第19章
 二人のミナ

 コズミック・イラ73、8月24日。
 ザフトの最新鋭艦ミネルバの艦橋には三人の人間が集まっていた。艦長のタリア・グラディスと
副長のアーサー・トライン。そして、ディプレクターのプラント支部長、ガーネット・バーネット。彼
女は部外者ではあるが、成り行きもあり、この艦に特別待遇で乗っている。
 三人の前にある巨大モニターには、デュランダル議長の顔が映っていた。先日まで彼はこの
艦に乗っていたのだが、補給物資の受け渡しの際に艦を降りて、プラントに戻ったのだ。
 ちなみにガーネットの副官であるヴィシア・エスクード、そしてジェットやクリスもデュランダルと
共にプラントに帰還している。支部長と副支部長がいないプラント支部では仕事が溜まっており、
早く帰るように求められたのだ。本来なら支部長のガーネットが戻るべきなのだが、
「ええ、分かってますよ。退屈なデスクワークは俺がやっておきますから、支部長は好きにしてく
ださい。いいですよ、もう慣れましたから」
 と言って、ヴィシアが戻った。ミネルバを降りる彼の背中には中間管理職の悲哀が溢れてお
り、アーサーは彼に共感した。
 プラントに戻ったデュランダルは、アーモリー・ワンで起きた事件を徹底的に調べた。その結
果、ザフト内に内通者がいた事(現在、行方不明)、そして奪われたMSの予備パーツも、敵の
別働隊によって盗まれていた事が判明した。
 デュランダルからこの情報を聞いたタリアは、ため息をついた。
「やはりそうでしたか。手際が良すぎるので内通者がいるとは思っていましたが……やり切れま
せんね」
 アーサーと、オペレーターのメイリン・ホークも複雑な表情をしている。モニターに映るデュラン
ダルの顔色も冴えない。
「君達も知ってのとおり、先の大戦後、ザフトは軍縮路線を進めてきた。平和の為にと思って行な
った事なのだが、ザフトにいる者にとっては、軍縮とは自分たちの職が奪われるという事だ。その
不満が募り、敵に手を貸したのだろう。私が行なった軍縮が今回の事件を生んだのだとすれば、
責任は私にもある。良かれと思ったやった事なのだが…」
 身内から裏切り者が出た、という事実はデュランダルにも衝撃を与えているらしく、彼の表情は
暗い。タリアは慰めようとするが、
「気にする事は無いわよ。議長は間違ってないわ」
 と、ガーネットに先を越されてしまった。
「あんたが一生懸命やってる事は、部外者の私だって知っている。軍縮だって間違った事じゃな
い。悪いのは加害者、こんな事件を起こした奴らよ」
「そ、そうですよ、議長! 議長は悪くなんかありません!」
 アーサーがガーネットに続く。タリアも頷き、
「私も二人と同じ考えです。それに議長が悪いと言うのなら、いつまで経っても敵を捕まえられな
い我々も同罪です」
 アーモリー・ワンでの騒動から一週間。その間、カオスらを収容して逃げた敵の母艦(ザフトは
この艦にボギー1(ワン)という名称を付けた)とは三度も戦闘を行なったが、いずれもあと一歩の
所で取り逃していた。
 戦力ではシン達だけでなく、ガーネットやエルスマン隊を有するこちらの方が上なのだが、敵
は発見されてもすぐにミラージュコロイドを展開して、逃げられてしまう。敵MSも積極的に戦おう
とはせず、母艦がミラージュコロイドを展開するまでの時間稼ぎを行なうのみ。のらりくらりとかわさ
れ逃げられ、どうしても捕まえる事が出来ない。
「『戦闘』なら自信があるんだけど、『捕獲』は難しいわね」
 ガーネットの言うとおりだった。特に、逃げの一手に徹している敵を捕らえるのは困難を極め
る。
 単艦での捕獲は無理、と判断したタリアはザフトやディプレクターに援軍を要請したのだが、間
の悪い事にブルーコスモスのテロ行為がプラント各地で勃発。ザフトにもディプレクターにも援軍
を送る余裕は無かった。
 ちなみに断られたのはデュランダルとヴィシアがまだミネルバに乗っていた頃で、二人がプラン
トに戻ったのはテロの事後処理を速やかに行い、ミネルバに援軍を送る為でもある。
「君達には本当に苦労をかける。だが、喜んでくれ。ようやく君たちに援軍を送る事が出来るよう
になった」
 とデュランダルは言うが、援軍はザフトからでも、ディプレクターのプラント支部からでもない。
地球から上がってきたディプレクターの特殊部隊が、ヴィシアからの要請を受け、ミネルバに協
力してくれる事になったのだ。
 特殊部隊の名はエクシード・フォース。数は少ないが、メンバーは精鋭揃い。
「この部隊にはニコル・アマルフィ君も加わっているそうだ。ガーネット嬢は久しぶりの再会で嬉し
いのではないかな?」
 デュランダルの言葉に、ガーネットは苦笑する。
「まあ嬉しいと言えば嬉しいけど、でも……」
 ガーネットはため息を付いた。いつも強気で、ミネルバのMSパイロット達の中心的存在になっ
てしまった彼女にしては珍しい。
「ニコルにはピアノを弾いてほしかった。優しいあいつが戦場に立たなくてもいい世の中にしたか
った」
 そう呟いたガーネットの顔は、愛する人の心を思いやる、優しい女性の顔だった。



 エクシード・フォースと合流する、というニュースは通信を聞いていたメイリンの口から、あっとい
う間に艦内に広まった。
 ラウンジで休んでいたシンとルナマリア、レイの三人にもその話は伝わり、話題となった。
