第12章
 ラストウィル

 オーブ、モルゲンレーテ社。
 その地下深くに築かれたMSの戦闘テスト場で、二体のMSが戦っていた。
 一方はキラ・ヤマトが操るネオストライク1号機。武器はビームライフルとシールド。ストライクビ
ークルは装着していない。
 もう一方は新型のMS。背部に四機のポッドを取り付けた大型のブースターを装備している。
パイロットは、その異名を広く世間に知られた男。地球軍屈指のエースパイロットだ。
「おっと!」
 ネオストライクのビーム攻撃。だが、ムウ・ラ・フラガ中佐は見事にかわし、反撃体勢に入る。新
型MSは素早く動き、ビームライフルを構える。
 しかしキラの反応も速い。相手が照準を定めるより先に突進し、ビームサーベルを抜いて、切り
かかる。
「ちっ!」
 フラガも避けようとするが、今度は間に合わなかった。ビームサーベルは新型MSの胴体を袈
裟懸けに切り裂いた。
 ……が、新型MSには傷一つ無かった。二体のMSの装備は演習用の物だったのだ。ビーム
ライフルから発射されるのは、当たった箇所を色づけるだけのペイントビーム。ビームサーベル
のビームはただの『映像』である。
「はい、それまで」
 テスト場にエリカ・シモンズの声が鳴り響く。テスト場の上方にはガラス張りの管制室が造られて
おり、そこからエリカを始めとするモルゲンレーテの技術者たちが戦いを見守っていた。
「ふう」
 一息つくキラ。一方、
「やれやれ、俺の五連敗か。腕が鈍ったかな」
 フラガは少しふてくされていた。そのグチを聞いたエリカは苦笑して、
「そんなに落ち込む必要はありませんよ、フラガ中佐。シュトゥルムはまだ最終調整が済んでいな
いんですから」
 と、フォローする。続いてディプレクターから出向しているエミリア・ファンバステンが、
「そうそう。それに訓練学校でのんびりしていたあんたと違って、キラは実戦で鍛えているんだ。
勝てないのは当然。気にしない方がいいよ」
 と、フォローになっていないフォローをする。
「だが、このシュトゥルムは俺の専用機なんだろう? もう少しいい結果を出さないと、お前さんた
ちや、協力してくれた地球軍やザフトの連中に申し訳ないよ」
 フラガはため息混じりに言う。
 TRP−NS−001・シュトゥルム。元々はネオストライク4号機として開発されていたが、地球軍・
ザフト・オーブの共同機動兵器開発計画『トリニティ・プロジェクト』の発足によって、同プロジェク
トの開発ナンバー第一号となった。数奇な運命を辿ったMSだが、改良には三軍の技術が使わ
れているだけに、機体の性能は申し分ない。
 しかし、それ故に操縦は困難だった。地球軍屈指のエースパイロットであるフラガ中佐でさえ
乗りこなせずに苦労している。と言って、パイロットを変えるのは得策ではない。この機体は、そ
の特徴的な装備の為にフラガ中佐の専用機と言ってもよく、彼以外のパイロットに乗りこなせない
のだ。
「エミリアの言うとおり、気にする必要は無いわ。シュトゥルムの真価はガンバレルが使えるように
なってからよ」
 エリカの言葉は励ましなどではなく、本心からのものだった。シュトゥルムのバックパックに搭載
された四機のガンバレルポッド。重力下では使えないが、これが使えるようになれば、あるいは
……。
「って、使えない装備の事を言っても、意味無いだろ。一週間後の『お祭り』は地球でやるんだ。
だったら、地球で使える装備で何とかしないと」
「お祭りってムウさん、そんな軽いものじゃないでしょう」
 キラが苦笑する。
 一週間後、イングランド北方の海、北海で一大イベントが行なわれる。同地で建造されていた
第二ギガフロート『ビフレスト』の完成記念式典だ。
 式典にはディプレクターからはラクス・クライン、プラントからはギルバート・デュランダル、地球
連合からは大西洋連邦大統領ジョン・S・ブラウンなど各国の首相や大臣など、多数の重要人物
が参加する。ブルーコスモスやリ・ザフトらの大規模なテロに対抗する為、様々な条約が締結さ
れる予定だ。
 また、この式典ではトリニティ・プロジェクトの成果として、シュトゥルムも披露される事になってい
る。地球とプラントが力を合わせて作り上げたMS。両者の友好の証というわけだ。だからこそ無
様な姿は晒せない。
「やれやれ。神輿役は辛いな」
「? 何か言いましたか、ムウさん?」
「いや、何でもない。キラ、もう一回勝負してくれ。データを取りたいんだ。って、お前も予定があ
ったんだっけな」
「いえ、構いませんよ。ビークル6《キリサメ》は、もうほとんど完成してますから」
「そうか。相変わらず仕事が早いな。それじゃあ、行くぞ!」
「はい!」
 銃口を向け合うネオストライクとシュトゥルム。模擬戦と呼ぶには激し過ぎる戦いが再び始まっ
た。



 モルゲンレーテ社の戦艦用ドック。二年前の大戦時、オーブに避難したアークエンジェルはこ
こに収容され、傷を癒した。アークエンジェルの副長だったナタル・バジルールと操舵士を務め
たアーノルド・ノイマンにとっては、少し懐かしい場所だ。二人は整備中の艦の前に行き、その様
子を見ている。
「歴史は繰り返す、という訳か」
 ナタルはポツリと呟いた。
