第34章
 苦悩を呼ぶ友情

「皆さん、私はプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルです。我らプラントと地球の
方々との戦闘状態が解決しておらぬ中、突然このようなメッセージをお送りすることをお許しくだ
さい。ですがお願いです。どうか聞いていただきたいのです」
 その言葉から始まったデュランダルの演説は、あらゆる通信回線を通じて、全世界に流され
た。ミネルバのラウンジにもデュランダルの映像が映され、その声が響き渡る。
 デュランダルはユーラシア西部でのデストロイの破壊行為の映像を流した。人々は、そのあまり
に凄惨な光景に衝撃を受けた。各国の情報操作によって、この事件そのものを知らなかった人
も多かったのだ。
「侵攻したのは地球軍、されたのは地球の都市です。なぜこんなことになったのか。地球軍はこ
の行為は一部の特殊部隊の暴走と公言していますが、地球軍は彼らが破壊した後の都市を制
圧し、生き残った人々を弾圧しています。この特殊部隊と軍が繋がっているのは明らかで、この
虐殺が地球軍によって公認されていた事は間違いありません!」
 そう断じたデュランダルの後ろに、新たな映像が流れる。三機のデストロイと戦うカオスやガイ
ア、そしてインパルス達の映像だった。
 しかし、その映像の中には、なぜかディプレクターのMS達はいなかった。ギャラクシードがデ
ストロイ軍団を倒したシーンも使われていない。
「地球軍の中にもこの虐殺に反対する人々がいました。彼らは我々ザフトと協力し、この巨大兵
器に立ち向かったのです。そう、地球軍全てが悪という訳ではありません。我々が真に倒すべき
存在は地球軍ではなく、その背後にいる組織なのです」
 そしてデュランダルは、世界を振るわせる言葉を放つ。
「いにしえの昔から、自分たちの利益のために戦えと、戦えと。戦わないものは臆病だ、従わない
ものは裏切りだ。そう叫んで、常に我らに武器を持たせ、敵を作り上げて、撃てと指し示してきた
者達、平和な世界にだけはさせまいとする者達。このユーラシア西側の惨劇も彼らの仕業である
事は明らかです! 二年前に我々全ての人類を滅ぼそうとしたダブルGも、我々コーディネイタ
ーを根絶せんとするブルーコスモスも、そして未だその実体が明らかにされていないサードユニ
オンと呼ばれる組織さえも、彼らの傀儡に過ぎない事を皆さんはご存知でしょうか? そうして常
に敵を作り上げ、常に戦争をもたらそうとする軍需産業複合体、死の商人ロゴス。彼らこそが平
和を望む私達全ての、真の敵です!」
 デュランダルがそう言うと同時に、画面にはロゴス幹部陣の顔写真が次々と映し出された。そ
の中にはブルーコスモスの盟主であるジブリールの写真もあった。
「私が心から願うのは、もう二度と戦争など起きない平和な世界です。よってそれを阻害せんとす
るもの、世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦う事を、私はここに宣言します!」
 デュランダルのこの演説によって、世界は大きく動き始めた。この演説をビフレストで聞いたカ
ガリは、
「これは、大変な事になるぞ……」
 と危惧した。そして、その予感は的中する。



 世界が反ロゴスの熱狂に包まれる中、それを陰から見守る者達がいた。
 暗き地の底の一室。その部屋には無数のモニターがあり、そこにはアルゴス・アイから送られて
きた世界各地の様子が映し出されている。
 ノーフェイスは椅子に腰掛け、全ての映像を見ていた。デュランダルを支持し、ロゴス打倒を
呼びかける某国の議員。平和への願いを叫び、ロゴスを倒す為に武器を手に取る人々。デュラ
ンダルに告発されたロゴス幹部の邸宅が民衆に襲われ、火に包まれる様子などが映し出されて
いる。
「やれやれ。騒がしくなってきたね」
 ノーフェイスの背後から、声が発せられた。声変わりをしていない子供の声だった。ノーフェイ
スは椅子から立ち上がった後、声がした方に向かって膝を付き、
「はい。予想外の出来事です。まさかデュランダルがロゴスの存在を明かすとは思ってもいませ
んでした」
「うん、僕も予想してなかったよ。こんな大胆な手を使うとはねえ」
「我々の関連企業にも手は及ぶものと思われます。いかがいたしますか?」
「そうだねえ……。しばらくは様子見しよう。これから世界がどうなるのか、デュランダルやジブリ
ールがどう動くのか、興味がある」
 闇の中で、その少年は微笑んだ。
「まあデュランダルには一言言いたいけどね。僕達をロゴスなんかと一緒にするなんて、ちょっと
乱暴じゃない?って」
「確かに。デュランダルは我々とロゴスの同盟を知って、同一視したのでしょうか?」
「かもね。あるいは、悪の勢力は一まとめにした方がいい、と思ったのかもしれない。そうすれば
僕達と戦っている連中も、自分の側に引き込めるし」
「ディプレクターですか。ですが、いくらデュランダルが民衆の支持を受けているからと言って、あ
の連中が素直に従うでしょうか?」
「従うのならそれで良し。従わない場合についてもデュランダルは考えているだろうね。それなり
の手駒は揃えて、いや、作っているようだし」
 少年の視線はモニターの一つに向けられた。そのモニターにはザフト軍ジブラルタル基地の
MS倉庫の中の様子が映し出されていた。
 倉庫では先日、完成したばかりの二機の新型MSが整備を受けていた。
 ZGMF−X42S、デスティニー。
 ZGMF−X666S、レジェンド。
 核動力でありながらNジャマーキャンセラー規制法に違反しない新型エンジンを搭載した、ザ
フト最強のMS達。
「データを見る限りでは、かなりの力を持ったMSみたいだね。どうやらこれがデュランダルの切
り札らしい。でも、僕のグランドクロスの敵じゃない。いや、敵にすらなれないだろうね。全ての争
いを終わらせて、この世界に真の幸福と平和をもたらすのはデュランダルじゃない。この僕とグラ
ンドクロスさ。その為の準備もしてあるしね。ハート・トゥ・ハート、いや、今はブレイブハートだった
か。あのコアファイター、見掛けは変わったけど中身はそのままなんだろ?」
 少年はギャラクシードの操縦席となるコアファイターについて尋ねる。ノーフェイスは頷いて、
「はい。全てご命令どおりにしてあります」
「それなら結構。これから世界は更なる戦乱に包まれる。ギャラクシードにはもっともっと戦っても
らって、グランドクロスを強くしてもらわないとね」
 そう言った後に少年は、別の方に視線を向けた。闇の中から新たな人影が現れる。数は四。
その先頭に立っているのは、ベルリンから帰還したレヴァスト・キルナイトだった。少年は彼女の
顔を見て微笑み、
「レヴァストか。ベルリンではご苦労様。見てのとおり、世界が騒がしくなってきてね。悪いんだけ
ど君達の出番はもう少し先だ。タイラントとデスピアもまだ完成してないし、今は英気を養っててく
れ」
「…………」
 不服そうな顔をするレヴァスト。当然だろう。彼女が今、この場にいるのは、あの女と戦える力を
手に入れる為。宿敵と思っているあの女と戦う為なのだから。
 レヴァストの真意は少年も知っている。だから彼は再び微笑み、
「焦らない焦らない。君と彼女が戦う時は必ず来る。その為に必要な力も必ずあげるよ。後ろの
三人もいいね? しばらくは大人しくしててもらうよ」
 主にそう指示された三人は、
「はーい、分っかりましたー♪ でも、一日に一人は人を殺させてくださいね。退屈だから♪」
「やれやれ、若い者は堪え性が無いのう。わしはのんびり休ませてもらいますよ」
「強大な力と無限の命を授けてくださった大総裁よ。貴方の命とあらば、従いましょう。天空の神
の名にかけて」
 と返事をした。
 忠実な下僕達の返事に、大総裁と呼ばれた少年は微笑を浮かべる。彼もまた、無限の命を持
つ者だった。



