第20章
 地獄王

 アメノミハシラに迫り来る敵は、たった一機。だが、その一機は誰よりも何よりも強く、そして恐ろ
しい存在なのだ。
 敵MSの名はヘルサターン。パイロットの名はゼノン・マグナルド。どちらもダン達は初めて聞く
名だが、
「たった一機だからといって侮らないで。彼は恐ろしい男よ」
 と、ステファニー・ケリオンは忠告した。
「彼はダンも含めた私達六人の中で一番強い。いいえ、恐らくこの世界で一番強いパイロットよ。
キラ君やアスラン君、そして、ガーネット・バーネットよりもね」
 それはちょっとオーバーなんじゃ、と誰もが口にしかけたが、ステファニーの表情は真剣なもの
だった。
「私が言うより実際に戦えば分かるわ。あの男、ゼノン・マグナルドの強さと恐ろしさがね。参考ま
でに教えておくけど、一ヶ月前、彼が宇宙に行く前に私とレヴァスト、ノイズとクルフの四人がかり
で彼と模擬戦をやったの」
 ヘルサターン対サンダービーナスら四大ガンダムの戦い。結果はステファニーたちの惨敗。
四機のガンダムはヘルサターンにかすり傷一つ、付ける事が出来なかった。
「死なない程度に頑張りなさい。骨は拾ってあげるわ」
 ステファニーの励ましの言葉(?)を背に受け、ダン達は出撃した。
 ダンとオルガ達はディプレクターが新たに開発したノーマルスーツ(色は白が基本色で、赤、
青、黄色が各所に混在している)を着る。ダンは初めての宇宙戦だが、不思議と緊張はしていな
い。この三日間で模擬戦を何度も行なっているからだろうか?
『それとも、俺は昔、宇宙で戦った事があるのか?』
 その疑問の答えを知る為にも、ダンは戦わなければならない。
 出撃メンバーはダンのサンライト、キラのネオストライクと海戦用の【ミナモ】を除く五機のストライ
クビークル、ムウのシュトゥルム、オルガのジャバウォック、ルーヴェのバンダースナッチ、ギアボ
ルトのチェシャキャット。更に、
「人の心を遊戯で壊す卑劣漢、絶対に許せん! ロンド・ミナ・サハク、天(アマツ)、出る!」
 愛機ゴールドフレーム天(アマツ)ミナ(画像は旧アマツ)を駆り、ロンド・ミナ・サハクも戦場に
出る。天(アマツ)ミナは外見こそ二年前と同じだが、内部には最新のOSや稼動機器が組み込
まれており、機体性能は向上している。
 ステファニーのサンダービーナスはまだ修理が終わっていないので、そしてニコルのウィンダ
ムはさすがに敵との性能の差があり過ぎるので、パイロットと共にハルヒノ・ファクトリーで待機して
いる。二人はミナやミリアリア、ラユル、フルーレらと共にハルヒノ・ファクトリーの艦橋から戦いの
様子を見守る。
「キラやフラガさん、それにダン。カラミティ・トリオの皆さんやロンドさんまでいるんです。僕達は
勝てますよね?」
 ニコルはステファニーに訊く。ステファニーは答えなかった。しかし、その表情はとても暗いもの
で、彼女が最悪の事態を考えている事が分かった。



