第10章
 よみがえった悪夢

 乾いた風が吹きすさぶ砂の大地、砂漠。
 深夜。月光が照らすその地に、二人の男が立っていた。
 一人は紫の髪と、紅玉(ルビー)の様に赤い瞳が特徴的な少年。ガンダムハリケーンジュピタ
ーのパイロット、ノイズ・ギムレット。
 もう一人はターバンとマントを纏い、顔を隠している。だが、布の間から見える瞳には鋭い光が
宿っている。
 獰猛な獣すら怯ませるほどの眼光。だが、ノイズはその眼光に対して不敵な笑みを見せる。ポ
ーズなどではない。嘲笑だ。
「ここに来た、という事は、俺の頼みを聞いてくれるという事だね。嬉しいよ」
「ああ。だが、約束は守ってくれるのだろうな?」
 ターバンの男が質問する。重苦しい声だった。男にとってこの場にいる事が、ノイズの頼みを
聞くという事は苦渋の決断らしい。
 その声に対して、ノイズは呆れたように、
「約束? あのねえ、約束っていうのは、対等の関係にある者同士が交わす契約の事だ。俺と君
たちはそんな関係じゃないだろ? 君たちは俺の命令に従うだけの道具。それを承諾できない
のなら……」
「…………すまない。分かった、お前の言うとおりにしよう」
「お前? おいおい、言葉遣いに気を付けなよ。俺は君たちの何だ?」
 挑発するように言うノイズ。ターバンの男はしばらく佇んだ後、片膝をついて、頭を下げる。そし
て、
「失礼しました、我が主。何なりとご命令を」
 と、屈辱的な言葉を口にした。
「ハハ、アハハ、アハハハハハハハハッ!」
 ノイズは笑った。聞いているだけで不愉快になるくらいの大声、そして素晴らしい笑顔だった。
 それから二、三言、ノイズと男は言葉を交わした。会話を終えた後、男はノイズに一礼し、近く
に停めていたジープに乗り込み、走り去って行った。砂の山の向こうに消えていくジープを見て、
ノイズは再び微笑む。
「どんなに凶暴な毒蛇も、頭の後ろを掴めば何も出来ない。せいぜい役に立ってもらうよ。俺の
ためにね」
 笑みを浮かべながらノイズも歩き出した。ターバンの男を乗せたジープとは反対の方向だが、
目指す場所は同じ。
 二人が目指す場所の名は、イスタンブール。東洋と西洋が混ざり合う、美と混沌の町。
 夜が明け、朝日が昇る。イスタンブールの長い一日が始まる。



 アジアとヨーロッパ、二つの大陸を股にかける大都市、イスタンブール。かつてトルコと呼ばれ
た国を代表するこの町は、アジアとヨーロッパを繋げる要衝の地として栄え、ローマ帝国、ビザン
チン帝国、オスマン・トルコ帝国という三代続いた大帝国の首都として発展した歴史ある都市で
ある。
 町を東と西の二つに分けているボスポラス海峡は、黒海からマルマラ海、そして地中海へと続
く海のルートであり、この町が海の交通の要衝でもある事を示している。
 ハルヒノ・ファクトリーはミラージュコロイドを展開したまま、マルマラ海に着水した。着水した場
所はイスタンブールの町からは少し離れていたが、船の航路からは外れており、見つかる心配
は無い。
 留守番役のオルガを残し、ダン達はジープに乗って、イスタンブールの町を目指す。運転は
ルーヴェ。助手席にはギアボルト。後部座席(というか荷台)にはダンとミナ、ステファニーが座
る。
 一同の目的は物資の補給。食料や生活用品だけでなく、インド洋の戦いで戦闘不能になった
オルガのデュエルダガーとルーヴェのジンに代わる新しいMSも手に入れたい。
「でも、そう簡単に新型のMSなんて、手に入るんですか?」
 と訊くミナ。その質問には、助手席のギアボルトが答える。
「イスタンブールの町には、裏社会では有名な『交易場』がありますから。最新のMSから超古代
文明の財宝まで、そこで手に入らない物は無いと言われています。期待してもいいと思います
よ」
「それが終わったら、グランドバザールで買い物をしましょう。トルコ製の陶磁器は質がいいのよ。
本場のペルシャ絨毯も見てみたいし」
 ステファニーが楽しそうに言う。女性は買い物の事になると眼の色が変わるというが、ステファ
ニーも例外ではないようだ。
 ちなみにグランドバザールとは、イスタンブールの旧市街にある屋根付き市場の事だ。狭い路
地が複雑に入り組んだ迷宮のようなこの場所には、四千軒以上の店がひしめき合っており、まさ
に世界屈指の大市場である。
「グランドバザールには気をつけた方がいいですよ」
 と、いきなりルーヴェが口を開いた。
「あそこはいい店も多いけど、観光客からボッたくる悪どい店も多い。慎重に選んで買わないとニ
セモノや粗悪品ばかり掴まされる事になる」
「へー、そうなんだ」
 感心するミナ。まあ観光地の商売なんて、世界中どこも同じようなものだ。
「ルーヴェ君、随分、詳しいのね。あの町に住んでいたのかしら?」
 ステファニーの質問に、ルーヴェは苦笑いをする。
「ええ。昔、ちょっとだけね」
 その言葉に一同はようやく納得した。
 実は今回のイスタンブール行きは、ルーヴェが望んだ事だった。



