第27章
 悲しき雷鳴

 大西洋連邦の新大統領ジョセフ・コープランドがプラントの全面降伏を要求してから10時間が
経過。プラントはそれに応じる様子は無く、防衛ラインに戦艦やMSを多数配備。地球軍も月基
地から大軍勢を送り出していた。
 一触即発の空気が漂う中、人知れず宇宙を進む艦があった。オケアノス級輸送戦艦アトランテ
ィス。その艦橋には、サードユニオン大総裁メレア・アルストルと、アトランティスの正式な持ち主
である美女、レヴァスト・キルナイトがいた。メレアはレヴァストに艦の操縦をさせて、自分は艦長
席に深々と腰を下ろしている。
 艦橋の扉が開き、ノーフェイスが入って来た。彼はメレアに一礼した後、
「メレア様、ハルヒノ・ファクトリーに仕掛けてあるアルゴス・アイからの報告が入りました。ステファ
ニー・ケリオンが動いたようです」
 ノーフェイスの報告に、メレアとレヴァストの眉が動く。
「ゼノン配下の三従士の一人、ルーヴェ・エクトンがミナ・ハルヒノを人質に取り、ダン・ツルギにス
テファニーとの戦闘を強要。ダン・ツルギを始めとする乗組員達をMSに乗せ、艦から追い出し
ました」
「ふうん。映像は入る?」
「はっ」
 ノーフェイスはモニター用のリモコンを手に取り、スイッチを押した。正面の大型モニターにハ
ルヒノ・ファクトリーと、その周囲を漂うサンライト達の様子が映し出される。
「それで、ダン・ツルギはその要求に応じたのかい?」
「いえ、まだです。ですが応じるしかないと思います。ミナ・ハルヒノを助ける為にも、そして自らの
記憶を取り戻す為にも、彼は戦わなければなりませんから」
「そうだね。ルーヴェって奴が動いたのは、ゼノンの指示かな?」
「恐らく。戦争が始まる前にゲームの決着をつけるつもりかと」
「やれやれ、急いでいるねえ。もう少しじっくり楽しめばいいのに」
 そう言って、メレアはニヤリと笑った。他者を見下し、バカにしている微笑みだ。
「ダン・ツルギとゼノン・マグナルド。共にデューク・アルストルの遺産であり、アンチSEEDの力を
受け継ぐ者たち。この世で最も強く、そして、最も愚かな人形たち。ねえ、ノーフェイス。ダン・ツ
ルギは君から見てどんな人間だい?」
 主の質問にノーフェイスは少し考える。そして、こう答えた。
「優れた人物だと思います。肉体の能力も高く、精神も強い。過酷な運命を背負いながらも他人
への思いやりも忘れない、強さと優しさを兼ね備えた人物です」
「ベタ褒めだねえ。そうか、そんなに素晴らしい人間なのか。『ダン・ツルギ』は」
 メレアは再び微笑んだ。先程と同様、他者を見下す微笑だ。
「ダン・ツルギとゼノン・マグナルド。楽しみだなあ。あいつらが真実を知った時、どんな顔をする
のか。特にダン・ツルギは、彼がいい人間であればあるほどショックを受けるだろうなあ。想像す
るだけでワクワクするよ」
 メレアは更に微笑んだ。その顔は子供のものとは思えない程に嫌らしく、醜悪な笑顔だった。
「デューク・アルストルは最低の男だったけど、面白い人形を残してくれた。グランドクロスがまだ
未成熟なのは残念だけど、それでも楽しめそうだ。我が子デューク・アルストルよ。お前に代わっ
て僕が見届けてやろう。お前の遺産たちの戦いを。世界に永遠の平和をもたらす為の第一段階
である、このゲームの終焉を!」
 大いに浮かれるメレア。心の底から楽しそうだ。そんなご機嫌なメレアに、
「メレア様、そう思うのは少し早いと思います」
 とレヴァストが声をかける。
「? どういう意味だい、レヴァスト」
「まだダン・ツルギとステファニー・ケリオンの戦いは終わっていません。ダン・ツルギがステファニ
ーに敗れたら、彼とゼノンの戦いは実現しませんよ」
 確かにレヴァストの言うとおりだ。だが、
「うん、そうだね。確かに君の言うとおりだ。でも…」
 メレアは笑顔を崩さなかった。
「僕はダン・ツルギが負けるとは思えないんだ。だってあいつはデューク・アルストルの遺産だか
ら。勝つ事を宿命付けられている存在だから」
 自信満々にメレアはそう言い放った。その言葉は、ステファニーを自分の手で倒したいレヴァ
ストを少し不快にさせたが、メレアはまったく気にしなかった。
「僕の期待を裏切るなよ、ダン・ツルギ。我が子デューク・アルストルの遺産である君には、僕を
楽しませる義務がある。勝ち残れ。そして過酷な真実を知るがいい。悩み、苦しみ、傷付き、そし
て、グランドクロスの糧となれ。永遠の平和の為の礎となれ。それが君の運命だ」
 ダンの未来を断定するメレア。その口調は冷静で、それ故に恐ろしかった。



 ミナを人質にしたルーヴェは、自分とミナ以外の全員をハルヒノ・ファクトリーから退去させた。
ダン、ムウ、ニコル、ギアボルト、フルーレはそれぞれのMSに乗り込み、ハルヒノ・ファクトリーを
後にする。オペレーターのラユルとミリアリアも、バンダースナッチに乗せられて、艦から追い出さ
れた。
「そのMS(バンダースナッチ)は差し上げます。ゼノン様への手土産にするには、その機体は弱
すぎる。さて、それでは戦ってもらいますよ、ダン・ツルギ。あなたの敵がお待ちかねです」
 ルーヴェの言葉に、ダンは後方を振り返った。黄金の女神サンダービーナスが腕を組んで、
戦いの時を待っている。
「ルーヴェ、貴様、ステファニーに何をした? あいつがこんな事をするはずが…」
「俺は少し声をかけただけですよ。『このままでいいのか?』とか『お前は何の為にここにいるの
か?』とね。最終的にあなたと戦うと決心したのは、あの女の意志です」
「バカな……!」
「何がバカなんですか? あなただって知っているはずだ。あの女が何の為に戦っているのか。
このゲームに何を求めているのか」
「…………」
「そう、彼女は死を望んでいる。自分を倒せる程の戦士を育て、戦い、そして、殺される事を望ん
でいる。バカな話だ」
「なっ!?」
「何ですって?」
 ルーヴェの言葉は、ムウやミリアリア達を大いに驚かせた。驚いていないのは事情を知ってい
たダンとミナだけだ。
「さあ、ダン・ツルギ。あの死にたがりと戦いなさい。そして勝利しなさい。それが我が主ゼノン・マ
グナルド様の望み。そして、そうする以外にミナさんを助ける方法はありませんよ」
「ダ、ダメ! 戦っちゃダメよ、ダン! ステファニーさんを殺すなんて、そんな…」
 戦いを止めようとしたミナの背中を、ルーヴェは蹴り飛ばした。
「あうっ!」
 床に倒れるミナ。その頬にルーヴェは銃を突きつける。
「死にたくなかったら大人しくしていてください。俺も無駄な殺しはしたくありませんから。殺したら
人質の価値が無くなるし」
 そう言ったルーヴェの眼は、異常なまでに冷たかった。今までのルーヴェとは別人のような眼
だった。
「ルーヴェ、ミナには手を出すな!」
「あなたがステファニー・ケリオンと戦ってくれれば、何もしませんよ。さあ、戦ってください、ダン・
ツルギ。彼女もそれを望んでいる」
「…………」
 冷たく言い放つルーヴェに、ダンは反論しなかった。ルーヴェの言うとおり、ステファニーはダ
ンとの戦いを望んでいるのだ。ミナを助ける為、ステファニーを救う為、そして何より、この悪魔の
ゲームに勝ち残る為、この戦いは避けられない。
「ムウさん、ニコル、みんなの事を頼む」
「ダン、お前……」
「ダンさん、本当に彼女と戦うつもりなんですか? ステファニーさんはあなたの…」
「ああ。でも、だからこそ戦わなければならない。他の誰でもない、この俺が!」
 そう言い残し、ダンはサンライトを全速で飛ばした。目標はサンダービーナス、ステファニー・ケ
リオン。



