第13章
 爆炎を切り裂く光刃

「そんな……。どうして!? パスワードは合っているのに、お父さんが教えてくれたものなのに、
どうして剣が抜けないの!?」
 ハルヒノ・ファクトリーの艦橋。戦場と化したパリの様子を映し出しているモニターの前で、ル
ー・ラッサン・ドゥブールが叫ぶ。驚きを隠せずにいる十二歳の少女に、ミナが話しかける。
「ルーちゃん、あのパスワードは本当に合っているの? 間違っていないの?」
「間違ってない、間違ってないわよ! お父さんが死ぬ間際に、私にだけ教えてくれたものだも
の! ずっと忘れなかった。間違えるはずなんて無いわ!」
「ですが《シャイニング・エッジ》の封印は解かれていません。パスワードが間違っていると考える
べきです」
 ギアボルトが冷静に言う。その言葉にルーは怒る。
「私は間違ってない! 絶対に間違って無いわ! お父さんの遺言を間違えるなんて、絶対に
無い!」
「そのとおり。彼女は間違っていませんよ」
「!?」
 突然、通信が入った。そして戦場の様子を映し出していたモニターは、銀色の仮面で顔を包
み込んだ男の映像に切り替わった。ノーフェイスだ。
「皆さん、先程はどうも。ああ、ルーさんとはこの顔で会うのは初めてでしたね。私の名はノーフェ
イス。先程までダリーラという女の名と姿をしておりました」
「えっ!」
 驚くルー。無理もないだろう。ノーフェイスの変装は完璧だったのだから。
「ルーさんのパスワードは間違っていませんよ。少なくとも、ルーさんが覚えているパスワードは
先程のものです。カイン・メドッソとルーさんの最後の会話は盗聴していましたし、念の為、ルーさ
んに逆行催眠をかけて確かめましたから」
「! いつの間に、そんな事を…」
 ルーは更に驚いたが、ミナとギアボルトはさほど驚かなかった。
「はあ……。ま、こんな非常識なゲームをするくらいだから、それくらいの事はやってるわよね」
「ええ。本人の前で、堂々と言う事ではないと思いますが。ある意味、凄いと思います」
「お褒めにあずかり恐悦至極。では皆さん、艦から降りて、私の所に来てもらえませんか?」
「えっ?」
 唐突なお願いに、三人とも驚く。
「我々の方でも色々と研究していましてね。《シャイニング・エッジ》の封印を解く方法は、ある程
度なら察しがついています。ですが、その為にはルーさんの協力が必要なのです。私の所に来
てもらえませんか? 優しかったお父上の仇を討つ為に」
 そう言われたら、ルーは迷わなかった。ハルヒノ・ファクトリーはゆっくりと降下する。父の仇を討
つという大義に燃えるルーを、ミナは悲しげな眼で見つめていた。
「ルーちゃん……」



 廃墟と化したパリの街で、三体の機械仕掛けの神が戦っていた。
 白き太陽神サンライトと、黄金の雷神サンダービーナス。
 銃を撃ち、電撃を放ち、鞘に収められた剣による打撃を、華麗なる舞のごとき蹴りを放つ。
 いずれも必殺の一撃。ダン達が今まで戦ってきた相手、レヴァストやノイズ程度のパイロットなら
ば間違いなく倒していただろう。
 だが、この敵は違った。
「うおおおおおおっ!」
 クルフ・ガルドーヴァが操る、紅炎の闘神マーズフレア。主も僕も、戦うことのみを存在理由とす
る者たち。クルフは己の闘争心が命ずるままに吠え、マーズフレアは激しい攻撃を放つ。
 マーズフレアの背に備えられた二門の巨砲《アガリアレプト》が放たれる。正確無比な狙いだ
が、ダンとステファニーは何とかかわす。だが、
「!」
 ダンの目の前には、離れた場所にいたはずのマーズフレアが!
「愚かな」
 そう呟いたクルフは、サンライトの腹部にツインビームライフル《ヤヌス》の銃口を向ける。
「くっ!」
 咄嗟にアンチビームバックラーを構え、ビームを防ぐ。それでもビームの圧力までは防ぎ切れ
ず、後方へ吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「ダン君!」
 サンダービーナスが駆ける。マーズフレアの背後から接近し、指先から十本のワイヤー《エレク
トロファイヤー》を放つ。マーズフレアは恐竜のような尾の先にある2連装テールビーム砲で迎
撃。しかし、強力なラミネート装甲に守られたサンダービーナスにビーム攻撃は通用しない。サ
ンダービーナスの十本のワイヤーは、難無くマーズフレアの尾に巻きついた。
「痺れなさい!」
 サンダービーナスが必殺の電撃を放とうとしたその時、
「くだらん」
 マーズフレアの尾が激しく動いた。まるで暴れまわる大蛇のごとく動いたそれは、ワイヤーで繋
がれたサンダービーナスを空高く放り投げた。
「なっ!?」
 ステファニーは信じられなかった。いくらサンダービーナスが普通のMSに比べて軽量とはい
え、こうも軽々と、しかも尾の力だけで投げ飛ばすとは。
 ワイヤーはまだ解かれてはいないが、ステファニーはいきなり上空に投げ飛ばされたため、一
瞬ではあるが意識が飛んでしまった。その隙を見逃すクルフではない。左腕に装備されたガトリ
ングシールドの砲身を空に向ける。ラミネート装甲は実弾は防げない。
「終わりだ、死ね」
 狙いを定めるクルフ。しかし、今度は彼に隙が出来た。サンダービーナスに気を取られ、もう一
人の敵の存在を失念していたのだ。
「はあっ!」
 吹き飛ばされたサンライトが立ち上がり、動いた。マーズフレアにビームショットライフルを向け
る。そして発射。強烈な一筋のビームがマーズフレアを襲う。
「! ぬうっ!」
 クルフは即座にビームライフル《ヤヌス》の引き金を引いた。サンライトが放ったビームと《ヤヌ
ス》のビームが激突、相殺される。
 だが、この攻撃はフェイントだった。ショットモードではなく、相殺しやすいライフルモードのビー
ムを放ち、隙を作ったのだ。サンライトはマーズフレアの懐に飛び込み、
「くらえっ!」
 文字通りの『鉄拳』で、マーズフレアの顔を殴った。バイザーが割れ、倒れるマーズフレア。二
三のビルが、その巨体の下敷きになってしまった。
 空に放り投げられたサンダービーナスが、ようやく大地に戻ってきた。激しい音を立て、二本の
足で着地する。
「ステファニー、大丈夫か!?」
「ええ、何とかね。あいつのパワーを甘く見すぎていたわ」
 二人が話し合っている間に、マーズフレアは再び立ち上がった。膝からコンバットナイフ《ジャ
ック・ザ・リッパー》を取り出し、尻尾に絡み付いているワイヤーを切り落とす。
「ふむ。面白いな」
 クルフ・ガルドーヴァが呟く。その呟きは通信機を通じて、ダンとステファニーの耳にも届けられ
た。
「ステファニー・ケリオンはともかく、ダン・ツルギは剣も抜けない未熟者だと聞いていた。だが、
違った。仲間を助けるために、あえて死地に飛び込むその勇気と闘志は賞賛に値する。ギリギリ
ではあるが、私が敗北を与えるに相応しい者だ」
 クルフの声には、喜びの感情が込められていた。この男は戦う事を楽しんでいる。そして、戦う
事そのものに命と誇りを賭けている。地位にも名誉にも興味が無く、戦いそのものを愛して生き
る、純粋な戦士。
『ステファニーの言うとおりだ。この男、強い!』
 ダンは背中に冷や汗が流れるのを感じていた。ステファニーとの二人がかりでも互角、いや、
むしろ押されている。一瞬たりとも油断は出来ない。
「さて、様子見はここまでだ。そろそろ始めさせてもらうぞ。私の大好きな、本当の『戦い』を!」
 吠えるクルフ。「今までの戦いは様子見」。その言葉は決してハッタリなどではない。それは、こ
の男と戦っているダン達が一番良く分かっていた。