 二人の目の前では、アークエンジェルの同型艦が整備されていた。二年前を思い出させる光
景だ。違うのはあれから自分たちが少し年を取った事と、目の前で整備されている艦の色が、白
ではなく薄緑という事。そして、
「艦長」
 二人の元に駆けつけてきた、この男がいる事だ。ショートミディアムの黒髪に黒い瞳。少しタレ
目だが、油断のならない目付きをしている。
「整備班からの報告です。我々が乗るAA級六番艦・プリンシパリティの整備は順調。明日の朝
までには整備作業は完全に終わるそうです」
 と、男は落ち着いた声で報告する。
「そうか。報告、ご苦労だったな、ピエルト・ギィル中佐」
「いえ、これも仕事ですから。ですが『中佐』と呼ぶのはやめてください。私はもう軍人ではありま
せん。今の私はディプレクターの一員です」
 ピエルト・ギィルはそう言って、少し怒ったような表情をする。
「あ、ああ。そうだったな。済まない」
「気を付けてください。これから艦長が率いる部隊は『軍』であって『軍』ではないんです。軍の階
級で呼ばれる事を嫌う者もいます。人の上に立つ者として、そういうつまらないミスは許されませ
ん。くれぐれも…」
「ああ、あの、ギィル副艦長!」
 説教を止めないギィルに、溜まりかねたノイマンが口を挟む。
「何か?」
「いえ、その、プリンシパリティの操縦について色々と聞きたい事が…」
「そういう事は私に聞くより、整備班の方が適任かと思われますが。まあ、私で良ければお答えし
ますよ」
「ありがとうございます。それでは話は艦の中で」
 ノイマンはギィルを連れて、プリンシパリティの中に入る。整備士たちが少し顔を歪めるが、二
人は気にしなかった。
 残されたナタルは、ホッと一息ついた。そしてノイマンに感謝する。
『まったく、厄介な男だな、あれは』
 あのピエルト・ギィルという男、かつてはユーラシア軍に所属し、その優れた頭脳を評価され、
わずか二十二歳で中佐にまで上り詰めたエリート中のエリートだ。だが、あまりにキレ過ぎる故に
上層部から煙たがられ、閉職に追い込まれていた。
 その経歴からか軍人出身であるにも関わらず、軍人が嫌いらしく、ナタルやノイマンには友好
的ではない。些細な事で不機嫌になり、実に扱いづらい。文句を言おうにも、仕事はしっかりや
るので、あまり強くは言えない。
『まったく、バルトフェルド殿も厄介な男を押し付けてくれたものだ』
 ナタルは心の中でため息をついた。自分の優秀な副官を遣してくれたバルトフェルドに対し、
当初は感謝の念を抱いていたのだが、今はむしろ不愉快な気分になる。もしかしたら、この口う
るさい男を厄介払いしたかっただけなのではないだろうか?
『まあ優秀ではあるし、助かっているのは事実だが……』
 それでも、あの男が自分の副官として同じ艦に乗るのだと考えると、気分が滅入る。口うるさい
副官は役には立つが、非常に扱いづらい。そう考えていると、自然に苦笑した。
『二年前のラミアス艦長も、同じ気持ちだったのかもしれないな』
 なるほど、確かに今のナタルとギィルの関係は、あの頃の自分たちによく似ている。ナタルは
今更ながら、自分という扱いづらい副官を使い続けたマリューを尊敬した。
 先行きは不安だが、それでもやるしかない。ナタルは気を引き締めて、自分が艦長となる艦を
見上げた。
 AA級六番艦・プリンシパリティ。薄緑色の権天使は、飛び立つ時をじっと待っていた。



 パリ。
 花の都、麗しの都市と呼ばれ、ヨーロッパの中心として栄えた街。その歴史はコズミック・イラの
時代にも受け継がれており、パリはヨーロッパ屈指の大都市として賑わっていた。
 しかし、今のパリはあまり居心地のいい街ではなかった。街の至る所に警官が立っており、パト
カーが四六時中走り回っている。少しでも不審な行動をする者はすぐに警官がマークする。パリ
は異様な緊張感に包まれていた。
 この緊張感漂うパリの街中を、四人の女性が歩いていた。四人の内の二人は我々の良く知る
女性である。ミナ・ハルヒノとステファニー・ケリオンだ。残りの二人は白髪混じりの中年の女性
と、長い黒髪と黒い瞳の少女。中年の女性は一行の先頭に立ち、黒髪の少女は一番後ろを歩
いている。
「な、何だかピリピリしてますね……」
 ミナの言葉に、ステファニーが頷く。
「そうね。花の都というより、檻の都って感じ。ゴーストタウンになっていたイスタンブールの方がま
だ居心地は良かったわね」
 ステファニーのその言葉に、先頭を歩く中年の女性が苦笑した。
「ここだけじゃないわ。今はヨーロッパ全土がこんな感じよ。第二ギガフロート・ビフレストの大会
議まで、あと一週間。この時期にテロが起きたら大変だもの。警察だけでなく、ディプレクターの
欧州支部長、スカイ・アーヴァンも不眠不休で頑張っているみたいよ。あんたたち、悪い時期に
パリに来ちゃったわね」
 中年女性は穏やかな声で言う。どこの町でも耳にする、ありふれた女性の声だ。だが、その声
と言葉にステファニーは苦笑した。
「何を今更。それに、私たちに来るように指示したのは貴方でしょう。女の人の格好も似合ってる
わよ、ノーフェイス」
 その名で呼ばれた中年女性は、怪しく微笑む。そして声は先程までの『女性の声』ではなく、
低音な『男性の声』に変わった。