 ねえ、あなた。
 ねえ、パパ。
 私、あなたに訊きたい事があるの。
 僕、パパに訊きたい事があるんだ。
「うっ……」
 なぜ私を殺したの?
 どうして僕を殺したの?
「がっ……」
 あなたは私を愛してくれなかった。
 パパは僕の事が好きじゃなかったんだね。
 だから殺した。
 だから殺した。
「ぐあっ……」
 自分の研究の役に立てる為に。
 パパのお仕事に僕の力が必要だったから。
 殺した。
 殺した。
 私を殺した。
 僕を殺した。
 あなたは酷い人。
 パパは酷い人。
 許せない。
 許さない。
 私を殺しておきながら。
 僕を殺したくせに。
 あなたは生きている。
 パパは生きている。
 新しい女を見つけて、そいつと幸せになろうとしている。
 友達や仲間と一緒に、幸せになろうとしている。
 憎い。
 嫌いだ。
 あなたが憎い。
 パパなんて嫌いだ。
 私を殺しておきながら。
 僕を殺したくせに。
 自分は幸せになろうとしている。
 パパだけ幸せになろうとしている。
「あ、ああっ……」
 許せない。
 許さない。
 あなたを殺したい。
 パパを殺したい。
 ああ、でも今の私には。
 けど、今の僕には。
 あなたを殺せる力は無い。
 パパを殺す力は無い。
 だから、せめて。
 それなら、せめて。
 あなたを憎もう。
 パパを呪ってやろう。
 憎い。
 憎い。
 嫌いだ。
 嫌いだ。
 死ね。
 死ね。
 死んでしまえ。
 死んでしまえ。
「ぐ、あああっ……」
 地獄へ落ちろ。
 地獄の底の、更なる底へ。
 落ちろ。
 落ちろ。
 死ね。
 死ね。
 許さない。
 許さない。
 呪ってやる。
 呪ってやる。
 あなたが死ぬまで。
 パパが死ぬまで。

 呪い続けてやる!

「ぐはあっ!」
 獣のような叫び声を挙げて、ダンは悪夢の海から生還した。体中に寝汗をかいている。
 ダンが寝ていた部屋は医務室だった。壁にかけてある鏡で自分の顔を見ると、顔色も悪かっ
た。心身ともに疲れ切っているようだ。
「…………呪い続けてやる、か」
 ダンは苦笑した。あの悪夢は自分の内から出でたもの。妻と子の声も姿も幻覚だ。彼の息子は
乳飲み子の時に死んでいるのだから。
「全ては俺の心から生まれたもの、か」
 そうと分かっても、ダンの心は晴れなかった。妻の死、そして息子の殺害。どちらにも自分が、
デューク・アルストルが深く関わっているのは事実だからだ。
 沈んだ気持ちのまま、ダンはベッドから起き上がった。と、ちょうどその時、医務室のドアが開
き、
「! ダン、気が付いたんだね! 良かった……」
 懐かしい友の顔が現れた。彼の顔を見て、ダンの心が少しだけ軽くなった。
「今、目を覚ましたところだ。久しぶりだな、キラ」
 SEEDを持つ者とアンチSEED。天敵同士という運命に逆らう者達の再会だった。



