第4章
 剣(つるぎ)、目覚める時

 ネオストライク3号機。
 コクピットハッチが閉じられておらず、パイロットの姿を晒しているこのMSは、キラの1号機、ア
スランの2号機と共に開発された。現在はモルゲンレーテが所有しており、実験機として使われ
ている。1号機と2号機が使用不能となった際の予備機でもある。
 装備は貧弱。ビームライフルもシールドも無く、ビークルとの合体もパイロットの音声データが
取られていないので不可能。武器といえるのは頭部のバルカンと腰に差した二本の《アーマーシ
ュナイダー》のみ。
 対する敵はハリケーンジュピター。アスランのネオストライク2号機を始めとするオーブ・ディプ
レクターの混合MS部隊を、たった一機で圧倒している怪物だ。
「退け、3号機のパイロット! ロクな武器も持っていない今のそいつでは無理だ!」
 アスランは3号機のパイロットに通信で呼びかけた。戦闘力の差は歴然。このままでは、あのパ
イロットは殺されるだろう。だが、
「……………」
 3号機のパイロット、ダン・ツルギは何も言わない。沈黙したまま、目の前に立つハリケーンジュ
ピターを睨んでいる。黒い右眼も、金色の左眼も、異常なまでに輝き、激しい感情を宿している。
 自身の心の高ぶりに、ダン本人も戸惑っていた。
 なぜだろう。あのMSを見ていると、心が騒ぐ。体が震える。
 恐怖? いや、これは怒りだ。あのMSを見ていると、心の奥底から怒りの感情が湧き上がって
くる。
 なぜ怒る? ミナたちを苦しめている元凶だから?
 それもある。だが、それ以上に……。
「ガンダム……」
「!?」
 国際救難チャンネルで放たれたその単語は、アスランとノイズを驚かせた。
 アスランはその言葉を知っていた。彼の親友が、自分の乗機をそう呼んでいたから。
 ノイズも知っていた。口うるさい銀仮面が、自分たちに与えてくれたMSをそう呼んでいたから。
 それは、最強のMSに与えられる名前。
 それは、時代を変える宿命を背負った、巨大なる鋼の戦士。
 その名は、
「ガンダム! そう、貴様はガンダムだ!」
 激情に支配されたダンが叫ぶ。その眼の輝きは、更に強くなっていた。
「ガンダム、俺の敵、そして、この世界の敵! 倒す、お前は絶対に倒す!」
 ダンの叫びを受け、ネオストライク3号機が走る。腰の《アーマーシュナイダー》を二本とも抜
き、ハリケーンジュピターに正面から挑む。
「ちっ、ナメるな! 失せろ!」
 ノイズはハリケーンジュピターの大型ファン《テュポーンブレス》を回した。風速30mの突風が
放たれる。毒物は含んでいないが、大型台風並みの突風はそれ自体が強力な武器だ。加えて
3号機のコクピットは整備中で、ハッチを閉じる事が出来ない。コクピットは、この豪風をそのまま
受け入れてしまった。
「ぐっ…!」
 あまりの風の勢いに、ダンの髪は乱れ、息も出来なくなる。しかし、
「うおおおおおおおおおっ!!!!」
 風の勢いにも負けぬ大声を上げるダン。3号機のバーニアを全開にし、大きく横に飛んで、風
をかわす。
「逃がすか!」
 方向修正し、風を当てようとするノイズ。だが、ハリケーンジュピターが方向を変える前に3号機
は別の場所に移動していた。
「なっ?」
 速い。右に、左に、時に大きく、時に小さく飛び、相手を翻弄する3号機。蝶の様に舞うその動
きは一流のボクサーのフットワークのようだ。巨大なファンを背負い、細かい動作が苦手なハリケ
ーンジュピターでは、このフットワークについていく事は出来ない。
「な、何だと? クソッ!」
 焦ったノイズは、ハリケーンジュピターの右腕に装備された3連装52o超高初速防盾砲を放
つ。しかし、着弾寸前でかわされた。
「バカな! どうしてあんなに素早く動ける!?」
 驚くノイズ。そして、ネオストライク2号機のアスランも驚いていた。
「あの動き……。信じられない、俺やキラ以外に、あそこまでネオストライクを使いこなせる奴がい
るとは…」
 3号機のパイロットは軍服もモルゲンレーテの制服も着ていない。どこから入り込んだのかは知
らないが、一般人のようだ。それなのになぜ、ネオストライクをあそこまで自在に動かせるのか?