 事の起こりは三日前。レヴァスト・キルナイトとユーラシア軍の攻撃を退け、ハルヒノ・ファクトリー
がアラビア半島に入った直後。
 五人は朝食を取るため、食堂に集まっていた。ステファニーが厨房で食事を作っている間、ダ
ンとオルガは今後の方針について、ミナとギアボルトはバスターダガーの照準調整について、そ
れぞれ話し合っていた。ルーヴェは一人、テレビのニュースを見ていたのだが、
「!」
 その映像を見た瞬間、ルーヴェの顔色が変わった。テレビの音量を上げ、アナウンサーの声
を食堂中に響かせる。
「!?」
「お、おい、ルーヴェ、お前、テレビの音、上げすぎ…」
 オルガの文句も耳に届いていないのか、それとも無視しているのか、ルーヴェは黙ってテレビ
を見ていた。そしてニュースの内容は、ダンやオルガ達、そして厨房にいたステファニーの耳に
も届いた。
 ルーヴェの心を釘付けにしたニュースは、次のようなものだった。
 一ヶ月ほど前から、イスタンブールの町で奇妙な、そして恐ろしい病気が流行っていた。患者
は主に子供や老人。最近は青年にも広まっているそうだが、症状は同じ。ある日、突然、まった
く眠れなくなってしまうのだ。
 当初はストレスなどによる不眠症かと考えられたが、ほとんどの患者たちには不眠症になるほ
どのストレスは無かった。患者の中には赤ん坊もいる。精神的なものが原因だとは考えにくい。
念の為に患者たちを精密検査してみたら、驚くべきことが分かった。
 睡眠の仕組みは、脳幹を中心とする「眠らせる脳」が「眠る脳」である大脳に眠りの信号、つまり
眠気を送り、大脳が眠るかどうかを判断して、脳(特に大脳)を休ませるというものである。だが、
イスタンブールの患者たちは、脳幹から大脳への電気信号が正確に伝わっていない。実際、彼
らはほとんど眠気を感じていなかった。眠くないのだから眠れるはずがない。それでも疲労その
ものが消えるわけではない。体も心も疲れが溜まり、やがては……!
 更なる精密検査が行なわれるが、成果は上がらなかった。何しろ問題は『脳』である。遺伝子
をも操作できるコズミック・イラの医学をもってしても、脳はまだまだ未知の領域だった。迂闊に触
れる事は出来ない。
 患者の数は日を追う毎に増えて行った。眠れなくなり、脳や体を休めることが出来なくなった人
たちは脳の疲労が溜まり、ついには精神や神経が崩壊。ある者は自殺し、またある者は狂気の
淵に落ちた。
 ルーヴェが見ているニュースは、悪魔の病気に支配されたイスタンブールの町の様子を伝え
ていた。行きかう人々の目には生気が無く、表情は暗い。町そのものが病気になってしまったか
のようだった。
 ニュースは、イスタンブールの人々を救うために世界中から駆けつけてきた医師たちの様子も
映し出していた。自らが病気に侵される危険も顧みず、研究と治療を続ける医師たちの姿は見
る者を感動させた。
 ニュースが終わると、ルーヴェはテレビの画像を消した。そして、いきなりオルガに土下座をし
て、
「一生のお願いです! 俺をイスタンブールに連れて行ってください!」
 と頼み込んだ。



 イスタンブールの町には厳戒態勢が敷かれていた。町に繋がる道路には全て検問が置かれ、
兵士や医師たちが常駐している。そして町に入る者、町から出る者に対して厳重な健診が行な
われた。
 町に入ろうとしたダン達の前にも、検問が立ちはだかる。避けては通れず、ダン達は健診を受
ける事になった。だが、
「マレーネ・グロンホルムに連絡を取ってくれ。ルーヴェ・エクトンが来たと言えば分かるはずだ」
 とルーヴェが言うと、医師は不信な顔をしながらも携帯電話で連絡。その数分後、町の方から
一台の高級車がやって来た。
 高級車はダン達が乗るジープの正面に停まった。車のドアが開き、中から一人の女性が降りて
きた。
 髪は茶色。邪魔にならないよう、短くカットされている。なかなかの美人だが、顔や髪以上に眼
を引くのが、その胸。推定サイズはE、いやFカップ。はっきり言って巨乳だ。タンクトップのシャ
ツの上に白衣を纏っているのだが、簡素な服が大きな胸を強調している。
「………………」
「………………」
 言葉を失うミナとギアボルト。自分の胸と見比べて、更にショックを受けてしまったらしく、下に
俯いている。
「あー……まあ、世の中には色々な人がいるから。二人ともそんなに落ち込まないで、ね?」
 とステファニーがフォローするが、そういう彼女もEカップはある。励まされても嬉しくない。
 ちなみにダンは、
「ふわあああああ〜〜〜……」
 欠伸をしていた。健全な青少年らしからぬ反応だ。まあ、ダンらしいといえばらしいのだが。
 突然現われ、ミナとギアボルトを戦意喪失に追い込んだ謎の美女。彼女を見たルーヴェは微
笑み、手を差し出す。
「久しぶりだな、マレーネ。相変わらず美しい」
 親愛の情を込めた丁寧な挨拶。マレーネ・グロンホルムも微笑を返して、ルーヴェの手を握っ
た。
「四年ぶりね。あなたも相変わらずね」
「そうか? 結構、背が伸びたんだぜ」
「中身が、よ。お調子者で、人の都合なんか気にもしない自分勝手。でも…よく来てくれたわ。あ
りがとう」
 二人は握手する手に力を込め、再度微笑み合う。その握手と微笑みに込められていたのは、
懐かしき友との再会の喜びだけではない。親愛、悔恨、そして……決意。