 一対七。いや、ストライクビークルも含めれば一対十二。数の上では圧倒的にダン達が有利だ
ったが、
「ふっ」
 ゼノンは余裕の笑みを浮かべていた。
 その余裕はMSの動向にも現れていた。数で勝る敵を前に、ヘルサターンはビームライフルを
持たず、腕を組んでいる。
「…………」
 敵の余裕を見たダンの心に不快感が生まれる。ダンは通信回線を世界共通の国際救難チャ
ンネルに合わせて、ゼノンに通信を送る。
「お前がゼノン・マグナルドか」
「そうだ。貴様は誰だ?」
「ダン・ツルギ。サンライトのパイロットだ」
「ほう。お前がダン・ツルギか。ノーフェイスからお前の事は聞いている。六人目のゲームプレイ
ヤー。無くした過去を取り戻す為に戦う男」
「…………」
「気の毒だが、お前の願いは叶わない。このゲームの勝者は私だ。お前は何も思い出せないま
ま死ぬ。私に殺される。それがお前の運命だ」
 ゼノンは断言した。その口調は実に冷静なもので、それが更にダンを不快にさせた。
「勝手な事を!」
「そうかな? お前は絶対に私に勝てない。だから死ぬ。極めて単純な理屈だと思うが」
「勝てないかどうか、お前が決めるな!」
 サンライトのビームショットライフルの銃口がヘルサターンに向けられる。それが合図だったよう
に、銃を持たないバンダースナッチと天(アマツ)ミナ以外のMS達も、一斉にライフルの銃口を
向ける。
「ゼノン・マグナルド。戦う前に訊きたい事がある」
 ダンが尋ねる。
「なぜ、リティリアを破壊した? なぜ、シニストさん達を苦しめた? あの人達がお前に何かした
のか?」
 ダンの問いに、ゼノンはフッと微笑み、こう答えた。
「リティリアを破壊したのはメレアに頼まれたからだ。奴の事は嫌いだが、このヘルサターンを貰
った借りを返しておかないと落ち着かないのでな」
 借りを返す。たったそれだけの理由で、何の罪も無い大勢の人を殺したというのか。ダン達の
心に驚きと怒りが沸き上がる。
「シニスト・ガーフィールド達に関しては、別に苦しめたつもりは無い。むしろ私は彼らに幸福を
与えてやったのだ」
「幸福、だと?」
「そうだ。人間にとって一番の幸福。それは、『この世界の王となる私の役に立つ』事だ」
「…………」
 そのとんでもない返答に、ダン達は絶句した。しかしゼノンは、構わず話を続ける。
「リティリアの連中は、戦争という現実から逃げたした臆病者だ。そんなクズ共に私は最後のチャ
ンスとして、私の可愛い『猟犬』達の獲物として働いてもらった。その結果、連中は臆病者のクズ
としてではなく、幸福な人間として死ねたのだ。力及ばず死んでいった者達も、あの世で私に感
謝しているだろう。人間としての死を与えてくれてありがとうございます、とな」
 ゼノンの口調は真剣なものだった。それでもダンは、念の為に尋ねる。
「貴様、本気で言っているのか? 本気でそんな風に考えているのか? 人の命を弄び、人の心
を壊しておきながら、貴様は…!」
 怒りに身を震わせるダンの質問に、ゼノンははっきり答えた。
「肝心なのは私の役に立つか立たないか、だ。私の役に立たない人間は生きる事も、正気でい
る事も許さない」
「!」
 その言葉が開戦の合図だった。ダン達は一斉にビームライフルの引き金を弾いた。怒りと共に
放たれた五つの光線が、ヘルサターンに襲い掛かる。
 だがヘルサターンは腕を組んだまま、その場から一歩も動かない。五つの光はヘルサターン
の体に命中、
「ふん」
 ……しなかった。
 五つのビームはヘルサターンに命中する直前で大きく曲がり、いずれも在らぬ方向へ向かっ
ていった。
「!?」
 驚くダン。しかしキラとオルガは驚きながらも、過去の記憶から似た光景を思い出していた。
「オルガ、あれは…」
「ああ、シャニのフォビドゥンに似てやがる。あのMSにも《ゲシュマイディッヒ・パンツァー》が仕込
まれているのか?」
 フォビドゥン。二年前の大戦で、オルガの仲間であるシャニ・アンドラスが操縦したMSである。
ビームエネルギーを屈折・偏向させる事が出来るエネルギー偏向装甲《ゲシュマイディッヒ・パン
ツァー》を装備しており、その機能でキラ達を大いに苦しめた。ヘルサターンにも同じシステムが
組み込まれているのだろうか?
「ビームが駄目ならミサイルだ。ギア、キラ!」
「了解しました、先生」
「分かった! 来い、ビークル2【ホムラ】!」
 オルガの指示を受け、ギアボルトのチェシャキャットと、【ホムラ】を右腕に合体させたキラのネ
オストライクが攻撃を行なう。ネオストライクは【ホムラ】のマイクロミサイルポッドから無数の小型ミ
サイルを放ち、チェシャキャットは右肩の四連装ミサイルポッド《ジャック・イン・ザ・ボックス》からミ
サイルを、左肩のアンチビームシールド《アルミューレ》からグレネード弾を放つ。
 エネルギー偏向装甲はビームは曲げる事が出来ても、実体弾には効果が無い。多数のミサイ
ルがヘルサターンを襲う。
 が、
「ふん」
 ゼノンの顔から余裕の笑みが消える事は無かった。逆にダンやキラ達の顔に驚愕の表情が浮
かび上がる。
「なっ……」
「そ、そんな…!?」
 放たれたミサイルは全て、ヘルサターンに着弾する前に止まってしまった。そして次々と爆発。
爆発が収まった後に現れたヘルサターンには、やはり傷一つ無い。
「やっぱり無理だったわね」
 アメノミハシラの側で控えているハルヒノ・ファクトリーから通信が入る。声はステファニーのもの
だ。
「あいつに遠距離からの攻撃は効かないわ。ヘルサターンの周囲には、ナノサイズのマシンユニ
ットが無数に漂っているの。このユニットはエネルギー偏向機能を持っていて、戦艦の主砲級の
ビームさえ曲げてしまう。そしてミサイルなどの実体弾に対しては、その身を挺して防ぎ、ヘルサ
ターンを守る」
 ステファニーの説明を訊いたダン達は絶句した。同時に、気を失う前にシニストが語っていた
事を思い出す。
「リティリアの連中が、あいつに傷一つ付けられなかった理由はこれか。無茶苦茶だな、まった
く!」
 ムウが吐き捨てるように言う。オルガも頷き、
「ああ、まったくだぜ。けど、おいステファニー、そういう事はもっと早く教えろ。無駄弾を使っちま
っただろうが」
「こういう事は自分の眼で見たほうが早いし、理解し易いと思ったのよ。どうせあいつは自分の力
を見せ付けるまでは攻撃してこないし」
 ステファニーはため息混じりに言った。一ヶ月前、クルフらと共にゼノンと戦った時もそうだっ
た。ゼノンはステファニー達の攻撃を全て防ぎ、絶望感を味合わせた後に叩きのめしたのだ。
「あいつが求めているのは『勝利』じゃない。勝つ事なんて、あいつにとってはごく自然な、当たり
前の事。あいつが、ゼノン・マグナルドという男が求めているのは『蹂躙』。圧倒的な力で相手に
敗北と絶望を与え、身も心も叩き潰す事よ」
 だからステファニーはゼノンが嫌いだった。恐れていた。あんな奴にだけは殺されたくない。あ
んな恐ろしい奴にだけは。
「お前達の攻撃はもう終わりなのか? では、今度は私の番だな」
 ゼノンの反撃が始まる。ヘルサターンは腕を組んだままだが、背負っていた巨大なリングが分
離し、急速に回り始めた。
「我が力の象徴たる《ヘル・ザ・リング》の攻撃、かわせるかな?」
 ゼノンのその言葉と共に、《ヘル・ザ・リング》が動き出した。リングを正面から見た際に上下左
右の四箇所に設置されている円錐形の装置から、巨大なビームサーベルが発生。攻撃態勢を
整えたリングは高速に回転し、サンライト達に襲い掛かってきた!
「!」
「みんな、回避!」
 ムウの指示が飛ぶ前に、全機、その場から動いていた。しかし《ヘル・ザ・リング》の動きは速
い。回転しながら、逃げた獲物たちを追いかける。
 ギアボルトのチェシャキャットと、ルーヴェのバンダースナッチはデブリの陰に隠れる。そのデ
ブリは二機のMSがすっぽり隠れるほど巨大な物だったが、《ヘル・ザ・リング》の刃はあっさりと
巨大デブリを両断した。
「なっ!」
「くっ!」
 危ういところでギアボルトとルーヴェはビームの刃を回避し逃走したが、二人が隠れていた巨
大デブリはズタズタに切り裂かれてしまった。その様子を見たオルガは、
「おい、冗談じゃねえぞ! あんなのに当たったらそれで終わっちまう!」
 と悲鳴に近い声を上げる。しかし、
「ふっ。悲鳴を上げるには少し早いぞ。《ヘル・ザ・リング》の力は、まだまだそんなものではない
のだからな」
 ゼノンの言うとおりだった。
 《ヘル・ザ・リング》の各所にある穴が光り始めた。そして、強烈な閃光が四方八方に放たれる。
「!」
「何だと!?」
 突然のビーム攻撃に驚く一同。閃光の数は、ざっと見ただけで三十以上。いずれもビームライ
フル級の威力を秘めている。当たれば致命傷となるだろう。
 だが、さすがは歴戦のパイロット達。どの機体もビームをかわしていた。
「ちっ、あの輪っか、サーベルだけじゃなく、ビームも撃てるのかよ。しかもあんなにたくさん!」
 オルガが叫ぶ。
「この攻撃、あのゼノンという男もムウさんやクルーゼと同じ力を…?」
 キラはそう考えたが、
「いや、それにしては攻撃が的確すぎるし、速すぎる。こいつは《ドラグーン》以上のシステムを使
っているようだ」
 《ドラグーン・システム》の数少ない適合者で、現在も使っているムウは冷静に分析する。
 彼の考えは間違っていない。《ヘル・ザ・リング》は《ドラグーン》のような量子通信によって操ら
れるのではなく、操縦者の思考そのものによって操作されている。操縦者がただ考えるだけで、
敵を追い、攻撃する。エネルギー偏向システム搭載ナノマシンと同様、サードユニオンの開発し
た超技術の一つである。
「おのれ……。調子に乗るな!」
 怒りを露にするロンド・ミナ。ゴールドフレーム天(アマツ)ミナの背部のウイングが大きく開かれ
る。
 このウイングこそ、天(アマツ)ミナ最強の装備、エネルギー吸収刃状装置《マガノイクタチ》で
ある。これはビフレスト決戦でディプレクターが使用した《ヨモツヒラサカ・システム》の元になった
武器で、自機を中心とした空間にコロイド粒子を展開。その中に入った敵の電気エネルギーを
機体外に放出させると同時に、自らのエネルギーとする事が出来る。
 二年前はまだこの装備は未完成で、エネルギーを吸収する為には敵に接触しなければならな
かった。だが、今は改良され、コロイド粒子を散布した範囲内ならば接触しなくてもエネルギーを
吸収出来るようになっており、吸収する時間も短縮されている。また、エネルギーを吸収する際
も敵味方無差別にするのではなく、きちんと区別が出来るようになっている。
 天(アマツ)ミナはコロイド粒子を散布。その動きを察したルーヴェは自機を追いかけていた
《ヘル・ザ・リング》を天(アマツ)ミナの側まで誘導する。《ヘル・ザ・リング》はコロイド粒子が漂う
世界に飛び込んできた。
「小ざかしい輪め、その動き、止めてくれる!」
 ロンド・ミナは標的を《ヘル・ザ・リング》に定めて、《マガノイクタチ》を作動させる。一瞬の電光
の後、《ヘル・ザ・リング》は即座にエネルギーを吸収され、止まってしまった。
「やった!」
 歓声を上げるキラ。他の面々も、厄介な敵が止まり、ほっと一息つく。
 一方、最強の武器を無力化されたゼノンは、
「ほう、やるな」
 平然としていた。
「その余裕もこれまでだ。次は貴様の番だ!」
 《ヘル・ザ・リング》を止めたロンド・ミナの視線は、ヘルサターンに向けられていた。腕を組んだ
まま動かないヘルサターンの側に近づき、必殺の《マガノイクタチ》を作動させる。
「ナノマシンが如何に優れていても、電気で動く事に変わりは無い。MSと共にその力を吸い尽く
す!」
 確かにロンド・ミナの言うとおりだった。眼には見えないがヘルサターンを守っていたナノマシ
ンはエネルギーを奪われ、無力化された。ヘルサターンもエネルギーを吸収され、動く事も出来
ない。
「民を苦しめ、その命を奪う者よ。貴様に王を名乗る資格は無い。覚悟!」
 天(アマツ)ミナの右腕に装備された《トリケロス改》からビームサーベルが生み出された。ロン
ド・ミナの怒りを受けたビームの刃が、ヘルサターンの頭上に振り下ろされる。
 が、その刃はヘルサターンの体には届かなかった。
「なっ……!」
 驚くロンド・ミナ。彼女の目の前では信じられない事が起きていた。エネルギーを吸収され、動
けないはずのヘルサターンが動き、盾でビームサーベルの刃を受け止めたのだ。
「なかなか面白い武器を使う。だが、相手が悪かったな」
 微笑を浮かべるゼノン。呆然とする天(アマツ)ミナに向かって、新たな武器を放つ。盾の裏側
に隠されていた四つの小型リング《キリング・リング》。《ヘル・ザ・リング》と同様、パイロットの思念
によって動くこの武器は、1m程の大きさしかないが、輪の外周に鋭いビームの刃を発生させて、
敵を切り刻む。
「うわあああああっ!」
 一瞬の隙を見せた天(アマツ)ミナは、その刃の餌食となった。両手両足を切断され、背中の
《マガノイクタチ》まで切り落とされた。
「ロンドさん!」
「やらせるかあっ!」
「ゼノン、貴様!」
 キラが、ムウが、ダンが救援に向かう。三機のMSがビームライフルを撃つが、いずれのビーム
も着弾寸前で曲がってしまった。
「くっ、もうナノマシンが復活したのか!」
「それなら、【ザンバ】!」
 キラはネオストライクの右腕から【ホムラ】を外して、【ザンバ】を装備した。その一方で宇宙用に
ロケットエンジンを装備した【クチナワ】のアンカーで天(アマツ)ミナを捉え、ヘルサターンの側
から引き離す。そしてそのまま、アメノミハシラまで牽引する。
「ニコル、ミナさん、ロンドさんを頼みます。ダン、ムウさん、こいつにはビームもミサイルも効かな
い。だったら…」
「接近戦だな。望むところだ」
「OK、やってやろうじゃないの!」
 サンライトは光刃《シャイニング・エッジ》を、シュトゥルムはビームサーベルを抜く。そしてオル
ガ達も動く。
「ルーヴェ、お前の出番だ。あのクソ野郎を切り刻んでやれ!」
「ちょっと難しいですね……。でも、やってみます」
「ルーヴェさん、私も手伝います」
 15m級重連対艦刀《ツイン・アサルトリッパー》を手にしたバンダースナッチの後に、ビームサ
ーベルを抜いたチェシャキャットと、ドラゴン型の強襲形態に変形したジャバウォックが続く。
「ふっ」
 ゼノンは未だに余裕の笑みを浮かべていた。なかなか面白い戦いだ。思った以上に楽しめそ
うだ。
「だが、お前達に勝利は無い。勝利とは常に王のもの、私のものなのだ!」



