を案じる気持ちは、彼女も同じだ。
「分かったわ。私にも助けたい人がいるから、必ず、とは言えないけど、それでも出来る限りの事
はする。それでいいかしら?」
「……はい。ありがとうございます」
 ルナマリアは頭を下げた後、ミネルバに帰って行った。そしてステファニーはムーンライトの
《ヘリオスウイング》を展開。最高速度で戦場を飛ぶ。戦いの間もずっと感じていた、嫌な悪寒を
消す為に。愛する人の元へ行く為に。
「ダン、無事でいて……!」



 ビフレストの管制室では、各モニターにザフトのデイプレクターの戦いの様子が映し出されてい
た。数では勝っているザフト軍だったが、ディプレクター側も奮闘しており、戦況はほぼ互角。い
や、わずかにディプレクター側が押し始めていた。
 味方の優勢にも関わらず、モニターを見るラクスとカガリの表情は重く、暗いものだった。二人
も、そして二人の後ろにいるキサカも、この戦いが無意味なものである事を知っているからだ。
「クソッ! 何て嫌な戦いだ……」
 カガリの呟きは、その場にいる全ての人間の気持ちを代弁していた。ディプレクターにとって、
この戦いは勝たなければならない戦いだ。だが、たとえ勝ったとしても、ザフトはディプレクターを
敵対視し、絶対に和平には応じないだろう。勝っても負けても、ディプレクターの未来には困難と
闘争が待っている。そんな未来など誰も望んでいないのに。
「ですが、それでもわたくし達は戦わなければならないのです」
 ラクスは、自らに言い聞かせるように言った。彼女の目は、レジェンドとストライクフリーダムの戦
闘を映したモニターに向けられている。愛する人の戦いを見守りながら、彼女は自らの想いを語
る。
「わたくし達の行動は、確かに愚かなものなのかもしれません。ですが、わたくし達は誰かに用意
された道を歩くのではなく、自らの手で道を切り開き、その道を歩かなくてはならない。既に定め
られた未来や運命を受け入れるのではなく、自分達の手で未来を、運命を作り出さなければな
らない。それが強すぎる力を持った者の義務であり、責任なのです」
「自分の手で未来を作る、か……。言うのは簡単だが、それはかなり難しい事だぞ。それに、そう
やって作り上げた未来が、もし間違っていたとしたらどうするんだ?」
 カガリの質問に、ラクスは微笑を浮かべて答える。
「その時は、キラやアスラン、ガーネットお姉様がわたくしを止めてくれますわ。あの人達は誰より
も優しく、そして強い人ですから」
 ラクスは自分を信じていた。そして、それ以上に他人を信じている。自分信じてくれる人を信じ
て、共に未来を作ろうとしている。カガリは改めて、ラクスの心の深さと広さを知った。自分の未熟
さを思い知らされたが、それは決して嫌な気分ではなかった。
「私も頑張らないとな。オーブの為に。私を信じて、付いて来てくれる人達の為に」
 カガリのその言葉を聞いて、彼女の後ろにいたキサカは静かに微笑んだ。カガリは一国の長と
して相応しい存在に成長しつつある。それが嬉しかったのだ。
 管制室は、わずかだが和やかな空気に包まれた。だが、突然、警報が鳴り響く。
「どうした、何事だ!?」
 キサカの質問に、オペレーターの一人が答える。
「ビフレストのMS格納庫から、修理中だった我が軍のムラサメが飛び立ちました! 現在、前線
に向かっています!」
 修理していたスタッフの話では、そのムラサメには武器も無線機も積んでいないらしい。ビフレ
ストに搭載されているMSの中では一番速く飛べるが、飛ぶ事しか出来ない機体だと言う。
「何てバカな事を……。一体、誰が乗っているんだ!」
「そ、それが……」



