第16章
 ビフレストの攻防

 ビフレスト、中央司令室。
 小さな公園並みの広さを誇るこの部屋には、ギガフロートを管理するためのコンピューター類
や巨大なモニターが設置されており、多くの職員が働いている。ビフレストの『頭脳』ともいえる場
所である。
 巨大モニターには、ブルーコスモスやリ・ザフトのMS群と、それに挑むディプレクターを中心と
する守備隊の奮戦が映し出されていた。ディプレクターだけでなく、連合やザフト、オーブ軍も頑
張っている。
 中央司令室の司令席に座るラクス・クラインは冷静にモニターを見ていた。彼女の隣に立つバ
ルトフェルドとエリナ・ジュール、スカイ・アーヴァンなども同様だった。全員、静かにモニターを
見ている。
 司令席のちょうど後ろにある自動ドアが開いた。そして、ディプレクターの職員に先導されて、
四人の人間が入って来た。
 地球連合軍所属、大西洋連邦軍中将、シグマン・ウェールズ。
 ウェールズの副官として働く地球連合軍少将、マリュー・ラミアス。
 ユーラシア軍中将、ヴィクター・ハルトマン。
 そして、かつてディプレクターの一員として活躍した『救世のピアニスト』、ニコル・アマルフィ。
 ラクスは椅子から立ち上がり、彼らに挨拶をする。
「ようこそ。皆さん、ご無事で何よりでした」
 ラクスの言葉に、シグマン・ウェールズは笑顔を浮かべる。
「ははははは。私も皆も、そう簡単には死ねんよ。それで作戦の方はどうなっているのかね?」
 ウェールズの質問には、バルトフェルドが答える。
「順調ですよ。今のところはね。もっとも、予定外のゲストが紛れ込んでしまいましたが」
 巨大モニターには、マーズフレアと戦うサンライトの姿が映し出されていた。
「フェイクGか」
 ヴィクター・ハルトマンが呟く。『フェイクG』とはサンライトやマーズフレアたちに対するディプレ
クター側の呼称である。サンライトらの顔や外見が、ストライクなど『G』と呼ばれるMSたちに似て
いる事から、そう名付けられた。最初にその存在が確認されたアクアマーキュリーがフェイク1、
以下、出現した順にマーズフレアがフェイク2、ハリケーンジュピターがフェイク3、サンダービー
ナスがフェイク4、そしてサンライトがフェイク5と呼ばれている。
「戦っている相手はフェイク2ですね」
 モニターを見ながら、ニコルがバルトフェルドに言う。
「ああ。以前オーブを襲った風車付きの奴と金ピカの姿も確認した。リ・ザフトにブルーコスモス、
そしてフェイクGたち。オールスター大集合だな」
「バルトフェルド君。彼らは我々の敵なのかね? それとも、味方なのかね?」
 ウェールズのこの質問に、バルトフェルドは苦笑を浮かべて答えた。
「分かりません。連中は連中で複雑な関係らしくて」
「インド洋、イスタンブール、そして先日のパリでの戦いの様子から推理すると、フェイク5(サンラ
イト)とフェイク4(サンダービーナス)は手を組んでいるらしく、一緒に他のフェイクGと戦っていま
す」
 と、エリナが言う。続いてマリューが、
「アーヴァン支部長の報告によれば、彼らはパリを襲ったリ・ザフトと戦ってくれました。そして今
もリ・ザフトと戦っています。彼らは私たちの敵では無いと思います」
 と言う。それを聞いたハルトマンは苦笑した。
「リ・ザフトと戦う者が味方だと言うなら、ブルーコスモスも我々の味方だよ。それに我がユーラシ
アの艦隊は奴らの為に大きな被害を受けた」
「それはユーラシア軍が彼らを襲ったからです。しかもユーラシア軍は彼らに降服勧告をする事
も無く、いきなり攻撃をしたそうではないですか。それでは反撃をされても文句は言えません」
「ラミアス少将は彼らを信用しているようだな。だが、奴らはイスタンブールで『天翔ける医療団』
の船を襲っている。軍とは関係の無い民間船をだ。これは悪質なテロとは言えないかね?」
「そ、それは……」
 マリューは言葉に詰まった。『天翔ける医療団』のかつての実体は、地球軍もディプレクターも
掴んでいなかった。
 ハルトマンはラクスの方を見る。
「ラクス殿。フェイクGは全て我々の敵です。フェイク3と5も、攻撃対象として考えるべきだと思い
ます。貴方もそう思ったから、彼らを全世界指名手配にしたのでしょう?」
「…………」
 ラクスは答えなかった。自分の席に戻り、深々と腰を下ろした。そして、
「バルトフェルド司令。フェイク3とフェイク5に通信は送れませんか?」
「無理ですね。システムが最終段階に入ったせいで、電波妨害が激しくて」
「そうですか……。システムの状況は?」
「順調ですよ。あと二十分、いや、十九分もあれば稼動します」
「そうですか」
 ラクスはふう、とため息を付いた。
「このビフレストに来た皆様を騙すような事になってしまいましたが、止むを得ません。非難も中
傷も、全てわたくしが受けましょう」
 そう呟き、ラクスは再びモニターに視線を移す。
 現在、AM10:45。運命の時は、刻一刻と迫っている。



 AM10:46。
 サンライトとマーズフレアの激闘は続いていた。
 AMA(オートモビルアーマー)フィアーの背に乗るマーズフレアは、ツインビームライフル《ヤ
ヌス》や腹部の《カリュブティス》などで攻撃。しかしサンライトは全てかわし、ビームショットライフ
ルを撃つ。散弾の様に弾けたビームが、マーズフレアを襲う。
「ぬうっ!」
 かわし切れない、と判断したクルフはシールドでビームを防ぐ。多数に分かれたビームは一発
一発の破壊力は低い。致命傷さえ受けなければ凌げる、と判断したのだ。
 その判断は間違っていなかった。雨のように降り注ぐビームを、マーズフレアの盾は受け止
め、見事に防ぎきった。だが、
「もらった!」
 マーズフレアが盾に身を隠している間に、サンライトが一気に接近。《シャイニング・エッジ》を抜
き、マーズフレアに向かって振り下ろす!
「ちいっ!」
 しかし、クルフの反応は速かった。乗っていたフィアーから飛び降りて、サンライトの斬撃をかわ
し、即座にやって来たミスフォーチュンに飛び移る。
 並のパイロットなら間違いなく真っ二つにされていただろう、必殺のタイミングだった。それをか
わしたクルフは、やはり只者ではない。もっとも、犠牲を払わなかった訳ではない。彼が乗り捨て
たフィアーは搭載していた火器ごと、《シャイニング・エッジ》に両断され、爆発四散した。
「ちっ、フィアーまでもが…!」
 唇を噛み締めるクルフ。AMAファイア、フレイム、フィアー、ミスフォーチュン。マーズフレアの
武器を運び、フライトユニットとしても活躍するこの四機のAMAはマーズフレアにとって重要な
戦力だ。だが、フレイムはビームショットライフルの直撃を受けて、既に撃墜されている。そして今
度はフィアーが。これでマーズフレアの機動力、並びに豊富な武器に裏付けされた火力は半減
してしまった。
「たとえ私本体を逃しても、確実に戦力を削ぎ落としているという事か。やるな、ダン・ツルギ。わ
ずかな間に腕も頭脳も大きく上げたようだ。強くなった。本当に強くなった。ふふ、ふふふふ…
…」
 クルフは笑っていた。彼は強い敵を求めていたからだ。それと戦う為に。それに勝つ為に。
 一方、クルフに褒め称えられたダンだが、その顔に強者の余裕などは無かった。眼はギラギラ
と輝き、額には冷汗が浮き出ている。
「くっ、あのタイミングでも仕留められなかったか。さすがにやる…!」
 戦いを喜ぶクルフとは対照的に、ダンは焦っていた。クルフが予想以上に強い事にもだが、そ
れ以上に自らの内から湧き上がる、得体の知れない感情に戸惑っていた。
 憎悪?
 恐怖?
 戦慄?
 歓喜?
 どれも合っているようだが、そのどれでもない。そして、
「俺が倒すべき相手も……あんたじゃない! さっさと片付けさせてもらうぞ!」
 左目の熱さを誤魔化すように吠えるダン。サンライトは《シャイニング・エッジ》を構え、マーズフ
レアに切りかかる。
「来い、ダン・ツルギ! 私を楽しませてもらうぞ! そして、私に最高の勝利を与えろ!」
 迎え撃つマーズフレア。背部の大砲《アガリアレプト》が火を吹いた。



