第6章
 死を願う雷神

 火星と木星の間にある小惑星帯。無数の岩石と暗黒の宇宙空間によって構成されたこの世界
を漂う影がある。MSだ。青を基調とした落ち着いた配色と、鋭く大きな肩。右手には従来の物よ
り一回り大型なビームライフルを持ち、左手には小型の盾を装備している。そしてその背にはM
S本体に匹敵するほどに巨大な機械仕掛けのリングを背負っている。
 このMSの姿や武装は、二年前に邪神の手先と化した男、ラウ・ル・クルーゼが操縦したMSプ
ロヴィデンスとよく似ている。だが、見た目の重圧はプロヴィデンスをも上回っており、その偉容
は既に誰も信じてない無いはずの存在、「神」を連想させる。
 そのコクピットには、一人の青年が座っていた。
 男らしさを感じさせながらも整った顔立ちは、どことなくダンに似ている。だが、いくつか違う点も
ある。黒い髪はダンより少し長く、目付きもダンのものより鋭く、冷たい。最大の相違点は、左右
両方の瞳が共に黄金である事。本物の黄金のごとく輝くその瞳は、人間のものとは思えないほど
に美しい。
 通信機のアラームが鳴る。地球からの通信だ。距離の関係で、通信の内容は一週間前のもの
だし返答も出来ないが、人の声が聞けるのは少し嬉しい。
「やあ、元気かね、ゼノン・マグナルド君」
 その声は、青年のよく知る男のものだった。始終、銀色の仮面を被った顔無し男。
「ヘルサターンの調子はどうかね? まあ君とヘルサターンの組み合わせなら、この程度の仕事
を失敗する事は無いと思うが、それでも油断はしないように」
 自分を侮るような通信の内容に、ゼノンは少し不機嫌になる。
「ふん、ノーフェイスめ。私にしか出来ない面白い仕事だと言うからこんな所にまで来てやったの
に、つまらない事をやらせてくれたな。地球に帰ったら、一発殴ってやる」
 ゼノンが乗るMSヘルサターンのモニターには、外の様子が映っている。
 小惑星帯に漂う無数の岩石。いや、岩石ばかりではない。MSジンの手足や頭部など、破壊さ
れたパーツが漂っている。かなりの数だ。
 ある機体は全身に穴が空けられ、ある機体は手足もコクピットもズタズタに切り刻まれている。
MSとはいえ、あまりに凄惨な光景だった。
 残骸と化して漂うジンたちの中に、右腕と右足が切り落された機体があった。腹部のコクピット
も斬撃を受けていたが、パイロットはかろうじて生きていた。
「ぐっ……あ、悪魔め……。許さんぞ、絶対に……」
 パイロットは虫の息だったが、最後の力を振り絞り、操縦桿を握る。ジンの残された左腕には、
銃が握られていた。その銃口を静かにヘルサターンに向ける。そして、
「死ね!」
 引き金を引いた。ヘルサターンは動かない。銃弾は確実に命中する、と思われた。だが、
「! なっ……」
 銃弾はヘルサターンに着弾する寸前で止まってしまった。まるで見えない手に掴まれたかのご
とく、空中で静止している。
「な、なぜ当たらないんだ……。俺たちの攻撃が、なぜ…」
 ジンのパイロットがその答えを知る事は無かった。銃弾が止まった直後にヘルサターンの《ディ
カスティス・ビームライフル》が発射され、強烈なビームがジンを完全に破壊した。
「ふん。つまらない奴らだ」
 ゼノンは微笑んだ。他者を完全に見下している、嫌な笑顔だ。
 このハプニングの間にも、ノーフェイスからの通信は続いていた。通信は六人目がオーブで発
見された事と、六体目の『ガンダム』、サンライトの完成が間近である事、そして今から一週間後、
つまりこの通信がゼノンに届く当日にゲームを始める事を伝えた。
 自分がいない間にゲームを始める事については、ゼノンは承諾していた。ゲームの参加者た
ち、六人目のダン・ツルギは知らないが、他の四人はゼノンより遥かに弱い。自分が帰るまでに
戦い合って鍛え合い、強くなってもらう。でなければ面白くない。ゲームとは、楽しむためにやる
ものだ。つまらないゲームなどしたくないし、する意味が無い。
「諸君、私が戻るまでに経験を積んで、せいぜい強くなってくれよ。そして、私を楽しまてくれ」
 呟くゼノン。この小惑星帯から地球まで、直線距離にしておよそ10億キロ。ゼノンの艦であるオ
ケアノス『テンクウ』には特別製のブースターが装備されており、航続距離、最高速度共に大きく
上昇している。が、それでも地球に戻るまでには、最低一ヶ月は掛かる。
 一ヶ月は長いようで短い。果たして、あの連中があと一ヶ月でどこまで強くなってくれるのやら。
「まあ、こいつらよりは楽しめるかもしれんな」
 ゼノンはモニターに目を向けた。無数の岩石と、スクラップと化したジンの大群。そして、その
先に浮かぶ巨大な影。それはコロニーを改造した宇宙船だった。二年前、戦乱を嫌い、未知の
宇宙に新たな希望を求めた人たちの巨大な箱舟。だが、今はただの残骸。その外壁も内部も徹
底的に破壊されており、人も動物も、植物までもが破壊され、骸と化している。
「戦いから逃げ出した臆病者どもが。ゴミ以下の分際で、聖地を踏み荒らそうとするからこうなる
のだ」
 ゼノンはまたも、見ている者を不快な気分にさせる微笑をする。
 彼の言う聖地とは、彼が破壊したコロニー宇宙船『リティリア』が目指していた星、木星である。
正確には聖地と言っていたのはノーフェイスであり、彼の主だった。彼らがなぜ木星を聖地と呼
ぶのかはゼノンも知らない。知る気も無かった。いずれ始末する連中の考えなど、知る必要は無
い。
「大総裁メレア・アルストルも、ノーフェイスも私の足元にひれ伏せてやる。生きとし生ける全ての
者はこの私、ゼノン・マグナルドに支配されるためにあるのだからな!」
 ゼノンは彼方で待機している母艦に戻った。自らの横暴な考えに一片の疑問も持たず、ゼノン
は突き進む。その手に全てを掴むために。