「キラ、お前はダンの所へ行け!」
 レジェンドの攻撃をかわしながら、ムウはそう指示した。
「えっ? で、でも…」
「俺なら大丈夫だ。それよりもあの男の事が気になるんだろう? だったら行け!」
 ムウの言うとおりだった。先程からキラは嫌な予感がしていた。戦場のどこかで取り返しの付か
ない事が起こりそうな気がしてならない。そして、それにダンが深く関わりそうな気がする。
 SEEDを持つ者とアンチSEED。対立しながらも惹かれ合う者達だから、そんな事を感じるの
だろうか? キラは予感の正体が掴めず、わずかに動揺しており、それがレジェンドに苦戦を強
いられる原因となっていた。
「今のお前じゃ足手まといだ。さっさと行け! そして用事を済ませたら、すぐに戻って来い。俺
が死なない内にな」
 軽口を叩くムウ。どんな時でも陽気で、諦める事を知らないその口調は、キラの心を励ましてく
れた。
「分かりました。すぐに戻ります!」
「ああ、行って来い。そして、さっさと戻って来い!」
 飛び去るストライクフリーダム。その後を追おうとするレジェンドの前を、シュトゥルムのガンバレ
ルが塞ぐ。
「おおっと、そこから先は通行止めだ。行かせないぜ!」
 四機のガンバレルが一斉にビームを照射。しかし、レジェンドは簡単にこれをかわした。
「ふん。重力下でもそれを動かせるようにしたのは大したものだが……遅い!」
 レジェンドのビールライフルが、ガンバレルを一機破壊した。レイが言うように、調整しても重力
下ではガンバレルの動きは鈍くなってしまう。それでも並のパイロット相手ならば充分なのだが、
「こいつを相手にするのは、ちょっと無理か? と、泣き言は言ってられないな。大人の面子がか
かっているからな!」
 ムウは残り三機のガンバレルを操作し、レジェンドに挑む。迎え撃つレジェンド。ムウ・ラ・フラガ
とレイ・ザ・バレル。奇妙な縁で結ばれた二人の戦いは、まだ始まったばかり。