 AM10:47。
 さて、この空域で戦っているのは、サンライトとマーズフレアだけではない。多くのMSが入り乱
れ、それぞれの敵と戦っている。
 オルガのジャバウォックは、カナードのザマーと激しい空中戦を展開。互いにビームを打ち合
い、かわし、変形し、目にも止まらぬ高速戦を行なっている。
「カナードとか言ったな。パリでは手を貸してやったけど、今日は敵同士。遠慮はしないぜ! オ
ラオラ!」
「なぜ俺たちの邪魔をする? ディプレクターに雇われたのか?」
 国際救難チャンネルでカナードが問う。オルガは不適に微笑み、
「俺の仲間の敵が、お前達の仲間だからだよ。お前はあのマーズフレアってのを助けるつもりだ
ろ?」
「当然だ。あの男は俺たちの仲間だからな」
「いい答えだ。でも、それをさせる訳にはいかないんだよ。俺も仲間を守りたいからな。行くぜ!」
 クルフ一人にも苦戦しているのに、カナードまで加わったら、ダンに勝ち目は無い。そう考えた
オルガは、カナードに決死の戦いを挑む。
『機体の性能はほぼ互角。けど、腕は奴の方が上。分が悪いけど、やるしかねえ。……仲間の
為に戦う、か。ちっ、俺も随分とアマちゃんになったもんだ』
 そう思うオルガだが、今の自分は嫌いではなかった。ジャバウォックを強襲形態に変形させ
て、カナードのザマーに襲い掛かる。
 一方、オルガ対カナードの戦闘空域から少し離れた空でも、激しい戦いが繰り広げられてい
た。
 ビフレストに向かおうとするリ・ザフトのMS群の前に、巨大な艦影が立ちはだかった。ハルヒノ・
ファクトリーだ。その甲板にはルーヴェのバンダースナッチとギアボルトのチェシャキャットが乗っ
ている。
「ここから先へは通しません」
 ギアボルトの正確無比な射撃が、ディンやフライトユニットに乗ったMSを次々を撃墜。そして、
こちらを先に叩こうと近づいてきたジンやゲイツなどは、
「ビフレストを守る義理は無いし、依頼も受けていない。でも、やっぱりあれは、そしてあそこにい
る人たちは、この世界には必要なんですよ。失う訳にはいかない!」
 獣の姿に変形したバンダースナッチの牙と爪によって引き裂かれた。
 次々と落とされる味方を見て、デスフレイム隊のジールとアヤセの心に、怒りの感情が湧き上が
る。
「やるぞ、アヤセ! あの二機を倒さない限り、ビフレストへは行けない。必ず倒す!」
「はい!」
 二機の赤いザマーが、ハルヒノ・ファクトリーに突撃する。
「ルーヴェさん、デスフレイム隊が来ました」
「ああ。パリで一緒に戦ったが、かなりの凄腕だ。だが…」
「分かっています。絶対に負けません」
 迎え撃つチェシャキャットとバンダースナッチ。戦いは更に激しさを増していく。



 AM10:49。
 海中を進むリ・ザフトの潜水艦隊。だがその前に、
「はーい。ここから先は通行止めよ」
 黄金の雷神サンダービーナスが現われた。迎撃しようと出撃したグーンやゾノの砲撃をあっさ
りかわし、指先から十本のワイヤーを放出。ワイヤーの刃先がMSたちの体に突き刺さると同時
に、
「痺れなさい。そして……さようなら」
 機械も人間も焼き尽くすほどの超電撃を放出。パイロットは一瞬で感電死し、MSも次々と爆発
した。
「貴方たちの力では、私は倒せないわ。大人しく引き上げてくれれば助かるんだけど……」
 ステファニーの願いは届かなかった。潜水艦からは新たなグーンやゾノが発進され、潜水艦も
魚雷を撃ってきた。
「そう。だったら戦うしかないわね」
 冷たい海中で、再び舞い踊るサンダービーナス。そしてまた一人、無謀な猛者が女神の贄と
なる。