 地球、ソロモン諸島。
 無数に点在する島の一つ。太陽が照りつける大きな島の砂浜で、二体のMSが戦っていた。
ダンのサンライトと、オルガ・サブナックのデュエルダガーだ。デュエルダガーはガーネットと戦っ
た時とは違い、強化装甲フォルテストラは纏っていないノーマル仕様である。
「そこだっ!」
 サンライトのビームショットライフルが火を吹く。拡散されたビームがデュエルダガーを襲う。
 しかし、
「ふん、狙いが甘い!」
 オルガのデュエルダガーは素早く動き、全てのビームをかわしてしまった。そして腰のビーム
サーベルを抜き、サンライトの切りかかる。
 かわそうとするサンライトだが、突如、足が沈んだ。右足が砂に沈んでいる。背部のバーニアを
全開にして脱出しようとするが、間に合わない!
「うっ!」
 思わず身をすくめるダン。そのまま真っ二つにされるかと思われたが、デュエルダガーのビー
ムサーベルはサンライトの頭頂部すれすれで停止していた。デュエルダガーのコクピットに座る
オルガは、ニヤリと笑う。
「また俺の勝ちだ。お前さん、これで十連敗だな」
「うっ……。で、でも、砂に足を取られなければ……」
「つまんねえ言い訳をするんじゃねえよ。どんな場所で戦っても必ず勝つのが本物の戦士だ。負
けたのは場所のせいじゃなくて、お前さんの腕が未熟なだけだよ」
 ぐうの音も出ない。
 空に巨大な影が現われる。ミラージュコロイドで空に隠れていたオケアノスが姿を現したのだ。
 ノーフェイスから与えられたこの艦に、ダンは『ハルヒノ・ファクトリー』という名を付けた。その名
には、非業の死を遂げたミナの両親の冥福を祈る気持ちが込められている。
「双方とも、そこまでです。お昼にしましょう」
 艦からギアボルトからの通信が送られてきた。
 模擬戦修了。ちなみにサンライトのビームショットライフルが撃ったビームは、ビームペイント弾
である。当たっても傷一つ付かない。着弾箇所が少し派手な色になるだけだ。オルガ機にはか
すりもしなかったが。