「『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガと、『閃光の勇者』キラ・ヤマトが来るそうね。どんな人達な
んだろう。早く会いたいわ」
「はしゃぎ過ぎだぞ、ルナマリア」
「あら、レイは興味無いの?」
「無い事は無い。ナチュラルとは思えない操縦技術を持つムウ・ラ・フラガ、そして先の大戦では
ガーネット・バーネットを上回るほどの撃墜スコアを叩き出したディプレクター三英雄の一人、キ
ラ・ヤマト。どちらも一度は会ってみたいと思っていた人物だ」
「でしょ? それに『救世のピアニスト』ニコル・アマルフィも来るらしいわよ」
「ほう。あのガーネット・バーネットの恋人、というのは気になるな」
 レイの発言には、黙ってジュースを飲んでいるシンも、心の中で同意した。
 この一週間の追跡行で、ガーネット・バーネットは『漆黒のヴァルキュリア』の異名に恥じぬ活躍
を見せていた。突出しすぎて敵に囲まれたシンを救ったり、ガイアに苦戦するルナマリアを助け
出したり、レイと共にミネルバを敵の攻撃から守ったり、ボギー1の援護に現われた十数機のAM
Sをたった一人で退けたりと大活躍。シンたちも彼女の力を認め、一目置いている。
 その恐ろしくも頼もしい戦女神の恋人が来る。確かにこれはルナマリアでなくても興味が沸くだ
ろう。
「よお、お前たちも休憩か?」
 エルスマン隊の面々がラウンジにやって来た。隊長のディアッカと副隊長のシホ、そして隊員
のヴァネッサとディス。ディアッカは乗機であるセイバーの調整が遅れており、今までの戦闘には
出撃していないが、シホはザクウォーリア、ディスとヴァネッサはゲイツRに乗って、シンたちをサ
ポートしてくれた。シン達の心強い仲間だ。
 ルナマリアがディアッカに尋ねる。
「ディアッカさん、聞きたい事があるんですけど」
「ああ、分かってる。キラやニコルの事だろう?」
「ええ。二年前、ディアッカさんは彼らと一緒に戦ったんですよね。どんな人達なんですか?」
「どんな人、ねえ……」
 ディアッカは少し考えて、
「キラは普段は大人しいけど、戦いになると、とんでもなく強くなる。俺やニコルやイザーク、そし
てアスランの四人がかりでも落とせなかったからな。ムウのおっさんは強い上に頭もキレる。そこら
のコーディネイターより、遥かに手強い。侮ったらケガするぜ」
「ニコルさんは?」
「優しい奴だよ。戦いには一番向かないタイプ…と思っていたんだけど、人は見かけによらない、
ってのの典型的な例だな。顔は可愛い系なのにな。ああ、ニコルには手を出すんじゃないぞ。あ
いつは絶対に靡(なび)かないし、最凶の女神様を敵に回す事になるからな」
 ディアッカの忠告(?)にルナマリアは黙って頷いた。確かにあの女を怒らせるのはマズい。危
険だ。誰だって命は惜しい。
「けど、俺が一番会いたいのは、キラでもおっさんでも、ニコルでもないんだけどな」
 ディアッカのその言葉を聞いたディスが笑みを浮かべる。
「分かってますよ。隊長が会いたいのはミリィさんですよね」
「ミリィ?」
 尋ねるルナマリアに、ディスが答える。
「隊長の恋人ですよ。ただいま遠距離恋愛中」
「半分正解で半分ハズレだ。確かにミリィにも会いたいけど、もう一人、気になる奴がいる」
 そう言ったディアッカの表情は真剣なものだった。答えを察したレイが回答を言う。
「ディプレクター三英雄の一人、キラ・ヤマトに勝った男。ですね?」
「ああ。しかも一対一で勝ったらしい。キラにタイマンで勝てる奴なんて、そうはいない。どんなバ
ケモノなのか、早く会ってみたいぜ」
 少し冗談も交えているが、ディアッカの気持ちはMSパイロットとしては当然のものだろう。あの
キラ・ヤマトに勝った男。レイもルナマリアも、MSパイロットとして自然に興味が沸く。
 シンも同様だった。いや、このメンバーの中では、彼が一番その『バケモノ』に会いたがってい
るのかもしれない。
 キラ・ヤマト。
 二年前のオーブで、シンはキラが乗るジャスティスを見た。両親と妹のマユと共に避難し、山道
を下っている時、ジャスティスが上空を通過。その時起こった突風でマユが、持っていた携帯電
話を崖下に落としてしまった。
 崖を降りて、携帯電話を拾おうとするマユ。それを追う両親。先頭を走っていたシンはそれに
気付かず、三人と少し離れてしまった。
 そして、シンが後方を振り返った直後、爆発が起き、炎が上がった。
 シンは無事だったが、つい先程まで彼がいた場所は大きくえぐられ、赤い炎と黒い煙が大地を
焦がしていた。そして、そこには無残な姿で横たわる三体の遺体が転がっていた。
 黒焦げになった父。
 ピクリとも動かない母。
 そして、片腕だけになった妹。
 思い出したくない、でも、忘れられない出来事。上空を飛び去っていたジャスティスの姿と共に
シンの心に深く刻み込まれている光景。
 分かっている。ジャスティスが、キラ・ヤマトが殺した訳ではない。悪いのはオーブを襲ったダブ
ルGだ。それは分かっている。でも、やはり拘ってしまう。ダブルGが倒され、仇が取れない今と
なっては、尚更拘ってしまうのだ。
 シンにとって、キラ・ヤマトは複雑な存在だった。憎めばいいのか、許せばいいのか、どう接す
ればいいのか分からない。
 そのキラに勝った男がいる。
 その男が来る。
 シンは、その男に会いたくなった。
 その男の名はダン・ツルギ。一体、どんな人物なのか。