 AM10:50。
 ビフレストの東方から侵攻しようとしたブルーコスモスの艦隊は、予想以上の苦戦を強いられて
いた。
 数の上ではブルーコスモスの方が上だった。事実、つい先程までは彼らが押していた。ビフレ
ストの守備隊は全滅寸前だったのだ。
 だが、たった一隻の戦艦の参入によって、戦況は大きく変わった。
「スレッジハマー、バリアント、てーーーーーっ!!」
 ナタル・バジルール艦長の指示の下、AA級六番艦プリンシパリティは的確な攻撃を行なう。
フライトユニットに乗ったストライクダガーや105ダガーが次々と落とされていく。PS装甲で守ら
れたズィニアは、ミサイルの直撃を受けても平然としているが、
「はあああああっ!」
 キラのネオストライク1号機と、
「ビフレストには俺の奥さんもいるんでね。お前たちを行かせる訳にはいかないんだよ!」
 ムウのシュトゥルムの正確なビーム射撃によって、こちらも次々と落とされた。そして、
「ビークル6、【キリサメ】!」
 音声入力システムによって、キラの命令を受けた戦闘ヘリが空を飛ぶ。ヘリはネオストライクに
近づくとローターパーツを切り離し、本体を二つに分離。分離した機体はそれぞれコンパクトに
変形し、機体の前部が変形したパーツはネオストライクの右腕に、機体後部が変形したパーツ
は左腕に合体した。
 ストライクビークル6号機【キリサメ】。この機体は、一機のビークルに極限までの能力を与え、ネ
オストライクを大幅に強化する事を目的として作られた。
 右腕に装着されたパーツは巨大なビームクローを放出。触れる敵機を容易く切り裂き、粉砕し
た。
 左腕のパーツはビームシールドを展開。実弾、ビームの区別無く、敵の攻撃を完全に防い
だ。
 最強の刃と最強の盾。この二つを得たネオストライクに敵はいない。ムウのシュトゥルムと共にブ
ルーコスモスのMSを次々と撃墜していく。その活躍は、ブルーコスモスの連中も恐怖するほど
だった。
「バ、バカな、たった二機のMSと一機の戦艦がここまで……」
 サンダルフォンからリヴァイアサン級戦艦《エドワウ》の指揮を任された将校も例外ではなかっ
た。そして、彼が恐怖に震えている間にシュトゥルムが接近。彼にビームライフルの銃口を向け
た。
「!」
 叫ぶ間もなかった。ビームライフルの強烈なビームは《エドワウ》の艦橋を一瞬で焼き尽くし、爆
発させた。
 エクシード・フォース。そう名付けられたディプレクター最強部隊は、初陣とは思えぬ活躍を見
せていた。彼らが駆けつけてからわずか数分で、戦況は完全に逆転した。
 このまま一気に、と誰もが思ったその時、
「ムウさん、危ない!」
 キラの叫びを聞き、ムウは咄嗟に操縦桿を動かし、その場から離れた。直後、シュトゥルムが今
までいた空域を強烈なビームが通り過ぎた。
「……ふう、危ない、危ない。ありがとな、キラ」
「いえ、それより今のビームは……」
「ああ。見覚えのあるビームだ。二年前に見たやつにそっくりだ」
 キラもムウはビームが来た方向にMSのカメラを向ける。ブルーコスモスの旗艦《キャスバル》。
その甲板に、銀色のMSが立っている。その姿は二年前に見たMSに酷似していた。
「ルシフェル……!」
 二年前、邪神ダブルGが作り出した白い悪魔、ルシフェル。六枚の翼を持つこのMSは、戦う
ごとに強くなっていき、キラやガーネットたちを大いに苦しめた。
 いや、よく見ればルシフェルとは少し違う。頭部の形状が違うし、機体の色は銀一色。
「量産型ルシフェルだと! ちっ、まだ残ってたのかよ。ブルーコスモスめ、あんな物、どこで手
に入れやがった!」
 フラガの言うとおり、それは量産型のルシフェルだった。先の大戦ではダブルGの切り札として
七機の量産型ルシフェルが出撃、手強い敵となった。
 今、キラたちの前にいるのは、その七機の前に作られた試作機である。解体され、ダブルGが
地球のとある場所に築いていた秘密の工場に保管されていたのだが、戦後、その工場をサード
ユニオンが発見し、組み上げたのだ。
 ちなみにこの工場には建造途中だったズィニアや、四隻のリヴァイアサンも保管されていた。
主を失ったこれらの兵器たちをサードユニオンが回収し、ブルーコスモスに与えたのだ。
 銀色の量産型ルシフェルも、サードユニオンからのプレゼントだった。Nジャマーキャンセラー
を組み込んだ、世界でも数少ない核動力機。二年前のMSとはいえ、その戦闘力は驚異的であ
る。
「フフ、フフフフフフ……」
 有人機に改造された量産型ルシフェルのコクピットでは、アレックス・サンダルフォンが微笑ん
でいた。彼はルシフェルのパワーに酔いしれていた。
「予想以上のパワーだ。勝てる、これなら勝てる! キラ・ヤマトにも、ムウ・ラ・フラガにも、そし
て、俺をバカにしたロード・ジブリールにもなあ!」
 銀色の量産型ルシフェルの隣に、これまた銀色のMSが二機、立つ。IWSPパックを装備した
105ダガーだ。どちらもAMSに改造してあり、サンダルフォンの指示通りに動く。
「さあ、飛ぶぞ、メフィストフェレス! 殺してやる! どいつもこいつも、俺の前に立つ者は全て
殺してやる!」
 叫ぶサンダルフォン。量産型ルシフェル0号機・メフィストフェレスは、その六枚の翼を大きく広
げ、空へ飛び立った。



 AM10:52。
 ノイズ・ギムレット率いるブルーコスモスの別働隊は、ビフレストの北方から奇襲攻撃をかけた。
ノイズのハリケーンジュピターと劾のアストレイ・ブルーフレームセカンドL、イライジャの専用ジ
ン、そしてブルーコスモスから提供された三十機のズィニアが、ビフレストを守るオーブ艦隊に襲
い掛かる。
 MSの数ではノイズの部隊の方が上だったが、オーブ軍も必死の抵抗を見せていた。
「てえええい!」
「はあっ!」
「この!」
 前大戦の生き残りで、今では一流のパイロットになったアサギ、ジュリ、マユラが奮戦。M1アス
トレイで次々とズィニアを落としていく。
 そして、オーブ軍の中核を担うのがこの男、
「ビフレストには絶対に行かせん!」
 ディプレクター三英雄の一人にして、オーブ大統領護衛部隊隊長、『誇り高き翼』アスラン・ザ
ラ。彼が操るビークル3【ホムラ】を装備したネオストライク2号機の前では、ズィニアなど赤子同然
だ。たった一人で、既に七機のズィニアを撃墜していた。
 もちろん他の者たちも頑張っている。特に新人のカケル・シラギは大活躍していた。
「オーブの、世界の平和を脅かすお前たち、好きにはさせない!」
 カケルのM1アストレイはビームサーベルを抜き、ズィニアの胴体を横一文字に切り裂いた。爆
発するズィニア。これで三機目。とても新人とは思えない。
 開戦からわずか数分で、半数以上のズィニアが撃墜された。しかし、オケアノス級輸送艦ウィル
スの甲板に立つハリケーンジュピターは動かなかった。その操縦席に座るノイズは余裕の笑み
を浮かべている。
「オーブのクズどもめ、調子に乗ってるな。でも…」
 ノイズは操縦席の脇にあるスイッチを軽くつついた。このスイッチを押せばハリケーンジュピタ
ーの背にある巨大ファン《テュポーンブレス》が回り出す。そして、即効性の毒ガスを散布し、オ
ーブ軍はもちろん、ダンも、ステファニーも、ディプレクターも、ブルーコスモスも、リ・ザフトも、ビ
フレストにいる連中も皆殺し。生き残るのは予め解毒剤を持っているノイズだけ。彼の完全勝利
だ。
 ノイズは自分の勝利を確信していた。だから彼は、可笑しくてたまらなかった。ビフレストを守ろ
うと戦っているオーブ軍も、ビフレストを落とそうとしているブルーコスモスやリ・ザフトも、無駄な
事をしているクズにしか見えなかった。
「俺がここに来た時点で、何もかも終わってるんだよ。まあ、せいぜい頑張りな。そして、魚のエサ
になりな。アハハハハハッ!」
 高笑いするノイズの横では、劾のブルーフレームとイライジャのジンが、静かに佇んでいた。操
縦する劾とイライジャの視線は、アスランたちの方に向けられていた。
 オーブ軍もディプレクターも地球軍もザフトも、この世界を守るために、大切な人や国を守る為
に懸命に戦っている。彼らに比べて、今の自分たちは何だ。いや、自分たちも大切なものを守る
為に戦っている。しかし、その代償はあまりにも大きい。
『俺は……どうすればいい? 何をすればいい? 風花……』
 劾は迷っていた。彼がこれほど悩み、苦しむのは、生まれて初めてかもしれなかった。
 その苦悩に対し、彼が結論を出すのはもう少し先の話。