 同時刻。
 イスタンブールの町に、幾つかの人影が潜入した。
 ある者は荷物に隠れ、
 ある者は兵士に変装して、
 またある者は海中に潜り、ボスポラス海峡から、
 監視の目を掻い潜り、誰にも気付かれることなく、三つの影が入り込んだ。今、戦場以上に地
獄に近い場所であるこの町で、彼らは探す。彼等の標的を。極上の獲物を。



 病院船フローレンス。イスタンブールの港に停泊しているこの巨大な空母は、NGO団体『天翔
ける医療団』の移動本部で、船内に多数の患者を収容している巨大な病院でもある。十年ほど
前にユーラシア軍の旧式空母を格安で買い取り、大改造したのだ。
 ルーヴェはダン達と別れて、マレーネと共にこの船に乗り込んだ。船内では医師や看護士たち
が忙しく動き回っている。全員の顔が疲れと苦悩に満ちており、今、この病院船が戦場であること
を伝えている。
「大変だな」
 ルーヴェの言葉にマレーネは頷き、
「みんな、もう限界に近いわ。患者より先にこっちが倒れそうよ」
「例の不眠病か。どれぐらいのペースで広まっているんだ?」
「この三日間は新しい患者は出ていないわ。でも、原因も治療方法も不明。みんな苦しんでいる
わ」
 会話をしながら、ルーヴェとマレーネは船内を歩く。そして、とある部屋に入った。部屋の扉に
は『団長室』と書かれており、内装もその名に相応しい豪華なものだった。ソファーも机も高級品
だ。
「へえ、随分と儲かっているみたいだな。俺がここにいた頃より、いい物を使ってないか?」
「全部、中古品よ。寄付してくれる人たちを不愉快にさせないためにも、ある程度の飾りつけは
必要なのよ」
「なるほど。団長の仕事も大変そうだな」
「ええ、色々とね」
 二十三歳の若さで世界最大級のNGO団体『天翔ける医療団』を束ねる女医、マレーネ・グロ
ンホルムは、疲れたような微笑をした。
「あなたがここを飛び出してから四年。本当に色々な事があったわ。楽しい事より、苦しい事の方
が多かった」
 そう言ってマレーネは、ソファーに体を沈める。ルーヴェも向かい合わせのソファーに座る。
「悪かったな。あんた一人に何もかも押し付けてしまって」
「仕方無いわよ。四年前のあなたは、まだ子供だったし、責任を取れるのは私だけだったんだか
ら」
 五歳年上のマレーネが優しく言う。
 四年前、医者になる事を夢見ていた十五歳のルーヴェは、この船にやって来た。そして、ここ
で働く一人の女医と出会った。それがマレーネ・グロンホルム。年上なのに妙に子供っぽくて、
どんな困難にも挫けない強さを持った女性。ルーヴェの心は彼女に捕らわれた。口説いて、ふ
ざけて、時には喧嘩をして、やがて二人は恋仲になった。
「懐かしいわね。あなたと過ごした日々は、今でも私の宝物よ」
 優しく微笑むマレーネ。だが、ルーヴェの心は晴れない。四年前の日々は、決して楽しいこと
ばかりではなかったのだ。
「やはり俺もここに残るべきだった。そうすれば『あれ』が復活する事なんてなかったかもしれな
い」
 その言葉は、マレーネの顔に緊張の色を浮かび上がらせた。
「…………そう。やっぱり君も、そう考えているのね」
「当然だ。今回の不眠病は『あれ』の仕業としか考えられない。君だってそう思っているんだろ
う?」
 マレーネは答えなかった。だが、沈黙こそが肯定の証だった。
「くそっ、一体どうして! 『あれ』は四年前に俺たちが処分したはずなのに!」
「私たちが処分した物以外にも、まだあったのね。そして、誰かがその封印を解いた……」
「一体誰が? あのウィルスには治療薬も治療法も無いんだぞ。そんな物をばら撒けば、自分だ
ってヤバい。そんな事も分からないバカがいるのか?」
 激昂するルーヴェ。
 マレーネは何も言わず、ソファーから立ち上がった。そして、団長用の机の引き出しを開け、一
枚の手紙を取り出す。
「今朝、届いたの。私とあなた宛よ」
「君と俺宛!?」
 ルーヴェは驚いた。手紙の主は、今日、ルーヴェがこの町に来る事を知っていたという事か。
「ええ。懐かしい人からよ。まさか、生きていたとは思わなかった」
 マレーネは手紙をルーヴェに渡した。ルーヴェは手紙の宛名を見る。
「…………!」
 絶句するルーヴェ。その名前は彼とマレーネの運命を変えた男の名前、四年前に生き別れた
男の名前だったからだ。
「ノイズ…ギムレット……」