 キラやアスランでさえ、ネオストライクを完璧に使いこなすまでには相当な訓練をしているのに。
 アスランが驚いている間に、戦局が動いた。ダンは3号機のバーニアの出力を更に上げ、一気
にハリケーンジュピターの懐に入り込んだ。そして、
「くらえ、ガンダム!」
 手にした二本の《アーマーシュナイダー》をハリケーンジュピターの腹部に突き刺そうとする。
命中! しかし、刃は刺さらなかった。
「トランスフェイズ装甲か!」
 アスランが叫ぶ。かつてストライクやデュエルなどに搭載されていたPS装甲の強化版。ビーム
兵器以外の攻撃をほとんど無効化してしまう、恐るべき装甲だ。
「残念だったなあ。くらえ!」
 ハリケーンジュピターの腹部にある小型ファン《アイオロス》が回る。さすがのダンも、この至近
距離では避ける事は出来ない。強烈な風が、剥き出しのコクピットを直撃する。
「ぐっ!」
「お前に用は無いんだよ! そこでじっとしてろ!」
 ノイズは勝利を確信した。今、ダンに吹き付けた風には、オーブ軍を行動不能にした麻痺毒が
入っている。ノーマルスーツも着ていないダンに防ぐ手立ては無い。これで決着……、
「うおおおおおおおっ!!!」
 ではなかった。ダンは動いている。ナチュラルもコーディネイターも、人間なら例外なく麻痺さ
せて動けなくするはずの毒風を受けても、彼は動き、叫んでいる。
「な!?」
 毒が効かない事に驚愕するノイズ。その隙をダンは逃さなかった。3号機は素早くハリケーンジ
ュピターの背後に回りこみ、左の《テュポーンブレス》の柄を掴み取る。そして、そのまま後ろの方
向に力を込める。
「はあああああああっ!!!!」
 《テュポーンブレス》の柄に亀裂が入る。あまりに単純で、豪快な力技。いかに強固なTP装甲と
いえど「間接を逆方向に曲げれば折れる」という自然の法則には逆らえない。
「な、て、てめえ、離せ、離せ! やめろ、やめろ!」
 ノイズの叫びはダンには届かない。その直後に響く轟音。金属が力によって破壊された音。ハ
リケーンジュピターの最強武器《テュポーンブレス》は見事にへし折られ、地に落ちた。
 だが、ダンは攻撃の手を緩めない。3号機は即座に右の《テュポーンブレス》を掴み、これもへ
し折った。
「ぐうっ!」
 バランスを崩し、倒れるハリケーンジュピター。ダンの3号機は更なる攻撃を加えようとするが、
「もういい、やめろ!」
 アスランのネオストライク2号機が乱入。3号機を背後から押さえ込んだ。これ以上、攻撃させた
ら、ハリケーンジュピターのパイロットも無事ではすまない。奴には聞きたい事が山ほどあるの
だ。
 そして、傍観していたオーブとディプレクターのMSたちも動き出した。M1アストレイやゲイツが
無力化されたハリケーンジュピターを取り囲み、ビームライフルを突きつける。
「くっ、こ、こんな、バカな……」
 唇を噛み締めるノイズ。悔しいが、最大の武器を失ったハリケーンジュピターに逆転の手は無
い。
 戦いは終わった。
「よし、パイロットを捕縛しろ。そして…」
 部下に指示を出すアスラン。だが、
「邪魔を、邪魔をするなあ!!!!」
 ダンの戦いは、まだ終わっていなかった。3号機は2号機の手を振り解き、ハリケーンジュピタ
ーに襲い掛かる!
「ガンダム、ガンダム、ガンダム! 許さない、絶対に許さない!」
 怒りと呪いの言葉を叫びながら、ダンはハリケーンジュピターを狙う。M1たちも止められぬほ
どの勢い。アスランの2号機が後を追うが、追い付けない。
「な、何だ、何だ、あいつは!?」
 迫り来る敵に、ノイズは恐怖した。何なんだ、あいつは? なぜ、あいつはあんなにも俺を憎
む? いや、違う。憎んでいるのは俺じゃない。このMSだ。ガンダムだ。でも、一体なぜ?
