第5章
 始まりの終わり、終わりの始まり

 ブルーコスモスの艦隊は旗艦であるリヴァイアサン級『キャスバル』を中心として、オーブ本島
の南方に布陣を敷いた。
 そしてMS隊を二手に分け、AMS(オートモビルスーツ)ズィニアを中心とする主力部隊はオ
ーブ本島へ、ストライクダガーや105ダガーを中心とする有人機の部隊は別働隊としてオノゴロ
島へ向かわせる。別働隊の狙いはモルゲンレーテの所有する各種MSや機動兵器のデータ
だ。
 これに対し、オーブ軍とディプレクターは迅速に行動する。国防大臣のキサカは即時迎撃を命
令し、国軍元帥のゴート・フェリッチェが全軍に指示を出す。
「あー、みんな、この国は好きか? 俺はこの国では新参者だが、結構好きだ。好きなモノは守
らなきゃならない。戦争なんてやりたくないが、黙っていたら殺されるだけだ。今は戦わなくちゃな
らない。全員、頑張れ。俺も頑張る。一人でも死なせないように指示を出す。だからみんな、死ぬ
んじゃないぞ。以上」
 という激を受け、オーブ軍は出撃する。先頭に立つのは、アスランのネオストライク2号機。スト
ライクビークルとM1部隊が後に続き、市街地に侵入したズィニア部隊を迎撃する。
「オーブは守り抜いてみせる!」
 吠えるアスラン。ネオストライク2号機はビークル2【ホムラ】を装備し、強烈な砲撃でズィニアを
次々と撃墜する。M1アストレイ部隊も到着し、戦闘に入る。敵味方が放つビームの光がオーブ
の空を彩る。
 ディプレクターのMS部隊も出撃した。こちらの先頭に立つのは、キラのネオストライク1号機。
目的地はオノゴロ島だ。その後をルミナ・ジュリエッタのイージスとカノン・ジュリエッタのブリッツ、
そしてディプレクターのマークを付けたゲイツや105ダガーたちが続く。
 オノゴロ島には既にブルーコスモスのダガー部隊が上陸していた。モルゲンレーテの施設へ
向かおうとするが、その前にイージスとブリッツが立ち塞がる。
「ここから先へは行かせない! 行くわよ、カノン!」
「オッケー、お姉ちゃん! この前はドジっちゃったけど、今日は頑張るわ!」
 ルミナのイージスが《スキュラ》を発射。数機のダガーに命中し、これを爆発させる。イージスの
攻撃を避けるため、ダガー部隊は散開。だが、
「甘い!」
 カノンのブリッツが《ケルベロス・ファング》を発射。三本の有線式ドリルがそれぞれ一機ずつ、
計三機のダガーを貫く。
「ディプレクターはキラさんだけじゃないのよ。『双翼の死天使』だっているんだからね!」
 双子らしい見事なコンビネーションで、次々と敵を倒すジュリエッタ姉妹。後続の味方部隊も到
着し、戦闘は更に激しさを増す。
 一方、キラのネオストライク1号機はバズーカを手にして、潜水艦型のストライクビークル、ビー
クル5【ミナモ】を足に装備。島の近海に潜る。そして、島に接近するディープフォビドゥンの機影
を発見。
「派手に戦闘をしているダガーたちはオトリ。本命は、こっちか!」
 キラは敵の作戦を読んでいた。【ミナモ】の小型魚雷とバズーカで迎え撃つ。
「もう二度と、この国を滅ぼさせはしない!」
 二年前の悲劇を繰り返さないため、キラは戦う。それはキラだけでなく、オーブを守る為に戦う
全ての人たちの気持ちだった。



 オーブ郊外の病院。戦地からは少し離れているが、それでも爆音が聞こえてくる。
 病院の庭には一機のMSが立っている。名前はサンライト。ネオストライク3号機の手足を己の
手足とし、腰には鞘に収められた大剣、腹部には太陽の光を受けて輝く五角形の装置を宿す謎
のMS。
 その足元には、自動操縦で飛んできた戦闘機ハート・トゥ・ハートが着地している。
 そして、この二機の機動兵器を背にしたノーフェイスが、ダンに問いかける。
「さあ、ダン・ツルギを名乗りし少年よ、君の選択を聞こう。このままこの平和の国で安穏と暮らす
か? それとも、このサンライトガンダムに乗って死地へと赴き、失われた記憶を取り戻すか?」
「……………」
 ダンは何も言わない。彼の隣に立つミナは、ダンを不安げに見つめている。
「貴様は一体、何者だ? 何を企んでいる?」
 しばしの沈黙の後、ダンはノーフェイスに質問する。ノーフェイスは首を横に振り、
「残念ながら、私は自分について語る口を持たない。私が語るのは偉大なる大総裁、メレア・ア
ルストル様の意志のみ。大総裁は君がこのMSに乗り、戦う事を望んでおられる。だから私は君
にこのMSを与える。それだけです」
「メレア・アルストル……」
 その名を口にする度、ダンの心がざわめく。何とも嫌な感覚だ。
「戦うために選ばれた者は、君を含めて六人。各自が持てる力の全てを出して戦う、最強にして
最高のゲーム。勝者は夢と幸福を手にし、敗者は全てを失う。命も含めて」
 仮面の奥でノーフェイスがニヤリと笑った、気がした。
「そ、そんな……!」
 絶句するミナ。命がけの戦いを『ゲーム』と呼ぶノーフェイスに本能的な恐怖を感じた。この男
は命を何だと思っているのだ?