 日は落ち、時刻はちょうど夜の八時。艦の食堂には五人の乗員が集まり、夕食を取っていた。
 ダンとミナ、そして、ノーフェイスに雇われた傭兵集団カラミティ・トリオの三人。現在、ハルヒノ・
ファクトリーに乗っているのは、この五人だけである。
 艦を提供したノーフェイスは、ダンにオルガたちを紹介した直後に、この艦を離れた。その際
に『どんな手を使っても勝てばいい。そして、勝者の証を手に入れよ』というゲームの基本ルール
と、七十二時間後にゲームを開始する事を言い残していった。
 それから二日間、ダンはオルガたちに鍛えてもらった。サンダルフォンとの戦いで自分の未熟
さを知った彼は、これからの戦いに勝つため、生き残るための努力を惜しまなかった。
 その結果は、
「MSの動かし方については、まあまあだね。手足のようにとはいかなくても、普通の戦闘なら問
題なく動かせるだろう」
 操縦技術の基本を教えるルーヴェは一応の合格点を出し、
「射撃については、まだまだです。ビームショットガンの拡散機能に頼りすぎて、標的のロックオ
ンが疎かになっています」
 銃火器類の扱い方を担当するギアボルトは厳しい採点をする。そして、
「で、実戦についてはまるでダメ。格闘も射撃もシロウト同然。手加減している俺にかすり傷も与
えられないようじゃ話にならない」
 オルガが絶望的な評価を下した。
「今のお前さんじゃ、誰と戦っても絶対に負ける。殺されるために戦うようなものだ」
 その言葉に、ダンは唇を噛み締めた。食事も喉を通らない。自分がまだまだだという事は分か
っていたが、他人から改めて言われると……。
「先生、そんな突き放すような言い方は良くないと思います」
「別に突き放してるわけじゃねえよ、ギア。確かに『今の』こいつは弱いけど、動きは少しずつ良く
なっている。もう少し鍛えれば、何とかなるかもしれんが…」
 オルガは食堂の壁にかけてある時計を見る。時間は午後八時。ノーフェイスが指定したゲーム
の開始時間まで、あと半日。
「時間が無い、か」
 ダンが言う。オルガは頷き、
「ああ。という訳で俺からはゲームが始まっても、しばらくは隠れ続ける事を薦める。その間にトレ
ーニングを積んで、少しでも強くなるんだな」
「問題は、敵が見逃してくれるかですね」
 とギアボルトが言った。こういう潰し合いでは弱い奴から倒すのが基本だ。ダンは当然、狙われ
ているだろう。
 先行き不安の情勢に、四人は揃ってため息を漏らす。暗い。見かねたミナが大きな声で、
「もう、みんな暗いわよ! 逃げるなら逃げる、戦うなら戦うって、はっきり決めましょうよ! そして
まずはご飯を食べよ。腹が減っては整備は出来ない、ってお父さんも言ってたし」
 確かに、ミナ以外の四人は食事がほとんど減っていない。
「ミナ、それを言うなら『整備』じゃなくて『戦』じゃないのか?」
「春緋野整備工房ではそうだったの! だから、ハルヒノ・ファクトリーでもそうなの! うん、決
定!」
「そんな強引な……」
「いや、確かにその姉ちゃんの言うとおりだ」
 意外にもオルガが賛同した。ギアボルトも頷き、
「食事と睡眠は力の源です。どちらも充分に取らなければなりません。私たちはそんな基本的な
事も忘れていました。ミナ、思い出させてくれてありがとう」
「そうだね。ありがとう、ミナさん」
 ルーヴェも感謝する。褒められたミナは顔を赤らめ、
「あ、う、ううん、そんな大した事は言ってないから。さ、さあ、食べよ! 実は今日は私が作った
んだよ!」
「え? コンピューターが作ったんじゃないの?」
 驚くルーヴェ。ちなみに今日のメニューは、ご飯と海草入りの味噌スープ、そして魚の焼き物と
コロッケ。
「なるほど。そういえば、この魚の焼き物はどことなく手作り感を感じさせるなあ。個性的というか、
何というか……」
 確かにルーヴェの言うとおり、実に『個性的』な料理である。
 黒焦げの魚。
 形がいびつなコロッケ。
 味噌が入っているはずなのに、なぜか緑色の味噌スープ。
 ……はっきり言って、個性出しすぎ。
「あ、ありがとうございます! 料理したのは生まれて初めてだけど、自分でも結構うまく出来たか
なー、って思うんです」
「う、生まれて初めて……。うん、なるほど、納得」
 ルーヴェは焼き魚を口に運ぶ。ちょっと、いや、かなり焦げていたその魚は、ほろ苦かった。
 ダンも食事を口に運ぶ。味噌スープを飲む。魚を食べる。コロッケを食べる。
 ちょっと眩暈がした。
「なあ、オルガ。俺はあまり料理のことには詳しくないんだが、魚を黒焦げになるまで焼くのは個
性的なのか? コロッケもジャガイモが潰れてなくて硬いし、はっきり言って不味いぞ」
「ダンさん、オルガ先生にそういう事を言っても無駄です。この人は、食べられれば何でもいいん
です。空腹になれば、犬の餌にまで手を出すような人ですから」
「あ、あれはお前のイタズラだろうが! スナック菓子にドッグフードなんか混ぜやがって!」
「正当な復讐だと思いますが」
「何が復讐だ! お前も常識で考えろ! 俺たちは流れの傭兵なんだぞ。子犬なんか拾ってき
ても、飼えるわけねーだろーが!」
「常識などに縛られていては、いい傭兵にはなれませんよ」
「お前が言うな!」
「ま、まあまあ、オルガさんもギアちゃんも落ち着いて……」
 仲が良いのか悪いのか分からないオルガとギアボルト。そして、そんな二人を支えるルーヴェ。
一般的な傭兵のイメージとは少し違う三人だが、ダンもミナもこの三人の事は嫌いではなかっ
た。



 食事が終わり、オルガたちは自室へ引き上げた。ミナは食堂に残り、厨房で食器を洗う。
 といってもほとんどの作業は自動食器洗い機がやってくれる。ミナの仕事は食器に汚れが残っ
てないかチェックする事と、食器を棚に収める事ぐらいだ。
「ふう……」
 と一息つくと、
「大丈夫か?」
 といつの間に来たのか、ダンが声をかけてきた。
「ダン、部屋に帰ったんじゃないの?」
「手伝おうと思って」
「そ、そう、ありがと。でも大丈夫よ。もうほとんど終わったから」
「みたいだな。けど…」
「?」
「お前は大丈夫なのか?」
 その言葉に、ミナの心は揺れ動いた。
「食事の時、親父さんの事を口にしただろ。もう吹っ切ったのか?」
 心配そうに尋ねるダン。まったく、どうしてこの人は、妙なところで鋭くて、そして、優しいんだろ
う。誤解してしまいそうだ。
「うん。もう大丈夫」
 そう言ってミナは微笑んだ。少しわざとらしい微笑だったが。
「気にしてないわけじゃないよ。でも、ずっと落ち込んでばかりなのも私らしくないかなー、って。そ
れにダンもオルガさんたちが頑張っているのに、私だけ何もしないのもね」
 これは彼女の本心だ。
「でも私に出来る事なんて、あんまりな無いんだけどね。整備以外はホント、私ってダメだなあ。
料理も全然…」
「ああ、マズかったな」
「う……」
 分かってはいるが、はっきり言われると少し落ち込む。真実は時に残酷なものだ。
「大丈夫なら、いい。俺は寝るぞ」
「うん。お休みなさい」
「ああ。ミナ」
「何?」
「このゲーム、勝つぞ」
 ダンははっきりと宣言した。自分のために、そして、この戦いに巻き込んでしまった少女のため
に。
「………………うん」
 頷くミナ。ダンが去った後、彼女は一筋の涙を流した。
 本当に彼は優しい。マズい料理を残さず食べたり、自分の事だけで手一杯のはずなのに他人
を励ましたり。
 勝ってほしい。そして、取り戻してほしい。失ってしまった記憶を。自分の全てを。
 本当は戦ってほしくない。ダンに傷ついてほしくない。でも、それがダンの記憶を取り戻すため
の唯一の方法なら、戦うしかない。
「ダン……。頑張って」