 混乱している間に、3号機はハリケーンジュピターの目前に迫った。その手には、どさくさに紛
れて入手したM1のビームライフルが握られている。銃口がハリケーンジュピターの腹部に向け
られた。
「死ね、ガンダム!」
 別れの言葉を告げるダン。誰もがハリケーンジュピターの最後を確信したその時、
「!?」
「なっ……」
 ダンたちの前に、天より女神が舞い降りた。
 黄金色に輝く機械仕掛けの女神。その姿に、ダンもアスランも、その場にいた全ての者が驚い
た。頭部に三本の角を持ち、ネオストライクよりも華奢で、女性的な体型。MSとは思えないほど
に美しい。黄金色の輝きが嫌味にならず、このMSの美しさを引き立たせている。MSは戦うため
に生まれた『兵器』であるはずなのに、この黄金のMSは『兵器』というより『芸術品』であった。
 いや、一箇所だけ美しくない部分がある。右足だ。白と青と赤に塗り分けられたその足は、女
性的なMS本体とは違い、男性的なフォルムである。よく見れば、左右の違いこそあれ、ハリケ
ーンジュピターの左足と同じ色合い、同じ形状をしている。
 右足に違和感を感じるものの、それでもこのMSは美しかった。まさに女神。その姿に全員が
息を飲んだ。ただ一人を除いて。
「……………ガンダム!」
 新たな敵の出現に、ダン・ツルギが吠える。標的をハリケーンジュピターから黄金のMSに変更
し、ビームライフルの引き金を引いた。閃光が黄金のMSを直撃する。しかし、
「!? なっ、何だと……?」
 驚き、絶句するダン。黄金のMSには傷一つ付いていない。
「ラミネート装甲だと? しかもあれほど強力なものを、MSに搭載しているというのか!?」
 アスランも驚いた。常識では考えられない事だったからだ。
 ラミネート装甲とは、かつてキラたちが乗っていた地球軍戦艦アークエンジェルにも搭載されて
いた特殊装甲である。ビーム攻撃を受けると、そのダメージを熱エネルギーに換算して廃熱。ビ
ームによる攻撃を、ほぼ無効化する。
 連合のMSバスターダガーなどにも搭載されているが、この黄金のMSのラミネート装甲は通
常のものを遥かに上回っていた。ビームライフルの直撃を完全に無効化するほどに強固な装甲
など、アスランの知る限りでは見た事も聞いた事も無い。
 黄金のMSが動き出した。その動きは速く、人間の視覚では捉えきれない。わずかに見えたそ
の動きは、まるで舞を舞うかのような優雅な、それでいて無駄の無い動作だった。一瞬で3号機
に接近し、黄金色の左足を振り上げる。足の先端には鋭く光る大型のナイフが装備されており、
その刃で3号機の右腕を切り落とした。
「なっ!」
 TP装甲により、刃による斬撃は無効化されるはずだ。だが、黄金のMSのナイフは、その常識
を破った。左腕に続いて右腕、右足、そして左足。わずか数秒で、ネオストライク3号機の四肢は
切り落とされてしまった。
「うわっ!」
 支えを失い、3号機の胴体は地に落ちる。
 黄金のMSは次にオーブ軍に狙いを定めた。十本の指先からアンカー付きのワイヤーを発
射。鋭いアンカーがM1やゲイツたちの胴体を貫く。アンカーによる傷は小さく、さほどのダメー
ジは無い。しかし、直後にワイヤーから強烈な電流が伝わる。その電流は、耐電装備をしている
はずのM1たちが一瞬で機能停止にされてしまうほど強力なものだった。
 十本のワイヤーは一旦収納され、再び放たれた。今度の標的には、アスランの2号機も含まれ
ている。
「くっ!」
 アスランは動き、ワイヤーから逃れようとする。しかし、相手はこちらの動きを完全に読んでい
た。バックパックの翼にアンカーが突き刺さる。そして、電撃。
「うわああああああっ!!」
 アスランの肉体にも電撃が伝わる。予想以上に強力。耐電装備をしていなければ感電死して
いただろう。それでも、強烈な電撃を完全に遮断する事は出来ず、2号機は動けなくなってしま
った。
『つ、強い……』
 MSも、それを見事に操るパイロットも半端ではない。一体、何者なのか?
 全てのMSが電撃によって動けなるまで、さほど時間は掛からなかった。煙を出して倒れてい
るMS達を踏み越え、黄金のMSはハリケーンジュピターに近づく。
「無様ね、ノイズ君」
 黄金のMSから、国際救難チャンネルで通信が送られる。ダンやアスランの耳にも飛び込んだ
その声は、女性のものだった。
「私とこのサンダービーナスが来なければ、大変な事になっていたわよ。ゲーム開始前にリタイ
ヤするつもり?」
「ケッ、余計な事をしやがって。助けてくれなんて頼んでないぞ!」
「強がりはみっともないわよ。まあ、ルールを守って、一般人を殺さなかったのは立派だけど」
「楽しみは後に取っておくタチなんだよ。ゲームが始まったら殺してやるさ。ああそうだ、殺して、
殺して、殺し尽くしてやる! 十三年間、俺が味わってきた苦しみと地獄を、世界中の人間に味
合わせてやる!」
 ノイズの言葉には狂気と怒りが込められていた。その言葉を聞いたサンダービーナスのパイロ
ットは、ふうっ、とため息をついた。助けた事を少し後悔しているようだ。
「まあ、いいわ。目的の物は手に入れたんだし、引き上げましょう」
 サンダービーナスは、先程切り落とした3号機の右腕と左足を掴み取った。
「ふん、分かってるよ。仕事はキッチリやるさ」
 ハリケーンジュピターも立ち上がり、3号機の左腕と右足を掴んだ。
 それと同時に、上空に巨大な物体が現われた。戦艦だ。ミラージュコロイドで隠れていたのか。
「あれは……リヴァイアサン!?」
 かつての敵の戦艦の出現に、アスランは驚く。いや、よく見れば少し違う。リヴァイアサンよりも
小型だし、武器は装備されていないようだ。輸送艦だろうか?