「変装は私の唯一の特技ですからね。赤ん坊以外なら、どんな人間にでもなれますよ。姿形だけ
ですが」
「そうね、確かに凄いわ。こっちの子と比べたら、月とスッポンね」
 そう言ってステファニーは、後ろを歩く黒髪の少女に目を向ける。少女はステファニーを睨み、
「うるさい。黙れ」
 と、男の声で答えた。その声には殺意が篭もっている。
「あらあら、口の悪いお嬢様ね。そんな事じゃ、怖ーいお巡りさんに全世界指名手配犯だってバ
レちゃうわよ。ノーフェイスを見習って、慎重にかつ女らしく行動してほしいわね。分かったかし
ら、ダン・ツルギ君? いえ、今はツルギちゃんだったわね」
「ぐっ……」
 ぐうの音も出ない。
 ダン・ツルギは過去の記憶が無い。だが、今この時、彼は自分が生涯最大の屈辱を味わって
いるのだと確信していた。長髪のカツラも、オッドアイを隠すために左目に入れた黒のカラーコン
タクトも、ひらひらしたスカートも、やたらと大きい胸パットも、歩きにくいハイヒールも、唇に塗られ
た口紅も、顔中にほどこされた化粧も、全てが屈辱の極みだ。気持ち悪い。不愉快だ。
 そして、何より不愉快なのが、
「だ、大丈夫よ、ダン! その格好、凄く似合っているから、声さえ出さなければ絶対にバレない
わよ。私より美人だし!」
 という事だった。
「黙れ」
 ダンは不愉快だったが、ミナの言うとおり、確かに似合っていた。ダンたちがハルヒノ・ファクトリ
ーを出る時、女装したダンの姿を見たオルガは、一瞬見惚れた後に失笑。ルーヴェは唖然と
し、ギアボルトは少し悔しそうだった。それほど似合っているのだ。
「ダン君の服はステファニーさんが選んだんですか?」
 ノーフェイスが訊くと、ステファニーは頷いた。
「ええ、そうよ。着せ替え人形みたいで楽しかったわ。クセになりそう」
「ははは、ステファニーさんはいいセンスをしていますね。だが、私ならもっとシックな色合いの服
を着せますよ。彼には青系統のドレスが良く似合う」
「あら、そうかしら? ダン君には明るい色の服の方が似合うわ。今度はピンク色のパーティード
レスとか着せてみたいわね」
 ステファニーとノーフェイスの女装談義は、歩きながら続けられた。本人の意思を無視して、勝
手に話を進めているバカ共をダンは殴りたかったが、街中でやるのは目立つのでやめた。殺る
のは艦に帰ってからだ。
 似合いすぎるぐらい似合っている変装(女装)のおかげか、ダンたちは警官に咎められる事無
く、パリの街を歩く。シャンゼリゼ通りを東に歩き、コンコルド広場とパリ市庁舎を通り過ぎ、橋を
渡って街の南側に入る。
 そしてフランス革命時に牢獄として使われていたラ・コンシエルジュリー、多くの芸術家が葬ら
れているパンテオン神殿などの観光名所を通過し、リュクサンブール公園にたどり着いた。
 一行は広い公園の中を歩き回る。と言っても、ダンとミナ、ステファニーは中年女性に変装とた
ノーフェイスの後を歩いているだけだ。ノーフェイスは後ろの三人に気を配る様子は無く、人影
の疎らな公園をキョロキョロと見回している。
「おい、ノーフェイス」
 周りに人がいない事を確認してから、ダンはノーフェイスに語りかけた。
「何でしょう?」
 ノーフェイスはダンの方を振り返らずに答えた。
「こんな所に俺たちを連れてきて、一体何をさせるつもりだ?」
「会わせたい人がいるんですよ。貴方が強くなるためには、絶対に会わなければならない人が
ね。貴方もその人に会うために、ここに来たのでしょう?」
「ああ、お前に言われてな。そいつはここにいるのか? その、カイン・メドッソという男は」
 カイン・メドッソ。
 プラント屈指の武器製造技師であり、その凄腕ぶりは広く知られている。二年前の大戦で活躍
したガーネット・バーネットも、彼の造った巨大槍《ドラグレイ・キル》を使って、多くの強敵を倒し
ている。
 サンライトの武器《シャイニング・エッジ》もカインが造った武器だ。そして、カインこそ《シャイニ
ング・エッジ》の封印を解ける唯一の人物である。彼の協力を求めて、ダンたちはこのパリにやっ
て来たのだ。
 だが、
「いえ、彼はここにはいませんよ」
 ノーフェイスの答えは意外なものだった。
「なっ……。ちょっと待て! 俺たちはお前がここにカインがいると言ったから来たんだぞ! な
のに…」
「ああ、言葉が足りませんでしたね。私のミスです。すいません」
 激昂するダンに対して、ノーフェイスは冷静に答える。
「ですが、貴方たちがこの街に来たのは間違いではありませんよ。《シャイニング・エッジ》の封印
を解くためには、この街に来なければなりません。当人がこの街から離れようとしませんからね」
「当人? カイン・メドッソの事か?」
「いえ、違います」
 会話をしながらも、四人は歩を進めていた。公園の中は閑散としており、人の姿はほとんど無
い。街が厳戒態勢なのだから当然だろう。パリで最も美しい公園は、寂しい世界と化していた。
 と思われたのだが、公園の中央にある池、メディシスの泉のほとりには大勢の人が集まってい
た。人々は何かを取り囲むように集まっており、時折、歓声が上がる。集まった人々の目は喜び
と興奮に満ちていた。何かイベントでもやっているのだろうか?