 翌日の朝。
 オーブ共和国の議事堂では、早朝から緊急会議が行なわれていた。
 議題は、三日前のブルーコスモス襲来による被害状況の正式報告と復旧作業の進み具合に
ついて。被害は市街地を中心にかなりのもので、郊外の一部も巻き込まれている。整備工場が
一件、MSに押し潰され、父親と母親が死亡、一人娘は行方不明という悲惨な事故も起きてい
た。
 あの襲撃によって、現プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルのオーブ訪問も中止
された。何事も無ければ、彼は今日、オーブの地に立ち、オーブとプラント自治政府の更なる友
好を宣言していたはずだった。平和への道が少し遠のいた気がして、カガリの気持ちは沈み込
んだ。
 ブルーコスモス、リ・ザフトに続く第三の組織についても話し合われた。ディプレクターによって
この組織にはサードユニオンという呼称がつけられたが、組織の概要については依然不明。オ
ーブを始め、世界各地に現われた謎のMSと関係があるらしいが、やはり詳細は不明。今後もデ
ィプレクターと協力して調査を行うという事で意見は一致した。
 一応の結論を出した後、会議は休憩となった。カガリはアスランと共に大統領室に戻る。
「ふう……」
 カガリは心を痛める。大統領である自分がもっとしっかりしていれば、敵の襲撃を予測し、対応
できたのではないのか? 悔やんでも仕方ないのだが、悔やみきれずにはいられない。
「気にするな、と言っても無理か」
「アスラン……」
「では、せめて今回の事を、犠牲になった人たちの事を忘れるな。君が彼らを忘れない限り、そ
して努力し続ける限り、彼らの犠牲は決して無駄にはならない」
「ああ、そうだな。再来年の選挙までは頑張らないと」
 カガリはオーブ共和国の大統領だが、その地位はあくまで『臨時』のものである。二年前、オー
ブは大西洋連邦の保護領という立場から脱却し、共和国として独立した。その際、カガリは『オ
ーブの獅子』の再来を求める周囲の人々に望まれ、大統領になった。だが、この地位に就くと同
時に、彼女は国の内外に自分の地位が臨時のものである事と、四年後に正式な大統領選挙を
行なう事、そして自分はその選挙には出ない事を宣言した。
「本当に選挙に出るつもりは無いのか? 国民(みんな)もそれを望んでいるぞ」
 アスランの言うとおり、オーブの国民はカガリが正式な大統領になる事を望んでいるが、本人に
その気は無い。
「私のような小娘が大統領なんかやれるのは、キサカやアスランたちが私を支えてくれているから
だ。ディプレクターも助けてくれているしな。それにこの国は新しく生まれ変わらなければならな
い。お父様もこの国が、いつまでも五大氏族(じぶんたち)の呪縛に囚われているのは望まない
はずだ」
 古きものを糧として、新しきものが生まれる。人類はそうやって文明を進歩させてきたし、国も民
もそうあるべきだ。古きもの流れを引く自分は、新しきものにバトンを渡し、去らなければならな
い。カガリはそう考えていた。
「やれやれ。一度決めたら絶対に引かない。そういうガンコなところは、キラにそっくりだな。さす
が姉弟だ」
「それは褒め言葉なのか? そういえば、キラはどうしている? まだモルゲンレーテにいるの
か?」
「ああ。この三日間、工場に篭もりっきりだそうだ」
 三日前、キラたちの活躍によって、ブルーコスモスの攻撃は退けられた。しかし、キラの顔は怒
りで少し赤くなっていた。軽傷を負ったアスランとカノンが自力で病院に行った後、キラはモルゲ
ンレーテに直行した。そして、最新型のストライクビークル、ナンバー6【キリサメ】の製作に取り組
んでいる。
「ビークル6【キリサメ】か。それを完成させて、キラは何をするつもりなんだ?」
「倒すつもりなんだろう。俺やカノンを攻撃したMSを」
「お前たちは無事だったのに?」
「それでも許せないんだろう。自分の目の前で撃たれた事が、何よりもな」
「その気持ちは分かるけど、でも、珍しいな」
「何がだ?」
「いや、キラがこんなに『敵』に拘るなんて、初めてじゃないか? キラらしくないような気がする」
 確かにそのとおりだ。アスランやカガリが知っているキラは、最強の能力を持ちながらも戦う事
を嫌う、優しい少年だ。執念とか執着心とか、そういうものとは最も縁の遠い人間はずだ。
 あのMSとパイロットに対する対抗意識はキラらしくないものだった。少なくともアスランやカガリ
の知るキラは、一人の敵に拘るような男ではない。
「似ているからかもしれんな」
「? 誰がだ?」
「キラと、あのサンライトというMSのパイロットだ。名前は確か、ダン・ツルギ……」
 二人の顔を見た事があるアスランはそう感じた。キラとダン、この二人は外見は違うが内面、精
神はよく似ているように感じた。どことなく危ういところなど特に。
 キラもそう感じたのかもしれない。だからこそ許せないのかもしれない。自分に似ている存在
が、親友を撃った事が。
 それは二年前、キラとアスランの間に訪れかけていた結末。かつての親友同士が戦い、殺し合
うという最悪のシナリオ。悪夢にも等しいそれが、現実になったように思えたのだろうか。
 キラの心には、親友であるアスランと戦った事が深い傷となって刻み込まれているのだろう。そ
れは他人にはどうする事も出来ない、深く見えない傷。直せるのは本人だけ。
「見守るしかないのか……」
 アスランは親友の身を案じ、ため息をついた。
 その時、事務官がノックもせずに部屋に飛び込んできた。そして大変慌てた様子で、プラント
からの急報を伝える。その報を聞いたカガリは、
「そんな……そんなバカな!」
 と声を荒げ、アスランは絶句した。
 これは悪夢だろうか?