「ゲームか。金持ちの道楽にしては、気合が入りすぎだな」
 ダンの言葉には、軽蔑の念が込められていた。だが、ノーフェイスは動じず、
「最後まで生き残った者には、望むモノを与える。君が最後の勝者となった時には、君の過去を
教えよう。最後まで生き残れば、の話だが」
「ふん。記憶をエサにして、俺を操るつもりか?」
「結果としては、そういう事になるかな。気に入らないかね?」
「当然だ」
「では、戦わないと?」
 ダンはノーフェイスの問いには答えなかった。迷っているのだろうか?
 再度、爆音が聞こえた。市街地とは逆の方向からだ。立ち上る黒煙がここからでも見える。
「!」
 ミナの表情が凍りついた。顔が青ざめ、体がわずかに震えている。
「あの煙……うちの工場の方向……」
 その言葉を聞いた瞬間、ダンはミナの手を掴んだ。そしてノーフェイスを押しのけ、ミナと共に
ハート・トゥ・ハートの操縦席に乗り込む。ミナを後部座席に座らせて、自分は操縦桿を握る。
「借りるぞ」
「レンタル料は高いですよ? もっとも、ゲームに参加してくれるのなら、その戦闘機もMSも差し
上げますが」
 と、ノーフェイスはからかうように言った。
「ふん」
 答えらしい答えもせず、ダンは操縦席のキャノピーを閉じた。
 完全に閉じる直前、
「座席の下にヘルメットがある。それを被りなさい」
 と、ノーフェイスが教えてくれた。その言葉どおり、座席の下には白と青に塗られたヘルメットが
あった。頭に被るとその瞬間、ダンの脳裏に何かが飛び込んできた。一瞬の出来事だったが、
その一瞬でハート・トゥ・ハートとサンライトガンダムの全てのデータ、そしてその操縦方法がダン
の頭の中に叩き込まれた。
「便利な物だな」
 頭に叩き込まれたとおりに操縦桿を動かし、ハート・トゥ・ハートの動力部に火を点ける。噴出口
から炎が吐き出され、ハート・トゥ・ハートは大空高く飛び立った。



 オノゴロ島に向かったブルーコスモスのMS部隊は、キラたちの活躍によって全滅した。その
報にブルーコスモス盟主アレックス・サンダルフォンは歯軋りをした。
「ちっ、役立たずどもが」
「ズィニアを向かわせますか?」
「あいつらに出来るのは戦闘だけだ。モルゲンレーテは諦める。ズィニア部隊を市街地に展開さ
せて、町もろとも敵を焼き尽くせ!」
「はっ!」
 命令を受けた部下が、直ちに無人機に指示を送る。MSの数はまだブルーコスモスの方が上
だ。数に任せて押し潰すのが良作だろう。しかし、サンダルフォンはそれでは満足しなかった。
椅子から立ち上がり、
「俺も出るぞ。俺のダガーとズィニアたちを用意しろ」
 と告げた。部下たちは驚き、必死に引き止めるが、
「キラ・ヤマトとアスラン・ザラ。あの二人を相手に勝てる奴が、俺以外にいるのか?」
 と言われてしまった。
 これは止められない、と諦めた部下たちはサンダルフォンのMSと、その護衛部隊の発進準備
を行う。