 激闘。
 そう呼ぶに相応しい戦いだった。
「でやあああああああああっ!!」
 ビームライフルを乱射するシンのデスティニー。一見、メチャクチャに撃っている様だが、実は
相手の行動パターンを先読みした、正確無比な射撃である。乱射している様に見えるのは、相
手の動きが速過ぎる為だ。
 ザフト最強のMSであるデスティニーと互角に渡り合っているのは、ディプレクター最強のMS
であるダンのギャラクシード。デスティニーの攻撃をかわし、防ぎ、そして反撃する。バイザー型
のツインアイ保護シールドを下ろし、背部のウイングユニットの一部を変形させ、長射程双塔ビ
ーム砲《スーパーノヴァ》を展開。そして、
「……死ね!」
 強烈なビームを放つ。《スーパーノヴァ》はギャラクシードに装備された火器の中で最大・最強
の武器であり、戦艦数隻をまとめて破壊するほどの威力を誇る。
 避けられない、と判断したシンはデスティニーの両手甲部からビームシールドを放出。二重の
ビームシールドで《スーパーノヴァ》のビームを防ぐ。
「ちっ!」
 《スーパーノヴァ》を防がれたダンは、接近戦を挑む。《ソード・オブ・ジ・アース/α》と両足の
踵から出した大型アーマーシュナイダーによる三刃による連撃。刀を振り下ろし、それをあえて
敵にかわさせたところを連続蹴り。しかし、アーマーシュナイダーの刃はあと一歩のところで届か
ず、攻撃は全てかわされてしまった。
「はっ、どうだ! 接近戦は俺も得意なんだよ!」
 そう叫ぶとおり、シンは接近戦には自信があった。そしてデスティニーも、接近戦に秀でた武
装をしている。
 デスティニーの光の翼が輝き、一気に加速。大型ビームソード《アロンダイト》を手にして、ギャ
ラクシードに切りかかる。これはかわされたが、相手との距離を詰める事には成功した。
「もらった!」
 勝利を確信したシンは、切り札を放つ。右腕の掌底の《バルマフィオキーナ》がビーム光を放
ち、ギャラクシードの胴体部に襲い掛かる。このタイミングでは絶対にかわせない。勝った。そう
思ったシンだったが、
「甘い!」
 ギャラクシードは左腕の掌底をデスティニーに向ける。特殊兵装マニピュレーター《ストームフ
ィストL》。MSの巨体さえも揺るがすほどの猛烈な風が放たれ、デスティニーの体勢を大きく崩し
た。《パルマフィオキーナ》の一撃は難無くかわされ、ギャラクシードは逃れてしまった。
「クソッ! もう少しだったのに!」
 苛立つシン。
「ちっ。しぶといガキめ……!」
 ダンも苛立っていた。二人の心は、互いに対する殺意と敵意で満たされていた。
 なぜこんなにも奴を憎むのか?
 なぜこんなにも奴を殺したいのか?
 二人はもう、その理由さえ忘れかけていた。長く激しい戦いは、二人を純粋な修羅に変えつつ
あった。
 かつてダンは、これに近い心境になった事がある。ビフレストでの攻防戦、キラのネオストライク
と戦った時の事だ。あの時は心の奥底から湧き上がる殺意と敵意に対抗しきれず、もう少しでキ
ラを殺すところだった。辛かった。苦しかった。
 だが、今は違う。殺意に満たされながらも心の中は穏やかで、戦う事が楽しくて仕方が無い。シ
ン・アスカを、生意気なSEED能力者を殺したくて、うずうずしている。
 これはダンが昔の自分を知ったからか? それともG・U・I・L・T・Y(ギルティ)の、ヤヨイ・ツル
ギのおかげだろうか? いや、それは違う。あの女が自分に手を貸すはずが無い。自分の事を
誰よりも憎んでいるはずのあの女が、自分に協力するはずなど無い。むしろ地獄の底に引きずり
込もうとするだろう。
「?」
 となると、この気持ちはG・U・I・L・T・Y(ギルティ)によるものではないという事だろうか? い
や、それも違う気がする。ギャラクシードの中から伝わってくるこの力は、間違いなくG・U・I・L・
T・Y(ギルティ)のものだ。デスティニーとこうして互角に戦えているのは、G・U・I・L・T・Y(ギル
ティ)がダンに協力しているからだ。
 なぜ? なぜ、ダンを憎んでいるはずのG・U・I・L・T・Y(ギルティ)が、ヤヨイ・ツルギがダンに
手を貸してくれるのだ? 彼を勝たせようとしているのだ?
「…………」
 冷たい高揚感に支配されていたダンの心に、わずかな疑問が浮かび上がる。そして、高揚感
が少しずつ収まっていく。
 違う。何かが違う。おかしい。俺は何をしている。誰と戦っている。俺は誰と、何の為に、なぜ戦
っているんだ?
 ダンの心は大きく揺れ動いた。一瞬、自分が戦場にいる事を忘れてしまう。シンは、その隙を
見逃さなかった。
「もらった!」
 巨大な《アロンダイト》の刃がギャラクシードを襲う。
「!」
 自信の危機に気付いたダンだが、時既に遅し。《アロンダイト》の先端の刃はギャラクシードの
胴体を貫こうとしていた。しかし、あとわずかのところで《アロンダイト》の刃はギャラクシードに届か