 第二ギガフロート・ビフレストはスカンジナビア王国を離れ、大西洋を南下している。
 眠りから覚めたダンはキラと共にビフレストの広大な甲板に立ち、海を眺めていた。
「そうか。俺が気を失ってから、もう一週間も過ぎていたのか」
「うん。その間に色々な事があったよ」
 キラはダンが気を失っていた間に起きた事を説明する。デュランダルの演説。世界各地で起こ
った反ロゴスの運動と各国政府の対応。東アジア共和国を始めとする地球の諸国がザフトに協
力し、大西洋連邦は孤立化しつつある事。ブルーコスモスの盟主ジブリールは逃走し、ロゴスの
幹部と共にヘブンズベースに立て篭もっている事。
「なるほど。俺が寝ている間に、世界は随分と騒がしくなっているみたいだな。そして、これからも
っと騒がしくなりそうだ」
「うん。ラクスやカガリもそう言っているし、僕もそう思う。ザフトはヘブンズベースを攻撃して、ジブ
リールやロゴスの人達を捕まえるつもりみたいだけど…」
「そう上手くいくかな? もしジブリール達を捕まえたとしても、それでこの戦争が終わるとは思え
ない」
「君もそう思うのかい?」
「ああ。ロゴスは所詮、武器商人の集まりだ。武力を使わなくても潰す方法はいくらでもある。そ
れなのにデュランダル議長は一番簡単で、だが乱暴な方法を選んだ。あまり賢い選択とは思え
ないな。こういうやり方をすれば、反発する人間は必ず出てくる。お前らのようにな」
 そう言ってダンはキラの顔を見る。キラは苦笑して、
「君だってそうだろ?」
「まあな。たとえロゴスを潰しても、後釜はすぐに出てくる。こういう問題は武器を売る奴と武器を
求める奴、この両方を抑えなければ意味は無い」
「そうだね。でも、それってつまり…」
「そう。この世界を平和にしたいのなら、ロゴスだけでなく、デュランダル議長に逆らう奴、もしくは
その可能性がある奴も全て抑えなきゃならないという事だ。だが、力で抑えつければ、反感を抱
く奴は必ず出てくる。議長のやり方では本当の平和は訪れないし、世界から戦争がなくなる事も
無いだろう」
 ダンの意見に、キラは頷いた。先日行なわれたディプレクターの幹部会議でも同じ結論が出て
いた。ザフトはディプレクターに自軍への協力を求めてきたのだが、ディプレクターは応じなかっ
た。ラクスもバルトフェルドもデュランダルの行動には不信感を持っていたのだ。
 特に気になったのは、ベルリンでの戦闘映像にディプレクターのMSや艦が映っていなかった
事、そしてロゴスとサードユニオンを同一の組織とした事だ。この二つが別組織であり、最近まで
対立していた事はデュランダルも知っているはずだ。それなのになぜ、この二つを同じ組織とし
たのか? サードユニオンと戦っているディプレクターも自軍の戦力として加える為ではないの
か? だとしたら少し狡猾過ぎる。
 検討を重ねた結果、ディプレクターは『我々の戦力は弱体化しており、参戦しても足を引っ張
るだけ』『ザフトの行動を妨害するような事はしないが、協力もしない。我々はオーブ正統政府
(オーブ本国を制圧しているセイラン家の政府に対して、カガリ達が使用している呼称)同様、今
回の戦いには中立的立場として臨む』と返答した。
「賢明な判断だな」
 キラからこの話を聞いたダンは、そう答えた。
「デュランダルの真意が読めない以上、お前達は迂闊に動くべきじゃない。何だかんだ言っても
お前達は世界中の人達から『正義の味方』として認識されている。それがどちらかの陣営に付け
ば、その軍を『正義の軍団』にしてしまう。何をしても許される、正義の軍団にな」
「ラクスも同じ事を言ってたよ。『力を持つ者こそ、その力を振るう事を恐れるべきです。わたくし
達は誰よりも何よりも慎重にならなければなりません』って」
「そのとおりだ。もっとも、その理屈で言ったら、俺はディプレクターでいる資格は無いがな」
 そう言って苦笑するダン。それからキラの顔を見て、
「お前、俺の正体について聞いているのか?」
 と尋ねる。キラは少し動揺したが、
「うん。ムウさんから聞いたよ」
 と、はっきりと頷いた。
「そうか。なら話し易い。デューク・アルストルとして生きていた頃の俺は本当の悪魔だった。自分
でも吐き気がするほどにな」
 妻を、息子を、数え切れないほどに多くの人々を苦しめ、死に追いやった。悪魔と呼ぶに相応
しい男だと自分でもそう思う。
「昔の俺も力を求めていた。自分が世界の頂点に立ち、全てを支配すれば、この世界からつまら
ない争いはなくなる。自分こそが正義であり、正しい事をしていると思った。その為なら、何をして
もいいとな」
「…………」
「力を求める者は、やがてその力に呑み込まれ、自分の心を失ってしまう。昔の俺がそうなったよ
うに、デュランダルがそうならないという保証は無い。いや、もうそうなっているのかもしれない。デ
ュランダルの真の目的が分かるまでは中立を貫くべきだ」
 キラは昔、オーブの海岸でラクスに言われた言葉を思い出した。信念(おもい)だけでも、力だ
けでも駄目なのだ。
 だが、強すぎる信念(おもい)や力は、人の心を簡単に狂わせてしまう。パトリック・ザラ、ムル
タ・アズラエル、ラウ・ル・クルーゼ、そしてダブルG。二年前も強すぎる信念(おもい)に引きずら
れた人々によって、戦火は拡大し、多くの命が失われた。デュランダルがそうならないとは限らな
いのだ。
 ダンはどうなのだろう? この男はギャラクシードという『強すぎる力』を持つに相応しい強い心
を持っているのだろうか?
 それはキラには分からない。ダンの事は信じてはいるが、あのギャラクシードというMSは信じら
れないのだ。あのMSは強すぎるし、それに、
「キラ。お前、ギャラクシードの中を見たか?」
「!」
 不意打ちとも言うべきダンの質問だった。この質問にどう答えるか、キラは少し迷ったが、
「……うん、見たよ」
 と正直に答えた。
「エミリアさんとマードックさんはかなり怒っていたけどね。『こんなシステムを作る奴は本当の天
才だろう。でも、人間として絶対に許せない!』って。ステファニーさんから聞いたけど、あのMS
を作ったのは……」
「ああ。俺だ。デューク・アルストルだ」
「そう……。君の前だからあえて言わせてもらうけど、僕もエミリアさん達と同じ気持ちだ。G・U・
I・L・T・Y(ギルティ)、あれは本当に酷いシステムだよ。人間の脳をコンピューター代わりに使う
なんて…」
 ギャラクシードの中枢部分でもあるG・U・I・L・T・Y(ギルティ)は、ダークネスのトゥエルブ・シス
テム同様、人間の脳を利用したコンピューター・システムである。人間の脳は、この世界が生み
出した究極の生体コンピューターでもあり、その秘められた力は計り知れないものがある。
 デューク・アルストルはその力に眼を付け、残酷な実験を繰り返した。そして、SEED能力者の
脳を使う事によって、アンチSEED能力者用システムとして完成させたのだ。
 システムの一部となったSEED能力者の脳は、システムを起動させる事で送られる特殊な電気
信号によって、SEED能力を覚醒させた状態となる。その思念はアンチSEED能力者に伝わ
り、その能力を完全に解放させる。敵や味方にSEED能力者がいない場合でも、アンチSEED
能力を使う事が可能となり、より強大な力を手にする事が出来る。G・U・I・L・T・Y(ギルティ)は
デューク・アルストルのSEED能力者に対する憎悪の結晶だった。それは、このシステムに使わ
れている脳の持ち主が証明している。
「G・U・I・L・T・Y(ギルティ)に使われている脳は、俺の昔の妻のものだ。名前はヤヨイ・ツルギ。
俺に身も心も全て利用された挙句、死んだ女だ」
 ダンは、彼が最も口にしたくなかった事を口にした。キラは黙ってダンの話を聞く。
「彼女もお前達と同じSEED能力者だった。だから俺は彼女と結婚した。愛情なんて全く感じな
かった。俺は彼女の心を惑わし、俺を愛させ、子供を生ませ、そして、殺した。ヤヨイについては
直接手をかけたわけじゃないが、それでも俺が殺したようなものだ」
 自らの罪を認めるダン。その時の彼の顔は、見ている者の方が辛くなるほどだった。
「G・U・I・L・T・Y(ギルティ)を使うと、ヤヨイの声が聞こえるんだ。ヤヨイは俺を憎んでいる。俺を
殺そうとしている。想いだけで人を殺せるのなら、俺は既に死んでいるだろう」
 ダンは悪夢を見続ける。悪夢にうなされる事も贖罪だと考えているから。
「俺の記憶は完全に戻ったわけじゃない。グランドクロス・プロジェクトの詳細についてとか、サー
ドユニオンの全貌については、まだ思い出せない」
 ダンは何も思い出せない。思い出すのは自らが侵した罪の数々のみ。
 だが、それでも彼は。
「それでも俺には分かる。グランドクロス・プロジェクトも、それをやろうとしているメレア・アルストル
も、どちらも危険すぎる存在だ。だから俺は戦う。いや、戦わなければならない。かつての俺が求
めたものを全て破壊し、かつての俺がやろうとした事を全て否定してやる。それが俺に出来る唯
一の贖罪(たたかい)だ」
 戦い続けるのだ。この世界に本当の平和が訪れる日まで。
「キラ、俺が持ってきたストロングスはどうした?」
「あ、ああ、あれならもう新型機に積み込んだよ。ストライクフリーダムとインフィニットジャスティス。
どっちも凄い性能だよ」
 ダンが乗ってきたアトランティスには、ノーフェイスから提供された二機の無限発電装置(ストロ
ングス)が積み込まれていた。ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスの開発にはエネル
ギーの出力不足という問題があったのだが、この最新型のストロングスを使う事によって問題は
解決。新たな『自由』と『正義』は完成しつつあった。
「そうか。キラ、万が一、俺が道を誤った時は、ストロングスを搭載したMSで俺を止めてくれ。あ
の二機ならギャラクシードにも対抗できるだろう」
「ダン!」
「万が一の場合、だ。ギャラクシードは強すぎる。作った俺でも完全に制御できる自信が無い。だ
から……」
 真剣な表情のダン。ならばキラも、真剣に答えなければならない。
「分かった。約束はするよ。でも、僕は信じている。君ならきっと大丈夫だ。僕だけじゃない、アス
ランも、オルガも、ステファニーさんも、みんな君の事を信じている。だから、自分に負けないでく
れ。最後まで僕達と一緒に戦おう。そして、一緒に生きるんだ。本当に平和になった、この世界
で」
 そう言ってくれたキラ対して、ダンはゆっくりと、だが、しっかりと手を握り返した。天敵同士であ
りながら、この二人の間には確かな絆があった。