「『閃光の勇者』キラ・ヤマトと『誇り高き翼』アスラン・ザラ……。忌々しいコーディネイターの英雄
どもめ、その喉笛、掻っ切ってやる!」
 サンダルフォンはそう呟きながら、舌なめずりをした。アレックス・サンダルフォン。地球連合の
エースパイロットの一人で、『銀狼』と呼ばれた男。最高の獲物を前に彼の心は高ぶっていた。



 ダンとミナを乗せたハート・トゥ・ハートは、立ち上る黒煙の根元にたどり着き、着陸した。フルス
ピードで飛んで来たのだが、それでも遅かった。二人は急いで戦闘機から降りるが、もう全て終
わっていた。
 二体のMSが倒れている。機種はM1アストレイとズィニアだ。M1はコクピットを打ち抜かれて
おり、ズィニアも頭部と右腕が切り落とされている。
 春緋野整備工房は、この傷付いた二体のMSの下敷きとなっていた。
 この工場の上空で空中戦を展開していた二機のMSが相打ちとなって、工場に落下。全てを
押し潰してしまったのだ。
 それにしてもひどい有様だ。ミナが生まれ育った家も、大好きな機械たちが納められていた倉
庫も、遊び場代わりにしていた工場も、悉く破壊されていた。
 あまりの惨状に呆然としていたミナだったが、
「……! お父さん、お母さん!」
 両親の姿を求め、走り出した。ダンもその後を追う。
 火はまだ収まらず、工場の各所で爆発が起きている。戦場以上に危険な場所だったが、二人
は懸命に探し回った。
 最初にダンが、ミナの父タケシを発見した。巨大な瓦礫の下からタケシの手が出ている。握っ
てみたら、恐ろしいほどに冷たかった。
「……………」
 ダンはミナを呼ぼうとしたが、その時、ミナの悲鳴が響き渡った。倉庫の裏手からだ。
 駆けつけてみると、ミナの母シェーナが血まみれになって倒れていた。背中に突き刺さった巨
大な破片が体を貫通している。血はまだ流れ続けていたが、彼女が再び立ち上がる事はない。
「……………………どうして? ねえ、どうしてこんな事になったの?」
 物言わぬ母を前に、ミナが呟く。
「いつもどおりだったんだよ。おはよーって挨拶をして、みんなで一緒に朝ごはんを食べて、テレ
ビを見て、笑って、私が家を出るまで、いつもどおりだったんだよ。なのにどうして、どうしてこん
な事になっちゃったの? どうしてお母さん、死んじゃったの? ねえ、どうして? どうして、どう
して、どうして、こんな! お母さん、笑ってたのに! 元気だったのに! どうして!?」
 ダンは答える事が出来なかった。代わりにミナを抱きしめてやる。そっと、優しく。
「うっ……ううっ……うわわわわ……」
 ミナは泣き出した。ダンの胸の中で、涙を流した。
 ダンはタケシの死を報せなかった。今のミナに話しても、ショックを受けて苦しむだけだ。もう少
し落ち着いてから話そうと考えた。
 泣き続けるミナ。抱き締めるダン。工場を焼く炎はまだ収まらない。
 どうしてこんな事になってしまったのか?
 なぜ、あの二人が死ななければならなかったのか?