「それじゃあ、引き上げましょ…」
「待て!」
 立ち去ろうとしたサンダービーナスを呼び止める声。3号機のコクピットから出て来たダンが、
黄金の女神を睨んでいる。
 しばしの沈黙の後に、サンダービーナスの腹部が開く。そして、ヘルメットで顔を隠し、ノーマ
ルスーツを着た女性が現われた。スーツもヘルメットも金色だ。趣味だろうか?
 ダンは謎の女性を睨む。金と黒の瞳には、今まで以上に激しい感情が込められている。怒りと
憎しみ、そして、決して揺るがぬ闘志と決意。
「お前がどこの誰か、俺は知らない。だが、ガンダムに乗っている以上、お前は俺の敵だ。だか
ら倒す、必ず!」
 激情のままに叫ぶダンに、女性は落ち着いた声で問う。
「そう。でも、どうしてそんなにガンダムを憎むの?」
 その質問に対して、ダンはサンダービーナスとハリケーンジュピターを見上げる。そして、その
顔を睨み、
「ガンダム……。俺には分かる。何も覚えていないが、俺には分かる。その名、その眼、その角、
その腕、その顔、そしてその全てが! 存在しちゃいけないんだ!」
 と、叫んだ。
「そう。だったら、私たちはまた戦うかもしれないわね。あなたの名前は?」
「ダン。ダン・ツルギ」
「ふうん。いい名前ね」
 そう言って女性は、ヘルメットを脱いだ。そこから現われたのは、黄金のMSに勝るとも劣らぬ
ほどの美を備えた女の顔。風に舞う長い銀髪は、その美しさ故に見る者から言葉を奪い、サファ
イアのように青く輝く瞳は、ダンの金と黒の瞳をじっと見つめている。
「私の名前はステファニー・ケリオン。次に会う時を楽しみにしているわ」
「……ああ。俺もだ」
 短い言葉を交わし、男と女は別れた。空高く昇っていくサンダービーナスとハリケーンジュピタ
ーを見送った後、ダンはその場に倒れた。薄れ行く意識の中で、一人の女性の顔を思い浮か
べた。それはミナのようであり、ステファニーのようでもあった。



 光無き闇の世界。そこに五つの人影が立っていた。その一つ、一切の装飾の無い銀仮面を被
った男が声をかける。
「ご苦労だった、ノイズ君、ステファニー君。記録映像も見せてもらったが、二人ともなかなかの活
躍。さすがは私が選んだパイロットだ」
「ふん」
 ノイズは皮肉を言われたと思ったのか、不機嫌そうに鼻を鳴らした。それが聞こえなかったの
か、あるいは無視したのか、銀仮面の男、ノーフェイスは話を続けた。
「これでゲームの準備はほぼ整った。サンライトの完成と調整が終了次第、いよいよゲームを開
始する」
 ノーフェイスのその言葉に、ステファニーとノイズ、そして残りの二人の表情が変わる。
「そう。随分と待たせてくれたね。でも、これで退屈な日々ともオサラバ。楽しませてもらえそうだ
わ」
 アクアマーキュリーのパイロット、《独眼竜》レヴァスト・キルナイトは不適に微笑み、
「……………」
 マーズフレアのパイロット、クルフ・ガルドーヴァは眼を輝かせながらヨダレを垂らし、
「へっ、ようやくかよ。待ちくたびれたぜ。これで思う存分、殺せるわけだ!」
 ハリケーンジュピターのパイロット、ノイズ・ギムレットは心から喜ぶ。
 だが、サンダービーナスのパイロット、ステファニー・ケリオンは、他の三人とは違う反応だっ
た。眼を伏せ、気付かれないように小さくため息をつく。
「六人揃っていないのに、始めるの? このゲームには六人のパイロットが必要なんでしょう? 