 手を取り合うキラとダンの姿を、ステファニー・ケリオンは少し離れた場所から見ていた。二人の
側に行こうとしないステファニーに、連れの少女が首を傾げる。
「ねえ、ステファニー。どうしてダン達の所に行かないの? ステラも行っちゃダメなの? ステラ、
ダンにお礼が言いたいのに」
 無邪気な瞳で尋ねてくる少女に対して、ステファニーは微笑みを返した。
「もう少しだけ待ちましょう。男同士の友情を、女が邪魔しちゃダメよ」
「友情……。ステラ、よく分かんない。でも、ステファニーがそう言うのなら、ステラは待つわ」
「ありがとう、ステラ」
 ステファニーはステラの頭を撫でた。嬉しそうな顔をするステラ。
 ベルリンの戦いで、ステファニーはステラの窮地を救った。そしてステラがディプレクターに保
護されてからは、彼女の面倒を見てあげた。
 戦う事しか許されなかった、どこか儚げなこの少女を見ていると、ステファニーは昔の自分を見
ているような気になった。戦う事だけを、死ぬ事だけを考えていた頃の自分を思い出してしまい、
放っておけなかったのだ。
 ステラも、ベルリンで自分を助けてくれたステファニーの事を慕う様になった。わずか一週間の
間に、二人は実の姉妹のように仲良くなっていた。
「ねえ、ステファニー。この島はどこに向かっているの?」
 待つのに少し飽きたのか、ステラがステファニーに尋ねる。
「オーブよ。そこで私達を待っている人がいるの。その人達と力を合わせてオーブを解放するの
よ」
 ステファニーの言う『私達を待っている人』とは、ロンド・ミナ・サハクを中心とする反セイラン派
の人達の事だ。デュランダルのロゴス打倒宣言はオーブにも大きな影響を与えた。ロゴス傘下
の企業から援助を受けているセイラン家に対して、国民の不満は大きなものとなり、セイラン家は
武力でそれを抑えている。動乱の時代を前に、オーブは非常に不安定な状態になっていた。
 だが、カガリ達にとっては好機と言える。ロンド達と力を合わせ、セイラン家から政権を取り戻す
為、ビフレストはオーブに向かっていた。
 この戦いにディプレクターは参加しない。これはオーブ国内の問題であり、政治的な問題には
関与しない事を表明しているディプレクターが参戦する事は出来ないのだ。
 その代わりとして、ディプレクターはカガリ達にある傭兵のチームを紹介した。その名はサーペ
ントテール。ディプレクターと戦った事もある彼らは、数日前にビフレストを訪れた。チームリーダ
ーの叢雲劾は、
「風花の病気は癒えた。お前達には大きな借りが出来てしまった。この命、好きに使ってくれ」
 と、ディプレクターに協力する事を誓った。ラクスは彼らをカガリに『紹介』した。フリーの傭兵で
ある彼らなら、どの勢力に協力しても何の問題も無い。カガリは彼らを雇い入れ、オーブに潜入
し、ロンド達に協力するように依頼した。ディプレクターの表向きの協力は得られないが、それで
もオーブ解放の準備は整いつつあった。
 以上の事をステファニーは丁寧に、そして分かり易く説明した。話を聞いたステラは、
「みんな、忙しくなるんだね。大変なんだ」
「そうね。みんな大変だわ。そしてこれから、もっと大変になる。特にダンは……」
 ステファニーはギャラクシードに乗るダンの身を案じていた。あのMSは確かに強力だが、搭載
されているG・U・I・L・T・Y(ギルティ)はダンの心を打ちのめし、彼の命を削っていく。
 それでもダンはあのMSに乗り続けるだろう。そして、戦い続けるだろう。それが彼の贖罪なの
だ。自分に彼を止める事は出来ない。ならば彼と一緒に戦おう。彼を守ろう。今の私はその為に
生きているのだ。
 ああ、何だか急にダンの顔が見たくなった。彼の声が聞きたくなった。彼の金と黒の瞳を見たく
なった。見つめられたくなった。
「よし、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。私達を放っておいて、一週間も寝ていたネボスケさ
んに挨拶して、昼食をおごらせちゃいましょう」
「うん!」
 ダン達の元へ歩くステファニー。その後を追うステラ。いきなり現れた二人を見て、驚くダンとキ
ラ。多くの人々の思いと人生を乗せて、ビフレストは海を進む。



「よお」
 廊下を歩いていたら、いきなり背後から声をかけられた。
 振り返るのは面倒だが、無視したら『礼儀知らずな奴だ』だと思われるだろう。他人から見下さ
れるのは気分が悪い。なら、挨拶ぐらいはしてやろう。スティング・オークレーはそう考えてから振
り返り、
「よお」
 と挨拶をした。それから相手の顔を見る。見覚えのある顔だ。イスタンブールでは殺し合いを
し、ベルリンでは共にデストロイと戦った男。
「オルガ・サブナックか」
「ほう、俺の名前を知っているのか。俺も有名になったものだな」
 ニヤニヤ笑いながらそう言うオルガに、スティングは少し腹が立った。この男、ふざけているの
か?
「ああ、あんたは地球軍じゃ有名人だぜ。前の大戦では軍を裏切り、戦後は姿をくらまして、傭
兵なんかに身を落としたバカ野郎。よく軍の連中に言われたよ。お前達はあいつみたいな失敗
作にはなるな、ってな」
 失敗作。その言葉は、地球軍がオルガの事をどう見ているのか、よく分かる一言だった。地球
軍にとってオルガ・サブナックという人間は戦時中も、そして今も『兵器』であり『道具』に過ぎない
のだ。
『ま、別にいいけどな』
 強がりではなく、オルガは本当にそう思った。地球軍がどう思っていようと、彼はこうして生きて
いる。一人の人間として、歩き、走り、戦い、そして生きている。それで充分だ。
「スティングとか言ったな。俺を失敗作と呼ぶのなら、お前はどうなんだ? ザフトに負け続けてき
たお前らは失敗作じゃないのか?」
 オルガは少し意地悪な質問をした。
「……………」
 答えられないスティングに、オルガは追い討ちをかける。
「認めたくないのなら、それでもいい。けど、もう分かっているはずだ。俺もお前らも失敗作なんだ
よ。少なくとも上の連中はそう見ている。だからお前らは殺されかけた。役立たずの不良品として
処分されるところだった。違うのか?」
「……………」
「いや、『処分されるところだった』というのは少し違うな。一人、もう処分されたんだったな。確か
名前はアウル……」
「アウルの事は言うな!」
 突然の激昂。スティングの眼がオルガの顔を睨む。その眼に宿る感情は怒り。
「あいつの事はそんなに好きじゃない。けど、あいつは俺達を助ける為に命を投げ出した。あい
つは、アウルは立派な戦士だった。あいつを馬鹿にしたりする奴は絶対に許さねえ!」
 感情を剥き出しにするスティング。その顔を見たオルガは一瞬驚いた後、ニヤリと笑って、
「ああ、悪かった。つまらない挑発をした。すまなかった」
 と、素直に頭を下げた。
「ふん。分かりゃいいんだよ。これからは気を付けるんだな」
「そうする。けど、お前、意外と仲間思いなんだな」
「そんなんじゃねえよ。ただ、あいつらはどっちもガキだからな。俺が面倒見なくちゃならなかった
だけだ。まったく、世話が焼けるぜ」
 そう言い残して去って行くスティングの後ろ姿を、オルガは微笑を浮かべながら見送った。
「ふん。あいつ、昔の俺によく似てやがるぜ」
「そうかな? 昔のお前よりまともな人間だと思うが」
「! げっ」
 偶然この場を通りかかったナタル・バジルールに声をかけられ、オルガは心底驚いた。
「『げっ』とは何だ、『げっ』とは。私に会うのがそんなに嫌だったのか?」
「ああ、いや、嫌ってわけじゃない。むしろ嬉しい。いや、けどいきなり来られるのは、さすがにち
ょっと驚いて、けど、まあ、そんなに嫌でもないし……ああ、何言ってるんだ、俺は!」
「やれやれ。随分と騒がしい男になったな、お前は」
 慌てふためくオルガに、ナタルはため息を付く。しかし、その眼はとても優しいものだった。
「だが、そういうお前は嫌いではない。二年前のお前は本ばかり読んで、私や他の者と話をしよう
とはしなかったからな。あの頃のお前とは比べ物にならないくらい、成長したな、オルガ」
「そ、そうなのか? 自分じゃよく分からねえが……」
「成長しているよ、お前は。二年前のお前なら、他人に声をかけたりしなかっただろう。あのスティ
ングという少年の事が気になるのか?」
 ナタルのその質問に、オルガは真面目な顔をして答える。
「ああ。あいつらも俺達みたいに、いや、俺達以上に体の中を弄り回されているんだろう? だっ
たら俺の後輩みたいなものだからな。あいつら、元の体に戻せるのか?」
「医療スタッフの話では、可能性はあるそうだ。お前の治療データや、ロアノーク大佐が提供して
くれたエクステンデッドのデータがあるからな。治せる見込みは高い、と言っていたぞ」
「そうか……。それならいい。ああ、凄くいい事だ」
 オルガのその言葉には、様々な思いが含まれていた。『後輩』の身を案じるオルガの顔はとて
も優しいものだった。その顔を見たナタルは、オルガの成長を嬉しく思う反面、わずかな寂しさも
感じていた。
『ついこの前まで子供だと思っていたのに、男というものはあっという間に成長するのだな』
 ナタルの中で、オルガ・サブナックという男への評価が変わりつつあった。しかし、本人はまだ
その事に気付いていなかった。