 天(アマツ)ミナはアメノミハシラに無事収容された。だが、ロンド・ミナは頭部に傷を負っている
という。彼女の身を案じたミナは、ニコルが操縦するウィンダムに乗せてもらい、アメノミハシラに
向かった。
 ミナたちが出て行った後、ハルヒノ・ファクトリーの艦橋では、ある疑問について話し合われて
いた。
「どうしてエネルギーを吸収されたはずのヘルサターンは動けたんでしょう?」
 ラユルが首を傾げる。フルーレとミリアリアも同じ疑問を抱いていた。
 この疑問にはステファニーが答えてくれた。だが、その顔は真っ青に染まっており、体もわずか
に震えている。
「《ストロングス》だわ。私やクルフ達と戦った時には搭載されていなかったのに、いつの間に…
…」
 無限発電装置《ストロングス》。地球上では空気中の荷電粒子を、宇宙では宇宙空間を形成
する暗黒物質ダークマターを動力源として取り込み、無尽蔵の電気を生み出す、究極の発電装
置。ステファニーのサンダービーナスにも搭載されているが、装置に使用されている金属が熱に
弱い為、長時間の使用は出来ないという欠点を持っている。
 だが、
「ヘルサターンに積み込まれているのは、サンダービーナスに使われている物の改良型だわ。
サンダービーナスの物より小型で、高出力で、長時間の使用にも耐えうる…。ヘルサターンの唯
一の欠点は、武器のエネルギー使用量が多すぎて、長時間の戦闘には不向きだった事。でも、
これでもうあいつには弱点が無くなってしまった……」
 ステファニーの言葉は、ミリアリア達を絶望の淵に叩き落した。
 モニターにはサンライト達とヘルサターンの戦いの様子が映し出されていた。一対六の戦い。
数の上ではこちらが有利だが、ヘルサターンには未だに傷一つ付ける事が出来ない。ビームや
ミサイルなどの射撃による攻撃はナノマシンによって防がれ、ビームサーベルによる斬撃も全て
かわされていた。
「やれやれ。従軍記者のたしなみとして遺言状は書いてあるんだが、本当に使う事になりそうだ
な」
 フルーレはブラックジョークのつもりで言ったのだが、誰も笑わなかった。
 ステファニーは震えながら唇を噛み締めた。悔しかった。こんなところで死ぬのか。あんな奴に
殺されるのか。
『私は一体、何の為に生きてきたの? 私は、私は……』