どこかへ行っているゼノン君はともかく、六人目が見つかっていないのに始めてもいいの?」
「ふむ。その疑問はごもっとも」
 ステファニーの質問に、ノーフェイスが答える。
「ゼノン君は『仕事』が終わってないし、終わってもここに帰って来るまで、時間が掛かる。だがこ
れ以上、諸君や大総裁を待たせるのも忍びないので、取りあえず彼抜きで始める事にした。大
総裁からもゼノン君からも了承は得ている。それに…」
 巨大なモニターが天井から降りてきた。それはちょうどノーフェイスの背後で止まった。
「六人目なら見つけたよ」
 パチン、と指を鳴らす音が空間に響く。同時にモニターに映像が映し出される。それは先日、
オーブでサンダービーナスとハリケーンジュピターが活躍した際の記録映像の一部。ステファニ
ーたちと戦い、名乗り合った少年の顔がアップにされる。
「ダン・ツルギ。彼が六人目だ」
 レヴァストとガルドーヴァの眼が輝く。獲物を見つけた狩人の眼だ。ノイズも一瞬驚いた後、不
気味に微笑む。オーブで受けた屈辱を返せる、いい機会だと思ったのだろう。ただ一人、ステフ
ァニーは違った。
「本気なの? 何の関係も無い一般人をゲームに引きずりこむなんて…」
 当然の疑問である。しかし、ノーフェイスは冷静に答える。
「関係が無い? いや、違う。彼は立派な関係者だよ」
「えっ!?」
「彼については、私の方でも探していたのだよ。まさかオーブにいたとはね。それにしても…」
 ノーフェイスはモニターに顔を向ける。場面はダンが自分の名を名乗っているところだった。
「ダン・ツルギ……。この名を名乗るという事は、どうやら彼は記憶を失っているようだ。過去の事
を覚えていたら、とてもこの名は名乗れんだろう」
 そう言うノーフェイスの声には、少しだけ哀れみのような感情が込められていた。しかし、すぐに
その感情は消え、いつものノーフェイスの声に戻る。
「これも運命というべきか。やはり彼は私たちからは逃れられないようだ。そう、彼は戦うしかな
い。我々と、そして、己の運命と! 戦ってもらうぞ、ダン・ツルギ! そして、敗北するがいい。
無様に、屈辱的に、決定的に敗北する! それが私たちに、偉大なる大総裁に牙を向いた者の
宿命なのだ!」



 ハリケーンジュピターの襲撃から三日が過ぎた。モルゲンレーテの施設はいくつか破壊され、
3号機も手足を持っていかれた。それでも人的被害はゼロで、麻痺された人たちも一日で元に
戻った。
 見た目には元の平和な国に戻ったように見える。しかし、人々の心には、未知の敵に対する不
安と恐怖が渦巻いていた。
 被害者の一人であるミナ・ハルヒノの心も深く沈んでいた。いや、彼女の場合、沈んでいる理
由が普通の人たちとは少し違うのだが。
「はあ……」
 工房の事務所でため息をつくミナ。
「ダン君、どうしているんだろう?」
 これが彼女の気持ちを沈ませている原因である。
 ハリケーンジュピター、サンダービーナスとの戦闘の後、気絶したダンはオーブ軍の病院に運
び込まれた。そこで最先端の治療を受けているのだが、三日経っても意識が戻らない。診察の
結果、大きな外傷は無いし、肉体的には何の問題も無し。それなのに目覚めない。
 しかも今のダンはオーブ軍の監視下に置かれ、面会すら出来ない。お見舞いに行っても門前
払い。ダンの容態については一応説明されたが、それでも不満や不安が消えたわけではない。
「ダン君……。会いたいよお……」
 ため息をつきながら、ミナはダンの事を考える。詳しい事は分からないが、彼は自分たちを救
ってくれた。お礼が言いたい。会いたい。顔が見たい。でも、その願いは叶わない。
「嫌いよ……。ダン君に会わせてくれない軍も、ディプレクターも」
「ほっほっほ。恋する乙女の身勝手な理屈。いや、結構、結構」
「!?」
 聞いた事のない声に驚くミナ。事務所の玄関に、杖をついた一人の老人が立っていた。優し
い眼をしており、顎からは長く立派な白ひげを生やしている。
「あ、い、いらっしゃいませ! 何か御用でしょうか?」
 父タケシは先日の事件の治療のため、病院に行っており、母シェーナはその付き添い。今、工
房にいるのはミナだけだ。責任重大、お客様を逃がすわけにはいかない。そう気を引き締めるミ
ナに、老人は微笑んで、
「いや、ワシは客じゃない。ここにダン・ツルギという男がいると聞いて、来たんじゃ。会わせてもら
えんか?」
「えっ!?」
 突然の来訪者が唱えた名前に、ミナは驚いた。
「お、お爺さん、ダン君の事を知っているんですか?」
「知ってるも何も、あいつはワシの孫じゃよ」
「…………えーーーーーーーーっ!!!!!」
 更に驚いたミナに、老人は語った。老人の名はシンゲン・ツルギ。オーストラリアに住んでい
る。ナチュラルではあるが一流のMS技師として、名の知れた人物らしい。ダンは彼の孫で、幼
い頃からMSの整備や操縦をさせていた。
 ところが十数日前、ダンと些細な事から大ケンカ。試作品として作った戦闘機にダンが乗り込