 ミラージュコロイドを展開中のハルヒノ・ファクトリーの艦橋。留守番役のオルガは艦長席に座っ
て、本を読んでいた。本は彼の好きなジュブナイル小説。なかなか面白いが、
「ふわあああああ〜〜〜」
 大欠伸。やはり退屈らしい。
「じっとしていると疲れるな。トレーニングでもするか」
 本に栞を挟み、トレーニングルームへ向かおうとする。だが、
「!」
 オルガは戦慄した。
 艦橋と廊下を隔てる扉の向こうから、人の気配を感じる。間違いない、この扉の向こうに誰かが
いる。
 艦内の防犯装置は設定を最高レベルにしてある。外から誰かが侵入すれば、ただちに警報が
鳴るはずだ。だが、
『装置の回路が切断されたか、それとも……。どちらにしても厄介だな』
 扉の向こうから感じる気配、プレッシャーはかなりのものだ。この侵入者は只者ではない。
『俺一人じゃ、キツいかもな』
 それでも逃げる訳にはいかない。身構えるオルガ。
 そして、扉が静かに開いた。
「! ……これはこれは」
 侵入者の顔を見たオルガは心底驚いた。同時に、自分の生き残れる確率が一気に減った気
がした。それほどの相手だった。
「カラミティ・ペア、いや、今はカラミティ・トリオのリーダー、オルガ・サブナックだな」
 侵入者が問い、鋭い視線を向ける。
 オルガは唾を飲み込んだ。恐ろしい相手だ。こうして相対しているだけでも、背中に冷や汗が
流れる。しかし、屈するわけにはいかない。オルガは心中の動揺を隠し、
「ああ。俺も有名になったものだな。世界最強の傭兵といわれたあんたの耳にも俺の名が届いて
いるとは。感激だよ」
 と不敵な言葉遣いで言った。
「よくこの艦を見つけたな。ミラージュコロイドは完璧なはずだが」
「傭兵の情報網を甘く見るな。それに、これだけの大きな艦を街の住人に気付かれずに停泊で
きる場所は限られている。場所の特定は簡単だ」
「さすがだな。それで今日は何の用だ? パーティーの招待状を出した覚えは無いぜ。それとも
生意気な新入りにヤキを入れに来たのか? 先輩」
 挑発するオルガ。だが、相手はまったく動じない。そして……!