なかった。突如現れた光の壁が《アロンダイト》からギャラクシードを守ったのだ。
 ギャラクシードを守ったのは妖精の如く飛ぶ十六機の守護神、《シャイニング・リフレクター》が
発するビールシールドだった。それを操るのは、月光の女神ムーンライト。その操縦席にはダン
が愛し、ダンを愛する女が座っている。
「ステファニー……」
 彼女の名を呼ぶと、ダンの心は少し穏やかなものになった。
 そして、駆けつけたのは彼女だけではなかった。尚も襲いかかろうとしたデスティニーにビーム
ライフルを放ったMS。キラのストライクフリーダムだ。
「ダン、大丈夫?」
「キラ、か……。俺を殺しに来てくれたのか?」
「何バカな事を言ってるんだ! 君を助けに来たんだ」
「俺を、助けに……?」
「ああ。仲間を、友達を助けるのは当然だろ?」
「仲間……友、達……」
 キラのその言葉を聞いて、ダンの心は完全に元に戻った。G・U・I・L・T・Y(ギルティ)は勝手
に停止し、ダンの右目は金色から黒色に戻る。
「間一髪だったわね。大丈夫、ダン?」
「あ、ああ、すまない。助かった。でも、お前達はどうしてここに…」
 と質問した瞬間、
「邪魔をするなあああああっ!!」
 激昂するシンのデスティニーが、ムーンライトに襲い掛かってきた。
「くうっ!」
 かわすムーンライト。そしてギャラクシードを守った《シャイニング・リフレクター》を自機の周囲に
戻し、ビームシールドを展開。デスティニーの斬撃を防ぐ。
「クソッ、クソッ! もう少しだったのに、もう少しであいつを倒せたのに、邪魔をしやがって!」
 シンは完全に冷静さを欠いていた。アンチSEEDに対したSEED能力者の本能が、彼をまだ
支配しているのだ。ダンはシンに呼びかける。
「もうやめろ、シン! 俺は、いや、俺達はお前達とは戦いたくない! 退け!」
「今更、何言ってるんだ! ハイネを殺しておきながら、何を今更!」
「お前だってオルガを殺した! だから、もうやめろ! 殺したり、殺されたり、こんな戦いは無意
味だ!」
 お互いに大切な人を、友を失ってしまった。このまま戦い続ければ、どちらかか死ぬ。そして残
された者は、友を殺した罪を背負い、地獄の苦しみを味わうだろう。
「!」
 そう考えたダンは、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)が自分に力を貸した理由を知った。G・U・I・L・
T・Y(ギルティ)は、いや、ヤヨイ・ツルギはダンを更に苦しめる為に力を与え、シンを殺させよう
としたのだ。恐ろしい。何と恐ろしいシステムだ。こんなシステムを作ったかつての自分は狂って
いたとしか思えない。そして、今、このシステムを使っている自分も。
 いや、たとえ狂っていたとしても、ダンはこのギャラクシードに乗って、戦い続けなければならな
い。自分が犯した罪を償う為に、ヤヨイの憎しみを受け止める為に、父メレアの野望を粉砕する
為に。
 だからダンはここで死ぬ訳にはいかない。とはいえ、シンを殺したくはない。今は敵になってし
まったが、それでもシンはダンの友人だった。短い間ではあったが、一緒に戦い、危機を潜り抜
けた仲間だった。殺したくない。死なせたくはない。
 それに友(シン)を殺せば、それはヤヨイの狙い通りであり、彼女の心の闇を更に深める事にな
る。そうなればヤヨイの力が強くなりすぎてしまい、G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を制御できなくなる
かもしれない。
「シン、刀を退け! こんなバカな戦いはもうやめろ!」
 シンを助けようと、ダンは必死で呼びかける。
「ダンの言うとおり、退くんだ、シン! こんな戦い、何の意味があるんだ!」
 キラも戦いを止めようと叫ぶ。しかし、
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさーい! お前らが悪いんだ。お前らディプレクターがロゴス
なんかと手を組むから、デュランダル議長に従わないから、お前らが!」
 シンの耳には届かなかった。デスティニーは《アロンダイト》を振り回してストライクフリーダムを
退かせ、逃げるギャラクシードをビームライフルで狙い撃つ。ストライクフリーダムもギャラクシード
も反撃しない。防戦一方だ。
「ダン!」
 ギャラクシードを助けようとするステファニーだが、
「お前は邪魔だって言ってるだろ!」
 デスティニーはムーンライトに長射程ビーム砲を向けて、ビームを放つ。ムーンライトは《シャイ
ニング・リフレクター》を展開させてビームを防ぐが、これでは迂闊には動けない。下手をすれ
ば、ダンの足手まといになってしまう。
「見守るしかないって言うの? そんな……」
 ルナマリアとの約束を思い出し、唇を噛み締めるステファニー。彼女の為にも、何とかしなけれ