 マーズフレアの猛攻によって、ディプレクターのMS部隊は壊滅状態になってしまった。その隙
をついて、スカーツ率いるリ・ザフト軍はパリの中心部に侵攻する。かろうじて生き残った数機の
105ダガーやダガーLが迎撃するが、数が違いすぎる。ズィニアたちの一斉射撃によって、あっ
さり破壊された。
 MS部隊、全滅。パリ市民に恐怖に陥ったその時、救世主が現われた。
「オラオラオラオラオラーーーーッ!!」
 天空より舞い降りた黒き竜、ジャバウォックが口から光を吹き、
「これ以上は、やらせない!」
 地を走る緑の虎、バンタースナッチが、その背に背負った刃で敵を切り倒す。
 オルガもルーヴェも、新しい機体での実戦は今日が初めてだ。しかし、二人とも慣れないはず
の機体を手足のごとく操っている。半端な技量ではない。
 ズィニアたちも反撃する。六機のズィニアが三機ずつに分かれた。一方の部隊が空のジャバウ
ォックに、もう一方の部隊は地を走るバンダースナッチに向かって、一斉にビームライフルを撃
つ。無駄の無い攻撃だ。しかし、
「はっ、甘いんだよ!」
 オルガのジャバウォックは、その巨体に似合わぬ俊敏な動きを見せ、全てのビームをかわし
た。
「その程度で!」
 ジャバウォックよりスピードに優れたバンダースナッチも、見事にかわした。その動きはまさに
獣。
「さっさと片付けるか。行くぞ、ルーヴェ!」
「了解!」
 ドラゴンを模した強襲形態に変形したジャバウォックは、口を大きく開ける。口内の《スキュラ》
にエネルギーが収束し、火を吹いた。強烈なビームで二機のズィニアを撃破。そして空に逃れ
た一機を、
「鈍いんだよ、お前ら!」
 腕に装備された三連装ヒートクローを一振りして、粉砕する。高熱で相手の装甲の効果を弱め
るこの武器は、ズィニア程度のPS装甲では防げない。
 バンダースナッチの口に装備された牙、プラズマヒートファングも同じ仕組みの武器だ。獣の
如く動き回って、敵の攻撃をかわし、隙を見て敵に飛び掛り、その胴体を噛み砕く。バンダース
ナッチはその必殺の牙で、三機のズィニアをあっという間に撃破した。
「片付けたか。さすがだな」
 オルガがルーヴェを労う。ルーヴェは苦笑して、
「この程度の相手なら楽勝ですよ。こいつの動きには無駄が無い。無さ過ぎる。だから攻撃パタ
ーンを読みやすい」
 無人機であるAMS(オートモビルスーツ)の最大の弱点。それは、人間ほど柔軟な行動が出
来ない事。普通の人間相手ならそれでも充分なのだが、オルガやルーヴェのような熟練したパイ
ロットには通用しない。攻撃が正確すぎる故に読み易く、簡単にかわす事が出来るのだ。
 勝利の余韻に酔いしれる二人。しかし、それはほんの僅かな間の事だった。レーダーに新たな
機影。空から三機。機種は不明。
「リ・ザフトの新型か? ちっ、厄介だな。気を引き締めろよ、ルーヴェ!」
「了解!」
 二機は人型形態に変形。ジャバウォックは地上に降りて、様子を見る。
 そして、上空に三機の戦闘機が飛んで来た。色は三機とも赤。戦闘機たちは一瞬でMSに変
形し、地上に降り立つ。
 リ・ザフトの新型MSザマー。オルガたちは初めて見るMSに脅威を感じた。
 睨みあう二機と三機。そして、
「お前たちは何者だ?」
 三機の中心に立つザマーから、世界共通の国際救難チャンネルでの通信が送られてきた。連
中のリーダーらしい。若い男の声だ。
「地球軍にしては無秩序な戦い方だし、ディプレクターでも無さそうだ。だが、スカーツの軍勢と
戦っている。何者だ?」
 問いかける男。その声に敵意は感じられなかった。オルガも通信の周波数を合わせて、答え
る。
「大した者じゃない。ただの傭兵だ。カラミティ・トリオと言えば分かるか?」
「カラミティ・ペアなら聞いたことがある」
「改名したのさ。俺がリーダーのオルガ・サブナックだ」
「傭兵がなぜ、この街を守ろうとしている? ディプレクターに雇われたのか?」
「いや、これは俺たちの意思だ」
 そう言ってオルガのジャバウォックは、破壊されたズィニアの頭部を踏みつける。頭部は粉々
に砕け散った。
「どうやらこいつらの中に、俺たちの『敵』がいるらしくてな。今、俺たちの仲間がそいつと戦って
いる。余計な邪魔が入らないように、俺とルーヴェはここでザコ掃除しているのさ」
「そうか。どうやら俺たちは敵同士ではないようだな。少なくとも今は」
 その言葉で、周囲に漂っていた緊張が少し和らいだ。
「お前らこそ何者だ? 俺たちを攻撃しないって事は、リ・ザフトじゃないのか?」
「リ・ザフトだ。だが、このテロを起こしているジャック・スカーツの手下じゃない。俺たちはデスフレ
イム隊。イザーク・ジュール総帥直属の部下だ。俺は隊長のカナード・パルス。よろしくな」
「ああ。けど、スカーツもイザークも同じリ・ザフトだろ。仲間じゃないのか?」
「冗談じゃありません! 私たちをあんな外道と一緒にしないでください!」
 デスフレイム隊の紅一点、アヤセ・シイナが声を荒げる。
「ん? 女か」
「女の戦士がいるのがおかしいんですか? でも、傭兵風情に侮られるような腕はしてません。ま
してや、スカーツなんかの仲間だと思われるなんて、この上ない屈辱です!」
 アヤセのザマーが、ビームライフルの銃口をジャバウォックに向ける。
「やめろ、アヤセ!」
 ジール・スメイザーのザマーが動き、アヤセのザマーのビームライフルを掴み取る。
「気持ちは分かるけど、少し落ち着け。オルガさんだって、悪気があって言った訳じゃない。いき
なり銃を向けるなんて、ちょっと興奮しすぎだぞ」
「す、すいません……」
 ジールに諭され、アヤセは顔を赤らめた。短慮な行動が恥ずかしかった。
 カナードはため息をついて、
「すまない、うちの隊員が…」
「いや、いいって事よ。こっちも言い方が悪かったしな。アヤセとか言ったな。別にお前さんをバ
カにした訳じゃない。俺のところにも女の仲間がいるんでな。ちょっと親近感を感じたんだ。許し
てくれ」
 そう言ってオルガは、ジャバウォックに頭を下げさせた。自身もコクピットの中で頭を下げる。そ
の、少しおどけた謝り方にはカナードもジールも、そしてアヤセも苦笑した。
「いえ、こちらこそすいません。スカーツの仲間みたいに言われて、少し腹が立ったんです。あい
つだけは絶対に許せませんから」
 謝罪するアヤセ。
「スカーツ派とイザーク派が対立しているという噂は聞いてましたけど、想像以上のものみたいで
すね」
 それまで黙って様子を見ていたルーヴェが口を開いた。これにはカナードが答える。
「ああ。俺たちは絶対にあの男を許さない。自分の欲望のためだけに同僚を殺し、スピカの悲劇
を起こした、あの男だけは!」
 スピカの悲劇。およそ三ヶ月前、廃棄コロニー『スピカ』で起こった、地球軍による大量虐殺事
件。非戦闘員を含むリ・ザフトのメンバーの大半が殺され、イザークがリ・ザフトの総帥になる切っ
掛けとなった事件だ。
 人々を殺したのは地球軍だが、そうなるように仕向けたのはスカーツだった。そこに大義など
無い。リ・ザフトと地球軍が和解したら、大戦中にナチュラルを殺しまくった自分が困るからとい
う、極めて単純な理由。コーディネイターの裏切り者にして、最低の恥さらし。絶対に生かしては
おけない。
「なるほどねえ。で、お前らはこれからどうするんだ?」
「スカーツを見つけ出して、殺す。それだけだ」
 カナードの返答はシンプルだった。それは決して揺るがない決意。
「そうか。けどよ、それをやるにはちょっと戦力不足じゃねえか? 連中もお前らの事を嗅ぎ付け
たようだし」
 オルガの言うとおりだった。レーダーに新たな機影が映し出された。機種はズィニア。数は約
三十。
「隊長!」
「慌てるな。所詮は無人機、俺たちの敵じゃない」
 カナードは冷静に言い、ジールとアヤセを落ち着かせる。三機のザマーはビームライフルを構
え、戦闘態勢に入る。
「やるつもりかよ。おいルーヴェ、分かってるな?」
「ええ。長い付き合いですからね」
 ジャバウォックとバンダースナッチも戦闘態勢に入った。ジヤバウォックは銃を、バンダースナ
ッチは二振りの剣を手に取り、ザマーたちの側に近づく。
「お前たちは関係ない。下がっていろ」
「冷たい事を言うなよ、カナードさんよ。これも何かの縁だ。力を貸すぜ」
「一人より二人、二人より三人、三人より五人。勝率は少しでも上げた方がいいと思いますけど」
 ルーヴェの意見は、確かにその通りだった。
「……分かった。俺たちに力を貸してくれ」
「ああ、やってやるぜ!」
「了解!」
 頷くオルガとルーヴェ。その返事を聞いて、
「あのカラミティ・ペア、いや、カラミティ・トリオと一緒に戦えるなんて……。ちょっと嬉しいかも」
 とジールは少し興奮し、
「協力には感謝します。でも、足手まといにはならないでくださいよ。ナチュラルに足を引っ張ら
れたせいで戦死したなんて、コーディネイターにとっては死ぬ以上の恥ですから」
 アヤセは釘を刺す。その辛辣な言葉にオルガは苦笑した。
「アヤセとか言ったな。教えてやるが、俺の相棒のルーヴェはハーフコーディネイターだ。それ
に俺はナチュラルだが、少なくともあんたよりは強いぜ」
「なっ…!」
 挑発する様なオルガの言葉に、アヤセは怒りで顔を赤くする。そうこうしている間に、敵の姿が
各機のモニターに映し出された。機械仕掛けの白い悪魔、ズィニアの大群だ。
「今、それを証明してやるよ。目ん玉見開いて、よーく見てな!」
 オルガは叫び、ジャバウォックを突撃させる。高出力ビームライフルの光が、ズィニアの群れの
中心に打ち込まれた。
「俺たちも行くぞ! 続け!」
 カナードの指示に従い、ジールとアヤセも突撃する。ルーヴェのバンダースナッチも走る。パリ
の街を焼く炎は、更に激しさを増していた。