 それは敵が襲ってきたから。
 敵の名は……。
「ブルーコスモス……。許さん」
 ダンの心は静かにではあるが、高ぶっていた。泣き止まないミナの手を取り、再びハート・トゥ・
ハートに乗り込む。
「う、ううっ、ううううっ………」
 後部座席に座らされたミナは、まだ泣いていた。ダンは何も言わず、ハート・トゥ・ハートを飛ば
し、病院に戻る。
 病院の庭には、まだノーフェイスがいた。サンライトガンダムの足元で、空を眺めている。
 ハート・トゥ・ハートはノーフェイスの側に着陸した。だが、ダンはノーフェイスには眼もくれず、ミ
ナを機体から降ろす。
 ミナの涙は止まっていない。ダンは彼女の肩に手を置き、
「ここで待っていろ」
「えっ?」
「奴らを潰してくる」
 そう言ってダンはハート・トゥ・ハートに再び乗り込んだ。ミナが駆け寄ろうとするが、それより先
にキャノピーが閉じられた。
 ハート・トゥ・ハートは再び大空を舞う。ダンはサンライトに視線を向けた。いくつかのスイッチを
押した後、サンライトの背後に回る。
 サンライトの背部には大きな穴が空いている。ミナとノーフェイスが見守る中、ハート・トゥ・ハー
トは機首を折りたたみ、その穴に機首を差し込んだ。
 サンライト本体の眼が輝く。ハート・トゥ・ハートの操縦桿は、そのままサンライトの操縦桿となり、
機体の手足を動かした。
「ほう。サンライトを使いますか。では、ゲームに参加すると判断してもよろしいのですね?」
 ノーフェイスから通信が入る。
「ああ。やってやる」
「それは結構。ですが、本当によろしいのですか?」
「ああ。俺は自分が誰なのか知りたい。知らなきゃならない気がする。それに…」
 ダンはカメラアイ越しに市街地の方向を睨んだ。オーブ軍とブルーコスモスの戦いは、まだ続
いていた。
「許せない奴らがいる。人の国(いえ)に土足で入り込み、何の罪もない人たちを殺しておきなが
ら、自分たちが正しい事をやっていると思っている奴らだ。許せない。絶対にな!」
 その為に力を欲する。過去への渇望と本能的な怒り。それがダンを戦場に向かわせようとして
いる。
「悪くない理由ですね。では、ご存分に」
 ノーフェイスは恭(うやうや)しく一礼した。ダンは無視して、サンライトの飛行スイッチを入れる。
サンライトの腹部の銀色の回路が光り輝く。
「ああ、そうだ。許せない、絶対に……!」
 高ぶりのままに吠えるダンを乗せて、サンライトは飛び立った。そのスピードはネオストライクに
勝るとも劣らない。
 サンライトの後姿を見送るミナ。寂しかった。母だけでない、ダンまで自分の前から消えてしまう
気がした。
「私は……どうすればいいんだろう?」
 そしてノーフェイス。仮面のせいで素顔は見えないが、口調や様子から判断すると、どうやら喜
んでいるようだ。
「これで六人揃った。かつての最強、されど今は最弱。期待していますよ、ダン・ツルギ君」
 ダンは弱い? ハリケーンジュピターを倒したダンが弱い? しかし、ノーフェイスの言葉は真
実だった。この後、ダンは己の無力を知る。



 ブルーコスモス軍の旗艦『キャスバル』からMSが発進された。銀色に輝く105ダガー。『銀狼』
アレックス・サンダルフォンの専用機だ。
 105ダガーは、前大戦でキラやムウが乗り込んだMS、X−105ストライクの制式量産機であ
る。ストライク同様、各種強化パックを装備できる。
 サンダルフォンのダガーも強化パックを装備していた。だが、それはエール、ソード、ランチャ
ーのいずれでもない。
 IWSP
 Integrated  Weapon Striker Pack(統合兵装ストライカーパック)というその名のとおり、
エール、ソード、ランチャーの機能を併せ持つ、究極のストライカーパックである。
 だが、それゆえに使いこなす事は難しい。前大戦時に試作品がクサナギに搭載されていたの
だが、ムウもカガリも使いこなす事が出来なかった。それほどの難物なのだが、サンダルフォン
は厳しい訓練の末、このパックを使いこなせるようになった。
 IWSPパック装備のダガーの後には、銀色に塗られた十機のズィニアが姿を現した。最強の
パックを装備した自機と、忠実に動く十機の分身。その力でキラたちを倒すべく、サンダルフォ
ンは出撃しようとした。
 と、そこへ急報が入る。所属不明のMSが一機、高速でこちらに接近しているという。
 敵に気付かれないよう少数の兵で行動して、本陣を奇襲。戦術としては悪くない。だが、たった
一機で来るとは無謀すぎる。それとも、余程の自信があるのだろうか?