 ルーヴェと別れたダン達は、とあるモスクにやって来た。その地下にある『交易所』に入り、待っ
ていた怪しげな商人と交渉する。
 交渉するのはギアボルト。カタログを見ながら、鋭い質問をして、少ない情報から商品の質を見
極めようとする。
 品揃えはなかなかの物だった。カタログには地球軍、ザフト、オーブの量産型MSがズラリと記
されており、武器もいい物が揃っている。
 しかし、ギアボルトはため息をついて、カタログを閉じた。
「これからの戦いはより激しく、厳しいものになります。この程度のレベルのMSでは何機あっても
同じ事です」
 デュエルダガーやジンでは、オルガたちの力量を引き出せない。もっと優れたMSが必要なの
だ。
 結局、弾薬と食料、そして基本的なパーツだけを頼み、ダン達は『交易所』を後にした。
 一応の用事を済ませた一行はイスタンブールの市街を歩く。だが、
「楽しくありませんね。この街は静か過ぎます」
 ギアボルトの言うとおりだった。
 トプカプ宮殿、ブルーモスク、アヤソフィア大聖堂など、世界的に名の知れた建造物たち。普
段なら観光客で賑わっているのだろうが、今は人影もまばら。恐ろしいほどに静かだった。
 ステファニーが楽しみにしていたグランドバザールも、日曜でもないのにほとんどの店が休業し
ている。営業している店の店主たちの表情も暗く、とても買い物を楽しめる雰囲気ではなかった。
「予想以上に酷い状態ね。残念だわ」
 ため息をつくステファニー。ミナとギアボルトも、同じような表情だ。
「みんな、買い物とか観光とか、それどころじゃないんでしょうね」
「気持ちは分かります。死んだら全てが終わりですから」
「だが、このままだと、この街そのものが死ぬぞ」
 ダンの言うとおりだった。今のイスタンブールには活気が無く、世界有数の観光都市、いや、
人の住む街とは思えないほど静まり返っている。ゴーストタウンと言ってもいい。
「もしかしたら、敵の狙いはそれなのかもね」
 ステファニーが言う。彼らはルーヴェから、不眠病の原因が人為的なものらしいという事を訊い
ていた。
「このイスタンブールという街を嫌い、憎み、そして殺す事。その為に妙なウィルスをばら撒いた
のかもしれないわ」
「だとしたら、そいつはかなりヤバい奴だな。自分のエゴを貫くためなら、人が何人死んでも構わ
ない。いや、むしろたくさん死んでくれた方が嬉しい。そんなゲス野郎だ」
「そういう奴に心当たりがあるわ」
「俺もある。顔は見ていないけど、そういう事をしそうな奴だった」
 ダンはオーブでの出来事を思い出す。強烈な麻痺毒を散布し、相手を動けなくした後に傍若
無人に暴れまわった、風を操る悪魔。そして、そのパイロット。
「確か名前はノイズとか言ったな。苗字は知らないが」
「あら、知らないの? ノーフェイスから聞いていると思ったんだけど。ノイズ・ギムレットよ。ハリケ
ーンジュピターのパイロットで…」
「ギムレット!?」
 それまでダンとステファニーの会話を黙って聞いていたミナが、声を上げた。
「あら、ミナちゃん、知ってるの?」
「し、知ってるも何も、ギムレットってもしかしたら、あのギムレット博士の事ですか? 『天翔ける医
療団』の創設者の一人で、先代の団長のエクトン博士の右腕と言われた有名な医学者で……っ
て、エクトン博士って、ええ!? ルーヴェさんと同じ苗字!? あれ、あれ、ええええっ!?」
「はいはい、落ち着いてください、ミナさん」
 軽く混乱するミナを、ギアボルトが落ち着かせる。
「そういえば、ルーヴェ君の苗字はエクトンだったわね。エクトン博士と関係があるのかしら?」
「はい。ルーヴェさんはエクトン博士の一人息子です」
 ギアボルトはダン達に説明した。
 ルーヴェの両親は優れた医師だった。一人でも多くの人の命を救うため、『天翔ける医療団』
を設立。友人のギムレット博士夫妻を始め、多くの医師たちが彼に協力した。エクトン博士は彼
らと共に世界中を飛び回り、数え切れないほどの人の命を救った。
 それから『天翔ける医療団』は本部をエクトン夫人の故郷であるこのイスタンブールに置き、本
部ビルとして巨大な病院を建てた。イスタンブールの人たちは、無償で人の命を救うエクトンらを
褒め称えた。
 そんな両親を尊敬していたルーヴェは、子供の頃から医者になる事を夢見て、一生懸命に勉
強した。ハーフコーディネイターの彼は、コーディネイターである父の素質を受け継ぎ、優れた
成績を示し、将来を有望視されていた。
 だが、四年前、『天翔ける医療団』の本部であった病院が、謎の爆発により崩壊。幸い入院者
はいち早く避難して無事だったが、なぜか爆発の中心地にはエクトン夫妻とギムレット夫妻を始
めとする医療団の幹部が集まっており、当然、全員死亡。なぜ幹部たちがその部屋に集まって
いたのかについては、未だに明らかにされていない。
 このニュースは世界中を賑わせ、多くの人が涙を流した。両親の葬儀を終えた後、ルーヴェは
失踪。医者の道を捨て、傭兵の世界に入った。
「あの事件は私も覚えているわ。犯人はブルーコスモスだったそうね。まだ捕まっていないみた
いだけど」
 とステファニーが言う。エクトン博士らの行動は立派なものだったが、ナチュラルもコーディネイ
ターも差別せず、誰でも助ける彼等のやり方に反感を持っていた者も少なくなかった。ブルーコ
スモスもその一つで、博士たちには度々脅迫文が送られていた。
「ルーヴェが医者の道を諦めたのは、両親の仇を取るためか?」
 ダンがギアボルトに尋ねる。傭兵の世界は情報を集めやすい。ルーヴェの両親を殺した犯人
を探し出す事も容易いだろう。そう思って訊いたのだが、ギアボルトは首を横に振った。
「ルーヴェが話してくれたのですが、あの事件はブルーコスモスの仕業ではありません。あれは
…」
 と言いかけて、ギアボルトの口が止まった。目付きを鋭くし、周辺を見回す。
「? どうしたの、ギア?」
 ミナが尋ねるが、ギアボルトは返事をしない。
 ふと見ると、ダンとステファニーも同じような眼をして、周辺を見回している。
 街は静かだった。四人が今歩いている広い道も、普段は人通りが激しいのだろうが、今は車も
人も通らない。静か過ぎて不気味なくらいだ。
「ダン君」
「分かっている。ギア、お前はミナを守れ」
「了解」
「え、え、ええ? ちょっとみんな、一体何を…」
 ミナの言葉は最後まで続かなかった。
 路地の脇から、家の影から、そして上空から、人の形をした影がダン達に襲い掛かる。数は
三。いずれの手にも鋭く輝くナイフが握られている。
 ダンとステファニーは言葉も発せずに動いた。路地から来た奴にはダンが、家の影から来た奴
にはステファニーがそれぞれ挑み、上空から襲い掛かってきた奴はギアボルトが迎え撃つ。
 三つの人影は、それぞれの獲物にナイフを突き出す。無駄の無い動き、そして必殺の間合い
だった。常人ならば間違いなく刺し殺されていただろう。
 だが、ダンとステファニーは素早くナイフをかわした。見事な身のこなしだ。
 そしてギアボルトは、ポケットから丸い金属の玉を取り出し、その玉を指で弾いた。小さな玉は
強烈なスピードでナイフの刀身と激突、その刃を粉々に砕いた。
「ちっ!」
 上空から飛び降りてきた敵は舌打ちをして、着地した。そしてギアボルトとミナから距離を取り、
互いに睨み合う。
 敵の正体は少年だった。年はミナより少し上くらい。髪は短い薄緑色。長い眉と細い眼は、ど
ことなく爬虫類を連想させる。
 一方、ダンとステファニーを襲った二人は、初撃をかわされた後、即座にその場を離れた。そ
して、ギアボルトと睨み合っている少年と合流する。
 驚いた事に、二人の刺客の正体もまた、年端も行かぬ子供だった。
 ダンを襲ったのは、優しい顔つきをした美形の少年。薄い青色の髪が特徴的だ。首からはペ
ンダントを下げている。
 ステファニーを襲ったのは、何と女の子だった。なかなかの美少女だ。髪は長すぎず短すぎ
ず、適度な長さの金髪。前髪は少し長いが、邪魔にはならない程度である。少し大きな眼には強
い光が宿っており、少女の意志の強さを感じさせる。
「へえ。結構やるじゃないか、こいつら」
 ペンダントの少年が嬉しそうに言う。
「うん、こいつら、強い…」
 金髪の少女は無表情に答える。
「様子見はここまでだ。退くぞ」
 薄緑色の髪の少年がそう言うと同時に、三人は狭い路地へ逃げ込んだ。
「! 待て!」
 追いかけようとするダンだったが、
「待ってください、ダンさん。私たちは艦に戻りましょう」
 ギアボルトが止めた。
「あいつらが何者かは分かりませんが、このままでは終わらない気がします。不測の事態に備え、
準備をしておくべきです」
「不測の事態、だと……。まさか、あの連中!」
「備えあれば憂いなし、ね。分かったわ、急いで戻りましょう」
 ステファニーの言葉に、ダンもステファニーもミナも頷いた。そして、艦に向かって走る。