み、そのまま飛んでいってしまった。その後、軍のツテを頼り、必死になって探していたところ、こ
の前の事件を聞き、そこで活躍したというダンの名を知ったのだ。
 ミナはダンの今の状況を説明した。意識が戻らない上、軍に監視され、半ば監禁状態にある
事も。その話を聞いたシンゲンは顔を赤くし、
「ワシの孫になんて事をするんじゃ! 許せん、絶対に助けなくては!」
「で、でも、助けるってどうやって?」
「『ハートトゥハート』を使う」
「えっ?」
「ダンの乗ってきた戦闘機の事じゃ。あれはどこにある?」
「も、森の中です。私が案内します!」
 張り切るシンゲン。ミナもダンの事が気がかりだったし、軍にもディプレクターにもいい印象を持
っていなかったので、シンゲンを止めようとはしなかった。二人は作業用MSを使って、ダンが乗
ってきた戦闘機を工房に運び、こっそり修復する事にした。
 夕方になって、タケシとシェーナが帰って来た。ミナとシンゲンは、戦闘機をスクラップの山の
奥に隠した。二人に迷惑をかけたくなかったのだ。シンゲンは戦闘機ハートトゥハートのコクピッ
トに隠れ、タケシたちに気付かれること無く、修理を進めた。
 ハートトゥハートは思ったより損傷が少なく、ミナの奮闘もあり、意外に早く修復出来た。その
後、ミナとシンゲンはダンの救出作戦を打ち合わせた。慎重かつ大胆な作戦が練られる。
 シンゲンの来訪から一週間後。作戦開始の時が来た。



 オノゴロ島に一隻の船が入港した。多数の物資と共に一人の男が降り立ち、迎えに来た男と硬
い握手を交わす。
「久しぶりだな、キラ」
「アスランも、元気そうだね」
 先の大戦では時に敵として、時に味方として戦い抜いた親友たちは、一年ぶりの邂逅を果たし
た。
 船に積まれていたネオストライク1号機は、モルゲンレーテに移送された。キラが設計したストラ
イクビークル6号機【キリサメ】がいよいよ製造開始となり、合体時に必要な本体のデータを抽出
するのだ。
 ネオストライクを見送った後、キラとアスランは運転手つきの車に乗り、オーブのディプレクター
本部に向かう。
「またラクスとはすれ違いになったな」
「うん。でも、仕方ないよ。彼女も忙しいからね」
 ラクスは二日前にオーブを後にしていた。ブルーコスモス、リ・ザフト、そして第三の組織の暗
躍。それらに対応するため、彼女は世界中の人々に協力を呼びかけ、飛び回っている。
 車はオノゴロ島を出て、オーブ本島に入った。二人の話題は、十日前の襲撃事件に変わって
いた。
「その二体のMSの消息は?」
「ダメだ。母艦がミラージュコロイドで完全にステルス化されていて、オーブのレーダーでも捉えら
れなかった」
「正体不明か。でも、ブルーコスモスやリ・ザフトの手口じゃないね」
「ああ。奴らなら麻痺ガスなんて使わず、猛毒を使うだろう。それに使用されたガスは、俺たちの
常識を越えている代物だ。潰れかけの組織に作れるような物じゃない」
 ダンの3号機がへし折った《テュポーンブレス》から、ハリケーンジュピターが使用した麻痺毒の
成分が検出された。それは恐るべき物だった。
 この毒は元々は液体で、これを蒸発させ、気体として風に含ませる。だが、この物質は気体に
なりながらも液体の性質も備えている。固体でありながら液体の性質も持つ水銀という金属がある
が、これと似た様なものだ。水が大地に染み込むように、この気体も他の物質に染み込む。その
浸透率も異常だ。なんと、陶器や金属にまで染み込むのだ。
 この毒ガスの前では防毒装備は一切役に立たず、あらゆる宇宙線を遮る宇宙服や、機密性に
優れたMSの装甲にも染み込み、毒を撒き散らす。これを防ぐ事は、現在の科学では不可能。
この毒そのものが現代科学のレベルを超えている。
「この毒を作った奴は、間違いなく天才だ。いや、そんな在り来たりな言葉では生温い。頭脳もそ
うだが、こんな恐ろしい毒を造ったその精神も恐ろしい。悪魔と言ってもいいだろう」
 アスランは怒っていた。人を殺すための道具を作った者にも、それを平然と使用する者にも。
「そうだね。ところで、その風車つきのMSを倒した人って、まだ眠っているの?」
「ああ。十日間、眠りっぱなしだ。色々聞きたい事があるんだが……」
 ダンは未だ眠りの中にあった。医者の話では、極度の疲労が原因らしい。
 それでも、十日間も眠り続けるのは異常だ。心配したディプレクターは彼の体を少し調べた。
肉体は普通のナチュラル。だが、筋肉や神経が普通のナチュラルより発達している。これが先天
的なものか、人工的なものなのかは不明。詳しく調べれば分かるかもしれないが、本人の了承も
無しにこれ以上の調査は出来ない。
「ダン・ツルギか……。僕も聞きたいよ。『ガンダム』の事とか、どこでMSの操縦を学んだのか」
 特にガンダムについては興味がある。キラしか使っていないその呼び名を、彼はどこで知った
のか? そして、なぜ憎むのか?