 一方、ディアッカたちの話題は、先程ディスが漏らした『ミリィ』の事に変わっていた。
「ああ、会いたいね。何せ俺たちはラブラブカップルだからな。直接会うのは半年振りだけど、あ
いつ、きっと可愛くなってるだろうな。楽しみだぜ」
 と浮かれるディアッカを、シホは複雑な表情で見ていた。
「………………」
「副隊長、どうかしましたか?」
 ヴァネッサが尋ねると、シホは慌てて首を振り、
「う、ううん、何でもないわ。……いいわよね。隊長の自業自得だし」
「?」
 首を傾げるヴァネッサ。シホの最後の呟きは気にはなったが、どうやら自分に被害が及ぶ訳で
は無さそうなので、放っておく事にした。



 ミネルバの面々がエースパイロットたちの話題で盛り上がっている頃、ハルヒノ・ファクトリーは、
とある場所にいた。
 宇宙に上がって間もなく、ダンはノーフェイスから渡されたディスクをハルヒノ・ファクトリーのナ
ビゲーションCPに挿入。それから艦は自動操縦で進み、この宙域にやって来た。
 公式の資料では、この宙域には何も存在しない事になっている。しかし、その資料は間違って
いた。
 アメノミハシラ。
 この宙域に存在する、唯一にして最大の建造物。コズミック・イラ58年にオーブが軌道エレベ
ーターの中継基地として作り上げた衛星軌道ステーションである。
 だが、開発は遅々として進まず、更に世界情勢の悪化などもあり、エレベーターの建設は中断
されていた。しかしステーションそのものは完成しており、軌道エレベーターの開発に携わったオ
ーブ五大氏族の一つ、サハク家の宇宙における拠点となった。
 サハク家は先の大戦でダブルGと結託。ロンドの名を持つ双子の姉弟に率いられ、世界の影
で暗躍していた。
 だが、サハク家の野望は、ディプレクターとダブルGの最終決戦が始まる直前に、とあるジャン
ク屋と傭兵部隊によって潰された。アメノミハシラはその決戦の舞台となった場所であり、大きな
損傷を受けた。
 その損傷は二年経った今でも直されていない。装甲には亀裂が入っており、ステーションの各
所に大きな穴が開き、崩壊寸前の状態。いや、ここまで傷付いていながら、今も形を保っている
のは奇跡だ。
 廃墟も同然のこのステーションは、地球からも、プラントからも、そしてかつての故国オーブから
も見捨てられ、忘れられた存在になっていた。誰も寄り付かず、ゴミと化す最後の時を待つばか
りの建物。
 表向きは。



 アメノミハシラの周辺には、多数のデブリ(残骸)が漂っている。二年前、この宙域で行われた
戦いがどれだけ激しいものだったのか、この大小様々なデブリたちが物語っている。
 そのデブリの群れの中を二体のMSが飛び回っていた。一方は地球軍の最新鋭量産MSウィ
ンダム。パイロットはニコル・アマルフィ。もう一方は『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガの専用
機シュトゥルム。
「行きますよ、フラガさん!」
「遅い、そこだ!」
 ビームライフルを撃ち合う両機。もちろんこれは演習である。実戦から遠ざかっていたニコルを
鍛えるための訓練。ビームは当たった箇所の色が変わるだけのペイントビームだし、ミサイルは
模擬弾。ビームサーベルは立体映像だ。
「くっ、かわされた! さすがは…」
「やるねえ。でも、まだまだ甘い!」
 訓練とはいえ両者は真剣だ。特にニコルは力が入っている。
「ガーネットさんと合流するまでに、勘を取り戻さないと…」
 愛する人の足手まといにはなりたくない。これは男の意地だった。
 その甲斐あってか、ニコルの力量はぐんぐん伸びていた。この三日間の訓練で、彼はかつて
の力を取り戻しつつあった。
「復帰祝いとしてニコル君に花を持たせてやってもいいけど、それじゃあこっちのテストにならな
いからな。行くぜ!」
 フラガはシュトゥルムの背部に装備された四機のガンバレルを放った。このガンバレルはプロ
ヴィデンスの《ドラグーン》を参考に作られたもので、メビウス・ゼロやガンバレルダガーなどのよう
な有線式ではなく、無線で動く。操縦者の意のままに動き、敵を囲み、破壊する。シュトゥルム最
強の武器だ。
「地球じゃ使えなかったが、宇宙では思う存分使えるぜ。行け!」
 フラガの意志に従い、四機のガンバレルが星空を飛ぶ。
「くっ、そう簡単には!」
 逃げるウィンダム。ビームライフルで迎撃するが、いずれもかわされる。
「速い……。でも、負ける訳には!」
 意地を見せるニコル。ビームサーベルを抜き、シュトゥルムに接近戦を挑む。
「いい度胸だ。さすがはヴァルキュリアの恋人だな!」
 シュトゥルムもビームサーベルを抜く。そして模擬戦とは思えない、迫力ある剣戟が繰り広げら
れる。
 この様子はハルヒノ・ファクトリーの艦橋のモニターに映し出されていた。観客はキラとダン、そ
してブリッジクルーのミリアリアとラユルの四名。
「二人とも凄いですね。特にニコルさんが頑張ってます」
 ラユルの言うとおりだ。データ上、ニコルのウィンダムはフラガのシュトゥルムより劣る機体だ。
実際、訓練を始めた頃は始終押されていた。それが今では互角以上に戦っている。
「そうね。たった三日でこんなに強くなるなんて……。やっぱりコーディネイターって凄いわね」
「ミリィ、それは少し違うよ」
 と、キラが言う。