 イスタンブールの街を夕日が染め始めていた。
 人の姿は更に少なくなる。東洋と西洋の文化が融合した美しい街は、本当のゴーストタウンに
なろうとしていた。
 旧市街の北にあるエミノニュ桟橋。ここにはボスポラス海峡へのフェリー乗り場に、ヨーロッパ
最初にして最後の鉄道の駅であるスィルケジ駅、バスターミナルなど、交通機関が集中してお
り、いつも賑わっている…のだが、今は違う。人の姿はまったく無い。この街の普段の姿を知る者
にとっては異常な光景だ。
「くっ……」
 静か過ぎる世界に腹を立てたルーヴェは唇を噛み締め、桟橋へと向かう。後ろからは不安そう
な表情をしたマレーネが着いて来る。
 桟橋のすぐ近くに奴はいた。夕日を全身に浴びており、紫の髪は赤く染まっている。生来赤い
その瞳は、夕日の光によって、さらに赤く輝いている。見る者を恐怖させるほどの美しさだ。
「ノイズ……」
 ルーヴェは少年の名を呼んだ。少年はルーヴェの顔を見て、ニッコリ微笑む。
「やあ、久しぶりだねえ、ルーヴェ兄さん。マレーネお姉ちゃんもお元気そうで何より」
「………………」
 マレーネは何も言わない。ノイズの顔を一度、チラッと見ただけで、即座に顔を伏せた。
「うわっ、何、その態度? 四年ぶりに会った友達に対して、ちょっと失礼じゃない? ふん、まあ
いいさ。まずはルーヴェ兄さんからだ」
「ノイズ……。まさか、お前が生きていたとはな」
 ルーヴェは感無量といった口調で話す。その眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「俺も嬉しいよ、ルーヴェ兄さん。でも、俺は兄さんの事は知っていたけどね。傭兵として随分頑
張っているそうだね」
「傭兵?」
 その単語を聞いた瞬間、マレーネの顔付きが変わった。
「マレーネお姉ちゃん、そんなに恐い顔しないでよ。戦争とか兵士とかが嫌いなのは相変わらず
か」
 ノイズは苦笑する。
「でも、まさかルーヴェ兄さんが俺の邪魔をするとは思わなかった」
「? 俺が、お前の邪魔を?」
「今まではやってない。でも、これからはやるだろうね。だって俺、兄さんの敵だから。ステファニ
ーから聞いてない? サードユニオンのゲームには俺も参加しているんだ。ハリケーンジュピタ
ーのパイロットとしてね」
「なっ…!」
「あれ? あの女、話してないの? うわあ、迂闊だなあ。それとも、情報収集を怠った兄さんた
ちがマヌケなのかな?」
 再度、苦笑するノイズ。ルーヴェは気を取り直して、
「それよりもノイズ、お前、今、この町がどうなっているのか知っているな?」
「不眠病の事? もちろん知ってるよ。『ナイトメア』の仕業だね」
 その単語が発せられた瞬間、ルーヴェの背筋に冷たいものが走った。
 そうではないかと思っていた。だが、それでも信じたくなかった。『ナイトメア』が復活するとは。
それでは四年前、俺は何のために……。
「けど、『ナイトメア』が蘇るなんてねえ。これじゃあ何のために、俺たちがバカ親どもを殺したのか
分かんないな。ねえ、兄さん?」
 思い出したくもない事を、さらりと言うノイズ。その態度がルーヴェの心を更に傷付ける。
 そう、四年前、ルーヴェとノイズはそれぞれの両親を殺した。裏ルートで手に入れた爆弾を医
療団の本部に仕掛け、ニセの連絡で医療団の幹部たちを呼び出し、全員爆殺した。
 許せなかったからだ。たとえ実の両親でも、いや、だからこそ、彼等のした事がルーヴェは許せ
なかった。
 悪魔のウィルス『ナイトメア』。あれはルーヴェの両親の罪の証。だから葬ったのだ。それなの
に……!
「ノイズ、お前、なぜ『ナイトメア』を蘇らせた!」
 ルーヴェは問う。いきなり問われたノイズはきょとんとした顔をしているが、ルーヴェは構わず問
い続ける。
「あのウィルスは親父たちの最低最悪の遺産だ! あんなウィルスはこの世にあってはならない。
お前もそう言ったし、だから俺たちは、あのウィルスのサンプルも資料も全て処分したんじゃない
か! それなのに、なぜ…!」
 悲痛な顔で問うルーヴェ。だが、ノイズはニヤリと笑って、
「昔は昔、今は今だよ、兄さん」
「! お前……」
「今の俺は、あのウィルスが欲しい。あれを手に入れて、培養して、世界中に広めたい。そうすれ
ば俺の望む地獄が生まれる。きっと凄く楽しい世界になるよ。そうは思わないかい、兄さん?」
 狂気の言葉を放つノイズ。ルーヴェの心は衝撃を受けたが、同時に妙な事にも気が付いた。
「手に入れたい、だと? どういう意味だ、ノイズ。『ナイトメア』はお前が作ったんじゃないの
か?」
「はあ? 何言ってるの、兄さん? 俺がここへ来たのは…」
 直後、静寂に包まれていた世界に銃声が鳴り響いた。そしてルーヴェの背中に激痛が走る。
「がっ……」
 血が流れているのを感じる。あまりの激痛で意識が遠のく。
 だが、意識を失う寸前、ルーヴェは見た。銃を手に持ち、自分を撃った人物の顔を。
「…マ、マレーネ……な、ぜ……」
 背中から血を流して、倒れるルーヴェ。その姿を見下ろす二つの影。ノイズ・ギムレットとマレー
ネ・グロンホルム。
「うわあ、お姉ちゃん、酷い事をするなあ。昔の恋人を背中から撃つなんて、俺にも出来ないよ」
「恋人だけじゃない。友達も撃てるわよ」
 そう言ってマレーネは、拳銃の銃口をノイズに向けた。
「ふうん。これってつまり、取引不成立って事?」
「そうよ。最初から君と取り引きなんてするつもりは無かったわ」
「なるほどね。取り引きの話は俺をこの街に呼び出して、確実に殺すためか。でも、いいの? 俺
を殺したら『ナイトメア』は……」
「ええ、そうね。四年前、君がどさくさにまぎれて持ち逃げした、あのデータ。あれさえあれば『ナ
イトメア』は完成する。データを寄こしなさい」
「嫌だ」
 ノイズはあっさり言った。マレーネは薄ら笑いを浮かべ、
「聞き分けの無い子ね。だったら、力づくでも手に入れるわ」
 その言葉と同時に、空が暗くなった。空を見上げると、巨大な飛行機が飛んでいる。MSの輸
送艇だ。
 輸送艇のハッチが開き、三つの巨大な物体が降りてきた。MSだ。三体のMSはノイズとマレー
ネを取り囲むように、三方向に分かれて着地した。
「ぐっ!」
 着地の際の振動と衝撃風によって、ノイズの小柄な体は軽く吹き飛ばされた。だが、マレーネ
は平然としており、銃口をノイズに向けたまま、
「紹介するわ。『天翔ける医療団』の真のスポンサー、ブルーコスモスの優秀な戦士とMSたち
よ」
 と紹介した。
 吹き飛ばされたノイズは、体勢を立て直す。起き上がった後、尻を叩いて埃を落とし、そして自
分を取り囲んでいる三体のMSを見上げる。
 一体は見覚えがある。地球連合軍の量産型MS、105ダガーだ。ストライク同様、エールやソ
ードなどの強化パックを装備出来るMSだが、そのダガーが装備しているパックは、あまりにも意
外な物だった。
『あれはガンバレルパック!? 大気圏内では使えない物をどうして……』
 驚きながらも、ノイズは他の二体を見る。一体は虎のような姿をした、新型の四脚獣型MS。モ
ノアイではないが、それ以外の全体的なフォルムはザフト軍のバクゥに似ている。また、背中に
は巨大な剣状の武器を二本、翼のように装備している。
 もう一体も見た事の無い新型MSだった。機体の色は漆黒。巨大な逆三角形型の翼を背負
い、ビームライフルと歪な形の盾を持っている。
「なるほど。こいつらが『ナイトメア』の本当の買い手か。それにしても、またブルーコスモスと手を
組んだのか。お姉ちゃん、学習能力が無いんじゃないの?」
「何とでも言いなさい。どうするの? あなたに勝ち目は無いわ」
「ふん。そうだね、確かにその通りだ」
 ノイズはあっさりと手を上げた。
 全面降伏。しかし、ノイズの顔には、わずかな笑みが浮かんでいた。
『保険をかけておいて正解だったな。さて、仕事はきっちりしっかりやってくれよ。でないと……ク
ックック』