「試してみるか。偵察用のMSを出せ!」
 サンダルフォンの命令により、『キャスバル』からズィニアが発進された。数は三。頭部に特製
のカメラアイを取り付けた偵察機である。
 所属不明機はサンライトだった。向かってきた三機のズィニアに対して、ビームショットライフル
を構える。このライフルは通常のビームだけでなく、散弾のように拡散させたビームも発射でき
る。大軍を相手にするのに適した武器だ。
 ビームショットライフルの引き金が引かれる。二門の発射口の内、上部の発射口から閃光が放
たれた。ビームは一瞬で数十もの光線となり、ズィニアたちを貫く。三機のズィニアは回避も戦闘
もする間もなく、撃墜された。
「よし、いける!」
 予想以上に強力な武器の威力にダンは自信を深めた。そのまま一気に敵旗艦を落とすべく、
サンライトの速度を上げる。
 だが、ダンが撃墜した偵察機は仕事を成し遂げていた。ズィニアのカメラが写し取った映像は
撃墜される寸前に『キャスバル』に転送されていた。その映像を見たサンダルフォンは、ビーム
ショットライフルの威力に一瞬驚くが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「少しはやるな。だが、まだ動きが鈍い。そして、読み易い」
 適度に強いが、まだまだ未熟。サンライトは『獲物』としては最適の条件を満たしていた。
「前菜としてはちょうどいい。遊んでやる!」
 微笑むサンダルフォン。十機のズィニアを向かわせ、自分は後方から指揮を取る。
 十機のズィニアが、サンライトの前に立ち塞がる。
「何機来ようと!」
 サンライトはビームショットライフルをズィニアたちに向けるが、
「散れ!」
 サンダルフォンの指示を受け、ズィニアたちは瞬時に拡散。そして、円の陣形を組み、サンライ
トを包囲する。
 スピードはサンライトの方が上だ。振り切って包囲網を脱出しようとするが、それより先にズィニ
アたちが攻撃してきた。ビームライフルが一斉に火を吹く。
「ちっ!」
 かわそうとするが、全周囲からの同時攻撃だ。完全にはかわしきれず、何発か食らってしまっ
た。破損箇所は肩や足のバーニア部分。こちらの機動力を奪うつもりらしい。
 そして、サンライトの動きが止まったその隙に、サンダルフォンはズィニアたちに新たな陣形を
組ませる。
 二機ずつチームを組み、サンライトの正面から一チーム、背後から二チーム、そして上方と下
方からそれぞれ一チームが同時攻撃。二機の内、前方を行く一機がビームライフルで射撃。五
方向からのビーム攻撃をサンライトはギリギリかわした。しかし、体勢は大きく崩れた。その隙を逃
さず、後方にいたもう一機のズィニアが加速、ビームサーベルで切りかかる。
「やられて、たまるかあっ!」
 ダンの反応も早い。最初の斬撃を左腕の小型の盾で受け止め、残りの四機の攻撃はかわし
た。しかし、完全には避けきれず、肩を一部切られた。
「ほう、なかなかやるな」
 一連の戦闘を、サンダルフォンは楽しみながら見ていた。今、サンライトと戦っている十機のズ
ィニアには、彼が作ったプログラムが組み込まれている。サンダルフォンの戦闘パターンを再現
し、彼の意のままに動く忠実な人形たちだ。
 アレックス・サンダルフォン。『銀狼』の異名を持つ元地球連合軍のエースパイロット。銀色に塗
られた戦闘機やMSを操り、コーディネイターをも恐怖させた男。個人としても優れたパイロット
だったが、戦闘指揮官としても一流だった。敵の逃げ場をなくし、少しずつ弱らせた後に確実に
仕留める。冷酷無比なその戦法は、動物の狼が行なう狩りそのものだった。ゆえに『銀狼』。その
戦法は、現在も変わらない。いや、より冷酷に、そして隙の無いものとなっていた。
 逃げ場を塞がれたサンライトは、少しずつではあるが傷を負っていた。強力なビームショットラ
イフルも、発射しようと思ったその瞬間に敵が飛び込んできて、射撃の体勢を崩してしまう。どん
な強力な武器も、使う事が出来なければ意味が無い。
 使う事が出来ないのはライフルだけではなかった。腰に装備された大剣。接近戦を挑んでくる
ズィニアを迎え撃つため、鞘から抜こうとしたのだが、
「《シャイニング・エッジ》ヲ使用スルタメニハ、パスワードガ必要デス。音声入力シテクダサイ」
 というコンピューターボイスが響き、抜く事が出来ない。