 サンダービーナスの操縦席に座るステファニー・ケリオン。彼女の瞳は閉じられていた。集中
力を高めつつ、頭の中で過去を振り返る。
 幼い頃、隣の家に住んでいたアレン・クロフォードと遊んだ日々。
 小学校、アレンとの仲をクラスメートに冷やかされ、初めて彼を異性として意識した。
 中学校、親友ライラ・ニュートンとの出会い。
 ライラの応援を受け、アレンに告白した日。アレンは顔を赤くしつつ、ステファニーを抱きしめて
くれた。嬉しかった。嬉し泣きと共にしたファーストキス。少ししょっぱかった。
 アレンの為に生まれて初めて料理を作った。結果は大失敗。彼の笑顔を見る為に、コック志望
のライラに教わって、料理の勉強をした。楽しかった。
 地球との関係が悪化し、戦争が始まった。アレンはプラントを、そしてステファニーを守る為に
ザフトに入った。
 ステファニーも彼の後を追った。アレンを守る為に。
 ライラも着いて来てくれた。「あなた一人じゃ心配だわ」と笑顔を浮かべて。
 三人は戦った。故郷を守る為に。大切な人を守る為に。戦って、戦って、戦って、そして、二人
は死んでしまった。ステファニーだけが生き残った。
 ステファニーは復讐鬼になった。二人を殺したナチュラルを憎んだ。二人を死なせた自分自
身を憎んだ。敵を多く殺して、強くなる事が、この戦争に勝利する事が二人への何よりの弔いに
なると思って、戦い続けた。
 だが、彼女は真実を知った。この戦争に正義など無かった。全ては、神を名乗る悪魔によって
仕組まれたものだった。
 私は何の為に戦ってきたのか。アレンとライラは何の為に戦い、そして、死んでしまったのか。
 自分も死にたかった。でも死ねなかった。この命はアレンとライラが救ってくれたもの。簡単に
投げ出す事なんて出来ない。
 死ぬ事も、そして生きる事も出来なくなったステファニーに、ノーフェイスが声をかけた。生きた
証を残してみろ。英雄を育て、そして、そいつに殺してもらえ、と。
 ステファニーは頷き、サンダービーナスの操縦者となった。そして彼女は見つけた。英雄にな
れる男を。最強になる可能性を秘めた男を。自分を殺してくれる男を。
 静かに目を開けると、眼前のモニターにはサンライトの姿が映し出されていた。あのMSには自
分を殺してくれる男が乗っている。どんな困難にも屈しない、強い心を持った少年が乗ってい
る。
「来てくれたのね、ダン君。さあ、殺し合いましょう」
 ステファニーはそう言って微笑んだ。待ち望んでいた時が来たのだ。そう、私はこの時の為に
生きてきた……はずだ!