「コーディネイターだから、じゃない。ニコルだからだよ。ガーネットさんに会う前に少しでも強くな
りたいんだよ。ガーネットさんの足を引っ張らない為に、そして、彼女を守る為にね」
「ふーん。愛の力、って訳か。相変わらずラブラブな二人ね。羨ましいわ」
「あら、ミリアリアにだって彼氏がいるんでしょう? ニコルさんたちを羨ましがる事なんて無いと思
うわ」
「彼氏、ねえ……」
 ラユルの言葉に、ミリアリアは深いため息を付いた。褐色の肌の少年の顔が頭に浮かぶ。
「………殴りたい。ううん、あんな奴、殴る価値も無いわ」
「えっ? 何か言った?」
「ううん、何でもない」
 首を傾げるラユルを無視し、ミリアリアはモニターの映像に集中する。この会話を聞いていたダ
ンは、キラに尋ねる。
「ニコルは好きな女の為に強くなろうとしているのか?」
「うん。正確には、昔の強さを取り戻そうとしているんだけどね」
「そうか。それにしても驚いた。SEEDに目覚めてもいないのに、あんなに急に強くなれるとはな」
「SEEDの力は凄いけど、人の力はそれだけじゃないよ。誰かを思う気持ち、何かを守ろうとす
る気持ち、それはSEEDさえ超える力を生み出す事がある。現にSEEDに目覚めた僕やアスラ
ンよりガーネットさんの方が強いし」
 苦笑するキラ。しかしダンは笑わなかった。
「人はSEEDに頼らなくても強くなれる。だとしたら、なぜサードユニオンはSEEDを危険視する
んだ? なぜアンチSEEDなどという存在を生み出したんだ?」
「それは僕には分からないよ。でも、いつかきっと分かる時が来る。その為にも僕達は前に向か
って進まなくちゃならない」
「ああ、そうだな」
 頷くダン。
 その時、艦橋のドアが開き、ステファニーが入って来た。
「あら、ニコル君とフラガさん、頑張っているわね。でも、そろそろ決着かしら?」
「サンダービーナスの修理は終わったのか?」
 ダンが尋ねると、ステファニーは首を横に振る。ビフレストの戦闘でアクアマーキュリーを倒す
為に放ったエンド・オブ・サイクロンは、技を放ったサンダービーナスにも大きな損傷を与えてい
た。
「ダメ。私一人の手には負えないわ。ミナちゃんにも手伝ってほしいんだけど、まだ戻ってない
の?」
「ええ、まだです」
 とミリアリアが言う。
「そう。じゃあ仕方ないわね。もう少し頑張ってみるわ」
「手伝おうか?」
 とダンが言うと、ステファニーはニッコリ微笑み、
「遠慮するわ。いずれ戦う相手にそこまでしてもらう程、図々しくはなれないわ」
 と言って、艦橋を後にした。
 気まずい空気が流れる。口を開きにくい雰囲気だ。
 モニターの向こうでの戦いに決着がついた。ペイントビームを操縦席の部分に受けたニコルの
負け。
「ダン」
 模擬戦が終わると同時に、キラが尋ねる。
「彼女と、ステファニーさんと戦うの?」
「……そうなるらしい。ゲームのルールだからな」
「君が記憶を取り戻す為には、そのゲームに勝たなければならないのは訊いたよ。僕達も協力
は惜しまない。けど…」
「あの女は俺と戦う事を望んでいる。だったら戦うしかない」
「彼女はそうかもしれない。けど、君は? 君は彼女と戦う事を望んでいるの?」
「戦わなければならない…だろうな。俺が過去を取り戻す為には。安心しろ。あの女を殺すつもり
は無い。手加減はするさ」
「手加減をして、勝てる相手なの?」
 無理だろうな、と答えようとして、ダンは口を閉ざした。そう答えた瞬間、ステファニーを殺す事
を覚悟してしまうような気がしたのだ。
 沈黙するダンにミリアリアが尋ねる。
「ダン。あなた、ステファニーさんの事をどう思っているの?」
「どう、とはどういう事だ?」
「言葉どおりよ。あなた、ステファニーさんの事が好きなんじゃないの? ステファニーさんを見る
時のあなたの眼、凄く真剣だからそう思ったんだけど」
「……分からない。あの女を殺したくは無いと思うが、それが愛と言えるものなのかどうかは分か
らない」
 ダンはため息を付いた。この男にしては珍しい反応だ。
「もしかしたら俺は、人を愛した事が無いのかもしれないな」
 重い言葉だった。キラもミリアリアも、それ以上は何も言えなかった。
 どうしようもなく重い空気が漂う中、ラユルが急を告げる。
「! レーダーに反応、正体不明の宇宙船がこちらに近づいてきます!」



 アメノミハシラの内部。ゴミ一つ落ちていない廊下を一人の男が歩いている。フルーレ・サー・リ
ュエル。ダン達に強引にくっついてきた新聞記者だ。
 記者ではあるが、今日の彼はカメラを持っていない。
「……ああ、カメラを持ちたい! 写真が撮りたい! インタビューがしたい! くそっ、ここにい
る間は撮影も取材もダメだなんて、俺にとっては拷問だぞ!」
 先の言葉を訂正。『今日の彼は』ではなく、『今日の彼も』だった。
「それにしても、このステーションには本当に驚かされるな」
 かつて地球軍の従軍記者として世界中を飛び回り、多くのものを見てきた彼だが、このアメノミ
ハシラの内状には、久しぶりに心の底から驚かされた。
 このステーションは外から見た時は、ただの残骸にしか見えなかった。廃墟、いや、デブリと言
ってもいい程のボロボロの状態。いつバラバラになってもおかしくない、と思った。
 だが、中に入って驚いた。ボロボロなのは外見だけ。ステーションの中には空気があるし、戦