「なかなか楽しい戦いだ。では、もう少し盛り上げるとしよう」
 そう言ってゼノンは、母艦テンクウに通信を送る。
 指示を受けたテンクウは格納庫のハッチを開き、巨大な影を発進させた。その影を捉えたハ
ルヒノ・ファクトリーのラユルから、ダン達に通信が送られる。
「敵母艦からMSの発進を確認。数は五、機種は……ズィニアです!」
 その通信どおり、五機のズィニアがダン達の前に現れた。
「今更ズィニアだと? ナメてんのか、テメエは!」
 怒るオルガは、ドラゴン型に変形したジャバウォックの口からビームを発射させる。しかし、ズィ
ニア達はあっさりとこれをかわして、ダン達に向かって来た。
「ちっ!」
 ダンのサンライトはビームショットライフルで迎撃するが、こちらもあっさりとかわされた。そして
敵の反撃。五機のズィニアは横一列の隊列を形成し、一斉にビームライフルを発射。ダン達の
陣形を崩し、戦力を分断する。
「くっ、この動き、AMSの動きじゃない…!?」
 驚くダン。無人機であるAMSは自らを犠牲にしてでも敵を殲滅しようとする、恐るべき殺人兵
器だ。だが、相手の殲滅を第一としているその攻撃パターンは意外と単純で、冷静に対応すれ
ば簡単に墜とせるのだ(もちろん、生死をかけた戦場で冷静に行動できる程の技量と精神力が
必要ではあるが)。
 しかし、今、ダン達が戦っている五機のズィニアは違う。攻撃、防御、回避を巧みに使い分け
たり、こちらの陣形を崩したりするなど、有人機のような攻撃パターンをしてくる。だが、人が乗っ
ているにしては動きが良すぎる。
 思わぬ強敵に苦戦するダン達の元に、ゼノンからの通信が入る。
「いかがかな? 私が育て上げた『猟犬』達の力は。AMSの運用プログラムとしては最高のもの
だと思っているのだがね」
 猟犬。その言葉には聞き覚えがある。
「『猟犬』だと? じゃあ、こいつらがシニストさん達を…」
「正解だ、ダン・ツルギ。リティリアの連中は本当に役に立ってくれたよ」
 リティリアの人達を『獲物』と見立て、AMS達を『猟犬』として放つ。その追撃戦によって得られ
たデータを基に、高度なプログラムを組み上げる。まるで狩人が一流の猟犬を育て上げるかの
ように。
「王である私にも、思い通りにならないものがある。その一つが『時間』だ。地球に戻るまでの一ヶ
月、無駄に過ごす訳にはいかない。ストレス解消の為の遊戯と、メレアに頼まれていた仕事を同
時に行なう。ふっ、我ながら上手い時間の使い方をしたものだ」
「…………」
 ダンの体は震えていた。恐れによる震えではない。怒りだ。彼の心は激しい怒りに満ちてい
た。
「何の罪も無い人達の命を奪うだけでなく、殺人マシンを作る為の餌にしたというのか……。貴様
は! 絶対に許さん!」
 《シャイニング・エッジ》を手にしたサンライトが、ヘルサターンに向かって飛ぶ。ズィニア達が後
を追おうとするが、
「へっ、そうはさせるかよ!」
「お前達の相手はこっちだ!」
「これ以上、人形如きに手こずるようでは、カラミティ・トリオの名が廃ります」
 ダンと同じように怒りに燃えるカラミティ・トリオの面々が、ズィニア達の足を止める。
「キラ、俺はオルガ達を援護する。お前はダンを!」
「分かりました。ムウさんも気を付けて!」
 ネオストライクはサンライトの後を追って飛び、シュトゥルムはオルガ達に加勢する。
 そしてサンライトは、ついにヘルサターンの眼前にたどり着いた。
「ゼノン・マグナルド! お前は俺が知っている限り、最低最悪の人間だ! 許さん!」
「ふん。身の程知らずが」
 《シャイニング・エッジ》を振りかざすサンライト。対するヘルサターンは腕を組んだまま動かな
い。ナノマシンの『盾』に絶対の自信を持っているのだ。
「うおおおおおっ!」
 ヘルサターンを脳天から真っ二つにしようと切りかかるサンライト。しかし、《シャイニング・エッ
ジ》の前に無数のナノマシン達が立ちはだかる。それは人の目には見えない盾。ミサイルが止め
られたように、実体刃である《シャイニング・エッジ》も止められるかと思われた。
 だが、
「!」
 ゼノンの顔に、初めて驚愕の表情が浮かんだ。
 光熱を宿した《シャイニング・エッジ》は無数のナノマシンを焼き尽くし、その防御網を突破。そ
して星さえも斬ると言われたカイン・メドッソの最高傑作が、ヘルサターンに襲い掛かる!
「ちっ!」
 ヘルサターンが動いた。刃が命中する直前、後方に大きく下がった。
「ダン!」
 キラのネオストライクが駆けつけてきた。【ツムジ】、【ホムラ】、【キリサメ】達も一緒だ。
「キラ、今のを見たか?」
「ああ。どうやらあのMSの防御システムは《シャイニング・エッジ》には通じないみたいだね」
 実体剣とエネルギー剣の双方の利点を併せ持つ、究極の刀剣武器《シャイニング・エッジ》。こ
の剣こそ、無敵の魔神を倒せる唯一の武器だったのだ。
「俺が《シャイニング・エッジ》でナノマシンを焼き尽くす。その隙にキラ、お前は奴の本体を」
「うん、分かった!」
 ネオストライクの右腕に装着されている【ザンバ】から巨大なビームサーベルが生み出された。
サンライトがヘルサターンのナノマシン防御網を崩した隙に切りかかるつもりだ。
 勝機が見えた事で、キラとダンの心にわずかな希望が生まれた。だが、
「ふっ、ふはははは、ふははははははははははは……!」
 追い詰められたはずのゼノンが笑っている。虚勢や挑発などではない。心の底から、本気で笑
っている。
「貴様、何がおかしい!」
「はははははは……。失礼。久々に面白い行動をさせてもらったのでな。まさかこの私が退くと
は。いや、さすがはダン・ツルギと言うべきか。痩せても枯れても私のプロトタイプだけの事はあ
る」
「!」
「プロト…タイプ? ダンが、お前の?」
 驚くキラとダンの元に、ヘルサターンからの映像通信が入る。モニターには、ヘルサターンの
操縦席の様子が映し出された。席に座る一人の男。ノーマルスーツも着ていないその男の両眼
の瞳は金色。ダンの左眼とまったく同じ色だ。
「そうだ。私もダン・ツルギと同じアンチSEEDだ。だが、能力は私のほうが上だがな。ダン・ツル
ギは私という完成品を生む為に造られた試作品。最強にして唯一のアンチSEEDを生み出す
為の踏み台に過ぎん」
「お前は……一体何者だ? なぜアンチSEEDの事を…」
 その瞬間、ダンの脳裏にノーフェイスの言葉が蘇った。