「モルゲンレーテを襲ったMSは、第三の組織の物なんだろう? それと戦ったという事は、ダン
って人は僕たちの味方かな?」
「結論を出すのは早い。全ては彼が目覚めてからだ。彼の事も、第三の組織、サードユニオンに
ついてもな」
 アスランはそう言ったが、情報についてはあまり期待していなかった。事件後に事情聴取した
ハルヒノ家の人たちの話では、ダンは過去の記憶を失っているという。サードユニオンのMSと
戦ったのも、本能的な感じだった。
 彼とサードユニオンに何らかの関わりがあるのは、間違いないだろう。だが、それが何なのかが
分からない。その謎が解ければ、謎の組織に一歩近づけるかもしれない。
 二人を乗せた車は、ディプレクター本部に着いた。と同時に、本部内に警戒警報が鳴り響く。
「!?」
「何だ?」
 驚くキラとアスランの耳に、緊急事態を告げるアナウンスの声が飛び込む。キラたちと共にアー
クエンジェルに乗っていた少女、ミリアリアの声だ。懐かしい声だが、その内容は人々を戦慄さ
せるものだった。
「オーブ近海にブルーコスモスの戦艦とMS群が接近、機種はズィニア、数はおよそ百! MS
部隊は直ちに出撃準備をしてください! 繰り返します、オーブ近海に…」
「アスラン!」
「ああ、俺の2号機もモルゲンレーテで整備中だ。戻るぞ!」
 二人は車に戻った。そして、車をモルゲンレーテに向かって走らせた。
 同時刻、オーブ南西に現われたブルーコスモスの艦隊は、オーブへの無差別攻撃を宣言。リ
ヴァイアサン三隻とAMS(オートモビルスーツ)ズィニア百二十機による総攻撃に乗り出した。
「我が新生ブルーコスモスの力を見せ付けてやる! 青き清浄なる世界のために、愚劣なるオ
ーブを抹殺しろ!」
 リヴァイアサン三十二番艦『キャスバル』に乗るブルーコスモス盟主アレックス・サンダルフォン
が狂声を上げる。迎え撃つオーブ軍とディプレクターの合同部隊。壮絶なる戦いの幕が開く。



 騒がしい病院の一室で寝ていたダンは、眼を開けた。十日ぶりの目覚めだが、本人には、そ
んなに長い間寝ていたという自覚は無い。
 夢を見ていたような気がする。だが、どんな夢なのかは思い出せない。
 騒がしく動き回る医者や看護士たちの眼を掻い潜り、ダンは病院の庭にやって来た。美しい花
が咲き誇り、見る者の心を和ませる。ダンの心も穏やかなものになっていく。自然に優しい笑顔
が浮かぶ。十日前、激情のままに戦っていた彼とは別人のようだ。
「ダン君、こんな所にいたの?」
 突然の背後からの声に振り返ると、そこには見覚えのあるような無いような、微妙な人物が立っ
ていた。着ている服は看護士の物だが、その顔はどこかで見たような……?
「あ、ミナか。そんな格好で何しているんだ? コスプレか?」
 記憶を無くしているくせに妙な『知識』はある。とことんマイペースなダンにミナは少し呆れ、変
わっていない事が少し嬉しかった。
「あなたを助けに来たのよ」
「俺を助けに?」
 これはシンゲン老人のアイデアだった。看護士に変装したミナ(制服はシンゲンが提供)が病
院に潜入し、ダンを外に連れ出す。そして、待っていたシンゲンの車に乗せて脱出。という計画
だったのだが、病院は今、ブルーコスモスの襲来でパニック状態にあり、ダンの警戒も緩んでい
た。
「でも良かった、ダン君が無事で。それじゃあ、行きましょう」
「行くって、どこへ?」
「この病院を出るのよ! こんな所に居たら色々調べられて、妙な薬飲まされたり、解剖されちゃ
ったりするんだから!」
「それは偏見だと思うが……。まあ確かに、こんな薬臭い所にいる趣味は無い。行こうか」
「うん!」
「いや、それは少し待ってくれないか?」
 その言葉と共に一人の男が現れ、二人の行く手を塞ぐ。その男とは、
「シ、シンゲンさん!?」
 驚くミナ。だが、確かに今、彼女たちの前にいるのは、脱出用の車にいるはずのシンゲンだっ
た。
「誰だ、この爺さん。ミナの知り合いか?」
「う、うん、私も知ってるけど、この人、ダン君のお爺ちゃんよ」
「俺の爺さん? ………………嘘だろ」
「うむ。嘘じゃ」
 あっさり認めたシンゲン。その言葉には、ダンよりミナが驚いた。
「えっ、ええ!? う、嘘って、でも、そんな、どうして!?」