 AM10:55。
 ビフレスト中央司令室。
「作戦開始まで、あと十分か。ちょっと敵の足が鈍いかな? もう少し食いついて欲しいんだがね
え」
 モニターで戦いの様子を見ているバルトフェルドが、少し残念そうに言う。続いてアーヴァン
が、
「数もリ・ザフトはヨーロッパ方面のほぼ全軍が来ているようですけど、ブルーコスモスは思ったよ
り少ない。どうやらサンダルフォン派だけみたいですね」
「ジブリール派は動かず、か。ロード・ジブリール、思ったより慎重な男だな」
 と、ウェールズ中将が呟くと、マリューが頷き、
「彼らにとっては絶好の機会のはずなのに動かないなんて、情報が漏れたのでしょうか?」
「かもしれんな」
 ウェールズの発言に、エリナが首を傾げる。
「秘密は厳守していたはずなんですが……。ここにいる人たち以外にこの作戦の事は話していま
せんし、システムに必要な物資もビフレストの建設素材に紛れ込ませて、上手く誤魔化したのに」
「完全にバレたわけじゃないと思うがね。バレていたらサンダルフォンもリ・ザフトも来ないだろう」
「あっ、そうですね」
「まあ、バレていようといなかろうと、ここまで来たらやるしかない。システムの充電、どうなってる!
 最終チェックは手を抜くなよ! 充電だけで三日もかかっているんだ。ここまで来てシステムが
動きません、なんて事になったらさすがにシャレにならないぞ!」
 バルトフェルドの指示が飛ぶと、司令室は更に騒がしくなった。
 このやり取りをニコル・アマルフィは黙って見ていた。かつての英雄とはいえ、今は一民間人で
あるニコルに作戦に対する発言権は無い。それでも、今までのやり取りや司令室の慌しさなどか
ら、ラクス達が何をしようとしているのかについては何となく想像が付いた。
『各国のV.I.Pをオトリにして、二年前のアラスカの再現、か。いや、ある意味、あれ以上に悪趣
味かもしれませんね』
 そう考えるニコルの目の前で、ラクスが立ち上がった。
「《ヨモツヒラサカ・システム》発動予定時間まで、あと七分。各部署に改めてシテスム発動後の対
応を伝えてください!」
 AM10:56。作戦開始まで、あと七分。



 アスランは震えていた。体も、心も、震え、恐怖していた。今、彼が戦っている相手は、それ程
の強者だった。
 青いMS、ブルーフレーム・セカンドLの攻撃。ビームライフルを手に空を飛び、アスランのネオ
ストライク2号機に向かって、ビームを撃つ。
「くっ!」
 かわすアスランだが、セカンドLの射撃は止まない。アスランの逃げる方向を予測し、その方向
に向かってライフルの引き金を引く。正確な狙い。アスランの動きが完全に読まれている。
 それでも何とかかわしてきたアスランだったが、ついにネオストライクの右足が打ち抜かれた。
「ぐうっ!」
 衝撃を堪えるアスラン。右腕に装備した【ホムラ】のミサイルをセカンドLに向けて発射。ミサイル
は全てかわされたが、その隙にネオストライクはセカンドLから離れ、距離を置く事が出来た。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 汗が一気に吹き出てきた。今までにも強敵と戦った事はある。キラ、ゴールドゴースト、暴走し
たガーネット、連合にいた頃のオルガたち、リヒター、そしてダブルG。いずれも強く、死に掛け
たことも一度や二度ではない。
 だが、今戦っている相手は、今までの相手とは違う。強さの次元そのものが違う。何度戦っても
勝てる気がしない。
「これが噂のサーペントテール、最強の傭兵、叢雲劾の実力か……!」
 湧き上がる恐怖を、アスランは唾と共に飲み込んだ。勝算は無い。だが、それでも今は退く訳
にはいかない。
「作戦開始まであと少し、それまでは持ちこたえてみせる!」
 決意を固めたアスランは、エネルギーの尽きた【ホムラ】を外し、ビームライフルをセカンドLに
向ける。
 一方、セカンドLに乗る劾の心は晴れなかった。
『俺は何をやっている……。俺の敵は、本当に倒すべき敵は、オーブでもディプレクターでもな
いのに!』
 劾は母艦ウィルスに眼を向ける。甲板にはイライジャのジンと、ノイズのハリケーンジュピターが
いる。劾の視線はもちろん、自分たちを苦しめている男が乗るMSに向けられていた。
「ほらほら、何してるのさ。ちゃんと戦ってくれよ。『誇り高き翼』と最強の傭兵の戦いなんて、この
先絶対に見れないスペシャルマッチなんだ。もっと盛り上げてくれないと! それとも劾、お前、
可愛い可愛い風花ちゃんを見殺しにする気かよ?」
 サーペントテールの少女メンバー、風花・アジャー。今、彼女はノイズが放った特製のウィルス
に侵され、病の床にある。多くの医者に診せたが、誰も何も出来なかった。ノイズが渡す薬が無
ければ、風花は数日中に死んでしまうだろう。
 そんな危険な状態にあるにも関わらず、風花は言った。劾を解き放つ魔法の言葉を言ったの
だ。だが、その言葉を受け入れれば風花は死ぬ。
『俺は、どうすればいい? どうすれば……』
 ネオストライクがビームライフルで攻撃。セカンドLは軽快な動きでかわした。だが、劾はまだ迷
いの森から抜け出せずにいた。
 AM10:57。作戦開始まで、あと六分。