「忘れているのでしょうが、アンチSEEDは貴方が望み、手にした力です。とある科学者が
作り出し、貴方の体に植え付けられた力です」
「その男は、貴方の過去とも深い関わりを持つ人物です」
「その男は宇宙にいます。ハルヒノ・ファクトリーで宇宙に上がった後、そのディスクを艦の
ナビゲートシステムにセットしなさい。貴方が行くべき場所に自動的に連れて行ってくれま
す」
「あまり口にしたくない名前なんですが、仕方ありませんね。彼の名はデューク。デューク・
アルストルです」
「ええ。大総裁メレア・アルストル様の一族の者です。私が知る限りでは、世界で最も優れ
た頭脳の持ち主であり…」
「そして、最も愚劣で邪悪な精神の持ち主です。私は彼を軽蔑しています」

 この男とここで出会ったのは、偶然ではない。
 この男は、アンチSEEDについて知っている。
 この男は、優れた頭脳の持ち主だ。しかし、同時に愚劣で邪悪な精神の持ち主でもある。
 では、まさか、この男が…!?
「自惚れた試作品よ。お前にアンチSEEDの力の使い方を教えてやる」
「何!?」
 動揺するダンの前で、モニターに映るゼノンの両眼が光を増した。その瞬間、
「ぐあああああああああああっ!!」
 ネオストライクから、キラの悲鳴が伝えられた。
「キラ!?」
「ぐっ…あっ……ううああ………あ、頭が……くぐあああああっ!!」
「キラ、おい、どうしたんだ? キラ!」
 ダンが呼びかけても、キラは悲鳴を上げるだけだった。苦痛に満ちたその悲鳴は、聞いている
者の心まで痛くする。
 ただ一人を除いて。
「ふははははははははは! いい、実にいい! 久しぶりに使ったが、相変わらず素晴らしい感
覚だ! これは『快感』と言ってもいいな。ははははは!」
「ゼノン、貴様の仕業か! 貴様、キラに何を!」
「言っただろう。アンチSEEDの力の使い方を教えてやる、と。これがアンチSEEDの力だ。SE
EDを持つ者の力を強制的に解放させ、その精神波長を受けて、こちらの能力を飛躍的に高め
る。分かりやすく言えば、SEEDの力をエネルギーとしているのだよ」
「!」
 ダンはビフレストでのキラとの戦いを思い出した。激しい戦いの中でキラも自分も興奮状態にな
り、自分の体の中から殺意と共に力が沸きあがってくる、あの感覚。あれがアンチSEEDの力だ
ったのか?
「アンチSEEDは、SEEDを持つ者を葬る為に作られた力だ。SEEDの力を取り込み、それを
超え、確実に殺す為の力。メレア・アルストルはSEEDを持つ者を恐れているようだが、私にとっ
ては自分の力を高めてくれる最高の糧だ。感謝しているよ、キラ・ヤマト。強制的に力を解放され
た事で、君の精神には多大な負担がかかっているようだが、それも直に収まる。発狂か、精神崩
壊で植物状態となるか、そのゴールは分からないがね」
 そう言ってゼノンは、ククッと笑った。
 不愉快な笑いだった。一体こいつは何なのだ。こいつは人の命や心を何だと思っているのだ。
「ゼノン・マグナルド! 貴様は絶対に許さん!」
「生意気な試作品。お前は一瞬では殺さない。己の無力と、私との力の差を思い知らせてやる」
 ヘルサターンの左腕に装備された盾から、ビームサーベルの刃が二つ、生み出される。そして
《シャイニング・エッジ》を持ったサンライトを迎え撃つ。
 激突する両機。その刃で敵を切り裂いたのは……。



 アメノミハシラにやって来たミナとニコルは、職員に案内され、ロンド・ミナのいる病室に向かお
うとした。だが、
「ロンドさん!?」
 当の本人の方からやって来た。頭に包帯を巻き、顔色も悪い。部下達が病室に戻るように頼ん
でいるが、ロンドは訊かない。
「ミナ・ハルヒノか……。ちょうどいい、私を手伝え」
「て、手伝えって何を? いえ、それよりロンド様、ケガを…」
「この程度のケガなど、ケガの内に入らん。私について来い。尊(ミコト)を起動させる」
「! 尊(ミコト)を…!?」
「外の状況は聞いている。尊(ミコト)なら逆転の切っ掛けを作る事が出来るかもしれん」
 そう言ってロンド・ミナは、ミナの後ろにいるニコルに眼を向けた。
「ニコル・アマルフィ。元ブリッツのパイロットか」
「え、あ、はい。あの、尊(ミコト)って何なんですか? 逆転の切っ掛けを作れるって…」
「説明は後だ。お前も来い。尊(ミコト)はお前に操縦してもらう」
「えっ?」
 突然の話に驚くニコルを見て、ロンド・ミナは微笑する。
「お前のブリッツからは右腕を貰っているからな。その借りを返す。来い!」
 ロンド・ミナは急ぎ足で歩く。とてもケガ人とは思えない、しっかりした足取りだった。ミナとニコ
ルは互いの顔を見合わせた後、ロンドの後を追った。今は彼女を信じるしかない。そして、その
切り札を。



 五機のズィニアとムウ&カラミティ・トリオの戦いは、一進一退の攻防が続いていた。
 ムウのシュトゥルムが無線式ガンバレルで一機のズィニアを撃墜し、残り四機となったのだが、
その際にガンバレルの動きを見切られたらしく、その後はまったく当たらなくなってしまった。カラ
ミティ・トリオの攻撃パターンも読まれており、こちらも攻撃が当たらない。
 だが、ムウ達も歴戦のパイロットだ。ズィニアの攻撃パターンを読み取り、見事にかわし続ける。
 敵も味方も攻撃を当てる事が出来ない。一見、互角の戦い。だが、
「ちいっ! このままじゃマズいな……」
 ムウの言うとおりだ。こちらは体力に限界のある『人間』だが、相手はエネルギーが尽きぬ限り
戦い続ける無人機。その動きには無駄が無く、エネルギー切れも期待出来ない。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 体の小さいギアボルトは、既に肩で息をしている。オルガとルーヴェも限界に近いし、ムウも腕
が痺れてきた。
「やれやれ。年は取りたくないねえ」
 軽口を叩くが、状況は極めて悪い。ムウの額に冷汗が流れる。
 その時、
「皆さん、大丈夫ですか?」
 聞き慣れた声と共に、アマノミハシラの方角から一機のMSが飛んできた。黒と金色に塗られ、
背部には巨大な装置を背負っている。
「その声はニコルか? お前、そのMSは…」
「ロンドさんから頂きました。名前はゴールドフレーム尊(ミコト)。僕達の逆転の為の切り札です」
 そう言ってニコルは、操縦悍のすぐ側にあるスイッチを押した。同時に尊(ミコト)の背部にある
大型装置が動き出した。獣が口を開くように大きく開き、中から六本の巨大なアンテナが出て来
た。
「コロイド粒子、散布完了。ぶっつけ本番だけど……信じていますよ、ミナさん、ロンドさん!」
 六本のアンテナが激しく光り輝く。これが尊(ミコト)の秘密兵器≪アマノハゴロモ≫の発動の合
図だった。