 リュクサンブール公園。パリでも屈指の美しさを誇る公園だが、今はあちこちに火の手が上がっ
ている。
 ノーフェイスはこの公園を待ち合わせ場所に指定した。ハルヒノ・ファクトリーはミラージュコロイ
ドを展開したまま、公園に着陸。ミナはギアボルトに艦の番を頼み、ルーと一緒に艦から降りた。
そして指定された場所、先程ルーが曲芸を見せていた広場へ向かう。
 広場はまだ戦火には包まれていなかった。そして、先程までルーが立っていた場所に奴はい
た。ノーフェイスは銀色の仮面で覆われた顔をミナたちに向け、
「やあ。お待ちしていましたよ」
 と優しい声で言った。
 しかし、彼がミナとルーに語った話は、決して優しいものではなかった。
「ルーさんのパスワードは間違ってはいません。《シャイニング・エッジ》の封印を解く為には、あ
のパスワードが必要です。ですが、あのパスワードだけでは駄目なのです。もう一つ、解かなけ
ればならない謎があります」
 一年前、死を目前にしたカイン・メドッソは、執念の末に《シャイニング・エッジ》を完成させた。
だが、この強力すぎる武器が悪用される事を恐れたカインは、強力な封印を施し、この世を去っ
た。
 カインの死後、ノーフェイスは《シャイニング・エッジ》の封印を解く為、研究を重ねた。サードユ
ニオンの科学者たちも総出で協力させたが、それでも封印は解けなかった。
 パスワードそのものは間違っていない。カインがルーに遺言を言い残した際には病室に盗聴
器を仕掛け、パスワードを傍受していた。念の為、ルーに逆行催眠をかけて確かめたが、パスワ
ードは間違っていない。
 しかしダメだった。何度パスワードを唱えても、封印は解かれなかった。ルーの声に反応する
のでは?と思い、ルーの声と同質の人工音声で試してみたが、まったく効果無し。
 鞘を破壊して剣を取り出そう、という乱暴な意見もあったが、ノーフェイスが却下した。《シャイニ
ング・エッジ》の鞘である《エッジ・リノベーター》は《シャイニング・エッジ》の修復機能を備えてい
る。破壊するには惜しい。
 ノーフェイスは《エッジ・リノベーター》の研究を行なった。そして、衝撃の事実を知った。《エッ
ジ・リノベーター》にはある特殊な電波を受信する装置が埋め込まれており、その装置が『第二の
封印』となっているのだ。装置が電波を受信している限り、封印は解かれない。いくら正しいパス
ワードを唱えても《シャイニング・エッジ》は鞘から抜かれる事は無いのだ。
 受信装置を《エッジ・リノベーター》から取り外せば、という意見も出たが、それは不可能だっ
た。受信装置は鞘の修復機能を司るメインコンピューターと接続されており、受信装置を取り外
せば、メインコンピューターは完全に停止する。《エッジ・リノベーター》はただ頑丈なだけの鉄
屑となる。それはノーフェイスには耐えられない事だった。
 ならば方法はただ一つ。受信装置が受信している『特殊な電波』を断つしかない。
「その電波の発信源は、このパリにある。だから私はここに来た。そして、ダン君たちをこの街に
導いたのですよ」
 そう言いながらノーフェイスは、懐から小さな銃を取り出した。そしてその銃口を、ある方向に向
ける。その先にいたのは、
「まったく、カイン・メドッソには驚かされますよ。いつの間に我々の眼を盗んで、貴方に発信装
置を埋め込んだのか。装置は貴方の心臓の動きと連動して動いている。貴方が死ねば装置は
止まる。さあ、死んでもらいますよ、ルー・ラッサン・ドゥブール」
「!……」
 ルーもミナも言葉を発する事が出来なかった。そして、ノーフェイスの銃の引き金が引かれた。