ばならない。この無意味な戦いを終わらせなければ……。
 そう思ったその時、ムーンライトのレーダーがこちらに接近してくる機体を捉えていた。機種は
ムラサメ。乗っているのは、
「!」
 ムラサメとすれ違った瞬間、ステファニーはムラサメの操縦席にいた人物の顔を見た。そして
驚愕した。どうして、どうしてあの子がここに?
 突然現れたムラサメは、デスティニーとギャラクシードの間に割って入った。
「なっ!?」
「何だ?」
 突然の乱入者に、シンもダンも驚いた。ムラサメは旋回し、デスティニーに接近。しかし攻撃を
仕掛ける様子はなく、デスティニーの周囲を飛び続けているだけだ。
「な、何なんだ、こいつは!?」
 動揺するシン。ムラサメの意味不明な行動は、彼の心を更に苛立たせた。
「俺の邪魔をするつもりか? クソッ!」
 デスティニーは頭部に装備された機関砲《17.5oCIWS》で撃ち落そうとするが、ムラサメの
パイロットはかなりの腕らしく、全てかわされてしまった。
「このっ! 何なんだよ、お前はーーーーーっ!!」
 怒りを爆発させたシンは、《アロンダイト》を振り下ろす。避けるムラサメ。追うデスティニー。光
の翼が生み出す高速度によって、デスティニーはムラサメを追い詰めていく。
「やめろ、シン! それ以上は…」
 ダンはムラサメを助けようとするが、
「ダン、避けろ!」
 キラの声に、ダンは即座に反応し、操縦桿を引いた。ギャラクシードがその場を退いた直後、
後方から強力なビーム光が襲い掛かってきた。まさに間一髪。
 ビームを放ったのは、レジェンドだった。その後方にはシュトゥルムが追尾している。
「悪い、キラ。そいつを止めておけなかった」
 謝るムウ。ガンバレル四機の内、三機を破壊された上にシュトゥルム本体のダメージも大きかっ
た。レジェンドを止められなかったのも無理はない。
「分かりました、こいつは僕が何とかします。ムウさんはアークエンジェルに引き返してください」
「すまない。情けないが、後は任せる」
 退くシュトゥルム。ムウの追跡を振り切ったレジェンドは、ストライクフリーダムらにビームを放
つ。敵を牽制しつつ、レイはシンに通信を送る。
「どうしたシン、こんな奴らに手こずるとは、お前らしくもない」
「レイ……」
「お前はザフトのエースだ。最強のコーディネイターだ。あんな奴らなどお前の敵ではない。デュ
ランダル議長の理想を叶える為に、この世界に本当の平和をもたらす為に、お前は戦うのだろ
う? なら、戦え。そして、全ての敵を倒せ。お前にはそれだけの力がある」
「あ、ああ。分かっている。今の俺には力がある。何も出来なかった頃の、昔の俺じゃない!」
 シンは思い出した。二年前、家族を失った日の事を。あの時の自分は無力だった。敵を倒す
事も、家族を守る事も出来なかった。だが、今は違う。敵を倒す力を得た。大切な仲間を守る力
を得た。ならば俺は戦う。俺の事を認め、この力を与えてくれた人の為に!
「うおおおおおおおおおーーーーーっ!!」
 再びギャラクシードに挑むデスティニー。それを止めようとしたキラのストライクフリーダムの前に
は、レジェンドが立ち塞がる。
「邪魔はさせんぞ、キラ・ヤマト!」
「くっ、君はどうして、こんな…!」
 レイが邪魔者を引き受けている間に、シンはダンを倒そうとした。《アロンダイト》を振るい、ギャ
ラクシードを両断しようとする。
「くっ、どうして退いてくれないんだ、シン! お前だって本当は分かっているはずだ! なのに、
なぜ!」
 正気を取り戻したダンは、シンと戦う気は無い。デスティニーの攻撃をかわし続けるが、徐々に
追い詰められていく。
「ダン、危ない!」
 ステファニーがムーンライトの《シャイニング・リフレクター》を放つ。ビームシールドでギャラクシ
ードを守ろうとするが、
「お前は邪魔なんだよ!」
 デスティニーはビームライフルのビームを連続発射。更に《フラッシュエッジ2ビームブーメラ
ン》も放ち、その刃と射撃で十六機のユニットを全て破壊してしまった。
「! そんな……」
 呆然とするステファニー。その間にも、デスティニーはギャラクシードに迫る。
「とどめだ、ダン・ツルギ! ハイネの仇、討たせてもらう!」
「シン、お前は…!」
 もうどうする事も出来ないのか? 諦めかけたその時、またしてもあのムラサメが両機の間に割
って入った。
「うわっ!?」
「なっ?」
 シンもダンも驚いた。何という無茶な飛行だ。一歩間違えば、自分が死ぬかもしれないのに。
「お前は……どうして何度も! もう許さない!」
 謎のムラサメに対して、ついにシンの怒りが爆発した。光の翼の加速力で一瞬でムラサメに追
いつき、《アロンダイト》を振り下ろそうとする。
 敵への殺意に凝り固まってしまったシン。その心に、ステファニーの叫びが届いた。
「やめて、シン君! ステラを殺さないで!」