「やはりその程度か、ダン・ツルギ。もう少し楽しませてくれると思ったのだがな」
「ぐっ……!」
 ヘルサターンとサンライトの戦いは、ヘルサターンが圧倒的に優勢だった。パワー、スピード共
にヘルサターンの方が上。加えて今のゼノンはアンチSEEDの力を完全に解放しており、その
技量はダンを遥かに超えていた。
「早く私を倒さないと、キラ・ヤマトの精神が壊れるぞ。まあ数日前まで敵同士だった男の事など
気にする必要は無いか。奴の心が壊れても、命が尽きても、お前には関係の無い事だ」
「黙れ! 俺はお前とは違う! 命を弄ぶお前とは!」
 サンライトの《シャイニング・エッジ》が真横に振るわれるが、ヘルサターンにはかすりもしない。
完全に見切られている。遊ばれている。
「ふん。そろそろ遊びも飽きた。殺すか」
 そう言った瞬間、ゼノンの殺気が膨れ上がった。ダンの背筋に寒気が走る。
「ダ、ダン、逃げ…ろ……ぐあっ!」
 耐え難い苦痛に襲われながら、それでもキラは自分を保ち続けた。自分の方が危ない状態な
のに、ダンの身を案じている。
「お友達もああ言ってるぞ。逃げないのか? もっとも、逃がしはしないがな」
 ヘルサターンの胸部が開く。開かれた箇所から、巨大なビーム発射口が現れた。胸部大出力
複列位相エネルギー砲《クロノスサイズ》。ヘルサターンが装備している武器の中で、最強の破
壊力を持つビーム砲だ。
「では、さらばだ。試作品とSEEDを持つ者よ。なあに、心配するな。お前達の仲間も後で殺して
やる。地獄に落ちても寂しくは無いだろう」
 発射口が輝く。ダンは動けなかった。ゼノンの圧倒的な殺気によって動きが止まってしまった。
蛇に睨まれたカエルの様だ、と自分でも思ったが、それでも動けなかった。
『俺は、こんなにも弱い男だったのか?』
 唇を噛み締めるダン。死ぬ。殺される。記憶も取り戻せないまま、そして、あの女を守る事も出
来ないまま、俺は死ぬ。
『? あの女とは、誰だ?』
 脳裏に一瞬だけ浮かんだその顔を、懸命に思い出そうとする。しかし、
「死ね」
 冷酷なゼノンの死刑宣告が下された。
 強烈な閃光が宇宙を走る。《クロノスサイズ》。時の神の鎌と名付けられたこの砲が放つビーム
はMS数機をまとめて破壊する程の威力がある。
 しかし、それは敵に当たればの話。
「何!?」
 ゼノン、本日二度目の『驚愕』。
 突然現れた白いMSがサンライトを掴み、助け上げた。《クロノスサイズ》のビームは何一つ破
壊する事無く、宇宙の彼方に消えていった。
 危機一髪のサンライトを助けたのは、
「馬鹿な! なぜ私の『猟犬』が奴を助ける?」
 そう、ズィニアだった。先程までオルガ達と戦っていた四機のズィニアが、なぜかダンを助けた
のだ。
「彼らはもう、あなたの『猟犬』じゃありません。僕達の味方です」
 その通信は、ズィニアに遅れてやって来たMSから送られてきた。ゴールドフレーム尊(ミコ
ト)。送信者はニコルだ。
「この尊(ミコト)には、AMSのコンピューターをハッキングして、操る機能があります。もうAMS
は僕達の敵にはなりませんよ」
 殺戮と破壊の為だけに生み出されたAMSを解放する為、とあるジャンク屋が持って来たプロ
グラム。ロンド・ミナ・サハクの元に届けられ、先程それを見たミナを驚かせたそのプログラムは、
尊(ミコト)の≪アマノハゴロモ≫に搭載されている。その効力によって四機のズィニアは尊(ミコ
ト)の、ニコルの新たな仲間になったのだ。
「………ふむ。これは驚いた。なかなかやるな」
 怒るかと思われたゼノンは、意外と冷静だった。この状況下でも、彼は自分の勝利をまったく
疑っていなかった。
 ムウのシュトゥルムやカラミティ・トリオのMS達も駆けつけ、ヘルサターンを取り囲む。ヘルサタ
ーンは《ヘル・ザ・リング》を再び背中に装着し、一同をゆっくり見回す。
 ダンもニコルも、他の面々も、表情が凍り付いていた。ズィニア達を味方にした事で数の上で
は圧倒的に有利になった。だが、それでも、まったく勝てる気がしない。ナノマシンの防御網は
健在だし、ヘルサターンはまったくダメージを受けていない。
 だが、こちらはニコル以外のパイロットは、体力が限界に近い。特にキラは精神的に危険だ。
MSもエネルギーの消耗が激しく、もう強力な火器は使用出来ない。
「まあいい。獲物が増えただけだ」
 ゼノンの殺気が、再び膨れ上がる。先程以上の殺気だ。
「!」
 ダン達の背筋に寒気が走り、体が凍りつく。全員が自分達の敗北と死を直感した。 
「死ね」
 ヘルサターンは腰に装備していた《ディカスティス・ビームライフル》に手を伸ばす。そして、照
準を定める。
「そこまでです、ゼノン様」
「!?」
 新たな人物の声が戦場に響き渡った。直後、ヘルサターンの側の空間がわずかに歪んだ様
に見えた。ミラージュコロイドを解除して、ダン達が見た事の無いMSが姿を現した。機体色は
赤。カメラはモノアイで、頭部に大きな角を付けている。全体的にザフト系のMSに似ているが、
どこか微妙に違う。
「フォルツァか。完成していたのか。何の用だ?」
 楽しみを邪魔されたゼノンは、不快感を込めて訊く。相手は平然と答える。
「大総裁メレア・アルストル様からのご命令です。君はまだ、ゲームへの復帰を認められていな
い。早々に地球に戻り、僕の下に来い、と」
「ふん。細かい事を。分かった、奴の所に案内しろ」
「はっ」
 ヘルサターンはライフルを再び腰に戻した。そして、フォルツァと呼ばれたMSの後に続く。
「運が良かったな、ダン・ツルギ。今日のところは見逃してやる」
「…………」
 逃げるのか、と言いたかったが、ダンの口は動かなかった。
「次に会う時まで、もう少し強くなっておけ。仮にも私の試作品が弱いままというのは腹が立つか
らな。ああ、死にたがりのステファニー・ケリオンにもよろしく言っておいてくれ。そんなに死にたい
のなら、いずれ私が殺してやる、とな」
 そう言い残し、ヘルサターンとフォルツァは母艦テンクウに戻っていった。その姿が消えるまで
ダン達は一歩も動けなかった。
 敵の姿が消えた後、オルガが呟く。
「ギア、ルーヴェ、あの新型に乗っていた奴の声を聞いたか?」
 二人は答えなかったが、沈黙が肯定の証だった。
「ったく、どうなってやがる。何であの野郎の声を、こんな所で聞かなきゃならないんだ」
「…………」
「…………」
「どうしてお前があんなゲス野郎と一緒にいる! 答えろ、エドワード・ハレルソン!」
 オルガの叫びに答える者はいなかった。かつての戦友との思いがけない再会は、最悪のもの
だった。