「いましたね」
 そう呟いたノーフェイスは、人の群れの中に飛び込み、強引に前に出る。ダンたちもその後に
続く。
 一行は人ごみの最前列に出た。そして、なぜ人々が興奮しているのか、その原因を知った。
 一人の少女が一輪車に乗っていた。少女の右手には大人の頭ほどもある大きなボール、左手
にはたくさんのリング。
「はっ!」
 掛け声と共に少女は、ボールを空に投げた。続いて、そのボールに目掛けてリングを投げる。
全部で七つ。
 七つのリングはそれぞれ、全く違うコースで空を飛ぶ。天に向かって一直線に飛ぶリング、右
に大きく弧を描いて飛ぶリング、左に曲がり飛ぶリング、一つとして同じ軌道を描く物は無かっ
た。そしてその全てが、先に投げられたボールを潜り抜け、次々と少女の手元に戻った。まるで
リングが意志を持っているかのような動きだった。
 最後に落ちてきたボールを受け止め、少女は観客に向かって一礼。割れんばかりの拍手が巻
き起こる。
 その後も少女は見事な芸を見せた。シガーボックスやデビルスティックを使った初歩的なジャ
グリングから、ムチでボールを生物のように舞わせたり、目隠しをして一輪車に乗り、走り回りなが
ら空に投げた無数のリングをキャッチするなどのハイレベルな芸を次々と披露。完璧な演技を見
せる天才少女に、観客たちは拍手喝采。
「うわあ、凄い、凄い!」
 ミナも自然と拍手をしていた。素晴らしい芸を見せてもらった事への感謝と賞賛の証。人間とし
てはごく自然の行動だ。
 だが、ダンとステファニーは違った。
「うーん、いい芸なんだけど……ちょっと違うわね」
「ああ。何か変だな」
「ほう、分かりますか。さすがに鋭いですね」
 周囲とは違う反応を見せる二人に、ノーフェイスが感心したように言う。
「彼女の名はルー・ラッサン・ドゥブール。曲芸の世界では名の知れた十二歳の天才少女で、カ
イン・メドッソの養女です。彼女こそ貴方たちが会うべき人物。今は亡きカイン・メドッソの遺言を
知る唯一の人物です」
 ルーのショーが終わった。深々と一礼する彼女に、ミナを含む観客たちは割れんばかりの拍
手を送る。観客たちに笑顔を向けるルーだが、その眼は笑っていなかった。
「それでは、私はこれで」
 そう言ってノーフェイスは去ろうとする。
「もう行くのか?」
「貴方たちの事は彼女には話してあります。私は彼女には好かれていませんので、私がいない
方が話は進むでしょう。では」
 ノーフェイスは頭を下げた後、足早に去って行った。本当に速い。あっという間に見えなくなっ
た。
「行っちゃったわね」
「ほっとけ。それより、問題はあの娘だ」
 残された三人の目は、再び少女の方に向けられる。
 公園が夕焼けで赤く染まる。人々が家へと帰る中、ダンたちとルーは公園に残り、挨拶を交わ
していた。
「皆さん、はじめまして。ルー・ラッサン・ドゥブールです。皆さんの事はダリーラさんから聞いてい
ます」
 そう言って、ルーは会釈した。ダリーラとはノーフェイスが変装していた女性の名前だ。ノーフ
ェイスはあの顔と名前でルーと関わっていたらしい。
 ちなみにダリーラとは、アラビア地方の昔話に出て来る女いかさま師と同じ名前だ。ノーフェイ
スは知ってて名乗っているのだろうか?
「俺たちの事を知っているのなら話は早い。俺たちが何をしに来たのかも分かっているな?」
 女装したダンはルーの眼を見る。金と黒の鋭い視線がルーに突き刺さる。だが、彼女はまった
く怯まず、
「分かっています。父の遺言の事ですね」
「そうだ。それに《シャイニング・エッジ》の封印を解く鍵が…」
「あります」
 ルーはあっさり答えた。だが、
「父の遺言の内容を教えても構いませんが、一つ条件があります」
 その声は、十二歳の少女のものとは思えないほどに冷静で、
「男を一人、殺してください」
 言葉の内容も冷酷で、
「名前はジャック・スカーツ。私の父と、大切な人たちを殺した男です」
 そして、悲しかった。



 パリの路地裏。華やかな花の都と謳われているが、この街にも闇はある。かつて多くの人間を
断頭台の生贄にしたこの街の闇は、その歴史を物語るかのように暗く、そして深い。
 夕焼けの陽が届かぬ暗い路地裏を、一人の女性が歩いている。常に辺りの様子を伺い、
時々、後ろを振り返って尾行されていないか確認している。過剰なまでに慎重で細心だ。
 誰にも尾行されていない事を確認した後、女は、とある家の中に入った。外見も内装もボロボ
ロで、完全な廃屋。今にも崩れそうだ。
「よお。待ってたぜ」
 廃屋の中には数人の男たちがいた。その中の一人、一同の中心に立つ男が女に声をかけ
た。どうやらこの男が連中のリーダーらしい。短くまとめた金髪に三角眼。その眼は男の心の中
を現すかのように鋭く、冷たい。
「ギリギリセーフか。もう少し遅かったら、帰ってたところだぜ」
「その時は、貴方たちが大損をする事になりますね。スピカ以来の関係も失う事になります。それ
でもいいのかしら?」
 女は意地悪そうに言う。
「ちっ。まあいい。スビカの件では、あんたたちにも世話になってからな。それで準備は整ったの
か?」
「手筈どおりに。ズィニア五十機、いつでも動かせます。ご命令があれば、今すぐにでも」
 その答えに、リーダーらしき男はニヤリと笑った。
「ようし、今日こそアーヴァンのクソ野郎に思い知らせてやる! 出撃だ! ビフレストを潰す前に
この街を焼き尽くして、ナチュラルに尻尾を振る裏切り者共に俺たちの、真のコーディネイターの
力を見せてやる!」
「おおおおーーーーーっ!!」
 部下たちが声を上げる。一同のリーダー、ジャック・スカーツは満足気な表情を浮かべた。い
い気分だった。ディプレクター欧州支部長、スカイ・アーヴァンには今まで散々な目に合わされ
てきた。ヨーロッパでのテロ計画は悉く潰され、多くの同志が奴に捕らえられた。だが、今回はそ
うはいかない。五十機のMSで一気に叩き潰してやる!