「彼の身内だと言った方が信用してもらえるからね。彼が本当に記憶を失っているのかどうかも知
りたかったし、ハート・トゥ・ハートの修理もしたかった。だが、一番の理由は…」
 シンゲンのしわだらけの顔に亀裂が走る。亀裂は大きくなっていき、顔全体に広がる。そして、
皮膚と髪、眼も鼻も唇もボロボロと崩れ落ち、現われたのは銀の仮面。覗き穴一つ無い、卵の殻
のような仮面。
「君に会いたかったからだよ、ダン・ツルギ君。それが私と君の運命だから」
 ダンはミナを自分の後ろに隠し、仮面の男を睨む。
「お前は……誰だ!?」
「ほう。私の事も知らないとは、どうやら本当に記憶を失ったようだな。いいだろう、では自己紹介
をさせてもらう。私の名はノーフェイス。偉大なる大総裁メレア・アルストル様にお仕えし、あの方
の全ての望みを叶えるために生きる者だ」
「ノーフェイス……。メレア・アルストル……」
 ダンはその名を口にして、頭にその名の音を響かせる。心の奥から何かが揺さぶられるよう
な、嫌な感覚が沸き起こる。
「ふむ。その名を聞いても思い出してはもらえないとは。少し悲しいですね」
 ノーフェイスはそう言うが、口調からは悲しみの色は感じられない。むしろ楽しんでいるように思
える。
「さて、本日は貴方にプレゼントを届けに来ました」
「プレゼント…だと?」
「ええ。それは希望の力、されど地獄へのパスポート!」
 ノーフェイスは天に向かって、指を突き出す。その指先の直上に位置する遥か上空に、巨大な
艦影が浮かび上がる。以前、ハリケーンジュピターとサンダービーナスを乗せてオーブを去っ
た、あの戦艦だった。
 戦艦の下部が大きく開き、何かが落ちてきた。巨大なその物体は逆噴射しながら、ノーフェイス
の真後ろに着地した。
「あ、あれは、モビルスーツ?」
 ミナの言うとおり、その物体はMSだった。そして、その手足には見覚えがある。一部、色が塗
り替えられているが、間違いない。ダンが乗り、奪われたネオストライク3号機の手足だ。
 だが、胴体と頭部はオリジナルである。胴体の腹部には銀色に輝く五角形の鏡のような物があ
り、キラキラと輝いている。他にも胴体の上部には小型バルカン砲が二門。額には黄色いアンテ
ナが二本、Vの字型に装備されている。その顔立ちもネオストライクによく似ている。
 更に、腰には鞘に収められた剣が装備されている。真っ直ぐに伸びた鞘にはグリップが付いて
おり、鞘ごと持ち運びできるようになっているらしい。
「これは、まさか…………ガンダムか!?」
 ダンがその忌まわしい名を唱える。その眼も異様な光を放つ。
「ダ、ダン君…?」
 ダンの変貌に驚くミナ。しかしノーフェイスは平然としている。
「そのとおり。このMSの名はサンライト。我々が作り上げた『ガンダム』の一つ。そして!」
 ノーフェイスの指が、今度は水平を指す。その指先の向けられた方向から、一機の戦闘機が
飛んできた。前進翼が特徴のその機体は、ダンが乗ってきたと思われるあの戦闘機だった。
「このハート・トゥ・ハートもまた、『ガンダム』の一部。その名のとおり、このサンライトの心臓となる
為の物なのです。さあ、ダン・ツルギを名乗りし少年よ! 君が戦いの舞台に上がるための道具
は揃えてやったぞ。上がりたまえ、地獄という名の舞台へ! そして戦いたまえ。我々が選んだ
最強の戦士たちと!」
 遠くから爆音が聞こえる。ブルーコスモスの攻撃がついに始まったのだ。
 音も、人も、そして世界も、ダンを戦いへと誘っている。そして……。

(2004・6/26掲載)

次回予告
 戦うべきか、戦わざるべきか。
 だが、時代の流れと悪魔の誘いは、ダンに迷う事さえ許さない。
 忌まわしい機体に乗り、その剣を抜く時、彼の運命は決定された。
 その姿を見つめる二人の女性。ミナは未だ迷い、ステファニーは戦いの舞台に上がった
ダンを嘲笑する。
 虚空の彼方に潜む最強の敵を他所に、地獄の幕が開く。

 次回、機動戦士ガンダムSEED鏡伝2、絶哀の破壊神、
 「始まりの終わり 終わりの始まり」
 抜かれぬ刃を手に、立て、サンライト。

第5章へ

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