 サンライトとサンダービーナスの接触はもハルヒノ・ファクトリーのレーダーでも確認された。
「接触したか。始まるな」
 そうルーヴェが呟く足元では、転がされたまま立ち上がる事も許されないミナがいた。
「ルーヴェさん、どうして、どうしてこんな事を……」
「さっきも言ったでしょう。それが我が主の望みだからですよ。ゼノン様はダン・ツルギとの決戦を
望んでいる。ゲームに勝ち残り、強くなった彼と戦いたがっている。部下として、主の望みを叶え
るのは当然の事です」
「その為ならオルガ先生や私達を裏切ると言うんですか、ルーヴェ・エクトン」
 チェシャキャットに乗るギアボルトから通信が送られてきた。
「裏切る? 文法の使い方を間違っているな、ギアボルト。『裏切る』とは味方に背いて敵側につ
く事だ。俺はお前達を味方と思った事は一度も無い」
「!……」
 それは二年近くも一緒に戦ってきた仲間に対する言葉ではなかった。ギアボルトはこの男の正
体を見抜けなかった自分に腹を立てた。
「随分と酷い事を言うじゃないか」
 今度はシュトゥルムのムウからの通信。
「その言い方からすると、ゼノンとはかなり以前から通じていたみたいだな。いつからあいつの仲
間になったんだ?」
「最初からだ」
「へえ。それはオルガ達とトリオを組んだ時からという事か?」
「『最初から』だと言っているだろう。四年前のあの日、俺が人としての道を踏み外した時からだ」
 四年前、ルーヴェは『天翔ける医療団』のリーダーで、非人道的な人体実験をしていた父を殺
した。友人ノイズ・ギムレットと恋人マレーネ・グロンホルムと共謀し、医療団の幹部達が集まって
いた部屋を爆破したのだ。ルーヴェの父エクトン博士を始め、医療団の幹部は全員死亡。その
中にはノイズの両親もいた。
 親たちを殺そう、と提案したのはノイズだった。その提案にマレーネは最後まで躊躇していた
が、ルーヴェはすんなりと承諾した。自分でも驚いたくらいだ。
 ノイズが親を殺そうというのは分かる。彼の両親は息子を実験動物として扱い、ノイズの体をボ
ロボロにした。ノイズが両親を憎むのは当然の事だ。
 だが、ルーヴェは違う。確かに父のやっていた事は許せないが、父はルーヴェには優しかっ
た。憎んでもいないし、嫌ってもいない。いくら人として許せない事をしていたとはいえ、実の親を
殺す理由としては少し弱い。ノイズの提案に対して、普通の人間ならマレーネの様にためらうか、
反対するはずだ。
 しかし、ルーヴェは反対しなかった。あっさり頷き、爆弾を仕掛け、そして殺した。冷静に、平然
と実の親を殺したのだ。
「四年前、俺は父親を殺した。だが、何の感情も沸かなかった。涙も流さなかった。俺は自分が
普通の人間ではない事を知った。ノイズが体を壊したように、俺は心を壊していたんだ」
 いつ壊れたのかは分からない。医者として人の死を見続けてきたからなのかもしれないし、生ま
れついての性質だったのかもしれない。だが、ルーヴェの心は壊れていた。彼の心には喜びも、
怒りも、哀しみも存在しない。空虚だった。
 そう自覚した瞬間、マレーネへの愛情も、ノイズへの友情も、きれいに消えてしまった。自分が
恐ろしくなったルーヴェは二人の前から姿を消した。そして、とある町でチンピラに絡まれ、殺さ
れかけていたところをゼノンに拾われたのだ。
「ゼノン様は俺にこう言った。『壊れた物は直せばいい。お前の心に何も無いと言うのなら、私で
埋めてしまえ。私への忠誠を心の柱として、その柱に喜怒哀楽という感情を枝付けしろ』とね」
 ルーヴェは言われたとおりにした。ゼノンに忠誠を誓い、彼と共に時を過ごした。MSの操縦も
その時に教わった。
 やがてルーヴェは自然に笑えるようになった。ゼノンに頼り、その力に憧れる内に彼の心は癒
されていった。力による癒し。乱暴ではあるが、ルーヴェには最良の方法だったのだ。
 心を直されたルーヴェは、ゼノンの下を離れ、世界を見て回った。そして南米の独立戦争に参
加し、オルガ達と出会ったのだ。
「ゼノン様は壊れた俺の心を治してくれた偉大なお方だ。覚えているか、ギアボルト。一年半ほど
前、俺たちが初めて出会った戦いの事を」
 ギアボルトは覚えていた。それは忘れたくても忘れられない思い出だった。
 あの日、ギアボルトはオルガ、エドワード・ハレルソンと共に窮地に陥った味方を救う為、難所
にある基地に乗り込んだ。そこには医療兵として働いていたルーヴェがいた。
 一時の安息の中、敵が急襲。敵はたった一機のゲイツだったが、恐ろしく強い相手だった。ギ
アボルト達は手も足も出なかった。
 結局、エドの犠牲によって、ギアボルト達は基地を脱出。あの出来事が切っ掛けで、ルーヴェ
はオルガとギアボルトの仲間になったのだ。
「あの時襲ってきたゲイツ、あれにはゼノン様が乗っていたんだ」
「!」
「俺も後で知って驚いたよ。ゼノン様があの基地を襲った理由は二つ。第一は自分の力を知る
為。第二は『切り裂きエド』という人物を見極め、仲間にする為。俺があの基地にいた事を知っ
て、あの方も驚いていたがな」
「……それで? 何が言いたいんですか?」
「あの方は常に自分を磨き続けている。そして、優秀な人材を求めている。力も知恵も兼ね備え
た、この世界の王に相応しい人だ。そういう人の為に戦いたくはないか?」
 ルーヴェは手を前に差し出した。そして掌を上に向け、ガラスの向こうにいるチェシャキャットに
語りかける。
「俺と一緒に来い、ギアボルト。ディプレクターにいても、お前は強くはなれない。強くなりたいの
なら、ガーネット・バーネットと戦いたいのなら、お前は俺と一緒に来るべきだ。そしてゼノン様に
仕えろ。それがお前にとって最良の道だ」
「……………」
 ギアボルトは答えなかった。YESとも言わなかったが、NOとも言わなかった。
 ルーヴェの勧誘のセリフを聞いたニコルは、ノイズの最後の言葉を思い出した。

「お前らも気を付けな! こいつは本物のワルだ! 今はいい子ちゃんの振りをしているけど、い
つか必ず、こいつはお前達を裏切る! そして、お前達を殺す! 何しろこいつは、親を殺し
て、愛していた女も友達も捨てて、そして殺すような奴だからな!」

『あの言葉は真実になってしまいましたね……。どうするんですか、ギアボルトさん? あなたが
僕たちの敵に回るというのなら、僕は……』
 ニコルは最悪の事態を想定したが、ギアボルトに対しては、あえて何も言わなかった。これはギ
アボルト自身が考え、決める事だからだ。



 サンライトは、サンダービーナスにビームショットライフルの銃口を向ける。しかし引き金は引か
ない。サンダービーナスも動かない。
 不気味な緊張感の中、ダンはサンダービーナスに通信を送る。
「どういうつもりだ、ステファニー。こんな事をしてまで俺と戦いたかったのか?」
「ええ、そうよ。私はあなたと戦いたい。そして、私を殺してほしい。今までにも何度も言ったはず
よ。そして、ついにその時が来た」
 ステファニーの声は冷静なものだった。だからこそ不自然で、そして、腹が立つ。
「ルーヴェと、いや、ゼノンと手を組んでまでもか?」
「ええ。それが私の望みだから」
「今、ルーヴェはミナを人質にして、俺とお前を戦わせようとしている。それもお前の望みだと言う
のか?」
 少しの間、沈黙が流れる。
「…………ミナちゃんを巻き込むつもりは無かった。でも、仕方が無いわね。あなたを本気にさ
せるには、それくらいの事はしないと…」
「お前を信じ、慕っていた者たちを裏切ってまで、俺と戦いたいのか! 死にたいのか! お前
はそこまでバカなのか!」
 ダンは怒っていた。本気で怒っていた。その怒りはステファニーが望んでいたものであり、同時
に辛い事だった。
「……そうよ。私はそういう女なの。目的の為なら手段は選ばない。あなた達の仲間になったの
だって、私の目的を優先させただけよ。私はあなたに期待した。あなたならきっと、私を殺してく
れる程に凄い人になれる。そしてあなたはその期待に応えた。キラ・ヤマトやゼノン・マグナルドと
互角以上に渡り合い、あのクルフ・ガルドーヴァを倒した。あなたは強くなった。私の望みどおり
に」
「だから今度はお前を殺せと言うのか! そんな事の為に俺は…」
「私を倒さない限り、あなたはこのゲームには勝利できない。記憶も戻らない。ミナちゃんも救え
ない。それでもいいの?」
 それはダンにとって、最後通告だった。
「ステファニー……! お前、お前は!」
「これ以上のおしゃべりは時間の無駄ね。さあ、戦いましょう、ダン・ツルギ。本気の私と戦って、
そして…」
 サンダービーナスの指先が開く。十本のアンカーが姿を現した。
「私を殺しなさい!」
 アンカーが放たれた。高分子ワイヤー《エレクトロファイヤー》。その鋭い刃先がサンライトに迫
る。
「!」
 ダンはビームショットライフルの引き金を引いた。狙いはサンダービーナス、ではない。ロック
オンしたのは《エレクトロファイヤー》のアンカー部分。拡散したビームが十の刃と激突、消滅させ
た。牽引するアンカーを失ったワイヤーが、空しく虚空を漂う。
「やるわね。さすが、私が見込んだ男」
 《エレクトロファイヤー》はサンダービーナス唯一の遠距離用武器。それを失ったのに、ステフ
ァニーは平然としていた。予想の範囲内という事か。
「降参しろ、ステファニー。お前の戦闘パターンは知り尽くしている。お前に勝ち目は無い」
 ダンの言葉はハッタリではなかった。仲間として共に戦い、見続けてきた相手だ。ステファニー
の事は誰よりも良く知っている。
「余裕ね。でも、それは私も同じ事。それに…」
 ステファニーは操縦席の隅にあるスイッチを押した。サンダービーナスの体内から不気味な機
械音が響く。
「いずれ戦う事になる相手の前で、全てをさらけ出すほどバカじゃないわ」
 サンダービーナスの体が光を放つ。黄金の女神は、その輝きを更に増した。