 オーブが、いや、世界が驚くべきニュースによって揺れ動く時より少し前。
 まばゆい朝日が、海の上に浮かぶハルヒノ・ファクトリーを照らす。空母のように広い甲板には
さわやかな潮風が吹きつけている。気持ちのいい朝だ。甲板に出たオルガは、思いっきり背を
伸ばす。そして、大欠伸。
「ふん、ムカつくぐらいにいい朝じゃないか。ん? あれは……」
 広い甲板の上をランニングしている男がいる。ダン・ツルギだ。
「おーーーーい!」
 と大声で呼ぶと、ダンもオルガに気付いた。彼の元に駆け寄る。
「よお、ダン。朝早くから頑張ってるじゃないの」
「オルガこそ、今朝はずいぶんと早起きなんだな。いつもはルーヴェに手荒く起こされているの
に」
 ルーヴェの起こし方は、本当に手荒い。ベッドをひっくり返すのは当たり前。寝ている相手にプ
ロレス技をかけて、そのまま失神させてしまった事もあるという。 もっとも、その強烈なプロレス技
もオルガにはほとんど効果が無かった。何をしてもオルガは眠り続け、起きるのはいつも昼過
ぎ。
「いつもはな。けど、今日は違うぜ。可愛い弟子のデビュー戦だからな」
 冗談めいて言うオルガだが、半分ぐらいは本気だろう。この男、意外と面倒見がいいのだ。
「お前、無くした記憶を取り戻すために戦っているんだよな」
「……ああ」
「記憶を無くすとかそういう経験、俺には無いから、よく分からないけどよ。やっぱり不安なの
か?」
「少しな。昔の自分がどういう人間だったのかと考えると、頭が混乱する」
 考えても考えても答えが出ないから。
 普通の人間なら、昔の自分がどういう人間だったか、少しは覚えている。そういう過去が積み重
なって、今の自分があるからだ。
 だが、ダンには過去が無い。自分という存在を支えていた柱が、突然消えてしまったのだ。
 何も思い出せない自分に苛立ち、何をしてもおかしくない。危険な男である。だが、オルガはダ
ンの事が嫌いではなかった。少なくとも今、オルガの隣にいるダンは、たとえ記憶を失っても、ヤ
ケを起こして犯罪行為をするような人間ではない。オルガはそう信じていた。
「記憶を取り戻す、か……。昔の自分を取り戻す。ま、命を賭けて戦う理由としては充分だな。頑
張れよ」
 そう言ってオルガは、ダンの肩に手を置く。
 ダンとオルガは艦内に戻ろうとした。だが、それを待っていたように、空に異変が起きた。青い
空や白い雲と思われていたものが一瞬で消え、ダンたちの艦と同じ形状の戦艦が現われた。ダ
ンたちと同じ船を持っている、という事は、
「お客さんのお出ましか。けど、少し早すぎるんじゃないか? ゲーム開始までには、まだ時間が
あるのに。どうする、ダン?」
「せっかちなのか、それとも早目に仕掛けるつもりなのか。どちらにしても、見逃してはくれそうに
も無いな」
 そう呟き、ダンは敵艦を睨む。緊張と興奮が顔に浮かび、『戦う男』の表情になっている。
「死ぬなよ」
「ああ、やってやるさ。必ず勝つ!」
 ダンは戦艦下部のMS格納庫に向かった。