艦のドックやMSの整備工場、重力発生装置などの設備も生きていた。
 そして何より、フルーレやダン達を驚かせたのは、ここに人がいた事だ。それもかなりの人数
が。
「二年前の大戦の知られざる決戦場。そこがまさか、サハク家の隠れ里になっていたとはね」
 サハク家。オーブを支配する五大氏族の一つでありながらオーブを捨て、ダブルGに加担した
裏切り者。オーブ最大の汚点であり、許されざる者たち。
 戦後、サハク家の関係者たちは裁判に掛けられ、そのほとんどは刑務所に送られた(死刑に
なった者はいない)。その後、カガリの大統領就任の際に出た恩赦によって大半の者は釈放さ
れたが、彼らを見る世間の眼は冷たかった。
 彼らの身を憂いたカガリは、彼らを宇宙に上げた。そして極秘裏に修理していたアメノミハシラ
に集め、そこを彼らの新しい『家』として提供したのだ。職も家も無くしたサハク家の関係者達にと
って、カガリの申し出はありがたいものだった。ほとんどの者たちが宇宙に上がり、誰にも気付か
れぬようにこのステーションを再建した。
「カガリ・ユラ・アスハ。ただのお嬢ちゃんだと思っていたけど、意外にやるな。誰かの入れ知恵
かもしれないし、単に新たな戦乱の火種になりそうな連中を隔離したかっただけなのかもしれな
いが…。ぜひ記事にしたいけど、ここの事がバレたらマズイだろうしなあ。困ったもんだ」
 確かに、この事実が知られたら、オーブやカガリは窮地に追い込まれるだろう。ダブルGに加
担した人類の裏切り者どもを匿っている、と白い眼で見られる可能性は高い。ビフレストの戦い
でディプレクターの立場が微妙なものになっている今、ディプレクターの最大の支援国であるオ
ーブが崩れるのは好ましくない。
「世界平和の為とはいえ、真実を伝えられないのは辛いなあ」
 ぼやきながらフルーレは、アメノミハシラの整備工場にやって来た。
 前大戦時、この工場では多数の戦闘用MSが作られ、サハク家の戦力として導入されていた。
今も工場の設備は健在だが、作られているのはレイスタと呼ばれる民間用のMSのみ。数も多く
ない。
 この工場で作られたMSは極秘裏に地球に送られ、モルゲンレーテの製品として販売される。
その利益はこのステーションの維持費などに当てられている。オーブ本国に極力負担をかける
事が無いよう、努力しているのだ。
 工場で働く人々の顔は、皆、生気に溢れている。希望を見出し、生きる事に努力している者の
顔だ。フルーレはこういう顔をした人間が好きだった。
 工場の片隅では、サンライトを始めとするエクシード・フォースのMSが整備を受けていた。ハ
ルヒノ・ファクトリーで使われている整備用のロボット(円筒状をしており、下部にキャタピラがつい
ている。整備時には頭頂部が開き、工具の付いたアームが出て来る)も来ており、忙しく動いて
いる。
 フルーレは、ジャバウォックの足元にいるオルガに声をかけた。
「よお、調子はどうだい?」
「まあまあだな。少なくとも欲求不満気味のお前さんよりは快調だぜ。俺もジャバウォックもな」
「欲求不満、ねえ。否定はしないけどな。俺、顔に出てるのか?」
「ああ。昔、南米で会った記者も取材を断ったら、同じような顔をしやがった。そいつもお前さん
と同様、命知らずの大バカジャーナリストだった。ジャーナリストっていうのは、みんなそうなの
か?」
「みんな、って事はないと思うがね。俺も含めて、バカが多いのは確かだけどな」
 そう言ってフルーレは、周辺を見回した。今ここにいるのは各自の機体を整備しているオルガ
とギアボルト、ルーヴェの三人だけ。ダン達はともかく、この場にいなければならないはずの人の
姿が無い。
「ミナちゃんはいないのか?」
 フルーレの問いにオルガはニヤリと笑って、答えた。
「一足違いだったな。あいつなら、ここの女王様に連れて行かれたよ」
「またか。随分と気に入られたらしいな」
「他人の事が言えるかよ。暇さえあれば会いに来やがって。お前、ミナみたいのが好みだったの
か?」
「悪いか? あれはいい女になるぜ。取材対象としても気になるがな」
 やれやれ、とオルガは心の中でため息を付いた。思う人には思われず、思わぬ人から思われ
る。人生とはそういうものかもしれないが、ミナ・ハルヒノは特にその傾向が強いらしい。
「強く生きろよ。その内、いい事もあるさ」
「オルガ、何か言ったか?」
「お前にじゃねえよ」



 同じ頃、ミナ・ハルヒノはアメノミハシラのMS格納庫にいた。ミナの眼前には金と黒に塗り分け
られたMSが立っているが、彼女の視線はMSではなく、机の上に置かれたコンピューターのモ
ニターに向けられている。
 この格納庫はアメノミハシラの住む者の中でも、ごく一部の人間しか知らない極秘の場所で、
関係者以外は立入禁止。しかしミナはここにいる。彼女はある人物によって、ここに連れて来ら
れたのだ。
「どうだ、そのプログラムは? 使えそうか?」
 モニターに集中していたミナの背後から声をかけてきたこの女性が、ミナをここに連れてきた人
物である。腰の辺りまで伸びた黒髪。女性とは思えないほどに鋭い目付き。だが感じられる雰囲
気は穏やかなものである。
 彼女の名はロンド・ミナ・サハク。サハク家の現当主で、このアメノミハシラの最高責任者。
 ロンドに声をかけられたミナは、しばし黙っていた。が、その顔に驚きの表情を浮かべ、
「これは……凄い! 凄いです! 私、整備士で、プログラムとかにはあまり詳しくないけど、そ