 空を飛ぶ六枚羽の銀色の悪魔。アレックス・サンダルフォンが操る量産型ルシフェル0号機、メ
フィストフェレスだ。左右にIWSPパック装備の105ダガーを従え、キラとフラガの前に立つ。
「死ね、キラ・ヤマト、ムウ・ラ・フラガ! 青き清浄なる世界の為に!」
 メフィストフェレスの六枚の翼に『眼』が浮かぶ。一枚の翼につき十個。合計六十の眼がキラた
ちを睨み、そして、輝く。
「! キラ、来るぞ!」
「くっ!」
 六十の眼が一斉に光の弾を打ち出した。ルシフェル最強の武器、六連翼型荷電粒子ビーム
マシンガン《エリミネート・フェザー》だ。六十もの銃口から放たれた無数の弾がキラたちに襲い
掛かる。
 両腕に【キリサメ】を装備したキラのネオストライクと、フラガのシュトゥルムはそれぞれ機動性に
長けており、光の雨をかわす事が出来た。しかし、キラたちの後ろにいたMS群は避け切れなか
った。一瞬で十数機のMSが光の弾に打ち抜かれ、爆発した。その中にはズィニアや、フライト
ユニットに乗ったストライクダガーなど、ブルーコスモスのMSの姿もあった。
「サ、サンダルフォン様、なぜ……」
 敬愛する上司に攻撃されたストライクダガーのパイロットは、最後の通信を送る。それに対する
サンダルフォンの返答は、
「その程度の攻撃も避けられぬクズは不要だ。死ね、愚か者め」
「……!」
 ストライクダガーのパイロットは、この男に従ってきた自分の愚かさを呪い、爆炎の中に消えた。
味方まで容赦なく消し去るサンダルフォンの所業は、キラを大いに怒らせた。
「自分の部下を、仲間を……! アレックス・サンダルフォン、お前は!」
 キラの中で『種』が弾けた。
 両腕に【キリサメ】を装備したネオストライクはメフィストフェレスに突進。右腕の巨大ビームクロ
ーを振りかざし、メフィストフェレスを粉砕しようとする。
「キラ!」
 アスランからキラのフォローを頼まれていたフラガは、慌ててネオストライクの後に続く。
「ふん、単純すぎるな!」
 キラの行動を嘲笑するサンダルフォン。ネオストライクとシュトゥルムの前に、護衛役の105ダガ
ーを立ちはだかせる。銀色のダガーたちは剣を抜き、砲を構え、ネオストライクを仕留めようとす
る。だが、
「邪魔だ!」
 ネオストライクは二機のダガーの攻撃をあっさりかわした。ダガーたちが遅いのではない。ネオ
ストライクが速過ぎるのだ。そしてネオストライクは、一瞬でダガーたちの背後に回りこみ、ビーム
クローを振り下ろす。二機のダガーはまとめて粉砕された。
 攻撃を避けてから粉砕するまで、わずか三、四秒。速い。あまりにも速過ぎる。その動きはまさ
に閃光。
「『閃光の勇者』、キラ・ヤマト……!」
 サンダルフォンは忌々しげに敵の名を呟く。親友バルバロッサ・アバドンの仇にして、今まで幾
度となくブルーコスモスの計画を潰してきた仇敵、キラ・ヤマト。何としても倒さなければならな
い。
 エネルギーチャージの為、《エリミネート・フェザー》はしばらく使えない。それでも核動力機で
あるメフィストフェレスのパワーは、キラのネオストライクも、フラガのシュトゥルムも凌いでいる。
「殺してやるぞ、キラ・ヤマト! そして、貴様もついでに殺してやる、ムウ・ラ・フラガ!」
 メフィストフェレスは右腕の400o対PS装甲破砕弾砲≪ウルスラ≫と、左腕の110o高エネル
ギー収束・拡散選択式ライフル≪ウラヌス≫を同時発射。強烈な一撃がキラとフラガを襲う。
 AM10:58。作戦開始まで、あと五分。



「ぐっ…!」
 マーズフレアと戦うダンの頭に激痛が走った。いや、正確には頭ではない。眼だ。左目が痛
く、そして、熱い。
「戦いの最中に立ち止まるとは、愚か者め!」
 一瞬、動きを止めたサンライトにマーズフレアが襲い掛かる。《アガリアレプト》の砲撃とツインビ
ームライフル《ヤヌス》の同時攻撃。
「!」
 ダンは痛みを忘れ、操縦桿を動かし、何とか攻撃をかわした。危なかった。あと一秒、かわす
のが遅ければ……。
「ぐうっ……!」
 左目の痛みは治まらない。いや、ますます激しくなっていく。そして、なぜか右目までもが痛く、
熱くなってきた。
『何だ、これは? 俺の中で何が起こっているんだ…!?』
 AM10:59。作戦開始まで、あと四分。



 キラやアスランたちの活躍によって、ブルーコスモスもリ・ザフトも、ビフレストに近づけずにい
た。それでも、数では敵の方が上だ。わずかな数ではあるが、運良く(?)防衛網を潜り抜けたズ
ィニアやディンがビフレストに迫る。
 しかし、ビフレストには最後の盾となる者たちがいた。ダガーLを中心とする地球軍の精鋭部隊
だ。
 この部隊には、ウェールズの護衛役としてこの地に来ていた大西洋連合のエースパイロット、
『乱れ桜』レナ・イメリアも加わっていた。彼女は前大戦から愛用しているバスターダガーに乗り
込み、ダガーL部隊の先頭に立って、敵を迎え撃つ。
「宇宙人にも機械人形にも、好きにはさせない!」
 正確無比な射撃で、次々と空の敵を打ち落とす。その勇ましい活躍はビフレストの人々を驚か
せ、そして、安心させた。
 この様子を、フルーレ・サー・リュエルは撮影用のジンで記録していた。本当は沖に出て、キラ
やアスランたちの活躍を撮りたいのだが、ビフレストから離れる事は禁じられていた。
「安全な所で撮影しても、戦争の真実は伝わらないんだがなあ……」
 グチをこぼしている間に、レナのバスターダガーがまた一機、ズィニアを打ち落とした。
「おおっと、お仕事お仕事!」
 撮影用ジンの全てのカメラが、激しくシャッターを切る。フルーレもまた、ジャーナリストとして
『戦って』いた。彼の戦いは、戦争の真実を伝えるための戦いである。
 AM11:00。作戦開始まで、あと三分。



 オルガ対カナード。
 ギアボルト対アヤセ。
 ルーヴェ対ジール。
 カラミティ・トリオとデスフレイム隊の戦いは、ほぼ互角の展開が続いていた。
 オルガとカナードは、パイロットとしての技量はカナードの方が上だ。しかしオルガはジャバウォ
ックの火力に物を言わせ、連続で砲撃。カナードのザマーを逃げの一手に追い込んでいた。
「オラオラオラ! 逃げてばかりじゃ勝てないぜ、カナードさんよお!」
「ちっ……」
 焦るカナード。だが、オルガも口で言うほどの余裕は無い。一瞬でも気を抜けば墜とされる。極
度の緊張が彼の心を締め付けていた。
『ちっ、薬に頼っていた頃は、自分より強い奴と戦ってもビビらなかったんだけどな。俺も弱くなっ
たもんだぜ』
 そう思っても、あの頃の自分には戻るつもりはない。オルガは湧き上がる恐怖心を押さえ、必
死の攻撃を続ける。
 そのオルガが仲間と認めた二人、ギアボルトとルーヴェは、ハルヒノ・ファクトリーの甲板上で二
機のザマーと戦っていた。
「ルーヴェさん!」
「ああ、任せてもらう!」
 ギアボルトのチェシャキャットは肩の《シュラーク改》や《ジャック・イン・ザ・ボックス》などで空の
敵を狙撃、その攻撃をかわして隙の出来たザマーに、ルーヴェのバンダースナッチが飛びかか
る。見事なコンビネーションだが、相手も只者ではない。
「くっ、私たちデスフレイム隊を…」
「甞めるな!」
 アヤセもジールも、共にバンダースナッチの牙をかわした。甲板に着地したバンダースナッチ
にビームライフルを撃つ。
「ちっ!」
 バンダースナッチは左右ジクザグに飛んだ。まるで獣のようなステップを踏み、ザマーたちの攻
撃をかわした。
 しかし、ハルヒノ・ファクトリーの甲板には大きな穴が開いてしまった。戦場となったこの艦は、か
なりのダメージを受けている。そろそろ限界が近い。
 艦が海に落ちる前に決着を付けたい。そう考えるギアボルトとルーヴェの表情に焦りの色が浮
かぶ。
 AM11:01。作戦開始まで、あと二分。