 突然の敵の出現に、ハルヒノ・ファクトリーの艦橋は大騒ぎになった。ミナとルーヴェはうろたえ
てしまい、ギアボルトも驚きを隠せない。
「ゲーム開始まで、まだ時間はあるのに、どうして…」
「正確には開始時間まであと三十分。少しフライングだな」
「オルガさん!」
 艦橋に現れたオルガに、ミナたち三人は顔を向ける。オルガは艦長席に座るが、特に指示は
出さない。
「これからどうしますか、先生?」
「ダンに任せる」
「えっ!?」
 驚く三人に、オルガは不適に微笑む。
「あれはあいつの敵だからな。それに、あいつもそれを望んでいる」
 オルガは甲板の端にあるMS発射口に眼を向ける。そこは普段は甲板の一部として閉じられ
ているのだが、大きく開き、巨大な穴を見せた。そして穴から艦内に納められていたMS、サンラ
イトガンダムが現われた。
「思いっ切りブチ当たって来い。砕けても骨は拾ってやる」
 励ましているのかどうか、微妙な激を送るオルガ。隣にいるミナが少し顔をしかめる。今朝のオ
ルガの朝食は『特別』な物にしてあげよう。
 太陽の光を正面に受け、サンライトの腹部にある《サンバスク》が輝く。エネルギー充電、完了。
「ダン・ツルギ、サンライト、行くぞ!」
 サンライト、発進。大きくジャンプして、甲板から近くの島に降り立つ。足場は砂地ではなく、土
の大地である。
 敵艦も動き出した。甲板に一機のMSが姿を現した。左足以外は黄金色に染めた、女神のよう
な美しさを誇るMSが、舞い降りるように大地に降り立つ。MSの名はサンダービーナス。そのパ
イロットも美しき女性。名はステファニー・ケリオン。
 大地の上で睨み合う二体のMS。一触即発の空気の中、ステファニーからダンへ通信が送ら
れる。
「久しぶり、と言うほどでもないわね。それが貴方のMS?」
「ああ。サンライト…ガンダムだ」
 ガンダムの名を言う時、ダンは少し躊躇った。だが、あえて口にした。それだけで嫌悪の感情
が湧き上がってくるが、何とか堪える。
「俺と戦いに来たのか? ゲームはまだ始まっていないはずだぞ」
「ええ。ゲームが始まる前に貴方に会えるかどうか賭けだったけど、会えて良かった。ゲームが
始まる前に貴方に訊きたい事があるの」
「何だ?」
「貴方が命を捨ててまで戦う理由」
「!?」
 驚くダン。ハルヒノ・ファクトリーの艦橋で通信を傍受していたオルガたちも驚いた。まさか敵か
らこんな質問が来るとは思わなかったからだ。
「この女、厄介だな」
 舌打ちするオルガ。ルーヴェも頷く。
「ええ。敵に何かを求める者は常に冷静で、戦いの中でも自分を見失わないタイプです。こういう
のは手強い」
「そんな……!」
 二人の言葉に、ミナは顔を青ざめる。
 そんなミナの不安も知らず、ステファニーは話を続ける。
「このゲームは、『ゲーム』と呼ばれているけど、実際はただの殺し合いよ。こんなバカな戦いに
参加する理由を訊かせてほしいのよ」
「訊いてどうする? 理由によっては、勝ちを譲ってくれるとでも言うのか?」
 ダンは聞き返す。ステファニーの返答は、
「話によってはね」
 と意外なものだった。
「私には叶えたい願いがある。だから、このゲームに参加した。でも、貴方が戦う理由が私の願い
より尊いものなら、私は退くわ」
 ステファニーの言葉に嘘は感じられなかった。彼女は本気だ。
「言葉に出来ないのかしら? だったら、それでもいいわ。言葉による答えなんて嘘が混じってい
る場合が多いし。だから……」
 サンダービーナスは大きく後方にジャンプした。背中に背負った大型の装置が、不気味な音
を立てる。
「『戦い』で教えてもらうわ!」
 サンダービーナスは腕を前に出す。十指の先端が開き、凄まじい勢いで何かが飛び出した。
ワイヤー付きのアンカーだ。
「くっ! いきなりかよ!」
 サンライトは素早く動き、ワイヤーをかわす。だが、移動した先には既にサンダービーナスが回
りこんでいた!
「何!?」
「遅いわね」
 目にも止まらぬ動き、とはこの事か。サンダービーナスの右足が大きく円を描き、サンライトを蹴
り倒す。蹴りの衝撃自体は大した事は無かったが、その蹴りと共に強烈な電撃が放たれる。
「ぐああああああっ!!!」
 体が痺れる! 全身に痛みと共に異常な衝撃が流れ、体の動きを止める。
「ぐっ!」
 それでも必死に操縦桿を動かし、サンダービーナスとの距離をとる。絶好のチャンスなのに、
サンダービーナスは動かなかった。余裕のつもりか?
「強い……!」
 ダンは認めざるを得なかった。この女もMSも強い。本気で戦えば、自分など一瞬で黒焦げに
されるだろう。
「逃げるだけじゃ、私には勝てないわよ」
 サンダービーナスの攻撃が再開された。今度はサンライトの懐に飛び込み、拳打を連続で放
つ。拳には火花が見える。先程の蹴りと同じく、電気が込められているのだろう。
 サンダービーナスのパワーは大した事は無いが、あの電撃は厄介だ。当たるわけにはいかな
い。ダンはギリギリではあるが、サンダービーナスの攻撃をかわしていた。
「やるわね。でも、さっきも言ったでしょう。逃げてるだけじゃ、私には勝てないって!」
 ジャンプして、サンライトから離れるサンダービーナス。その指先が再び開く。運動性を重視し
て作られたサンダービーナスの数少ない『武器』の一つ。ステファニーの技量によって空を舞う
十匹の雷蛇、《エレクトロファイヤー》。
「はあっ!」
 十本のワイヤーがサンライトに襲い掛かる。その姿はまさに蛇。鋭いアンカーがサンライトの手
足を、胴体を狙う!
「当たるか!」
 サンライトは見事な体捌きでワイヤーをかわした。かわされたワイヤーは、一旦サンダービーナ
スの指に戻った後、再び発射された。ワイヤーの射出スピードが以前より上がっているが、今度
もサンライトはかわした。
「おいおい、あいつ、結構やるじゃないか」
 艦橋のモニターで戦いを見ていたオルガが言葉を漏らす。ギアボルトとルーヴェも頷いた。
「動きにどんどん無駄が無くなっていく……。私たちとの訓練時の動きとは雲泥の差があります」
「どうやら彼は、訓練より実戦で実力を発揮するタイプのようですね。百の訓練より一の実戦とは
よく言いますが、彼の場合は、一の実戦が千の訓練に匹敵するのかもしれない」
 プロの傭兵たちがそう賞賛するほど、ダンの動きは見事なものだった。分単位、いや秒単位で
速く、無駄の無い動きになっていく。その進歩のスピードにはステファニーも驚きを隠せない。
「この子は一体? これがノーフェイスがこの子に拘る理由なの?」
 一方、ダンは必死だった。自分が進歩しているという自覚は無い。だが、彼の心には強い思い
がある。その思いが彼を強くしていた。
「俺は……。俺は……戦う! そして、勝つ!」
 決して譲れない思いがある。それ故にダンは強くなる。なるしかないのだ。
「くっ……! どうして貴方は強くなるの!? そんなにまでして叶えたい願いがあるの?」
「ああ、あるね!」
 サンライトは一気に加速し、サンダービーナスの懐に飛び込んだ。そして、拳を放つ。鋭い一
撃!
 しかし、ステファニーも並のパイロットではない。サンライトの拳をかわして、右足に装備された
アーマーシュナイダーを展開させる。アーマーシュナイダーの刃に電気を流し、一撃必殺の回
し蹴りを放つ!
「はあっ!」
 捉えた! と思ったが、ダンの反応も早かった。アーマーシュナイダーの刃は巨大な棒のよう
な武器に受け止められていた。サンライトの腰に下げられていた《シャイニング・エッジ》だ。パス
ワードが分からないため、相変わらず鞘から抜くことは出来ないが、
「このままでも充分!」
 鞘で刃を受け止め、そのままサンダービーナスを押す。アーマーシュナイダーから強烈な電気
が流れて来るが、歯を食いしばって堪える。
 蹴りを放ったため、片足で立っている体勢になっていたサンダービーナスは、サンライトの押し
には耐えられなかった。あっさり倒れ、その喉元に鞘に収納された《シャイニング・エッジ》の先端
を突きつけられた。
「このままでも、あんたのMSの頭を潰す事は出来るぞ」
 ダンの言うとおりである。ステファニーは逆転の手を捜すが、ダンの動きに隙は無い。彼は冷
静だった。ステファニーはため息をついて、
「私の負けね。とどめは刺さないの?」
「ゲームはまだ始まってないからな」
「ルールに拘って、折角のチャンスを逃すの?」
「ルールに拘っているのは、あんたも同じだろう?」
 この戦い、ステファニーは本気で戦っていなかった。彼女の攻撃には必死さというか「絶対に
勝つ!」という気迫が無かった。
「…………思ったより、鋭いわね」
「何となく分かったんだ。で、結局あんたは一体、何しに来たんだ?」
「貴方に興味があったのよ。こんなバカげたゲームに参加するなんて、どんなバカな人間なのか
と思ってね」
「俺が戦う理由が訊きたい、とか言ってたな。戦ってみて分かったのか?」
「何となく」
 ステファニーは微笑んだ。
「貴方は過去を求めている。そして、今を守ろうとしている。だから、未来に向かって強くなってい
る」
 ステファニーのその言葉は、ダンの心を見事に現していた。
 過去を失い、今までの自分を失った。それ故に今の自分と、自分の周りにいる人たちを大切に
思っている。それを傷つける者は許さない。命を賭けて戦う。彼らと共に未来を生きるために。
「ダン・ツルギ。貴方、面白いわね」
「それは褒め言葉なのか?」
「ええ。それで、面白くて強いダン君に、私からプレゼントがあるんだけど、どうかしら?」
「プレゼント?」
 そう問い返したダンの眼前で、サンダービーナスが再起動した。直後、空へと蹴り飛ばされる
サンライト。あまりに早すぎて肉眼では決して見えない、電光石火の早業。これがサンダービー
ナスの全速だった。
 その動きの速さにはダンも、見ている者たちもついてこれない。何が起きたのかわからないま
ま、サンライトは地におちた。立ち上がる事が出来ないダンとサンライトの顔を、サンダービーナ
スが踏みつける。一瞬の逆転劇だった。
「プレゼントよ。私の本当の力、見せてあげたわよ」
「……こりゃどうも、ご丁寧なプレゼントで」
 ダンは計算する。サンダービーナスの『本気のスピード』は、サンライトを遥かに超えている。勝
算はまったく無い。死を覚悟し始めたダンに対して、ステファニーは、
「私と手を組まない?」
 と、声をかけた。
 あまりにも意外な言葉にダンは首を傾け、ハルヒノ・ファクトリーにいる四人はひっくり返った。
特にミナの受けた衝撃は凄まじいものだった。
 そしてステファニーは、期待していた。ダン・ツルギ。この少年は強い。そして、これからもっと
強くなるだろう。誰よりも何よりも強くなったその時、
『私を、殺して……』
 ゲーム開始十分前。早くも波乱の展開が起きてしまった。