れでもこのプログラムの凄さは分かります。これを作った人は本物の天才です! 本当に凄いで
す!」
「天才、か……」
 ロンドは、数ヶ月前にこのプログラムをここに持ち込んだ男の顔を思い出した。無礼極まりなく、
言葉遣いもなってないが、陽気で頼もしいジャンク屋。『天才』という言葉とは縁遠い男。
「実戦ですぐに使えるか?」
「問題無いと思います。バグも無いみたいですし」
「そうか。ならばこのプログラムは、尊(ミコト)と共にお前達にやろう。その方が世の役に立つだろ
う」
「い、いいんですか、こんな凄いプログラムを貰っても? ロンド様が使えば、サハク家を裏切り
者扱いしてきた人達もロンド様の事を…」
「いや、私はいい。サハク家がオーブに害を及ぼしたのは事実だし、それに私はもう、そういう事
には興味が無いのだ」
 そう言ったロンド・ミナ・サハクの顔は暗いものだった。
「私が犯した罪は重い。オーブを守るサハク家の当主でありながら、私はあのダブルGと手を組
んだ。奴の力を利用して、サハク家を復興させようと思った。だが、それは大きな間違いだった。
気付くのが遅すぎたがな」
 ロンドは微笑んだ。その微笑みはミナに向けられていたものとは違い、とても哀しいものだっ
た。
 ロンド・ミナ・サハクには双子の弟がいた。名はロンド・ギナ・サハク。幼い頃、姉弟で力を合わ
せて、サハク家を復興させようと誓い合った。その為に学び、鍛え、力を蓄えた。ダブルGの誘
いに乗り、その力を利用しようとした。
 だが、ダブルGの力は、ロンド姉弟の想像を遥かに超えていた。姉はダブルGを恐れて警戒し
たが、弟はあの悪魔の力に魅了され、忠誠を誓ってしまった。
 そして決戦。弟は死に、姉は生き残った。
 戦後、死のうと思った彼女をカガリが止めた。お前の力をオーブの為に役立ててほしい、私達
と一緒に新しいオーブを作ろう、と。
「まったく、さすがはウズミ・ナラ・アスハの娘だ。頑固でお人好しなところは、父親にそっくりだ」
 当時の事を思い出し、ロンドは苦笑した。
 カガリはロンドに政府の重要なポストを与えようとしたが、ロンドはそれを辞退した。『人類の裏
切り者』である自分が表舞台に立てば、ロンドを取り立てたカガリに非難が集まる。それだけは避
けねばならない。ロンドは自ら影の道を歩く事を選び、サハク家の生き残りや関係者たちをまと
めて、このアメノミハシラに隠れ住んだのだ。
「私の事はいい。影たる身が光の下に出ようとした事が間違いだったのだ。罪深い私はこのま
ま、ここにいるべき……」
「ダメです!」
 ミナが声を荒げた。
「確かに昔のロンド様は悪い事をしたかもしれません。でも、今のロンド様は悪い人じゃありませ
ん。悪い事をして謝らないのはダメだけど、心から反省しているのなら、償う機会を与えてもいい
と思います」
 ミナの考えは甘いのかもしれない。だが、ミナは本気でそう思っているし、信じているのだ。
「ここに来てからロンド様の事はずっと見ていました。同じ名前を持つ人だから、凄く気になって
…」
 それはロンドも同じだった。
「ロンド様はここにいる人達から慕われていて、ロンド様もここにいる人達が大好きで、そしてオー
ブの事を誰よりも思っている。そんな立派な人が、こんな所でじっとしてるなんて間違っていま
す。ブルーコスモスやサードユニオンに狙われて、これからオーブは大変な事になるかもしれま
せん。カガリ様の力になってあげてください。そして私の故郷を、オーブを守ってください。お願
いします!」
 ミナはそう言って、頭を下げた。その態度にロンドは驚きを隠せなかった。この少女はオーブ
を捨てたと思っていたからだ。
「お前の両親の事は、先日、地上に連絡した際にカガリから聞いた。お前の両親を守れなかっ
たオーブを、カガリ達を憎いと思った事は無いのか?」
 同じような事をミナは、数日前、ビフレストで尋問を受けた時にカガリにも訊かれた。カガリは、
『私にはオーブの民を守る義務がある。だが、私はお前の両親を守れなかった。すまない……』
 と言ってミナに頭を下げた。そして、不甲斐ない自分を憎んでくれても構わない、と言った。
 カガリとロンド。もしかしたらこの二人は似ているのかもしれない。オーブという国を愛し、民を愛
する女達。
 ならばミナの言うべき事は一つ。彼女はカガリに言った言葉を、ロンドにも言う。
「オーブを憎いなんて思った事はありません。私はあの国が好きです。哀しい事もあったけど、
嬉しい事もたくさん、たくさんありました。ダンやみんなと出会えたのも、あの国にいたからです。
私はオーブが好きです。オーブの事を愛してくれる人も好きです。カガリ様もロンド様も、オーブ
を愛し、守ろうとしている。その人たちを憎む事なんて私には出来ませんし、したくもありません」
 そう言い切るミナに、ロンドは衝撃を受けた。
 そして四日前、いきなり自分の元に送られてきた通信の内容を思い出す。通信を送ってきたの
はノーフェイスと名乗る仮面の人物。彼は明日、アメノミハシラに来客が訪れる事と、その艦にロ
ンドと同じ名を持つ少女がいる事を教えた。
『彼女と貴方には何の関係もありません。同じ名前、というだけです。ですが面白いものですね。
同じ名を持ちながら、生き方も性格も貴方とは正反対。一度会ってみてはどうですか? 新しい
道を開けるかもしれませんよ』