 深夜のビフレスト。誰もいない格納庫に一人の男が潜入した。
 男は黒い仮面を被っていた。彼は周囲に気を配りながら、慎重に歩を進める。そして、目的の
場所にたどり着いた。
 男の前には一機の飛行機があった。スカイグラスパー。前大戦でストライクと共に活躍した、地
球軍の大気圏内用戦闘飛行機。
「盗むのは気が退けるが、俺のウィンダムは壊れちまったからなあ。まあ使っていないみたいだ
し、戦闘機の一機ぐらい…」
「いや、やっぱり盗みは良くない事だと思いますよ」
 いきなり背後から声をかけられたが、仮面の男はあまり驚いていなかった。こうなる様な気はし
ていたのだ。
「やれやれ、見つかっちまったか。やっぱりあんたの眼は誤魔化せないようだな、ムウ・ラ・フラガ
中佐」
「誤魔化せなかったのは眼じゃなくて勘ですよ。何となく、今夜、あなたが動く気がしたんです。
で、こんな夜中にどこへ行くつもりですか? ネオ・ロアノーク大佐殿」
 不信な人物ではあるが、軍人の階級は上なので、一応敬語を使って話しかけるムウ。だが、こ
の男に敬語を使うのはあまり気が進まなかった。どうもこの男は他人のような気がしない。
 そんなムウの気持ちに気付いたのか、ネオは苦笑して、
「ああ、無理に敬語を使わなくてもいい。俺は地球軍をクビになったようなものだからな。笑ってく
れて構わんよ」
「いや、笑わないよ。俺も同じようなものだからな」
 直属の上官であるシグマン・ウェールズ中将が失脚した上、マリュー達の脱走の罪も加わり、ム
ウやナタルら出向組は帰る場所を失った。地球軍からは軍事法廷に出頭するように通達が来て
いるが、法廷は形だけのもので、殺されるのは間違いない。自殺するつもりはないので、命令に
は応じなかった(堅物のピエルト・ギィルは出頭しようとし、ナタルに止められた)。
「俺達を庇ってくれるディプレクターには迷惑かけっぱなしだ。居候は辛いよ、まったく」
「そう思うのなら、彼らの為に頑張るんだな。『エンデュミオンの鷹』には期待している者も多い。
俺もその一人だ」
「ほう、大佐は俺のファンだったのか。サインしましょうか?」
「その必要は無い。自分のサインを欲しがるような物好きではないよ」
 ネオのその言葉で、ムウは確信した。
「……なるほど。やっぱりそういう事だったか」
「そうだ。何となく分かっていたんだろう? お前は勘は鋭いからな」
「まあな。けど、こういう場合はどうすればいいんだろうな? お前さんを作った奴を怒るべきなの
か、こんな貴重な体験をさせてくれた事に感謝すべきなのか……」
「感謝と怒り、両方すればいい。俺も同じ気持ちだ」
「なるほど。さすがに気が合う」
「当然だ。俺はお前だからな、ムウ・ラ・フラガ」
「お前は俺という事は、俺はお前でもあるわけか。ややこしい話だな、ネオ・ロアノーク」
「ああ、まったくもってややこしい、そして厄介な話だ」
 そう言って、ネオは自分の仮面を外した。黒いヘルメットの中から現れたその素顔は、鼻筋に
真横に浮かぶ傷を除けば、ムウとまったく同じだった。
「……やれやれ。声だけでなく顔も同じとはね。鏡を見ているような気分だよ」
「それはこちらも同じだ。まったく、お前のような男のパーフェクトクローンとして生まれたのは幸
運だったのか、不幸だったのか分からないな」
「幸運だったに決まってるだろ。俺のようなハンサムボーイと同じ顔になれたんだからな」
「いい年こいて自分の事を『ボーイ』と言うような男のクローンになれた事が幸運なのか? 少しは
大人になれ」
「ぐっ……。自分と同じ顔をした奴にそう言われるのは、他人に言われるより堪えるな」
 同じ顔と同じ声。そして、同じ心を持つ者同士。この二人はまったくの他人でありながら、同一
人物でもある。
 パーフェクトクローン。
 サードユニオンが有する超科学技術の一つ。通常のクローンは『身体的に同じ』なだけで、性
格はまったく別のものとなる。しかしパーフェクトクローンは、細胞の元となった生物の記憶や性
格までも受け継ぎ、元となった生物とまったく同じ存在を作り出す。通常のクローンは所詮は複
製品に過ぎないが、パーフェクトクローンは完全に同一、本物なのだ。
「髪の毛一本あれば、もう一人の自分を作れるって訳か。サードユニオンの技術力は凄すぎる
な」
「まあな。けど、パーフェクトクローンにも欠点はあるんだぜ。金は異常に掛かるし、ソウルシンク
ロ現象の問題は解決していないし」
 ソウルシンクロ現象とは、パーフェクトクローンにとって最大の問題点であり、最大の謎でもあ
る。二体以上のパーフェクトクローンを作ると、本人を含めた三人の記憶と意識が同調・混濁し
てしまい、全員の人格が崩壊してしまうのである。
 それは生命の禁断の領域に足を踏み入れた者への天罰なのか。魂の同調、ソウルシンクロと
名付けられたこの現象は、未だに解決されていない。パーフェクトクローンの大量生産を妨げて
いる問題の一つである。
「ソウルシンクロか。なるほど、俺にお前さんの事が分かったのも、そいつのせいか。それにお前
がここに来てから、妙な頭痛がするのも……」
「ああ。俺とお前の二人だけだからその程度で済んでいるが、ここにもう一人『俺』がいたら、三人
とも心が壊れる」
 そう言ってからネオは、スカイグラスパーに向かって足を進めた。
「どこへ行くんだ?」
「俺とお前は同じ人間だが、一緒にいるべきじゃない。お前は俺といると頭痛を感じるそうだが、
それは俺も同じだ。一緒にいちゃいけないんだよ、俺達は。健康に悪いからな」
「ネオ……」
「俺は俺の居るべき場所に帰る。お前はここにいろ。いずれ俺達は戦場で出会い、そして殺し合
う事になるだろう。それが俺達の運命だ」
「運命って、おい! お前はそれでいいのか! そんなバカげた運命なんかに従って、それで
いいのかよ!」
 ムウは腹が立った。自分同じ顔をした男が、自分と同じ心を持っている男が、自分とは違う生き
方をしようとしている。それが嫌だった。
 しかしネオは、
「構わないさ。運命に逆らう役はお前がやってくれるんだろう?」
 とあっさりと言った。
「俺達は顔も記憶も心も同じだが、生き方まで同じにする必要は無い。これは俺の意地だ。何も
かもお前と同じ存在として生み出された俺のつまらないプライドだ」
「ネオ、お前……」
「ああ、勘違いするなよ。お前の事は嫌いじゃないし、憎い訳でもない。さっきも言ったとおり、こ
れは俺の意地なんだ。これぐらいしか、俺には出来る事が無いしな」
 そう言われては、ムウにはもう何も言えなかった。スカイグラスパーの操縦席に飛び込むネオを
見送る事しか出来なかった。
「じゃあな、ムウ・ラ・フラガ。スティングとステラの事はお前達に任せる。あいつらには、これから
は俺に頼らず自分の足で歩け、と伝えてくれ」
 最後にそう言って、ネオはスカイグラスパーで夜空に飛び立って行った。漆黒の空に消えてい
く機体を、ムウは寂しく見送った。
「俺の敵は俺自身、か……。やってられないな、まったく」
 そう呟きながらも、ムウは覚悟を決めていた。自分(ムウ)で自分(ネオ)を殺す覚悟を。そして、
こんなふざけた運命を与えた悪魔を倒す覚悟を。
「サードユニオン、メレア・アルストル。お前達は必ず倒す。必ず!」