 宇宙を飛行していたアトランティスは、とある宙域で一旦停止していた。ミラージュコロイドを展
開し、静かに漂っている。
 アトランティスの艦長席に座るメレアと、その隣に立つノーフェイス、そして艦を操縦するレヴァ
ストの三人の眼は、正面の巨大モニターに向けられている。モニターの中では、サンライトとサン
ダービーナスの激しい戦いが繰り広げられていた。
 光り輝くサンダービーナスがサンライトに飛び掛かる。左足のアーマーシュナイダーを出し、強
烈な回し蹴り。かわすサンライト。アーマーシュナイダーの刃は、サンライトの頭部をギリギリでか
すめた。
「速いね」
 メレアの言うとおり、サンダービーナスのスピードは今までの倍以上速くなっている。人間の眼
では捉えるのがやっと、という程のスピードだ。
「どうやら《ストロングス》をフルパワーにしているみたいだね。彼女、本当にこれを最後の戦いす
るつもりらしい」
 サンダービーナスの動力源である高出力無限発電装置《ストロングス》は、その名の通り、無限
に電気を作り出す事が出来る。ただし、その材質は熱に弱く、長時間・高出力の使用には向か
ない。
「三機の《ストロングス》を最大出力で使えば、サンダービーナスのパワーは飛躍的にアップす
る。でも…」
「長くは持ちませんな。持って七分、いや、五分といったところでしょうか」
 メレアの推測を引き継ぎ、ノーフェイスが答えを出した。
「そうだね。五分間、攻撃をかわし続ければダンの勝ち。五分以内に仕留める事が出来ればス
テファニーの勝ち。ノーフェイス、君はどっちが勝つと思う?」
 ノーフェイスはモニターを見る。モニターの中では、サンダービーナスの連続蹴りがサンライト
を吹き飛ばしていた。
「ダン・ツルギです」
「言い切ったね。その根拠は?」
「それがメレア様のお望みだからです。彼にはもっと生きて、そして、苦しんでもらいたいのでしょ
う? この世の全ては貴方様の思うがままに。この戦いの結末も、貴方様の望みどおりに。それ
がこの世界の摂理です」
 世辞ではなく、ノーフェイスは本気でそう言った。メレアは満足気な表情をして、再びモニター
に眼を向ける。
 この二人の会話を聞いていたレヴァストは不機嫌だった。彼女はステファニーの勝利を願って
いたからだ。
『絶対に勝ちなさいよ、ステファニー。あんたは私が殺すんだから!』



 サンライトはビームショットライフルを捨てた。元々ビーム攻撃はサンダービーナスには効かな
いし、あのスピードでは撃っても当たらないだろう。正しい判断だ。
 そして腰の《シャイニング・エッジ》を掴み取る。だが、鞘からは抜かない。鞘に収められたまま
の剣がサンダービーナスに向けられる。
「……どういうつもり? 私をバカにしているの?」
「バカにしているつもりは無い。ただ、俺はお前を殺したくないだけだ。だから剣は抜かない」
 分かり易い答えだった。
「殺すつもりは無いですって? それがバカにしていると言うのよ!」
 フルパワーのサンダービーナスが宇宙を飛ぶ。速い。一瞬でサンライトとの間合いを詰め、右
の拳を繰り出す。
 その拳に目掛けて、サンライトは鞘に収められたままの剣を振るった。
「殺気の込もっていない攻撃なんて、怖くも何とも無い!」
 拳と鞘が激突する。瞬間、強烈な電気がサンライトに流し込まれる。今のサンダービーナスは
電気の塊。触れるだけで感電し、ダメージを受ける。
 サンライトの操縦席の計器の一部が吹き飛んだ。帯電処理を施されているが、それでも耐え切
れないほどの電流が流し込まれたのだ。ダンの体にも電流が伝わり、一瞬、意識を遠のかせる。
だが、
「うおおおおおおおおおっ!」
 ダンは吠えた。バイタルチャージ・システムを発動させ、サンライトの全パワーを腕に集中させ
る。瞬間的にではあるがサンダービーナスを上回るパワーが生まれ、強引にサンダービーナス
を押し切り、吹き飛ばした。
「うっ!」
 吹き飛ばされたサンダービーナスはブースターを逆噴射させ、体勢を立て直した。しかし、そ
の右拳には亀裂が入っていた。
「そんな……。フルパワーのサンダービーナスがパワー負けした?」
 ステファニーは驚いていた。スペック上ではサンライトより、フルパワー状態のサンダービーナ
スの方がパワーは上のはずだ。バイタルチャージ・システムを使っても互角か、わずかに及ばな
いはず。
『過去のデータが通じない? ダン君だけじゃなく、サンライトも強くなっているというの? そんな
バカな事が…』
 動揺を隠せないステファニーに、ダンが通信を送る。
「敵を倒すのに殺気など必要ない。必要なのは敵を制する程の力と、決して折れない意志だ。
お前こそ俺をナメているんじゃないのか?」
「……それはこっちのセリフよ。そんな事を聞く暇があったら攻撃しなさい。そんなんじゃ、たとえ
私に勝ってもゼノンには勝てないわよ。記憶を取り戻せなくてもいいの?」
「記憶は取り戻す。絶対にな」
 そう断言するダン。その答えに迷いは無い。
 ステファニーは少し苛立っていた。どうしてこの男は…!
「そんなに記憶を取り戻したいの? 過去を思い出したいの?」
 過去。それはステファニーにとって、罪そのもの。
「思い出さない方がいいのかもしれないのに、思い出したら後悔するかもしれないのに、それでも
思い出したいの?」
 友を失い、恋人を失い、過ちを犯し続けてきた日々。思い出したくない。出来ることなら全てを
忘れ、無かった事にしたい。
「今、あなたは幸せなはずよ。友達もいる。あなたを慕う人もいる。みんなを守る事が出来る力も
持っている。過去なんか思い出さなくても幸せに生きていけるのに、どうして…」
 でも、それは出来ない。許されない。ならばせめて、あの二人が救ってくれたこの命を有効に
使おう。世界を救う力を持った者を育てる為に使おう。そして死のう。殺してもらおう。忌まわしい
記憶と共に葬り去ってもらおう。
 そう願っていた。それなのに…!
「どうしてあなたは過去なんかに拘るのよ! どうして未来を見ようとしないのよ!」
 誰よりも過去に縛られた女の叫びが、宇宙に響き渡る。そして、サンダービーナスは再びサン
ライトに襲い掛かって来た。
「くっ!」
 左の拳の連打と蹴りのコンビネーション。見事な攻撃だが、サンライトはこれをかわした。
「あなたの過去については私も知らない。でも、あなただって薄々は分かっているはずよ。あなた
の過去は決して幸せなものじゃないって!」
「!」
 ステファニーの言葉を聞いた瞬間、ダンの脳裏に聞き覚えのある声が蘇った。その声が発せら
れた状況も頭の中に浮かび上がる。