「スカーツ様」
 ズィニアを用意した女が声をかける。
「何だ?」
「今回の決戦に際して、私の方からプレゼントがあります。受け取ってもらえませんか?」
「プレゼント?」
「MS一機と、その専属パイロットが一名」
 そう言って女は、パチンと指を鳴らす。同時に廃屋の中に、新たな侵入者が入ってきた。赤い
髪の中年男性。だが、どう見ても普通の人間ではなかった。口からヨダレを垂らしており、視線も
合っていない。はっきり言って、
「おい、何だ、このポンコツは? こんなのが役に立つのか?」
 ジャック・スカーツの言うとおりだった。しかし、女は微笑み、
「ご安心を。腕は私が保証します。はっきり言って、この男はスカーツ様、貴方より強いですよ」
 と言い切った。このヨダレを垂らした男がスカーツよりも、かつて『殺戮者』と呼ばれ、恐れられ
ていたザフトのエースパイロットよりも凄腕だと、はっきり言ってしまった。辺りに不気味な緊張感
が漂う。
「……ふん。面白いじゃないか。いいだろう、使ってやる」
 スカーツは心中の苛立ちを隠し、女の申し出を受け入れた。戦力は欲しかったし、女の機嫌を
損ねて、ズィニアを引き上げさせられては堪らないからだ。
 そんなスカーツの考えを知ってか知らずか、女は、
「ありがとうございます」
 と頭を下げた。
「この男の名はクルフ・ガルドーヴァ。必ずやスカーツ様の理想実現の為の力となるでしょう。
我々エンキドゥ・カンパニーは、貴方がたを応援します。愚かなナチュラルを殲滅し、コーディネ
イターの世界を作り上げてください。それが出来るのはスカーツ様だけです。スピカの時のよう
に、鮮やかなお手並みを期待していますよ」
「おお、任せろ、ダリーラ。俺はパトリック・ザラ様の意志を継ぎ、この世界から薄汚いナチュラル
どもを消し去ってやる。元ディプレクターのイザーク・ジュールなど信用できん。この俺がリ・ザフト
の実権を手に入れ、そして、この世界をコーディネイターのものにするのだ!」
「はっ、スカーツ様!」
「スカーツ様のために! 真なるリ・ザフトのために!」
「ナチュラルどもに死を! コーディネイターに栄光を!」
 意気盛んなジャック・スカーツ。部下たちも彼を褒め称える。その様子をダリーラ、いやノーフェ
イスは心中で嘲笑いながら見ていた。
『これで準備は整った。最高の前夜祭になりそうですね。楽しみにしていますよ、ダン・ツルギ、
ジャック・スカーツ、そして……』



 二年前の大戦時、ルーとカインは、アクアマリン・サーカスというサーカス団で働いていた。大
戦終結後、サーカス団は平和になった世界を渡り歩き、様々な土地で芸をした。優しい父と仲
間たちに囲まれ、ルーは幸福な時を過ごした。戦争で本当の両親を失った悲しみも、ようやく乗
り越える事が出来た。
 だが、一年前、悲劇は突然襲ってきた。パリの街で興行を行なっていたアクアマリン・サーカス
団のテントに仕掛けられた爆弾が爆発。千人以上の死者を出す大惨事となった。
 この無差別テロで、団長を始めとするサーカス団の団員たちは全員死亡。生き残ったのはカイ
ンと、爆発時にたまたま外出していたルーの二人だけだった。ルーは無傷だったが、カインは瀕
死の重傷を負っていた。
 病院のベッドに横たわるカイン。今にもその命の火が消えようとしていたその時、一人の女が現
われた。彼女は大勢の医者を引き連れており、医師たちはカインに最高の治療を施した。その
結果、瀕死だったカインは意識を取り戻したのだ。喜ぶルーの隣で、女はカインにこう言った。
「眼に見えるケガは治しました。でも、貴方の命の力は大幅に削られている。もって半年。それ以
上は生きられません」
 残酷な宣告だった。ダリーラと名乗ったその女性は、爆弾を仕掛けたのがジャック・スカーツ率
いるリ・ザフトの過激派である事を教えた。テロの理由はパリの治安を悪化させ、自分たちが活
動し易い街にする為。ただそれだけの為にあの事件を起こしたのだ。何という身勝手。
 ダリーラは更に話を続けた。
「戦争は終わりましたが、スカーツのような悪魔は世界中に蔓延っています。ディプレクターも頑
張っていますが、彼等の力だけで全てのテロを防ぐことは出来ません。だから、私たちも戦おうと
思います。その為に必要な武器を、悪を切り裂く正義の刃を造って欲しいのです、カイン・メドッ
ソさん。この世界の未来の為に!」
 残り僅かな命。ならばせめて、未来への礎となろう。そう決意したカインは、ダリーラの申し出を
受け入れた。そして半年後、彼は生涯最高の傑作を完成させた。
「それが《シャイニング・エッジ》。本当の正義を世に示すために父が自分の命と願いを込めて鍛
え、作り上げた光の刃です」
 そう言ってルーは一息ついた。夕暮れの中で話を聞いたダンたちは、何も言わずにその場に
立ち尽くしていた。
「剣を完成させた三日後、父は亡くなりました。ですが父はダリーラさんたちを信用していません
でした。彼女たちの組織が《シャイニング・エッジ》を悪用する事を恐れた父は、《シャイニング・
エッジ》を封印し、私だけに解除コードを教えたのです。その解除コードが父の、カイン・メドッソ
の遺言です」
 ルーは小さな拳をギュッと握り締める。それは悲しみと決意の証。
「遺言を知る者は、この世界で唯一人、私だけです。遺言を教える代わりに父の仇、みんなの
仇、ジャック・スカーツを殺してください。お願いします」
 お願い、という単語を使っているが、実際は強制だった。ステファニーはため息をついて、
「でも、スカーツがどこにいるのか、私たちには分からないわ。それじゃあ…」
「居場所なら分かっています。ダリーラさんの情報では、あの男はこの街にいるそうです」
「あらまあ。それは凄い偶然ね」
 ステファニーは皮肉を交えて言った。タイミングが良すぎる。全ては仕組まれているのではない
のか?