 ネオが逃走した翌日、キラはアスランの元を尋ねた。
 アスランはベルリンの戦いで負った傷が癒えておらず、病院に入院していた。重傷だったが、
ネオストライク2号機が修復不可能な状態になってしまった事を考えれば、アスランが生きている
のは奇跡と言えるだろう。
 キラが病室に入ると、先客が居た。カガリだった。オーブ奪還作戦の打ち合わせで忙しい中、
それでも彼女はわずかな時間を作って、アスランの元を訪れていた。
「俺の所に顔を出す暇があったら、仕事をするなり、休むなりした方がいいと思うんだが……」
 とアスランが言うと、カガリはムッとした顔付きになり、
「私の事を心配するのなら、ケガなんかするな! お前がケガをしたと聞いた時は本当に驚いた
んだからな。心配で寝不足になるし、仕事も手に付かなくなって、キサカやトダカ一佐に怒られた
し…」
「あ、ああ、そうか。それは、その……済まなかった。これからは気を付けるよ」
「わ、分かればいいんだ、分かれば。お前は、その、私の婚約者なんだから、私を不安にさせた
り、心配させるな! いいな!」
 うろたえるアスランと、感情表現が下手くそなカガリ。いつまで経っても初々しいカップルだ。こ
の二人を見ていると、自然に微笑が浮かんでくる。キラの顔も綻んでいた。親友と双子の姉(妹
かもしれないが)。この二人には幸せになってほしい。
 その後、話題はダンの事に移った。彼の正体とギャラクトードの恐るべき能力、そして、サード
ユニオンのグランドクロス・プロジェクト。ダンの記憶は完全には蘇っておらず、サードユニオンに
ついての詳しい情報や、グランドクロス・プロジェクトについては何一つ覚えていない。いや、無
意識に思い出そうとしていないのかも。
「無意識に、か……。それはひょっとして、デューク・アルストルとしての彼が邪魔しているのかも
しれないな」
 話を聞いたアスランは、そう分析した。グランドクロス・プロジェクトはデュークにとっても重要な
計画だ。その内容を敵に知られる訳にはいかない。ダンの心の中に残っているデューク・アルス
トルの人格が、記憶の完全な復活を妨害しているのかもしれない。
「デューク・アルストルの人格がまだ残っているという事は、ダンがデュークに戻る可能性もあると
いう事か?」
 カガリの問いに、アスランは少し迷った後、
「その可能性はあるかもしれない。ステファニーさんからの情報によれば、ダンは戦闘時に我を
忘れる事があるそうだ。それはもしかしたら『我を忘れている』のではなく、『デューク・アルストル
に戻っている』のかもしれない。だとしたら、彼は危険な存在だ。それは彼自身も良く分かってい
るんだろう。だからキラに、何かあったら自分を撃つように頼んだんだ」
「……………」
 アスランの分析に、キラは異論を挟めなかった。事実はどうであれ、ダン本人はそう思っている
のは間違いなかったからだ。彼は自分を恐れている。デューク・アルストルの過去を、心を恐れ
ている。そして、その恐れさえも贖罪として受け入れている。それはあまりにも哀しい事だ。
 ダンの事を考えるキラに、アスランが尋ねる。
「キラ。新型のフリーダムとジャスティスはどこまで完成しているんだ?」
「えっ? あ、ああ、ストライクフリーダムは機体そのものはもう完成しているよ。後はプログラムの
微調整だけ。インフィニットジャスティスの方は、まだ少しかかるみたい」
「そうか。なら、ストライクフリーダムにはお前が乗れ」
「えっ!?」
 キラは驚いた。前大戦ではフリーダムにはアスランが、ジャスティスにはキラが乗り、ダブルG
軍団と戦った。その流れを受けて、新たなフリーダムにはアスランが、ジャスティスにはキラが乗
る予定だったのだ。
「俺のケガが治るまで、まだ時間がかかる。お前のネオストライクは無事だが、ネオストライクでは
ギャラクシードは止められない。最悪の事態を防ぐ為、お前は力を手にしなければならない。ダ
ン・ツルギを救う為の力をな」
「救う為の、力……」
 ダンと戦う為の力ではなく、ダンを救う為の力として。キラは自由の剣を手にする決心をした。
「分かったよ、アスラン。ストライクフリーダムは僕が使わせてもらう」
「ああ、任せるぞ、キラ。俺もケガが治ったら、お前達と一緒に戦う」
 そう言って、二人は手を握り合った。心から信頼し合っているこの二人を見て、カガリは少し嬉
しくなった。
 しかし、この和やかな空気を壊すニュースが飛び込んできた。ザフト及び反ロゴスを掲げる地
球各国の同盟軍が、ジブリールらロゴス幹部が立て篭もるアイスランドの地球軍基地ヘブンズベ
ースを攻撃。激闘の末に同基地を攻略するも、ジブリールには逃走されてしまった。
 戦いの嵐は、更に激しく吹き荒れる。



 ジブラルタル基地の一室。ヘブンズベースの戦闘から帰還したデュランダルは、机の上に置
かれた報告書を読む。そして、深いため息を付いた。
「やはりディプレクターは動かなかったか。ロゴスに組する訳ではないが、私に賛同する意志も
無い、という事か」
 自分に賛同しない、という事は自分にとって敵でしかない。デュランダルはそう判断し、決断を
下した。
「出来る事なら彼らとは共に未来を作りたかったのだが、これも運命というものか」
 失望感に包まれながらも、デュランダルは動き出した。事は迅速に、かつ秘密裏に運ばねば
ならない。そして攻撃する時は一気に、確実に殲滅する。そうしなければ、こちらが敗れる事にな
る。今度の敵は、ロゴス以上に厄介な存在なのだ。
「我が神よ。そして我が友よ。私は君達の復讐をする事になりそうだ。こんな愚かな私や彼らの事
を君達は嘲笑うだろうか? それとも……」