「いい子を産んでくれたな、ヤヨイ。計算どおり、いや、計算以上の出来だ。『これ』は使えるぞ」
 それは男の声だった。落ち着いた感じのする、だが、異常なまでに酷薄な声。
 その男の目の前には一人の女がいた。女は泣き叫んでいた。
 女の眼は、男が持っているものに向けられていた。それは生まれたばかりの赤ん坊。男と女の
間に生まれた子供だった。性別は男。元気に泣いているが、その泣き声は男には耳障りだっ
た。
「うるさいガキだ。生まれたばかりのくせに、もう父親に逆らうのか? まったく、妙なところだけ俺
に似やがって…」
 男には、我が子への愛情などまったく無かった。彼の腕の中にいるのは『自分の子供』であっ
て、そうではない。彼の望みを叶える為の『素材』だった。
「待って、あなた! 私はどうなってもいい! でもその子は、その子だけは…」
 ヤヨイと呼ばれた女は、我が子を助けようと男に縋りつく。だが、
「邪魔だ」
 男はヤヨイを蹴り飛ばした。
「この子供は人類の守護神となるべく生まれたのだ。人の未来を閉ざす奴ら、SEEDを持つ者ど
もを葬り去る為にな」
「違います! 私がその子を生んだのは、あなたを愛しているから…」
 泣きながらそう言うヤヨイを、男は冷たい眼で見下ろしていた。そして、
「俺はお前など愛していない。だが、お前にはまだ利用価値がある。その愛が本物だと言うのな
ら俺の為に尽くせ。その身も心も俺に捧げろ」
 と、彼女の全てを望んだ。
 ヤヨイは理解した。この男には、他人を愛するという感情が無いのだ。こんな男を愛してしまっ
た私がバカだった。だが、もう引き返せない。
「……………はい、分かりました、あなた。いえ、デューク・アルストル様……」



「そうだな、ステファニー。お前の言うとおりかもしれない」
 サンダービーナスの攻撃をかわしながら、ダンはそう呟いた。
「俺の過去にはデューク・アルストルが関わっている。あの男の事はわずかだが思い出した。最
低の人間だ。そういう人間の事を思い出してしまうという事は、俺の過去も最低のものかもしれな
い。アンチSEEDの力も、あまりいいものとは思えないしな」
 サンダービーナスの蹴りがサンライトの腹部を襲う。アーマーシュナイダーの刃が迫るが、サン
ライトはこれもかわした。
「けど、それでも俺は過去を取り戻したい。いや、取り戻さなければならないんだ。たとえどんな
に辛い過去でも、それが俺が今まで歩いてきた道だから」
 回し蹴り。サンダービーナスの足の先がサンライトの頭部をかすめた。強力な電気が流れてき
たが、ダンは堪えた。
「確かに今の生活に不満は無い。幸せだ。でも、いつも心の中で何かが叫んでいる。このままで
いいのか、と。俺はみんなと一緒にいてもいい人間なのか、と。俺は最低の人間で、誰かを愛す
る資格なんて無いんじゃないのか、と。不安で不安で溜まらないんだ」
 サンダービーナスの手刀が振り下ろされるが、今度は完全にかわした。サンライトの動きには
無駄が無く、まるで舞を待っているかのように動き、かわし続ける。
「だから俺は思い出す。真実を知り、それがどんなものでも受け止めてみせる! これからもみん
なと一緒にいる為に、そして、お前を愛する為に!」
「! この期に及んで、くだらない事をまだ…!」
「くだらない事なんかじゃない。俺は本気だ!」
「だったらあなた、女を見る眼が無いわ。あなたの事を誰よりも愛してくれている人が側にいるの
に、どうして私なんかを!」
「知るか! 好きになっちまったんだから仕方ないだろ!」
「あなたって……あなたって本当にバカ!」
 ダンの告白をステファニーは拒絶した。鋭い突きと蹴りを連発し、サンライトを追い込もうとす
る。しかしサンライトは全ての攻撃をかわす。
「当たらない? どうして……」
 サンダービーナスのスピードはサンライトを上回っている。それなのに攻撃はほとんど当たらな
い。当たっても、かすった程度で致命傷にはならない。
「お前の攻撃は完全に見切った。スピードが速くなった事には戸惑ったが、もうお前の攻撃は俺
には当たらない!」
「くっ……!」
 サンダービーナスは一旦下がった。と同時にサンダービーナスの全身の輝きが消えていく。
「しまった、時間切れ……」
 計器を見ると、《ストロングス》の冷却機関が悲鳴を上げていた。サンダービーナスの体内には
三機の《ストロングス》が搭載されているが、いずれも停止寸前。もう電気による攻撃は出来な
い。機体を動かすのがやっとの状態だ。
「これは……困ったわね」
 操縦席のステファニーは息を整え、対策を練る。
『強い。まさかここまでやるとは思わなかったわ。初めて会った頃とは別人ね』
 追い詰められていたが、ステファニーは嬉しかった。私は間違っていなかった。この少年、ダ
ン・ツルギこそ私を殺す者。この世界を救う英雄になれる男だ。彼をここまで強くする為に、今ま
で一緒に戦ってきたのだ。
 ステファニーの脳裏に、ダンやミナと過ごした日々が蘇る。
 オーブでの出会い。
 初めての戦い、そして仲間入り。
 インド洋でのアクアマーキュリーとの戦い。オルガ達はステファニーの事を疑っていたのに、ダ
ンとミナは最後まで自分を信じてくれた。
 イスタンブールでのファントムペイン、ハリケーンジュピター戦。ショッピングが楽しめなかった
ので、平和になったらもう一度来ようと約束した。
 花の都パリを舞台にしたマーズフレア戦。厳しい戦いだったが、戦いよりもダンの女装した姿の
方が印象深い。
 ピフレストの攻防戦。天敵を前に暴走したダン。それを止める為にステファニーの名を呼んだミ
ナの声は忘れられない。
 美味しい料理を作った事。女性陣で一緒にお風呂に入った事。たまたま立ち寄った町をみん
なで歩き回った事。楽しかった。忘れていた何かを思い出させてくれた日々だった。
 宇宙に上がってからも、ダンと一緒に戦い続けてきた。ゼノン、リ・ザフト過激派、ノイズ、クル
フ。いずれも強敵だったが、ダンはそれを退けた。
 態度には表さなかったが、ステファニーはダンの勝利を誰よりも喜んでいた。ダンが強くなれ
ば私の願いが叶うから。
 いや、違う。
 私が嬉しかったのは、ダンが強くなっていくからじゃない。ダンが…生きて戻ってくれたから。
「! そんな、そんなはずは無い! そんな事は、考えちゃダメなのよ!」
 ステファニーはアレンとライラの顔を無理やり思い出した。あの二人は私を庇って死んだ。私の
せいで死んだ。友達や恋人を死なせておいて、私だけ幸せになるなんて、そんな事、出来るは
ずが無い。許されるはずが無い!
 サンダービーナスの指先から十本のワイヤーが発射された。修復を終えた《エレクトロファイヤ
ー》だ。予備のアンカーを装着されたそれは、一直線にサンライトに向かう。
 格闘戦の動きを見切られている以上、《エレクトロファイヤー》はサンダービーナスにとって最
後の切り札。しかしサンライトの反応は速かった。鞘に収められたままの《シャイニング・エッジ》を
素早く振るい、十本の《エレクトロファイヤー》を絡め取った。
 ダンはサンダービーナスが電気を流してきたら、すぐに剣を放すつもりだった。しかしサンダー
ビーナスから電気は伝わってこない。
「光らなくなったからもしやと思ったが、もう限界らしいな。ここまでだ。大人しく…」
 と言おうとした瞬間、ダンの背に悪寒が走った。
 まだだ。まだ終わっていない。何かが来る!
「砕け散りなさい……。魂までも!」
 ステファニーの呟きはダンには聞こえなかった。考えるより先に体が動き、ダンは《シャイニン
グ・エッジ》を鞘から抜いた。その直後、残された鞘は消えた。比喩ではない。本当に消えてしま
ったのだ。サンダービーナスの《エレクトロファイヤー》だけを残して、消滅した。
「……!」
 驚くダン。何が起こったのかは分からないが、自分が生死の境目にいた事は理解できた。あと
一秒、剣を抜くのが遅かったら鞘だけでなく剣も、いや、剣を握っていたサンライトごと消滅して
いただろう。
「ステファニー、お前、そこまでして!」
 ダンの声にステファニーは答えなかった。彼女の額には汗が浮かんでおり、呼吸も荒い。相当
に疲労したようだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……。次は……仕留める! 殺してみせる! 私はあいつの事なんか好きじゃ
ない。私には人を好きになる資格なんて無いんだから……!」
 自分の気持ちを誤魔化す為、歪んだ望みを忘れ、かつての仲間に牙を向ける。ステファニー
は気付いていなかった。今の自分が昔と同じ、いや、それ以上の過ちを犯そうとしている事に。