 あの男の言うとおりだった。自分とは何から何まで違う少女。でも、だからこそ惹かれるのか。
 ロンドはミナに頭を下げた。
「ありがとう、ミナ・ハルヒノ。お前は私に道を示してくれたようだ」
「えっ!? あ、あの、ロンド様、頭を上げてください! 私、そんな…」
「ミナ・ハルヒノ。私と同じ名を持つ少女よ。そして、私より遥かに強く、優しい少女よ。お前と同じ
名を持てた幸運を、私は神に感謝する」
「そ、そんな! ロンド様、あの、その…か、からかわないでください。私なんて、そんな…」
「からかってなどいない。心からそう思い、私はお前を尊敬する。あの頃の私にお前のような優し
さがあれば弟を、ギナを死なせずにすんだかもしれない」
「ロンド様……」
「ミナ、そのプログラムと尊(ミコト)はお前達に託す。私は…」
 その時、格納庫に警報音が鳴り響いた。格納庫だけではない、アメノミハシラ全体に警報が鳴
り響いている。そして、
「ハルヒノ・ファクトリーより入電。アメノミハシラに向かって、所属不明の宇宙船が接近。数は一。
全員、警戒態勢に入れ。繰り返す…」
 この放送によって、アメノミハシラの平穏な時間は終わりを告げた。



 正体不明の宇宙船は小型のもので、武器らしいものも無い。逃げようともせず、フラガのシュト
ウルムによって、あっさり捕獲された。宇宙船はハルヒノ・ファクトリーに収容され、そのままアメノ
ミハシラに連れて来られた。
 乗組員は僅か三名。夫婦らしい男と女、そして子供が一人。いずれも衰弱しているが、命に別
状は無い。
 だが、三人とも肉体以上に精神が疲労していた。特に子供は、
「う、うわあああああ! うわああああああああああっ!! 嫌、嫌、もう嫌!」
 と叫び、怯え、震え続けている。
 父親と母親の方は、喋る気力も無いらしく、何を語りかけても反応が無い。母親の方は眼が虚
ろで、そのまま気を失ってしまうのではないかと思うほどだ。
 三人はアメノミハシラの医療室に運ばれた。錯乱寸前だった子供には睡眠薬を飲ませ、無理
やり眠らせた。点滴で栄養補給を行い、少しでも体力を取り戻してもらおうとした。しかし、
「肉体はともかく、精神面の完全な回復は難しいと思われます。余程酷いショックを受けたのでし
ょう。可哀想に……」
 というアメノミハシラの医師の言葉は、様子を見に来たダン達の心を重いものにした。
 両親の方には軽い食事を与えた。疲れ切っていた母親は眠ってしまったが、父親の方はまだ
起きていた。彼らを保護したハルヒノ・ファクトリーの艦長であるムウが、一同を代表して質問す
る。ムウは自分達の身元を名乗った後、
「あんた達はどこから来たんだ? そして、何があったんだ?」
 と尋ねた。
 父親はまだ回復しきっていなかったが、それでも懸命に言葉を発した。
 彼の名はシニスト・ガーフィールド。二年前、彼とその仲間達は戦争に明け暮れる地球圏を離
れ、新天地を求め、コロニーを改造した巨大宇宙船・リティリアで旅立った。
 二年の航海の末、彼らは火星と木星の間にある小惑星帯を通り抜けた。ここを抜ければ、木星
は目の前だ。木星はおよそ50年前、ジョージ・グレンが地球外生命体「Evidence−01」の化石
を発見した星。外宇宙に思いを馳せるリティリアの面々にとっては聖地とも言うべき星であり、彼
らは歓喜していた。
 だが、そこに悪魔が現われた。
「たった一機のMSだった……。こっちは旧式のジンとはいえ、三十機以上もいたんだ。それな
のに、奴に傷一つ付けることが出来なかった。あっという間にみんな倒され、そして、リティリアも
…!」
 このたった一機のMSによって、巨大なコロニー宇宙船は破壊された。多くの人々が宇宙の藻
屑となり、かろうじて脱出した人達も謎のMSの追撃を受けて殺された。
 シニスト達も脱出したが、すぐに捕まった。シニスト一家を含めて百数名の人々が捕らえられた
が、彼らはすぐには殺されなかった。彼らは敵の母艦に連れて来られ、そこに用意されていた三
十隻の小型宇宙船に乗せられた。
 そしてシニスト達に、悪魔の如きMSに乗っていたパイロットからのメッセージが伝えられた。
「私はこれから地球に向かう。ノロマなコロニー船と違って、この艦の速度なら、一ヶ月もあれば
地球に戻れる。その間、お前達を使ってゲームをする」
 ゲームのルールは簡単。シニスト達の乗る三十隻の宇宙船が、連中が用意した『猟犬』から二
十四時間の内に一隻でも逃げ切れたら、シニスト達の勝ち。全員を解放して、地球まで送り届け
る。だが、逃げ切れなかった時は宇宙船を一機、乗員ごと破壊する。
「獲物は三十匹。一日一回やれば、ちょうど一ヶ月楽しめる。面白いゲームだろう?」
 シニスト達に拒否権は無かった。そして、悪魔のゲームが始まった。
 結果は語るまでも無いだろう。ゲームは常に『猟犬』が勝利し、シニストの仲間は次々と殺され
ていった。シニストの目の前で宇宙船ごと破壊され、みんな『次は自分達の番だ』と恐れ、そして
狂っていった。
 仲間をオトリにして、自分だけ助かろうとした奴もいた。どうせ殺されるならと無駄な抵抗を試み
た奴もいた。だが、最後はみんな殺された。
 残ったのはシニスト一家だけ。そして昨日、最後のゲームが始まった。
「待て。昨日始まった、という事は、まだそのゲームは終わっていないのか?」
 ダンが尋ねると、シニストは頷いた。