「ぐあっ!」
「くっ!」
 苦痛の悲鳴を上げるダンとステファニー。マーズフレアの腹部に搭載されたエネルギー砲《カ
リュブティス》の直撃を受け、サンライトとサンダービーナスは後方に激しく吹き飛ばされた。サン
ライトはアンチビームバックラーで防いだし、サンダービーナスも強化ラミネート装甲なので致命
傷は負っていないが、ダメージは蓄積されている。
「どうした、もう終わりか? もう少し楽しめると思ったのだが……」
 クルフは心底から残念そうに言った。彼は強い敵を望んでいた。強い敵は、クルフに至高の
快楽を与えてくれる存在だから。
 強い敵と戦っていると、クルフの心は歓喜と安堵に包まれる。強い敵を倒した時は、戦ってい
るとき以上の歓喜と安堵に包まれる。だから彼は強い敵を望み、戦うのだ。
 戦う事を快楽とし、勝利を愛する男。戦場で生きる為に生まれ、戦場で死ぬ為に生きる男。そ
れがクルフ・ガルドーヴァという男だった。
「私はもっと戦いたい。もっともっと、強い敵と戦いたい。さあ、お前たち、もっと強くなってみせ
ろ。そして、私を楽しませろ!」
 叫ぶクルフ。同時にサンライトのレーダーが、こちらに接近する新たな機影を捉えた。数は四。
迎撃する間もなく、四機の飛行物体はやって来た。
「あれは……MAなのか?」
 ダンの言うとおり、飛行物体の正体はMAだった。形は楕円形。いずれも赤く染められており、
マーズフレアの周辺を漂うように飛行している。どうやら無人機のようだ。
「ファイア、フレイム、フィアー、ミスフォーチュンよ! 私に新たな力を!」
 クルフの指示を受けた四機のMAは、ハッチを開き、何かを落とした。八連装ミサイルポッドが
二つ、大型ガトリング砲が一つ、小型バズーカが一つ。それらは自動的にマーズフレアの体の
各所に装備された。二つのミサイルポッドはマーズフレアの両肩に、ガトリング砲は腰に、そして
小型バスーカは右足に。
「実弾系の武器ばかり……。狙いはサンダービーナスか!」
 サンライトはサンダービーナスを庇い、その前に立った。TP装甲であるサンライトなら実弾系の
武器に耐えることが出来る。
「ダン君!」
 ステファニーが驚くと同時に、マーズフレアの武器が火を吹いた。無数の砲弾がサンライトに襲
い掛かる。