 ライフルも剣も使えない。腹部の太陽電池のおかげでエネルギー切れの心配は無いが、それ
でもこのままでは……。
 打つ手無しのサンライトをズィニアが再び包囲する。そして、十の銃口が向けられた。
「終わりだ」
 狩りの終了を宣言するサンダルフォン。だがその時、『キャスバル』のオペレーターから急報が
伝えられる。
「前方よりMS接近! 数は四、もの凄いスピードです!」
 オペレーターがそう言い放つと同時に、四機のMSは戦場に到着した。
 ネオストライク1号機と2号機。そしてMA形態のイージス。イージスの背にはブリッツが乗って
いる。
「? あのMSは……ブルーコスモスと戦っているのか?」
 首を傾げるキラ。ルミナがディプレクター本部に問い合わせる。
「機体識別は不明。ディプレクターのでもオーブのでもないわね」
「でも、お姉ちゃん、あいつの手足、ネオストライクに似てない?」
「似ているんじゃない。あれは3号機の手足だ! 一体、どういう事だ? どうしてあのMSが奪わ
れた3号機の手足を…」
「アスラン、考えるのは後にしよう。まずはブルーコスモスを!」
 キラが号令する。三人は頷く。
 攻撃開始。ネオストライク1号機のビームサーベルが、2号機のビームライフルが、イージスの
《スキュラ》が、ブリッツの《ケルベロス・ファング》がサンライトを取り囲んでいたズィニアたちを撃
墜する。どんなに強固な包囲網も、外部からの攻撃には無力だ。
「ちいっ、キラ・ヤマトめ! アスラン・ザラめ!」
 奥歯を噛み締めるサンダルフォン。ディプレクター最強の戦力がここに来たという事は、オー
ブに上陸した戦力は壊滅状態になったと考えるべきだろう。事実、オーブ本島に上陸したズィニ
アたちからの信号は、かなりの数を減らしていた。
 いくらリヴァイアサンでも、戦艦だけでMSの相手をするのは分が悪い。後続のオーブ軍が来
たら、ひとたまりも無いだろう。
「全軍、撤退! 無人機どもは置いていけ。どうせ捨て駒だ!」
 サンダルフォンは素早く指示を出す。組織の長は決断を早くな下さなければならない。残った
ズィニアに足止めをさせ、自分は母艦に戻る。決断も早いが、逃げ足も速い。
 オーブ軍やディプレクターも追撃を行なうが、敵の方が速かった。サンダルフォンの乗る『キャ
スバル』などの主力艦隊は見事に逃げ延びた。



 戦いを終えたキラたちは、サンライトの側に集まった。サンライトは海上を亡霊のように飛んで
いた。キラたちは慎重に近づく。
 サンライトの操縦席で、ダンは震えていた。
 命がけの戦いはこれが初めてではない。ハリケーンジュピターやサンダービーナスとの戦いも
そうだった。
 いや、違う。あの時とは全然違う。
 ハリケーンジュピターとの戦いは、『戦い』とはいえなかった。『ガンダム』への憎悪に心を支配
されて、無我夢中で拳を振るい、奇襲に動揺した敵に当たった。それだけだ。
 冷静に戦術を立てる敵に対しては、何も出来なかった。完敗だ。キラたちが来なければ、確実
に殺されていただろう。
 自分の未熟さと弱さを思い知らされた。それが悔しい。自分が許せない。怒りの感情が湧き上
がってくる。
「そこのMS、応答しろ」
 アスランからの通信が入る。だが、失意と怒りのどん底にいるダンの耳には届かない。
「通信回線を開いていないのか? 応答しろ」
 うるさい、と思った。顔を上げてモニターを見る。ネオストライク2号機の顔が映っていた。
 ネオストライクの顔を見た途端、ダンの心がざわめいた。
 ガンダムの顔がある。憎いガンダムが、目の前にいる。
 いや、違う。あれは敵ではない。俺を助けてくれた。
「聞こえていないのか? おい、返事を…」
 イライラする。頭が痛い。心が痛い。
 何かを思い出せそうな、でも、何も思い出せない。その奇妙な感覚が、余計に自分をイラつか
せる。
 生死の境を見た恐怖と、卑劣な敵に敗北した事への怒り。そして、蘇りそうで蘇らない記憶へ
の苛立ち。ダンの心は極めて不安定な状態になっていた。
 モニターを見ると、2号機がこちらに近づいてくる。返事をしないこちらの様子を心配したのだろ
う。だが、今のダンに『ガンダム』を近づけてはならない。
「!」
 サンライトのビームショットライフルが火を吹いた。
 強烈なビームが、2号機の頭部を吹き飛ばす。
「!」
「なっ…」