「ああ。でも、あと一時間だ。一時間逃げ切れば俺達の勝ちだ。そして解放されるんだ。あの地
獄から! ああ……あ……」
 そう言うとシニストは、その場に倒れた。体力の限界だったようだ。シニストを妻や子供と共にベ
ッドに寝かせ、一同は医療室を出た。
 ロンドが、
「リティリアの噂は聞いていた。だが、まさかこんな事になっていたとは……」
 とため息混じりに言う。続いてムウが、
「それにしても、とんでもない奴がいた者だな。たった一機で三十以上のMSを倒し、コロニー級
の宇宙船を破壊するなんて、信じられん」
「だが、あのシニストっておっさんの言ってる事は嘘とは思えないぜ。あいつは本気で怯えていた
し、ガキもかなりヤバくなっている。あれは演技じゃねえよ」
 とオルガが口を挟む。オルガの意見には全員が頷いた。
「人間の命を弄ぶデスゲーム……。まともな人のする事じゃありませんよ」
 ニコルが怒りを露にして言う。キラも頷き、
「命だけじゃない。その男は人の心も弄んでいる。怯え、恐れ、逃げ惑う人たちを見て、嘲笑って
いるんだと思う」
「最低ですね」
 ギアボルトも同意した。そしてルーヴェが、
「これからどうするんですか? ここにシニストさん達を匿っている以上、そいつは必ずやって来
ますよ。ゲームに勝つ為にね。俺達はどうする…って、聞くまでも無いですね」
 と尋ねるが、答えは訊くまでも無かった。
「もちろん、迎え撃つ!」
 ムウも、
「外道が……。叩き潰してやる!」
 オルガも、
「私も手伝います」
 ギアボルトも、
「僕もやります。絶対に許せません!」
 ニコルも、
「戦おう。その人は絶対に許しちゃいけない人だ」
 キラも、
「私も手伝おう。サハク家の名において、諸君らを支援する」
 ロンドも、
「私は整備士だから直接は戦えないけど、気持ちはみんなと同じです」
 ミナも、
「エクシード・フォース、宇宙での初戦闘。敵は正体不明のゲス野郎、か。いい記事になりそうだ」
 フルーレも、
「ラユル、私達も気合入れるわよ」
「う、うん!」
 ミリアリアとラユルも、戦える者も戦えない者も同じように闘志を燃やす。
 もちろんダンも同じ気持ちだ。言葉には出さないが、心の中で怒りと闘志を燃やしていた。しか
し、
「? どうした、ステファニー。顔色が悪いぞ」
 ダンの言うとおり、ステファニーの顔は真っ青に染まっていた。体も少し震えている。
「…………来たのね、彼が、ついに」
「!? ステファニー、お前、シニストさん達をあんな風にした奴の事を知っているのか?」
 ダンが大声で質問する。キラ達も一斉にステファニーに眼を向ける。
 ステファニーは少しの間沈黙したが、意を決して、
「ええ、知っているわ」
 と答えた。
「コロニー級の宇宙船をたった一機で破壊するほどの戦闘力。そして、シニストさん達を相手に
行なった残酷極まりないゲーム……。間違いないわ。そいつは私やダンと同じ、サードユニオン
のゲームの参加者の一人。六人目の、そして最強の男よ」
 ステファニーがそう言った直後、アメノミハシラ中に再び警報音が鳴り響いた。
「所属不明の戦艦が急速に接近! 数は一、形状はハルヒノ・ファクトリーに酷似しています」
 アナウンスの内容に一同は驚愕する。唯一人、ステファニーだけは冷静だった。
「彼は私がこの世で最も嫌悪する男。傲慢で、冷酷で、残忍で、狡猾で、強すぎる男。その男の
名前は…」



 その艦は、先程、フラガとニコルが模擬戦を行なったデブリ帯に突然現われた。形状はハルヒ
ノ・ファクトリーとまったく同じ。サードユニオンがゲームの参加者達に与えたオケアノス級輸送艦
の一つ、テンクウだ。
 そして今、この艦から一体のMSが飛び立とうとしていた。
 背中に巨大なリングを背負い、右腕には巨大なビームライフル、左腕には小型の盾。頭部に
は刃のような鋭い角があり、その威容な姿は神話に出て来る神を思わせる。
 だが、このMSの操縦席に座る男は、神などではない。髪は黒。両眼は黄金よりも美しく輝く金
色の瞳。その英知は天にも通じるほどだが、その心は、悪魔よりも邪悪。
 男の眼は、MSのカメラが映し出す映像に向けられていた。モニターには、アメノミハシラの戦
艦ドックに停泊しているハルヒノ・ファクトリーの姿が映し出されている。
「ふっ、なるほど。私の『獲物』をあの廃墟に追い込め、というのはこういう事だったのか。ノーフェ
イスめ、面白い趣向をする」
 男は微笑んだ。一ヶ月ぶりの地球は、なかなか楽しめそうだ。
「楽しませてくれよ、ダン・ツルギ。所詮、お前の存在価値など、その程度しかないのだからな。ゼ
ノン・マグナルド、ヘルサターン、出撃する!」
 最凶の悪魔が飛び立った。今、かつてない死闘の幕が上がる。

(2005・1/7掲載)

次回予告
 奴が来た。
 星の彼方から、奴が来た。
 最強にして最凶。ダン・ツルギと似て非なる者。宿敵。天敵。怨敵。
 敵。そう呼ぶしかない男。奴の名はゼノン・マグナルド。
 ダンを、キラを、ムウを、多くの人々を窮地に追い込む男。
 そして、世界に絶望をもたらす男。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「地獄王」
 弱き世界、蹂躙せよ、ヘルサターン。

第20章へ

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