 非情な銃声が、戦火のリュクサンブール公園に響き渡った。
「ぐっ!」
 しかし、悲鳴を上げ、血を流したのはルーではなかった。
「ミ……ミナさん!」
 一瞬の出来事だった。ミナはルーを突き飛ばし、自分がノーフェイスの標的になったのだ。幸
い銃弾はミナには命中せず、右足の腿をかすっただけ。だが、傷を負った事に代わりはない。
負傷した部分が血で赤く染まる。
 しかし、ミナは泣き言を言わなかった。すぐにルーを抱えて、公園の森の中に逃げ込む。
「なっ……」
 ルーは驚いた。ミナの足は負傷しているとは思えないほど速い。どうしてこんなに速く走れるの
か? それに、どうして私を庇ったのだろうか?
「ミナさん、どうして…」
「黙ってて!」
 ミナはルーの口を塞ぎ、とある繁みの奥に身を潜めた。
 遠くからノーフェイスの声が聞こえてくる。
「どこへ行ったのですか? 出て来なさい、ルー・ラッサン・ドゥブール! そして、大人しく私に
殺されなさい!」
 冗談ではない。そう思うルーだが、迷いもあった。なぜなら、
「貴方が死ねば《シャイニング・エッジ》は眠りから目覚める。ダン・ツルギはその刃で必ずジャッ
ク・スカーツを倒し、貴方の復讐を成し遂げるでしょう。彼の死が貴方の望みだったのではない
のですか? ならば迷う事は無い。死になさい。復讐を遂げたいのなら、ここで死ぬべきです!」
 ノーフェイスの言うとおりだった。父の復讐を遂げたいのなら、自分はここで死ぬべきだ。そうす
れば《シャイニング・エッジ》の封印は解かれる。そして、ジャック・スカーツも倒せる。ならば…!
「ダメ!」
 突然、ミナが小声で叫んだ。彼女はルーの眼をじっと見ていた。その眼からは悲しみと、ルー
の事を思う優しさが伝わってきた。
「死んじゃダメよ、ルーちゃん。どんな理由があっても、自分から死ぬような事をしちゃダメ!」
「で、でも、私が死ねば《シャイニング・エッジ》の封印は解かれるのよ。そうすれば……」
「それでもダメ! 絶対にダメなの!」
 小声だが、ミナの口調は激しいものだった。ルーは圧倒されていた。
「ノーフェイスさんの言ってる事は、全部デタラメよ。ルーちゃんが死んでも、あの剣の封印は解
かれないわ。だって……」
 ミナはルーの肩にそっと手を置いた。そして微笑み、
「ルーちゃんはカインさんの事が大好きだった。カインさんだって、ルーちゃんの事が大好きだっ
たんでしょう? だったら、ルーちゃんの命を犠牲にするような事はしないわ。絶対に」
 と、はっきりと言った。
「あのね。ルーちゃん。私のお父さんとお母さんも殺されたの」
 ミナは両親の死について語った。思い出したくない、でも、絶対に忘れられない、辛く悲しい思
い出。
「大好きな人が殺されるのは辛いし、復讐したい気持ちは凄く分かる。でも、私は復讐なんてしな
い。私のお父さんとお母さんが望んでいたのは、私が幸せに生きる事だから。私もお父さんとお
母さんには、幸せに生きてほしかったから。だから私は復讐しない。ルーちゃんにもしてほしくな
い。人を殺す事も、自分から死を選ぶ事もしてほしくない」
 ミナはルーに微笑んだ。とても優しい笑顔だった。
「出会ったばかりだけど、私、ルーちゃんの事、好きだよ。私はルーちゃんに幸せに生きてほし
い。きっとカインさんも同じ気持ちだと思う。カインさんもルーちゃんの事が好きだったはずだよ。
だから、命をかけて《シャイニング・エッジ》を造ったのよ。ルーちゃんが生きるこの世界を守る為
に。ルーちゃんが幸せに生きられるように」
 平和を得る為に武器の力を使うのは間違っているかもしれない。だが、それでもカインはその
方法を選んだ。安っぽい理想ではなく、大いなる力。それこそがルーを、世界を守る為に必要な
ものだと考えたのだ。
「だからルーちゃん、死なないで。カインさんの分まで、ううん、ルーちゃんが大好きだった人たち
の分まで生きて、幸せになって。ね?」
「…………」
 ルーは答えなかった。声を出さなかった。代わりに一滴の涙を流した。
 それは悲しみの涙ではない。そんな涙はカインが死んだ時に全て流した。流す涙など無いの
だと思っていた。それなのに涙が流れている。一体なぜ? どうして自分は泣いているのだ? 
悲しいからではない。この涙は……。
「ほう。嬉し泣きとは、随分と余裕がありますねえ」
「!」
 いつの間にいたのか、二人の背後には銃を構えたノーフェイスが立っていた。しかし、ルーは
恐怖を感じなかった。それ以上の衝撃に襲われていたからだ。
「嬉し…泣き? 私、嬉しくて泣いているの?」
 そんな経験は無かった。いや、昔はあった。カインやサーカス団の人たちと一緒に過ごしてい
た頃は、よく笑い、よく泣いて、怒って、楽しんでいた。
 あの世界が失われて以来、ルーは笑った事も、泣いた事も無かった。偽りの笑顔を貼り付けて
芸をし、心の中ではスカーツへの憎しみの炎を燃やしていた。復讐を遂げる事が彼女の全てで
あり、生きる意味だと考えていた。その為ならたとえ自分自身を犠牲にしてでも……。
 いや、違う。ミナの言うとおりだ。カイン・メドッソはそんな事を望むような人ではない。彼は娘の
死を望むような人間ではない。
 どうしてこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。どうして私は憎しみなんかに支配されてい
たのだろう。今の私を見たら、お父さんは凄く悲しむのに。
「はは、あはは……。私、バカだ……。本当のバカだ……。あはは、あははははははははは…
…」
 ルーは泣きながら笑った。
「ルーちゃん……」
 ミナはそっとルーを抱きしめた。ミナの胸の中でルーは泣いた。父の死以来、本気で泣いた。
 二人の様子を見たノーフェイスは銃を懐に閉まった。
「お見事です、ミナ・ハルヒノ。まさか貴方がここまでやるとは思いませんでした」
「ノーフェイスさん……?」
「茶番劇はこれくらいでいいでしょう」
 そう言ってノーフェイスはポケットから包帯の束を取り出した。そして包帯をミナの腿の傷口に
巻く。鮮やかな手並みだった。
「よかった。大したケガではありませんね。薬を塗っておけば、数日で傷は塞がるでしょう」
 ノーフェイスはホッとしたように言った。
 全てはノーフェイスの演技だった。ルーが死ねば《シャイニング・エッジ》の封印が解けるという
のはデタラメだし、ルーを殺す気など最初から無かった。ノーフェイスの持っていた銃は婦人用
の物でとても小さく、人を確実に殺せるような物ではない。ルーを撃った時も急所は狙っていな
かった。弾はルーの顔を少しかすめるはずだったのだが、ミナが飛び出してきたせいで予定が
狂った。
「いや、何もかも思い通りというわけにはいきませんな。だからこそ、人生は面白い」
「私やルーちゃんを騙していたんですか! そんな、どうして!」
 さすがのミナも怒りを露(あらわ)にする。だが、ノーフェイスは冷静に答えた。
「心臓に機械が埋め込まれているというのは本当ですよ。ただ、電波が送られているのは少し違
います。電波を送るのはこれから。《シャイニング・エッジ》の封印を解く為には、ある特殊な波長
の電波が必要なんです」
 ルーの体内に埋め込まれた発信装置は、彼女の心臓の心拍数と連動している。そして、ある
感情によってルーの気持ちが高まった時の心拍数によって装置が起動し、《シャイニング・エッ
ジ》の封印が解かれるのだ。
 ここまでは研究によって分かった。しかし、ここから先が問題だった。肝心の心拍数が出る感情
は『喜び』と『信頼』。ルーを喜ばせ、心から信頼された者だけが封印を解けるのだ。
 ルーを喜ばせてくれるような人ならば、信頼されるような人物ならば、《シャイニング・エッジ》を
正しく使えるはずだ。世界を滅ばす破壊神の刃ではなく、世界を護る救世主の刃として使ってく
れる。カインはそう考えたのだろう。
 だが、復讐の念に捕らわれたルーは喜怒哀楽の感情を表に出そうとせず、心を押さえつけて
いた。これでは封印を解く為の心拍数は望めない。
「だから貴方たちを呼び、舞台を整えたのです」
 ついにやって来た戦士たち。うごめく怨敵。戦場という異常な状況。これだけの要素が重なれ
ば凍りついたルーの心も動くはずだ、と。
「そんな……! それじゃあ、ルーちゃんの心を動かす為だけに、こんな事を!」
 燃え盛るパリの街を背に、ミナが叫ぶ。穏やかな心を持つ彼女も、さすがにノーフェイスのこの
所業には我慢できない。
「目的達成の為には手段を選びません。全てはゲームの進行の為に。そして、偉大なる大総裁
の笑顔の為に」
 そう答えたノーフェイスは、どこか自分に酔いしれているようだった。ミナは改めて、この男の事
を『恐ろしい』と思った。
「それでは私はこれで。《シャイニング・エッジ》の封印はまだ完全には解けていません。最後の
一押しは、お任せしますよ」
 ノーフェイスはそう言って、森の奥へ姿を消した。
 残されたミナは泣きじゃくるルーを抱え上げ、艦に急いだ。足の傷は、もう痛くなかった。