「あの技は……!」
 アトランティスのモニターで戦いの様子を見ていたレヴァストは、敗北の記憶を蘇らせた。間違
いない。今、サンダービーナスが使ったのは、ビフレストの戦いでアクアマーキュリーに使った技
だ。完璧な防御力を誇っていたアクアマーキュリーを、文字通り『粉砕』した技。
「エンド・オブ・サイクロンか」
 艦長席に座るメレアが呟いた。
「《ストロングス》の電力を集中させて、超振動派を発生。それを接触した相手に叩き込む。シン
プルだけどどんなに強力な装甲も粉砕する、ある意味、究極の破壊兵器。怖い技を使うねえ」
 メレアは賞賛するが、この技には致命的な欠点がある。振動派は、それを放ったサンダービー
ナスにも伝わってしまうのだ。もちろん安全装置によってダメージは軽減されるが、機体も操縦者
も無傷という訳にはいかない。事実、ビフレストでこの技を使ったサンダービーナスは激しく損傷
し、しばらく出撃できなかった。
「停止寸前の《ストロングス》に無理をさせてまで使うとは、命知らずだねえ。そんなにダン・ツル
ギを殺したいのかな?」
「ですが危険です。ただでさえあの技は自殺行為に近い技なのに、今の状態で使用すれば機
体が持ちません」
 ノーフェイスの言うとおりだった。サンダービーナスの各所から火花が出ている。いつ爆発して
もおかしくない状態だ。
「まあいいじゃないか。どうせ僕たちにはどうする事も出来ない。見届けてあげようよ、ステファニ
ー・ケリオンの最後の戦いを」
 メレアの言葉はレヴァストには不快なものだったが、確かにそのとおりだった。レヴァストはステ
ファニーの勝利を願ったが、それも空しい願いに終わりそうだった。
『ったく、何とかしなさいよ、ダン・ツルギ。その女は私が殺すんだから!』



 ハルヒノ・ファクトリーのモニターにも、ダン達の戦いの様子は映し出されていた。モニターの向
こうではサンライトの鞘《エッジ・リノベーター》が粉々に消え去り、サンダービーナスが最後の攻
撃を仕掛けようとしていた。
「そんな……。ダメ、ダメよダン! ステファニーさんも! ダンを殺しちゃダメ! ステファニーさ
んを殺しちゃダメ!」
 床に倒されたまま、ミナは叫んだ。ミナの叫び声は二人には届かない。それは分かっている
が、それでも叫ばずにはいられなかった。
 一方、ミナに銃を突きつけているルーヴェは冷静だった。顔色一つ変える事無く、この戦いを
見続けている。
「そろそろ決着か。サンダービーナスにあんな力が秘められていたのには驚いたが、ゼノン様の
敵ではない」
「そんな……どうしてこんな事に……」
 嘆くミナを無視して、ルーヴェはチェシャキャットとの通信を繋いだ。
「あちらの戦いは間もなく終わる。さあ、返事を聞かせてもらおうか、ギアボルト。このまま微温湯
の中で腐り果てるか、それとも偉大なる王の元で働き、強くなるか。どちらを選ぶ?」
「……………」
 しばしの沈黙。そして、ギアボルトはこう言った。
「オルガ先生から、こういう時に言うべきセリフを教わっています。……『おととい来やがれ、この
ブタ野郎』」
 簡潔な、だが確かな拒絶の言葉だった。
「あなたの仲間になるという事は、ガーネット・バーネットの元から逃げるという事。あの女からは
逃げたくない。ここで逃げたら、私は臆病風に吹かれて、二度と戦場に立てなくなる。それに何
より…」
 ギアボルトは一息ついてから、少し大きな声で、
「あなたのような裏切り者と一緒に居られるほど、私は心が広くありません。ルーヴェ・エクトン、カ
ラミティ・トリオの名を汚した男。あなたは私が殺します」
 と言い切った。
「……そうか。残念だよ。お前の事は嫌いじゃなかったんだが」
 ルーヴェは本心からそう言った。
 これが傭兵集団カラミティ・トリオの『最後』だった。