「………………えっ?」




 ステラって、誰の事だ? このムラサメのパイロットの事か?
 奇遇だなあ。俺もステラって名前の人を知っているよ。女の子なんだ。敵だったんだけど可愛
い子で、どこか儚げで、つい『守る』なんて言っちゃった。でも、後悔はしていないけどね。
 そういえば、あのステラは今、どこで何をしているんだろう? ディプレクターに保護されて、治
療を受けているはずだ。そうだ、ステラは無事だ。もう彼女は戦わなくてもいいんだ。こんな戦場
(ところ)にいるはずがない。出て来るはずが無い。ムラサメなんかに乗って、俺の邪魔をするは
ずがない。





 しかし、現実は非情だった。





 《アロンダイト》のビーム刃が、ムラサメの胴体を横一線に両断する。上下に真っ二つになるム
ラサメ。その操縦席には、シンが良く知る少女が乗っていた。
「ス…テラ……?」
 ステラは哀しい眼をしていた。そして何かを喋っていた。距離が離れているので声は聞こえな
いはずなのだが、シンにはなぜか、ステラの声が聞こえた。
「シン……。ダンを殺さないで……。ダンはステラを助けてくれた人。ステラが大好きなステファニ
ーが好きな人。だから、殺さないで。ダンと戦わないで。お願い……」
 そう呟くステラを乗せたまま、両断されたムラサメは海中に没した。そして、爆発。再び水柱が
高く上がる。
 その水柱を見たシンは、自分が何をしたのか、そして何が起きたのか、何とか理解しようとし
た。しかし、彼の心は現実を受け止める事を拒否した。受け止めるにはあまりにも過酷な出来事
だったから。
「あ……ああ………俺は、俺は……ステラを…………俺は、俺が……殺した? 俺が、ステラ
を、この手で、殺した?」
 信じられない。信じたくない。だが、現実だった。もう誰にもどうすることも出来ない事実だった。
 シン・アスカはステラ・ルーシェを、守ると約束した少女を、自分の手で、
「う、あ、ああ、あああああ……」
 殺した。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 戦いは終わった。ザフト軍は半数以上のMSを失い、艦隊もアークエンジェルやドミニオンらの
攻撃によって、多大な被害を出していた。ミネルバも各部を損傷しており、タリアは撤退を命令し
た。
「最悪の戦いだったわね」
 タリアのその言葉が、この戦いの全てを語っていた。失ったものは多く、得たものは何もない。
ザフトにとっても、ディプレクターにとっても、悪夢のような戦いだった。
 引き上げていくザフト艦隊。その様子を、海上に浮かぶMSの破片から見ている男が一人。
「ふん。この戦い、俺達の勝ち、って事でいいのか?」
 オルガ・サブナックはそう呟き、苦笑した。
「まあ、それなりの代償は支払ったんだ。せめて『勝ち』ぐらいは譲ってもらわないとな」
 そう呟いた後、オルガは失神した。彼の体に右腕は無く、流れる血が海水を赤く染めていた。
 オルガは気付かなかったが、彼が立っていたジャバウォックの破片の端に、一人の人間が流
れ着いていた。可愛い女の子だった。
「シ……ン……」
 気を失いながらも、ステラ・ルーシェは愛しい少年の名を呼んだ。それは彼女の魂(こころ)から
の叫びだった。

(2005・8/19掲載)

次回予告
 天空の片隅で平和に暮らしていた夫婦を、非情な刃が襲う。
 そして故国に帰ってきたカガリを待っていたのは、過酷な戦いと運命。
 裏切り者たちの理屈がオーブを汚し、野望に燃える男は静かに微笑む。
 戦いの始まり。それはミナ・ハルヒノにとっての試練の始まり。悪魔を愛してしまった少女
は、かつての友に何を言うのか?

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「天の殺意 地の悪意」
 生まれ変わりしその力を見せよ、ヘルサターン。

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