 ヘブンズベースの戦いから三日後。ミネルバはオーストラリアのカーペンタリア基地で補給を
受けた後、出航した。
 ミネルバの後ろには、ザフトの艦隊が続いている。艦の数は二十以上。搭載されているMSの
数は七十を超えている。『大艦隊』と呼ぶに相応しい戦力だ。
 しかし、その大艦隊の先頭を行くミネルバ内の雰囲気は重く、暗かった。
「まったく、何を考えているのかしらね、あのタヌキは……」
 タリア・グラディスはそう呟きながら、命令の内容を思い出した。
『ミネルバ及びザフト・カーペンタリア基地に所属する艦隊は、総力を挙げて、赤道連合に向か
っているディプレクター艦隊を撃破し、彼らが不法占拠しているビフレストを解放せよ』



 ミネルバのMSパイロット達は待機室に集合していたが、部屋の空気は重いものだった。シンと
ルナマリアは激しく動揺しており、さすがのハイネも硬い表情である。レイだけはいつもどおり冷
静だったが、その冷静さはこの雰囲気の中では異質なものだった。
「何なんだよ、今回の任務は! どうして俺達とディプレクターが戦わなきゃならないんだよ!」
 シンは何度目になるか分からないグチを叫ぶ。しかし、誰も彼を諌めようとしない。レイの心中
は分からないが、ルナマリアとハイネはシンと同じ気持ちだったからだ。
「ホント、どうなっているのかしら? ディプレクターは私達と一緒に戦ってくれたし、みんないい
人だったわ。それなのにどうして、あの人達と戦う事になるのよ?」
 ルナマリアも納得できなかった。コロニー・ホーエンハイム、ユニウスセブン、オーブ沖、ベルリ
ン……。いずれの戦場でもディプレクターに助けてもらった。彼らには感謝こそすれ、戦う理由
などまったく無い。
 動揺する二人にハイネが、
「ザフトがディプレクターを敵と見なしたんだ。だったら戦うしかないだろ。俺達はザフトなんだか
らな」
 と言うが、そう言う彼自身、動揺していた。頭では割り切っているつもりでも、心はそうはいかな
いらしい。
「それは分かってる、でも!」
「では、お前達は戦うな。足手まといになるだけだ」
 うろたえる三人に、レイが冷たい言葉を投げつけた。
「ハイネの言うとおり、俺達はザフトだ。ザフトの敵はプラントの敵であり、俺達の敵。そして平和を
願うデュランダル議長の敵だ。確かに彼らは二年前は世界を救った英雄だが、今は違う。彼ら
の持つ力は強大だ。もし、その力がロゴスの手に渡れば、戦争は更に激しくなるだろう。シン、お
前はそれでいいのか? お前は議長の考えを信じて、平和な世界を求めて戦ってきたんじゃな
いのか?」
「…………」
 シンの脳裏に様々な光景が浮かぶ。ニ年前のオーブ。目の前で散った家族。インパルスに乗
ってからの戦いの日々。議長の演説。ヘブンズベースでの戦いで大活躍をしたシンとレイに勲章
を授与した時の議長の優しい顔。議長は言った。「誰もが安心して暮らせる、平和な世界を作り
たい」と。その言葉を信じているから、シンは今、ここにいる。
「平和な世界を作る為に、戦争を裏で操るロゴスを倒す。議長のこの行いは間違っていない。間
違っているのは、力を持ちながら傍観を決め込んでいるディプレクターの方だ。それに最近の調
査で、彼らはロゴスと繋がっていた事も分かっている」
「えっ!」
「何だって!?」
 これはまだ公式には発表されていない情報だったが、ディプレクターのスポンサー企業の一つ
であるエンキドゥ・カンパニーが、サードユニオン傘下の企業の一つである事が判明した。
 デュランダルはこの件からディプレクターとサードユニオン、つまりロゴスが裏で繋がっていると
判断し、『ディプレクターとの同盟関係の破棄、及びディプレクター関連施設の制圧と攻撃』を提
案した。
 これに反対した副議長のアイリーン・カナーバら一部の議員は、国家反逆罪の容疑で拘束さ
れた。デュランダルのあまりにも迅速かつ強行な対応に、誰も異論を挟む事が出来ず、彼の提
案は採決されたのだ。
「議長も議会もディプレクターを敵と見なした。ならば軍人である俺達は戦うしかない。俺は議長
の為に戦う。議長の理想を信じて戦う。たとえ一人になってもな」
 そう言って、部屋を出て行こうとするレイ。その後ろ姿に向かって、シンが叫んだ。
「レイ! 俺だって! 俺だって議長の言う事は信じている! 議長は凄いと思うし、正しい事を
やっているんだと思っている。だから、俺は、俺は………戦う! 議長の敵と、ディプレクターと、
あいつらと!」
「シン……」
 苦悩の末に結論を出したシンを見て、ルナマリアの心は重くなった。嫌な予感がする。何か、
取り返しの付かない事が起こりそうな予感が……。
 その時、艦橋にいるメイリンからの放送が響く。
「ビフレスト並びにディプレクター艦隊、発見! コンディション・レッド発令、総員、第一種戦闘
配置!」
 もう迷っている時間は無かった。シンは走り、ルナマリアもそれに続く。
 レイも二人の後に続こうとするが、その肩をハイネの手が掴んだ。
「つまらない猿芝居をするじゃないか。心が育っていない子供を惑わせるのは感心しないな」
「本来ならあなたがやるべき仕事だったはずです。議長もそれを期待して、あなたをこの艦に乗
せたはずでは?」
「ああ、俺もそのつもりだったさ。けど、俺はお前みたいに割り切れないんだよ。議長の言ってる
事は正しいと思うが、それでも、な」
「他人には『割り切れ』と言っておきながら、自分ではそれが出来ないんですか。未熟ですね」
「否定はしない。自分が未熟だからこそ、他人には割り切ってほしいのかもな」
 苦笑を浮かべるハイネを、レイは冷たい眼で睨む。
「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。大丈夫、仕事はきっちりやるさ。そうしないと殺されるだ
ろうからな」
 そう言って、ハイネも部屋を後にした。一人残されたレイは、
「ふん。所詮はあの程度の人間か」
 と呟いた。その顔には何の感情も浮かんでいなかった。