 ギアボルトとルーヴェが話し合っている間、ダンとステファニーは睨み合っていた。時間にして
わずか一分ほど、静かな時が流れる。
「ステファニー・ケリオン……」
 ダンのサンライトは剣を構えた。もう鞘は無い。《シャイニング・エッジ》の刃は、触れる物全てを
寸断する為に輝き始めた。
「ダン・ツルギ……」
 ステファニーのサンダービーナスは限界だった。三機の《ストロングス》は自壊寸前。エンド・オ
ブ・サイクロンが使えるのはあと一回だけだろう。
「退く気は無いんだな、ステファニー」
「無いわ。ここで退いたら、天国の二人に合わせる顔が無い」
「死人の事など気にするな」
「気にするのよ。私には過去があるから。二人と一緒に過ごした思い出がある限り、私はあの二
人を忘れない。忘れる事なんて出来ないし、許されない」
「そうか。これ以上は何を言っても無駄らしいな」
「ええ、来なさい!」
 その言葉を合図に、サンライトが宇宙を飛ぶ。サンダービーナスの頭部目掛けて、《シャイニン
グ・エッジ》を振り下ろす。
「そんな見え見えの攻撃!」
 サンダービーナスはあっさりかわした。しかしサンライトの攻撃は終わっていない。頭部の《イー
ゲルシュテルンβ》をサンダービーナスの右腕に一斉発射。サンダービーナスはビーム攻撃は
無効化できるが、実弾は無効化できない。《イーゲルシュテルンβ》の攻撃で右腕が吹き飛ん
だ。
「くっ、でも、この程度で!」
 サンダービーナスは左腕の《エレクトロファイヤー》を発射。五本のワイヤーがサンライトに襲い
掛かる。
 剣を振るうサンライト。五本のワイヤーの内、四本は高熱の刃で焼き切ったが、一本だけ残っ
てしまった。ワイヤーは刃を潜り抜け、サンライトの右腕に絡まった。このままエンド・オブ・サイク
ロンを放てばステファニーの勝ちだ。ステファニーはエンド・オブ・サイクロンを放つ為のスイッチ
に手を伸ばす。
「終わりね、ダン・ツルギ。期待外れだったわ。あなたは私の英雄にはなれなかった」
「構わないさ。俺は英雄なんかになるつもりは無い」
 そう言うとダンは、バイタルチャージ・システムを起動させた。電力集中箇所は右腕。右腕のパ
ワーが急上昇する。
「!」
 危険な空気を感じ取ったステファニーだが、ダンの方が早かった。パワーに物を言わせ、サン
ダービーナスを一気に引き寄せる。
「きゃあ!」
 パランスを崩したサンダービーナスは、そのままサンライトの方へ飛ぶ。
『側に引き寄せて《シャイニング・エッジ》で斬るつもり? でも…!』
 ステファニーは最後のスイッチを押そうとした。これで全てが終わる。そう思った。
 だが、ステファニーの指はスイッチを押さなかった。目の前で信じられない事が起こったのだ。
「!?」
 さすがのステファニーも一瞬、我を忘れた。サンライトは剣を捨てており、操縦席のハッチを開
いている。操縦席に座っているのは当然、
「ダン……君……」
 ノーマルスーツのヘルメット越しではあるが、彼の顔を見た瞬間、ステファニーの心は激しく動
揺した。その間にサンダービーナスはサンライトの腕の中に飛び込んでしまった。
 飛び込んできたサンダービーナスを、サンライトはそっと抱き締めた。乗っているステファニー
が抱き締められたとは気付かないほど、静かに、優しく抱き締めた。
 MS同士の抱擁。いや、その言い方は正確ではない。サンライトが一方的に抱き締めているだ
けだ。それでも、見ているとなぜか嬉しくなる光景だった。
 この体勢からでもエンド・オブ・サイクロンは放てる。今なら確実にサンライトを、ダン・ツルギを
抹殺できる。だが、もうステファニーにその気は無かった。
「何を考えているのよ、あなたは。敵の前に姿を見せるなんて、正気(マトモ)じゃ無いわ」
「ああ、そうだな。でも、これが一番いい方法だと思ったんだ。分からず屋のバカ女を言いくるめ
るには、俺もバカになるしかないだろ」
「何よ、それ。女に向かって言うセリフじゃないわ」
 ステファニーは苦笑した。そしてサンダービーナスのハッチを開ける。
 サンライトのハッチは開いたままだった。ダン・ツルギがこちらを見ている。彼の金と黒の瞳は力
強く、そして優しい光を放っている。
 その光に触れたからか、ステファニーは本心を語り始めた。
「アレンとライラが死んだ時、私も死ぬべきだった。でも死ねなかった。この命はあの二人が救っ
てくれたものだから、大切にしなければいけないと思った。でも……」
 命をどう使えばいいのか分からなかった。ナチュラルに復讐しようと思ったが、それは無駄な行
為。ナチュラルもダブルGに利用された被害者だったからだ。
 守りたかった人も、殺したかった敵も失い、生きる目的を見失った。生きるべきか死ぬべきか。
悩んで、迷って、苦しんだ結果、彼女は選んだ。
「この世界を救う英雄を育てよう。そして、その英雄に殺してもらおう。新しい未来を築く者の礎と
なろう。それがパナマで死ぬはずだった私の仕事だと思った。私の代わりに死んだ二人も喜ん
でくれると思った」
「バカな話だ」
「そうかしら? 私はいい話だと思ったんだけど」
「いや、バカな話だ。そんな事をしたらお前が死んでしまうじゃないか。そんなの俺は嫌だ。死ん
だ奴の思いを受け継ぐ事は大事だけど、それに縛られる奴はバカだ。大バカだ」
 ダンは怒っていた。自分の命を粗末にするこの女が許せなかった。だって、この女に死なれた
ら、
「お前が死ぬなんて、俺は嫌だ。だから生きろ」
 そう、嫌なのだ。この女が死ぬなんて、想像もしたくない。こんなバカなくらい優しい女は死んで
はいけない。幸せにならなければダメだ。
「死んだ奴の事なんか気にするな…と言っても無駄か。いや、それでも言ってやる。死んだ奴の
事なんか気にするな。俺がいる。俺がお前を幸せにしてやる」
「幸せになるなんて……私にはそんな資格は無いわ。だって私は…」
「幸せになるのに資格なんて必要ないだろ。それに、俺がお前を幸せにしたいと思っているだけ
だ。お前が気にする必要は無い」
「自分の過去もロクに覚えていないくせに、私を幸せにしようって言うの? 無理よ」
「記憶は思い出す。それがどんな記憶でも受け止める。そしてお前を幸せにする。簡単な話じゃ
ないか」
 ダンはそう断言した。
 まったく、何というバカな男だろう。ステファニーは呆れた。この男は英雄などではない。この男
はもっと……。
「アレンとライラが死んだのに私は生きている。それだけでも罪深いのに、この上、まだ罪を重ね
ろと言うの?」
「そうだ」
「そして、あなたの側にいろと?」
「ああ」
「無茶苦茶ね。まったく、何て勝手な人……」
 ステファニーはため息をついた。この男はバカだ。考えるより先に行動するタイプ。呆れて物も
言えない。
 だが、一番呆れてしまうのは、そんな彼の言葉を嬉しく感じてしまう自分自身。自分がこんなに
身勝手で、バカな女だとは思わなかった。
『バカな男とバカな女が出会った。その時から、こうなる事は決まっていたのかもしれないわね』
 ため息を付くステファニー。
 ダンはいきなり立ち上がり、ステファニーに向かって右手を差し出した。そして右手の掌を大き
く広げて、
「来い!」
 とだけ言った。
 それだけの言葉。でも、ステファニーにはそれで充分だった。
 この人は私を受け止めてくれる。この人は私を守ってくれる。この人は私を許してくれる。この
人は私を愛してくれる。記憶も、因縁も、憎悪も、恐怖も、全て乗り越えて、この人は私を愛してく
れる。
 ステファニーはサンダービーナスから飛び降りた。無重力の宇宙を漂い、ダンの手を握る。
 二人はそのまま抱き合った。ステファニーの目には涙が溢れている。
「ごめんなさい、アレン。ごめんなさい、ライラ。私、私……」
「謝るな。そいつらはお前を庇って死んだんだろう? そいつらはお前が生きて、幸せになる事
を望んだはずだ。そいつらの分まで俺がお前を幸せにしてやる。いいな?」
 ダンの言葉に、ステファニーは涙を流しながら頷いた。
「ねえ。一つ訊いてもいいかしら?」
「何だ?」
「あなた、いつから私の事を好きになったの?」
「…………多分、お前と同じ頃だ」
 その答えに、ステファニーはクスクスと微笑んだ。
「そっか。一目惚れ同士だったわけだ。私とあなたはちょっと似ていると思ったけど、そんなとこ
ろまで似なくてもいいのにね」
 この日、ステファニー・ケリオンの『大戦』は終わった。だが、彼女に休息の時は無い。新しい戦
いはもう始まっているのだ。