 テンクウの艦橋。艦長席に座るゼノンの後ろに、エドワード・ハレルソンが立っていた。かつて
『切り裂きエド』と呼ばれ、南米の独立の為に戦った英雄。だが、
「この一ヶ月、貴方が残した指示どおりに動きました。計画は順調に進んでいます」
 今のエドはゼノンの部下だった。長旅から帰還した主に敬礼をする。
「そうか、よくやった。何か褒美を与えようか?」
「いえ。ゼノン様にお褒めいただける事が、我々三従士にとって最大の褒美であり、幸福です」
「相変わらず欲の無い奴だな、お前は。計画は順調、と言ったが、幹部どもの切り崩しは進んで
いるのか?」
「はい。組織の半分以上の幹部陣は、こちらに賛同してくれました。関連企業の掌握も進んでい
ます。ですが、大総裁を追い詰めるには、まだ…」
「分かっている。奴を引き摺り下ろすには、もう少し準備が必要だ。事は慎重に薦めろ、と他の奴
らにも伝えておけ」
「はっ」
「あと、ノーフェイスには気を付けろ。大総裁の犬だが優秀だ。油断するな」
「はっ」
 平伏するエド。それを見たゼノンは、自信満々に微笑む。
「私はゼノン・マグナルド。この世界の王となるべき人間だ。間もなく私はメレア・アルストルの組
織を手に入れる。そして、世界を手に入れる。その為にまずはこの世界を揺らす。徹底的にな」
 それはゼノン・マグナルドから、この世界に対する宣戦布告だった。
 悪魔の如き男と、その忠実な部下を乗せ、テンクウは大気圏に突入した。



 ゼノンとの戦いから数時間後。MSの修理と整備を終えたダン達は、アメノミハシラを後にした。
 別れ際にロンド・ミナ・サハクは、
「世話になったな。私はいずれオーブに帰る。そしてカガリに協力して、あの国をナチュラルとコ
ーディネイターが共存し、幸せに暮らせる国にする。戦いが終わったらオーブに来てくれ。お前
達を心から歓迎する」
 と言った。その言葉を聞いたミナ・ハルヒノは、微笑と共にロンドと握手を交わした。
 アメノミハシラを離れ、ハルヒノ・ファクトリーはミネルバとの合流予定宙域に向かう。しかし、ミナ
以外の面々の表情は暗い。
 キラは戦闘後に気を失い、治療を受けた。眠り続けた事で体力は回復したが、それでもまだ頭
痛がするという。
 オルガ達三人は、ダンやミナとも距離を置いている。かつての戦友であり、命の恩人でもある
男が敵になった事に動揺しているらしい。無理も無いが。
 ムウとニコル、ミリアリア、ラユル、フルーレも暗い顔をしていた。ゼノンの力は圧倒的だった。
いずれまた戦う事になるだろう。尊(ミコト)が加わったとはいえ、果たしてあの男に勝てるのか?
 不安は隠せない。
 そして、一番暗い顔をしているのが、厨房で料理をしているステファニーだ。料理をしている、
といっても、手は全然動いていない。沈んだ表情で、何度もため息を付いている。
「そんな顔で料理をするな。メシが不味くなる」
 ダンが厨房に入ってきた。
「……厨房には、料理人以外の人は入っちゃダメよ」
「ちゃんと手は洗っている。それに、それを言うなら今のお前も『料理人』とは言えないだろう」
 その答えにステファニーは苦笑した。
「そうね。私に何か用?」
「ゼノン・マグナルドについて訊きたい。奴は一体何者だ?」
 ダンはステファニーの眼を睨みながら、質問してきた。真剣な眼だ。ステファニーは少し考え
て、
「私もゼノンの事はほとんど知らないわ。彼も自分の事は何も話さなかったし。でも…」
「でも?」
「彼は私達四人とは別格の扱いだったわ。大総裁もノーフェイスも、彼には一目置いていた。彼
が強いから、じゃなくて、何をするか分からないから、かしら?」
「サードユニオンの大総裁でさえ扱いかねる男、という訳か。その扱いかねる理由が、単に奴が
危険な男だからなのか、それとも、ゼノンが大総裁の息子だからなのか……」
「! ゼノンがデューク・アルストルだって言うの?」
「あり得ない事か?」
「……分からないわ。デュークという人を直接知っている訳じゃないから。でも、そうだとしたら、ど
うして彼は名前を偽っているのかしら?」
「さあな。だが、今回の奴と俺の出会いはノーフェイス達によって用意されていたものだ。ノーフ
ェイスは奴を俺に会わせたかった。奴はアンチSEEDの力について詳しく知っていたし、俺の事
を『試作品』と言った。奴がデューク・アルストルなのかどうかは分からないが、無関係じゃない。
奴を追えば、デューク・アルストルの手がかりが掴めるはずだ」
「そうね。でも、そう簡単に追える相手じゃないわよ」
 ステファニーの言うとおりだ。
「ゼノンは強い。ゲームという単純な枠では収まらない程に強い。そんな相手に貴方は勝てる
の?」
 この艦に乗っている全員がゼノンの強さを思い知らされた。その強さに恐怖した。ステファニー
の心は未だにゼノンの強さに対する恐怖で震えているし、ダンも例外ではない。
 だが、ダンは言った。
「勝つ」
 と。
「確かに奴は強い。だが、それでも俺は奴に負ける訳にはいかない。絶対に勝たなきゃならな
い。失った過去を取り戻す為にも、そして…」
 そう言ってダンは、ステファニーの眼を見つめて、
「お前の恐怖を取り除く為にも」
 と言った。
 呆然とするステファニー。それから少しだけ微笑んで、
「ありがとう。でも、口説き文句にしてはイマイチね。私の為に戦うなんて、そんな使い古されたセ
リフじゃ女の子は口説けないわよ」
「口説くつもりで言ったんじゃない。本気で言ったんだ」
「だったら、更に悪いわ。私達は今は手を組んでいるけど、いずれは戦うのよ。あんまり馴れ合う
のもどうかと思うわよ」
「そうだな。でも、それでも俺はお前の事が心配だし、気になる。仲間として大切な存在だと思っ
ている。いや、もしかしたら俺は…」
「それは私が自殺志願者だからよ」
 ステファニーは最後まで言わせなかった。
「貴方は私を殺したくない。その気持ちが色々な事があったせいで、混乱しているだけ。少し冷
静になりなさい。敵に好意を抱いても、ろくな事にならないわよ」
「そうかな?」
「そうよ。……味方同士でさえ、ろくな事にはならないんだから」
 そう言った後、ステファニーは料理を再開した。彼女の背中はとても寂しく見えたが、ダンはそ
の背中にかける言葉を思いつかなかった。