 ミネルバ率いるザフト艦隊の接近に対して、ディプレクターも直ちに迎撃態勢を取った。アーク
エンジェル、ドミニオン、プリンシパリティの三艦がビフレストの前方に布陣。タケミカヅチを始め
とするオーブ艦隊と、戦闘能力を持たないアトランティスは、ビフレストと共に後方に待機する。
「ビフレストには民間人も多く乗っています。絶対に攻撃を通さないように!」
 アークエンジェルからのマリューの指示に、プリンシパリティの艦長席に座るナタルと、ドミニオ
ンの艦長席に座るピエルトが頷く。ピエルトはナタルの副官だったが、先日の人事異動でドミニ
オンの新艦長に就任した。ちなみに前艦長のムウは、
「ふう、やっぱり俺には艦長席よりMSの操縦席の方が合ってるな」
 と、愛機シュトゥルムの中で呟いていた。
 一方、ピフレストの管制室では、ラクスやカガリ達が戦いの様子を見守っていた。予想外の事
態にカガリは困惑していた。
「どうしてザフトが私達を攻撃してくるんだ? それもミネルバまで出してくるなんて……」
「ザフトは本気でわたくし達を潰すつもりのようですね。理由は分かりませんが、彼らにとってわた
くし達は邪魔な存在になったようです」
 ラクスの分析は正しかった。しかし、その分析が当たっているという事は、今が最悪の事態であ
るという事だ。
 動揺するラクス達の元に、ミネルバからの映像通信が入電された。管制室の正面モニターにタ
リアの顔が映し出される。
「私はザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。本艦は現在、司令部より『ロゴスと裏で
繋がっているディプレクターの戦力を殲滅せよ』との命令を受けて行動しています。ですが、そち
らが戦闘行為をしないと約束し、投降するならば、本艦及びザフト艦隊は攻撃を中止します。ビ
フレストの乗員の生命の安全は保証します。ディプレクター代表ラクス・クライン、貴方の賢明な
判断を望みます」
 これはタリアの勝手な行動だった。彼女も今回の任務には不信感を抱いていた。しかし彼女は
ザフトの軍人。命令に逆らう事は出来ない。それでも何かしたかった。ザフトの軍人として、これ
がタリアに出来る唯一の『抵抗』だった。
「カガリさん。ミネルバの艦長は信用できる方でしょうか?」
 ラクスの問いに、カガリは少し考える。タリアとはオーブで顔を合わせている。わずかな時間で
はあったが、カガリはタリア・グラディスという人間に好感を抱いていた。
「ああ、敵にしても味方にしても、信用してもいい人間だ。敵にはしたくない人だけどな」
「そうですか。では……」
 ラクスはミネルバへの通信回線を開き、返答する。
「ミネルバ艦長タリア・グラディス様。わたくしはディプレクターの代表、ラクス・クラインです。そち
らの申し出は礼節に叶ったものでありますが、それを受け入れる事は出来ません。わたくし達は
ロゴスとは無関係ですし、ザフトと敵対する理由もありません。わたくし達が戦う必要はないので
す。出来る事なら、このままわたくし達を通してください」
 ラクスは自分の思いを貫き通す決意をした。それはディプレクター全員の思いであり、結論で
もあった。



 ラクスからの返答を聞いたタリアは、
「やっぱり、こうなったわね」
 と呟いた。予想はしていたのだ。いや、確信と言ってもいい。彼らが『ディプレクター』である以
上、不条理な力に屈するはずがないのだから。
 これからどうすればいいのだろう? 判断に迷うタリアの元に、レジェンドの操縦席に座るレイか
らの通信が入る。
「グラディス艦長、出撃命令を。こちらは最大限の譲歩を示しました。これ以上の交渉は無意味
です。もはや力でねじ伏せるしかありません。出撃させてください」
 レイの言うとおり、これ以上の交渉は無意味だ。後方にいる艦隊からも、攻撃許可を求める通
信が入っている。
「時間稼ぎも出来ないなんて、無力な艦長ね……」
 自らの無力さを嘆きつつ、タリアはついに決断を下した。
「全艦、攻撃開始! MS隊は直ちに発進せよ!」
 開戦を告げる声を聞き、シン達の心も高ぶる。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
「レイ・ザ・バレル、レジェンド、発進する!」
 シンとレイの新たな愛機が大空を飛ぶ。この二機は、ヘブンズベースでの戦いで基地を守って
いた五機のデストロイを倒した、名実共にザフト最強のMSである。
 そして、デスティニー達に続いて、
「ルナマリア・ホーク、コアスプレンダー、行くわよ!」
「ハイネ・ヴェステンフルス、コアスプレンダー、行くぜ!」
 二機のコアスプレンダーが発進する。ルナマリアのコアスプレンダーはシンが使っていた物だ
が、ハイネのコアスプレンダーはヘブンズベース戦の前に新たに支給された機体だ。彼のパー
ソナルカラーであるオレンジ色に塗装されている。
 チェストフライヤーとレッグフライヤーが二機ずつ発射され、それぞれがコアスプレンダーと合
体。二機のインパルスが誕生する。続いて両機共にフォースシルエットを装着。ルナマリア機は
白と青を中心とした色に、ハイネ機の方はオレンジ色に染まる。ハイネがVPS装甲のプログラム
を改変したのだ。
「グフとは違うってところを見せてやるぜ!」
 MS隊の先頭を飛ぶハイネ。戦闘前は迷っていたが、戦いが始まった以上、ミネルバのMS隊
の隊長としての任務を果たすのみ。自分と仲間が生き残る為には、戦うしかないのだから。
 一方、シンはデスティニーの操縦席の中で、まだ迷っていた。割り切らなければならないのは
分かっている。だが、
『ダンはステラを助けてくれた。俺達を助けてくれた。それなのに俺は……!』



 ビフレストに迫るザフトのMS群。ミネルバ隊を先頭に、空からはディンやバビ、量産化された
グフイグナイテッドが、水中からはグーンやゾノ、アッシュが迫る。
 敵の動きを確認した後、ディプレクターも戦闘態勢に入る。三隻の天使達からMSが次々と飛
び立つ。
「ムウ・ラ・フラガ、シュトゥルム、出るぞ!」
「バルトフェルド、ムラサメ、出る!」
「オルガ・サブナック、ジャバウォック、行くぜ!」
「ヴィシア・エスクード、バンダースナッチ、出る!」
 シュトゥルムなど飛行能力を持つMSは空を飛ぶが、空を飛べないバンダースナッチはMA形
態に変形したジャバウォックの背中に乗る。
「おい、てめえ、図々しいぞ!」
「まあまあ、乗せてってくださいよ。この機体はそっちの機体とコンビを組む為のものなんでしょ
う? だったら一緒に戦わせてください」
「ちっ、勝手にしろ!」
 言い合いながらも、オルガとヴィシアは戦場に向かう。
 水中から来る敵に対しては、コズミックウルフ隊のディストライクが迎撃に向かう。【ミナモ】を装
備した四機のディストライクが、水中に飛び込む。
 水の中では味方機が待っていた。ビフレスト守備隊の隊長、『白鯨』ジェーン・ヒューストンが率
いる部隊である。水中用MSディープフォビドゥンと、以前ザフトから提供されたグーンとゾノの混
合部隊。
 かつてジェーンが率いていた第一ギカフロート守備隊は、レヴァストが操るアクアマーキュリー
の攻撃を受け、隊長のジェーン以外の全員が死亡した。その後、ジェーンはビフレストの守備隊
に配属され、新たな部隊を作り、鍛え上げてきたのだ。今度こそ大切なものを守る為に。誰も死
なせない為に。
 ジェーンは青色に塗装されたディストライクに乗っている。彼女の専用機として、特別に調整さ
れたディストライクだ。【ミナモ】を装備し、敵を待ち構えている。
「来なさい! 『白鯨』の力、見せてあげるわ!」
 一方、水上のアークエンジェルからは、新たな剣が発進しようとしていた。自由の名を持つその
剣に乗るのは、友から平和への願いを託された少年。
「キラ・ヤマト、ストライクフリーダム、行きます!」
 八枚の翼を広げ、新たなフリーダムが大空を翔る。
 そして、プリンシパリティからは、
「ステファニー・ケリオン、ムーンライト、行くわよ!」
「ダン・ツルギ、ギャラクシード、出る!」
 共に戦うと誓った二人を乗せて、月の女神と絶哀の破壊神が出撃する。
 その姿を、ビフレストの窓から見つめる少女が一人。
「ダン、ステファニー……。シンと戦うの? どうして?」
 ステラ・ルーシェの問いに答える者はいない。その問いに対する答えは、誰も知らないのだ。

(2005・8/5掲載)

次回予告
 彼を傷付けるつもりなど無い。
 彼とは戦いたくない。
 互いにそう思いながらも、彼らは剣を握り、戦ってしまう。
 重ならない二つの心。ダンとシン、二人の戦いは激しさを増し、敵と仲間の命を散らせて
いく。その悲劇は激しい怒りを呼び、更なる悲劇を作り出す。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「CRY(クライ)」
 切なき想いを乗せて、飛翔せよ、ムラサメ。

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