 ダンとステファニーの命は、もはや風前の灯だった。サンライトもサンダービーナスも激しく傷
ついており、機体の各所から火花が出ている。
「ぐっ……」
 それでも立ち上がろうとするサンライトに、マーズフレアの《アガリアレプト》が火を吹いた。避け
ようとするが、機体の動きが鈍く、間に合わない。《アガリアレプト》の対PS装甲破砕弾はサンライ
トの右足に直撃し、粉々に吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
 片足を失い、倒れるサンライト。衝撃でコクピットが激しく揺れる。対PS装甲破砕弾の前ではサ
ンライトのTP装甲は何の役にも立たない。
 サンダービーナスも反撃をするが、こちらは攻撃パターンを完全に見切られていた。
「電気を放つ糸と、刃を備えた左足。注意するのは、それだけで良し!」
 フェイント技は無視され、とどめとして放った技には確実に対処される。時折、触れた箇所から
電気を流し込むが、効果はほとんど無い。耐電装備が非常に優れているのだろう。サンダービ
ーナスでは勝てない。しかし、片足を失ったサンライトにも勝機は無い。
「ここまでだな」
 クルフが宣言する。
「お前たちはよく頑張った。だが、ここまでだ。死ね。そして敗者となりて、私が行く道の礎とな
れ! 私の勝利の糧となれ!」
 ガトリングシールドと《アガリアレプト》、《カリュブティス》、その他、全身に装備された火器が砲
口をサンライトたちに向ける。逃げ場は無いし、逃げる事も出来ない。
「…………ちっ」
 さすがのダンも、死を覚悟した。だが、その時、
「おおっと、そうは…」
「いかない!」
 オルガが操る黒いドラゴンと、ルーヴェが乗る緑の虎が駆けつけてきた。緑の虎、バンダース
ナッチはマーズフレアに飛び掛り、黒いドラゴン、ジャバウォックは《スキュラ》や背部のビームカ
ノンを放ち、足止めをする。
「ちいっ、ザコ共が!」
 狩りを邪魔されたクルフは怒り、火器の砲口をオルガたちに向けた。そして、一斉発射。爆炎
が周囲を包み、新たな地獄と化す。
『ダメだ、いくらあの二人でも、マーズフレアには勝てない!』
 そう思ったダンは、懸命にサンライトを立たせようとする。しかし、片足だけでは立てない。そこ
へ、
「ダン、ダン! 応答して、ダン!」
 ハルヒノ・ファクトリーからの緊急通信が入る。送り主はミナだ。
「ダン! 《シャイニング・エッジ》の封印が解けたわ! 今なら使える、パスワードを唱えて!」
「パスワードは前のと一緒です! ダンさん、剣を、お父さんの『願い』を叶えてください!」
「ルー?」
 それは以前のルーの声ではなかった。復讐を目的とし、冷徹を装っていた少女の声ではな
い。人を愛し、喜び、涙を流す、ごく普通の、そして最強の少女の声だった。
「そうか、剣を抜けるのか。そいつはありがたい。だが…」
 ダンはサンライトの右足を見た。足があるはずの場所に足が無い。これでは剣を抜いても、敵
を斬る事は出来ない。
「サンダービーナスの右足を使いなさい」
 突然の通信はステファニーからのものだった。
「サンダービーナスの?」
 ダンはサンダービーナスの右足を見る。色はサンライトと同じように白と黄色、赤などの明るい
色。全身が金色のサンダービーナスの中で、唯一金色ではない箇所。形も色もサンダービーナ
ス本体とは違いすぎる箇所。
「少しの間、貸すだけよ。この戦いが終わったら返してもらうわ」
 そう言ってステファニーは操縦席で、あるスイッチを押した。サンダービーナスと左足の連結部
分が軽く爆発し、サンダービーナスの右足が取り外された。
「よし、ミナ、一旦収容してくれ。そして、急いでくっつけて…」
「その必要は無いわ」
 ステファニーが微笑みながら言う。
 彼女の言うとおり、艦に戻る必要は無かった。サンダービーナスの右足をサンライトの右足の
接続部分に近づけると、まるで磁石のように引き合った。そして、一瞬で胴体とくっついてしまっ
た。
「…………」
 どうなっているんだ、と叫びたかったが、ダンは堪えた。今は目の前の敵を倒す事が先決だ。
新たな足を得たサンライトが立つ。
「! これは……」
 機体のデータを確かめると、あらゆる機能がアップしている。パワー、スピード、TP装甲の強靭
性、耐久性、その他あらゆる機能がアップしている。唯一アップしていないのは《イーゲルシュテ
ルンβ》の装弾数ぐらいか。
「訳が分からないが、まあいい。今は奴を、マーズフレアを倒す!」
 サンライトの腰の剣が外された。左腕で鞘の部分を、右腕で剣の柄を握り、手を横に動かす。
そして、
「音声パスワード、入力! 『光の刃よ、全ての悪を切り裂け!』」
 激しい叫びにコンピューターが答える。