 闇が支配する漆黒の世界。蝋燭の灯りだけが、その世界に存在する唯一の光だった。
 そのわずかな光に反射している物が一つ。穴一つ無い銀色の仮面。その仮面を被り、ノーフェ
イスと呼ばれる男は、膝をついて敬服していた。
 彼の前には豪華な装飾の椅子が置かれてあり、そこには一人の少年が座っている。この少年
こそ、ノーフェイスに『ノーフェイス』という名前を与えた人物。そして、ノーフェイスが忠誠を誓っ
た主である。
 部屋のどこからか、安らかなベル音が鳴り響く。その音は二人が待ち望んでいたものだった。
「始まったね」
 少年はニヤリと笑う。子供のものとは思えないほど、邪悪な笑顔だった。
「はい、メレア・アルストル様。現時刻をもって、ゲームを開始します。ゼノン・マグナルドはいませ
んが、残り五人のプレイヤーたちは存分に戦ってくれることでしょう。もちろんゲームを面白くする
ための手筈も整えてあります」
「そう。ゼノンが戻ってくるまでに、他のみんなには少しでも強くなってもらわないとね。でないと五
人とも、瞬殺されちゃって面白くないよ。それで手筈の方は?」
「ブルーコスモスには新たに資金とMSを提供しました。オーブへの攻撃の報酬ですが、これを
糧に連中は更に戦力を強化するでしょう」
「リ・ザフトの方は?」
「そちらも大丈夫です。強力な爆弾を用意しましたから」
 ノーフェイスから発せられる言葉には、主への敬意と、計画への絶対的な自信が込められてい
た。その言葉がメレアの笑顔を更に深く歪める。嬉しくて堪らないのだ。
「そう、楽しみだなあ。この世界には、もっともっと乱れてもらわないとね。僕の望みを叶える為に」
「はっ。この世界は貴方様のものでございます。そして必ずや、貴方様のお望みは叶えられるで
しょう。全てはこの世界の為に、そして、偉大なる大総裁の為に……」
 ノーフェイスは改めて頭を下げる。彼が頭を下げる度、大総裁メレア・アルストルの狂気の夢は
増幅される。誰も彼らを止められない……。