「ア、アスラン様っ!!!」
 様子を見ていたキラとルミナは驚き、カノンが悲鳴を上げる。
 頭部を失った2号機は、バランスを崩し、海に落ちていった。
「アスラン!」
 キラが呼びかけるが、アスランからの返事は無い。気絶しているのだろうか。
「き、君は、どうしてこんな事をするんだ!」
 キラはサンライトを睨む。彼は本気で怒っていた。対するダンからの返答は、
「…………ガンダムだからだ」
「えっ!?」
「ガンダムは俺の敵だ。だから倒す。俺は、その為に俺は……」
 呟き続けるダン。かなり混乱しているようだ。
「訳の分からないこと、言ってるんじゃないわよ! よくもアスラン様を!」
「待ちなさい、カノン!」
 ルミナの静止も聞かず、カノンのブリッツはサンライトに襲い掛かった。足場にしていたイージス
から飛び立ち、《ケルベロス・ファング》を放とうとするが、
「キャアアアア!」
 突然の衝撃。バランスを崩したブリッツは、ネオストライク2号機と同様、海に落ちていった。
「カノン!」
「レーダーに反応、上から!?」
 キラは上空を見る。肉眼で確認できるギリギリの距離、雲の間を巨大な戦艦が飛んでいる。そ
の姿はリヴァイアサンに酷似しているが、リヴァイアサンより一回り小さい。今までレーダーに反応
しなかったという事は、あの艦もミラージュコロイドを搭載しているのだろう。
 謎の戦艦の甲板には、一機のMSが立っていた。コンピューターで機種を照合する。連合製
の長距離支援用MSバスターダガーだ。
「あそこから撃ったのか?」
 海の方を見ると、ネオストライク2号機とブリッツが浮いている。ブリッツが破損したのは《ケルベ
ロス・ファング》のみだった。武器だけを正確に破壊した。偶然とは思えない。バスターダガーの
パイロットは、恐ろしいまでの凄腕だ。
 キラもルミナも動けなかった。迂闊に動けば撃たれるだろう。動くに動けない、不気味な緊張感
が辺りを包む。そんな中、ダンのサンライトに通信が入る。
「君の戦いぶり、見せてもらったよ、ダン・ツルギ君」
 ノーフェイスの声だ。今のダンが一番聞きたくない声。
「敗北、おめでとう。生存、おめでとう。キラ君たちには感謝しないとね」
「………………」
「この艦に乗りたまえ。今日からこの艦が、君たちの家となる。そう、全てはこれからだ。これから
始まるのだ」
「………………」
 ダンはノーフェイスの指示に従った。考えるのも苦しかった。休みたかった。
 サンライトを収容した謎の艦はミラージュコロイドを展開、姿を消した。
消え行く艦をキラは苦々しげに見送った。あのMSとパイロット、助けてやった恩も忘れて、アスラ
ンを撃った。許せない。次に会った時は……!



 サンライトが収容された艦、オケアノスは元々ダブルG軍団の無人輸送船だった。戦後、ノー
フェイスが所属する組織が手に入れ、人が乗れる艦として改良したのだ。
 サンライトを格納庫に収めたダンは、ノーフェイスに出迎えられた。
「無様な戦いでしたね」
 ノーフェイスはストレートに言った。ダンは反論できない。何も出来ず、敵に翻弄されるだけ。
本当に無様な戦いだった。
「まあ、そんなに落ち込む必要はありませんよ。君は強くなる。それは保障します」
「………………昔の」
「はい?」
「昔の俺は強かったのか? 記憶を失う前の俺は強かったのか?」
 「そうです」という心地よい言葉を期待して、質問するダン。だが、ノーフェイスは冷たい口調
で、
「それを聞いてどうする? 自分を慰める材料にでもするのかね? お止めなさい。虚しくなるだ
けですよ。戻らぬ過去を思うより、今の自分を強くするための努力をすべきです」
 と、正論で答えた。ダンは何も言い返せなかった。
 二人は艦橋にやって来た。そこには、見覚えのある人物がいた。
「ダン!」
「ミナ?」
 驚くダンの胸に、ミナが飛び込んできた。涙まで流している。
「おやおや、熱いねえ」
 艦長席に一人の男が座っていた。髪は短くまとめられた金髪。顔立ちは美形だが、どこか油断
のならない雰囲気を漂わせている。
 男の隣には、更に二人の人間が立っていた。青く短い髪と瞳が特徴的な無表情な美少女と、
長い黒髪を後ろでまとめた若い男。
「あんまり見せ付けてくれるなよ。俺はともかく、ルーヴェの奴は女日照りなんだからな」
 金髪の男がそう言うと、黒髪の男が顔を赤くして、