「狙いはビフレストの完成式典か」
「もしくはその前哨戦として、パリで一騒動を起こすつもりかも。ダン君、どうするの?」
 ステファニーの質問に、ダンは少し考える。スカーツと戦う理由は無い。だが、スカーツの悪行
はダンも聞いているし、許せない奴だと思う。それにスカーツを倒さなければ《シャイニング・エッ
ジ》は使えない。ならば……。
「ダメよ、そんなの!」
 それまで黙っていたミナが突然、口を開いた。ミナはルーの肩に手を置き、
「復讐なんて絶対にダメ! 人を殺すとかそういうのって、絶対にやっちゃダメな事なの!」
 と、声を荒げて諭す。その口調は、普段の大人しいミナからは想像も出来ないほどに力強いも
のだった。
「確かにスカーツのやった事は許せない。ルーちゃんが怒るのも分かる。でも、復讐なんてそん
な事をしても、ルーちゃんのお父さんは喜ばないよ。カインさんが《シャイニング・エッジ》を造っ
たのは、復讐のためじゃなくて、私たちやルーちゃんが生きるこの世界を守るためなんでしょう?
 だったら…」
 正論を言うミナだったが、
「あなたに……あなたに何が分かるのよ!」
 ルーの心には届かなかった。
「団長さんも、リチャードさんも、ヘンリーさんも、オットーさんも、みんないい人たちだった。大好
きだった。それなのに、みんな、あいつに殺された! お父さんもあいつのせいでケガをして、そ
れが原因で死んじゃった! 許せない。絶対に許せない! 私はあいつを、ジャック・スカーツ
を許さない! あいつを殺すためなら、私は何でもする!」
「何でもする、か。大した決心ね」
 ステファニーが皮肉げに微笑む。
「確かに凄いわね。大好きだったお父さんの遺言を、殺し屋を雇うための材料にするんだもの。
私には真似出来ないわ」
「!」
 ステファニーの言葉は、ルーを凍りつかせた。
 その時、空気と大地が大きく震えた。直後に豪快な爆発音。
「!」
「爆発!?」
 爆発音そのものは遠くからのものだったが、かなりの大音響だ。しかも一度だけではない。連続
して鳴り響く。
「爆弾テロじゃない。これはミサイルの着弾音ね」
 ステファニーが冷静に分析する。ダンも同じ意見だった。通信機で街の郊外に隠れて待機し
ているハルヒノ・ファクトリーに連絡を取る。
「オルガ!」
「ダンか。まだ街にいるのか? だったらすぐに逃げろ。MSの大群がパリを襲っている」
「どこのMSだ? ブルーコスモスか?」
「分からん。迎撃に向かっているディプレクターの通信を傍受しているんだが、敵の機種はズィニ
ア。ジンやゲイツも混じっている。あと、大砲を背負った赤いMSもいるそうだ」
 赤いMS。その単語を聞いたステファニーの表情が変わった。
「赤いMSですって? そいつ、尻尾みたいな物を付けてない?」
「尻尾?……ああ、そんな事を言ってるな。かなり強いみたいだぞ。ディプレクターのMS部隊は
大苦戦しているみたいだ。あ、また一機やられた」
 オルガの返答を聞いたステファニーの表情は、更に険しいものとなった。その顔を見たダンは
察した。
「『敵』が来たんだな?」
 ダンの『敵』。それはゲームの参加者であるという事。ステファニーは頷いた。
「ええ。名前はクルフ・ガルドーヴァ。機体の名はマーズフレア。私たち六人の中で二番目に強
い男よ」
「二番目か」
「侮らないで。今まで貴方が戦った敵の中では、間違いなく最強の相手よ」
「お前よりも強いのか?」
「ええ。強いわ」
 ステファニーははっきりと答えた。
「そうか。そいつは逃げる相手を追うような奴か?」
「一度獲物を定めたら、地獄の底まで追いかける。彼は生粋の戦士であり、ハンターよ。彼に狙
われたら最後、確実に殺されるわ」
「それ程の相手か。なら、逃げても追いつかれるだろうな。逃げるのは得策じゃない」
「戦うの?」
「ああ。それに、逃げ回るのは好きじゃない。お前はどうするんだ?」
「一人で勝てる相手じゃないわ。でも、二人なら何とかなるかもしれない。可能性は低いけど」
「それでも戦わないよりはマシだろう」
「そうね。行きましょう」
「ああ。ミナ、行くぞ」
「う、うん」
 艦に戻ろうと走り出す三人。だが、
「待って!」
 とルーが引き止めた。
「きっとこれはスカーツの仕業よ。あいつは絶対に出て来ている。だから、あなたたちにお父さん
の遺言を教えるわ。それであいつを殺して!」
「ルーちゃん、あなた…」
 悲しげな表情を浮かべるミナに、ルーは少し頭を下げた。
「ごめんなさい、ミナさん。ミナさんの言ってる事が正しいのは分かってる。でも、それでもあの男
だけは許せないの。絶対に!」
 ルーの決意は固かった。ならばもう、言うべき事は何も無い。そしてルーは、カインの遺言を語
った。それはとても短いものだった。



 パリの中心街にあるディプレクター欧州支部は、大混乱の渦の中にあった。
 突然、街の周辺に現われたMS。その数は五十以上。機種はズィニア。ジンやゲイツの姿も確
認された。
「リ・ザフト、ジャック・スカーツか。懲りない奴だ!」