「第一封印、解除サレテイマス。第二封印、パスワード確認。《シャイニング・エッジ》ノ使用ヲ許
可シマス」


「おおおおおおおおおおおっ!!」
 勢い良く抜かれる長剣。カイン・メドッソの遺産、伝説の剣は、ついにその姿を世界に現した。
 銀色の刃は、強靭で美しく。
 真っ直ぐな刀身は、実直で逞しく。
 そして、それを手にした戦士は、真なる強者!
「ほう……。剣を抜いたか。面白い。試してやろう」
 自分の周りでゴチャゴチャやっている二機を無視して、クルフはサンライトに向かった。
「逃がすか!」
 追いすがるジャバウォックとバンダースナッチだったが、
「ザコは引っ込んでおれ!」
 マーズフレアは尾の一振りで二機を弾き飛ばした。そして、目の前に現われた最高の獲物に
食らいつく。
「さあ、もっと私を楽しませろ! そして、私に敗北しろ!」
 マーズフレアの一斉射撃。実弾、ビームを交えた混合射撃。これに耐えられるMSはいない。
しかし、
「《シャイニング・エッジ》! お前の力を見せてやれ!」
 ダンは恐れなかった。また、特に教わらなくとも《シャイニング・エッジ》の使い方が分かった。な
ぜかは分からないが、それは今はどうでもいい。
 刃が一瞬で輝き、赤い光に包まれた。そして、光に包まれたその刀を、
「うおおおおおおおおおっ!!」
 横一閃!
 続いて縦に、右に、左に、激しく動き回り、触れるもの全てを切り裂く!
 そう、全てを。実弾もビームも、PS装甲破砕弾も、全て切り裂いた。マーズフレアが放った砲弾
やビームは輝く刃に傷を付けることさえ出来なかった。刃の高熱が弾丸を溶かして切り裂き、ビ
ームにも耐えた。
 刃の光は更に輝きを増して、まるで小さな太陽のように熱く輝いている。いや、まるで、ではな
く、《シャイニング・エッジ》の刃はその輝きといい高熱といい、地上に降りた太陽そのものだっ
た。
「なっ…」
 さすがのクルフも驚きを隠せない。それを好機と見たダンは素早く動き、敵の懐に飛び込む。
新たな右足は、サンライトの脚力を大きく高めていた。超速で走り、マーズフレアに接近。サンラ
イトは腰を落として、刃を下方に構え、
「くらえ!」
 一気に上に振り上げる!
「ぬうっ!」
 クルフも凄腕だ。かろうじてかわす。が、《アガリアレプト》の砲身は二門とも切り落とされた。刃
が直接触れていない部分も、《シャイニング・エッジ》の熱によって少し溶けている。
 サンライトは直ちに追撃に移るが、その前に新たな影が立ちはだかった。マーズフレアの武器
を運んできた四機のAMAだ。こちらに攻撃はせず、ただ行く手を塞いだだけだが、その間にマ
ーズフレアは後方に下がった。
「ぐっ……うぬぬぬぬぬぬぬぬ、ふ、ふはは、ふはははははははは!」
 歯軋りをした後、大笑いするクルフ。
「素晴らしい、素晴らしいぞ! 面白い、面白いぞ! ダン・ツルギ、貴様は強いな。そして惜し
い。ここで殺すには実に惜しい」
 四機のAMAが、サンライトから離れた。マーズフレアは彼等の背に乗り、空に舞い上がる。
「今日は退く。楽しみは後に取っておこう。いずれ会える。すぐに会える。そしてその時は倒す。
その剣をへし折って、貴様を倒す。楽しみだ。ダン・ツルギ、貴様も楽しみにしていろ! ふはは
はははははははっ!」
 笑い声を残して、マーズフレアは空の彼方へ消えた。もうレーダーにも映らない。逃げ足が速
い事も一流の証なのか。
 戦いを終えたダンは《シャイニング・エッジ》を見た。信じられないほどの光熱を宿したこの剣こ
そ、サンライト最強の武器。手にした者を神にも悪魔にもする究極の刃。
 そして、サンダービーナスから借りた右足。借り物のパーツなのに、なぜ簡単に装着できたの
か? なぜ機体のパワーが上がったのか?
 謎は多い。戦いも完全勝利ではない。だが、それでも今は喜ぼう。
「ハハハハ、やるじゃねえか、ダン!」
「お見事。それにしても凄い剣だなあ」
「ダンさん、凄いです」
 仲間たちは全員無事だし、
「ダン! 良かった、良かったよお……」
 ミナはなぜか泣いているし、
「やったわね、ダン君」
 ステファニーは微笑みを浮かべているし、
「お父さん、これでいいんだよね? ミナさんなら、この人たちなら、お父さんの願いをきっと…
…」
 冷たい笑顔を浮かべていた少女が、人間らしい表情を見せているのだから。
 それにしても疲れた。眠い。眠ろう。
 ダンの意識は、暗い闇の底に沈んでいった。