「こいつはいい映像(え)が撮れたぜ。熱いねえ、お二人さん。幸せになりなよ!」
 二人が抱き合う様子は、フルーレの撮影用ジンのカメラが捉えていた。カメラからの映像はハ
ルヒノ・ファクトリーや各MSに送られ、戦いの結末を伝える。
「やったな、ダン。それでこそエクシード・フォースの一員だ!」
「良かったですね、ダンさん。……僕とガーネットさんもこんな感じだったのかな?」
 ムウとニコルは大いに喜び、
「良かった、本当に良かった……」
「おめでとう、ダン。あーあ、私も素敵な恋人が欲しいなあ」
 バンダースナッチに乗るラユルとミリアリアも我が事のように喜ぶ。ミリアリアの発言は、ある人
物を深く傷付けるものだったが、彼がこの場に居ないのは幸いだった。
「…………まあ、別にいいですけどね」
 ギアボルトはクールに対応し、
「良かった。本当に良かった……。ダン、ステフアニーさん、おめでとう……」
 ミナは心の底から喜んだ。初恋の相手と憧れの女性、双方の幸せを願った。
 ただ一人、あまり嬉しそうでない男がいる。
「やれやれ。妙な結果になったものだ」
 ルーヴェ・エクトンはため息を付いた。予想していた結果とは違うものになったが、それでもダ
ンがステファニーに勝った事に変わりは無い。ルーヴェは渋々ながらも納得した。
「これ以上の長居は無用だな」
 ルーヴェはハルヒノ・ファクトリーのミラージュコロイド機能を作動させた。ムウ達がダンとステフ
ァニーの事を喜んでいる間に、ハルヒノ・ファクトリーの姿は一瞬で消えてしまった。
「何!」
 気が付いたムウ達がレーダーを探るが、時、既に遅し。レーダーには何も映らない。
「ゲームの賞品の手足(パーツ)はこちらで預かっておく。お前達が逃げない為の保険としてな。
近い内にゼノン様との決闘の日時を連絡する。覚悟しておけ、ダン・ツルギ。ゼノン様はお前が
思っている以上に強く、遠いお方だ」
 そう言い残し、ルーヴェはミナと共に去って行った。祝福ムードは一瞬で消え去り、一同の間
に冷たい風を吹かせた。



 ダンとステファニーの戦いの結末は、もちろんアトランティスにも伝えられていた。二人とも生き
残った事にノーフェイスは、
「やれやれ。幸運というか、無茶苦茶というか。まあ彼らしいといえばらしいですが」
 とため息をつき、レヴァストは、
『よっしゃあ!』
 と心の中でガッツポーズをした。
 そしてメレアは、
「ふっ、ふふふふふふふふふ……」
 笑っていた。
「良かったねえ、ダン・ツルギ。でも、今が幸福であればあるほど、真実を知った時、君は苦しむ
事になる。楽しみだよ。記憶を取り戻した後で君がどう動くのか。ふふふふふふ……」



 ルーヴェを乗せたハルヒノ・ファクトリーは、ミラージュコロイドを展開したまま、星の海を進んで
いる。その艦橋では、倒れていたミナにルーヴェが手を差し伸べていた。
「君にもう用は無い。脱出用の宇宙艇に乗って、この艦から逃げろ」
「……どういうつもりですか? 私を人質にした方が、これから色々と有利になると思いますけど」
「ゼノン様はそういう姑息な手段を嫌う。あのお方の前に人質(おまえ)を連れて行ったら、俺が
殺される。さあ、早く出て行け」
 ミナは少しの間、考えていた。そして、自分の足で立ち上がり、
「私も連れて行ってください」
「……何だと?」
「私をゼノン・マグナルドの元へ連れて行ってください。あの人と話をしたいんです」
 ミナはダンとステファニーの事が好きだった。あの二人には幸せになってほしい。だが、ゼノン
は強い。ダンでも勝てるかどうか分からない。
『無益な戦いは止める様にゼノンさんを説得してみます。私にはそれぐらいの事しか出来ないか
ら……』
 自分に出来るかもしれない事をやろう、と決意を固めるミナ。それは無謀か、勇気か、それと
も、報われなかった彼女の初恋に決着をつける為の過酷な儀式か。



 死闘を終えたダン達はプラント支部に救難信号を送り、迎えの艦に来てもらった。
 戦いを終えたダンとステファニーは、MSから降りると同時に気を失った。二人とも心身ともに
疲れ果てたのだろう。
 そしてダンとステファニーの死闘の翌日、コズミック・イラ72、9月16日、PM18:00。二人がま
だ眠っている間に、歴史は大きく動いた。
 大西洋連邦を始めとする地球各国はプラントに宣戦を布告。プラントに大部隊を送り込み、核
ミサイルによる攻撃を行った。
 対するザフト軍は遠隔核反応暴走装置ニュートロン・スタンピーダーを起動。中性子を暴走さ
せて核兵器をその場で爆発させるこの秘密兵器の働きによって、核ミサイルを全て破壊。間一
髪のところでプラントの防衛に成功した。
 ディプレクターは開戦と同時にラクス・クラインが中立を宣言。どちらの陣営にも加わらないこと
を宣言した。
 だが、大西洋連邦はこの宣言を真実とは考えなかった。ディプレクター北米支部をプラントの
スパイ基地だと訴え、同支部を強制的に制圧した。だが、支部長のキラ・ヤマト、副支部長のマ
ーチン・ダコスタらはMSネオストライクやストライクビークルと共に脱出。行方を眩ました。
 ザフトは地球軍の過激な動きに対し、積極的自衛権の行使を宣言。カーペンタリアやジブラル
タル基地を包囲する地球軍の部隊と交戦状態に入った。
 時代は、人々が望まぬ方向に動き出してしまった。

(2005・4/29掲載)

次回予告
 国を守る為に。
 もう二度と国を焼かない為に。
 そう考え、行動してきた結果がこれなのか。
 信じていた者が敵となり、銃を向けてくる。カガリの嘆きは誰の耳にも届かないのか?
 強大なるネフィロスの力が、シンとアスランを追い詰める。混迷する事態を前に、ラクスが
選んだ道は……。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「離国の刻」
 獅子の娘を乗せ、出港せよ、プリンシパリティ。

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