 ハルヒノ・ファクトリーに戻ったダン達は艦橋に向かった。扉を開けると、
「よお、お帰り」
 と艦長席に座っているオルガが出迎えてくれた。
 ダン達はオルガに街の様子と、自分たちが襲われた事を伝えた。
「ふん。なるほどな。あいつらの言うとおり、妙な事になっているようだな」
「あいつら?」
 首を傾げるダン。その時、艦橋に二人の見知らぬ人物が入ってきた。
 一人はオレンジ色の眼鏡をかけた男。鍛えられた体つきをしており、その場にいるだけで威圧
感を感じさせる。
 もう一人は顔立ちの整った銀髪の男。色眼鏡の男の仲間らしく、どことなく雰囲気が似ている。
「よお、そっちの準備はもういいのか?」
 オルガが尋ねると、色眼鏡の男が頷き、
「OKだ。こちらは今すぐにでも動ける」
「焦るなよ。俺たちの準備がまだだ。もう少し時間をくれ」
「ああ、待とう。だが…」
「分かってる。なるべく早く済ませる。ミナ、格納庫へ行ってくれ。サンライトとサンダービーナスを
出す。MSの整備を頼む」
「は、はい」
 頷くミナだったが、彼女の視線は謎の二人組に向けられていた。
「あのー、この人たちはどちら様なんでしょうか?」
「ん? ああ、紹介してなかったな。こいつらは…」
 とオルガが紹介する前に、二人組が前に出た。色眼鏡をかけた男は、
「傭兵部隊サーペントテールのリーダー、叢雲劾だ。劾と呼んでくれ」
 と名乗り、銀髪の男は、
「イライジャ・キールだ。よろしくな」
 と名乗った。
 二人の名を聞いたギアボルトとステファニーは絶句し、ダンは、
「ああ。よろしくな」
 と、あっさり受け入れた。