 ディプレクター欧州支部長を務める青い髪の青年、スカイ・アーヴァンは怒りを込めて言った。
スピカの悲劇を起こし、無差別テロで多くの人を殺したスカーツをアーヴァンは心の底から嫌
い、憎んでいた。
 たたぢに迎撃を命令する。最新機のダガーLを含むMS部隊が出撃。数は四十。パイロットは
いずれも熟練者であり、アーヴァンと共に戦い、スカーツのテロを防いできた凄腕たちだ。管制
室のモニターで戦場の様子を見ているアーヴァンはもちろん、欧州支部の誰もが彼等の勝利を
確信していた。
 実際、彼らはよく戦った。無人機の特性を生かし、素早く動き回るズィニアに対して冷静に対
応し、ビームライフルやビームサーベルで撃墜する。戦況はディプレクター側が優勢だった。
 しかし、アーヴァンたちの歓喜は、たった一機のMSによって潰された。
 巨大な砲塔を二門背負い、バックパックから恐竜のような尾を生やし、ガトリングシールドやミサ
イルポッドなどの重火器類を装備した赤いMS。なぜか左腕だけ白と青に染められている。
 そのMSには皆が見覚えがあった。三週間ほど前から突然現われ、世界各地のディプレクタ
ーや地球軍の施設を破壊しているMS。ダンのサンライト同様、全世界指名手配となっている悪
魔のようなMSだ。
 そのMSは噂に違わぬ強さだった。いや、噂以上だった。砲が火を吹き、シールドに装備され
たガトリング砲が唸りを上げる。ディプレクターのMSはそのMSに近づく前に、次々と撃破され
た。
 無残なスクラップの山が築かれていく。モニターの向こうで繰り広げられている地獄絵図に、ア
ーヴァンは怒りと苛立ちが湧き上がってきた。
 赤いMSの猛攻によって、街の西に敷かれていた防衛線は後退せざるを得なくなり、凱旋門付
近まで下がってしまった。
 市内に被害が及び、逃げ惑う人々の様子がモニターに映し出される。アーヴァンは拳を握り締
め、唇を噛んだ。
「俺のダガーを用意しろ! 出る!」
 頭に血が上った支部長を、部下たちは必死に止めた。アーヴァンの機体は最新のダガーLだ
が、それでも相手が悪すぎる。
 混乱と怒りと苛立ちが管制室に満ちたその時、管制官が急報を告げた。
「街の上空に大型戦艦が出現! 数は一、所属は不明。MSの発進を確認、機種を照合……。
し、指名手配犯のものです!」



 リュクサンブール公園からハルヒノ・ファクトリーに戻ったダンたちは、直ちに戦闘態勢に入っ
た。艦のミラージュコロイドを解除し、女装を脱ぎ捨ててパイロットスーツに着替えたダンのサンラ
イト、ステファニーのサンダービーナスが出撃する。
 続いて、
「オルガ・サブナック、ジャバウォック、出るぞ!」
「ルーヴェ・エクトン、バンダースナッチ、発進します!」
 イスタンブールでの戦いで手に入れた新型機に乗り込んだオルガとルーヴェが出撃する。ギ
アボルトのバスターダガーは砲身が整備中のため、今回は出ない。ギアボルトはミナと共に艦橋
の椅子に座り、ダンたちのバックアップを行なっている。
 艦橋にはもう一人、可愛いお客様がいた。ルー・ラッサン・ドゥブール。ミナに連れられて来た
のだ。戦闘の様子を映し出すモニターの前に立って、サンライトたちの戦いをじっと見ている。
 ダンたちは二手に分かれた。ダンとステファニーはマーズフレアがいる凱旋門に向かい、オル
ガとルーヴェは街を破壊するズィニアたちを止める。
 ズィニアの群れを蹴散らし、サンライトとサンダービーナスは凱旋門にやって来た。そこには赤
い怪物がいた。
「! こいつが……マーズフレア!」
 ダンは今までに無い重圧を感じていた。違う。こいつは今までの敵とは全然違う。一瞬でも気
を抜けば殺される。
 唾を飲み込むダン。そこへ突然、通信機から声が入った。
「待っていたぞ、サンライト、ダン・ツルギ。そしてサンダービーナス、ステファニー・ケリオン。我
が標的たちよ」
 通信はマーズフレアからのものだった。という事は、喋っているのはそのパイロット、
「お前がクルフ・ガルドーヴァか!」
「いかにも。私の名はクルフ・ガルドーヴァ。戦うために生まれ、戦うために生きる愚か者だ。そし
てお前たちを殺す者でもある。こいつらのようにな」
 マーズフレアは自身の足元を指差した。そこにはストライクダガーや105ダガーなど、ディプレ
クターのMSたちが破壊され、横たわっている。その数は少なく見ても二十機以上。
「さあ、私と戦おう、ダン・ツルギ。そして、敗北せよ。私はそれを望んでいる。私が勝利し、敵が
敗北する。戦いとはそういうものだ。今までも、そして、これからもな」
「そう上手くいくかな? 敗北を知らないというのなら、俺がお前に教えてやるよ。敗北の味を
な!」
 新たな力を手に入れ、吠えるダン。その叫びを受けて、サンライトは腰に装備された《シャイニ
ング・エッジ》を掴み取る。そして、鞘と剣の柄を掴み、剣を鞘から引き抜く体勢に入る。
「行くぞ、音声パスワード入力!」
 ダンはカイン・メドッソの遺言を唱えた。それはとても短いものだった。