 戦いは終わった。
 ズィニアたちはデスフレイム隊やカラミティ・トリオによって悉く倒され、マーズフレアの撤退によ
って、戦局のバランスは完全に崩れた。スカーツの部下たちもある者は戦死し、ある者は捕らえ
られた。
 対ズィニア戦ではデスフレイム隊隊長、カナード・パルスが大活躍した。オルガたちがダンの
救援にギリギリ駆けつけられたのも、カナードがほとんどのズィニアを片付けてくれたおかげだ。
二十機以上のズィニアを難無く倒したカナードを見て、オルガは呟いた。
「ったく、嫌になるな。サーペントテールの叢雲劾といい、こいつといい、どうして世の中には俺よ
り強い奴がゴロゴロいるんだ?」
 全てが終わって間もなく。パリの街から一台の車が走り去った。
 運転席には一人の男が乗っている。ジャック・スカーツ。ルーの養父カインを始め、多くの罪無
き人を殺した悪鬼。
 部下も無人MSも全て倒され、たった一人になってしまった。孤独な逃亡者は必死に逃げる。
「ちっ、計算外だ! だが、俺はこのままでは終わらないぞ! どこかで態勢を立て直して、きっ
と…」
 その言葉は最後まで続かなかった。
 道路に響き渡る轟音。煙と炎が空に上がる。
 自動車に仕掛けられていた爆弾によって、ジャック・スカーツの体はボロ車と共に吹き飛ばさ
れた。『殺戮者』と呼ばれ、恐れられた男の、あまりに呆気ない最期だった。
 そして誰も知らなかったが、爆発事故が起きた道路の上空には一隻の戦艦が飛んでいた。ミラ
ージュコロイドによって完全に隠れているこの艦の名は『マッド・ピエロ』。サードユニオンがゲー
ムの参加者たちに与えたオケアノス級の艦の一つだ。
 その艦橋の艦長の椅子には、一人の男が座っている。この艦の主であるクルフ・ガルドーヴァ
…ではない。銀仮面で顔を覆い隠した男、ノーフェイスだ。携帯電話型の特殊通信機を使い、
何やらコソコソと話している。
「そうだ、スカーツは今、私が始末した。……そう怒るな。君たちの手で殺したかったのは分かる
が、こちらとしても、あんな三流役者をこれ以上のさばらせる訳にはいかなかったのだ。……あ
あ、すまない。お詫びと言ってはなんだが、君たちにプレゼントを贈ろう。高性能MSを一機と、
その専属パイロットが一名。悪い話ではないと思うが。……ああ、イザーク総帥には私から話して
おく。それではまた会おう。来るべき日に備えて準備しておきたまえ。君たちデスフレイム隊の健
闘を祈っているよ」
 赤い死の炎の中に、新たな、そして激しい炎の神が加わろうとしていた。
「前座は予想以上の出来だった。さて、本番はどうなるか。皆さん、私や大総裁を楽しませてくだ
さいよ。ふふふふふ……」



 戦火が消えたパリの街では、復興作業が急ピッチで進められていた。ディプレクターは欧州支
部長のスカイ・アーヴァン自ら陣頭指揮を取り、瓦礫の処理や、行方不明者の捜索などを行なっ
ていた。
 忙しく街を歩き回るアーヴァンの目に、一人の少女が飛び込んできた。少女は雲一つ無い青
空に向かって、大きく手を振っていた。その顔はとても穏やかで、見ている者を元気にするような
優しい表情だった。
「君、どうして空に手を振っているのかね?」
 アーヴァンが尋ねると、少女はこう答えた。
「私の大切な人たちが、お空の向こうに飛んでいったからです。もう見えなくなっちゃたけど」
「そ、そうか……。それは大変だったね」
「?」
 首を傾げる少女。アーヴァンは少女の言葉を『誰かが死んで、その別れの挨拶として手を振っ
ている』と考えたのだ。
「大変だろうが、挫けては駄目だぞ。君の大切な人たちは、きっと空の向こうで君の事を見守っ
てくれているはずだ」
 優しく励ますアーヴァン。少女は再び首を傾げたが、笑顔を浮かべて、
「はい! 私、頑張ります! 私にお父さんの心を教えてくれた人たちの為に、そして、この世界
を護ってくれる人たちの為に!」
 少女、ルー・ラッサン・ドゥブールは、はっきりと宣言した。優しくて、それでいて力強い、とびっ
きりの笑顔を浮かべて。



 オーブ共和国、モルゲンレーテ社の格納庫から、一隻の戦艦が出港しようとしていた。
 艦の名はプリンシパリティ。トリニティ・プロジェクトを遂行するためのディプレクター特殊部隊
『エクシード・フォース』の旗艦である。艦長はナタル・バジルール。副艦長はピエルト・ギィル。
操舵士はアーノルド・ノイマン。オペレーターにはミリアリア・ハウにサイ・アーガイル、他に何人
かの新人が席に着く。
 MSも多数搭載された。先日、最終調整を終えたシュトゥルム以外にも多数のM1アストレイ、
そして、ネオストライク1号機と2号機。ストライクビークルも【ツムジ】、【ホムラ】、【クチナワ】、【ザ
ンバ】、【ミナモ】が搬入されていく。
 その様子を艦の窓からじっと見つめている少年がいる。キラ・ヤマトだ。ディプレクター北米支
部長の地位を一時的にダコスタに委ね、一人のパイロットとしてこの艦に乗り込んだのだ。
 窓の外では、紫色のヘリコプターが艦の格納庫に運び込まれている。自らも開発に携わったス
トライクビークル6号機【キリサメ】だ。あのビークルの能力は、これからの戦いに役に立つだろう。
『強力な武器なんて、本当は使わない方がいいのかもしれない。でも…』
 キラはそれでも戦う事を選んだ。倒さなければならない敵を倒すために。
「ダン・ツルギ。どうして僕は君を倒したいんだろう……?」
 憎いわけではない。それでも、彼は倒さなければならない。キラはそう思った。そして、彼を倒
せるのは自分だけだ、と。

(2004・10/8掲載)

次回予告
 北の海に集う者たち。
 彼らが願うのは平和、共存、そして、破壊。
 宇宙に集う者たち。
 彼らが願うのも平和、共存、そして、破壊。
 キラは行く。本能が恐れている敵を倒すために。
 アスランは行く。守りたい人を守るために。
 ガーネットは行く。戦乱の幕を開けようとする者たちを止めるために。
 そして、ダンは、シン・アスカは……。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「Gの狂宴」
 新たなる戦乱に立ち向かえ、インパルス。

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