 リ・ザフトの潜水艦隊とサンダービーナスの戦いは、ついに終結した。結果はサンダービーナ
スの圧勝。リ・ザフトのMSも潜水艦も、サンダービーナスの強烈な電撃によって沈黙させられて
いた。
「思ったより手こずったわね。これで海水浴は終わり。お日様の光を浴びに戻りましょう」
 戦いを終えたステファニーは、オルガたちと合流するために水上に戻ろうとした。だがその時、
海が大きく揺れ動いた。
「!? 何これ、地震?」
 驚くステファニー。サンダービーナスのレーダーを見ると、真下から来る巨大な物体の姿を捉
えていた。MSや潜水艦よりも大きい。
 危険を察したステファニーは、その場から離れる。そして彼女は見た。
「な、何よ、あれ……」
 それは大きな柱だった。太く、長く、大きな円柱。全長百メートル、いやそれ以上かもしれな
い。まるで高層ビルのようなその物体は、ステファニーの目の前を通り過ぎ、水上へと上って行
った。
「何かしら、あれ……。嫌な予感がするわね。それも、とてつもなく」
 その予感を裏付けるかのように、サンダービーナスのレーダーは新たな機影を捉えた。
「この反応は……。来ると思っていたけど、やっぱり来たわね」
 機影をモニターに映し出す。オケアノス級輸送艦だ。
「マーズフレアとハリケーンジュピターはもう来ている。という事は…あれはあの女の艦、アトラン
ティスね」
 ステファニーの推理は当たっていた。アトランティスの格納庫ではレヴァスト・キルナイトがアク
アマーキュリーの操縦席の中で、微笑を浮かべていた。
「待たせたわね、ステファニー・ケリオン。そして私も待っていた。この日、この時が来る事を。イ
ンド洋で受けた屈辱、今日こそ晴らす!」
 AM11:02。作戦開始まで、あと一分。



 ビフレストの東方、ネオストライク1号機&シュトゥルム対メフィストフェレス。
「キラ、そろそろ作戦開始だ! プリンシパリティに引き上げるぞ!」
「は、はい!」
 後方に下がるネオストライクとシュトゥルムを見て、サンダルフォンの顔に笑みが浮かぶ。その
眼は、逃げる獲物を追う狼の眼だった。
「逃がさんぞ、キラ・ヤマト! 全軍、追撃せよ!」
 興奮したサンダルフォンは、自分たちの遥か後方に巨大な影が浮かび上がっていた事に気付
かなかった。



 ビフレスト北方、ネオストライク2号機対アストレイブルーフレ−ム・セカンドL。そして両者の戦
いを見守るハリケーンジュピター。
 苦戦するアスランの元に、アサギからの通信が入る。
「隊長、そろそろ作戦開始時間です!」
「分かった、全機、母艦に戻れ!」
 アスランの命令を受け、M1アストレイたちは海上の戦艦に引き上げる。アスランもセカンドLに
背を向け、戦艦へと逃げていく。
「どうなっているんだ? あいつら、なぜ逃げるんだ?」
「……ノイズ様。我々も引き上げましょう」
 劾が、慣れない敬語で喋る。
「引き上げる、だって!?」
「嫌な予感がします。この空域から一刻も早く離れるべきです」
「………………」
 ノイズは少し考える。彼は劾の実力を高く評価していた。だからこそ風花を病気にして、劾を自
分の部下にしたのだ。
「分かった。すぐにここから離れるぞ」
 興奮して我を忘れたサンダルフォンと違って、ノイズは冷静に判断を下した。セカンドLを収容
した後、ミラージュコロイドを展開。ノイズたちはこの空域を離脱した。
「オーブの連中やダン・ツルギを殺せなかったのは残念だけど、俺が殺されるのはゴメンだから
ね。じゃあな、サンダルフォン。精々頑張りなよ」
 ノイズの励まし、いや、嘲りは、当然サンダルフォンの元には届かなかった。
 ウィルスが姿を消した直後、先程まで戦場だった海の中から、巨大な柱が浮かび上がって来
た。柱は空に浮かび上がり、そのまま停止した。



「《ヨモツヒラサカ・システム》、全機、海上に浮上しました。発動まで、あと一分。カウントダウン、
開始」
 オペレーターの言葉によって、ビフレスト中央司令室は緊張と沈黙に包まれた。ラクスもバルト
フェルドも、ウェールズもマリューも、エリナもハルトマンも、そしてニコルも口を塞ぐ。
 正面のモニターには、ステファニーが見た、あの巨大な円柱の姿が映し出されていた。この円
柱は一本だけではなかった。十、二十、三十……。百以上はあるだろう。それらの柱はビフレス
トを取り囲むように配置されており、ピフレストを中心に半径五キロほどの巨大な円を描いてい
た。
「システム発動まで五十……四十……」
 司令室には、冷静に時を刻むオペレーターの声だけが響き渡る。誰も何も言わず、自分たち
に与えられた仕事をこなしている。
 突然、ハルトマンが小声で、
「バルトフェルド君。このシステムには、どれだけの金をつぎ込んだのかね?」
 と訊いた。バルトフェルドは苦笑して、
「聞かない方がいいですよ。スポンサーの皆さんを納得させるのには、かなり苦労しました」
「なるほど。だが、それだけの苦労をしても、あまり報われそうに無いな。リ・ザフトはともかく、ブル
ーコスモスはこちらの予想を遥かに下回る戦力だ」
「おっしゃる通り。この作戦でヨーロッパ方面のブルーコスモスもリ・ザフトも片付けたかったんで
すがね。それでも、ここまで来たらやらない訳には行かないでしょう」
「オトリにされた各国首脳や企業へのフォローはどうするのかね? ジョン・S・ブラウンは煩く言
いそうだぞ」
「何とかしますよ」
「頼りない返事だな」
「絶対に何とかしますよ。でなければ、私がここにいる意味が無い」
 二人が小声で会話をしている間にも、カウントダウンは続いていた。そしてついに、
「十、九、八、七」
 カウントダウンは最終段階に入った。
「円柱頭頂部と底部、開きます」
 別のオペレーターが言ったとおり、円柱の頭頂部と底部が開いていく。
「六、五、四」
 わずか数秒で、頭頂部と底部は完全に開いた。そして、
「三、二、一」
 カウントダウンが終わる瞬間、それまで椅子に座っていたラクスが立ち上がり、叫ぶ。
「《ヨモツヒラサカ・システム》起動! ビフレスト作戦、開始します!」
 AM11:03。作戦、開始。