「『光の刃よ、全ての悪を切り裂け!』」
 魂の入った叫びを受け、コンピューターが返答する。
「パスワードガ違イマス。《シャイニング・エッジ》ノ使用ハ許可デキマセン」
「なっ…!?」



 紅蓮に染まるパリの街を目指し、三機の飛行機が空を飛んでいた。リ・ザフトの最新MS、ザマ
ーの飛行形態だ。
 機体の色は三機とも赤。その色はリ・ザフト最強の部隊といわれるデスフレイム隊の証だ。
 ジール・スメイザーとアヤセ・シイナ、そしてもう一人が操縦する三機のザマーは、パリ上空にた
どり着いた。ディプレクターや地球軍からの迎撃はなかった。眼下の様子を見れば、それどころ
ではないのだと分かる。街の各所から煙や炎が上がっており、建物を破壊するズィニアと、それ
を阻止しようとするダガーらの姿が見える。戦況はディプレクターが不利のようだ。
「おお翼よ、あれがパリの火だ!…なんて、冗談を言ってる場合じゃありませんね、これは」
 ジールの言うとおり、パリの街は地獄と化していた。特に主戦場である凱旋門周辺は酷い。歴
史的建造物である門も、崩れ落ちてはいないものの、かなり傷ついている。
「スカーツ一派め、人類の宝にも容赦なしか。クソッ!」
「急ぎましょう。このままではパリが焼け野原になってしまいます!」
 ジールとアヤセは怒りと苛立ちを隠さずに言う。しかし、
「二人とも落ち着け」
 と三機目のザマーに乗る男が言った。黒い長髪に鋭い眼。年は若いが、只者ではない雰囲気
を醸し出している。
「凱旋門は崩れていないし、ディプレクターも完全には負けてはいない。スカーツの動きは俺た
ちの予想より早かったが、まだ間に合う」
「でも…!」
「俺たちの任務は唯一つ。コーディネイターの面汚し、ジャック・スカーツを地獄に送る事だ。余
計な事は考えず、それだけに集中しろ」
 黒髪の青年は落ち着いた声で、二人に言った。その言葉にアヤセは冷静さを取り戻した。
「そうですね。私が焦っていました。ありがとうございます、隊長」
「分かればいい。ジールもいいな?」
「はい。俺は、スピカの悲劇の元凶であるあの男を殺すために地球にまで来たんです。その為な
ら俺はどんな事でもしますよ」
 ジールの言葉に、隊長と呼ばれた青年は微笑む。
「いい覚悟だ。よし、全機降下! 新生デスフレイム隊の地球での初仕事だ。必ずスカーツを仕
留めるぞ!」
「はい!」
「了解です、カナード・パルス隊長!」
 二人の部下は、つい先日、自分たちの隊長になったばかりの若者に敬礼する。リ・ザフト最強
のデスフレイム隊の新隊長は、燃え盛る街の様子を見ながら、心の中で呟いていた。
『これも貴様のシナリオの内だというのか? だったら、お前たちへの協力は約束できないぞ。そ
れともお前たちはやっぱり俺の敵なのか? 答えてみせろ、ノーフェイス!』



 モンマルトルの丘の頂上にあるサクレ・クーレ寺院。街が戦火に包まれた為、観光名所である
この地からも人の姿は消えていた。
 いや、一人だけいた。女性だ。丘の上に立ち、燃え盛るパリの街を見下ろしていた。
「カナード君も来ましたか。これで役者は揃いましたね」
 そう呟いた声は、女性のものではなかった。顔に亀裂が走り、髪や皮膚、眼球までもがバラバ
ラと崩れ落ちる。そして現われたのは、穴が一切無い銀仮面。
「ダン・ツルギにステファニー・ケリオン、クルフ・ガルドーヴァにジャック・スカーツ、そしてカナー
ド・パルス。前座としては少々豪華すぎるキャストかもしれませんね」
 銀の仮面の奥で、ノーフェイスはクックッと笑った。全ては彼の計算どおりに動いていた。ただ
一つ、《シャイニング・エッジ》の封印が解かれない事を除けば。
「まさか愛娘までも欺いていたとは。ですが、これで面白くなってきました。何から何まで思いどお
りというのは面白くありませんからね」
 これだけの盛大なイベントだ。多少のアクシデントは起きるだろう。ならば楽しまないと。
「偉大なる大総裁メレア・アルストルよ、ご照覧あれ! 華の都が紅蓮の炎で焼き尽くされる様子
を! そして、炎の中で戦う愚かな勇者たちの生き様を!」
 仮面の下でノーフェイスは笑顔を浮かべていた。ワクワクする気持ちが抑えられない。今の彼
の心は、欲しいオモチャを前にした子供のように喜び、興奮していた。

(2004・9/25掲載)

次回予告
 父は願った。世界の平和と、娘の幸せを。
 娘は願った。世界の平和と、父の幸せを。
 だが、心優しき父は死んだ。
 娘が願うのは復讐、そして、わずかな希望。
 非情な紅蓮の炎が街を焦がすが、奇跡の刃は未だ目覚めず。癒えぬ悲しみの中で生き
る少女に、ダンは何を見せるのか?

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「爆炎を切り裂く光刃」
 奇跡を起こす剣、振り降ろせ、サンライト。

第13章へ

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