 夕日は完全に沈み、イスタンブールの街に夜の帳が下りてきた。
 病院船フローレンス。その広い甲板には三体のMSがいた。先程、ノイズたちを取り囲んでい
たMSたちだ。
 ドラゴン型のMSのコクピットには、ダン達を襲った三人組の一人、ペンダントを首にかけた薄
青色の髪の少年が座っていた。
「ふわああああ……」
 と欠伸をする少年。少し眠い。そこへ、
「気を抜き過ぎだぞ、アウル。敵はいつ来るか分からねえんだ。もっと気を引き締めろ」
 通信機から男の声が入る。漆黒のMSジャバウォックのパイロット、アウル・ニーダは苦笑して、
「分かってるよ、スティング。けど、敵なんて来るのか?」
「昼間、しとめ損ねた奴らの事だ。あいつらが俺たちの敵だ。サンダルフォンの命令を聞いてな
いのか?」
 ガンバレルパックを装備した105ダガーのパイロット、スティング・オークレーが呆れたように訊
くと、アウルは苦笑して、
「いや、聞いてるよ。まあ確かにあいつらは強いな。俺もステラもスティングも殺り損ねたし。俺た
ちが失敗するなんて初めてじゃないか?」
 アウルの言葉に、獣型のMSに乗る金髪の少女、ステラ・ルーシェは不愉快そうな表情を浮か
べた。いくら事実でも、失敗は認めたくないのだ。ちなみに彼女の乗機の名はバンダースナッ
チ。ジャバウォックと同時期に開発された、ブルーコスモスの新型MSだ。
「あいつら、強い。でも……必ず倒す」
「ステラの言うとおりだ。俺たちの任務はこの船と、マレーネって女を守る事。そして、マレーネか
ら例のウィルスを受け取る事。それを邪魔する奴らは誰であろうと潰す。まあ俺たちの宇宙行き
を祝う前夜祭にはちょうどいい。この大気圏内仕様ガンバレルパックのテストも出来るしな」
「分かってるさ、スティング。奴らは必ず倒す。ステラもそれでOK?」
「うん」
 ステラは簡単に返事をした。単純な言葉。それをためらう事無く出した事が、妙に恐ろしく、頼
もしい。アウルとスティングは笑みを浮かべる。
「ステラもOKだってさ。楽しませてもらおうぜ」
「ああ。青き清浄なる世界のために……ってのは趣味じゃないが、仕事はキッチリやるか」
 夜の闇の中、三人の少年少女は、迫り来る激闘の予感に身を震わせていた。

(2004・8/28掲載)

次回予告
 懐かしい時を越え、再会した三人。
 だが、いずれの心も昔のままではなかった。
 男は自らの正義を捜すために戦士となり、女はより多くの人を救うために悪魔と化した。
そして少年は、全てを憎み、全てに苦痛を与える事を望む。
 ぶつかり合うそれぞれの想い。終わらない悪夢。その終焉を告げる銃声は誰の胸を貫い
たのか?
 迫り来る強敵。ダンは、憎しみの風を止める事が出来るのか?

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「理想と現実の狭間で」
 悲しき思い、切り裂け、ブルーフレーム。

第11章へ

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