 ビフレストを取り囲む円柱の数は百八本。いずれも頭頂部と底部が大きく開いている。その姿
は円柱というより、筒のようだった。
 作戦開始と同時に、開かれた両端から『何か』が放出された。人間の眼には見えないそれは砂
粒よりも細かく、小さな粒子だった。
 粒子は北海の猛風に乗り、広範囲に広がり、円柱に包囲された中にいる全ての物に付着し
た。MSや戦艦も例外ではない。それは水中にも降り注ぎ、身を潜めていた潜水艦やMSにも付
着した。
 しかし、この事に気付いている者は、ほとんどいなかった。ダンもステファニーも、クルフもカナ
ードも、オルガもギアボルトも、そしてサンダルフォンも、何も知らずに戦い続けていた。
 そして、ビフレスト中央司令室では、ラクスが新たな指示を下す。
「《ヨモツヒラサカ・システム》第一段階、終了と判断しました。これより第二段階を開始します。…
…第二段階、起動!」
「了解、第二段階、起動します!」
 ディプレクターの職員たちは指示通りに動く。そして、《ヨモツヒラサカ・システム》の第二段階を
起動させるためのスイッチが押された。



 そして、全てが停止した。



「なっ!」
「こ、これは?」
「動かない……?」
「ど、どうなってるんだ、これは?」
「エネルギー切れだと? そんなバカな! さっきまで動いていたんだぞ!」
「う、うわああああ! お、落ちる! 助けてくれ!」
「ひいいいいい!」
 戦場のあちこちで悲鳴が上がる。MSも、それを乗せたフライトユニットも次々と機能を停止し
て、海へと落ちた。
 オルガやカナードたちも例外ではなかった。ジャバウォックもバンダースナッチもチェシャキャ
ットも、そしてデスフレイム隊のザマーも次々とエネルギー切れを起こし、機能停止。ジャバウォッ
クとザマーたちは、海に落ちた。
 これがディプレクターが仕掛けていた必殺の罠、《ヨモツヒラサカ・システム》の力である。このシ
ステムは空気中に特殊なコロイド粒子を散布。MSなどに付着した粒子は、システムの第二段階
が起動すると同時にMSの電気エネルギーを吸収、大気中に放出し、MSを強制的に機能停止
に追い込む。
 戦艦など、エネルギーの容量が多い物の電気は吸収しきれないが、MSクラスなら大半は停止
させる事が出来る。実際、リ・ザフト、ブルーコスモス両軍とも、ほとんど全てのMSが動けなくな
ってしまった。
 しかし、何事にも例外はある。わずかだが、動いているMSもいた。
「こ、これは一体、どうなっているのだ?」
 通常のMSよりエネルギー容量が多いマーズフレア。だが、エネルギーの大半を失い、動くの
がやっとの状態である。
「一時機能停止、再充電中だと? くそっ、どうしてこんな時に!」
 エネルギーを失っても、太陽電池《アポロン》によって、すぐに再充電できるサンライト。再充電
まで二、三分はかかるが、今でも何とか動ける。
「私以外は全滅だと? 何だ、一体何が起きたのだ!?」
 核エネルギーで動くメフィストフェレス。さすがの《ヨモツヒラサカ・システム》も、核の力までは消
せなかった。
「上で、何かあった…?」
 無限発電機関《ストロングス》を持つサンダービーナス。常に膨大な電気を生み出しているこの
MSは再充電する必要も無く、普通に行動している。
 そしてサンダービーナスの目の前で漂う艦の中から出て来たMSも。
「ディプレクターの作戦は成功したみたいね。これで邪魔は入らない。さあ、それじゃあ始めまし
ょうか、ステファニー・ケリオン。私たちの戦いを!」
 艦の中に身を潜め、《ヨモツヒラサカ・システム》の力を免れたアクアマーキュリーがサンダービ
ーナスに挑む。



 ディプレクターの作戦は、概ね成功した。中央司令室は歓喜に包まれ、バルトフェルドとウェ
ールズは握手を交わし、エリナはマリューやニコルと共に笑顔を浮かべていた。
 ラクスは各部署に、動けなくなった敵MSのパイロットたちの捕獲と機体の回収を命令。椅子に
深々と腰を下ろす。
「ふう……。何とか終わりましたね」
「いいえ、まだ終わってませんよ」
「!?」
 その返答と同時に、ラクスの後頭部に冷たい感触が突きつけられた。それは実に嫌な感触だ
った。
「ご無礼を働き、申し訳ありません、ラクス・クライン。ですが、これからは私の指示に従っていた
だきます」
 そう言ってヴィクター・ハルトマンは、銃の引き金に指をかける。その指に力を込めれば、ラクス
の命は一瞬で消え去るだろう。
 思いもかけぬ出来事。先程まで歓喜の渦の中にあった中央司令室は、一瞬で静まり返った。
「……どういうつもりだ、ハルトマン中将。悪ふざけにしては、やり過ぎだぞ」
「バルトフェルド君、私はこういう冗談を言う趣味は無い。私は本気だよ」
「なおさら悪いな。一体、何のつもりだ? これはユーラシアの意志なのか?」
「ユーラシアは関係ない。これは私個人の問題だよ。いや、正確に言えば、私の娘の頼み事だ」
「娘だと?」
「……それは『独眼竜』、レヴァスト・キルナイトの事ですか?」
 ラクスが質問する。銃を突きつけられているのに、その声は極めて冷静で、体も震えていない。
「ほう、ご存知でしたか。そういえばレヴァストは一時期、ディプレクターにいたのでしたな」
「公表はしていませんが、ジェーン・ヒューストンから彼女がフェイク1のパイロットだと報告を受け
ています。貴方とは血の繋がらない親子だと聞いています。わたくしを殺す事が彼女の望みなの
ですか?」
「いいえ。私もレヴァストも、貴方の命など望んでませんよ。あの娘の望みはゲームに勝つ事。そ
して私の望みは、あの娘の望みを叶える事」
「ゲーム?」
「フェイクGたちの戦い、世界と己の運命を賭けたゲームです。詳しい事は私も知りませんがね」
 そう言ってハルトマンは、オペレーターの方に顔を向けた。
「キラ・ヤマトに伝えたまえ。ラクス・クラインの命が惜しければフェイク5のパイロット、ダン・ツルギ
と戦い、倒せとな!」
 その言葉を聞いた時、心の中で笑みを浮かべた男がいた。
『これはこれは。予想外のアクシデントですが、なかなかに面白い。レヴァスト君もやりますね。で
すが、そう上手くいきますかな? ゲームの演出は簡単そうで奥が深いものですよ』
 とある人物に姿を変えたノーフェイスは、成り行きを見守る事にした。どんなアクシデントが起き
ても、要は彼の主が楽しめればいいのだ。そして、主が望む結果に導くのが彼の使命。
『私の出番はもう少し先ですね。それまではこの芝居(たたかい)を楽しませてもらいましょう。人
類の敵と、それを倒す宿命を背負った者の戦いをね』