 同時刻。とあるプラントの地下に隠された、リ・ザフトの本拠地。
 執務室で書類を相手にしていたイザークの元に、嫌なニュースが飛び込んできた。地球及び
プラント各地にしていた潜伏していたスカーツ派の生き残り達が、姿を消しているというのだ。
 連絡員からの通信は、更に続く。
「どうやら連中はサトーの元に集まっているようです。MSや武器弾薬を集め、何か大きな事を企
んでいるみたいです」
 サトーとはスカーツ派のナンバー2を勤めていた男だ。家族を『血のバレンタイン』で失い、ザ
フト軍に入隊。復讐の刃を全てのナチュラルに向け、非戦闘員まで殺している。その為に戦後、
軍事法廷にかけられそうになったが、寸でのところで逃亡。スカーツの忠実な部下として働いて
いた。
「武器以外にも、妙な機械を仕入れているようです。もう少し調べてみます。それから、これは未
確認の情報なのですが…」
 連絡員はイザークにその情報を伝えた。それを聞いたイザークは心の底から驚いた。
「ジャック・スカーツが……生きているだと!?」



 同時刻。地球連合軍特殊部隊ファントムペインの母艦、ガーティ・ルーの一室では、三人の人
物が話し合っていた。この艦の艦長であるイアン・リー少佐と、ファントムペインの指揮を執るネ
オ・ロアノーク大佐。そして、
「では、よろしいですね。言っておきますが、あなた達に拒否権は無い。これは『上』からの命令
です」
 と言って、二人を見下す紫の髪の少年。
 ネオは軽くため息を付いて、
「分かった。君に協力しよう。君の考えた作戦が成功すれば、我々にとっても有利になるからな。
頼りにしているよ、ノイズ・ギムレット君」
「ええ。こちらこそ、あなた達の力には期待しています。噂に名高いファントム・ペインの実力、見
せてもらいますよ」
「ご期待に応えられるよう、努力しますよ。ああ、ところでノイズ君。一つ、確認して起きたいのだ
が…」
 ネオ・ロアノークはノイズの眼を見る。ネオの眼は仮面の奥に隠されているが、その眼光は鋭
い。
「この命令を出した『上』っていうのは誰なんだ? 地球軍か、ジブリール殿か、それとも…我らが
大総裁なのか?」
 大総裁、という単語を聞いた瞬間、ノイズの顔が歪む。そしてイアン艦長の顔を睨む。
「ああ、彼なら心配いらない。彼には全て話してある。我々の組織の者ではないが協力してもらっ
てる。私の頼もしい同志だよ」
「恐れ入ります」
 イアンはネオに頭を下げた。
「ふうん、だったらいいけどね」
 ノイズの口調が変わった。丁寧語ではなく、ぶっきらぼうな口調になっている。
「正解は、ジブリールと大総裁の両方だよ。どっちも俺の事を支持してくれた。あんた達は俺に
協力しろ。そうすれば手柄は全部、あんた達にくれてやる」
「ほう。随分と気前がいいな」
 ネオも丁寧語で話すのをやめた。お互い、本音で話し始めたという事か。
「ああ。俺は殺したい奴だけ殺せれば、それでいい。その代わり、あんた達にはしっかり働いても
らうよ」
「了解。いい加減、あのミネルバっていう艦を振り切りたいしな」
 ノイズとネオは顔を見合わせた後、握手した。契約成立、作戦開始、を証明する為の儀式だ。
 ノイズはMSの整備の為、先に部屋を出て行った。扉が閉まると同時にイアンが語り始めた。
「よろしいのですか? あんな作戦を許可してしまって」
「許可したのは俺じゃない。ジブリールと大総裁さ。俺達は命令に従うだけ。現場は辛いねえ」
「はあ……」
「乗り気じゃないみたいだね、艦長」
「はい。率直に言わせてもらえば、軍人として、いえ、一人の人間として、あんな作戦は認められ
ませんし、行ないたくありません」
「俺もだよ。けど、命令だからなあ」
 ネオはため息を付くが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「さて、どうしてやろうか……」



 同時刻、地球のとある古城。
 ここはサードユニオンと呼ばれる組織の本部であり、大総裁メレア・アルストルの居城である。
今、メレアは所用で出かけており、彼の忠実な部下、ノーフェイスが城の番をしている。
 コツコツと靴音を立てながら廊下を歩くノーフェイス。その前に、一人の女性が立ちはだかっ
た。
「決心は付きましたか?」
「……ええ」
 青い髪をした独眼の美女、レヴァスト・キルナイトは静かに答えた。そして頭を下げ、床に膝を
付ける。
「あなたと大総裁に忠誠を誓う。だから私に力を与えてください。あの女を、ステファニー・ケリオ
ンを倒す為の力を!」
「分かりました。ですが、まだその時ではありません。貴方の為の『力』は今、用意しています。い
ずれ貴方の前に姿を現すでしょう。それよりも…」
 ノーフェイスはレヴァストの肩に、そっと手をおいた。
「貴方には先にやっておかなければならない事があるはずです。貴方の為に死んだ人の墓に行
き、弔ってあげなさい」
「!」
 そう言われて、レヴァストが思い浮かぶ人物は一人しかいない。ビフレストでの戦いで自分に協
力してくれた男。彼女の義理の父親、ヴィクター・ハルトマン。
「貴方と彼の複雑な事情は知っています。ですが、彼はもう亡くなりました。死者となった者まで
憎む必要は無いでしょう。彼を殺した私が言うのもおかしな話ですが…」
「………いえ、分かりました。気付かせてくれて、ありがとうございます。それでは」
 レヴァストは立ち上がり、ノーフェイスに背を向け、歩き出した。その眼には、薄らと涙が浮かん
でいた。

(2005・1/21掲載)

次回予告
 星の空で出会う戦士達。
 ある者は古き友との再会を喜び、
 ある者は新しき友との出会いに希望と不安を抱く。
 シン・アスカ。
 キラ・ヤマト。
 ダン・ツルギ。
 大いなる可能性を秘めた三人の少年。彼らの出会いから生まれるものは友情か、それと
も、哀しき憎悪か。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「運命の邂逅」
 新たな友と共に、追撃せよ、ミネルバ。

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