「人聞きの悪い事を言わないでください、オルガさん。これでも、それなりにモテるんですから」
 と反論する。しかし今度は青い髪の少女が、
「確かにルーヴェさんはモテますね。でも、振られるのも速いから、あまり自慢にはなりません。ち
なみに最短記録は三時間と十二分です」
 と厳しい一言。ルーヴェと呼ばれた男は、少し落ち込んだ。
「あんたたちは?」
 とダンが訊くと、彼らの代わりにノーフェイスが答える。
「彼らは傭兵部隊カラミティ・トリオ。君のサポート役として雇いました。彼らに鍛えてもらい、彼らと
共にこれからのゲームを戦い抜いてください」
「こいつらと一緒に? 他人の力を借りても良いのか?」
「構いません。ゲームのルールは唯一つ、『戦って勝て』。それだけです。どんな手段を使っても
良し。他人の手を借りても構いません。もっともそれは、君だけではありませんけどね」
 他の連中も、他人の手を借りてもいいという事だ。
 ダンは唾を飲み込む。どうやらこのゲーム、予想以上に困難なものになりそうだ。



 中南米、パナマ上空。
 一隻の戦艦が、誰にも知られる事無く飛んでいる。ダンたちが乗っているオケアノスの同型艦
だ。
 艦の名は『ゴールデン・ゲート・ブリッジ』。この艦のただ一人の乗員であるステファニー・ケリオ
ンが付けた名前だ。
 ステファニーは一枚の写真を見る。つい先程、ノーフェイスから電送されてきたダン・ツルギの
写真だ。同時に送られてきた文書には、彼が正式にゲームに参加した事と、近日中にゲームが
始まる事が書かれていた。
「ふう……」
 ステファニーはため息をついた。そして、モニターに写る眼下の光景を見る。
 パナマ。大型のマスドライバーが設置された、地球連合軍の重要施設。二年前の大戦ではこ
の地を巡り、地球軍とザフトは激しい戦闘を繰り広げた。
 その戦いの中で、ステファニーは大切な人を二人も失った。悲しみと復讐の念に取り付かれた
彼女は、ザフトの兵士として戦い、多くのナチュラルを殺した。それが正義だと信じていた。死ん
だ二人も喜んでくれると思った。
 だが、彼女の正義は最悪の形で打ち砕かれた。自分の憎しみも悲しみも、ダブルGという悪魔
によって、戦火を広げるために作り出されたものだったのだ。
 憎悪の赴くままに戦い、人を殺した自分が恥ずかしかった。許せなかった。
 今、彼女はここにいる。そして戦う。今度こそ自分の意志で、自分の願いを叶えるために。
「…………」
 ステファニーはもう一度、ダンの写真を見た。
 この少年とは、既にオーブで会っている。強い目をした少年だった。しかし、こんな馬鹿げたゲ
ームに参加するような人間には見えなかったのだが……。
「バカな子……」
 ステファニーは笑った。悲しい笑顔だった。
 どんな理由があるにせよ、自ら死地に赴くなど、命を軽く考えているバカのする事だ。ステファ
ニー自身も含めて。
 彼は何のために戦うのだろうか? 余程の理由があるのだろうか?
 興味が沸いた。それに、彼の実力も知っておきたい。他の五人が凄腕なのは知っているが、こ
の少年の力は未知数だ。
「確かめてみましょう。私の『敵』となるほどに強いのか、それとも……」
 ステファニーは艦のコンピューターに指示を出す。目的地はオーブ近海。運が良ければ、ゲ
ームの開始前に出会えるだろう。運が悪ければ出会った瞬間に戦いになるだろうが、それはそ
れで良し。
「ダン・ツルギ。私を失望させないでね」
 わずかな期待を込めた口調でステファニーは呟いた。美しい主を乗せて、ゴールデン・ゲート・
ブリッジと名付けられた艦は、全速力でオーブに向かう。

(2004・7/5掲載)

次回予告
 哀しみと思い出の地を後にしようとするダンたちの前に、黄金の女神が立ちはだかる。
 ダンは戦う。失った過去を取り戻すため、そして、許せない敵を倒すために。
 ステファニーは戦う。忘れる事の出来ない、地獄のような過去を忘れるために。
 容赦なき雷撃を放つステファニー。決して退かないダン。過去という呪縛に囚われ、激
闘を繰り広げる二人。最後の一撃が放たれる時、失われるのは命か、それとも……。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「死を願う雷神」
 辛き記憶を乗り越えろ、サンダービーナス。

第6章へ

鏡伝2目次へ戻る