 サンダービーナスとアクアマーキュリーの水中戦は、アクアマーキュリーが優勢だった。インド
洋での戦闘時では両者の性能は互角だったが、あの時と比べてアクアマーキュリーのパワーも
スピードも上がっている。どうやらかなり強化したらしい。
 だが、MSの性能差だけではない。ステファニーが押されているのは、レヴァストからの通信に
動揺しているからだ。
「ダン君とキラ・ヤマトを戦わせる、ですって?」
 多数の魚雷をかわしながら、ステファニーが通信する。レヴァストは得意気に、
「そうよ。あんたとの戦いを邪魔させないための最強の刺客。ディプレクター最強と言われる『閃
光の勇者』キラ・ヤマト。あいつならダン・ツルギを倒せるわ」
「何てバカな事を! ゲームの参加者以外で倒しても意味が…」
「あら、そんなルール、私は聞いてないわ。私が聞いているのは『戦って勝て』。それだけよ。自
分の力を使っても、他人の力を使っても、勝てばいいのよ。この場合、ディプレクターを上手く利
用した私の作戦勝ちになるんじゃない?」
「! そんなの……私は認めないわ! 私を殺す人をあなたが殺すなんて、許さない!」
 サンダービーナスが一気に間合いを詰める。
「心配しなくても、あんたは私が殺してあげるわ!」
 迎え撃つアクアマーキュリー。左腕の《トリシザーズ》から巨大なハサミを展開、サンダービーナ
スに襲い掛かる。



 先程まで激闘が繰り広げられていた海上は、奇妙な静けさに包まれていた。
 《ヨモツヒラサカ・システム》により機能停止に追い込まれたリ・ザフト軍は撤退する事になった。
パイロットたちは機体を乗り捨て、クルフの艦マッド・ピエロに乗り移った。カナードたちデスフレ
イム隊もそれに続いた。
 ザマーは貴重な機体なので、かろうじて動くマーズフレアによってマッド・ピエロに積み込まれ
た。全てが終わった後、マッド・ピエロはミラージュコロイドを展開し、姿を消して去って行った。
 その様子をダンは、サンライトの操縦席に座ったまま、じっと見ていた。余計な邪魔が入ったせ
いで、クルフと戦う気を無くしていた。リ・ザフトが退くと言うのなら、これ以上戦う理由は無い。ダ
ンたちの目的は『クルフとの決着』と『ビフレストの防衛』であり、リ・ザフトの壊滅ではない。それに
オルガたちの機体も動けないままだ。これ以上の戦闘は無意味だと判断し、ダンは敵を見逃し
たのだ。
 しかし、ダンの気分は晴れなかった。クルフとの決着がつけられなかったからではない。リ・ザ
フトは退いたが、まだ何も終わっていない。そんな気がしたのだ。その証拠に、左目の痛みはま
すます激しくなるし、右目の痛みも治まらない。
「くっ、一体どうなっているんだ……」
 痛みを堪えながらもダンは、海中で戦っているステファニーの救援に向かおうとした。だがその
時、艦橋のミナから緊急通信が入る。
「ダン、二時の方向からMSが来るわ! 機種は……うそ、ネオストライク!?」
「!」
 驚いている間に、そのMSはダンたちの前に現われた。
 ミナの言うとおり、ネオストライクだった。両腕に【キリサメ】を装備した、トリコロールカラーの1号
機、パイロットはキラ・ヤマト。その眼にはSEEDの輝きを宿している。
 キラ・ヤマトとダン・ツルギ。
 オーブで出会い、戦って以来の邂逅。
「キラ・ヤマト、か……」
 対峙した瞬間、ダンはキラの目的を察した。
 キラもまた、決心を固めた。ラクスを助ける為にはこの男を倒すしかない。
「ダン・ツルギ……」
 ラクスの為? 確かにそれもある。だが、それ以上に、
「僕は、君と、戦わなくちゃならない!」
 本能が命じていた。
 この男と戦え、と。
 この男を殺せ、と。
 一方、ダンも同じ思いを抱いていた。
 目が痛い。右目も左目も痛い。
 ズキズキする。イライラする。
 原因はこの男だ。目の前にいるこの男、キラ・ヤマト。
 だから戦う。痛みを止める為に。
 だから殺す。心を抑える為に。
「キラ……ヤマト!」
「ダン・ツルギ!」
 互いの名を呼び合い、そして、戦いが始まった。



 《ヨモツヒラサカ・システム》が発動した際、その範囲内にいたアルゴス・アイも機能を停止させら
れた。だが、メレアは即座に新たなアルゴス・アイを送り込み、再び戦いの観賞を始めた。
 そして今、彼の目の前で、彼が待ち望んでいた戦いが始まった。
「ああ、ついに、ついにこの時が! キラ・ヤマトとダン・ツルギが戦う時が! ハハハハハ、待っ
ていた、僕はこの時を待っていた!」
 メレアは笑った。だが、その目は歓喜とはまったく逆の感情を宿していた。キラを見る時も、ダ
ンを見る時も、その目に宿した感情は変わらない。
「キラ・ヤマト。あの忌まわしいダブルGから人類を救った英雄。それだけは認めてやるよ。でも、
君はやっぱり人類の敵なんだ。君は目覚めてしまった。人類として生きる上で触れてはならない
ものに触れてしまった。人は君を目指す。誰よりも優れた力を持つ君を目指す。それは人にとっ
て不幸の始まり、人の滅びの始まりだ。だから君は死ななきゃならない。それが君の運命。君自
身が選んだ運命」
 メレアの目に宿る感情。それは嫌悪。彼はこの二人が嫌いだった。大嫌いだった。殺してやり
たいくらいに。だから殺す。だから苦しめる。徹底的に。
「さあ、ダン・ツルギを名乗りし者よ、君の力を見せてくれ! その力でキラ・ヤマトを殺すんだ!
 それが君の運命。君自身が選んだ運命。命を踏みにじる君をそれでも愛し、信じていた者さえ
も地獄に落とした罪深き君の運命!」
 いや、やはりメレアは喜んでいる。この二人が戦い、殺し合う事を心の底から望み、喜んでい
る。
「キラ・ヤマト……。SEEDを持つ者め! この世界で最も強いSEEDを持つ者め! お前は死
ななくちゃならない!」
 嬉しくて嬉しくて溜まらない。メレアの表情は、待ち望んでいたオモチャを手に入れた子供のよ
うだった。
「さあ、ダン・ツルギを名乗る男よ、キラ・ヤマトを殺せ! 君にはその為の力がある! SEEDを
葬り去る者……」
 だからメレアは高らかに叫ぶ。彼が待ち望んでいたオモチャ、彼の望みを叶えてくれる者の名
を。
「アンチSEEDよ!」

(2004・11/19掲載)

次回予告
 SEED。それは人類の可能性。それは無限の未来の象徴。
 だが、そうではないと言う者たちがいた。彼らは言う。SEEDは人を滅ぼすものだと。SE
EDは人類の敵だと。
 ならば、ダン・ツルギは人類の救世主なのか。激突するキラとダン。SEEDとアンチSEE
D。最強の力と、最強をも越える力。戦いの果てにダンは、ついに過去へと続く扉を開く。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「宿命と狂気の対決、そして」
 悪魔が望む未来を、覆せ、サンライト。

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