 午前八時。ダンたちのゲームが始まった頃と同じ時刻。世界は大きな衝撃に包まれた。
 その時、世界中のテレビが同じ映像を映し出した。世界規模の電波ジャックである。
 映像には一人の男が映っていた。その後ろの壁には、リ・ザフトの紋章が縫いこまれた旗が貼
り付けられている。組織の象徴を背に、男は語りだした。

「あの忌まわしい大戦から二年、世界は平和になったという。だが、本当にそうだろうか? ナチ
ュラルとコーディネイターは真に共存しているのだろうか? 否、断じて否! ナチュラルはコー
ディネイターを遺伝子操作された怪物だと見下し、コーディネイターはその能力をいいように利
用されている! 自分たちを見下しているナチュラルの為にだ!」
 映像は世界中に流されていた。北米、南米、欧州、アジア、オセアニア、アフリカ……。地球だ
けではない。月やプラントにも流されている。壊滅寸前のはずのリ・ザフトに、これほどの電波ジ
ャックが出来るとは。
「プラントは形ばかりの自治と引き換えに、その軍事力を犠牲にした。結果、ブルーコスモスの暗
躍を許し、多くの死者を出している。治安維持は正義の味方を気取るディプレクターに頼りきり
だ! 果たして、それで自治といえるのだろうか? 我々はただ、ナチュラルに飼い慣らされてい
るだけではないのか!?」
 そう激しく演説する男の顔は、人々によく知られていた顔である。前大戦の英雄であり、かつて
のディプレクターのエースパイロットの一人。屈辱の証である傷跡は既に無く、長い銀髪が照明
の光に反射して、輝いている。
「今こそ、コーディネイターである我々は立ち上がらなければならない! 我々コーディネイター
が、真の自由と平和を手にするために! 心あるコーディネイターたちよ、我らリ・ザフトの旗の
元へ集え! 我が名はイザーク・ジュール。リ・ザフトの新総帥、イザーク・ジュールである!」

(2004・7/10掲載)

次回予告
 友はなぜ敵となったのか? 自らが作り上げた平和な世界を、なぜ自らの手で壊そうと
いうのか?
 答えが分からないまま、かつての戦友は戦場で出会う。戦うために。殺し合うために。
 ダンも戦う。己の全てを取り戻すために、その命を賭けて戦う。
 戦いが世界を満たそうとしている。しかし、誰もその流れを止められないのか?

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「リ・ザフト再動」
 友情を振り切るため、変形せよ、ザマー。

第7章へ

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